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「バカシンジ・・・・」

 少女の唇から漏れるつぶやきは、その内容とは裏腹にあくまでも優しく、切な

く、悲しげだった。

「なんで・・・・出ていっちゃったのよ・・・・・

 どうして待っててくれなかったのよ!」

 村のみんながシンジの事を「ハルプメンシュ(半人間)」だって嫌ってたのは

知ってたわよ。

 でも、アタシがいたじゃない!

 大人になったらこんな村、二人で出て行っちゃおうって、約束してたじゃな

い!

 どうして待っててくれなかったのよ!





チルドレン イン アフタージェネシス



 第一幕  妖精と 狼と 戦乙女と

Bパート





「闇はいいねえ、醜い我が身を隠してくれる。

 そうは思わないかい? 賞金首の誘拐犯さん」

「だ、誰だ!」

「誰と言われてもね、僕の名前などに意味は無い。ただの・・・追っ手だよ」

 間道を辿ってエルの港町を目指すレッドヘッドドッグ一行、だが追っ手の魔の

手はこんな所にまで届いていたのだった。

 その追っ手、夜道の真ん中に待ち伏せていた気障野郎の顔が、おりしも雲の切

れ目から顔を出した月の明かりに照らし出される。

 白く染めた革の帽子の下の顔は、目と口を今空に出ている三日月のようにくり

抜いて虚ろな笑みを刻み付けた、簡素な仮面で覆われていた。

「お、お前は・・・・白狼(ホワイトウルフ)!」

 ラッハの城市(まち)で最も名の知れた〜〜〜そしてそれは最も忌み嫌われて

いるということも意味する〜〜〜ハンターキラーの名を一行のリーダー格の元傭

兵が口にする。

 だが確か白狼はもう何十年も前からハンターキラーをしているはず。

 だが目の前の相手は顔こそわからないものの、身のこなしといい声の質といい、

紛れもなく若者だった。

「くそっ! 何でわかったんだ!」

「さあね、それは企業秘密ということで」

「・・・・・見逃してくれないか?」

「いいよ、僕らが依頼された殺しはそこの騎士殿、おっと失礼、騎士見習い殿の

分だけだからね」

「何ィ!?」

「彼の父君はたいそう気位の高い男らしいね。「化け物にたぶらかされるような

バカ息子などいらん」だそうだよ」

「そ、そんな・・・・」

「なんってヤローだ! で? ルーノーには何もしないってかぁ?」

「ああ。と言っても信じてくれそうにないね?」

「あたりめえだろが!」

 リーダー格の男・・・たしかサンとか言ったか、戦場仕込みの槍が売りの元傭

兵だったな・・・の怒号を合図にパーティーは臨戦態勢に入った。





 青狼はそれを森の中から見ていた。

 白狼の見事なパフォーマンスに、ターゲットは伏兵に対する用心をすっかり忘

れているようだ。

 これなら僕がここにひそんでいる意味は無かったかな? とも思うが、故意に

隙を作っているのかも知れない。

 青狼は作戦通りに行動を開始した。

「ラミエル!」

 彼が使役する二体の式神の一つ、リビングクリスタルのラミエルが主の命に従

い光の矢を放つ。





 右手の森の中から光の矢が放たれた。

 だがそれは予想済みの展開だ。

 あらかじめ精神を集中し高めておいた抗魔力がその威力を削ぎ、小人(ドウリ

ン)の盗賊(スカウト)を襲った光の矢のダメージは、咄嗟にかざした革の小楯

を焦がすに留まった。

「やっぱりいたよ! レオーネ!」

「あいよ、任せときな!」

 精霊使い(エレメンタラー)はそう言って精霊(エレメンタル)へ呼びかけを

開始した。

 だが崖の上にひそんだ黒狼の、本命の攻撃が一行を襲う。

「がっ!」

 呪文の代わりに断末魔と血を吐き、レオーネは絶命した。

 刹那、華奢な胸から杭が生え、地面に突き刺さる。

「レ、レオーネ!」

 鏃さえつけていないその鋼の棒は、矢と言うにはあまりに大きすぎた。

 長く、太く、重く、そして大雑把すぎた。

 それはまさに鉄杭だった。

「上だ!」

「まだいるのか!?」

 二重に囮を配置した奇襲によって精霊使いを失ったパーティーは浮き足立って

いた。

 それを見逃す狼達ではない。

「みんな気を付けろ、来るぞ!」

 道の左側にそびえる崖と言うには緩い、しかし登るにはきつい坂の上からの攻

