その日、ネルフ本部ではMAGIの定期検診が行われていた。 発令所の各フロアーには中空ディスプレーを見つめながら順調に 仕事をこなしていくスタッフたち。 発令所を見渡せる司令席には碇ゲンドウが座しており、後ろには 冬月が控えている。 リツコ「マヤちゃん、調子はどう?」 マヤ 「あ、先輩。おはようございます。」 リツコ「・・・そんな大きな声で言わないの。私がおくれて来たことわかっちゃう じゃない・・・。」 マヤ 「す、すみません。(..;)」 リツコ「で、検診の状況は?」 マヤ 「滞りません。ただ少し処理が遅くなってるんですよ・・・」 リツコ「ま、使徒が来なくなってから稼働時間が減ってるわけだし、少しにぶって るんじゃないかしら?」 マヤ 「ふふ・・・人間と同じですね。」 リツコ「葛城三佐がいい見本だわ。もう昼なのにまだ来ない。 まったく何しているのかしら・・・・」 マヤ 「先輩だって人のことは・・・・」 リツコ「何かしら?」 マヤ 「い、いえ。何でもありません・・・(..;」 マヤ 「そういえば先輩、ここだけの話ですけど、最近碇司令の様子 おかしくありません?」 リツコ「碇司令が・・・?」 言って司令席にふりかえるリツコ。 言われてみればなんとなく様子が変だ。 いつもは手を口の前に組み、あらぬ場所を見つめているゲンドウだが、 今日はただ真下を見るだけである。 その様子を訝しがるリツコ。 と、冬月がリツコの視線に気がついたらしく、リツコの方を見下ろした。 とっさのことだったが、軽い会釈で返すリツコ。 だが、リツコの視線の意味に気がついたかどうか、 冬月が碇に何やら耳打ちした。 おもむろに席を立つゲンドウ。 冬月に背を押される形で司令室から姿をけしたゲンドウであったが、 その間一度も視線を上に向けることはなかった・・・。
MAGIの定期検診は滞りなく終了した。 スタッフたちも各自の任務に戻っている。 だが、リツコは席に深く腰を沈めたまま思考の海にもぐっていた。 何かおかしい。 決定的な根拠こそなにもなかったが、どうもひっかかる。 ミサト「り〜つ〜こ!おっはやうございまぁす!」 重役ご出勤。ミサトの脳天気な声に思考は一時中断された。 リツコ「何がおはよう?今何時だと思ってんのの?」 まゆをひそめて文句をいうリツコ。 ミサト「ん〜?えっとねぇ〜・・・1時半。」 反省の色なし。そのあまりの脳天気さにリツコは返す言葉もない。 ミサト「何か考え事でもしてたの?」 右手に持ったインスタントのカップをリツコに差し出しつつたずねるミサト。 リツコ「ありがと・・・ん、ちょっとね・・・」 わたされたカップのふちを指でなぞりながらあいまいに答えるリツコ。 ミサト「一人で悩みかかえてると体によくないわよ〜。」 リツコ「そんなんじゃないわよ・・・」 ミサト「そ。ならいいけど。」 リツコ「・・・・・・・・・。」 ミサト「・・・・・・・・・。」 リツコ「・・・・ねぇ。」 ミサト「・・・・うん?」 リツコ「最近、碇司令、なんかおかしくない?」 ミサト「・・・考え事って、それ?」 リツコ「マヤが言ってたのよ・・・」 ミサト「司令ねぇ〜・・・・そういや最近少しそわそわしてるような・・・・」 リツコ「・・・そわそわ・・・?」 ミサト「うん・・・私と話するときでも何かいつも時間を気にしているような・・・・」 リツコ「・・・他には?」 ミサト「司令席で下ばっかり見てるとか・・・」 リツコ「やっぱり。」 ミサト「何かを見つめているような感じしない?あれって。」 リツコ「見つめている・・・?」 カップをなでていた指の動きが止まった。 リツコの頭の中で行われた一瞬の計算。 リツコ「・・・まさか・・・あ、コーヒーありがと。」 ミサトにコーヒーカップを渡すと、リツコは足早に発令所を後にした。
ただ広いだけのその部屋に冬月とゲンドウの姿。 だが、ゲンドウは相変わらず下を向いたままだ。 冬月「・・・・執着しすぎだな、碇。」 だれに言うまでもなく一人つぶやく冬月。 ただただ沈黙が続く部屋。 そこへ、電話の呼出音がひびいた。 一向に取る気配のないゲンドウ。 一つため息をつくと、冬月は電話を取る。 冬月「私だ・・・・ああ・・・・分かった。すぐに行かせる。」 受話器を置くと、ゲンドウに言う。 冬月「碇、委員会の召集だ。行かねばならんぞ。」 しばしの沈黙。 下を向いたままゲンドウが口をあける。 碇「・・・・問題ない。放っておけ。」 半分あきれた表情をうかべ、冬月が言う。 冬月「前だってそうだったじゃないか。今回召集に応じなければ、 次の時にお前の席はないそうだ。」 碇「・・・老人たちのやりそうなことだ。」 言って舌打ちするゲンドウ。 下を向いたままおもむろに席を立つ。 冬月「碇、それは置いていけ・・・・」 冬月の言葉にゲンドウの動きが止まる。 碇「・・・しかし・・・」 ゲンドウが今までに見せたことのない狼狽の色。 冬月「5、6分の間席に座っているだけだ・・・・置いていけ・・・。」 ゲンドウに諭すように言う冬月。 ゲンドウは渋々それを机の引き出しに入れた。 冬月「いこうか。」 部屋に響きわたる靴の音。 扉が閉まり、部屋にはだれもいなくなった。
