ズウウウウウゥゥゥ・・・・・・ン
巨大な地響きの音が、第三新東京市全体に木霊する。
それはビルが丸ごと一つ瓦解するとか、地震や噴火ような天災が起こったとか、そういった類の現象でなければまずおきないような音量だった。
「イタタタタ・・・・。」
だがそんな派手な音に対して、地響きをたてた当人である少年---シンジが漏らした悲鳴はささやかなものだった。シンジとしてはちょっと転んだくらいでそんな大きな音をたてないで欲しいと地面に文句を言いたいぐらいだった。でないとまた・・・、
「このドジ!なにやってんのよ!」
案の定、彼のうるさい同僚からそんな通信が入った。ため息一つついて、エヴァの中のシンジは宙に浮かんだホログラムに目をやる。そこにはその同僚---アスカが画面いっぱいに、いまにも噛みついてきそうな顔を映していた。
「ドジって・・・何もないところで転んだ訳じゃないよ。今、例の使徒が攻撃してきたんだ。・・・って、もういなくなっちゃったみたいだけど・・・。」
そう言ってシンジは使徒が走り去った方へと目をやる。一瞬だった。後ろから現れたかと思ったら、あっという間にシンジの乗ったエヴァを弾き飛ばしそのまま反対側に走り去っていったのだ。シンジがドジだったわけではない。使徒が速すぎたのだ。・・・てなことを一応説明したのだが、目の前の少女は当然、納得してはくれなかった。
「そうやってすぐ逃がしちゃうところがドジだって言ってんのよ!で?使徒はどっちにいったわけ?」
「それが・・・、その・・・。」
「何?はっきり言いなさいよ!」
「多分アスカのいる方じゃないかと・・・。」
「へ・・・?あ・・・・・・。きゃあああああーーーーー!」
悲鳴を残して、ホログラム内の映像が砂嵐に変わる。続けて通信から銃の乱射音が・・・、ややあって先ほどシンジがたてたのと同じ様な地響きが聞こえてくる。アスカからの通信が完全に切れると同時に、司令官であるミサトから通信が入る。
「二号機と使徒が接触したけど、また一瞬で逃げられたわ。」
「・・・みたいですね。」
「挟み撃ちにでもしないと捕らえきれそうにないみたい。零号機は南側から、初号機は北側から回り込んで。」
「わかりました、ミサトさん。」
「・・・了解。」
その使徒は、一言でいえば飛び魚のような形をしていた。が、当然ヒレもエラも、口すらもない。ただ緑色の金属質な光沢を放つその、のっぺりとした体躯に折れ曲がった飛行機の翼のような羽が6枚・・・それぞれ腹と背、そして尾に当たる部分についている。遠目に見れば不格好なバッタのようにも見える。そして、使徒の顔に当たる部分の中央に、赤い目のような輝きを放つものがある。それがコアと呼ばれる使徒の中枢となるものだ。
「あーもう!ちょこまかと鬱陶しい!」
アスカが怒りにまかせて使徒にパレットガンを連射する。だが、その使徒は鳥のように空中を旋回飛行してその銃弾をかわしていく。その様は、何も考えずトンボの群の中で虫取り網を振り回す子供みたいなもので、間違っても銃弾は当たりそうにない。
そこに、シンジの乗った初号機が銃を構えてやってくる。
(・・・もう追いついた?)
シンジは何となく違和感を感じた。あの使徒のスピードならもっと遠くに行っていていいはずだったのだが、追いついたこの地点は先ほどアスカが吹き飛ばされた位置とそう変わってなかったのだ。
どうもあの使徒の動きはおかしいとシンジは思い始めていた。現れたときから、使徒の攻撃は高速飛行しての体当たりの一点のみで後は一撃加えたら逃げるの繰り返し。最初はヒットアンドアウェイのつもりなのかと思ったが、どうやら違う。
「何ボサーッとしてんのよ、さっさと援護しなさいよ!」
「・・・アスカ。あの使徒、変じゃない?まるで戦う気がないみたいだ・・・。」
シンジの疑問を肯定するかのように、使徒は銃弾が止んだとたん、一際高いビルの頂上に止まり、エヴァを、そして第三新東京市を見下ろす。使徒のコアがまるで鷹の目のように、陽光をぎらぎらと不気味に反射していた。
「むぅ・・・なんか馬鹿にされてる気分だわ。」
「とりあえず、綾波が来るのを待とう。三人で一斉にかかればなんとかなるかもしれない。」
しばらくして、ようやく零号機が姿を見せる。が、意外にもそれを待っていたのはシンジ達よりむしろ使徒の方であるらしかった。使徒は零号機の姿を認めると、静かに宙に浮かび始める。そして、その体の向きをゆらりとシンジ達の方に向ける。
「なに!?」
「・・・来る!」
パァ・・・ン!
