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ジオフロント。かつて、第三新東京市の裏の顔出会った場所は、表の顔を 引き剥がされ、外輪山を囲む形に絶壁の下にある。まるで、摩周湖の水を抜き 底に、都市を建設しているように見える。
今や、この都市は日本政府の手を離れ、国連特別行政地域として運営されている。 最高責任者は、国連総長であり、運営は常任理事国とそれに伴う国連行政官である。 その中心に、NERVがある。
かつてのNERVは、碇ゲンドウの私兵的性格から非常に閉鎖的な組織であり、 国連の特務機関でありながら、日本国籍の者が8割を超すという特殊な組織であった。 しかし、今やジオフロントはかつての唐の長安を思い起こさせるような国際都市に成りつつある。だが、その様子はかつて特務組織として機密中の機密であったNERVをさらけ出した象徴のような光景であった。

さて、このような軍事要塞都市のような御堅い土地にも喫茶店や飲食店が商魂 逞しく店を構える。それは、その土地に現代人が住んでいる証でもある。 需要があり、供給もある。市場原理の根本である。 しかし、一部には供給を遥かに越える需要を生み出している店がある。 いわゆる、「人気のあるお店」や「○○がおいしい店」などである。 良質の商品はよく売れる。今も昔も変わらない事の一つだ。 そのような中の店に「カノン」が在った。

「美味しいよね。やっぱりカノンのケーキは。」
「うんうん。このザッハトルテ最高!」
黒髪のショートの女性と、その隣には赤く染め上げたショートの女性。 彼女たちの前には、所せましとケーキが並べられている。 そんな、華奢な体の何処にこれだけのケーキを入れるのか?

「マヤちゃん? レイコちゃん?」
「なんですか? 伊勢一佐?」

彼女たち二人の目には、唖然とした顔の男の顔が映っている。

「だからいったじゃないですか。一佐。」

伊勢の隣のいる、シゲルが苦笑を浮かべながら言う。 シゲルの目には、心なしかコーヒーカップをカタカタ鳴らしながら コーヒーをすする上司の姿が映っている。

「そんなに甘いもん食ったら肥るで。」

この世の女性が9割方気にしているであろう言葉を伊勢は言い放つ。

「あたし、あまり太らない体質なんで。」

レイコが冷たく言い放つ。

「この所、激務が続いてましたから理想体重を下回ちゃって。」

マヤはいつもの口調で、上司に皮肉を突き刺す。
伊勢の口撃はケーキの壁を突き通す事は無かった。
「すんません。コーヒーもらえます?」

そんな、上司を見ながらくすくす笑うシゲル。

「ねぇ、ねぇ。マヤ? シンジ君って何か可愛いというか・・・・。」
「やだ、レイコ。もしかして、その気が在るんじゃないの?」
「イヤだ、もう〜。」
「レイコの逆光源氏計画発動?」

姦しいから女を一人抜いたらなんて読むんや?
伊勢は真剣に考えた。




人として生きる事

第一部 第拾壱話

家族の肖像




2016年 9月初め 第二新東京市

何処となく冷たい小雨が都会を濡らす。 国連地球環境委員会の会議において、地軸の移動が確認された事が報告された。 この事により日本はまたも温帯の四季のある地域へと移った。 そう、あの異常な永遠と思われた夏が終わり、人々の日常が続く。

「秋雨か・・・? 何年ぶりかな?」

個性の無いビルから出てきた冬月は独り言を自分に言い聞かすように呟いた。
秋雨を見て、冬月は京都を思い出した。 理学部の研究室から見える雨に濡れる吉田山。 なぜか晴れの日よりも雨の日の方が絵になる町だった。 しかし、それは自分の大学時代を端的に顕しているのかもしれない。

冬月の前に黒塗りのリムジンが止る。 それが冬月を現実へと引き上げた。

バタ。

後部のドアが開く。見慣れている車。 NERV司令用の公用車であった。 当然の様に冬月は車に乗る。屈み、車に乗ろうとした時に冬月の視界に 当たり前の様に座っているミカエルの姿があった。 カバンを肘掛けの横に置き、座席に深く座る冬月。

