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「アスカ!さっさとご飯作ってよ!」
「は、はい!ただいま作りますから・・・グズでご免なさい」
シンジがそうせかすと淡い栗色の髪の毛を簡単に縛るとエプロンを身につけ台所に立った。
その脇では水より淡いブルーの髪をした少女が同じようにエプロンを纏い食器を一生懸命拭いている。
しかしまだ大量にあるらしくその脇で山積みされ、ゆらゆらと揺れていた。
「早く終わらせろよ、いつまでやってるのさ。役立たず!!」
「はい、命令ですから・・・・・・うっ、これが涙・・・・・・・・ご免なさい。」
軽く掌で涙を拭うと再びお皿を拭き始める。

「二人共早くしなよ!!そうしないと捨てるよ!!」

シンジの怒号が二人の鼓膜を打ち、ビクッと体を振るわすとより急いで手を動かす。
そんな様子にシンジは満足げにペンギンを形取った大きなイスに身を沈めた。

「下男は?」
「ふっ、ここだ・・・・」
無礼な返答をシンジは許さずそばにいたミサトに命じて手錠をはめさせ足下に転がした。
「口の聞き方知らないんだね。・・・・ゲシッ!ゲシッ!ゲシッ!・・・ふう・・・」
「あうっ・・なんでごぜーましょうか旦那様・・・」
「そこの靴磨いてよ。そのくらいしか役に立たないんだからさ」
頭を地面に擦りつけ平伏するゲンドウに冷たく言い放った。

チャンチャンチャン全てはシンジ様のために。
シンジ様がいなければ我らもない。
シンジ様がいなければ未来もない。

どっかの社会主義国家みたいな歌がBGMに流れてくる。そのうち『おとーさま』と言い出すかも知れない。
満面の笑みを浮かべ辺りを眺めた。
背後には白衣を着た女性の彫刻が立っているが最近飽きたので取り替えようかなどと思っている。

それにしても暑い。
「ミサト、団扇で扇いでよ。暑いんだ・・・とっても暑いんだ」
「かしこまりました、シンジ様」

巨大な団扇には赤い半葉の絵が描かれており、それを一生懸命動かす。
「暑いよ・・・まだ暑いんだ!もっと扇いでよ!!」
ただいま、と口にしながら一心不乱に扇ぐがシンジはまだ涼しくならない。
「暑い!!暑いったら!!」

暑い・・・暑い・・・暑い・・・あ・つ・い・・・

「暑い!!」

シンジがその身を起こそうとするが何かが乗っていて起きあがれない。
「・・・・?・・・・布団?」
厚手の掛け布団が何枚もシンジに掛かっていた。
「・・・・なんで?」
「何いつまで寝てんのよ!!お昼よお昼!!さっさとご飯の支度してよ!!!」
淡い栗色の髪をした青い瞳の少女がシンジの上で仁王立ちしている。

TVのお昼前のニュースが聞こえてくる。

『・・・という訳で今日は朝から蒸し暑い日となり、第三新東京市では現在33.6を記録し七月初旬としては・・・』



ようやく再開、って誰か待ってる人いるのかなあ。11万人記念企画

めぞんねるふ!!!!!!!

クールに行こう!!の巻き



「だけどホント今日あっついわねえ・・・どうかしてんじゃない!」
タンクトップに短パンという歳を無視した破廉恥な格好をしたミサトが温度計を見ながら愚痴をこぼした。
目盛りは三十二度をゆうに超し、『お天気ニュース』の放送が正しいことを示す。
「あーーーー!!暑すぎる!!シンジ!何とかしなさいよ!!このボケ!!」
暑さだけではない、湿度も半端じゃなく高い。
アスカの苛立ちは理にかなっているが蹴飛ばされたシンジはそうは思わない。
「・・・・蒸し暑いのね・・・シンジはバカ、シンジはタコ、シンジはカス、シンジはケチ、シンジは・・・」
やり場のない苛立ちをシンジにぶつけるレイ。