まるでB級映画の銃声みたいな、安物めいた音が木霊する。バックファイアの様に尾の辺りに紅い光が見えた(当然実際には音が届いたのは光の後だったが)と思うと、突然使徒が加速した。使徒はその勢いと自由落下のスピードを併せた勢いで一直線に初号機へと向かってくる。シンジとアスカはすかさずパレットガンを構えると使徒に向けて一斉放射する。が、銃弾は使徒の装甲に受け流され、弾かれる。瞬く間に迫ってくる使徒を見て、シンジは限界だと悟って横に飛ぶ。タイミング的には紙一重でかわせるはずだった。が・・・、
キイイィ・・・・・ン
乾いた音ともにまた赤い光が煌めいたかと思うと、これまでにない衝撃がシンジに襲いかかってきた。
(これは・・・、ATフィールド・・・?!)
そう気づいたのは、シンジがビルに激突して倒れ伏した後のことだった。起きあがろうとしたが、強烈な目眩と共に胸の当たりに鋭い痛みが走った。
「シンジ!」
アスカが叫んで、とっさにシンジに向けて一歩を踏み出す。だが、その一歩が失策だった。使徒はまるでビリヤード弾の様に、初号機とぶつかった反動を利用して今度は二号機の方へ向かっていた。
「ちっ・・・!」
すでにかわせるタイミングでないことを悟り、アスカは銃を持っていない左腕でとっさにガードする。激突の瞬間、確かに使徒の前方にATフィールドが張られる。第十二使徒がATフィールドを利用して衛星を押しつぶしたと聞いたことがあったが、おそらくその原理なのだろう。弐号機の左腕がひしゃげると同時に、シンクロしているアスカの左腕にも激痛が走る。 使徒は二号機の左腕を弾き飛ばした後、今度は駆けつけた零号機へと向きを変え襲いかかる。
「優等生!そいつに銃は効かないわ。ナイフで迎え撃って!」
「・・・了解。」
アスカの忠告を聞きいれ、レイは銃を捨てプログレッシブナイフに持ちかえる。そして体を開いて使徒に体の正面を向ける。
キイイイイイィィィ・・・・・
風を裂く耳障りな音ともに、使徒は弓から放たれた矢のように一直線に零号機に飛来する。が、レイはまるで外科医の様な冷静さでナイフを構えると、交錯する直前、使徒の軌道の延長線上にナイフを滑らせる。
がっ・・・
鈍い音がしてレイの持ったナイフが弾け飛ぶ・・・。が、使徒もまたバランスを崩しながら道路へと堕ちる。その体には亀裂のような深い傷が数本、走っていた。レイはそれを見て素早く銃を構え直し、使徒に向けて放つ。が、使徒は素早く体制を立て直し、着弾する瞬間、そこから消えるように飛び去った。
「逃がした・・・。」
レイの呟き通り、使徒はこれまでのようにこちらに向かおうとせず、第三新東京市の郊外の方へと向かって一直線に飛んでいった。
「目標は完全に第三新東京市から離脱しました。」
青葉が遠ざかっていく青い光点を目で追いながら報告する。
ミサトは深いため息を吐いて、シンジらに撤収の命令を出した。
「これは・・・痛み分けといえるのかしら・・・。」
「どう見ても惨敗でしょう。つくづく司令と副司令がいなくてよかったわね。」
発令所でミサトとリツコは小さくなっていく使徒の後ろ姿を見ながら、惨めすぎる幸福に浸っていた。
「目標はジオ=フロントから60キロ程南に位置する山岳地帯に停留している模様です。・・・戦自に追撃を依頼しますか?」
「やめときましょ。税金の無駄遣いはしないに越したことはないわ。」
日向も一応聞いてみただけだったらしく、ミサトの答えにあっさり納得してモニター上の制止した光点に視線を戻した。
未知の生命体使徒に対して、人類がとれる対抗手段は今のところただ一つ。ジオ=フロントに来るところをエヴァで迎え撃つ。これしかない。2015年、世界の存亡はそんな小さな糸一本で支えられているのだ。
と、突然ぷしゅうとドアが開いて、発令所にリツコが不機嫌な顔をして入ってきた。
「リツコ、エヴァの状態は・・・」
「二号機が左腕損傷、初号機は胸部装甲破損・・・初号機の方は次の闘いには耐えられそうにないわ。」
「・・・初号機の腕を二号機に回しても動かして、起動できるエヴァはようやく二体か・・・。ちょっちまずいわねぇ・・・。」
実際、ちょっちどころか実は非情にまずかった。使徒は自己再生能力を持っている。確実に次は傷を完治してからやってくるだろう。とすると、三体で苦戦していたものが二体で勝てる道理はない。
「さて、何かいい考え・・・。」
「自分で考えなさい、作戦本部長。」
