「せっかくやったのに・・・」
熱と圧力に耐えられず、特殊合金のD装備が嫌な音を立ててひしゃげた。
溶岩の熱と圧力からアスカを護っていた冷却液の循環は先ほどから途絶えている。
沸点の低いLCLが気化を始めようとするが、密閉されたコックピットではそれもままならない。
逃げ場のないLCLは悔し紛れにアスカの体温を押し上げる。
温度が上昇して活性化したアスカの体細胞がしきりに酸素を求めるが、意地の悪いLCLはその求めに応じようとはしなかった。
朦朧とした思考で、アスカははっきりと死を意識した。
切れ掛かった冷却液のパイプを、うつろな目で、まるで人事のように眺める。
「・・・やだな、ここまでなの・・・?」
アスカの呟きとともに熱と過重に耐え切れなくなったパイプが切れる。
粘質の溶岩が、ゆっくりとアスカを闇の中に引き摺り込む。
虚空に放り出されたような、吐き気を伴う感覚がアスカを包んだ。
意識を失うまでの僅かな孤独を恐れてアスカは目を閉じようとする。
闇に近づくことで、孤独に苛まれる時間が少しでも短くなることを祈りながら。
だが、アスカが闇に身を任せる直前、くぐもった衝撃音とともに僅かな縦揺れが弐号機のコックピットを襲った。
驚いて頭上を見上げたアスカは、溶岩の向こうに優しく光る初号機の、シンジの瞳を見た。
「・・・バカ、無理しちゃって・・・。」
遠くなる意識の中で、アスカはやっとそれだけ口にすると、安心したように気を失った。
自分を繋ぎ止める力強いシンジの手を意識しながら。
息を飲んでモニターを見守っていたオペレーターたちが歓声を上げる。
それに紛れてリツコが隣のミサトだけに聞こえる小さな声で呟いた。
「シンジ君もずいぶんと勝手な真似をしてくれたものね。これは明らかに命令違反よ。」
「まあまあ、そのお陰でアスカが助かったんだから。」
「一歩間違えば初号機も一緒に今ごろは火口に沈んでいたわ。」
「それはそうだけど・・・。」
「あなたもわかっているでしょう?私たちは今ここで初号機を失うわけにはいかないのよ。」
その言葉の意味を悟ったミサトが声を荒げた。
「・・・ちょっと待ちなさいよ。だったら弐号機ならいいって言うの?」
その問いに、リツコは答えない。
「リツコ、あんたまさか最初から・・・?!」
「考えうる最悪の事態についての対処方を用意しておくのは当然のことだわ。それに、やりたいって言い出したのはあの子なのよ。」
「・・・もし、アスカが嫌だって言ってたらどうしたの?」
「・・・過去に仮定を持ち出すなんて、ミサトらしくないわね。」
オペレーターたちの歓声はいつしか重苦しい沈黙に変わっていた。
アスカが医療用車両の中で目を覚ました時、目の前にシンジの顔があった。
シンジは鼻と鼻とが触れ合うほどの距離で幸せそうに眠っている。
「・・・なんだ、シンジか・・・。」
アスカは寝ぼけまなこでそう呟いて再び目を・・・閉じなかった。
「きゃ〜!!なんであんたがここにいるのよ?!」
「あっ、アスカ。おはよ・・・」
その言葉が終わらないうちに半身を起こしかけたシンジの顔にアスカの足がめり込む。
アスカはきゃあきゃあ喚きながらシンジの頭に枕を目暗滅法振り下ろした。
「相変わらず仲がいいわねぇ。」
騒ぎに気づいたミサトが車の中を覗き込み、あきれはてたように言った。
彼女の言うように、端から見ればいちゃついているようにしか見えない。
「あ、ミサトさん、お願いだからアスカを何とか・・・いてっ!」
「ちょっとミサト!なんでシンジがあたしの隣に寝てるのよ!」
