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戦いとは人間が行うものである。

人間の介在しない戦いはあり得ない。

銃のトリガーを引くのも人間なら、大量破壊兵器のボタンを押すのも人間。

汎用人型決戦兵器の操縦桿を握るのも、また人間である。


そしてほとんどの戦いには意味がある。

収奪行為としての意味。

民族感情からの意味。

宗教的対立からの意味。

経済均衡を突き崩す意味。

懲罰行為としての意味。


ならば、今回の一連の戦いにおける意味とはなんなのか?






その意味に、いまだ人類は気づいていない。












 

It’s a Beautiful World
第14話「ナーバスブレイクダウン
(E−part)
























「土曜なのに出勤かよ」

ネルフ本部。

B級勤務者用更衣室。

朝、通勤してきた職員達が着替えながら雑談に耽っている。

「そうぼやきなさんな。俺達はこれで給料貰ってるんだぜ」

「そりゃそうだけどさ」

夜警的組織に休む時間はない。

人が入れ替わり立ち替わりしながらそこは動き続ける。

「あれ、アイツ休み取ったんじゃなかったのか?」

ひとりの男性職員が更衣室の壁に貼られた勤務表を見ながらそう問いかけた。

「ああ、取り消したらしいぜ。なんでもアテにしていた商店街の抽選で当たった旅行ってのがとんでもなかったらしくてさ」

「とんでもない?」

「北米西海岸ボランティアツアー・・・・誰がそんなもの行きたがる?」

「違いない」

もちろんのこと、彼らは気づいていない。

彼らの本当の同僚は休暇を母国で満喫しており、本来いてはいけない人間が既にネルフ本部に入り込んでいることに。

そのことで彼らを責めるわけにもいかない。

男の変装は完璧であり、なおかつ彼らの職能にそれを見破ることまでは含まれていないからだ。

しかし、ウィルスが長い時間を掛けて人間の体を壊していくのと同様に、男も慎重かつ細心の注意を払い準備を整えていた。



今のところそれに気づく人間はいない。




























警視庁特別捜査本部は少し空気が緩んでいた。

先日ネルフから、”アイルランドの爆弾魔”を発見・確保したとの情報が寄せられたからだ。

本来ならば身柄の引き渡しを要求するところなのだろうが、相手はネルフであり、犯人もネルフ施設内で捕まっている。

ネルフに任せるしかなかった。

これで終わった。

ほとんどの捜査員はそう楽観視していた。

テロを未然に防止することができ、なおかつ損害はほぼ皆無だったのだからそう考えるのもやむを得ない。

そう考えていないのは、指揮官たる警部補と少数の捜査員だけだった。

「そっちはどうだ?」

受話器を置いた巡査長に対し、警部補が尋ねる。

「駄目ですね。ロンドンでやっこさんに偽造旅券を融通した人間からの証言と、入管からの資料を突き合わせましたけど」

「該当者はいないってか」

「はい」

警部補は嫌なことを振り払うかのように頭を少し振る。

「だがな、偽造旅券を用意したってことは密入国なんかじゃなくて正規の手段で入国した可能性が高い」

「問題はどこから入り込んだかですね」

「いや」

警部補はガムを取りだし口の中に放り込むと、言下に巡査長の言葉を否定する。

「”どこから”は問題じゃない。目的地は決まってるんだ」

「まあそうですが」

「それに正規の手段で入国したとなりゃ、武器なんかは持ち込めない。それをどこで調達するか・・・・」

「銃火器の盗難届リスト、持ってきましょうか?」

「いや、そんな安易な手を使うような奴じゃない・・・・それだったらどれほど楽か」

「はぁー・・・」

どうしても二人の空気は暗いものになりがちだ。

警部補はそんな空気を嫌うかのように立ち上がる。

その手にはコーヒーカップが握られていたので、それを見て巡査長も煙草を取り出して火を付ける。

警部補がなるべくなら本数を減らそうと我慢しているので、彼も付き合わざるを得なかったのだ。

サーバーからコーヒーを注ぎ、警部補は自分の好みに合わせてブラックのまますする。

その近くでは、壁掛け式のテレビが昼のバラエティ番組を映していた。



〈今日は第二新東京市にあります大型ショッピングモール、ギャランフォートにお邪魔しています〉

どうやら今時の洒落たスポットを紹介する番組らしく、警視庁から近い、警部補も訪れたことのあるモールが映っている。

〈ギャランフォートの事務局によりますと、今までの複合型ショッピングセンターと違い、ここで揃わない物はないと豪語されています〉

「へぇ。鼻息が荒いな」

〈特色としまして、大型店舗区域の他に中小店舗区域が確保されていて、個人営業などの小さなお店も中にはあるんです。いわば街の商店街が引っ越してきたようなものですね〉

「そんなに大声で言うほどのものなんですかね?」

いつの間にか隣に来ていた巡査長がさほど興味も無さそうに言う。

「ウチのカミさんなんかもよく晩飯の材料なんかを買い出しに行ってるらしいがな」

「へぇ」

〈見てください!こぉーんな小さなお店が軒を連ねているんですよぉ!〉

見れば確かにその通路は下町の商店街がそのままあるような雰囲気だ。

今日は土曜なのに人通りがまばらなのはどうしてだろう?