撃に気を取られた瞬間、前方から白狼が、右手の森の中から青狼と戦乙女(ヴァ

ルキリー)が飛び出して来る。







 白狼と同じく革のつば無しの帽子をかぶった、どこか悲しみにも似た諦観の表

情の仮面が鞭をくり出した。

 それはルーノーにからみつき、その動きを封じる。

「きゃああああ!」

「ルーノー!」

 騎士見習いが駆け寄り、鞭を切断しようとする。

「邪魔をするなよっ!」

 白狼と青狼はルーノーは助けるつもりでいた。

 彼女はその職業もあって特に冒険者の間で人気がある。

 黒狼のように彼女に恩を感じている者も多い。

 いまさらと思わないでもないが、必要以上に恨みを買うのは避けたほうがいい。

 だから動きを封じるだけで済まそうと思っていたのにこのヤサ男は!

 だが鋼線を仕込んだ鞭を切り飛ばすなど、熟練の戦士でもなければ出来ること

ではない。

 それにこれはただの鞭じゃない、まずはこいつを片づける!

 だが次の瞬間、鞭は半ばから切り飛ばされていた。

「なっ!」

「み、見たか! 俺だって、俺だってぇ!」

 その鞭は常に微弱な雷気を帯び、触れた者を麻痺させる。

 たとえ熟練の戦士でも、剣が鞭に触れたとたんに走る衝撃がその刃筋を狂わせ

るはずだった。

 と、すればこれは・・・

「魔剣か!」

 確かに魔剣ならば切れ味を増すことも、雷気を遮断することも不可能ではある

まい。

 依頼人から「サーンスは家宝の魔剣を持ち出した」と聞いていた。

 だがここまで強力な物だったとは! これは神話の時代に作られた秘剣クラス

の威力ではないか?

「行くぞ!」

 律儀にそう言ってからすり足で間合いを詰めるサーンス。

 己を鼓舞するためか、はたまた敵を威圧するためか?

「・・・・・・」

 青狼も鞭を捨て、腰に差した刀(サーベル)をかまえた。

 鞘走ると同時にその刀身が炎に包まれる。

 そう、青狼の刀もまた魔力を帯びていた。

 こちらは現代の秘文字使いが創り上げた物で、刀身に刻まれた炎の秘文字が刀

に魔力を与える。

 だがそれは殺傷力を高める効果しかない。

 使い手の技量さえ無意味な物とする伝説の秘剣を相手に通じるだろうか?

「まさか、本当に秘剣ってわけじゃないんだ・・・」

 自分の思考の先走りを戒めるようにつぶやく青狼の仮面。

 その下に除くシンジの瞳には、何故か、何かを期待するような光が見え隠れし

ていた・・・





 白狼はサンの腹を横一文字に切り裂くように斧を振るった。

 だがサンの巨体故に目測を誤ったか、その攻撃は何もない空間を通り過ぎてゆ

く。

「もらった!」

 だが一撃必殺を念じるあまり、そう叫んだサンの方にこそ隙が出来ていた。

 白狼は斧を振った後の崩れた体制のまま、左肩から突っ込んでくる。

 とっさに大きく引いた槍を戻そうとするが、それよりも先に白狼の肩が胸板を

叩く。

 いや、肩ではなく肩当てから発生した衝撃波が、だ。

「はっ!」

 白狼の武装は一見して戦斧(バトルアックス)と三連発の軽弩弓(ライトクロ

スボウ)だけのように見えた。

 サンもそう思いこんでいた、故にその攻撃をまともに食らってしまう。

「く、くそ!」

 とっさに間合いを空けようと槍をなぎ払うに振るう。

 だがそれは白狼の右肩に装備された緑色の楯によって遮られる。

 長方形の楯が力葉を発生させ、サンの攻撃は8角形の光の波形を宙に描くにと

どまった。

 「死者の大君」の配下の「死せる勇者」達の標準装備、自在楯(ヴァリアブル

シールド)である。

「クソが!」

 口汚なく罵ると蹴りを放つ。

「うっ!」

 さすがに自在楯の防御も間に合わず、まともに吹っ飛ぶ白狼。



 っきしょーめ・・・自在楯を持ってるんなら、烈衝鎧も持ってるわけだよな。

 そのことに思い至らなかった自分のうかつさを呪うサン。

 自在楯といい烈衝鎧といい、ともに量産型の兵器だったのか、比較的有名な武

器である。

 だからこそ、その有名さ故に固定観念に縛られてしまったのだ。

 緑色。

 死せる勇者達の色。

 だから、白狼の左肩の白いパッドが烈衝鎧だと思い付かなかったのだ。

「くそ、それにしても烈衝鎧ってなこんな強烈な武器だったっけか?」

 ちらりと後ろを見る。

 レオーネが倒れているのが目に入り、思わず奥歯を噛みしめる。

 そしてパックは?