第三新東京市の人口密度は東京をジャングル並の亜熱帯へと変貌させていた。

「我慢してよ・・・しょうがないじゃないよ。もう夏なんだから」
「あによ、我慢すりゃあ涼しくなるって言うの!!下らないこと言ってるんじゃないわよ!!」
こう言うときに何ら建設的意見や改善策を言えず我慢しようなどとふざけたことをほざく奴はアスカは大嫌いだ。
よって蹴りだけではなく棒で突っついたり足を踏んづけてみたりする。
「イタタタ!・・・まったく暑いって口にするからよけい暑くなるんだよ、もうすぐ夏だと思えば楽しいじゃないか」
こう言うときにこんな寝ぼけた様な間抜けで平和ボケな意見を言う奴はレイは身の毛がよだつほど大嫌いだ。
よって沸かしてあるお湯をコップに取るとシンジの足下に忍び寄りたらっと垂らした。
「熱い!!何するんだよ!!ふーーーー熱い!!」
「暑いって言ったわ・・・だからシンジせいで余計に暑くなったわ、何とかして・・・・」

遠慮という物を知らない太陽がはた迷惑なほど燦然と輝き、夕べ降った雨も手伝ってか、ただでさえ蒸し暑い時期をより一層過ごし辛いものにしている。

「暑いな・・・・・・・・・・・」

むさ苦しい髭面を汗で濡らしながらゲンドウは呟く。
もうどう見ても『炎天下の生肉』としか表現出来ない程鬱陶しい。それにも関わらず詰め襟の制服を着込んでいるのはいっそ天晴れである。
「これは夏服だ・・・・・」
呆れてみているシンジに裾をヒラヒラさせて薄地であることを見せた。

水道の音が響きわたりシンジは忙しそうに手を動かす。
丸く小さなテーブルには五人分のお椀と箸、その脇にはネギやシソ、ゴマなどの薬味、そしてシンジのゆでたそうめんが中央に置かれてた。

「出来ましたよ・・・・」

いただきますの言葉など不要だ。
獣の素早さでテーブルに飛びつくと四人は一斉にそうめんを奪い合う。
「ちょっちあんた薬味入れ過ぎよ!!」
「レイ、一箸でそんなにそうめん持っていかないでよ!!・・・ズズズズッ そこの塊あたしのだかんね!!」
「チュルルルルルルル・・・あたしの取らないで・・・こっからここまであたしのよ・・・」
「レイ・・・せめてつゆに付けて食え・・ジュルルルルル・・・シンジ、麺がゆですぎだな」

動物園の飼育係もこんな気持ちを味わうんだろうか・・・・シンジはふとそう思った。
もはや彼の入り込む余地はない。
四匹の猛獣がせめぎ合い、奪い合って自らの胃袋を満たす。

「あの・・・僕の分・・・残して置いてよ・・・」

それは敗者の惨めな嘆きだった・・・・。

「ふう、おごっそうさーん。シンちゃんビール冷えてる?何かつまみ用意してちょうだい」
「はあ・・・僕の分のそうめんは?」
アスカが気怠そうにシンジに顔を向けると食い散らかしたテーブルを指さした。
「あに言ってんのよ、目の前にあるじゃない、ほらっ!ざるにまだ何本かこびり付いてるでしょ!ヒャーハハハハハハッ」
彼女のいう通りざるの目に何本かのそうめんが挟まっている。
「・・・・あなたにはそれで充分ね・・・それよりさっさとつまみ作って・・・」

なんのためにこのクソ暑い中、汗を流しながらそうめんを茹でたのか?
シンジにその答えは見つけられなかった。
食い意地の張った三十間近の女や、可愛げの無い極悪少女、得体の知れない髭おやじのためではない事だけは確かだ。

それにしても暑い・・・・・


「ちょっと温度下げ過ぎかしら・・・」
この季節にホットコーヒーを口にしながら優雅なひとときをリツコさんは過ごしていた。
湿気と暑さでこの世の地獄と化した第三新東京市を二重特殊ガラスの外に追いやり、彼女の部屋ではエアコンが実にさわやかな空間を作りだしている。