警部補はふと疑問に思い、そして見た。



脳裏にある写真を思い出し、それと画面の映像が重なり合った瞬間、警部補はコーヒーカップを取り落としていた。

「うあっち!」

こぼれたコーヒーを足下に被った巡査長が悲鳴を上げる。

「どうしたんですか?・・・・カップ、濡れてましたか?」

だが、警部補はそれを聞いていない。

取り憑かれたように画面に見入っている。

「警部補?」

流石に心配になった巡査長が声を掛ける。

「おい」

やっと画面から視線を外し、深いため息をついた警部補が何も聞かなかったように巡査長を呼ぶ。

「なんです?」

「このテレビ局に問い合わせて、この映像がいつ撮られたものか確認しろ。同じくこの映像のディスクも入手しろ。大至急だ」

「え?」

巡査長が急な展開に付いていけずにいても、警部補は続ける。

「それとギャランフォートから中小店舗区域の入居リストを手に入れて、全てを前科者照会にかけろ。日時がわかったらNシステムも検索させろ」

「いったい何なんです!?」

流石に我慢ができなくなった巡査長が悲鳴にも似た声で尋ねる。






「待ちに待ったとっかかりが向こうからやって来たんだよ!」





























「冬月、今日の予定は?」

ネルフ本部でもっとも高位な人間の執務室。

「今日は零号機、弐号機の起動実験だ。問題がなければそのままシンクロテストに移行するつもりらしいが」

「近日中に参号機、四号機が到着する。そのためのデータ収集だろう」

総司令たるこの男は、たとえ殺される瞬間であっても仕事をしているだろう。

碇ゲンドウとはそんな男だ。

「技術部では3機揃えて実験をしたかったらしいがな」

副司令も、職務への忠実さという点では司令になんら劣るところはない。

かえって副司令のほうが職務に対する取り組みは熱心かもしれない。

「なにか問題があるのか?」

ゲンドウは少しだけ片眉を上げて尋ねる。

「サード、シンジ君の強い要望だそうだ。なんでも今日だけはどうしても、ということらしい」

それを聞いたゲンドウはますます顔をしかめると、デスクにある、いずこかへ通じるインターフォンを作動させる。

「サードチルドレンを至急起動実験に参加させろ。命令だ」

しかし、返ってきた答えはにべもないものだった。

《申し訳ありません、司令・・・・現在サードチルドレンは行方不明です》

「なんだと?」

《諜報部の監視も振り切り完全にロストしております。諜報部は引き続き捜索しておりますが、現在まで発見したという報告はありません》

「わかった・・・・」

「我が諜報部よりも上手らしいな、シンジ君は」

ゲンドウは色の濃いサングラスの奥で、ジロリと冬月を睨む。

冬月は、並の者なら固まってしまうほどの強い視線をさらりと受け流す。

「しかし、お前もわからない男だな。自分の命が狙われているというのに」

「ならばどうしろと?」

「まあ私なら逃げるか身を隠すか、どちらかだな」

「冗談を言うな。今ここで私が背中を見せたらどうなる?」

「それも所詮プライドの問題でしかないだろう」

「人間から誇りを除いたら、その瞬間から人間ではなくなる。この身を晒しても誇りにだけは手をつけたくない」

「まったく・・・・子供の我儘と変わらんぞ、それは」

