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呪われの魔女


巡愛
後編




 とりあえず、虱潰しに全ての建物を調査することにする。効率の悪いやり方ではあるが、
やむを得ない。
 まず大体の構造を把握するため、事務所などがあったのであろう6階建てのビルに向か
った。書類の類は回収されただろうが、来客用の案内図や工場のミニチュア模型ぐらいは
残っているかも知れない。

 当然のことだが、ビルの玄関は施錠されていた。子供達はどこか別の場所から潜り込ん
で遊んでいたのか? 一昔前はたむろしていたであろう暴走族やチーマーが扉を破壊しな
かったのは驚くべきことだった。
 だが幾年もの風雪に耐えておのが役目を果たして来たのであろう扉を、レイは迷うこと
なく槍をふるって叩き壊し、押し入った
「っ・・・」
「来るね」
「ええ」
 レイの背後で、たった今粉砕した扉が見る見るうちに復元されてゆく。
 その前に立っている人型のモノ。まるでイングランドの騎士伝説のデュラハーンのよう
な首のないシルエット、異様に細い骨のような手足、胸にくっついた仮面のような顔。
 幼児の悪夢にでも出てくるのが似合いの姿をした、紛れもなく使徒だった。
「ああ、あんたが・・・ののろ、呪われの魔女ってやつかい?」
「そうよ、と言ったら?」
「くこっこ・殺す」
 たどたどしい、まるで無理矢理人の言葉を真似ているような口調だった。
「おお俺は使徒・・・・ささささサキエルっててんだ」
 けれど、一応人の言葉を解する・・・・・・かなり高位の使徒ね。
「へ、へへっ・・・・ふんっ!」
    びきいいぃ・・・・ぃぃん
 甲高い音が周囲に響いた。
「レイ、結界だよ!」
「げへへ・・・そっその、とうり・・・・
 い今、ああ、あんたらが出られないように、けけ結界のじゅ術、つつ、使った」
「だから?」
「んを?」
 レイの恐怖なり焦りなりのリアクションを期待していたのであろう、使徒が戸惑ったよ
うな呻きを上げる。
「だから?」
 無表情にくり返すレイ。
「こんなことしょっちゅうだよねー、レイ」
 追い打ちをかけるロンギヌスの精霊。
「うっ・・・・・・
 ううううう、うるせい!
 しょっしょ勝負ら! 呪われの魔女!」
 逆上したか、サキエルが狭い、人が三人も並んで歩けば一杯の廊下をまるで滑るように
駆け寄ってきた。
「しっしし・死ねえ!」
 左手を振りかぶり、叫ぶ。
「ふっ!」
 その正面から、レイは呼気を放った。その小振りな唇をわずかに尖らせ、吹き付けた呼
「気」は周囲の大気を巻き込み、たちまちのうちに1メートルほどの巨大な空気弾となっ
て直進する。
 それはサキエルに正面から激突した。
 いやむしろ、サキエルの方から突っ込んで来たと言うべきか?
「ぐあ?」
     ごうんっ
 サキエルの痩躯は、不可視の巨人の拳に殴りつけられたかのように後方に飛び・・・・
・・使徒自身の結界で決して破れぬように強化されたベニヤ板で目張りされた扉にぶち当
たる。
「ぎぃやああぁあああああ!」


「なんなの、あいつ・・・・」
「知らないわ」
 憮然として同じ声でささやきあい、とどめを刺そうとサキエルに近寄り始めたレイだっ
たが・・・・。
「あ!」
「消えた?」
 そう、サキエルは消えた。霧散するのではなく、自らの意志で・・・
「うー! レイのむのーものぉ! 逃げられちゃったじゃないぃ!」
「・・・・どのみち、このビルの中にいるのには変わりないわ。私達と同じように、あい
つもここから出ることは出来ない」
「うー、そりゃそうだけど」
「虱潰しに行くわ」
「使徒、もっといないかなあ。そうすればもっともっと血が吸えるのに」
 精霊の煩悩を無視してレイはビルの中を歩き始めた。


 扉を開けると、とたんに異臭が辺りに漂い始めた。
「ねえ、ここにはいないんじゃない?」
「そうね・・・」
 さすがに顔をしかめて、レイは女子トイレの扉を閉めた。
「上に行きましょうか」
「そだね」
「・・・・・・」
「どったの?」
「・・・なんでもないわ」
「じゃいいじゃん、早く上にいこおよお」
 ・・・・・視線? 気のせい・・・・じゃ、無いわ。
 ・・・・・・誰?
「なにがでるかな、なにがでるかな・・・」