そんな二人のやりとりを密かに見ている人物がいた。 赤木リツコ、その人である。 2人が司令室を後にしたのを確かめると、司令公務室の扉に手をかけた。 びくともしない扉。 予期していたことと苦笑いするとリツコは、愛用の携帯端末と扉の ロック制御のボックスをケーブルでつないだ。 正確にキーボードを操作するリツコ。 だが、パスワードは解除できない。 こうなればとリツコは最後の手段に出る。 ケーブルを部屋の電源制御用のコネクタに差し替えるとキーボードを ひたすら叩く。最後にリターンキーを叩いた瞬間、司令室の全ての ヒューズが飛んだ。油圧ではなく、電気的にロックされていた 扉はその力を失う。 細く笑むと、リツコは司令室に足を踏み入れた・・・。 部屋の静寂をリツコの足音がやぶる。 何もないこの部屋、リツコの目指すものは一つしかなかった。 ゲンドウの執務机の引き出しに手をかける。 普段、出入りを許される者が限られているため、机には鍵はかかっていない。 すんなりと開く引き出し。 リツコ「・・・・・・あった。」 リツコは目的のモノを見つけると手に握りしめた。 誰にいうまでもなく一人呟き始めるリツコ。 リツコ「・・・・近頃おかしいと思ってたのよ だけど・・・・私、信じていた・・・・母子そろって 大バカものだわ・・・・」 頭を垂れるリツコ。 リツコ「・・・・・あのひと・・・・・これにユイさんを重ねていたのね・・ ・・・・きっと。」 やがて、リツコの瞳に決意の炎が灯った。 リツコ「・・・・だから、壊すの・・・・・憎いから・・・・・」 リツコの手の中のそれは、鈍い音とともに握り潰された・・・・・。
委員会が終わり、ゲンドウは司令室へ急いでいた。 司令室直行のエレベーターに乗る。 扉が閉まるまでのタイムラグさえが惜しい。 碇「・・・・・もうすぐだよ・・・・ユイ。」 エレベーターが司令室の階へたどりついた。 開く扉。エレベーターの真正面には司令室の扉・・・があるはずだった。 しかしゲンドウの目にしたものは無防備にも開け放たれた扉。 ゲンドウの頭の中に戦慄が走る。 部屋に駆け込むゲンドウ。誰もいない。 そして、机の上には無残にもつぶされたそれがあった。 碇「!・・・レイっ!!」 残骸を胸にきつく押し付けるゲンドウ。 その瞳には涙さえうかんでいる。 碇「・・・・・レイ・・・・・・・」 どうしようもない悲しみと怒りがゲンドウの胸をつつみこむ。 今の彼にはその一言が精いっぱいだった。
真っ暗な部屋。無機質な空間。 一つだけおかれたパイプ椅子にリツコが腰掛けている。 頭を垂れたままのリツコ。 その表情からは彼女の感情は読み取れない。 扉が開く重い音が部屋に響いた。 それでもリツコは頭を上げようとしない。 後ろに人の気配。 それが誰であるかは直感ですぐにわかった。 リツコ「猫が死んだんです・・・あんなに可愛がっていたのに、 突然いなくなってしまうのね・・・・・。」 リツコのモノローグ。 だが、それもさして気にしていない様子で後ろの人物は おもむろに口を開いた。 碇「なぜ・・・・・」 沈黙。しばしの時をおいてゲンドウは続ける。 碇 「・・・・なぜ、たまごっちを破壊した・・・・。」 リツコ「・・・・・たまごっちじゃありません・・・・レイですわ・・・。」 碇 「・・・今一度問う・・・・なぜ、たまごっちを壊した。」 リツコ「・・・・あなたに抱かれていてもうれしくなくなったから・・・・。」 リツコは答えを待った。もしかしたらもう一度愛してくれるかも知れ ない。一抹の希望があった。しかし、そんな希望も後のゲンドウ のそっけない一言で打ち砕かれることになる。 碇 「・・・・君には失望した・・・」 感情の糸が切れたように激白するリツコ。 リツコ「失望ですって?ハナから何も期待して なかったくせに!何も・・・なにも・・・・」 再び扉の音が響いた。そして、彼女には誰もいなくなった。 リツコ「・・・・どうしたたらいいの・・・・母さん・・・」 ゲンドウから見てたまごっちより劣った女・リツコ。 彼女に生きる希望はあるのか・・・・。
投稿作品第一号。みずほさんありがとう!!
タマゴッチをしているゲンドウ。
怖いような、可愛いような。
タマゴッチをしている人のうつむき加減の姿勢は
ゲンドウスタイルに通じるものがありますよね?
きっとこのゲンドウの手帳にはレイとのツーショットプリクラが
何十枚と張っているんでしょうね。
・・・見たくない・・・。
ともあれ、タマゴッチというタイムリーなネタを見事にSS化された
みずほさん。投稿ありがとうございました。
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