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「何よ!あたしが悪いって言うの!?」
「しがみついたのアスカだろ!!」
「人のせいにしないでよ!!シンジがとろくてバカなだけじゃない!だいたい人の寝てる間にキスしようなんてイヤらしい上にせこいのよ!!」
「してないって言ってるだろ!!人の布団に入り込んで来たのアスカじゃないか!!自分こそ人のせいにするなよな!!」

「なによ!!!!!」
「何だよ!!!!!」

第三新東京市の地下深くに建設された人類最後の砦ジオフロント。

そして生き残りを賭けた戦いの最前線で指揮するNERV本部。

今、新たな戦いが本部発令所で繰り広げられている。

十万御来訪感謝記念特別読み捨て・・・読み切り企画


瞬間、心、重ねたあと




発令所の前面に設置されている巨大なモニターに映し出されている丘は大きく抉り取られ、爆発の凄まじさを物語っている。

第七使徒を見事殲滅したNERVの面々は安堵の表情を浮かべ、そして今は笑顔になっていた。

「お願い、日向君、さっさとあの二人を呼んで・・・これ以上さらし者にするのは忍びないから」
この戦いの指揮を執っていた葛城一尉は顔を両手で隠しながらオペレータに指示を下す。
「ハイ・・・了解。・・・ププッ・・・回収班、最優先でパイロットの保護を・・・プププッ」
堪えきれない笑いを辛うじて押し殺しながら日向二尉はミサトの指示を現場に伝えた。

人類存亡を賭けた戦いの内の一つ『第七使徒迎撃戦』は人間側の勝利に終わり、いずれ次があるにせよ取りあえず今は誰もが緊迫しきった心を解きほぐし微笑む余裕を得たのだ。

「バカシンジなんかと組むなんてホンット最低ー!!!!!」
「アスカの我が儘なんか聞きたくない!!」
本部に着いた二人を伊吹二尉が出迎え、発令所に連れてくる間中ずっとわいわい言い合っている。
「お疲れー二人とも・・・・・って雰囲気じゃないわね・・・」
「さっきからずっとこの調子で・・・とほほ・・・」
呆れ顔のミサトに苦笑しか浮かべられなくなったマヤ。

「そもそも何であんたとミサトが一緒に住んでるのよ!?」
「何でアスカがミサトさんの処に来るんだよ!?」

使徒と戦い取りあえず人類を救った二人の『戦士』はモニターの中で繰り広げていた口喧嘩を発令所内部でも未だ続けていたのだ。

「はいはい・・・さ、もう気が済んだでしょ。今夜すき焼きにするから機嫌なおして・・・」
「ミサト!あたし一人だって勝てたのに何でシンジなんか使うのよ!これからだってあたし一人で戦えるわ!だいたい作戦は終わったんだからもう一緒に住まなくったっていいはずよ!!」
「ミサトさん!アスカと一緒の作戦なんて無理です!だいたい独善的なんだよアスカは!」

すき焼きでは収まりそうにない。
すっかりエキサイトしている二人にミサトはすっかりお手上げの様子だ。
「リツコ・・・・リツコったら・・・ちっ・・・逃げたな・・・」
彼女を手伝おうとする心優しき者はどこにも居らず、副司令は「頭痛がする」と言い残しプライベートルームへと籠もってしまっている。

「あたしだってあんたなんかと一緒に住むのはゴメンよ!!すぐ出て行きなさいよ!!」
「アスカが後から来たんだろ!!そっちこそどっかよそに住めばいいじゃないか!!」
「ははーん、あんた一人で暮らせないんでしょ。お化けが怖いかなあ?お漏らししちゃうかもね、へへへへーン」
「そっちこそ!ママーって泣くに決まってるんだ!だいたい料理も出来ないのに一人暮らしなんて無理だね!」

・・・・え?そんな事無いわよ・・・・

ミサトは口にはしなかったが心の中で呟く。
それはともかく二人の論点は『どっちがしがみついてバランスを崩したか?』から『どっちが一人で暮らせないか?』に移り余計白熱している。

