・・・長い口づけの後も、僕たちは、じっと抱き合ったままだった。
僕は、綾波が”もういい”というまで、このままでいるつもりだった。
そうすれば、満足して・・僕と一緒に”寝たい”など言わないだろう、そう思った。
僕だって、一応男だし、綾波と一緒”寝たり”したらどんなことになるか分からない。
と、そこまで考えたとき、僕の”一部”が僕の意思とは関係なく、"膨張"し始めた。
(まずい)僕はあわてた。
「あ、綾波、も、もういいでしょ?」
『・・うん』
長い抱擁の時を終え、僕たちは互いの体から離れた。
僕は、僕の体の変化を、綾波に気づかれなかったかどうか、そればかりが気になって、綾波の方を盗み見た。
綾波は、先ほどの思い詰めた表情に比べると、今はどこか安らいだ顔になっていた。
(良かった、綾波には気づかれずに済んだ、らしい)
「あ、綾波、もう遅いから、寝ようか?」
(”寝ようか”じゃなく”眠ろうか”じゃないか)
僕は、先に立って、自分の部屋へ歩き出した。
『・・・碇君?』
綾波は、僕が急に黙り込んでしまったのを、不審に思ったようだ。
「あ、綾波、何でもないよ」
そう言いながら、僕は綾波を、僕の部屋の前まで誘った。
僕は、部屋の明かりを点けると、綾波を招じいれた。
「せ、せまい部屋だけど、が、我慢してね」
「そ、それじゃ、おやすみ」
僕は、部屋を出ていこうとした。
扉を閉めようとした僕の右手を、綾波が掴んだ。
「あ、綾波?」
『・・碇君・・私と一緒じゃ・・いやなの?』
「そ、そう言う訳じゃ・・綾波、ぼ、僕だって男なんだよ。一緒に寝たりしたら・・」
”どんなことになるか分からないよ”そう続けようとして、僕は絶句してしまう。
綾波の両目からは、大粒の涙があふれ出そうとしていたからだ。
「ご、ごめんよ、僕が悪かった。綾波を悲しませるようなことをしてしまって・・」
「だ、だから、もう泣かないで・・今夜はこの部屋で、綾波と一緒に眠るから・・」
綾波は、僕の顔をじっと見つめている
『・・本当?』
「ほ、本当さ・・・だから、安心して。もう眠ろう」
『・・うん』
あれからどれくらい時間が経っただろうか?
僕は、じっと、暗い天井を見つめ続けている。
綾波は、僕の隣で、静かな寝息を立てている。
狭いベッドの上に二人では、いくら綾波がきゃしゃな体をしているからと言っても、ほとんど身動きがとれない。
・・・あれからもたいへんだった。
僕が、綾波と一緒に眠ることに同意した後、
綾波は、僕の目前で服を脱ぎだしたんだ。僕はあわてて止めた。
服のまま眠るわけにはいかない、自分はいつも服を脱いで(つまり下着だけで)眠るのだからと、さも当然という顔をしていた。
僕は、それでは僕が困ると言って、僕の、最近はあまり着ることもなくなった、洗濯済みの僕のパジャマをとりだして、綾波に着るように頼んだ。
綾波が着替えている間、僕は後ろを向いたままだった・・真っ赤になりながら・・。
そう言えば、と僕は思い出す。
僕が、何日も悪夢に悩まされ、綾波の元へ”救い”を求めに行ったとき、綾波はやはり下着姿で眠っていたのだ。
それなのに、僕は、僕の”欲望”に悩まされることは無かった。
あのとき、はじめて僕と綾波が抱きしめあったとき、僕は自分のことを、少しもイヤらしいとは思わなかった。
なのに、僕は今日に限って・・綾波の体に”反応”してしまった。
(まずい)僕はあわてて、他の事を考えようとする。
・・学校は・・・無くなってしまった。
いや建物はかろうじて残っているのだが、生徒が居ない。
みんな居なくなってしまったからな・・・。
洞木さんや、ケンスケ、そしてトウジ・・・。
トウジ、きっと僕のことを決して許してはくれないだろう。
僕のせいで、一生直らない傷を負ってしまったのだから・・・。
それにアスカ、アスカのことだって僕に”力”があれば助けられたのかもしれない。
みんなそうさ、僕が、僕が”弱い”から、周りの人を傷つけてしまうんだ。
この町が、こんな姿になったんだって僕の”弱さ”のせいなんだ。
ぼくは怖いんだ。自分が・・・何もしなくても結局人を傷つけてしまう・・・。
僕は、今にも叫び出しそうになるのを、ようやく堪える。
今夜は一人ではないのだ。隣には綾波が眠っている。
僕は、首を回して、綾波の方をみる。
綾波は、僕の方に顔を向けている。安らかな寝息をたてている。
(綾波、どうして君は、こんな頼りない、弱い、駄目な、イヤらしい、この僕を・・信じてくれているの?)