「そんなこと言って、ホントは何か考えあるんでしょう?」
リツコの口調に何処かもったいぶったところがある。それを長年の旧友は見逃さなかった。リツコはやれやれといったふうに一枚のディスクをミサトに差し出した。ミサトはにんまりと笑いながら、ディスクの中身を画面に映し出す。
「・・・第六使徒との闘いのデータね・・・。シンジ君とアスカが一緒に二号機に乗ったとき。」
「ええ。この部分を見て。使徒を倒した瞬間、シンクロ率が急激に上昇している。そのほかの部分はむしろ通常を下回る位なのに。」
「・・・確かにデータを見るまでもなく、あの時目にしたの弐号機のスピードとパワーは今までにも無かったほど素晴らしかったわ。」
そう言ってミサトは顎に手を当て考え込む。リツコのいわんとしていることはわかる。初号機が動けない今、シンジを二号機に同乗させようというのだ。上手く行けば、このデータ通りの、いや、それ以上の成果が期待できる。
「でも、アスカやシンジ君が素直に従ってくれるかしら。よしんば従ってくれたとしても、あのときの動きを再現できるほど息があうかどうか。最近、水と油だからねぇ、あの二人。」
「・・・それなんだけど、私に一つ考えがあるの。何も言わず、話を合わせてくれない?」
リツコはそう言って、彼女には珍しいことだが、微笑をその口元に漏らした。
「い、いいけど、なにするわけ?なんか嫌な予感が・・・。」
「上手く行くかどうかはわからないけどね。男女の仲はロジックじゃないから・・・。」
「さて、今回の使徒の能力は身をもって知ったと思うけど、一応説明して置くわね。」
リツコやミサトが、チルドレン達を呼びつけた場所。作戦会議室と銘打ってあるが、その実は負けたとき恒例の「反省会室」みたいなものだった。例によって初号機ついで弐号機のやられ様がスクリーンに何度も映し出され、アスカの膨れ面がますます膨らんでいく。
「使徒の攻撃はシンプルだわ。高速飛行しての体当たりを繰り返すだけ。ただやっかいなのは、激突の瞬間、ATフィールドを利用している点。これならどんなスピードでどんなぶつかり方をしようが本体は全くダメージを受けることはない。」
「使徒そのものが弾丸みたいなものか・・・。」
「弾丸だとすれば、さしずめ、使徒が弐号機を攻撃した方法は跳弾と言うべきね。元々使徒本体の質量が軽い上にATフィールドで衝突時の角度や衝撃を調整できるから、衝突後ほとんどスピードを落とさず自在の方向に移動できる。」
と、リツコがここまで言ったところで、映像が切り替わる。変わって映し出されるのは零号機が使徒をナイフで切り裂いた雄姿である。
「対策は見たとおり、ナイフ等での接近しての一撃。使徒もさすがに空中では方向転換できないから上手く軌道をよんで、レイがやったようにもっと刃の長い武器で打ち返せばおそらく一撃で使徒を殲滅できる。」
「でもそれには、もっと力がいるわ。私の零号機では一撃で倒すことは難しい。」
「ならあたしと弐号機に任せて。あんな飛び魚もどき、かる〜く三枚におろしてやるわ。まっ、シンジも次回はおとなしく見物してなさい。」
「・・・シンジ君にも出てもらうわ。二号機でね・・・。」
「はぁ!?どういうことよ!まさか、あたしを二号機から降ろそうって言うの?」
顔色を変えて詰め寄るアスカに、リツコはあくまで落ち着き払って言う。
「’も’って言ったでしょ。アスカとシンジ君。二人で弐号機に乗ってもらうわ。」
「な・・・。」
案の定、げっ、というような顔をする二人。次いで顔を見合わせ、互いに指さして叫ぶ。なにからなにまでミサトらが懸念したとおりの反応だった。
「「なんでこんな奴と!」」
「第六使徒殲滅の瞬間、貴方達二人の乗った弐号機のシンクロ率は今までの最高の値を示したわ。貴方達二人が力を合わせればあの使徒のスピードに追いつくことも
出来るかも知れない。」
「貴重なパイロットを戦闘時に遊ばせておく道理はないのよ。」
「イヤ!ぜぇーったいにイヤ!あたしの弐号機にこいつを二度と乗せる気はないわ。」
「・・・僕も嫌です。アスカの操縦につきあってたら命がいくらあっても足りそうにないですし。」
「あんた、あたしの華麗な操縦にケチ付けるわけ!?」
「華麗どころか無茶苦茶じゃないか!乗る度に寿命が縮むよ。」
睨み合う二人を前にミサトは心底困ったように額に手を当て項垂れる。
「やっぱりこのままだと、期待できそうにないわね。」
「・・・まぁ、そうくるだろうと思って、いいものを用意したわ。」