「ミサト!もうシンジなんかと暮らすのイヤ!!どっか余所に部屋借りて!!」
「ミサトさん!もうアスカと暮らせません!!どこか他に部屋借りて下さい!!」

家庭裁判所に持ち込んでいるような会話だが当人達はいたって真面目な顔で訴えていた。

「ンな事言ったって・・・許可降りないし・・・ねえ・・・マヤ・・・」
「そうよ・・・シンジ君もアスカちゃんも葛城さんを困らせないで」
いきなり振られたので何の変哲も無い言葉しか口に出来ない。そしてこれ以上関わりたくないのか「あ、先ぱーいここどうするんですかー?」などと言いながらこの場を走り去っている。

「シンジはミサトと一緒に暮らしたら!どうせすぐ泣きつくんだから!」
「アスカこそ!加持さんに泣きついて迷惑掛けるなよな!」

もはや引っ込みが付かない。ここで一人暮らしを敢行せねば二人共、男と女がすたる。

「・・・・よし!!いいわ、借りてあげる。場所はあたしが決めるわよ。日向君すぐに不動産屋に連絡とって、場所はこことここ。二人はすぐ荷物まとめて今日中に引っ越しするわよ。青葉君、トラック二台準備して・・・UNから借りてもいいから、ついでに人手も借りて」

葛城一尉の指示は素早かった。
「どう?これで文句無いでしょ。じゃあ二人はさっさと帰って荷物まとめなさい。あたしは後から行くから」

「あ・・・・ハイ」
「・・・分かったわ、あーせいせいした。このままじゃシンジに何されるか分かんないもんね」
「誰がアスカ何かに・・・」
「何よ!あたしじゃ不満だってーの!?」
「ほら、早くしないとトラック来るわよ。さ、帰った帰った」

二人は大急ぎで今まで住んだマンションへと戻っていく。
ようやく騒ぎが一区切り付いたのを見計らってどこからか現れたリツコが声を掛けた。

「ミサト・・・いいの? あの二人あれで・・・」
「・・・ふっ、問題ないわ・・・」
と言ったかどうか定かではない。


「何か用?」
「別に・・・そっちはもう終わったのかと思ってさ」
「・・・手伝わなくて結構よ。・・・・それ取って・・・」

シンジの荷物は意外と少なくあっと言う間に梱包を済ませるとアスカの片づけ状況を見に来ていた。
彼女も粗方片づいてはいるのだが小物が多くまだガサゴソしている。
「結構短かったな・・・ここ・・・」
「じゃあ・・・住んでれば。あんた一人じゃ暮らせないわ・・・どうせ」
「そんな事無いよ・・・今までだって・・・一人だった・・・・」

ふとシンジの顔を見るとついさっきより大人びた顔があった。
「親戚の家に住んでたんじゃなかったの?」
「・・・・・でも一人だったから・・・アスカは?」
「あたしは・・・あたしだって向こうじゃ一人で住んでたわ・・・」

シンジに目を合わせることなく黙々とアクセサリー類をしまい込んでいる。
それきり二人は会話することが無くなった。

ただ時計の音だけが正確なリズムで響く。

トラックの止まる音。

ドアを開ける音。

「どう、終わった?・・・・・そう、じゃあ荷物運んでちょうだい」
一緒に部屋に入ってきた数人のNERV職員に荷物を運び出させる。
二人の荷物はそれぞれのトラックの荷台に積み上げられた。
「でさ、場所なんだけど・・・・っと、こことここ」
ミサトの広げた地図に印を付けた。
「え・・・こんなに・・・」
「・・・・殆ど端と端じゃない」
「でしょ、これで二人共買い物で顔を合わす事もないし、うっかり鉢合わせする事もないし。学校と本部はしょうがないけどまあ、それくらいは我慢して。じゃ、これでお互い関わらずに生きていけるわね。」

彼女の手配したワンルームマンションはミサトの家を中心に東西に離れている。
ミサトの言うようにうっかり顔を合わせる事など在りそうにない。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

