『めぞんEVA』
第一話 --さよなら、アスカ--前編
惣流アスカの朝は忙しい。
6時に目覚ましを止めると、顔を洗い歯を磨き、朝風呂に入る。体に流れる四分の 三の日本人の血がそうさせるのか、シャワーではなく風呂である。ここまで45分。 さらに、彼女自慢のブロンドをブローし、これまた彼女自慢の真っ白な肌のフェイス ケアに20分。そして、制服を着る。
ここまでは、朝風呂をのぞけば、まあ、普通の中学一年生の朝である。
彼女の場合、ここからが忙しい。
鞄を持つと家を出て、隣の家に飛び込み、その家のとても36才には見えない幼馴 染みの母と一緒に二人分の弁当を作る。そして、弁当づくりの途中でたたき起こして おいた幼馴染みと彼の父母との四人で朝食を取り、学校に向かうのだ。
・・・・いつもは・・・・。
今日はいつもとは違っていた。
「ただいま、アスカ」
「『ただいま』って、朝の6時に言う台詞じゃないわよ」
あすかが朝帰りの母、キョウコ、にあきれながら答える。
「まあまあ、遊びじゃなく、仕事してたんだからね」
「仕事? ママの仕事ってスケジュールは自分で作ってるんでしょ? どうして徹夜
までするの?」
「ちょっと一段落つける必要が出来ちゃってね」
怪訝な顔のアスカに軽く答える。
「ふーん、まあ、いいわ」
とりあえず納得して風呂場に向かおうとするアスカの足を
「アスカ、待ちなさい。大事な話があるの、こっちに来て」
真剣な母の声が止める。
「で、なんなの? 大事な話って?」
リビングに移動したアスカが対面に座った母に尋ねる。
「パパが帰ってくるの」
「ほんと!? やったぁ!!」
ぱっと顔を輝かせ、今にも踊り出さんかというアスカ。
「ええ。今度、第3東京に移動になったんだって」
「第3? なぁんだ、ここじゃないか。でも、まあ、そこなら ドイツよりもずっと
近いし簡単に遊びに行けるわね!」
アスカは一瞬落胆の表情を見せたが、すぐに切り替えた。
「遊びに行かなくてもいいのよ」
「へ?」
「一緒に住むから」
「でも、ここからじゃ通勤が大変・・・まさか!!」
「そう、第三新東京市に引っ越すのよ」
「え!? えーーー!!」
「明後日、日曜のお昼にここを出るから」
イスを倒して立ち上がり、母に詰め寄るアスカ。
「な、何言ってるのよ。明後日って、そんな急な話!」
「もう、向こうに部屋も確保したわ」
「い・や!! いきなりなに勝手な事言ってんのよ。絶対に、いや!」
母の顔をにらみながら、まくしたてる。
「パパと一緒に住みたくないの、アスカ? せっかく日本に帰ってくるっていうのに
寂しい思いをさせたくないの。わかるでしょ?」
「で、でも、友達や、クラブや、それに、それに・・・・」
「シンジ君ね?」
「な、何言ってんのよ! シンジとは・・」
キョウコの真剣な、それでいてちょっとからかうような言葉をアスカは赤面しなが ら否定しようとするが。言葉が続かない。
「もう十年以上だものね・・別れるのはつらいわね」
キョウコのしんみりした言葉。
「うん」
アスカも素直に答える。シンジに会えなくなっちゃう・・・・、隣に住む幼なじみ の顔が浮かぶ。
「でも、これは決定です。学校には私から連絡しておくから、アスカも友達やご近所
に挨拶しときなさい」
「でも、でも・・・」
どうしよう、何かいかなくてもいい理由・・・言葉が出てこないアスカ。
「決定です。パパのことも考えなさい。明後日ですよ。準備しておきなさい」
キョウコがくり返す。
「そんなぁ・・」
バスタブの脇の防水時計が7時30分を差す。
「はぁ・・」
何度目のため息だろう?