「ああ、ごめんごめん。シンジ君も通常装備のまま溶岩の中に飛び込んじゃったでしょう?それで、引き上げた後、すぐに目を回しちゃってね。けど、医療班にまで人員が回らなくて専用車を一台しか用意してなかったのよ。おかげでよく眠れたでしょ?」
「そんなわけないでしょ!」
アスカは間断なくシンジに枕を振り下ろしながらも、意識を失う直前に見た光景が夢ではないことを知った。
その時の初号機の優しげな視線が頭をよぎり、振り上げた手が一瞬止まる。
「このバカ!やせ我慢!」
何事かと頭を上げかけたシンジに向かって、最後に思いっきり枕を投げつけ、アスカの攻撃は止んだ。
「そんなことより、温泉、行くでしょ?」
シンジとアスカのやり取りを楽しそうに眺めていたミサトが、頃合いを見計らって聞いた。
「もちろん!」
元気一杯にそう答えたのは、しかし、アスカだけだった。
浅間山の麓に居を構えるひなびた温泉宿。
ただ一つかかっている看板にはNERV御一行様の文字。
「温泉に、山の幸、おいしい地酒。やっぱり日本人はこれに限るわぁ〜。」
ミサトが浴衣をはだけさせて爺むさいことを言っている。
無理矢理酒を飲まされたらしいペンペンが隣でマグロになっていた。
遠くで聞える鹿脅しに呼応したように、時々「ぐぎゃっ」と変な泣き声を上げて痙攣するペンペンは、なかなか風情があった。
「ねぇ〜、シンちゃんもそう思うでしょ〜?」
シンジは何度追い払ってもしなだれかかってきてはコップに酒を注ごうとするミサトに半ば閉口しながら料理に箸を伸ばしていた。
「ああ〜、もう!あっち行きなさいよ!この酔っ払いの年増女!」
「あ、アスカったらひど〜い!私だって切り捨てればまだハタチなのよ〜!ほらほら、肌だってこ〜んなにピチピチしてるんだから〜。」
そう言って胸元をはだけるミサトから、顔を真っ赤にしたシンジが慌てて目を逸らす。
「切り捨てるんじゃない!それにハタチ過ぎたらオバサンよ、オバサン!」
「なんですって〜!あんただっていつかはこうなるのよ!」
「あたしはあんたみたいに30目の前にして嫁き遅れているような女と違って、その頃には加持さんと幸せな家庭を築いているのよ。ああ、加持さ〜ん。」
「ひとつ言っとくけど、加持はロリじゃないわよ・・・。」
「ふん、あたしだってあと2、3年もすれば・・・。」
シンジはこれ以上女同士の不毛な言い争いを聞くに耐えず、ペンペンを抱えて部屋へと戻ろうとした。
その浴衣の襟をアスカがむんずと掴む。
「ちょっと、どこ行くの?シンジ!」
「いや、ちょっとトイレに・・・。」
乾いた愛想笑いを浮かべるシンジの目の前にコップが差し出された。
すかさずミサトが嬉しそうに酒をなみなみと注ぐ。
「飲みなさい。」
「えっ?だって僕未成年だし・・・。」
「あたしの酒が飲めないって言うの?」
アスカの目は完全に据わっている。
その足元に転がっている一升瓶を見つけて、シンジは全てを悟った。
「あら〜、シンちゃん、いい飲みっぷり〜!」
シンジが覚えていたのはそこまでであった。
「なんで、あたしが、こんなこと、しなきゃ、ならないのよ〜!」
夜も更けた頃、シンジを担いで廊下を歩くアスカの姿があった。
すっかりへべれけになったミサトは何処かへ行ったまま帰ってこない。
千鳥足でその後に付いていったペンペンも帰ってこない。
おそらくは何もかも忘れて部屋で寝こけているに違いなかった。
すっかり責任を押し付けられた形になったアスカは、正体をなくしているシンジを担いで部屋へ連れて行くことを余儀なくされていた。
「う〜、重い〜!あれっくらいで伸びちゃうなんて、あんたそれでも男なの?!」
だが、アスカの怒声がシンジの耳に届いているはずもなく、シンジはアスカの肩にもたれて幸せそうに眠っていた。