「どうする?止める?今なら止められるけど・・・」
地図から目を離そうとしない二人にミサトが最終確認した。
「・・・・ハイ、いいです。・・・・・・あ、お世話になりました・・・」
シンジはそれだけ言ってミサトに頭を下げるとトラックに乗り込みドアを閉めた。
アスカはそんな様子をその青い瞳で見つめている。
「・・・ふん・・・・あたしもいいわ。じゃ、ミサト、バイバーイ」

二人共別に第三新東京市を離れる訳ではないのだがどこか遠くへ行くような挨拶を残し、トラックと共にミサトの視界から消えていった。


「意外と広いな・・・えっと、八畳か・・・」
新しい部屋に着き荷物を運び終えたシンジは早速荷ほどきを始める。
とにかく布団と食器類、調理器具を出さないと生活が始められない。
「フライパン、鍋・・・茶碗、箸・・・・これでいいか・・・」

それがシンジの口にした今日最後の言葉だった。




「何これ・・・こんな狭いの!・・・ミサトの奴ケチったわね」
初めての部屋に足を踏み入れるなり此処にはいない人物に対して文句を口にした。
それでも鍵とがす栓の確認をすると運び込んだ荷物をばらし始める。
「えっと・・あれ?やかんどうしたっけ?・・・やだホーク入れて無いじゃない・・・」

あちこちの段ボールを開きながらとにかく生活必需品をあさり始める。
「シャンプー・・・・無い!リンスも石鹸も・・・うっそー!?」
呆れ顔になりながら途方に暮れる。
「シン・・・っと・・・・ふん、しょうがないわ、買いに行かなきゃ・・・」
何とか口に出しそうになった言葉を押し留めると、財布を握りしめここに来る途中にチェックしたコンビニへと出ていった。


シンジとアスカは別々の場所で同じ晴れた朝を迎えた。
初めての部屋で迎えた朝は何となくよそよそしい。

学校に行くために身支度を整えるアスカだったが未だ片づかない部屋で悪戦苦闘している。
「やだ!ブラシ無いじゃない!・・・え、靴下どこよ!?あーーーーー!!もう!!」
迫り来る時間にかんしゃくを起こすアスカ。
乱暴に段ボール箱を破りながら探すがお目当ての品はどこかに雲隠れして彼女の前に姿を現さなかった。

ガシャン!!

苛立ち紛れに投げつけた箱にはどうやら食器類が入っていたらしい。
「サイテーーーー!!! 」

バタッン!とドアを叩き付けるように閉めると慌てて階段を駆け下りる。
引っ越しで学校までの距離が伸びていたのだった。




・・・・ご飯・・・・イイや・・・

何となく食欲の湧かないシンジは朝御飯を抜く事にした。

・・・アスカ・・・ご飯食べたかなあ・・・・

結局朝御飯の支度をしないで済んだ今朝は時間が余り何もする事が無くなってしまった。
TVもアンテナを繋いでいないので何も映らず、MDも電池切れのため何の音楽も奏でようとはしない。

・・・朝って・・・こんな静かだったっけ・・・・

アスカの催促もミサトの愚痴も聞こえない朝。

どれほど経ったろう、時計に目を向け時間を確認すると部屋を後にした。


「お早う・・・・何か機嫌悪そうね」
「ちょっとね・・・ヒカリさあ、この辺で日用品売ってる店知ってる?」

クラスメイトに本当に大まかな説明をして店の場所を聞き出す。
もう探すより買った方が早いと思ったようだ。
ヒカリも詳しくは聞かず略図を書きながら場所を説明した。
「サンキュー・・・ねえ、今夜遊びに来ない?一緒にご飯食べよ」
「うん、じゃあ、あたし何か作って持って行くね」

先程までの機嫌の悪さはようやく直ったらしい。

「おはよ・・・・」
「碇君も一人暮らしなんだって?」
ヒカリはアスカから聞いた事をそのままシンジにも訪ねた。
「うん・・・アスカから聞いたんだ・・・」
「そうよ!何か文句ある!?」

アスカの声が後ろから聞こえてきた。
さっきまでの苛立ちがシンジを見た途端ぶり返してくる。
「無いよ・・・別に・・・」
「そう!じゃああたしが何を言っても勝手でしょ!」
「何だよ・・・文句なんか言って無いじゃないか・・・」