「・・はぁ・・・。パパ、ずっと一人暮らししてたんだものね・・」
ゆらゆら揺れる水面を見るアスカ。
「でも、シンジになんて言おう・・・」
アスカが、ぼおーとしたまま風呂からあがり、制服を身に着けたころには8時をす ぎていた。
「ああ!! もうこんな時間」
ふと目にした時計に驚き、家を飛び出す。
隣の家に駆込み、その勢いのままで、幼馴染みの部屋に飛び込む。
「シンジ、おきなさい。もう8時よ、おきなさい!!」
いつもの調子で声をかける。
「うーん、アスカ・・あと五分・・」
いつものリアクション。
「起きなさいったら!もう。こうよ!!」
時間が無いので、一気に掛け布団を引っぺがす。
!?・・。!!!! アスカの顔がみるみる赤くなる。そして、バッチーン、平手 打ちの炸裂音。
「ばかシンジ!! なんてモノ見せるのよ!!」
その部分を見ないようにしながら大きな声を出すアスカに対して、シンジは
「しかたないだろ、朝なんだから」
と、ぶつぶつと応じる。しかし、アスカには『朝だから』とゆう言葉の意味は分から ない。したがって、
もう、シンジったらエッチな夢でも見てたんだわ、と考えてしまう。
だれかの裸や、−−−。あ、だれかの裸。・・そんなのいやだ。シンジが他の人の 裸を考えるなんて。わたしのだったら・・・・それなら、許してあげる・・・ううん、 それならうれしい・・。・・・って、なに考えてるのわたしは!!
「もう、早く着替えなさい!」
一声残して部屋を出ていくアスカの後ろ姿にシンジは妙な違和感を感じていた。
アスカ、なんか声が低いな・・風邪かな?
「ほら、早く!」
「うん、わかってるよ」
洗面場から出てきたシンジにトーストを渡して家を飛び出す。
「でもアスカ、もっと早く来てくれればいいのに・・・ごめん」
シンジのつぶやきを、アスカの一にらみが押さえる。
「・・・シンジ・・・・」
「何?、アスカ」
「ええと、ね・・・・その」
言わなければならないこと、でも、言葉が出てこない。
「何? アスカ」
シンジがくり返す。
「う・・ん・・。あ!おじさまとおばさまは? いなかったみたいだけど」
「なんか、急いで仕上げないといけない仕事が入ったって言ってたよ」
強引なごまかしにシンジが律儀に答える。
「ふーん・・おばさま大丈夫なの? 8ヶ月目でしょ」
「僕もそう言ったんだけど・・。それより、今なんか言いかけたみたいだけど?」
「え、ええ。・・・なんでもないのよ」
後で、休み時間に言おう・・・ わたしらしくないな・・・
始業のベルとともに校門に駆込み、どうにか遅刻は免れたが、
「シンジ」
「何? アスカ」
「・・その・・・次は理科室に移動よ」
「今準備してるよ」
「は、早くしなさいよ」
というようなやり取りを休み時間のたびに繰り返している。
「シンジ!」
「何、アスカ?」
「・・・プ、プリント読んだ?」
「いや、あれは父母向けだろ?」
「・・・分かってるわよ」
アスカは引っ越しのことを話そうと決意するのだが、シンジの前にくるとその言葉 を出すことができない。
「シンジ」
「なに?」
「・・・今日はいい天気ね」
シンジは、アスカが何かいいにくいことがあるのだとうすうす気付いていたので、 我慢強くその言葉を待っていた。
結局、放課後になってしまった。今日は午前中で終わりの日だった。
「ねえ、シンジ」
「なに」
「えーと・・・・今日、ひま?」
「うん」
「ちょっと街の方までいかない?」
「うん、いいよ」
家に向かう道で、今日中に言わなくちゃ、アスカはシンジをさそった。
「アスカ、まずどこに行こうか」
一度家に返って着替えてから、電車に乗り、繁華街に出たところでシンジは声をか けた。家の前で待ち合わせたときから、アスカは一言も口をきいていない。電車の中 でも、ぼんやり外を見ていた。
「え、ああ。そおね、お腹すいちゃった。ハンバーガー食べたい!!」
「OK!!」
「ああ、お腹いっぱい。食べすぎちゃた」
「ほんと、フィッシュにチキンに照り焼き、それとチーズ」
からかうように言いながらシンジはアスカのお腹をつつく。
「どこに入るんだろ?」
「私は太らない体質なのよ!」
ふふんとお腹を突き出してシンジの指を押し返す。
「ははは。じゃあ、次はどこに行こうか」
「ゲームセンター!!」
「よし、今日は負けないぞ」
気合だけではどうにもならない事もある。もっとも、気合もアスカの方が上だが。
「ねえシンジ、あれとって」