「へえ・・・あたしが見てるのに気付いたみたい」
「そりゃあ大したもんだな」
「別に、気付かれないようにしたわけじゃないもの、遅すぎるくらいよ」
「アスカ、それでどう思う?」
「ふん、・・・・所詮はただの人間・・・・と言うかそのなれの果てよ」





 二階には面会室、総務課などのオフィス、そして隣の工場へと続く渡り廊下が配されて
いた。
 とりあえず渡り廊下に行って工場に行けないかどうか確認したレイだったが、その結果、
結界はこのビルに対して張られていることが判明した。
「えー、工場には行けないの?」
「捜索範囲がせばまるのだから、文句を言うことはないと思うわ」
「脳天気な相棒を持つと苦労するな」
「そうね」
「あー! レイのうらぎり・・・・っ!」
 愕然として振り向くと、まるで水のように廊下を流れてくる墨のような闇。
 それは一所に集まり、次の瞬間一気に縦方向に膨れ上がった。
「クッククク・・・・また、会ったな」
「!?」
「ええ!?」
 そこに立っているのは紛れもなく先程の使徒・・・サキエルだった。
「ククク・・どうした? 我が超再生に恐れ入ったか?」
「さっきとちがう・・・・・」
「頭をすげ替えたようね」
「あ、ほんとだ」
 よく見れば、サキエルの黒くぬめぬめと輝く痩躯の胸部に直接張り付いた白い仮面のよ
うな顔、それが剥がれ落ちかけ、その下から新しい顔が生えかかっている。
「ふ、これこそが我が超能力、超進化よ! 我が新たなる超! 戦闘能力のさびになるが
いい!」
 傲然と叫び、左腕を突き出したサキエル。その肘から生えた突起が発光し、まるでピス
トンのように掌から打ち出された!
「くっ!?」
 とっさにかがみ込んだレイの頭上を、サキエルの骨槍が掠めていった。
「巧くかわしたな! だがいつまで続くかな?」
 猛然とピストン運動を続けるサキエル。肘側ではさほど長いとも思えない骨槍は掌側に
来た時はまるで本物の槍の如く、5メートルほどに伸びている。
「・・・・ふっ!」
 右手の攻撃を横っ飛びにかわしたレイ、そこに左手の骨槍が突き出される。
「くうっ!」
 とっさにロンギヌスの槍を床に突き立て、まるで棒高跳びの選手のように跳躍してその
攻撃をかわす。
「おのれ、ちょこまかと!」
 怒号しつつサキエルは左右の骨槍を同時に突き出した。
 レイはその攻撃をかわすと、引き戻される骨槍を二又の槍で素早く挟み込み、ひねった。
     ぱきいいいん!
 横方向の力には弱いのか、見た目とはことなりガラスのような音を立てて骨槍は砕け散っ
た。
「が、がああああああ!」
 怒りにまかせて放ったもう一本の槍がレイの背中を掠め、服と肉とを切り裂いて行った。
「うっく!」
 呻いたレイの隙をつき、サキエルは再びその体を液体化させて逃走する。
「さっきもああやって逃げたんだね、きっと」
「・・・・・タネは知れたわ。もう次はない・・・」
 冷ややかに告げると、レイは何事もなかったように立ち上がった。
「せなかのけがは?}
「お願い」
 短い会話のに続いて、ロンギヌスの槍の精霊がレイの背中を止血する。
「これでいい?」
「ええ、後はタブリスの呪いが治してくれる」
 皮肉なものね。
 心中密かに諧謔し、槍を一振りしするとレイは再び歩き始めた。