アスカに因縁を付けられたようにさえ思える。朝の出来事など一緒に暮らしてはいないのだから気が付くはずがないのだ。

「もうよしなよ、アスカ・・・ねえ、何食べたい?リクエストある?」

ヒカリはアスカを離れたところへ連れていくと再び今夜のことに話を変えた。


・・・・・イイや、弁当で・・・・・

いつもなら夕食の買い物をする時間だが何故か食欲が湧かないシンジは鮭弁を一つ取るとレジに持っていった。

「暖めますか?」
「・・・いいです・・・そのままで」

缶ジュースと鮭弁一つ。
それが今夜のメニューでありそして今日最後の会話でもあった。

「何、凄いねヒカリ!!」
目の前に並んだ絢爛豪華なヒカリお手製のお弁当各種はアスカの食欲を大いに刺激した。
何しろ夕べはコンビニの弁当だったから余計に美味しそうに見える。
「どう・・・・・・良かった!口に合って」
アスカがさも美味しそうに食べるのを見てヒカリは安心した。

気の合う誰かがいると夕食は美味しくなる、二十世紀から言われ続けている言葉はアスカにも実感を与える。
会話は弾み学校の事、クラスメイトの事、近所のブティックの事、腕のいい美容院の事・・・・・
無秩序だが、あちこちに話が飛ぶがそれでもアスカには楽しかった。

時を忘れるほどに・・・・・・・

「あ、もうこんな時間・・・じゃあアスカ、あたし帰るね」
「え・・・・う、うん・・・もう遅いもん・・・そうだ!泊まってけば!」
「ゴメン、妹の面倒も見なきゃいけないし、また今度ね」
「そう・・・・うん・・・・じゃあ明日学校で会おうね・・・」

気が付かないほど早く流れた時間が今その流れを止めた。
ヒカリを見送り部屋に戻ってみるとさっきまでが夢であったとさえ思える。

・・・・誰も・・・居ないんだな、この部屋・・・

二個残っている唐揚げを摘んでみる。

・・・・味がしない・・・・

さっきまであんなに美味しかったのに。

壁にもたれ部屋を眺めるとそこは不気味なほど広かった・・・・・


「何やセンセ、上手いやないか」
モニターの中で飛び回る戦闘機を操り派手なBGMを聞きながら無数のミサイルを発射する。
「何てったってエヴァのパイロットだもんな。お、上手い上手い!」

放課後のゲームセンターに立ち寄るのは彼らの日課となっていた。
シンジはケンスケの喝采を浴びるとより一層ダイナミックにレバーを引き起こす。
「そこやシンジ!撃て撃て撃て!!!」
トウジに励まされる度にミサイルを乱射し画面の中の敵機を撃墜していく。
応援に少しでも応えたい。
飽きて帰ってしまわないように。

エンディングの曲が流れゲームの終了となった。

「ほなシンジ、わいら帰るでな」
「もう少しやっていこうよ・・・あれなんかどう?」
「すまんのう、妹が腹空かしとるよって」
「うん・・・じゃあまた明日・・・」
「じゃあな!」

何人もの人々がたむろする店内で、だが彼は一人になってしまった。

・・・・帰ろう・・・・




「ただいま!!・・・・・ってバッカみたい・・・」

未だ開いていない段ボール箱だけがアスカを出迎えた。
鞄を放り出し辛うじて空いているスペースに身を横たえる。
まだ見慣れない天井が視界に広がっていた。

「・・・・何か食べなきゃ・・・」
コンビニの茶色の買い物袋に入っている弁当を取り出し口に運ぶ。
「何よこれ!!・・・不味くて食べられない!!」

バサッ!!