ほのかなコーヒーの香りがリツコさんの鼻腔をくすぐった。
「うん、このコーヒー当たりね、良い香り」

時折二階の部屋でシンジの鳴き声・・・じゃない泣き声が聞こえてくるが何故か心地よいBGMに聞こえる。
金縛りになった夢を見たからかもしれない。
『第三新東京市の温度は午後一時現在37.6度、湿度87.6%を記録しこの時期としては過去最高の・・・・』

「蒸し暑いわけだわ・・・ま、しょうがないか。さて今夜は鍋にでもしようかしら・・・」

「暑い・・・・・・・・・・・・・暑いのよう・・・シンちゃん・・・」
「バカシンジ・・・何とかしてよ・・・・・・・・蒸し暑い・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ニタァ・・・・」
「うっ・・・レイ・・・・笑うな・・・気持ち悪い・・・・・・・」

真夏の炎天下に配送中のトラックから落ち道路に転がって腐りかかったマグロ、そう言っても過言ではない状態に四人はなっていた。
何やら怪しい腐敗臭すら漂いかねない。
「だいたいこんな狭い部屋に集まるんですか・・・だから余計に暑いんですよ」
シンジの理にかなった言い分は、だが彼らの耳に届かない。
この部屋にいれば何もせずに口にするだけで用が済むのだ。
シンジが居る限り。

もはや冷えたビールを飲んでもシンジを苛めてもこの暑さしのげないようだ。

「ちょっち不味いわね・・・何とかしないと・・・」
「シンジ、あんたエアコン買いなさいよ!今すぐ!じゃないとあたし達このまま腐っちゃう」

シンジは一瞬『なら冷凍庫に入れてやろうか・・・バラバラに刻んで真空パックにして」と思ったが、それ程冷凍庫が大きくないことを思い出しその考えを捨てた。
「そんなお金無いよ・・・・扇風機だって買えないのに」
「あなたには気合いがないのね・・・・惰性で生きてるのよ・・・無価値なのね、フフフッ」

四人の意識はもうろうとし始めていた。
元々根性とか気合いとかそんな物とは無縁の彼らである。

「そうだ!・・・いい物があったんだ・・・・んと・・・これこれ!ちょっと待ってて今準備するから」

シンジは押入から何か引っぱり出すと窓に立った。
その様子を連中は固唾をのんで見守っている。期待に胸が膨らみ希望に心が躍る。

やっぱり言ってみるもんだ。人間強引が肝心ね・・・・。

「ほら・・・・風鈴だよ・・・いい音色だろ・・・何か涼しくなる気がしない?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「このおおおおおおおおおお!!!!!!!大バカモンがあああああああ!!!!」
「役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず」

シンジは即座に蹴りを喰らい踏みつけられ熱湯地獄を味わい荒縄で縛り上げられ風鈴の脇につるされた。
期待が大きかった分、その怒りは計り知れない。

「全く、音で涼しくなりゃ電気屋さんは倒産してるわよ!!」
「とことんバカね・・・・暴れたら余計に暑くなったわ・・・このバカ」

つるしたシンジを棒で突っつきながら憂さ晴らしする二人。

「そうだ!今度こそいい物あると思うわ、ちょっち待ってて・・・・・・あ、日向君?」
ミサトは携帯電話を取り出すとどこか掛け、幾つかの指示を出している。
「今度こそ大丈夫でしょうね」
疑うような視線をミサトに向けるアスカ、レイ、ゲンドウ。とんちんかんな事やったらどうするか頭の中で渦巻いている。無論ただで済ます気は毛頭ない。
「大丈夫だって。あたしの会社でさ、今新型のエアコン開発してるんだけど試作品があるから持ってこさせるの」
さも自慢げに胸を張り説明する。
従来機とは違って新しい方法で温度調節するらしい。
「このねるふ館全室、廊下や便所だって冷え冷えよー!」

エアコン、冷え冷え・・・・・この二つの言葉は三人に暗雲から射し込む光のように思えた。
「さっすがミサト!やっぱりどっか違うと思ってたんだ!」
「・・・・・尊敬に値するわ。えらいって事ね」
「科学は人間の力だな・・・・是非やりたまえ・・・・」