 2階を調べ尽くしたレイ(とロンギ)は3階へ向かう非常階段を昇っていた。
「変だね、えと、ふいんきじゃなくて・・・」
「雰囲気」
「そそ、ふんいきがすごく変だ」
 そして、階段流れてくる墨汁より深い闇を内包した液体。
「きたあ!」
「ええ、わかってる!」
 レイは槍をかまえ、一ヶ所に集まってゆく闇を睨みつけた。
「くあはははは! 更なる超再生を遂げた我が超恐怖、思い知るがいい!」
「えい」
  さくっ
「え?」
「え?」
 無造作に投擲されたロンギヌスの槍が、実体化中のサキエルの双面をまともに貫いてい
た。
「そ、そんな・・・・」
「きゃっははは、血だあー!」
 そしてまるで吸血鬼の如く凄まじい勢いでロンギヌスの槍が、サキエルの血と「負」の
霊気を吸い上げてゆく。
「ああああ・・・・・だ、だが我が命を絶ったとて、ここより出ることはあたわぬぞ・・
・・シャムシエル様が・・・・ああ・・・・・・」
 ため息のような断末魔を残して、サキエルの偽りの肉体は霧となって霧散していった。
 レイは槍を手放し自由になった両手で瓶を取り出し、「負」の霊気をその中に吸収させ
る。
「ふいー、けっこうおいしかったあ。
 ・・・んで、どーすんの、これから」
「シャムシエルとやらを、探すわ。結界の内極は彼女に設定されているようだから」
 結界には必ずほころびが発生する。それを防ぐにはその内側と外側に結界のひずみを一
点に集中させた、「極」を一つずつ作るしかないのである。
 それを破壊すれば、結界は崩れる。
「・・・・なんで女だってわかんの?」
「まがりなりにも高位使徒が「様」つきで呼ぶ相手と言ったら、母である女性型使徒しか
いないわ」
 それと真祖であるタブリスと。
「ふーん」
 そして捜索が再会される。


An ill−fated witch


Reencounter





 三階、四階と無駄足を踏んだレイは最上階、五階の社員食堂に向かった。
 シャムシエルがいるとすれば、後は屋上か、それとも地下か・・・・
「!」
「どったの? きゅうにたちどまって」
「黙って!」
 鋭く命じたレイは目を閉じ、耳をすます。
   ひいっ・・・・・・ああ・・・・・
 微かにだが、人の悲鳴らしき物が聞こえてきた。
「いる・・・!」
 レイの顔に笑みが浮かんだ。
 邪悪な笑みだった。
 今の彼女は、おそらく今も痛めつけられているであろう犠牲者のことなど気にも留めて
はいまい。
 その証拠にレイは足音を忍ばせ、ことさらゆっくりと階段を上っていった。
 そして五階の防火扉の前にたどり着いた瞬間、
「遅かったな」
 そう声がかけられ、同時に防火扉は勝手に開いていった。
「!」
「気付いていたのね」
「当たり前だ」
 冷ややかに告げるシャムシエル。その瞳はレイと同じく血のように赤い。そして冷徹な
表情もまたレイとよく似ていた。
 だがビザールに隠されたその肉体は、色気よりもむしろ逞しさを感じさせる。
「サキエルごときに何を手間取っていたのやら。これだから人間は無能でイヤなんだ」
 吐き捨てるように言うと、足下に転がっていた血塗れの肉塊に付属した球状の物体を容
赦なく踏みつぶした。
 おそらく全身の皮を剥がれ、手足をもぎ取られた人間であろうそれは、灰色の脳漿と緋
色の血液をまき散らして絶命した。
「うげっむごお!」
 必要以上に獲物をいたぶるのは趣味に合わないのか、悲鳴を上げるロンギ。だがそんな
相棒とはとは異なり、目の前の惨劇にも、レイの瞳には何の感情も浮かぶことはなかった。
 だからこう聞いたのも、後で六分儀警部補に教えて恩を売っておこうと言うのに過ぎな
い。
「ここで遊んでいた子供を殺したのも、あなた?」
「そうだ。お前をおびき寄せるためにそうしろと、タブリス父様のご命令だったのでな。
でなければ誰がわざわざ人間なんぞを殺さねばならん、この私が直々に、だ!
 あの小娘、性器と肛門にこの工場で造っていたビール瓶を突っ込んでやったら、脱糞し
おった。あまりに腹が立ったので、そのまま腹を蹴り飛ばして中の瓶を砕いてやったのさ。
内臓まで破裂してしまったのか、すぐに死んでしまったがな!」
「あいつう・・・!」
 不快感もあらわに呻く吸血妖精。
 だが、その主は何の痛痒も感じてはいなかった。
「それにしてはずいぶんと楽しそうね、シャムシエル? 人間の無念、苦痛、絶望を食物
にするだけではなく、それを与えること自体を楽しみとする・・・・あなたはガギエルや
イスラフェルよりもむしろ人間に近い」
「何だと貴様・・・・」
 ぎり、とシャムシエルの奥歯が鳴る。
「ならば貴様は何だと言うんだ? 同族の死にも関心を持たない、貴様こそ私達以上の人
妖だろうが!」
「そうかも知れない」
 ゆっくりとロンギヌスの槍を構え直す。
「でもそんなモノはどうでもいい・・・・・・ただ、あなた達使徒を一人残らず狩り尽く
す!」
「ふん! 思い上がるなよ、人間が!」
 シャムシエルの鞭が叩きつけられる。それをかろうじてかわしたレイだったが、まるで
命を宿しているかのように跳ねる鞭は背後から襲いかかり、レイの全身に絡みつく。
「く・・・っ・・・・ああ!」
 ギリギリと締め付けてくる鞭に、レイはたまらず槍を取り落としてしまう。
「ふん! このままなぶり殺しにしてやる!」
「レイ! 気をつけて、毒がぬってあるよ!」
「こうるさいチビだっ!」
「ロンギがちっちゃいからって、あんたに迷惑かけたあ?」
 本気でべそをかきながら抗弁する槍の精霊。
 その小さな精霊に気を取られたシャムシエルは、レイが呪文を唱えているのに気付くの
が一瞬遅れてしまった。
「貴様! 何を唱えて・・・」
「・・・・はぁっ!」
 気合い一閃、レイの体内で発生する微弱な生体電流は何十倍にも強く、大きく膨れ上が
り、全身から放出される。
 一部はプラスチックゴムの靴底を突破して床に逃げたものの、大部分は毒を含んで湿っ
た鞭を伝ってシャムシエルを直撃した。
「ぐああああああ!」
 とっさに鞭を手放したシャムシエル。レイは何とか鞭を振り解き、早くも痺れ始めた体
でロンギヌスの槍を拾い、構える。
 大きく背を反らし、頭上に槍を振りかぶったその姿は、まさに引き絞られた弓矢の如く
渾身の力が溜められていた。
「いりゃぁああああ!」
 かけ声と共に打ち出された槍が、見事にシャムシエルの頭蓋を正面から貫く。
「ぎぃやああああ!」
 生まれて以来初めて味わうであろう激痛に絶叫するシャムシエル。
 その傷口から血と「負」の霊気が、ロンギヌスの槍の螺旋に吸い込まれるようにして奪
い去られてゆく。
 やがて、その動きが止まる。だが霧散はしない。女性型の使徒は、これだけでは殺すこ
とが出来ないのだ。


