第3新東京市は夕暮れに包まれていた.
セカンドインパクトの影響で日本は常夏の国となり,町を夕闇が支配できる時間は
セカンドインパクト前よりかなり短くなっている.家路を急ぐ人の波はピークを過ぎ,
週末の夜を過す人々の波が取って代わっていた.
そんな黄昏時をアスカは,足早に歩いていた.
昨日までのアスカを知る人が見れば,別人かと思うような足取りで.
途中,近所のコンビニに立ち寄り,夕食とお菓子,飲み物を買い求めた以外はどこにも
立ち寄らず,ネルフ本部からまっすぐ家へと歩いていた.
家には誰も待っていない.アスカはそれを知っている.
保護者であるミサトは今日も本部に泊り,同居人のシンジは今はいない.
それでもアスカは急いでいる.
ドアの鍵を開け,無言で部屋に入る.
日中部屋にこもっていた熱気がアスカを出迎える.
熱気に圧倒されたのか,アスカは一瞬立ち止まる.
しかし,何事もなかったかのように靴を脱ぎ,自室へと向かった.
ラフな服装に着替え,買って来たお菓子と飲み物を袋から出し,電話機に向かい,
なれた調子で,ボタンを押す.
「もしもし,洞木です.」
聞きなれた声が,受話器からこぼれてくる.
「もしもし,ヒカリ?あたし,アスカ.ね,今から泊りに来ない?」
ヒカリは,突然の誘いに驚いたが,アスカらしいと思って苦笑しながら答えた.
「どうしたの?急に.学校では何も言ってなかったのに.」
「いいじゃない,今晩泊って,明日,どこか遊びに行こうよ.」
ヒカリは少し考えたが,明日の予定は何もないので結局OKした.
ヒカリは,電話の後30分ほどしてから到着した.
ピンポーン.
「こんばんわ.」
「いらっしゃい.」
アスカは,ドアを開けてヒカリを招き入れた.
二人は,早速お菓子と飲み物を持ってアスカの部屋へと行き,すぐさまおしゃべりに
花が咲いた.
いろいろな話題で話が弾んだ.TV番組のこと,ショッピングのこと,洋服のこと,
学校のこと,そして異性のこと.
「そういえば碇君,居ないの?最近,学校にも来ていないけど?訓練って泊りがけなの?」
シンジは訓練のため当分学校を休むという連絡がクラス担任から生徒には行き渡って
いる.もちろん機密保持のためのネルフからの配慮であったが.
「ええ!そ,そうよ.泊りがけで訓練なの.ほら,あいつ,アタシと違ってとろいでしょう?
だから訓練期間も長いのよ.」
とっさに誤魔化すアスカだが,どうも誤魔化すのがうまくない.
ヒカリは,何か訳があると感じ取ったが,エヴァのパイロットにはいろいろあるんだと思い,
それ以上詮索はしなかった.
その代わりに,
「ふ〜ん,そうなの.なるほど,ここんところアスカが元気なかったのは,そのせいか.」
と,いつものようにアスカをからかう.
「ち,ちがうわよ!」
すぐに言い返すが,いつもの勢いは感じられなかった.
ヒカリはかまわず,さらにからかう.
「またまたァ,寂しいくせに.正直に言っちゃいなさいよ.」
寂しいという言葉にアスカは,はっとした.今まで押し込んでいた感情,他人からの
賞賛を浴びることで紛らわしていたモノ,だけど心の奥底ではいつも居座り続けていたモノ.
「・・・・ええ,寂しいのかも知れない.」
アスカは,うつむきかげんで呟いた.
ヒカリは,いつもと違うアスカの反応に少し面食らったが,アスカの様子が最近おか
しかったことを気にかけていたので,心配になり問い掛けた.
「ね,アスカ,どうしたの?何があったの?」
アスカは黙っている.
普段は自分の弱いところを出さずに,強がっているアスカだが,ヒカリの前では素直
になれる気がした.また,そうしないとヒカリが離れていく気がして恐かった.
うつむいたまま,アスカは静かに話しはじめた.
「アタシ,エヴァで勝てなかったんだ,だけどシンジは勝てたの.・・・シンジに負け
ちゃったの,あのバカシンジに・・・.もう1番じゃないの,アタシはエヴァで1番に
なりたいの,1番じゃなきゃいけないの,1番じゃないと誰もアタシを見てくれない,
だから寂しいの.」
いつもの勝ち気で明るいアスカからは想像もつかない弱々しい口調で,
アスカは自分の心情をヒカリに話した.