ミサトへの評価は一変した。食っちゃ寝だけの行き遅れねーちゃんではないと実感したのだ。

シンジは窓辺でぶら下がりながらこう呟いた。

「暑いよ・・・・・誰かほどいてよ・・・・誰か下ろしてよ・・・・・」


「お!来た来た!こっちこっち」
リツコさんが買い物で外出したのを見計らったかの様に一台のトレーラーがねるふ館二到着した。
「ミサトさん、良いんですか?・・・・これ社外秘なんですよ・・・・」
「いいの、実地テストとでも言って置いて」
日向と呼ばれた眼鏡をかけた青年は、それ以上何も言わず作業を始める。
幾つかの機材を運び出し、組立、配管、電源の確保等々このクソ暑い中本当にまめに働いている。
「ねえ、あれあんたの男?」
早速アスカが興味を示した。この行き遅れバーサンはちゃっかり若い男をキープしているらしい。
「やあねえ、そんなんじゃないわよ・・・・あ、そこにも配管して、全館空調完備にするんだから」

玉のような汗をした垂らせながら日向は一生懸命働いた。
そのお陰かかなり早く組み立て終わったようだ。
「・・・この機械誰が考えたの?・・・」
レイが日向にそっと尋ねた。その赤い瞳には不安の色が浮かんでいる。
「え?ミサトさんがプロジェクト組んだからあの人の構想で作ってると思うけど・・・なんで?」
「そう・・・・・」
今ひとつ理解できない日向を後にレイはアスカに耳打ちしゲンドウにも耳打ちする。
その赤い瞳の『不安色』はより一層濃くなり、それは他の二人にも移っていった。

「よっしゃ!じゃあ、試運転しようか。ほらみんな中に入って涼んできなさいよ」
三人をねるふ館の中に入れると電源スイッチを入れた。

グォォォォォォォゲゲッゲッゲゲドックンドックン・・・・・・ウイィィィィィィ

良く分からない起動音が響き振動が辺りを揺らす。
庭先でゴムのように伸びきっていた使徒達も余りの恐ろしさに逃げまどう。
鳥達も羽をばたつかせ飛び去っていく。
「じゃあ・・・行くわよ!冷気フィールド展開!!」


その頃シンジは窓から下ろして貰っていたが荒縄はそのまま縛られていた。
「酷いよ・・・みんな・・・窓まで閉め切るから暑いし・・・・・ん?」
暑いはずの部屋がそうでもない。
ゆっくりと冷えていく。

・・・風鈴がなってるからかな?・・・

窓に釣りされている風鈴はチリリリリリリと風の力によらず鳴っている。
まるで警報のように・・・・

「何か涼しくなってきたなあ・・・・涼しい・・・すず・・・ちょっと寒い・・・」
ふと台所の方に目を向けると白く変色している。
いや・・・・凍り付いていた!!
「なんで!!・・・・そんな・・・・こっちまで凍ってくる!!」

凍り付いていく面積は加速度的に増していく。
「誰か助けて!アスカ!ミサトさん!リツコさん!・・・・誰か助けてよ・・・母さん」
シンジの目からこぼれる涙もやがて凍り付き、その周囲は白色一色になっていった。

シンジの意識も白くなり始めた・・・・・。

「えっと今の温度は・・・・ゲ!−30度?何これ!下がり過ぎよ」
フィールド発生装置の脇にある温度計を見て驚愕の声をミサトは上げていた。
「やっぱねえ・・・ミサトが作ったって言ったから逃げたんだけど正解ね」
「・・・・・やっぱり行かず後家ね」
「ああ、失望したぞ」

彼女の後ろに三人が立っている。アスカの言う通りとっさの判断で逃げていたのだ。
ミサトの作った何か・・・・この世でこれほど危険な物はない。
「あ!なんだ、みんな逃げてたんじゃない。ああ良かった。これじゃあ命に関わるものねえ」
ミサトはホッと安心したようにしみじみそう語った。
「だいたいそれどういう仕組みなわけ?原理を説明して!」
アスカが問いつめるとミサトは渋々説明を始めた。
「要するにこれ分子運動抑制装置なのよ。強制的に分子や原子の動きを止めて温度調節するんだったんだけど・・・ちょっち効きすぎたみたいね」