 いない、だがそれが密偵(スカウト)の戦い方だ。



 そしてレオスは・・・。

「見えない楯をかけるぞ、抵抗するなよ!」

 どうやらショックから立ち直ったようだな。

「おっしゃあ!」

 サンの胸当てにあらかじめ刻印された秘文字が発光する。

 同時に体の周囲に一瞬空気抵抗のような圧迫感が生まれ、そして消える。

 もうお馴染みとなったインビジブルシールドの発動の瞬間だ。

 ヴァリアブルシールドと類似の効果を持つが、攻撃を防ぐ成功率は低い。 

 そのかわりこちらが全身を覆っているのに対し、ヴァリアブルシールドは楯の

反対側の利き腕のガードが主目的である。

 一長一短だ。

 そうとも、万能な魔法や武器がないのと同じように、無敵の戦士なんていやし

ない!

「いくぜえ!」





 青狼のサーベルがサーンスの腕を浅く切り裂く。

「っきしょーめ、ちょこまかと・・・」

 たしかに青狼の戦いぶりは「豪快」だの「男らしい」だのという言葉は似合わ

ない代物だった。

 徹底的に防御を固め、相手が隙を作ると素早く攻撃する。

 そのときにも防御を優先し、浅い攻撃しかしない。

 それでも徐々にダメージは蓄積されていた。

 体の動きがにぶい。

 切り刻まれ、焼けただれた左手はすでに感覚を失っていた。

 それでも剣は動く、まるで自ら意志を持っているかのように。

「腕ごと切り落としでもしなきゃ、その剣を止められないみたいだね」

 青狼の構えが変わる。

 サーベルを片手で持ち、右手で印を切る。

「ラミエル!」

 同時に出現する、宙に浮かぶ西瓜大のリビングクリスタル。

「き、きったねえ!」

「文句は、いまだに抗魔も耐魔もかけない秘文字使いに言うんだね!」

 ラミエルが立て続けに放つ光の矢が、炎をまとわりつかせた三日月刀がサーン

スの体力をじわじわと削ってゆく。

 かなり嫌らしい戦法である、やられる側から見ればまさになぶり殺しだ。

 一部の生存者や目撃者によって青狼が蛇蝎のごとく忌み嫌われる理由は、実に

こういう所にあると言えよう。

 そしてついに感覚を失った手から剣がはじき飛ばされる。





 戦乙女はその端麗な容姿とは裏腹の、獰猛なまでの勇猛果敢な戦いぶりを披露

していた。

 レオスが造った4体の土人形(ミストカーフ)の攻撃は戦乙女の髪一筋さえ切

り裂けないが、同時に戦乙女も決定打を欠いていた。

 殺傷力を高めるための薄刃の穂先は土人形を切り裂くことが出来ず、あちこち

で刃こぼれし、枝を失い、三叉戟がただの槍になっていた。

 だが式神はしょせん式神、恐怖する事も知らずただその存在意義を満たすため

に戦い続ける。

「こっちは何とかなりそうだが・・・」

 呟きながら仲間を見渡す。

 サンは白狼と五分に戦っている。

 パックは崖の上、ここから援護をすることは出来ない。

 となると問題は・・・・・

 レオスは宙に秘文字を描き呪文を唱えた。

 指の軌跡が光を放ち、それが光の矢へと姿を変える。

「行け・・・!」

 その言葉に従い光の矢は、いみじくも同じく光の矢を打ち続けるリビングクリ

スタルに向かって放たれた。

 移動力と防御力の欠如を弱点とする正8面体はたったの一撃でものの見事に砕

け散る。





 黒狼は先程の矢を放った後、次の矢をつがえる作業を続けていた。

 何しろサイズがサイズだけに、巨大弩弓の弦を引き絞るには延々と歯車を回さ

ねばならない。

 その手が不意に止まる。

「誰や!?」

 怒声と共に投げつけた短剣は、しかし彼が狙った空間を大きくはずれ、森の中

に消えてゆく。

「あちゃ・・・・」

「どこ狙ってんだい、どじが!」

 その声は短剣が飛んでいったのとは全くの逆方向・・・・・背後から聞こえた。

「!!!」

 とっさに反転しかけ・・・・だが、地面に置いてあった鉄杭(矢)を拾い上げ

た黒狼は、それを正面に向かって突き出した。

「はぅっ!」

 悲鳴が聞こえた。

 それと共に鉄杭が血を流し始める。

「隠形の羽衣(インビジブルコート)かいな。ええもん使(つこ)とるな。

「な・・・なんで・・・・」

「ワシは元狩人でな。夜霧鳥は高く売れるんや」

 夜霧鳥は夜行性の飛ぶことの出来ない鳥でその肉は極めて美味である。

 また危険を感じると羽根の付け根の線から幻覚を誘う芳香を放ち、退化した翼