「自分が愚か者であること、それを他人に教えて貰うつもりはない」

「その勇気には敬意を表する。真似はできんがね」

「勇気。嫌な言葉だ」

「ああ、私もそう思う」





























男は既にスコープを覗き込んでいた。

本部第1発令所。

無闇に広いその空間で、ちょうど司令席の対面になる空中投影式ディスプレイの整備用ハッチに身を潜めていた。

標的が座るであろう場所まで約50m。

拳銃でも狙えるような距離だが、男はあえて大口径ライフルを使う。

これならば、標的が何を着込んでいようが、誰が楯となって身を投げ出そうが、お構いなしに標的を仕留められる。

男はスコープから目を離し、周囲を観察する。

辺りには発令所らしく人が何人もいる。

しかし、男がいる場所は常に暗がりに覆われている場所であり、なおかつ人が立ち入るような場所ではない。

軽く息を吐き、再び前方を注視する。

視線の先には、発令所の喧噪の中でそこだけが静寂に包まれている。

男の予測が正しければ、間もなくそこに標的が現れるはずだった。

だが、男は今しばらくの間、焦りと不安感に耐えねばならない。

男の予測によれば標的が顔を出すのは20分後。

全てが動き出すその時まで、男は耐えねばならない。














男とは反対に耐えられなかった者もいる。













「警部補!吐きました!」

大部屋に叫びながら飛び込んできた巡査長。

「んで?」

興奮する巡査長に対し、警部補はどこも変わらない。

「イギリスの同業者からの紹介で、やっこさんに武器その他を売ったそうです」

警部補はあのテレビを見てから各種リストを入手し、その中でも中小店舗のオーナーリストを前科者照会にかけた。

そして検索からヒットした中で武器売買に関係した前科者はただ1人、雑貨屋の店主だけだった。

店主は警察に”事情聴取の為”引っ張られると、ある程度の覚悟は決めていた。

現在の警察は最先端技術に加え、練達の捜査員達が持つ技能まで駆使した取り調べ法を確立している。

しらを切り通すのは難しかった。

それでも店主は良く耐えた方だ。

合法的な拷問とも呼べるそれに3時間耐えられたのだから。


「それに店のPCにもそれらしい記録が残っていました。今化けているであろう人間のデータもあります」

「なんだ、プロテクトかけてなかったのか」

「なに、パスワードはありましたけど試しにアイツの生年月日を入れたらドンピシャでしたよ」

「悪いセキュリティの見本だな。まあお陰で俺達は助かるが・・・・それでネルフには?」

「もう連絡しました」

「だったらとりあえずここまでだな」

「ええ。後はネルフ任せですね」

その言葉を聞くと、警部補は不満そうに呻く。

「とりあえずジオフロントから地上へ通じる各ゲートで検問をさせろ。レベルは5だ」

「え・・・・指紋を取るんですか?ネルフから何か言って来ませんかね?」

「文句が来たら俺の所に回せ。まさか犯人が逃げるのを、指をくわえて見ているわけにもイカンだろうが」

「了解。手配します」

「同じようにSATの連中も即応待機だ」

「了解」





























《間もなく零号機・弐号機の起動試験、及びシンクロテストを行います。関係者は準備に入ってください》