ニャハハハっと笑いながら言い訳を始める。

「やっぱ夢の島に捨ててあった物じゃ駄目ね。こう言うときリツコが居るといいんだけど」
買い物に行って不在なリツコさんを思い浮かべた。
「じゃあ、抑制を緩めればもう少し温度設定できるんじゃない?ね、あたし達にやらせて」

好奇心の色を前面に浮かばせたアスカとレイが日向に詰め寄った。
こんな面白い機械、眼鏡猿に持たせて置くには勿体ない。
「ちょ、ちょっと不味いよ・・・あ!そんなに一気に緩めたら・・・・・」

ドン!!!

五号室辺りから爆風が吹き出す。
そして・・・・・・

「うーーーん、暑い、暑い・・・駄目だ・・・・もう駄目だ・・・母さん、ゴメン・・・・」

「バカねえ、そんなにしたら空気が急に膨張するから吹っ飛ぶに決まってるじゃない」
ミサトが苦笑いしながら温度計を見ると60度を越している。
「良かったわね、あんた達。中にいたら蒸し焼きよ」
すっかり面白がったアスカは更にダイヤルを回す。

60.70.80.90度・・・・・・それと共に温度計も上昇を始めた。

「あ、チョウチョだ・・・・うわ・・・お花畑だよ母さん・・・・」

アスカの次はレイがダイヤルを回す。

30.20.10.−10.−20.−30.−40度、今度は一気に下降を始める。

「あ、白クマだ・・・・ペンギンさんも居る。母さん、ペンギンてビール飲むのかなあ」

もうろうとしたシンジの意識に様々な光景が浮かぶ。
幻覚・・或いは過去の記憶が走馬燈のように映し出されシンジを楽しませた。

以前母親と一緒に行った高原。清々しい風が吹き渡り初夏の季節を楽しんだ。
以前母親と一緒に行った動物園。白クマの大きさに、ペンギンの愛らしさに走り回った。

楽しい記憶、何年も経った今でもこうして蘇る映像・・・・・。

「いつまで遊んでるのよ、早く調節しちゃいましょ」

楽しげに遊んでいる二人にミサトが呆れ顔でせかす。
すっかり盛り上がっている二人は幾度もダイヤルを回していた。
その度にねるふ館はその身を震わし、爆音と共に空気を吹き飛ばす。
衝撃波がねるふ館内部全域に走る。その度にシンジの走馬燈は鮮明になっていく。

だがそれは在る程度まで。

胸の鼓動が弱まっていくに連れ映りの悪いTVの様にぼやけてくる。

そのかわりある光景がシンジの前に広がった。

広い野原とお花畑、一本の川に橋が掛かっておりその向こうで誰かが手を振っていた。

・・・・あれは・・・・父さん!・・・僕を呼んでる・・・

シンジの足はゆっくりとそこへ向かっていく。

・・・・来るなら早く来い、シンジ・・・・何をしている・・・・

急かされシンジの足は一層早まっていく。橋に向かい歩みが早まる。

「これ調節うまく行かないわよ!さっきから100度になったり−70度になったり!」
「不良品ね・・・・・ミサトの作った物だから仕方ないわ」
忙しく上下する温度計を眺めながらミサトは首を傾げた。
「設計は問題ないと思うんだけど・・・夢の島から拾った物だからねえ・・・ま、いっか」投げやりな態度ですっかり諦めたようだ。
「温度調整に問題有りね」
日向に話しかけ使用を中止するかどうか話し合っている。
その間アスカは機械をいじり回していたがやがて面白い物を見つけた。