はそれを周囲に素早く拡散させるために使われている。

 これは言うまでもなく人体にも有効であり、精製された物は習慣性の弱さを利

用して麻酔や麻薬として使われる。

 しかし前述したように外的に対する対抗手段を持ち、警戒心も強く敏捷、そし

て鳥のくせに単独行動をとるため、獲るのが困難なことでも知られている。

 閑話休題。

 やがて杭にかかる重量が一気に増す。

「・・・この方が隠れとって弓ぶち込むよかマシやなあ・・・」

 呟いた黒狼の視線の先で、何もない空間から流れ出る血が地面を赤く染めてい

た。





 青狼の刀が振り上げられた、騎士見習いにとどめを刺すために。

 それを無限の恐怖に満ちた瞳で見つめるルーノー。

 彼女にからみついた鞭は切断されてなお雷気を失わず、その手足の自由を奪っ

ていた。

 目をそらすことも出来ない。

 止めることも出来ない。

 気が狂いそうな、一瞬とも永遠ともつかない時が流れ続ける。

 青狼の仮面から覗く瞳が哀れむような、見下したような視線を放っている。

 視界の隅に閃光が走った瞬間それが驚愕に見開かれ、そらされた。

「ラミエル!?」

 青狼の背後でカシャカシャと音をたてながらリヴィングクリスタルの破片が落

下していた。

 その瞬間、呪縛が解かれた。

「いやあああああ!」

 絶叫と共に鞭をはねのけ、発勁を放つ。

「うああっ!」

 予想外の攻撃をくらい、吹っ飛んだ青狼は二度三度と地面を転がり、動かなく

なった。

「サーンス! サーンスしっかりして!」

 悲鳴じみた声をあげて駆け寄ると、恋人の傷を癒すために治癒力を貸し与えて

くれるよう神に祈り始める。

 その耳に断末魔の叫びが飛び込んできた。





 青狼が吹き飛んだその瞬間、目の前の戦いに激的な変化が起きた。

「オオオーン!」

「な、なんだ?」

 不意に、それまで無表情に槍を振るっていた戦乙女が叫びだした。

 そして次の瞬間、それまで攻撃をなすがままに受けながらも決定的なダメージ

は受けなかった土人形4体が一瞬にして粉砕される。

「ば、ばかな!」

 事実を受け入れることが出来ず、呆気にとられて叫んだレオスの顔面をわし掴

みにする戦乙女。

 そのまま突進して来た勢いと体重をレオスにかけ、頭蓋を地面に打ちつける。

 半ば塞がれたレオスの口から悲鳴が漏れる。

 そしてそれがそのまま短い断末魔に変わる。

 だが彼女はその手を緩めようとしなかった。

 力の抜けたレオスの顔を掴んだまま頭上に振り上げ、ぶん回す。

 ごきりと音がしてレオスの頸椎が破壊され、そしてようやく遺体が解放された。

 振り会わさていた勢いを付けたまま離された遺体が地面に叩きつけられる。

 ゆっくりと身を起こす戦乙女、まるで鎌首をもたげる毒蛇の如く・・・・

「ヒッ!」

 戦乙女とルーノーの目がまともに合った。

 その時、確かに戦乙女の目に確たる意志が、魂が、激烈な怒りが宿っているの

を感じた。

「オオオーン!」

 猛然と駆け寄ってくる戦乙女、その恐怖に耐えきれずルーノーは悲鳴を上げた。

 そして戦乙女が放った一撃がルーノーの胸腔を貫く。

 心臓を破壊され即死したルーノーの体ごと、戦乙女は槍を持ち上げて振り回し、

引き抜いた。

 意識を失っている騎士見習いの背中にその槍を突き立てると、最後の一人・・

・・白狼との戦いも忘れて呆然と彼女を見ているサンに向かって疾駆する。

「ひいい! くっ、来るなっ、来るなああああ!」

 目の前に迫り来る危険を見て正気に返ったか、悲鳴を上げて、それでも槍をか

まえるサン。

 しかし戦乙女はその槍が目に入らないかのように突進し、自らの槍を確実に標

的に叩き込んでいた。







「なんとまあ・・・相変わらずだね彼女は・・・・」

 呆れたように呟くカヲル。

 目の前で繰り広げられた惨劇それ自体には、特に感慨を持ってはいないらしい。

「初仕事でこれとは・・・・・ついてこれるかな、彼は・・・」

 戦乙女は自分の胸に刺さったサンの槍を引き抜き、シンジの元へ歩み寄ってゆ

く。

 ダメージを受けている様子は全く無い。







 シンジは自分の体が何か暖かい物に包まれているような感覚を感じていた。

(ああ・・・・この感じは・・・・・)