そうアナウンスが流れると、男は目に見えて緊張した。

予定ではこの作業を見るため、ターゲットが現れるはずなのだ。



「よーし、ちゃっちゃとやって早いトコ終わらせるわよー」

ターゲットの座る場所から一段下がったところでは、ロングヘアの女性がオペレーター達にハッパをかけている。



そして、待ち望んでいたターゲットが専用エレベーターで上がってきた。

もう一人、初老の男を従えて、当然のように席に座った。

初老の男はターゲットの斜め後ろに立っている。

男は軽く舌打ちした。

人間一人を貫通しても威力に変わりはないはずだが、骨などに当たった場合弾道が狂いかねない。

そしておそらく2弾目を発射する余裕はない。

全てを一撃で決めなければならない。
         クロスヘア
男はスコープの十字線をターゲットの胸に合わせ、息を整える。

トリガーに指をかける。

自分の呼吸によって、十字線が上下動する。

どこかで息を止めなければならない。

わかってはいるが、段々と呼吸が浅くなる。

男は深く深呼吸し、再び体勢を整える。

指にかける力を段々と増していく。

もう間もなく、ターゲットは胸に大穴を空けられて絶命するだろう。

自分は銃を置き、各所に仕掛けた爆弾を爆発させ、混乱に乗じて逃げ出すだけ。

そう、それだけだ。




そして男はトリガーを引き絞った。















「碇、靴紐がほどけているぞ」

冬月にそう言われて気付いたゲンドウは、デスクの下に潜り込むようにして靴に手をかけた。

その瞬間、椅子の背もたれが粉微塵に吹き飛んだ。















「!」

男は我が目を疑った。

トリガーを引き絞った瞬間、ターゲットが机に隠れてしまったのだ。

スコープにはバラバラになった椅子だけが映っている。

初老の男は床に伏せ、ターゲットは机に隠れたまま出てこない。

男はここで判断を誤った。

退くべきだったのだ。

だが、仕事の完遂を上位に置いた彼は、ターゲットが隠れているであろう場所に照準を合わせた。

同時にボルトを操作し、空薬莢を弾き出して次の弾を装填する。

彼には1秒にも満たないこの時間が、永遠にも思えた。

大丈夫、まだいける。

彼は自分にそう言い聞かせた。

それは彼の思いこみに過ぎなかった。

その証拠に、下方から308ウィンチェスター弾   7.62ミリライフル弾が飛来し、彼の腹部を貫いたからだ。

「!」

彼は2度目の驚きに直面し、スコープを弾が飛んできた方向に合わせる。

先ほどロングヘアの女性がいた場所に、少年とおぼしき人影が立っていた。

こちらにライフルを向けて。

彼は激痛の中で悽愴な笑みを漏らすと、少年の頭部に照準する。

しかし、引き金は引けなかった。

なぜなら、飛来した2発目の弾が、スコープを貫通し彼の眼孔から脳を貫通し、そのまま頭部を全て破壊する勢いで突き抜けたからだ。










彼はなぜ自分が失敗したか、よくわからぬまま絶命した。





























「シ、シンちゃん・・・・」

ミサトの目から見た展開は、あまりにも急激で、口や手を挟む余地が全くなかった。

今の今まで行方不明になっていたはずのシンジが発令所に現れ、自分の小言に耳を貸さず荷をほどいてライフルを取り出した。

