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[綾波 光]の部屋 /
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【2・YEARS・AFTER】 第六回
作・H.AYANAMI
僕は綾波を、日中あまり人の来ない、屋上へ通じる階段の踊り場へと連れ出した。
多分、ここなら落ち着いて話すことが出来るだろう。
僕は、出来る限りさりげなく、こう切り出した。
「綾波は、僕が何を隠してると、言うの?」
『・・分からない。でも、今日の碇君は、どこかおかしいわ・・』
「・・どういう風に?」
僕は、内心どきまぎしながらも、平静を装って聞き返す。
『・・碇君。私の目を見て、話して』
僕は、綾波の強い視線を感じる。
(まずい。今、綾波と視線を合わせれば、誤魔化し続けるのは難しい)
そう思ったが、視線を逸らしたまま話せば、綾波の疑いは増すばかりだろう、おそるおそる綾波の顔を見る。
綾波は、じっと僕の顔を見つめ続けている。
僕は、綾波から視線を外さないように気を付けながら、尚も冷静さを装って言う。
「・・僕は、綾波に何も隠し事なんか、していないよ・・ただ・・」
『ただ?』
綾波が先を促す。
「・・ただ、綾波のことが、心配なだけなんだ」
『・・私が心配?』
綾波は、何のことだか分からないという顔をしている。昨日、僕に告げてくれた”あの事”を忘れているのだろうか?
僕は尋ねる。
「綾波は、忘れてしまったの? 昨日僕に告げてくれた事」
綾波の顔に少しの驚きが走ったように、僕には思えた。
「・・碇君。それじゃあ・・ずっとあの事を、私の”感じたこと”を、気にかけてくれていたの?」
僕は、綾波の返答に、少し拍子抜けしながらも応える。
「・・当たり前じゃないか。だから今日は、綾波のことが心配で・・いつも綾波の方ばかり見ていたんだ」
「・・タケヒコに注意されたよ。あまり綾波のことばかり見ていると、綾波が迷惑するって・・」
『・・・ごめんなさい』
そう言いながら、綾波が僕の胸に飛び込んできた。
僕はあわてた。けれど、何とか綾波を抱き留めることが出来た。そっと、その華奢な肩に手を回す。
「・・どうしたの、綾波?」
『・・ごめんなさい』
綾波は、僕の胸の中で、もう一度、詫びの言葉を言う。
『・・私、誤解していたの、今日の碇君が私を見る目を・・・なんだか私を監視しているような・・それで・・』
『・・碇君は、私に隠れて何かしようとしている・・・そんな風に思えてしまったの』
そうだったのか。僕は綾波の事を心配するあまり、かえって綾波を不安に落とし入れてしまっていたのだ。
「・・ごめんよ、綾波。僕のせいで、余計な心配をさせてしまって・・・これからは、気を付けるから・・」
綾波は、僅かに僕から体を離し僕の顔を見あげた。・・そして静かに両目を閉じた。
『・・碇君・・キスして・・』
(ええっ!ここで口づけをしろって、綾波は言うの?)
僕は躊躇う。別に、綾波と口づけをするのは嫌な訳ではない。だが・・・なんといってもここは学校内なのだ。
綾波が、急かすように、僕の体を引き寄せる。
僕は観念して、そっと綾波に口づけた・・・。
その時ふいに、上の方から女性の声がした。
「あらあら、お二人ともお熱いわね」
僕は、あわてて綾波から離れて、声のする方を見上げる。
屋上へ通じる階段を下りてきたのは、鈴谷さんとタケヒコだった。手にはお弁当らしい包みを持っている。
僕は、耳まで真っ赤になった。なんと返答して良いか分からなかったので黙っていた。
綾波も、顔を赤くして下を向いている。
鈴谷さんが、更に言う。
「ほんと、二人とも意外に大胆ね。碇君たちに対する、私の認識も改めなくてはいけないわね」
「それとも、私たちに”刺激”されたのかしら?」
タケヒコが”フォロー”を入れてくれる。
「ミホ、碇たちをあまりからかうもんじゃないよ。碇はともかく、綾波さんが可哀相じゃないか」
(そうだ、綾波が可哀相だ・・えっ、僕は”ともかく”!?)
僕は、タケヒコのフォローに、半ば感謝し、半ば腹を立てる。
「・・・そうね。御免なさいね、綾波さん」鈴谷さんが綾波だけに詫びの言葉を告げる。
綾波は、鈴谷さんの謝罪を受け入れたことを、下をむいたまま小さく肯いて示した。
(・・僕には、謝ってくれないんですか!?)