 そのまま眠りについてしまいたくなる心地よい脱力感に逆らい、必死に目を開

ける。

 目の前に広がる戦乙女の顔には、優しさを絵にしたような微笑みが浮かんでい

た。

(やっと会えた・・・いつもいつも僕が死にそうになるまで出てきてくれないん

だもの・・・今回は本当に死ぬかと思ったんだから・・・・・)

「・・・・母さん・・・・・」

 陶然と囁くと、安堵感に包まれたシンジは、今度こそ意識を失った。

 その体を取り巻く光の粒子が、やがて戦乙女の体に吸い込まれるように消えて

ゆくと、シンジの体にはもう傷一つついてはいなかった。

 戦乙女本体もまたシンジに優しく接吻すると、その姿をゆっくりと消し去った。







「やれやれ・・・」

 毒気を抜かれたようにカヲルはその一幕を眺めていた。

「確か近親相姦はリリンにとってタブーだったと思うんだけどな・・・・・」

 いや、そこまでやってはいないぞ、シンジの願望としてはどうなのかは知らん

が。

 視線を転じて崖の上を見やる。

「ついてこれるかな、彼は・・・・・」

 もう一度呟くと、おそらくは安らかな寝息を立てているであろうシンジを起こ

しに行った。















 白玉楼の物語の名場面の一つ「一角獣の杖」を語り終え、シンジは帰り支度を

始めた。

 帰り支度と言っても金細工の一弦琴を革袋に入れ、ゴザを畳むだけである。

 きっちり角をそろえて畳んでいるのが彼らしいと言うべきか。

「じゃあ、さよなら・・・・アスカ・・・・」

 口の中で小さく呟いて立ち去る。

 しばらくここには来ない方がいいだろう。

 吟遊詩人が河岸を変えるのは良くあることだから誰に怪しまれることはない。

 いや・・・・怪しまれるのが嫌なら、こんな悪目立ちする仮面をつけなければ

いい。

 そもそも吟遊詩人なんてしなくても食べて行くだけの収入はある。

 歌うことが好きだから?

 いや・・・・怪しまれたいのか? 僕は。

 正体が露見して・・・・・・裁かれることを望んでいるのか?