そう言ってリツコは懐から何かアクセサリーのようなものを取り出す。それは一対の指輪の様な形状をしていた。’ような’というのも、それが指輪だとすると、この現状に何の脈絡もなかったからだ。だが、確かにそれは指輪以外何物でもなかった。アクセントにネコを模した小さな飾りがついている。片方は白猫で、片方は黒猫だった。
「貴方達、これをつけなさい。」
二人はぱたりと喧嘩をやめて、リツコが取り出したそれを凝視する。数秒後、二人は当然と言えば当然の返答を返す。。
「イヤです。なんか怪しいですし。」
「イヤよ。趣味悪いし。」
「二度目の’ノー’は通じないわ。アレも嫌これも嫌は駄目よ。おとなしくこれをつけるか、二人でエヴァに乗るか、どちらか選びなさい。」
「・・・なんか危ないものじゃないでしょうね。」
「危険はないわ。」
そう言ってリツコは、黒猫の方をシンジに、次いで白猫の方の指輪をアスカに渡す。二人は渡された指輪を、それぞれ胡散臭そうな目で見つめている。
「それじゃ、それをお互いの左手の薬指に---。」
「ふざけんじゃないわよ!」
アスカは思わず指輪を叩きつける。リツコは足下に転がってきた指輪を拾いながら、あくまで真顔でいう。
「冗談よ。別にどの指でもかまわないわ。とにかくはめてみて。」
「・・・あんた何、狙ってるわけ・・・。」
「ちょっとしたデータ採取のための装置よ。危険はないわ。」
「科学者の’危険はない’って台詞ほど信用できないものはないんだけど。」
ぶつくさ言いながら、それでも逆らえないのは分かってるので、仕方なく二人は指輪を薬指にはめる。そして、不機嫌そうな顔をして指輪をはめた手をリツコの前に突き出す。
「これで満足?」
「ええ、いいわ。」
「でも、こんな小さな装置でなにが出来るんですか?」
「いろんな事が出来るわよ、その他爆装置は。」
「・・・へ・・・・・・?」
不自然な沈黙が辺りを支配した。
アスカもシンジも、側で同じ部屋にいたレイもミサトもしばらく身動き一つしなかった。ただリツコだけがそんな一同を珍しい動物でも見るような目つきで眺めていた。
「今、なんか耳慣れない単語が聞こえたんだけど・・・。」
ようやくアスカが掠れた声を出したのはたっぷり三分経ってからだった。
「ああ、他爆装置のこと?」
「タバク装置・・・?あの・・・リツコさん、念のため聞きますけど、それはいったいどんな字を・・・。」
「他人の’他’に爆弾の’爆’。」
「「うわあああああああああああああああああーーーーーーーーー!」」
絶望的な悲鳴があたりに木霊する。
「どどどどどど、どういうつもりよ、あんた!危険はないって言っといて!」
真っ青になってつかみかかるアスカの手をリツコは煩わしげに振り払う。
「安心しなさい。ある一定の条件が満たされない限り爆発する心配はないわ。」
「条件・・・?」
「その装置は、対となる装置が半径10メートル以上離れると作動するの。まぁ、爆発の威力は・・・周囲にはそれほど迷惑がかからない程度と言っておきましょうか。」
アスカとシンジは無言でお互いの顔を見る。ついで、その身につけている指輪を。それだけの行為を経て、ようやく脳が認めたくない事実を受け入れ始めた。
「「それってバカシンジ[アスカ]と10メートル以上離れられないってこと?」」
「結論だけ言えばそうなるわ。」
「冗談じゃないわ!」
アスカはとっさに指輪を外そうとするが、その前にリツコが忠告する。
「無理に外すと、その場で爆発するわ。」
「じゃあ、どうやったら外れるんです?」
「不思議なことに、使徒を倒すまで外れないことになってるわ。」
「あ・ん・た・はーーー!」
もはやアスカは起こる気力も無くしたように項垂れる。と・・・シンジがふと思いついたようにリツコに訊く。
「あの・・・ということはもしかして使徒が攻めてきたとき、強制的に僕も弐号機に乗ることになるんじゃ・・・。」
「あーーー!そうよ!あんた、これつけたらシンジは乗らなくていいって言ったじゃない。」
「別に乗らなくてもいいわ。個人の自由よ。エヴァに乗ろうが、爆弾を破裂させようが。」
「この悪魔・・・。」
「ミサトさん、いいんですか、こんなの!?」
シンジは助けを求めるように振り返るが、ちらっとリツコの方を見て軽く頷くと穏やかに微笑んで言う。
「これも貴方達があんまりお互い反発しすぎるからよ。少しでも二人のシンクロ率を併せようとする苦肉の策なの。行動を常に共にすることでこうした共同作戦が円滑になるのはユニゾンの時に実証ずみだし。」