「ねェ,アスカ,1番じゃないと誰も見てくれないというのは思い込みすぎよ.アスカ
にとって,エヴァに乗って戦うということにどれだけ意味があるのかは分からないけど,
それはアスカのほんの1部だわ.まして,エヴァで1番になるのはさらにほんの1部に
過ぎないと思うの.」
ヒカリは,妹にでも言い聞かせるような口調でアスカを諭す.
アスカは,ヒカリの言うことを理性では理解しているが,感情の方が納得できなかった.
アスカの声は,感情の高ぶりとともに徐々に大きくなっていく.
「エヴァのパイロット,そしてエースパイロットということが,アタシのプライドだったの.
どんなに苦しくても我慢できたし,努力もしてきたのよ!なのによ,全然訓練もしていない
シンジなんかがアタシと同じパイロットに選ばれて,しかもエースパイロットになっちゃったのよ,
その上鈴原まで,パイ・・・・・.」
そこまで言って,アスカは言ってはいけないことを口にしてしまったことに気付いた.
顔を上げて見たヒカリの顔は,怒っているような悲しいようなそんな表情をしている.
自分が好きな男の子が馬鹿にされて,ヒカリも感情的になっていた.
「鈴原を馬鹿にしないで!乗りたくて乗ったわけじゃないのよ,カレ!アスカは乗りたくて
乗っているんだから努力して当然よ.それが何よ,ちょっとスランプだからって碇君のせいにして,
結局碇君に助けられたのでしょう?」
いつもなら言い返すか,手が出るアスカだったが,鈴原の怪我とその真相,そして鈴原を
心配するヒカリをよく知っているので何も言い返せなかった.
それにヒカリの言うことは全て事実であったから.
二人の間を沈黙が埋めていた.
外を走る車の音がいやに大きく感じられる.
その沈黙を,ヒカリの方が先に破った.
「アタシには,アスカが1番とかそうじゃないとかは関係ないわよ.アスカは,アスカだもの.
それに1番ばかりにこだわっていると,敵ばっかりできちゃうわよ.」
アスカは,ヒカリの表情に,幼い頃に母親からは得られなかった母性を感じ取って,
思わず涙ぐんでいた.
「ありがとう,ヒカリ.」
(あれ,アタシ泣いちゃった.二度と泣かないって誓ったのに.でも涙は出るけど,
顔は笑っている,悲しくて泣いているわけじゃないからいいよね.)
アスカは,重荷が取れたようなすがすがしさを感じながら,そんなことを考え,心の中で,
ヒカリにはかなわないな,と呟いた.
アスカが何かを吹っ切れたように,ヒカリには感じられた.
アスカは思い込みが激しいので,悪い方向に考え出すと止まらなくなってしまうことを
ヒカリは知っていた,しかし決して頭が悪い子ではないので,どうしようもなくなる前に,
よい方向へ考えを持っていければ自分で立ち直れるということも分かっていた.
ヒカリは,アスカが立ち直る手助けにと,少しお節介なことを思いついた.
(この際だから,アスカが碇君を好きだと言うことをはっきり自覚させてあげよう.)
「ねェ,アスカ,碇君に逢えなくて,寂しい?」
「・・・・うん.」
すっかりしおらしくなったアスカは,素直にヒカリに答える.
(いつもこう素直だと碇君もほっとかないのにね.)
そう思ったが,さすがにヒカリは口にはしない.
その代わりに,前から聞きたかった質問をした.
「碇君のことどう思っているの?」
アスカは,答えに困った.
加持にも問われた質問だが,その時アスカは自分のプライドを傷付けた奴という理由で
キライと言ってしまった.しかし,今,素直に自分の心の中を見つめると,シンジを
頼っている自分を見つけた.
しかもシンジに頼っている自分をなんとなく気に入っている.
「スキかもしれない・・・.あのね,シンジは,負けちゃったアタシを助けるために
エヴァに乗って戦ってくれたの.もう二度とエヴァに乗らないと決めていたのに.
それだけじゃないの,前にもアタシの命を助けてくれたことがあるの.」
ヒカリは,アスカとシンジの関係を聞いて驚いた.
シンジへの普段のアスカの態度は,命の恩人へのものとは到底想像できなかった.
ただ,シンジがアスカの命を助けたことを態度に出さないのはシンジらしいといえたが.
「どうして命の恩人の碇君にいつもあんな態度が取れるわけぇ.信じられない!