「注意!絶対零度」

と書かれたラベルと共に赤いボタンが付いている。
アスカとレイの顔がニヤァッと微笑む。
ミサトはお話中でゲンドウは一升瓶を抱え眠り込んでいた。

「チャァァンス!」


・・・・シンジ早く来い。何をしている・・・・・

・・・・待ってよ、足が重いんだ・・・・

幻想の世界でシンジは一生懸命父の姿に向かって歩いている。

だがようやく橋を渡りきるまで後一歩の処までやってきた。

・・・・シンジ、待ちなさい。まだ行かなくていいのよ・・・・

・・・・誰?・・・・母さん!・・・なんで止めるの?・・・

「じゃあレイ、押すわよ。こんで熱帯夜ともお別れよ!」
「フフフフッこれでもう大丈夫ね、楽になるわよきっと・・・・・・」
赤いボタンに二人の細い指が触れる。

・・・・3!
・・・・2!
・・・・1!

「何してるのあんた達!」
「な!!なに!!・・・・ああ驚いた。管理人じゃない・・・・」

二人の背後にリツコさんが買い物袋をぶら下げ立っていた。
得体の知れない巨大な機械を眺め大体の話をアスカから聞いている。
「成る程ね、無茶しないでよ。そんな事したら建物潰れるわよ、どうするつもり!」

老朽化著しいねるふ館は重なる苦痛に耐えその勇姿をそびえさせているが、それでもさすがに絶対零度はきつい。

「だって暑いんだもん!しょうがないじゃない!!あんたみたいなバーサンと違ってこっちは若いのよ!!」
「この蒸し暑いのに平然としてるなんて・・・・さすが蛇女ね」

こう言うのを余計な一言というのだ。
リツコさんに頭から地面に突き立てられると二人共沈黙した。
「ミサト!あなたもこれさっさと片づけてね。邪魔だから」
「ヘイヘイ・・・今片づけるわよ。日向君、パパッとしまちゃって」

ようやく組み立てた巨大なフィールド発生装置を再び汗水垂らしてばらし始めるが愚痴一つ言わない。

慣れていた・・・・

「よく働くわね・・・・」
リツコさんが日向を眺めそう感想を持った。どこか羨ましそうだった。


・・・・シンジ、もうお前に用はない。二度と会うことはあるまい・・・・

立ち去っていく父親をシンジは追うことが出来なかった。
世界が急に暗転し変わってボロボロの6畳の部屋が映し出されていく。

「・・・・・・・まだ生きてる・・・・」

劣化しボロボロになった荒縄をちぎり、自由を得るとシンジはゆっくりと立ち上がった。ボロボロになった室内、だが彼は生きている。

「生きてるって・・・・素晴らしいなあ・・・」

窓から見る夕日が、シンジの大好きな夕日が彼の生還を心から祝福していた。

「ふう、これでよし。じゃあ日向君こんな事ばっか頼んじゃって悪いわね・・・・」
「いいですよ・・・・あなたの頼みなら・・・・」

大型トレーラーは荷物を全て積み込むと彼のさわやかな、そしてはにかむような笑顔を残して坂道を走り去っていった。

「ねえ、ちょっといい雰囲気じゃないミサト。やっぱり出来てるんじゃない?」
アスカが彼を見送るミサトをからかう。
「やあねえ、あんな将来性のない奴なんか誰が。あんなのやばいことに使うだけ使ったらポイよポイ」
ニヤッと笑うミサトにアスカとレイは初めて彼女を尊敬できた。

・・・・さすが大人の女ね、見習わなくっちゃ・・・・

彼女達の頭上にも夕日が赤く広がった。


「バカシンジ、あんた夕飯はどうしたの?」
「まだ作ってないの?いつまで待たせるつもり・・・・本当に愚図ね」
「どうでもいいけどさあ・・・何かボロボロねえ」

無論昼間の騒ぎが原因だ。
だがそれよりも夕飯を口にしなければならない。
部屋の様子など小さな事だ。

ボロボロになりながら、意識を失いかけながらシンジはフライパンを握る。
野菜炒めを一心不乱に作る。口をきくことすら辛かった。

それがシンジの役目だった・・・・

「野菜炒めなんて貧乏くさいわねえ。焼き肉とか出来ないの?」
「あなたは野菜だけでもいいけどあたしは松坂うしじゃなきゃだめ・・・・」

相変わらずの我が儘にすら答えることが出来ない。

失いかける意識を振り絞って料理を盛りつける。
ミサトとゲンドウにはつまみも出す。
そして配り終わると猛獣達の食事を眺めながら気を失っていった・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昼間には予想できないほど夜になると気温も下がり過ごしやすくなっていた。
吹き飛ばされた窓から夜風が入り込んでシンジの顔をそっと撫でていく。
「・・・ん・・・かあさん?・・・・・・・」