僕の中に、割り切れないという気持ちが渦巻く。けれど何も言えず、僕はそのまま下を向いてしまう。
二人はそのまま、階段を下りていってしまった。
タケヒコは下の階まで降りると、僕らを見上げて言った。
「碇、じき昼休みが終わるぞ。いつまでそこに居る気だい」
・・・そう言えば、僕たちはまだ昼食を食べていなかった。急に空腹を覚える。
「・・・綾波。お弁当、食べようか」
『・・うん』
僕たちは、教室へ戻るため階段を下りていった・・・・。
僕は、綾波が僕ほどには自分の感じたことを気にしていない事を知って、なんだか拍子抜けしてしまった。
(でも、綾波はあのメールの事を知らないんだ。だから・・・)
あわただしい昼食の後、僕は綾波を陶芸科の実習室の前まで送っていった。
「それじゃあね。午後の授業が終わったら、校門の前で待っているから」
そう言って、僕は綾波と別れた。
綾波が室内に入ったのを見て、僕は携帯端末を取り出し、電波の発信位置を記憶させる。こうしておけば、もし綾波が50メートル以上移動すれば、直ちにそれを知ることが出来るのだ。
(綾波の言うとおり、僕のやっていることは明らかに監視だ)
(僕の不安が、単なる”考えすぎ”なら、これは”犯罪”だ)
僕は、自分のやっていることが、果たして正しいことなのか自信が無くなってしまっていた。
「キンコーン・カンコーン・・・」授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
僕は音楽実習室へと廊下を急いだ。
全員による演奏練習において、僕は明らかにそれと分かるミスを3回もしてしまった。
休憩時間、先生が僕の所にやって来てこう言った。
「碇君、今日は何か、心にかかることが在るようだね。それでは良い演奏は出来ないし、まして人に感動を与えるようなハーモニーを生み出すことは出来ないよ」
「・・・すみません」 僕には他に言うべき言葉が思い浮かばなかった。
「・・いま解決できる事かな?もしそうなら、後半の練習開始を少し遅らしても構わないんだが・・」
僕は、綾波の顔を思い浮かべる。
(綾波の顔を見れば、少しは気が落ち着くかもしれない・・)
「・・先生。ありがとうございます」
僕は、そうお礼を言って、綾波のいる実習室に向かった。
僕は、陶芸科の実習室の前に来ていた。見ると扉が僅かに開いていて中が覗けた。
綾波に気づかれないよう、柱の陰からそっと中の様子を窺ってみる。
当然のことだが、こちらも休憩時間らしく、綾波は、陶芸科の女子生徒たちとかたまって何かを話している。
(綾波は・・・大丈夫そうだ)
ふいに、綾波のクラスメイトの一人と目が合ってしまった。
彼女はすぐに、僕と気づいたらしい。僕の方を指さしながら綾波に何か告げている。
綾波は立ち上がり室から出てきた。
『どうしたの?碇君』
「・・うん・・」僕は口ごもる。「・・・ただ、綾波の顔が見たくて・・・」
「・・ごめん・・迷惑だったよね・・・もう、戻るから」
僕は、その場を立ち去ろうとする。
『待って、碇君』
綾波に呼び止められ、僕は振り返った。
「!」
綾波が僕に微笑んでくれている。僕の大好きなあの微笑みだ。
『・・・碇君。私は、大丈夫だから』
「・・・うん」僕は、ごく自然に微笑み返すことが出来た。
「・・それじゃあ、また後で」
『うん』
僕は、音楽実習室への廊下を急ぎながら思った。
(きっと、大丈夫だ・・・綾波が、そう言うんだから)
僕の心は穏やかなものになり、その後は、演奏に集中することができた。
放課後、僕達は食糧生産性研究センターに、大淀所長を訪ねた。
大淀所長は、僕達が到着すると、挨拶もそこそこに、僕達を所長室の奥の小部屋に招じ入れた。
いつもの事ながら、この人には世間一般でいう愛想というものが無いなと、思う。
その部屋に窓はなくて薄暗い。照明といえば、懐中電灯を思わせる壁際の小さなライトだけだった。
「ここなら、大丈夫でしょう。盗聴の心配はありません。この部屋は電磁的に遮断された空間ですから」
大淀所長はそう言うと、僕達に座るように促した。
僕達はそこにあったささやかな応接セットの長椅子の方に並んで腰を下ろした。
大淀所長も、僕達と向かい合う形にあるソファの一つに腰を下ろした。
「会長においで願ったのは他でもありません。今回入手した情報が、会長やレイさんに関係すると思ったからです」
「現在、秘密裏に第三新東京市において”発掘作業”が行われています」
(”発掘作業”!?)
第三新東京市は、巨大な”クレーター”に過ぎない。そんなところで一体何を発掘しよう言うのだろう?
僕は尋ねた。
「所長、発掘って、一体、誰が何のために、ですか?」
「発掘の目的は明確ではありません。しかし作業の主体は戦略自衛隊ですから、行っているのは政府ということになるでしょう」
大淀所長は続けた。
「もちろん、今まで手つかずだった場所に、大型の作業機械が作業を始めたのですから、作業自体を秘密にする事は出来ません。表向きは、残存する不発弾の処理ということになっています」
僕には何がなんだか分からなかった。
(さっき、所長はこれが僕達に関係すると思った、と言った。一体どういうことだろう)
僕は、その点を尋ねてみた。
大淀所長はしばらく何も言わずに、僕達二人の顔を等分に見つめていたが、やがて話し始めた。
「これはあくまでも、私の推測ですが・・彼らの目的はMAGIの復元、そしてエヴァンゲリオンを復活させることです」
「なんですって!!」
僕は、興奮し、思わず立ち上がっていた。
『・・碇君』綾波が僕を呼んだ。驚くほど冷静な声だった。
僕は、隣に座っている綾波を見下ろす。綾波は僕を見上げている。
『・・落ち着いて、碇君。・・・座って』
綾波の声を聞き、僕はようやく興奮が収まるのを感じる。ソファに腰を下ろす。
(・・それしても、なぜ。大淀所長はEVAの事を知っているんだろう?)