「レイ! だいじょうぶ? ねえ!」
「・・ええ・・・・大したこと、ないわ・・・」
「ほんとだね? ほんとのほんとだね? ほんとのほんとのほんとだね?
 レイが死んじゃったら、レイに取り付いてるロンギも死んじゃうんだから・・・」
「憑封」
「精霊のはなし、最後まできけってばあ!」
 レイはロンギヌスの精霊のみを封じると、槍に「負」の霊気を吸い上げられ仮死状態に
なったシャムシエルの元にい@り寄った。
「今・・・・殺してあげる・・・」
 冷ややかだが、どこか狂気を感じさせる表情で呟くと、尻ポケットから昔懐かしい十徳
ナイフを取り出し、シャムシエルの着衣を切り裂いていった。
 血液を失い、異様に青白い色を呈している胸から腹にかけての肌をむき出しにすると、
今度はその腹を断ち割る。まだわずかに残っていた血が周囲を汚していった。
 そして腹膜をも切り裂き、びくびくと蠕動する内臓を引きずり出しては打ち捨てる。使
徒は「負」の霊気を活動のエネルギー源としているが、他の使徒を生むことの出来る「母」
たる女性型使徒は霊気で構成された偽りの肉体ではなく、生身の肉体を持ち、それを維持
するための栄養を必要とするのである。それは食事によって取り入れられるのだが、身体
の組成が近い(これをケミカルポイントが高いという)人肉を好んで喰う傾向にあった。

 巨大なミミズのような大腸や、他の臓器と比べてひときわ大きい三葉に分かれた肝
臓を、血管を引きちぎりながら取り出し、人間ならば子宮があるべき所に収まっている
「コア」を剥き出しにした。
「ふう・・・」
 安堵したのか、ため息を一息吐くと、レイはシャムシエルの腹腔に手を突っ込んだ。
 コアを両手で捧げ持つようにして持ち上げ、そして、一気に喰らいつく。
    ぐちゅっ くちゃくちゃ びち ぐちゅっ
 陰惨酸鼻を極めた光景が事務所ビルの五階に広がっていた。かつてはここで、工場で働
く人々が昼食の憩いの一時を過ごしていたことを考えると、悪趣味な皮肉言うほかない。
 血みどろになりながらコアを喰ってゆくレイ。やがてコアのすべてがレイの胃の腑に収
まると、シャムシエルの身体がごぼごぼと泡を吹きながらべとべとに溶け崩れてゆく。