アスカはこのままどこかに捨てていこうかとも思ったが、昼間のこともあって、さすがにそれも気が引けた。
「これで貸し借りなしだからね!いいわね?!バカシンジ!」
命の代価にしては安すぎるような気がするが、今のシンジに抗弁することが出来るはずもない。
シンジの部屋へ戻ると奇麗に布団が敷いてあった。
アスカはその中に無造作にシンジを放り込む。
そのまま部屋を出ようとしたが、窓が開け放しになっていることに気が付いて引き返した。
「まったく、世話が焼けるんだから!蚊に刺されたって知らないわよ!」
ぶつぶつ言いながら、窓辺に向かったアスカだったが、窓の外が妙に明るいことに違和感を感じて空を見上げた。
都会では見ることの出来ない、宝石を散りばめたような星空の真ん中で、ひときわ大きな満月が、さも自分が一番だとでも言いたげに煌々と輝いていた。
「フル・ムーンか・・・。星の中でも、やっぱり月が一番奇麗なのよね・・・。」
アスカは星空の中で最も強い輝きを放つ満月に、自分の姿を重ねて見ていた。
そのまましばらく月を睨み付けていたが、夜風に身体が冷えたのだろう、アスカは一度小さなくしゃみをして体を震わせると、未練がましく窓を閉めた。
そして、親の意見と冷や酒は、後になるほど効いてくる、とか。
猛烈な眠気に襲われたアスカは、ひとつ大きなあくびをして、布団に潜り込んだ。
もちろん、シンジの部屋の・・・。
翌朝、ミサトとペンペンはアスカの悲鳴で目を覚ました。
同室だったはずのアスカの姿を探したが、どこにも見当たらない。
まさかと思ってシンジの部屋へ向かった一人と一羽は、とんでもないものを目撃した。
なにが起こったのかわからないような顔をして呆然としているシンジと、寝崩れた浴衣の前を合わせて喚いているアスカ。
厄介なことにアスカにも記憶がないらしい。
「み、ミサトさん、これには訳が・・・。」
「あたし、もうお嫁にいけない〜!」
「し、シンジ君!ちゃんと避妊はしたの!そ、それよりちゃんと出来た?!二人とも初めてだったんでしょ?!」
「くえっ、くえっ!」
「ど、どうしましょう。私のお給料でもう一人扶養家族が増えてもやっていけるかしら?それで子供が大きくなったら”おばあちゃん”なんて呼ばれたりして・・・この歳でおばあちゃんはいや〜!!」
「ちょっとシンジ!責任取りなさいよ!」
「そうよシンジ君、こういうことはしっかりと・・・ああ、でも碇司令がなんて言うかしら?」
「だから、僕は何も・・・・・覚えてない・・・・・」
「くえぇっ、くえっ、くえっ、くえぇっ!」
それはもう、大騒ぎさ〜♪
ある日、NERVの司令室で将棋板を前にした冬月がふと思い出したように言った。
「碇、妙な噂が流れているが、知っているか?」
「何だ?」
ゲンドウはそれほど興味はなかったが、半分義務感で聞き返した。
「貴様のせがれがアスカ君を孕ませたそうだ。」
「・・・噂は噂だ、放って置け。」
ゲンドウのこめかみのあたりに一筋の汗がしたたる。
「・・・血は争えんな。」
冬月は鬼の首でも取ったような顔をして、ゆっくりと口元を歪めた。
<あとがき>
う〜む、なぜか落ちがついてしまった。笑点の見過ぎだろうか(^^;
詐欺だ、とか、JAROに訴えてやる、とか言わないで〜。
タイトル見れば大体こうなることは予想できたでしょ?
・・・でも、やっぱりアンバランスですね。
取り敢えず復活の狼煙ということで・・・
えっ?青葉シゲル?なにそれ?(爆)
あっ、そうそう、あそこのエロゲーは結構頻繁に入れ替わるので、こまめにチェックしようね。
RAR解凍ソフトも必須だよ(^^;;;