一口だけ食べたそれの残りはゴミ箱へ直行した。

TVでは良く分からない芸人が良く分からない言葉を喋り訳の分からない笑い顔を見せている。

ピ・ピ・ピ・・・・

白く細い指が携帯電話のボタンを押す。

『はい、加持です。今留守に・・・・・』

「・・・・いっつも留守なんだから!」

もう一つの電話番号が浮かんでくる。

・・・シンジの奴、晩御飯自分で作ってるのかな・・・得意そうだったし・・・

白い指が躊躇いがちに一つ一つボタンを押していく。

あと三つ。
あと二つ。
あと一つ・・・・・・・・・・・・・・・

そこで指が動きを止めた。

・・・・・・・掛けてきなさいよね・・・・・・・

彼女は電話を置くとそれをじっと眺める。
『待ち受け中』のパイロットランプが赤く灯っていた・・・・・





・・・もう、いいや・・・・

シンジは食べかけの海苔弁を放り出すといつもやかましく話しかけてくる少女を思いだした。
あれが食べたい、これが食べたい、お風呂が熱い、あんた邪魔よ・・・・
今は腹が立たない。
もう一度聞きたい。

部屋の中で・・・・

取り出した携帯電話を使おうと電話番号を思い浮かべた。
アスカの顔と共に。

・・・・やめとこう・・・また喧嘩になるから・・・・

二人が新たな生活の場を得てから四日が過ぎた。

楽しいはずの一人暮らし。
慣れているはずの一人暮らし。

いずれの期待にも新しい部屋は答えてはくれない。


「ハイいいわよ、上がってちょうだい」
ミサトはプラグスーツ姿のシンジとアスカに話しかけた。
「二人共調子悪そうね、ちょっとこっちに来て」

暗い表情の二人が現れるとミサトは別段責めることなく笑顔を見せる。
「どう、一人暮らし、楽しいでしょ」
「・・・・・はい、あ、当たり前じゃないですか・・・」
「・・・あったり前じゃない!・・・毎日美味しいもん作ってるんだから!」

言葉ほどに二人から闊達さは感じられない。

「そう、ならいいけどさ。じゃあ二人共今日はもういいわよ、お疲れさん」

シンジは慌てて口を開いた。
「ミ、ミサトさん・・・夕飯一緒にどうですか?何か作るし・・・でなきゃ食べに行きませんか?」
「あたしも!・・・いいわ、シンジがそう言うなら一緒に食べてあげる」
「アスカに何か行ってないだろ・・・何食べるんだよ」
「そうねえ・・・ミサトは何にする?」

二人の瞳に見つめられた葛城三佐は苦笑しながら彼らの意にそぐわない答えを返す。
「悪いわねえ、ちょっち仕事があって暫く帰れないのよ。二人で食べてくれる?」
「・・・アスカと・・・そんな・・・」
「・・・バカシンジなんかと!・・・イヤよ!」

照れ隠しに意地で答える。

帰り道に二人は別々の場所で同じ事を考えていた。

・・・・何であんな事言っちゃったんだろ・・・・


「どう、二人の様子・・・」
「アスカは若干ながらシンクロ率低下。シンジ君は変化無し、そのかわり体重が落ちてきてるわ」

アスカとシンジが一人暮らしを始めてから十日間が過ぎ定期検査の結果をリツコは告げた。
「そう・・・やっぱねえ・・・」
「そろそろ手を打った方がいいんじゃない?」
「・・・・このまま続けるわよ・・・・」
廊下の監視カメラに写された二人を眺め計画に変更がないことを告げる。
「どうでもいいけど風邪引かさないようにしなさいよ」
「何のこと?」
「ぬるま湯から出て風邪を引いたって良くある話よ・・・」

時計は夜の十時を回り今日の予定の終了を告げていた。

「シンジ、何やってるのよ・・・もう帰ったら・・・」
「アスカこそ・・・もう終わったんだろ・・・」

自動販売機の明かりだけが照らす休憩所に二人の姿はあった。
「あたしがいつ帰ろうと大きなお世話よ・・・」
「じゃあ僕もそうだよ・・・」
二人の足下に伸びた三人目の影。

「あ、ミサトさん・・・」
「ミサト・・・終わったの、じゃあ・・・」

二人の期待した言葉は彼女の口からでては来なかった。

「何やってるの二人共、さっさと帰んなさい。ここはあなた達の遊び場じゃないのよ」
「は・・・・はい・・・あ、一緒にご飯食べませんか・・・すぐそこでいいから」
「そうね、ミサトもろくなもん食べてないんでしょ、だったら・・・」