僕は、大淀所長の顔を見た。
所長には、僕の疑問が分かったらしい。僕が問いかける前に話し出した。
「会長は、なぜ私がMAGIやエヴァンゲリオンの事を知っているのか、不審に思っているようですね・・」
僕は、黙って肯く。
「・・良い機会ですからお話ししましょう。実を言いますと、私の元々の専門は、農産物ではありませんでした」
「・・私は、一時的にではありますが、会長のご両親と同じく人工進化研究所の研究員でした」
「そしてMAGIの開発時には、赤木ナオコ博士の元で働いていました。MAGIの完成後、ある事件をきっかけにして、私は会長の父上、碇ゲンドウ氏の元を離れ大学に戻り、農産物の研究者としての道を歩みだしたのです」
僕は、所長の話のすべてが分かった訳では無かったが、彼がEVAに深く関わっていた人物であることは理解できた。
(EVAの復活・・何のために?、もう使徒は現れないはず。それでは・・・)
(EVAを動かす為には、僕や綾波が必要。そうか!)
(・・しかし、なぜ大淀所長は、彼らの意図をそのように推測するのだろう?)
僕は、所長に尋ねた。
「このことが、僕達に深く関わるであろう事は分かりました。しかし彼らがEVA復活を目論んでいると言われる事の根拠は何ですか?」
所長の顔に、一瞬、照れのようなものが浮かんだ。
「・・今のところは、はっきりとした証拠はありません。強いて言えば、私の直感です」
およそ、科学者らしからぬ答えだと、僕は思った。
所長は元の無表情とも言える顔に戻り、続けた。
「・・・しかし、傍証はあります」
「第一点は、MAGIの防護システムです。MAGIは計画全体の要でした。従ってあらゆる危機から守られるように設計されています。緊急時にはMAGIシステム全体が、予備電源と共に特殊コンテナに納められ退避させられるのです」
「そして、退避の際には、自動的にMAGIは”休眠モード”に移行します。その状態なら、MAGIは、予備電源だけで30年以上”生きられ”ます」
「もう一つは、戦略自衛隊の手により、お二人の乗っておられたエヴァンゲリオンが、厳重に保管されていると言う事実です」
「その辺の事情については、私などよりお二人の方がよくご存じのはずですが・・・」
僕と、綾波は思わず顔を見合わせる。そして肯き合った。
2年前のあの日。僕達は共に戦い・・・そしてジオフロント自体の爆発によって、すべてが終わった後、僕達は戦略自衛隊に”捕獲”されたのだ。動かなくなったEVAと共に・・・。
・・・綾波の感じたこと。あのメール。そして、今回の大淀所長の話・・・。
(・・まだ、はっきりした証拠と言えるものは何も無い・・・でも)
確かに何か途方もない大きな力が動き始めている。僕は改めて、そう確信する。
僕が感じていた漠然とした”不安”は、いまはっきりとした形を取り始めていた・・・。
【後書き、または言い訳】
本当ならば、もっと具体的に”敵”を描こうと思ったのですが、二人が同じ学校の生徒であると言う設定をした以上、少しは学校内でのエピソードを書かねばならないと思いまして、今回のお話になりました。
ようやく物語の流れが作者の中で固まりつつあります。後はいかに肉付けするかが問題です。その中でも、特に作者が思い悩んでいるのは、いかに魅力的な敵役を作りだせるかどうかと言う点にあります。
作者のように今までこのような物語を書いたことの無い者にとって、これは非常に困難な課題です。現在、魅力的なモデルがいないかといろいろ物色中ですが(^^;、読者の皆さんの中に、これはと言うものがあれば是非ご紹介ください。(メールお待ちしております)
・・・それでは、次回予告(予定)です。
シンジの不安をよそに、水面下では具体的な動きが進行している。
・・・やはり、敵は存在した。政府をも動かし得る巨大な力が・・・。
・・その中心にいるのはシンジもよく知る人物だった・・・。
[綾波 光]【2・YEARS・AFTER】第六回、公開です。
ついに”敵”の姿が見えてきましたね。
まだおぼろげな影のような姿ですから、
その更に裏にいるかもしれない存在までは分かりませんが・・・
戦自さえも手足にする”敵”・・・・
シンジは綾波を守りきれるのでしょうか?
いや、シンジ自身は目標ではないのでしょうか?
訪問者の皆さん、綾波さんはアドバイスを待ってます。
彼の力になってあげて下さい。
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