「ミサトさんまで・・・。そんな無茶苦茶な・・・。」
「うぅ・・・。せっかく明日は日曜なのにこんな馬鹿と一緒に・・・ああ!明日ああああ!」
アスカが唐突に叫び声をあげる。一同が振り返る中、アスカはどうしようと言った顔で呟く。
「明日、あたし遊園地でデートだった!」
「デートぉ!?」
「そういえば明日は日曜ね。」
本当に今、初めて気づいたようにリツコが呟く。
「で、誰となの?」
「・・・ヒカリのお姉ちゃんの友達だって・・・。どうしても一回デートしてやってくれって言われて・・・。」
「断れなかった・・・と。」
こくんと無言で頷くアスカ。ミサトは軽く嘆息する。
意外と義理堅かったり友情を大切にする子なので断れと言うのも酷な話だろう。
さて、普通なら今はデートなどというものに興じている場合ではないが、ミサトには一つ思い当たった事があった。リツコの言う爆弾についてだ。
(・・・猫型の爆弾・・・確か昔・・・。)
かなり遠い過去の記憶だ。思い出すのに苦労したが、ややあってミサトは思い出す。
(ああ、なるほどそういうことか。なら確かに’危険はない’わね。)
ミサトは意味ありげにリツコを見やり、その後にっこりと微笑みながらシンジの方を見る。
「じゃあこうしましょ、シンジ君。貴方、アスカのデートを尾行しなさい。」
「ええ!?なんで僕がそんなストーカーみたいなこと・・・。」
「大丈夫、遊園地なら人が多いから10メートル以内でつけていくのもそれほど難しくないわ。それに、アスカが変な男にとられたりしたらシンちゃんも困るでしょう?」
「・・・・・・べ、別に困らないです。」
急に不機嫌な顔をしてそっぽを向くシンジ。逆になんとなく気に入らないというその本心がミサトには見え透いていて微笑ましい。
「いいからやりなさい。命令よ、いいわね?」
「・・・はい・・・。」
「アスカもいいわね。」
「・・・これでデートの相手が加持さんだったら、死んでもお断りだったけど・・・今回は・・・我慢するわ・・・。」
「うん、素直でよろしい。いい、シンジ君、頑張りなさいよ。」
「・・・まぁ、これはこれで貴重なデータが取れそうね・・・。」
絶対面白がってる・・・。
そう確信しながらも、上官の命令には頷くしか選択肢がない悲しい兵士の二人であった。
その日、日曜日の天気は大多数の人間の期待に答え、快晴だった。陽が煌々と照り、かえって暑すぎるくらいだったが、そんなことは休日を楽しもうとする人々にはさほどの障害にはならなかった。
そのせいもあってか、第三新東京市郊外近くに位置する遊園地では、家族連れやカップルで大いに賑わっていた。なにせつい先日も使徒の襲来があったばかりで物騒極まりない昨今、楽しめるうちに楽しむのが花というものだ。
「惣流さん、今日は来てくれてありがとう。」
アスカのデートの相手としてやってきたのは三年の先輩で、背がすらりと高く目鼻立ちのハッキリした美男子だった。女子の間でかっこいい先輩の話をしていれば必ず名前は挙がる。もっとも、アスカの理想はあくまで「包容力のある大人の男」だったので、心の琴線は全く揺るがなかったかったが・・・。
いや、それ以前にアスカは今、それどころではない状況だった。
だが、男は気づかず、陽光もかくやというような輝く笑顔で話しかける。
「今日は晴れて良かったですね。」
「そうですね・・・。」
「最初は何に乗りましょうか?やっぱりジェットコースターとかスピード系の乗り物がいいですよね?」
「そうですね・・・。」
「今日のその服、可愛いですね。よく似合ってますよ。」
「そうですね・・・。」
さすがに生返事も三度目ともなると、怪訝に思って男はアスカの顔をのぞき見る。どうも男の言葉はそっちのけでなにやら盛んに後ろを気にしているようだ。不安げな顔をしてちらちらと振り返っている。
「あの・・・、惣流さん?」
「え、あ、はい。何?」
「さっきからどうしたんです?後ろに何か---」
男は微笑みを絶やさず、後ろを返り見て・・・そして、その笑みは凍り付いた。ぎこちなく前に向き直り震える声で言う。
「・・・い、いるみたいだね。」
そこには男がいた。いや多分、男であるだろう奴が居た。