「これで、やっと一人・・・・」
 呻いたレイの身体に、奇妙な火照りが生まれつつあった。
「・・・・何、これは・・・・」
 今までに「喰った」女性型使徒は二匹、しかしいずれの時もこんな現象は起きなかった。
「・・・・さっきの毒のせい?」
「半分当たりだね」
「!!」
 不意に後ろからかけられた声、聞き覚えのある笑みを含んだ声に、レイは総毛立つよう
な恐怖に襲われた。
「久しぶりだね、レイ。久しぶりの再会の記念に、その美しい顔を見せてくれないか?」
「・・・・タブリス!」
「ご名答」
 アルカイックスマイルを張り付けて、すべての使徒の父なる最初の使徒、タブリスがそ
こにいた。
「一体何時からそこに!」
「最初っからさ」
 幾度か感じた奇妙な視線や雰囲気・・・・あれは・・・・!
 そう言えばあの男・・・・まさか・・・!
「カラダが、疼くだろう?」
「・・・・な、なにを・・・」
 ロンギヌスの槍を構え、タブリスを睨み付けるレイ。その頬が紅潮しているのは怒りの
ためだけではなかった。
「シャムシエルには二種類の毒を渡しておいたのさ。一つは鞭に仕込んだやつ。もう一つ
は、あの子自身も知らない、あの子の体に仕込んでいたやつ」
「・・・・なぜそんな回りくどいことを」
 こんな時だと言うのに、レイは呆れてしまった。
「何事にも手続きは必要だよ」
 ・・・・・酔狂にもほどがある。
「・・・う・・・・」
 もはや槍の穂先は鶺鴒の尾のように震え、タブリスに真っ直ぐ向けていることさえ出来
なくなっていた。
「この・・・卑怯者!」
「誉め言葉だね、それは」
 罵りの言葉をあっさりと流し、タブリスはロンギヌスの槍など眼中にないかのように平
然と歩み寄ってきた。
「くっ!」
 手足の震えを押さえつけ、渾身の力をふるってくり出した槍は、しかしあっさりとかわ
され、柄を掴まれる。
「無粋だね」
 そう言うとタブリスは手首をひとひねりして槍をレイの手からもぎ取った。
「く・・・・」
 視線で人、もとい使徒を殺せるならば・・・・と言う形相で睨み付けるレイ。
「それにしても・・・・所詮あの子達は手駒だと言うのに、なぜこんなにも腹が煮えくり
返るんだろうね」
 とうていそうは見えない、笑顔を張り付けたままの表情で呟く。
「今なら、エルラッハが君に抱いていた気持ちが理解できそうだよ」
 レイの唇に息がかかるくらいに顔を近づけ、愛の言葉でも囁くかのような調子で、タブ
リスはとんでもないことを言い放った。
「なっ・・・」
「駒だったんだよ、君も、エルラッハにとってはね」
「う・・うそよ・・・・・」
「嘘なものか」
 レイの黒いシャツの衿に指をかけながら、耳元で囁く。
「君を、生け贄にするつもりだったのさ。手違いでこうなってしまったけれど」
 ゆっくりと鉤型にしたままの指を下に下ろしてゆく。布の裂ける音がレイの頬を赤く染
める。
「だから、僕は不完全体のまま・・・・君を我がものにすれば、あるいは・・・・」
 ぐいと顎をつかみ、タブリスはレイの顔を引き寄せた。そのまま唇を重ねる。
「んっ!」
 だが次の瞬間、それが引き離される。
「・・・この!」
 舌を噛み切られかけたタブリスが腰の長剣・・・・柄に獅子頭の怪人をあしらった青銅
製の年代物・・・・を引き抜き、レイのほっそりとしたトルソーに突き立てた。
「ひぃあっ!!」
 金臭い味と匂いが喉から逆流してくる。咽頭と鼻腔を満たした同じ匂いの熱い液体は、
次の瞬間一気に奔騰した。
「う、うう・・・」
 タブリスがさらに刃を深く差し込む。肉の裂ける音がレイの体内から響いてくる。
「・・ぐあっ・・・・あぐっぐぅ・・・・」
「いい声だよ、レイ」
 囁くタブリスの秀麗な顔には、紛れもなく愉悦の色があった。
 剣がレイの体から引き抜かれる。筋肉が、血管が、臓物がそれに引きずられかけ、尾て
い骨の辺りに異様な悪寒が走る。
 その場に崩れ落ちるレイ。
「その程度では死なないだろう? 君の不老の呪いは他でもない、この僕がかけたものな
んだからね」
 あくまで穏やかに告げるタブリス。
「諦めるとするよ、今はまだね。でも、いつかは手に入れてみせるよ、君の命も魂も・・
・・」
 ゆっくりとその姿が薄れ始める。
「君に、今まで以上の絶望を与えてあげる・・・・エルラッハのことも、何もかも打ち捨
てて生まれる前の闇の中に還ってしまいたくなるような・・・・それまではいつものよう
に、苦しみもがいて、僕を楽しませておくれ。
 くく・・・・あっははは・・・・」
 最上階のフロアとレイの頭蓋の中でガンガンとタブリスの哄笑が響く。それが徐々に遠
くなり、やがて完全に消え失せる。