対戦格闘モノでぼろ負けし、ゲーム台に突っ伏してるシンジだが、アスカの呼ぶ声 が休み時間を与てくれない。
「どれ?」
「あのかわいいサルのぬいぐるみ」
アスカはよろよろとやってきたシンジにプライスマシンの景品を指差す。
「いいけど・・あれ、かわいい?」
アスカの指先にある20センチ弱のひねた顔のサルをジト目で見るシンジ。
「か・わ・い・い・の!! シンジこうゆうの得意でしょ、取って」
「しょうがないなぁ」
言葉ではいやいやだが、目は鋭く攻略法を探している。アスカのこうゆう甘えた態 度は、滅多にないだけに効果がある。
「よし・・・落ちるな・・」
アームに挟まれたぬいぐるみを視線で支えているかのように真剣に見つめるシンジ。
「おねがい・・・やったぁ!」
アスカも握り締めていた拳をゆるめた。アームの設定が辛く、10回以上も失敗し ていたのだ、力も入る。
「ふう、やっと取れたよ」
ぬいぐるみを持って、微笑んでいるアスカを見てシンジの頬もゆるむ。
「ありがとう、シンジ」
素直なアスカの言葉に、シンジは軽くふざけて、アスカに手のひらを差し出す。
「なに? この手は?」
「何って、おかね・・・」
「プレゼントして」
「えー」
わざとらしい不平の声を出す。
「いや? ねえ、シンジ。わたしにプレゼントするのは、いや?」
急にしおらしい表情を見せたアスカに、シンジは戸惑う。
「そ、そうじゃなくて・・」
「答えて、シンジ。わたし・・」
アスカの瞳が潤んでいる。
「いやじゃないよ・・、アスカ。いきなりでびっくりしたんだ、ちょっとふざけて あんな返事をしただけだよ。始めからプレゼントするつもりだったんだよ」
「本当?・・よかった・・」
「アスカ、どうしたの? 今日なんか変だよ」
「何が変なの?」
「その、なんて言うか。妙にしおらしいとゆうか、かわいいとゆうか・・」
「どぉゆう意味?」
「い、あ、ごめん」
シンジはアスカに一睨みされると、頭を下げてしまう。
「まあいいわ。はい、これ」
アスカはポケットからキーホルダーを取り出す。
「ぼくに?」
「うん。シンジが休んでる間にとったの。かわいいでしょ」
それは2センチ×5センチほどの金属のプレートに、今とったぬいぐるみと同じ キャラクターが描かれたキーホルダーだった。
「これ、かわいい?」
「か・わ・い・い・の!! もぉ」
二人はじゃれあいながら、表に出た。
シンジに言わなくっちゃ・・・でも顔を見ちゃうと・・・そうだ!!
「シンジ、映画見ましょ!」
映画館なら暗いから・・言える・・
アスカはシンジの手を引っ張って、タイトルや上映時間も見ずに、映画館に入って
いった。
お菓子や飲み物、パンフも買わずに席につく。
ちょうど今は次回作の予告編が流れているところだった。
「アスカってロマンス物って嫌いじゃなかった?」
引きずられていたシンジが一息つき、入るときに見た看板を思い出しながら、 アスカに話しかけた。
「・・・・・・」
返事が無い。怪訝に思ってたシンジはもう一度呼びかける。
「アスカ?」
「パパが日本に帰ってくるの」
突然、つぶやくように話しはじめる。
「おじさんが? よかったじゃないか」
いきなりの話しにアスカの方を向くシンジ。しかし見えるのはうつむいたアスカの 横顔だけだ。
「うん。でもここじゃなくて・・第三東京の方なの」
「第三東京って、今度首都になるとこだろ。遠いね」
「うん、遠いわ」
「せっかく日本に帰ってくるのに毎日会えるわけじゃないんだね」
「ううん。毎日会えるの」
「え、どうして?・・・・あ!!」
一瞬怪訝な顔を見せたシンジだが、すぐにその言葉の意味するところに気付く。
「・・・・引っ越すの・・・」
アスカの瞳から涙がひと筋、ふた筋と流れ落ちる。
「そんな・・」
シンジは混乱した。アスカがいなくなる。考えたこともなかった。
「ママが言ったの、せっかく日本に帰ったパパを一人にはできないって」
「アスカ・・」
「シンジ!!」
アスカが両の瞳から光を散らしながらシンジの胸に顔を埋める。
「・・・アスカ・・・・」
シンジはアスカの頭を強く引き寄せた。
第一話前編です。
多くの素晴らしいエヴァ小説に刺激され、小説なるものを書いてみました。
このような人に読まれる事を前提にした文章を書くのはほとんど初めてなので
一人よがりな分かりにくい表現もたくさんあると思います。
ですが、精進を重ねてよい「小説」をかけるように頑張ります。
ご意見・ご感想お待ちしております。