発令所の面々はそれだけで度肝を抜かれていたが、何か考える間もなく凄まじい轟音があたりを支配した。

見上げれば、司令席のあたりで何かの破片が舞っている。

そしてシンジは、もう他には目もくれず、ライフルを構えそれをある場所に向けて発砲した。

先ほどとは質の異なる、それでも耳をつんざく音がミサトの耳を痛めつける。

ミサトは銃声が鳴り終わってから耳を塞いだが、自分が間抜けたことをしていると気が付くと、それを放しシンジを問いつめようとした。

しかし、シンジはミサトの目に止まらぬスピードで空薬莢を次弾とを入れ替えると、再び発砲した。

何かを確認するようにシンジはライフルを左右にずらしたかと思うと、深いため息を付いてそれを降ろした。



シンジの格好は、いつもの学生服。

それ自体は見慣れたものなのだろうが、手に持つライフル故か、妙な違和感がある。

かえって戦闘服でも着ていたら違和感は感じなかっただろう。



ことここにきて、ようやくミサトも気付いた。

シンジは侵入者を打ち倒したということに。

おそらく状況から見て、相手を殺したであろうことも。

「シ、シンジ・・・・君」

ミサトにとってはシンジが人を殺す場面を見るのは初めてだ。

それがあったという事実は報告書で知ってはいる。

だが、目の前で見るのとは話が違う。

今、ミサトは強烈な”負”の存在として、シンジを見ている。

そしてシンジも、自分がそう見られているであろうことはわかる。

ミサトが自分に向ける目は、かつてアスカやレイが向けたものと同じだからだ。

「殺したの?」

それに対しシンジは、あえて明るさを演出した声で答えた。



「ええ、殺しましたよ」



笑顔と共に出てきたその言葉に、ミサトは背筋を震わせた。

と同時に気付いた。

シンジは、障害になると判断すれば、たとえ自分でも躊躇無く排除するだろう。

それこそ全身全霊を込めて。

今こそ、ミサトはユウジがしつこく言ったあの言葉を実感していた。


「シンジを敵に回すなよ?」


どうやら本当に肝に銘じた方が良さそうですね、野分さん。

そしてミサトは気持ちを切り替えると、シンジに負けない明るい声で言った。








「まったく、どこでそんな物手に入れたか、あとでたっぷり聞かせて貰うわよ!」




























「9回裏に逆転満塁ホームランを打たれてサヨナラ負けってところかな」

3日後。

ホワイトハウスでは全てについての報告が行われていた。

報告と言っても、明るい声で、しかも冗談めかして言う首席補佐官と、青筋を浮かべている大統領の二人しかいない。

「なぜそうなったのか、その要因は?」

大統領が珍しく冷静に訊ねる。

「さぁてねぇ・・・オレが知ってるのは票であって弾丸じゃない。詳しい要因についてはOSSの報告書を読んで貰うとして」

首席補佐官はそう言ってペーパーの束を差し出す。

「秩序あるところに、人為的に混沌を作り出そうとした原案自体にムリがあったと思うね」

「どういう意味だ?」

それは直接的でこそないが、大統領を罵倒しているに等しい。

「計算され尽くしたプランならともかく、今回のはどれもこれもやっつけ仕事だ。計画としての統制はまるで取れていない・・・・まあ使った連中が連中だから統制なんぞ取りようがないが」