目を覚ましてみるとそこはいつものねるふ館。
窓が吹き飛び、あちこちが焦げているが住み慣れた自分の部屋。
その景色はシンジに昼間の記憶を呼び起こした。

・・・・酷い目にあったなあ・・・・

外の景色を眺めながらそんなことを思い浮かべている。
空には星が、地上には人の作り出した星が瞬いている。

「ねえシンジ、屋根で飲まない?」
アスカとレイが現れシンジを誘った。
手にはよく冷えたビールとシンジのためのコーラが握られている。
「・・・・涼しいわ、外行きましょ・・・」

梯子をかけ屋根に上がると空に広がる星が圧倒的な数でシンジに迫ってきた。
「んーーーーーいい気持ちだなあ。・・・・・本当に綺麗な空だね」
「ホント、此処でもまだこんなに星が見れるんだね。綺麗・・・・」
「月も明るいわ・・・」

レイの髪を月明かりが照らしプラチナブルーの髪を輝かせ、まるで月の光から生まれたように見える。
アスカのブルーの瞳に星が煌めきその夜空を全て瞳にしまい込んだように美しい。

・・・・二人共綺麗なんだな、本当は・・・・あんな事さえしなければ・・・・

シンジは二人を眺め頬を赤くした。
アスカとレイはビールのためか目が潤み少女と言うより女性の色香を見せている。
タンクトップの脇からアスカの白い肌が覗きシンジの鼓動を早くした。

「やだ・・・何見てんのよ・・・・バカ」
頬を赤らめアスカがうつむく。
シンジも慌てて目をそらす。その先には短パンをはいているレイの白い太股が目に飛び込んできた。
「・・・・シンジ君・・・見ないで・・・恥ずかしいわ」
「ゴゴゴゴゴメン・・・そんなつもりじゃ・・・・」

シンジもうつむき、目に焼き付いた光景をうち消そうとするが心のどこかでそれを拒んでいるためどうしても消えそうにない。
それは今晩シンジの寝不足を約束していた。

「ねえ・・・・見たい?・・・・シンジ・・・」
「え?・・・・・バ、バカ言うなよ・・・」
慌てて正直でない返事を返す。
「いいよ・・・・シンジなら・・・・・・」

シンジの鼓動は上昇し何か頭がくらくらしてきてしまった。
「ねえ・・・見たい?・・・・」
アスカの潤んだ瞳がシンジの間近にある。
彼女の呼吸すら感じるほどに・・・・

「そんな・・・・でも・・・・・・」

今度は拒否できなかった。
シンジの全身がそれを口にすることを許さなかった

彼女の白い指がタンクトップの肩にそっと触れる。
シンジの目はもはや釘付けになっていた。
そしてゆっくりとずらしていく。

「アスカ・・・・・」

タンクトップが滑り落ち彼女の素肌がシンジに飛び込んできた。
そして彼女の身につけている水着も視界に飛び込んできた。

「・・・・・・・アスカ・・・・」
「バッカみたい!!このドスケベ!!ヘヘヘ、ドキドキしたでしょう。ホーントシンジはスケベなんだから!」
けらけら笑いながらシンジを眺めるアスカ。
「シンジはスケベ・・・・フフフッいやらしいのね・・・ドスケベの変態という訳ね」
ニッタァと笑いながらあることを考えている。
「レイ、明日このこと学校の掲示板に書きましょ。ケケケケッたっのしいわよケーッケケケ」
「そんな・・・・大体アスカが変なこと言うから・・・・」
「アスカは悪くないわ。シンジ・・・・あなたがスケベなだけ。このむっつり・・・・」