その時だった、綾波が僕を呼んだのだ。
『・・・碇君・・・』
「綾波!?起きているの?」
僕は驚いて、綾波の顔を見つめる。
レイの様子に変化はない。安らかな寝息をたてたままだ。
(寝言なのか)
また、夢を見ているのだろうか、僕が”消える”夢を。
(綾波・・・僕はどこにも行かないよ)
僕は、首を伸ばして、綾波の頬に、そっと口づけをする。
暗闇の中ではあったが、僕は、綾波が微笑んでくれたような気がした。
僕は心の中で、さっきの言葉を繰り返す。
(僕は、どこにも行かないよ。いつも綾波のそばにいるから・・・)
(だから、綾波も僕のそばから離れないで・・・)
僕は、顔を天井に向けて目をつぶる。
暗闇の中で、レイの規則的な寝息だけが聞こえている。
僕は、いまの自分が幸福であるような気がした。
いつのまにか、僕は眠ってしまっていた・・・。
夜明け前、日が昇るにはまだ少し間のある頃、レイは目覚めていた。
レイは考えている。傍らで眠る少年のことを。
(・・碇君・・あなたは・・どうして・・私に・・優しいの?)
このごろの自分は、どこかおかしい。
今までなら、どんな夢を見ても、恐ろしいと思ったことはなかった。
いや、恐ろしいことなどほとんどなかったのだ。”絆”を失うこと、以外には。
あの日以来、悪夢を見続けた。シンジを見失う夢だ。
眠ることが怖くなった。温もりが欲しかった。
昨晩は、遂に耐えられなくなって、ここへ来てしまった。
少年の温もりが欲しかった。狂おしいほどに。
少年はそれをくれた、私の求めていたものを。
でも・・レイは思う。これは私の望みだったのだろうか。
二人目の綾波レイと、この少年の間に”絆”があったのは間違いない。
私の受け継いだ記憶には、確かにそれがあった・・・。
・・・違う。少年を、少年との”絆”を求めたのは、いまの私。いまの綾波レイ。
レイは、シンジの方へ顔を向ける。健やかな寝息が聞こえている。
レイは、頭を傾けて、そっとシンジの胸に自分の頬を押し当てる。
シンジの温もりと、規則的な鼓動とが、が伝わってくる。
(碇君の、温もり)
(碇君の、鼓動)
レイは、頭をあげて、シンジの顔の方を見上げる。
(・・碇君・・私、いま幸せよ・・・碇君は、いま幸せ?)
『!』レイには、シンジが笑ったように感じられた。
(・・碇君・・ありがとう)
レイは、再びシンジの胸に、自分の頬を乗せた。
心地よい温もりの中で、レイは、自分が再び眠りの世界へ引き込まれてゆくのを感じていた。
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【作者の部屋】END
[綾波 光]さんの【二色の独楽・パート2】発表です。
短編・・・ではなく、もうこれは連載ですね。
戦いの中で傷つき、失った心の部分を
お互いのふれあいの中で徐々に取り戻していく二人です・・・・
ちょっとした体のふれあいと、柔らかな心のふれあい・・・・・
二人の心の透き間は埋まっていくのでしょうか?
そうなっていくことを祈っています。
それにしても気になるのが【作者の部屋】での二人の会話ですね。
一体「一つの別れ」とは?
ああ、次回が気になる−−−!!
訪問者の皆さんも[綾波 光]さんにエールを送って下さいね!!
一言だけのメールでも、大きな喜びなんですよ!!