「OSSの計画書では成功率は100%だったはずだ」

首席補佐官は、今度は明るく明確に罵倒してみせる。

「阿呆。この世で起きることが100%保証できることなど何一つ無い。お前さんはそんなこともわからないのか?」

「大統領が行うと決めたことで、失敗することがあってはならないはずだ」

首席補佐官は、大統領のそんな発言を聞いてももはや腹は立たなかった。

「合衆国大統領は世界的な視点で見れば神にも似た権限を与えられている・・・・だが、神そのものじゃない、我々は人間だ」

「不愉快だな」

「そりゃこっちのセリフだ。お前さん、ジョージアの州知事でやめときゃよかったんだ」

「・・・・・・・」

「ま、オレに言わせりゃジョージア知事も出来過ぎだな。セカンドインパクトが無きゃ、群役場の事務員ってとこだろう」

首席補佐官は口に衣を被せない。

これが最後だとわかっているからだ。

大統領は茹で蛸もかくやというばかりに顔を真っ赤にしている。

「他に言うことはあるか?・・・・無ければそろそろお開きにしよう・・・・ああ、わかっているとは思うが、執務室には帰らなくていいぞ。表に車を回しておく」

事実上の解任だ。

しかし、首席補佐官は少しも驚くところはない。

何か計画が不首尾に終わった場合、どうしても贖罪羊が必要になる。

自分にその番が回ってきただけだ。

それに正直なところ、これ以上この男の下で働くのはもはや苦痛を通り越している。

これ以後の自分の身の振り方が不透明というのがいささか気に食わないが、それは仕方がない。

それに、彼にはもうひとつ切り札があった。

腰を椅子から浮かせた首席補佐官が、わざとらしく思い出したように口を開く。



「ああ、そう言えばお前さんもこの部屋の整理をした方がいいぞ?」



「捕まった連中が自白することを考えているのか?ネルフにならこちらで建造しているエヴァンゲリオンを引き渡してやる。それでプラスマイナスゼロだろう」

「本気か?・・・・現にネルフ首脳部が国連事務総長と接触してる。ネルフから発表すると波風が立つから、国連を通すつもりらしいな」

「なんだと!?」

「つまりは、そういうことだ。神の権力、その代償ってトコか」

「・・・・・」

「お前さんも最初に目指した志を思い出した見たらどうだ?」

首席補佐官はそう言って、大統領執務室を後にした。





残されたのは肩を落とした大統領だけだった。





































そして昼下がりの第三新東京市立第壱中学校。

午前中の授業も終わり、昼食も食べ終わり、皆が気怠い空気を満喫している。



「はぁ、なーんかこういう空気もいいわねぇ」

アスカが窓枠に両肘をかけてポツリと呟く。

「そーね。碇君もあんな感じだしね」

その隣に立つヒカリが、やはり気怠そうに答える。

「へ?」

「あれあれ」

そう言ってヒカリはシンジの席を指さす。

そこでは机に突っ伏して眠っているシンジの姿があった。

「考えてみれば碇君が居眠りなんて珍しいわね」

「そう言われてみればそうね・・・・同じ時間に寝てるから、睡眠不足ではないと思うんだけど?」











だが、シンジは睡眠不足だった。

アスカの言う「同じ時間に寝ている」は、それぞれの部屋に戻った時間だ。

ベッドに入り、眠りにつくがすぐにうなされて起きる。

それが続けば自動的に睡眠不足だ。

シンジは今も夢を見ている。

あの瞬間を。



銃声と発射煙を確認し、その場所にスコープを向ければそこには大きなライフルを構えたネルフの制服を着けた男が潜んでいる。

即座に男の腹部にポイントし、ためらわずに発砲。

気のせいか、小さな鉛が柔らかい肉を食い破る感触がシンジの手に残る。

しかし、男は多少のけぞったものの、ライフルを手放さずに今度はシンジの方にライフルを向けた。

シンジはその間にレバーを操作し、この一連の戦いで最後になる暴力を装填する。

彼がユウジから初めて与えられた銃、レミントンM700は手の中で踊るように動いて射撃準備を完成させる。

スコープを今度は頭部に照準した。

引き金にあと何ポンドかの力を加えれば、男が確実に死ぬことはわかっていたが、躊躇はしなかった。

そして、引き金を引いた。

破壊されるスコープ。

飛び散る血飛沫と脳漿。

命の糸を断ち切られ、崩れ落ちる男の体。










すべてがスローモーションで、鮮明に映し出される。

そしてどの夢も、最後はシンジ自身が銃に囲まれ、銃弾を浴びて絶命するのだ。

そこでいつも跳ね起きる。

大抵は寝汗を滝のようにしたたらせ、呼吸は全身運動をしたかのように荒い。

シンジは心理学をたしなんでいるから、自分の状態は手に取るようにわかる。