「おっと!」

「!」

 酒場(というよりも菜館)の出入り口で、前方不注意の吟遊詩人は飛び込んで

きた秘文字使いにぶつかってしまった。

「あ、ごめん・・・・」

「いや、気にしないで・・・」

 もごもごと言って足早に立ち去るシンジ。

「いや、あの・・・・・荷物、折れてたけど・・・・・・・」

 そう言いながらも、わざわざ追いかけてまでそれを指摘して弁償する気にもな

らなかったのか、眼鏡をかけた秘文字使いは結局肩を竦めてその一件を忘れるこ

とにした。

「やあ、お待たせ」

「・・・ちょっと遅かったわね、何かあったの?」

「いや、ここの賢者の学院に挨拶に行ったんだけど登録の手続きと身元の照会で

時間がかかっちゃって・・・」

「人間って時間にうるさいって聞いてたけど、そうでもないのね」

 そう言ったアスカを見て、ケンスケはヒカリに問い掛けた。

「・・・・この人が昼間言ってたアールヴ?」

「ええ。アスカ、これがケンスケ。トウジといつもつるんでいて、今回のことも

ケンスケが言い出したの」

「そう。短い間だけどよろしくね、秘文字使いさん」

「・・・まあ、アールヴの寿命から見れば、ねえ・・・・・こちらこそよろしく」

「・・・長くかかると思ってるの?」

「うん・・・・トウジが傭兵になってからの事を調べたんだけど、半年前まで白

鳳の傭兵団(ホワイトフェニックス・マーセナリーズ)って所にいて・・・この

街で盗賊相手の戦いで怪我をしてから消息不明らしいんだ・・・・」

「怪我!?」

 悲鳴を上げたヒカリは、周囲の視線など気にせずケンスケの襟首をつかんで問

い詰める。

「怪我って、どんな? ひどい怪我だったの? まさか消息不明って、ひょっと

してまさかし、死んで・・・」

「お、落ち着いて・・・・・い、息が、ぐる・・・・じぃ・・・・」

「ヒ、ヒカリ?」

 真新しい友人の意外な一面に引くアスカ。

「・・・・・はっ。ご、ごめんなさい大丈夫?」

「げ、げほっげほっげえっほお!」

「下品ねえ・・・・」

 嫌そうに顔をしかめるアスカ。

「うー、と、とにかく僕が調べたのはここまでだよ。白鳳の団は人の出入りが激

しいらしくって、新入りのことなんていちいち覚えていらんないってさ」

「そんな!」

「でも、ここの「金色の林檎」の聖塔に担ぎ込まれたらしいんだ」

「あら、「金色の林檎」ってヒカリとおんなじところでしょ?」

「え?でも昼間聞きに行った時は・・・・・・」

「・・・「そういった方がここに運ばれたことはありませんな」って言ってたね。

どっちかが勘違いしてるんだと思う」

「じゃあその傭兵団の方じゃないの?」

「さあどうかな? トウジは新入りにしちゃ腕が立った方らしくって、後のこと

は知らないけど、そこに担ぎ込まれたのは覚えてるって人は結構いたんだぜ」

「じゃあ司祭長様が嘘をついたって言うの?」

「ひょっとしたら忘れてるだけかもね。それと・・・・・」

 不意に口篭もるケンスケ、しかしヒカリが放つ食い入るような視線に威圧され、

しぶしぶと話し始める。

「その時の怪我って言うのが、盗賊の親玉の大男にやられて・・・・・左手足切

断だってさ・・・・」







「よう、えらい遅かったやないか」

「ごめん・・・・・」

「ま、ええけどな。せやけど後で文句言うても知らんで」

「うん・・・・・」

 シンジはまだ酒場で見たアスカのことが気になっていた。

 それにトウジもここ1ヶ月の間にこの稼業に慣れたようで、これではどちらが

新入りなのかわからない。

「なんや、えらい元気ないな?」

「さっき、昔の知り合いに会ったんだ・・・・・」

「・・・そら、難儀なこっちゃ・・・・」

「それにしても、ずいぶんこの稼業に適応したみたいじゃないか」

「まあな・・・村のみんなには、絶対見られとうない姿やけどな」

「・・・・・・・・・・・・・僕は、むしろ見せつけてやりたい」

「・・・・・・」

 トウジは先程の依頼人の話を反芻しながらそれを聞いていた。

「あいつらは見殺しにしたんだ・・・・僕と父さんと、同じアールヴの母さんも

・・・・」

「・・・・・・アールヴは傲慢や傲慢やって聞いとったけど、ホンマやな。今度

の依頼人もごっつむかつくわ」

「そう言えば、今回の依頼って何なのさ?」

 実はシンジに何と言って誤魔化すか、さっきからずっと考えていたのである。

 しかし、未だにいい言い回しを思い付いてはいなかったトウジはとりあえず

「けっ」

と吐き捨てた。

「けっ、って・・・・」

「断ったわ、アホらしい!」

「ふぅん・・・・ところで」

 トウジが語気も荒く言い放つと、シンジはそれ以上それについて気にすること

なく話題を転じようとする。

 それを複雑な表情で見やるトウジ。

「カヲル君はどうしたの?」

「な、なんや知らんが野暮用が出来たとか言うとったで」

 トウジは若干うろたえた口調になってしまった。

 いぶかしげな顔をするシンジ。

(やばいがな・・・)

 焦ったトウジはとっさに思い付いたことを口にしてしまった。

「・・・・・お前ら、一つ聞いとくけどホモやないやろな」

「え? な、何を言うのさ!」

「傍から見とったらそう見えるで。まるで夫婦や」

「そ、そうかな」

 なんとなく頬が緩んでるように見えるシンジの顔を見ながら、トウジはうかつ

な質問をしてしまったことを激しく後悔していた。

(あかん、ヤブヘビやー! ヒカリ、ナツミ、助けてくれー!!)