やはり期待した答えは得られない。
酷く冷たい答えが帰ってくる。
「悪いけど仕事あるの、それにアスカ余計なお世話よ。それよりシンクロ率下がってたわ。自己管理しっかりしなさい」

ミサトの影が長い廊下に吸い込まれていく。

シンジとアスカは何も口にすることなくこの場を立ち去った。

NERVのゲートから東西に別れた道の延長上に二人の部屋はそれぞれある。
バスも電車もまったく反対方向だった。

トボトボと真っ直ぐ北に伸びる道をシンジは歩いていく。アスカもその後ろからついていく。

「アスカこっちじゃないだろ・・・・」
「あんただって・・・」

当てもなく歩く。
行き先もなく歩く。

やがて二人の足取りが重くなった頃、彼らの前に小さな公園が現れた。
シンジは古ぼけたベンチを見いだすと足を休めるために腰を下ろす。

「あんたバカァ?何でこんな所まで来たのよ!」
「アスカがついてきたんだろ!僕のせいじゃないよ!」
「あたしは自分の意志でここに来たの!あんたなんかについてきたんじゃないわよ!」

同じベンチに座り言い合いを始めた。
こんな夜中に久しぶりの会話。
喧嘩しているのに何故か楽しい。

「もういいよ・・・」
「そうね・・・シンジが悪いって決まったことだし・・・」

しかし二人共ベンチを立とうとはしなかった。
もう足の疲れはとれたのに心の疲れがとれなかった。

「いつまで居るつもり?・・・帰ったら・・・」
「勝手だろそんなの・・・・アスカこそ・・」
「あたしはまだ此処にいたいの・・・」
月はビルの陰に隠れその姿を見せないが、消えることのない街明かりが二人に時間を忘れさせる。
無言のまま、会話の途切れたまま時は流れていく。

シンジは隣に少女が居ることに心が温かくなった。
アスカは隣に少年が居ることに心が落ち着いた。

二人は独りではないことに安堵した。

だからベンチを立てなかった。

いつまでも・・・・・・・・・・・


シンジとアスカは初めて第三新東京市の夜明けを見ている。
新聞配達のバイクが軽快な音と共に走り去っていった。

「帰らなかったね・・・・」
「うん・・・いいわ、別にあんな所・・・」

長い間アスカのもたれ掛かっていた肩が張っているがシンジは不快ではない。
アスカは座ったまま寝ていたので節々が痛いが久しぶりによく寝られたように感じていた。

「お腹空いたね・・・・」
「何か買ってきてよ・・・そこにコンビニあるわよ」

不平を言うことなくシンジは二人分の弁当を茶色い買い物袋に入れ持ってきた。
「何買ってきたの・・・焼き肉弁当!?これ不味いんだから・・・」
「こんな時間じゃ他になかったんだよ・・・・これお茶」

まだ配送車の来る時間ではない。シンジの言う通りこれしか置いてなかったのだ。
レンジで暖められた弁当を二人は口に運んだ。

「あ・・・・美味しかったんだ・・・・」


「二人共こっちに来なさい」
久しぶりに厳しい表情のミサトが二人を呼びつけた。
「今日の結果は何!?どういうつもりか言ってみなさい!」
ボウとした二人の頭にミサトの声が響きわたる。
「寝不足で・・・ふぁ・・・あ、スミマセン・・・」
「しょうがないじゃない・・・眠いんだもん」

頭が回らないので言い訳すら満足に出来ない。

「ったく・・・一人暮らしさせた途端にこのざま!?・・・・あんた達いい加減にしなさいよ」

もはや言い訳すら出来ない。
二人は言うべき台詞が喉まで出かかっていた。
言いたい言葉を紡ぎたかった。

・・・前のように三人で・・・・

「二人共帰ったら荷物まとめなさい。あんた達に一人暮らしは無理だわ、今日中に引っ越しするからね!またあたしんとこに下宿よ」

「そんな!突然・・・・」
「またミサトのマンション!?勝手な・・・」

「お黙り!!これは命令よ!拒否は許さないからそのつもりで」

ミサトの顔にほんの少しだけ笑みが見えたような気がした。
「あっそ!命令じゃしょうがないわね」
「今日中ですか、帰ったら支度しなきゃ!」

何の抵抗も文句も口から出ては来ない。

「ほら帰った帰った!後で迎えに行くからそれまでに終わらせなさいよ!!」

アスカとシンジははじけるように走り出した。
一分、一秒さえ惜しい。

「バカシンジ!最初はあたしんちね!あんたも手伝うのよ」
「何だよ!自分でやればいいだろ!僕の荷物だってあるんだから!」
「あんたの荷物なんてゴミよゴミ!!あたしのが先よ!!」
「アスカも手伝えよな!」
「気が向いたらね!」