その男は、この炎天下の中、全身を、足下のつま先から首まで一部の隙もなくコートで身を包んでいた。常夏と化した日本の何処に売ってたんだってくらい分厚いコートだ。首から上も、帽子にマスク、サングラスと’古典的変質者の三大道具’に覆われているため、全く分からない。ただ背格好だけがまるで少年か女性ぐらいの体格のように見えたが、そのアンバランスさがより一層怪しさを醸し出している。
道行くファミリーは彼の姿を見た瞬間、顔色を青くして子供を遠ざけているし、警備員は彼を遠巻きに見ながらなにやらひそひそと話し合っている。・・・おそらく通報するか否かを相談しているのだろうが・・・。
「な、なんだろ、あれ・・・。暑いと変な人ってよく出てくるよね・・・あははは・・・。」
「そ、そうかな?外見は妖しくても中身は結構いい人だったりするかも・・・。」
「・・・・・・惣流さん?アレの中身に心当たりでもあるの?」
「え?や、やだ。欠片も無いわよ、そんなもの。あはは・・・。」
「ははは、そうだよねぇ。」
(ごめん、シンジ。アレはさすがにまずかったわ・・・。)
笑いながらアスカは胸中でシンジに謝罪する。
万が一にも正体がばれたら困るでしょ、向こうがあんたの顔知ってたらどうすんのよ・・・という大儀のもと、アスカがこれでもかっていうくらいシンジに変装させた結果がアレである。「なおさら目立つだろ、これじゃ!」というシンジの抗議はごくごく真っ当なものであったと認めざるを得ない。
さて、一方シンジの方はというと・・・
(暑い・・・。暑くて死ぬ・・・。)
それしか考えられなかった。アスカに強制的に着せられたこのコートだけでも分厚いのに、さらにまだ下の服を着ている(着てなかったら本物の変質者だ)。じりじりと陽光に照らされ続け、まるでサウナスーツでも着てマラソンでもしているかのように、水分も体力もどんどん吸い取られていった。一歩歩く度に、靴の中にたまった汗がぐちゃぐちゃと音を立てて不快極まりない。
(それにしても・・・)
シンジは前方を行くアスカらを見やる。アスカはシンジの苦労も知らず、脳天気に男とデートを楽しんでいた(ように意識の朦朧としたシンジには見えた)。
(しょうがなくってわりには結構楽しんでるじゃないか・・・。デートする前から男の方は美形だって騒いでたし・・・。たいしたことないと思うけどなぁ、あんなの・・・。)
そんなことを考えながら、もはや人目をはばかることも目的も忘れて、ただただアスカの跡をつけ回すシンジだった。
「やっぱり跡を付けられてるんじゃ・・・?」
「き、気のせいよ、気のせい。ほら見て、あのヌイグルミ可愛い♪」
今度は男の方が盛んに後ろを気にする番だった。謎の怪しい男はどう見ても、完璧に自分たちの跡を付けていた。冷たいものが一筋、男の背中を這う。
(ま、まさか惣流さんを狙っているんじゃ・・・。最近暑さのせいか、そういうのが増えているって聞いたし・・・。あの格好と行動はいくらなんでも異常だ。きっと今日だけじゃなく、毎日のように惣流さんをつけ回しているんだ。・・・そうだ、そうに違いない。)
そう確信すると、男は静かに決意する。
彼は現代の男性としてはめずらしく、正義感溢れるフェミニストだった。
(ぼ、僕が彼女を守ってやらないと・・・。)
男は隣にいるアスカを見やる。彼女は怖がっていることを悟られ心配をかけないようにと、気丈にもわざと楽しそうに振る舞っていた(ように男には思えた)。
(まず、どうする?走って逃げる---と、逆上して襲ってこないとも限らないし。警備員さんに---でも、なんて言えばいいのか。・・・なんでもいい。とにかく、あいつをまかないと・・・)
男がそこまで考えたとき、
「高速大型ボートによる、海賊島一周ツアーまもなく出航しまーす。」
傍らを流れている運河の桟橋に停泊してあった大型ボートから脳天気そうなアナウンスが耳に聞こえてきた。
瞬間、男の脳裏に閃くものがあった。
「惣流さん、こっちだ!」
「へ?」
男は素早くチケットを窓口に放り込むと、アスカの手を引っ張って一瞬にしてボートに乗り込む。あまりに唐突すぎてアスカは抵抗もできない。
「はい。では出発しまーす!」
「え?ちょ・・・ちょっとまって・・・待ちなさいよおおおおおお!」
アスカの抗議の声を残して、ボートはゆっくりと池の中に波紋をたてつつ加速していった・・・。
「あああああああああああ!」
一連の行動を目撃したシンジが絶叫に近い叫びをあげる。
周りの人間がまたびくっとして身を遠ざけるが、シンジはそんなことにかまってられなかった。
(やばい!跡を追わないと・・・!)