要するに、ココロが壊れかけているのだ。

本来なら碇シンジという人間は人を殺せるような人間ではなかった。

そこまで強靱な人間ではないのだ。

しかしそのことを決意し、また自分に言い聞かせることによってそれを可能としてきた。

だが、決意した瞬間からココロは壊れ始めていたのかもしれない。

ある晩、3回目に跳ね起きた時、シンジは怖くなってその夜は一睡もしなかった。

このままココロが壊れていけばどうなるか、その可能性に気づいたからだ。

最終的にどうなるかは千差万別だが、シンジは最悪のケースになると考えた。

命を奪うこと、それに悦楽を感じるようになる、と。

もうその兆候は出始めている。

あの暗殺者を打ち倒す瞬間、自分では意識しなかったが唇が歪んだ。

引き金を引く瞬間、シンジは笑っていたのだ。

それに気付き、シンジは背筋を震わせた。

自分が殺人愛好家になる。

考えたくもない事実だ。

何かそこから抜け出る方法はないかと模索したが、他人は癒せても自分のことを治癒するのは不可能だと思い知らされた。

だが、自分はまだ戦い続けなければならない。

眠らなかった夜、シンジはベッドの上で膝を抱えて考えた。

たとえ狂ってでも守らなければならないものがある。

だから今はどうしようもない。

人に頼ることも考えられない。

今、治療などで入院させられれば二人を守る者がいなくなる。

それに入院して完全に治癒するという保証はない。








「最後は・・・・自分でケリをつけなきゃね」








真っ暗な部屋で宙を見つめてシンジは呟く。

自分はユウジほど強い人間ではない・・・・いや、どこから見ても弱い人間だ。

耐えているのは二人が、アスカとレイがいるから。

他に理由はない。

二人が普通の人間として生活できるようになれば、自分は用済みだと考えていた。

アスカやレイは何と言うかわからないが、シンジは自分を許すことなどできそうにない。

その証拠に、眠るとき枕の下には小型の拳銃が隠されている。

それは護身用ではない。

シンジは虚ろな目でそれを取り出すと、ハンマーを起こす。

引き金に指をかけ、銃口をこめかみに押し当てる。

掛けられた指に力がこもる。

「・・・・・・まだ駄目だ。今は駄目なんだ・・・・」

呻くように呟き、銃口を降ろす。

シンジの変化を他の人間は気付いていない。

いや、シンジが全身全霊を込めて気付かれないようにしているのだ。

故にアスカやレイもシンジの苦悩には気付いていない。

彼女たちの存在がなければシンジはためらわずに引き金を引いただろう。

果たして、シンジに癒しは与えられるのだろうか?















生きながらにして死んでいる人間に救いはあるのだろうか?
















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2000/09/23
ご意見・ご感想・ご質問・誤字情報・苦情(笑)などはこちらまで!

あ・と・が・き

みなさまこんにちは、P−31です。

13話を掲載していただいて幾年月・・・

大家さんをはじめ、呼んでいる皆さんにもご迷惑をおかけしました。

あらためてお詫びします。


>14話について
TVでは総集編でしたので、そのままやっても非常につまらなくなりますから好きに料理させていただきました。

ただ単にだらだらと長かっただけかもしれませんね。

愛想を尽かしていなければ、ご意見ご感想を聞かせてください。

15話はこれほどまでにお待たせしないと確信しております。

また15話のあとがきでお会いしましょう。



>なーばすぶれいくだうん(NERVOUS BREAKEDOWN)
   ノイローゼの発作、神経衰弱のために倒れること




 P−31さんの『It's a Beautiful World』第14話Eパ−ト、公開です。








 物質的にも
 人的にも
 政治的も

 大して、ほとんど被害も無くて
 とりあえず、よかったよかった。です。


 世界中からかき集められた戦力は
 所詮、かき集められた程度・・・・だったのか、迎え撃ったのが優秀だったのか、

 まあまあ、とにかくとにかく。


 あっちこっちに貸しを作ったし、災い転じてでプラスかもね。


 除くシンジ・・・

 シンジ、
 壊れる寸前じゃん。
 やばいよやばいよやばいよ〜



 やばいっす。





 さあ、訪問者のみなさん。
 14話結のP−31さんに感想メールを送りましょう!







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