「よろしいですか?」

その様子をみてミカエルが尋ねる。 しかし、冬月は沈黙を通す・・・。 それを同意と取りミカエルは運転手を促した。

「君自らの護衛かね? 大袈裟だな。」
「そんな事は無いですよ。用心に越した事は無いですからな?」

現実問題としてミカエルの言った事はもっともだ。 NERVやその幹部、重要人物を眼の敵にしている者は数え切れないほどいる。 しかし、その利用価値やパワーゲームの結果ですべての組織の生存が決まる。 単純な事だ。共棲する価値があるか? 力は上か下か? 自然界の生存競争と根本は一緒である。 NERVはいまそのピラミッドの頂点に限りなく近い位置にいる。

「それよりどうでした? 会議の方は・・・。」
「相変わらずだ。何処が責任を取るか? 何処から予算は出るのか?」
「まったく、時間は過ぎ去っていくだけの物と判っていないらしいですな。 それでは何も決まりませんでしたか?」
「いや、それでも手ですくった水が零れ落ちるように自然と物事は決まるらしい。」
「ほう。」
「例の慰霊祭の詳細が決まったよ。」
「ほうそれで、ウチは何を?」
「警備。」
「それは、また・・・。日本国の警察力が疑われましたかな?」
「例の噂のためだ。」
「それはそれは…。ならウチがやるしかありませんな。」
「で、やってくれるかね?」
「私がですか?」
「君は専門家だろう? 対テロの。」
「判りました。立案はしましょう。しかし、現場指揮官は別です。」
「どうしてかね?」
「私より適役がいますよ。それに私はそれほど暇ではありません。」

リムジンは都市高速を郊外に抜けて、第三高速と呼ばれている第三新東京市へ 直通の高速道路に乗った。外は灰色で、しとしとと降る雨が重苦しい雰囲気を 漂わせている。

「ラングレー君?」
「何ですか? 司令。」
「セカンドチルドレン。いや、アスカ君を引き取るつもりなのかね?」
「当然ですよ。どうしてですか?」
「私は、伊勢君かエミ君に面倒を見てもらおうと思っているのだか?」
「なぜですか? 私はあれを小さい頃から見ています。」
「いや、君よりハンナ君のほうが・・・。」
「かまいませんよ。アレとは・・・。」
「アレとは、なんだね?」
「いや別に・・・。とにかく、アスカは私が面倒を見ます。」
「ほう、今度はハンナ君の代わりにアスカ君を手元に置くのかね?」

冬月が何食わぬ顔で爆弾を置く。

「司令? どこまで、ご存知ですか?」
「いや、噂程度だが。」
「食えない人だ。」
「君が言えた義理かね。部下の身辺ぐらい把握していないと上司など勤まらないよ・・・。すくなくとも、このNERVでは・・・。」
「あの碇ゲンドウが腹心に選んだ訳が解りましたよ。」
「誉め言葉として受け取っておくよ。」

車内というそれほど広くは無い密室で、得体の知れないものと手でお互いまさぐり会う。 そんな会話に終止符打たれる。

「君も人の子か? 娘はやはり可愛いかね? ラングレー君」
「わたしだって人の子です。いくら罪にまみれていようとも、 娘を愛する資格はあります。」

雨の中を、車はジオフロントに向かってく。





2016年 9月中旬 第二新東京市 国立演劇ホール

サードインパクトが発生して2ヶ月半にして、ようやく慰霊祭が行われる事になった。 また、ここでごたごたが発生する。いわえるバランス取りである。実行委員長にはサードインパクト究明委員会の委員長冬月が勤める事なり、各委員に国連の主要ポストや各国外交官当たる事になった。さて、火が噴いたのは実務レベルまで落ちた時点で、何処が警備を遣るかであった。当初、日本の警察庁が主体になる予定だったのだが、重火器によるテロリズムに対する対抗能力が無いと各国外交官が主張する。実際、この予定日に一部の自衛隊部隊が離反すると言う怪情報が流れており、その不安に煽られたものであった。
そのため、主体が陸上自衛隊中心の国連軍に移行するが、それを今度は冬月が断固拒否した。国連軍管轄の陸上自衛隊とは言え、戦略自衛隊と太く繋がっている事は明らかである。 もちろん、戦略自衛隊のNERV侵攻は一部の者には公然の秘密である。