控えめな笑みを浮かべながらリツコが話しかけてきた。
「もう終わり?案外保たなかったわね」
「こんなもんでしょ・・・別に保たなくったって構わないわよ」

苦笑しながらテキパキと引っ越しの手配をするミサト。

「あんたも来る?手伝いにさ」
「冗談でしょ・・・ねえ、ミサト・・・」
「何?」
「案外ミサトも風邪引いてたのかもね・・・」

否定はしない。
認めもしなかったが。

「さてとこれでOK!・・・・フッ、シナリオ通りね・・・・」

ニヤリ

と、ほくそ笑んだかどうか定かではない。


「あ、ミサトさーんこっちこっち」
「シンジ君、荷物はそんだけ?」
「そうよ、あとはぜーんぶそこの段ボールに詰めたから」

トラックの荷台には既にアスカの荷物が積まれている。

「アスカがみんな一緒にその箱に詰めちゃったから・・・あとで大変なんだぞ!」
「細かい男ねえ・・・向こう着いてから分ければいいでしょ!」

「はいはいはい・・・さっさと乗って・・・行くわよ」
出発・・・・いや、帰宅の準備はもう整った。
あとは喧嘩している二人を積み込めばいつでも走り出せる。

「ミサトさん・・・」
「ミサト・・・・」
「何よ・・・何か言いたいことあるの?」

二人は声を揃え言いたいこと、言わねばならないことを口にした。

・・・・ただいま

おわり


302号室

ver.-1.00 1997-06/23 公開

お葉書にご意見ご感想をお書きの上こちらまでお寄せ下さい


どうも、ディオネアです。
はははは・・・・笑ってやって下さい・・・・
題の通り『瞬間、心、重ねて』の後日談みたいな話です。
実際アスカがあの後同居しなきゃいけない理由がなかったと思うんで自分なりに考えてみたんですが。
それ程真剣に考えてたわけではなくこんな話もいいかな・・・などと不埒な考えを・・・

ですから・・・あまり細かく設定はしてません(笑)

一人暮らしの先輩である綾波さんは今回はお休みです。(次回はありませんけど(^^;;)
本当はもう少しコメディタッチにしたかったんですがくどすぎるんで止めました。
かといってシリアスにもなれず・・・・どっち付かずです(^^;;;

もし宜しければご感想やご意見などお聞かせいただければ幸いです。

では・・・

大家さん!!住人の皆さん!!十万人御訪問おめでとうございます!!! そして訪問して下さった読者の方々!有り難う御座います。
さらに302号室に立ち寄って下さった方々に心からお礼申し上げます。

稚拙な小説ではありますがまだ書き続けますのでこれからも是非お越し下さい。

お読みいただき有り難う御座いました

ディオネア


 ディオネアさん100000HIT記念SSをありがとう(^^)
 区切りの度に記念作品を送り続けてくれるディオネアさんです。

 この100kではいつもの『めぞんネルフ』ではなく、
 SS『瞬間、心、重ねたあと』を公開です!
 

 犬も喰わないなんとやら、
 アスカとシンジの痴話喧嘩。
 

 売り言葉に買い言葉で離れて住むことになった二人ですが、
 引っ越し準備が進むにつれて・・・・・

 離ればなれになって初めて
 お互いの存在の大きさを知り、
 誰かが側に居ることの暖かさを思い知る。

 ラブコメで始めて、ほんわかで締める。
 いやーーうまい(^^)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 またもや素晴らしい作品で記念HITを祝ってくれたディオネアさんにメールを!!


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