二人共本当に楽しそうに笑うと美しく煌めく夜空を後に屋根からおりていった。
「ちくしょう・・・・くそ・・・・くそ・・・ちっくしょう!!!」

悲しく、虚しく、鬱陶しいシンジの叫び声が第三新東京市の夜空に響く。
呆れたように星達と月は空を覆い始めた雲にその姿を隠していた。


「やあねえ・・・こんなにしちゃって。まあ、風邪引く時期でもないし、いいわね」
窓がごっそり吹き飛んでいる五号室を眺めながらリツコさんは修理するのを翌日にしようと決めた。
冬なら急いでと言う気にもなるが今の季節ならそんなに気にすることもないだろうし、第一このところの暑さで少し体が怠い。

五号室を後に自分の部屋へと戻る最中に屋根で何かの叫び声が聞こえる。

「やあねえ、発情したバカ猫かしら。どうせ振られたのね・・・居るのよねえどこにでもそう言う雄猫が」

リツコさんが部屋に戻るちょっと前『お天気ニュース夜の時間』がTVに映し出されていた。
だがそれはリツコさんが戻る前に終わってしまい彼女はそれを目にすることはなかった。別に問題ない。
彼女はいつもちゃんと戸締まりして寝ているから。

同時刻四号室。

「ほう大変だなあ」
ゲンドウの目にしているTVでは、アナウンサーが真剣な顔で天気図を解説している。

『太平洋沖に突然発生した台風『グレート17号』は依然非常識な勢力を誇ったまま第三新東京市を目指して一直線に進んでおり住人の皆さんは戸締まりを確認し・・・・・』

ゲンドウは目を窓に目を向け窓がちゃんと閉まっているのを確認すると安心したように寝転がり再びTVを眺めていた。

おわり


302号室

ver.-1.00 1997-06/30 公開

お葉書にご意見ご感想をお書きの上こちらまでお寄せ下さい


リツコ:お久しぶりね、随分書かなかったみたいね
ミサト:ホント、ちょっち長かったわね
アスカ:催促のメールが来たんで慌てて書いたんでしょ、バッカみたい
シンジ:最近こんなのばっかだよ。
レ イ:むっつりなのね・・・やっぱりいやらしいのよ
シンジ:そんなことないよ!やめてよ!
ミサト:まあまあ、シンちゃんも男の子なんだし。いいじゃないわっかいんだから
リツコ:そうねえ、男の子だからいいんじゃないかしら
アスカ:ほら、そんなバカほっといて挨拶挨拶!

リツコ・ミサト・シンジ・アスカ・レイ

皆様長いことお待たせしました。『めぞんねるふ!!!!!!!:クールに行こう』
如何だったでしょうか。

このような物でも作者は一生懸命書いてます。
ついでに申せば本当は十万記念だったのですが相変わらず遅筆で。
遅ればせながらの11万記念ですがお読み下さって有り難う御座いました。

では

11万ヒットおめでとうございます!!
どうかこれからもよろしくお願いします。

では大家さん、住人の方々、来て下さった皆様の益々のご発展をお祈りいたします。
お読みいただき有り難う御座いました。


 ディオネアさんの『めぞんねるふ!!!!!!!』公開です。
 

 もう夏なんですねぇ
 このページをオープンしたときはストーブの季節だったのに。
 いつの間にやらクーラークーラーと騒ぐ夏。

 私の住む大阪はとにかく蒸し暑いんですよね、
 ホント、30日40日連続熱帯夜なんて当たり前。

 せっかくテレホに加入してミカカの心配が無くなったというのに、
 ・・・・・電気代が心配な季節です(^^;

 ミサトの分子運動制御冷暖房装置、ランニングコストはいかほどなんでしょう?
 欲しいぞ(^^)
 

 ではシンジ君のご冥福を祈りつつ、
 今回のコメントはここ迄にしとう御座います。(^^;
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 リクエストに応えて下さったディオネアさんに感想メールで感謝しましょう!


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