「もう、シンちゃんったら・・・帰って来るなら手紙ぐらいよこしなさいよ」
「すいません、ミサト姉さん・・・じゃなかった先生」
「学校の外ではミサトでいいわよ」
「まさかミサトさんがこの町で先生になってるなんて思いませんでしたから」
「ホントに・・・びっくりしたんだから・・・」
「それにしても・・・・職員室であれは・・・・まずかったのでは・・・」
「さすがに生徒に抱きついて泣き出すってのは・・・・・ちょっちね」






「っしょ、召・・・」
「うぎゃあああああ!
 ひどい傷! あいつやっぱサドだ!」
「当たり前・・・・よ・・・・」
 出てくるなり上げた槍の精霊の大声がレイの頭を叩き割るかと思えるような苦痛を与え
る。
「それより・・・止血・・・・」
「う、うん。でもこんな傷、かんぜんにはふさがんないよぉ!」






「それにしてもリツコのクラスとはねえ・・・・あいつ、堅いから・・・」
「初っ端から悪印象与えちゃいましたね」
「大丈夫よ、わたしからきっちり説明しとくから」
「はい」






「ぐっ・・・」
「レ、レイ! しっかりしてよ、こんなとこからでれないよ!」
「か、風の結界さえ・・・・維持できれば何とか・・・・」
「むりだよぅ・・・」






「あ、ここ・・・」
「教会に行くんだったらここが近道なのよ」
「でも、立入禁止って書いてありますよ」
「この工場には子供とか、夜は不良とかが遊んでるからねえ・・・」
「やっぱり止しましょうよ・・・」
「昼間だからだいじょうぶよ」






「レイ!」
「行くわよ・・・・」
「ひーん、しぬのはいやぁ!」
「・・・封!」






「あれ、ガラス?」
「やだ、危ないわねえ。どこの窓がが・・・え?」
「! 人が!?」
「危ない、シンちゃん!」






 何とか風の結界を維持したまま軟着陸する事に成功したレイだが、それでも落下の衝撃
に傷口が歪み、さらに血が吹き出す。
「う、うぅ・・・・」
「まだ生きてる! 大丈夫? ねえ!」
「あ、この子は「教授」の・・・」
 その声にレイは薄れゆく意識で目を開ける。


 そ、そんな・・・・なぜ・・・・・あなたはあの時・・・
「しっかり! 今救急車を・・・・」
「大丈夫か、その子は?」
「か、加持さん、どうしてここに?」
「とにかく応急処置だけでも!」
 エ、エルラッハ・・・・様・・・・








そうしてアリアンロードの糸車は回り始める
再び巡り会った魂の、数奇なる運命を紡ぐために
その糸を紡ぐ主とてないままに・・・・・




NEXT
ver.-1.00 1998+06/12公開
感想随時受付中t2phage@freemail.catnip.ne.jp

 大家さん、後を頼みます
03;プリーチャー





 03;プリーチャーさんの『呪われの魔女』1後編、公開です。




 「Ambivalenz」−−アリスソフトでしたっけ。


 ランスシリーズは面白かった(^^)

 2.3.4.とプレイして、
 WIN向けの最新作(?)は未プレイ



 そのうちやろうかな。。。




 「Ambivalenz」はしてないなぁ

 なんとなしに好みじゃないような感じがしたから・・





 さあ、訪問者の皆さん。
 読んで遊んで感想を03;プリーチャーさんへ!



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