シンジはとっさに走り出す。が、ボートはますます加速していき、シンジとアスカの距離は徐々に引き離されていく。体力的にシンジも限界が近い。
(このままじゃ・・・。でもどうしたら・・・。)
そんなシンジにある一つのものが目に映った。海賊島と称された池に浮かんだ島にかかる吊り橋・・・。
(そうだ、あそこから船に飛び降りれば・・・!)
「ちょっとおぉ!いきなりなにすんのよ、あんた!」
アスカが男の襟首を掴んで詰め寄る。男はアスカの反応と、素に戻ったアスカの様子とに二重に驚かされつつ、おろおろと弁解するように言う。
「だって、惣流さん。あの男から逃げないと・・・。」
「それが余計なお世話だってのよ。ちょっとあんた、ここから降ろしなさいよ!」
アスカはがちゃがちゃと安全バーを揺り動かしながらナビゲーターの女性に怒鳴るが、彼女はまるで相手にせず説明を続けている。カップル同士のやっかいごとに関わらないのが、この仕事の鉄則なのだろう。
「さて、右手に見えますのが悪名高き海賊達の住む、クーリオ島でございます。突然海賊が現れては子供や美しい女性をさらっていってしまいますので、お子さん連れやカップルの方は気をつけてくださいねぇ。」
そこまで言い終えたとたん、
ずどおおおおおおおおおん!!
この世の終わりみたいな音を立てて、激しく船が揺れ水しぶきがたつ。
人々が衝撃から冷め、おそるおそる目を開けるとそこにはいつの間にか、何とも形容しがたい男が立っていた。幾人かは見覚えのある者もいただろう、例のコートを着た怪しい男である。
「コーホー・・・、コーホー・・・。」
コートの男---シンジが奇怪なうなり声をあげた。実際は全速力で走って息が乱れている上、のどの渇きとマスクのせいでくぐもってこんな声になっているのだが、無論、周りの人間は知る由もない。
「お前は!」
例のアスカのデートの相手が血相を変えて、そのコートの男に挑みかか・・・・・・ろうとしたが安全バーが邪魔で上手く動けなかった。その隙に、シンジの拳が唸りをあげて男の顎に飛ぶ。
ガゴン・・・。
鈍い音をたて頭が上下に揺れ、男はあっさりと気絶する。
それを確認すると、シンジはアスカの方を振り返る。さすがのアスカも声一つ出ず呆然とシンジを見ている。シンジは黙ってアスカの席の安全バーに手を掛けると、それを無理矢理上に上げ、彼女の手を取る。
と、おそるおそるナビゲーターがシンジに近づいてきた。
「あ、あのぉ・・・このアトラクションは途中の乗り降りは禁止されて・・・。」
「コーホー、コーホー・・・。」
「ひぃー!」
シンジはごめんなさいと謝ったつもりだったが、ナビゲーターさんには通じなかった様だ。サングラスの奥で悲しい目をしつつ、シンジはアスカの手をひき、ざぶざぶと池をわたっていった・・・。
あまりのことに止まっていた他の乗車客の脳が、男が去っていったことを契機にようやく活動を開始する。
「な、なんなんだアレはーーーーー!!」
「海賊か?!今のが海賊なのかーーーー!」
「えーーーーん、怖いよ、パパ、ママーーーーーー!」
後に警備員が駆けつけた後にはパニックになった人々と気絶した一人の男だけが残されていただけだったという。
「へぇー、そんな面白いことがあったんだ。この目に出来なかったのが悔やまれるわ。」
ビール缶のプルタブに手を掛けながらミサトが心底残念そうに呟いた。
その日の夜の葛城家。
シンジはすでに疲れ果て死人のように眠っていた。昼の出来事を思えば無理もないが、それでも寝る前にきちんと晩御飯とお風呂の用意を終わらせたのは奴隷・・・いや、主夫の鏡だと言えよう。