と言うわけで、要らぬ仕事が増えた伊勢は一日中テントの下で、モニターと通信機に囲まれながら、ムスッとした表情で座っていた。

「そんなに剥れないでください。兵士の士気に関わりますよ。」

マコトは親愛なる上司に声を掛ける。

「ふん。命がかかってへんのに関係あるかいな。」
「分かりませんよ。もしかして、自衛隊が牙をむくかも知れませんよ。」

シゲルは通信機器をいじりながら、伊勢に答える。

「こんな、くそ暑い日に戦車のるアホが何処にいるかいな。それより、シンジ君とアスカのガードの方が余程重要や。」

その伊勢の毒づき様にシゲルとマコトの2人は顔を見合わせ苦笑した。


式が予定通り消化されていく。 うわべだけの挨拶、形式だけの会話。真実を隠すために作られた、嘘が時間に乗って 流れていく。 そんな式も終盤になると人の流れが起こり始める。この式に出ている人物達はこのような形だけの 式にのんびりと出ていられる程暇ではない。日常は分単位でスケジュールが決まっている 人物が大半を占めている。

伊勢は一日中警備本部詰めである。外は残暑が厳しい。 しかし、外で立哨している隊員よりはよほどましであろう待遇にぐちぐちと文句を言って いる。案外、外に立っている方が文句を出さないのかも知れない。 しかし、本部詰めの隊員にとってはたまったものではない。

「一佐。外で息抜きでも?」

見兼ねたマコトが伊勢に提案をする。

「ああ。そうやな。」

伊勢は椅子から立上り、少し伸びをした。 そして、外へ出て行こうとすると、入口に 戦略自衛隊の白い礼服を着た将校が立っているのを見た。

「ひさしぶりやな。小手川。」
「ああ、そうだな。」
「まあ、入れや。」
「いいのか?」
「いいんや。」

伊勢はそう言うと、小手川を中に招きいれた。 小手川の顔は良くも悪くもNERVに知れ渡っている。 NERVと戦略自衛隊には確執がある。そんな中を自衛隊の将校が歩いていく。 友人とはいえ、そんな空気の中でも伊勢は平然と小手川を招きいれる。 伊勢の性格であろう。少なくとも、この性格は軍隊では美徳ではない。 二人は、空いていた一つのテーブルに向かい合わせて座った。

「NERVの居心地は?」
「少なくとも自衛隊よりはましさ。なにせ、全権委任に近いからな。」
「そうだろうな。上司が実質二名だからな。」
「そや、上司が片手で数えられない組織よりはよほどましや。」

そこで会話が止まると、小手川はタバコをくわえる。 伊勢は煙の匂に少し嫌な顔をした。

「お前さんも大変やな。」
「どうして?」
「あの噂。」
「ああ。あれか。」
「他人事の様にいうなや。情報主任参謀やろ。」
「あれは、一部のタカ派のはねっかえりが声をあげているだけだ。」
「しかし、そんな奴らも押えられんとは、自衛隊も人材不足か?」
「あれ以来、どこの組織も人材不足さ。どこぞの組織が無節操に人材を 吸い上げたからな。」

二人は、そこで目を会わせた。いつもの事だ。 このままでは、人に聞かせられない会話に発展していく。 だから、公安や警務隊にどこと無く目を付けられている。 申し合わせたように、二人同時に立ち上がる。 そして、伊勢は部下の2人の方に向いた。

「すまん。これからコイツとどっか行くから。」
「ちょっと、待ってくださいよ。困るっすよ。」

マコトは今にも泣きそうな顔で伊勢にすがる。 シゲルはその様子をみて、天を仰いだ。もう諦めているようだ。

「息抜きを勧めたんはお前さんや。 じゃあな。日向二尉、青葉二尉後は頼むで。非常事態だって呼び出しても無駄だぞ。 多分その時はコイツのこれも同時になるはずやからな。」

と言って、携帯電話を指す。

「いいのか? 伊勢。」

小手川も呆れ顔だ。

「良いんや。俺がいなくったって、式は進むし、地球は回る。」
「はあ・・・。」
「さっ、いこや。」

そういうと、伊勢は部下達の非難の眼をよそに小手川ととも にその場を離れて行った。







シンジがアスカの車椅子を押しながら廊下を進んで行く。 リハビリルームにアスカを連れて行くためだ。

途中、待合室においてあるテレビから流れるニュースの映像と音声がアスカの 視覚と聴覚に訴えた。

「シンジ。なにあれ?」

アスカは、首を後ろのに剃らしながら後ろから車椅子を押してるシンジの顔見ながら 尋ねた。

「あれって?」

シンジは、アスカの顔をのぞき込みながら聞き返した。 アスカはシンジと見つめ会う恰好になり少し顔赤らめる。 それを誤魔化すように勢い良く前を向き、そしてテレビを指さした。