助けてもらった時にちゃんとお礼は言ったの?」
アスカのシンジに対する普段の態度が,かまって欲しいということへの裏返し,幼稚な
愛情表現であることにヒカリは気付いていたが,シンジがアスカの命の恩人と聞いて
正直呆れていた.
「お礼は・・・,多分言ってないと思う.だけど,後からアタシのファーストキスをあげ
たんだから,十分でしょ?」
キスと聞いてヒカリはいつものからかいモードに入った.
「えぇ〜,キスしたの?ねえ,ねえ,どこで?,いつ?,アスカから,それとも碇君から?」
「アタシがヒカリにデートを頼まれた日に,リビングで,アタシがシンジにキスさせたの.」
アスカが雰囲気を盛り上げてシンジにキスするように仕向けたのではなく,半ば無理
矢理にキスさせたという事実を知らないヒカリは勝手に盛り上がる.
「なぁんだ,じゃ,もう恋人同士じゃないの.いいな,アスカは.」
「だけど,まだアタシから好きとはいってないし,シンジからも聞いてないわよ.」
アスカもいつもの調子を取り戻し,声が弾んできている.
「なあに,アンタ達,告白もせずにキスしちゃったの?それで,キスの後は?」
「アタシは,すぐうがいしに洗面所へ行ったけど,シンジは青い顔して硬直していたわね.」
ヒカリは苦虫を噛んだような顔をして,左手で頭を押さえて,ため息をついた.
(碇君が鈍感なのも問題だけど,アスカの方もかなり問題ね.こりゃ,碇君も大変だわ.)
「まあ,状況はどうであれ,キスしたことには変わりないんだから,後は碇君の気持ちよね.」
「大丈夫よ,シンジがアタシ以外の女を好きになるなんてありえないわ.」
どこからそんな自信が出てくるのだろうと,ヒカリは,感心した.
「綾波さんでも?」
ヒカリは意地悪くからかう.
綾波レイ,ファーストチルドレンにて零号機の専属パイロット.赤い瞳を持ち,青みがかった
ショートカットのアスカに負けずとも劣らない美少女であった.そして,アスカにはない,
どこか神秘的な美しさを備えていた.
「だ,大丈夫よ!優等生なんて目じゃないわ!」
明らかにアスカは動揺していた.シンジが何かとレイのことを気にかけており,レイの方も
嫌がっていないことをアスカは知っているので,なおさらである.
「碇君って相当恋愛ごとには鈍そうだし,積極的に女の子と付き合うという感じでもないから,
焦って告白せずにゆっくり攻めるのもいいかもね.」
(だけどアスカはせっかちだから,アスカの方が我慢できなくなるかもね.)
「そうよ,シンジがもっといい男になってからでも遅くないし.」
(その時は他の女の子もほっとかないわよ,今でも結構人気あるのに.知らないのは当人達だけか.)
ヒカリはそう思ったが口には出さなかった.
「ところで,ヒカリィ〜.鈴原とはどうなの?正直に答えなさい.」
その後,アスカから,鈴原のことで痛烈な反撃を受け,ヒカリは顔を真っ赤にしてあえなく撃沈された.
少女達のおしゃべりは尽きることなく,布団をならべて横になってもまだ続いたが,
夜半過ぎにはヒカリが先にダウンして眠ってしまった.
寝入ったヒカリの顔をアスカは見ていた.
(ヒカリといると,背伸びする必要のない,本当の14歳のアタシでいられて,気持ちが安らぐわ.)
「お休み・・・,ヒカリ.」
そして,アスカは今まで経験したことのないような安らかな眠りへと落ちていった.
ver.-1.20 1998+08/30
ver.-1.10 1997-04/06
ver.-1.00 1997-04/04
ご意見・感想・誤字情報などは okazaki@alles.or.jpまで。
岡崎さんの投稿『ある1つの可能性』方向づけ2、発表です!
第1回目で、加持の大人としての余裕でいい方向に動き始めたアスカの心、
それが今回の第2回目で、洞木ヒカリの「母性」と「同い年の親友」の力で
はっきりすくい上げられたようです。
このままサルベージされたシンジと再会できるのでしょうか?
それとも、もう一波乱あるのでしょうか?
ミサトや、レイはどう絡んでくるのでしょうか?
ああ、早く次が読みたい!!
さあ、読者の皆さん!
岡崎さんにメールを出して、次回作の催促を!!!!!