一方、ミサトは今日一日中、昨日の戦闘について各方面から叱られたり責められたり嫌み言われたりしたストレスを発散すべく、ビールを片っ端から飲み干しつつ、ビールの摘み代わりにアスカから今日一日の出来事を無理矢理聞き出していた。
「面白いわけないでしょ。こっちは必死よ!」
「ふふ。でも、間一髪、シンジ君のおかげで助かったじゃない。」
「まーね。にしてもあのバカ、意外に切れると何するかわかんないタイプよねー。いくら自分の身が危険といってもねぇ。」
「ふーん。自分の身の危険をねぇ・・・。」
「・・・・・・何よ。」
ミサトは意味ありげににんまりと笑う。アルコールが入っているせいもあるだろうが、何か楽しくってしかたないって顔つきだ。
「こうも考えられない?危険だったのは、アスカの方も同じだったって。」
「はぁ?」
「つまりー、シンジ君が必死になって守ろうとしたのは、実はアスカの方じゃないかってことよ♪」
「なっ・・・!」
アスカの顔が一瞬にして真っ赤になる。酔っているはずのミサトよりも赤いくらいだ。
「そ、そんなことあるわけないじゃない。・・・あのバカシンジが・・・。」
「どーだっかねぇー♪浅間山の時の前例があるしー。」
「よ、酔っぱらいの戯言にはつきあってられないわ。もう寝る!」
アスカは慌てて立ち上がると、バタバタと騒がしい足音をたてて自分の部屋に飛び込んでいった。一方、ミサトはそれを見送りながら、
「ふっふっふっ。さーて、面白いことになってきたわねぇー。」
残された部屋で、保護者という立場からしても指揮官という立場からしても、不謹慎すぎる台詞を一人呟いていた。
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でもっていつものあとがき
どーも、お久しぶりです・・・って何度目だろう、この台詞。
久しぶりの投稿は、めぞんの2000000ヒット記念です。最近SSばっか書いてて連載の方を楽しみにしてくださっている方々には申し訳ないんですが(でも短編の方がウケはいい)。
めぞんのヒット記念は何故か毎回本編系(?)なので、今回も本編系にしました。時期的にはだいたい12話の後辺りを想定してます。
そして今回こそはラブコメ書こうと頑張りました。しかしラブコメの定義ってど んなのだろう?俺ホントに書けてるのか?・・・よくわかんないな・・・。まぁ、いいか。展開が強引なように見えるのも、きっと気のせいだ。うん。
他爆装置は無論、例のソフトハウスの某ゲームからパクってきました。
(・・・こうして悪びれもしなくなったのを人間的成長と呼んでいいのかどーか・・・。)
まぁ、つもる話もありますが、続きは後編の後書きにってことで。
後編は205万〜210万辺りに投稿します。・・・まだ書けてないけど。
では最後にめぞんの2000000ヒットに心からお祝い申し上げます。これからも頑張ってください、大家さん。(と最後にいい子ぶって終わる)
YOUさんの『恋する爆弾』前編、公開です。
地球を守るための組織、NERV
世界を守るはずの組織、NERV。
天才科学者赤木博士。
天○指揮官葛木一尉。
ほんまか?
ほんまにそうなのかぁ?!
ほんまにそれでいいのんかぁ〜!?
絶対に楽しんでいるよ(笑)
いやいやでもでも。
アスカちゃんにとっても
シンジ君にとっても
これって良いきっかけになりそうで・・・
やっぱり天才科学者!
流石の天○指揮官!!
ってことなんだね☆
・・・そうなんだよね・・・・?
・・・NERVの幹部が「楽しんでいる」だけじゃないよね・・・
・・・ボクの地球を守って(^^;
3年の先輩の逆襲はあるのか!?(爆)
さあ、訪問者の皆さん。
200万を記念して下さったYOUさんに感想メールを送りましょう!