 そのヒカリはアスカに誘われるまま、彼女の滞在している人工林に来ていた。

 大規模火災に備えた防火スペースであるこの林には、したがって燃えにくい樹

が集められていた。

 自然の状態では有り得ない種の不均衡は、自然の守護者を自称するアールヴに

はかなり不快な環境のようだ。

「それでも町の中よりはましよ」

 とアスカは言っていたが・・・・・

 もう一人のアールヴはそうはいかなかったらしく、あからさまに不機嫌にヒカ

リを睨みつけている。

「気にしないでよ、どうせもともと「人間と話すのは口が汚れる」なんて本気で

思ってるような奴なんだから」

 そう言い放つアスカは同じ種族に対しても容赦ない性格のようだ。

「でも・・・」

「気にしない気にしない」

 そう言っていたアスカも、さすがに同郷の大人がヒカリに向けている刺々しい

雰囲気が嫌になったのか、銀の横笛を取り出して吹き始めた。

 子守り歌だろうか、ひどく心安らぐ旋律にヒカリはいつしか瞼が重くなってい

くのを感じていた。



「・・・ちょっとヒカリ、あんたまで眠っちゃってどうするのよ」

「ふぇ? あたし寝てた?」

「うん」

 まだ頭がぼんやりしているのか、ヒカリはあたりを見回している。

 やがて、さっきまでこちらを睨み付けていたアールヴが座った姿勢のままで頭

(こうべ)を垂れているのに気付く。

「あ! アスカ、今演奏してたのって呪歌(ガルドル)だったのね!」

「あったりー。これで安心して話せるわ」

「昼間話してたことね?」

「そう。あたしはシンジを捜すために森を出てきたのに、こんなお目付け役が一

緒にいたんじゃやってらんないもの。あんた達と一緒に行動すれば、お互い人を

探してるワケだし、いろいろと好都合じゃない?」

「そうね、正直言ってあたしも女の子一人じゃあ・・・・ケンスケってちょっと

頼りないから・・・・」

結構ひどい事を言うヒカリ。

「それに、あんな奴でも男だもの。ヒカリが寝てる間にこっそり・・・・」

「だ、大丈夫だと・・・・思う。そんな度胸が有るはず無いもの」

 ますますひどい事を言っている。

 今ごろケンスケは宿屋の大部屋で二連発のくしゃみをしていることだろう。

「甘いっ! 男なんて、一皮向けばケダモノよ! 油断してると何されるかわか

んないんだから!」

「へー、意外。アールヴの男の人ってあんまりそういう事って無いのかと思って

た」

「ふん! そりゃあ多少はね! でも本性は人間もアールヴも同じよ! だのに

あいつらったらシンジのことをどうのこうの言って!」

 ヒカリの奇妙な笑顔に、アスカは自分が余計な事まで言ってしまったのに気付

いた。

「あ、やだ! 今の無し、忘れて!」

 まるでチェシャ猫のような笑いを浮かべているヒカリ。

「ふーん。アスカってそのシンジって人のこと、好きなんだ」

「そ、そりゃあ好きよ。幼なじみなんだもん」

「そ・う・じゃ・な・く・て」

「なによなによ! ヒカリだってそのトウジって奴が好きなんでしょ!」

「あ、あたしはその・・・・」

 少女達の他愛も無い、賑やかな会話が交わされていた。

 だがそれを見つめる殺意の視線がある事に、彼女たちは気付いていなかった・

・・

続くっ!


NEXT
ver.-1.10 1998+06/25公開
ver.-1.00 1998+06/17公開
感想随時受付中t2phage@freemail.catnip.ne.jp


弾劾翁「弾・劾・ビィィィィム!」
02「再びジオンの理想を掲げるために星の屑成就のためにアトミックバズーカ!」
鉄拳公主「スルト(黒)よ! レーヴァテイン(害なす魔の杖)を解き放て!」
03「しゃえぇぇぇぇ!」
 キュドォォォォン
03「い、いきなりなんばすっとね。いてーじゃにゃーきゃや」
鉄拳公主「ふんっ。いきなり何をするかですってぇ?」
02「とぼけんな! 人に大ウソを教えやがって!」
弾劾翁「お嬢ちゃん、出番ぢゃ!」
アスカ「お嬢ちゃん? アタシには惣流アスカラングレーって名前があるんですか
らね! そんな呼び方しないで欲しいわ」
鉄拳公主「あたしの半分しか生きてないガキが、ナマ言ってんじゃないの!」
弾劾翁「・・・お主らが喧嘩してどうするのぢゃ(--(IR)」
アスカ「そうそう、「アールヴ;エルフのドイツ語読み」ぃ?  あんたバカァ?」
02「出たーっ十八番!」
アスカ「ほら、あんたご愛用の独和事典よ。ど・こ・に・そんな事が書いてあるっ
てのよ!」
03「・・・ありませんねぇ。これはどうしたことでしょう・・・」
02「すっぽ抜けたこと抜かしてんじゃねえよ。おーかた北欧神話でアールヴって
言ってんだからゲルマンの子孫もおんなじように言ってると思い込んでたんだろー
が」
弾劾翁「トゥールのドイツ語読みがドンナー、オーディーンがヴォータンなのぢゃ
ぞ? 同じなはずがなかろうが?」
鉄拳公主「お仕置きが必要なようね」
02「ここで、物語の登場人物からリクエストが来ていまーす」
03「え”」
弾劾翁「閉ざす者」からぢゃな。「俺と同じ目にあわせてやってくれ」だそうじゃ」
03「な、なぜ!? 僕が彼に何をした?」
02「面白けりゃ何でもあり、だってさ」
03「あうあうあう・・・いかにも彼らしい・・・」
アスカ「で、具体的にどうするの?」
鉄拳公主「まず、この馬鹿者をあの岩に縛り着けます」
アスカ「ふんふん」
03「むがーっ! むがむがー!」
鉄拳公主「次にこのゴムホースを03の頭上に固定」
アスカ「はーい、はーい! その先知ってる! ハンカチを顔にかぶせて水を流す
のね! 映画で見たことがあるわ」
鉄拳公主「楽しそうね・・・でもはずれ。ただ一滴一滴水をたらすだけ」
アスカ「えー! なによそれぇ!」
弾劾翁「ふっ・・・この拷問の恐ろしさがわからぬとは・・・」
鉄拳公主「こうしている限り眠ることは出来ないわ。睡眠不足ってのは辛いのよぉ。
特にこいつは試験前だろうが原稿の締切だろうが徹夜はしない主義だから」
02「気が狂うかもしんねーな。ま、そん時はリセットしてやるからさ」
03「ふぎー!」
アスカ「じゃ、あたし帰る。こーゆーまだるっこしいのは趣味じゃないの」
鉄拳公主「あらそう?」
弾劾翁「さて、わしらも帰るとするか」
03「もごー! もごもごーっ!」








アールヴ、アールヴェン、ハーフアールヴ(ハルプメンシュ)

 エルフのドイツ語読み。アールヴェン(女性名詞化)とかハルプメンシュ(半人間)
というのはアールヴ文化圏で使用。(アスカ、シンジその他)人間文化圏で育った人
は男女を問わずアールヴと言うし、混血児はハーフアールヴと呼ぶ。(ケンスケがア
スカの事をアールヴといっていたのに注目)。                 
 Aパート冒頭にエルフと言っているシーンがありますが、あれは間違いです。
 ハルプメンシュは辞書で調べたわけではなく、角川ファンタジーノベルスの某機獣
神から引用したので、間違っていたら僕だけでなくそっちにも教えてやって下さい。


式神使い(サマナー)

 物語中ではシンジがこれに相当。ちなみに彼が創造、使役する式神はラミエル(リ
ビングクリスタル;レベル2モンスター)とイスラフェル(ガルドルシンガー;レベ
ル1モンスター)。音楽の天使は次回、非常に重要な役割を果たします。     
 ヴァルキリー(レベル7モンスター)はシンジではなく彼の母親が使役していたも
の。主の没後も活動しているのはなぜか? まあ一応謎。(わかりますよね?)  


精霊使い(エレメンタラー)

 シャーマンです。この世界に精神の精霊は存在しません。しかし、世界が再構築さ
れている時既に存在していた街や城の精霊は存在します。            


秘文字使い(ルーンマスター)

 秘文字(ルーン)とは死者の大君が世界樹に九日九晩吊るされている時に見た夢か
ら発見したものです。ソードワールドではルーンマスターといえば魔法使い全般の事
を指しましたが、この話ではソーサラーに対応する秘文字使いの事だけを指します。

03;プリーチャー拝

追伸 次回予告。アスカがいきなりピンチに陥ります。









 03;プリーチャーさんの『チルドレン イン アフタージェネシス』第一幕Bパート、公開です。




 「わかりにくいですか?」

   と聞かれたら、

 「ちっと分かりにくい」

   と答えるかな(^^;



 ベースとなっている「ソードワールド」を知っているのに何でだろう?

 やっぱり原因は

微妙に違うから  

 なんだろうな−−



 ”エルフ”ならすっと入ってくるのに、
 ”アールヴ、アールヴェン、ハーフアールヴ”なんてなっているし

 元にもあった(と思う)”精霊使い”と並んで
 なかった(と思う(^^;)”式神使い”があるし、


 ルーンマスターは違う意味になっているし、


 ちょこちょこ弄ってあるから、
 かえって混乱しちゃう・・・





 いっそ完全オリジナルなら・・・・もっと分かりにくいか(爆)

 いっそ完全に元ネタと同じなら・・・・それじゃダメか(爆爆)


 難しいね




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