「あれって…。テレビじゃないの?」

真顔で答えるシンジ。

「アンタ馬鹿ぁ? そうじゃなくて、内容よ! ナ・イ・ヨ・ウ。」
「うん。ああ。あれ。」

相槌を打つが、シンジも内容は分からない。 シンジは目を凝らしてテレビを見つめていたが、やはり部屋の端の方にある テレビの内容までは分からなかったようだ。

「ゴメン…。わかんないや。」

本当にすまなさそうに、シンジがアスカに答えた。 そんな、シンジの答えと態度に少しアスカは苛立った。

「アンタ、ホントにバッカね。判んなかったら、判るところまで、 近付けば良いじゃん。」
「そうだね。」

その言葉に促され、シンジは車椅子をテレビの方に向けた。 待合室の長椅子の間を車椅子が抜けて行く。 栗色の髪の美少女とそれを看病する少年の話はこの病院中に知れ渡ってる。 何せ、目立つ組合せだ。会話が止まらず、いつも騒がしい。 そのことはシンジにとっては少し恥ずかしかったが、アスカは敢えてそのように 振舞っている節が有った。しかし、なぜそのようにアスカが振舞うか。 それの理由を知るのに少年はまだ女心を知らなすぎたし、それ以上に人生の経験も 積んでいなかった。 テレビでは合同慰霊祭のニュースとそれにかかわるサードインパクト究明委員会の ニュースが流れていた。

「アタシたちはどうなるの?」

じっと、真剣に耳を傾けていたアスカが首を後ろに反らして、 少し不安げな表情でシンジを見つめた。 シンジはそれに静かに微笑む。

「なんか、世界を救った英雄なんだって・・・。」
「ふ〜ん。そうなんだ・・・。ヒーロー、ヒロインねぇ。」

アスカは再び前を見る。 何処となく、納得のいかない様子だ。

「まっ、アタシみたいな美少女は絵になるけど、アンタがヒーローねぇ〜。」
「チェッ、なんだよそれ・・・。」

シンジがいじけた態度をする。

「フフフ。なにいじけてんのよ。さっ、行きましょ。」

そういって、アスカはシンジを促した。




リハビリルームに入り、まず手すりの近くにアスカを寄せた。

「さっ、アスカ。」

シンジがアスカの脇の下に腕をくぐらせ支えようとした。

「アン。エッチィ。そんなとこ触んないでよ。」

アスカが面白半分に身をよじらせる。

「な、な。なに言ってんだよアスカ。そんな事言ったら、支える事できないじゃないかぁ。」

シンジは心の中で女の子の柔らかい体に触れてどぎまぎしていたので、 その言葉によって真っ赤な顔になり、さらに本心を見せまいと抗議の声を上げる。 どこか開き直る事ができない難しい年頃である。

「アハハハ。 シンジたら顔真っ赤にしてカワイ。」

アスカがシンジの頬を突っつく。

「アスカァ。そんなことすると、リハビリ手伝ってあげないよ。」
「冗談よ。ジ・ョ・ウ・ダ・ン。ハイ。」

そう言って、アスカは腕を上げて手摺りを掴む。 シンジはアスカの腰を抱えて支えた。

「さっ、アスカ。」
「ウン。」


手摺りを掴み腕を震わせながら身体を支えるアスカ。 それをシンジはできるだけアスカに適度な負担が掛かる様に気を使う。 やがて、一連のプログラムが終り、アスカを病室に送る。

「ねぇ。アスカ?」
「ん。何?」
「アスカさ、退院したら、どうするの?」
「どうするのって言ったって・・・。」
「言ったって?」
「どうもこうも、マンションで一人暮らしじゃない?」
「一人暮らし?」
「そうよ。悪い?」
「悪いも何も・・・。」
「それとも、シンジとこにでも・・・。」
「なに言ってんだよ! アスカ。」
「あら、アタシは半分本気よ。」
「だって、アスカ、父さんと母さんがこっちに来てるじゃないかぁ。どうして、一緒に暮らさないのさ・・・。」
「アンタには関係ないでしょ。」
「だって・・・。」
「だってもヘチマも無い! アンタには関係ないって行ってるでしょ!!」
「ごっ、ゴメン。でも・・・。」
「でも、何よ!」
「父さんと母さんが来てるんなら、一緒に暮らした方がいいよ・・・。 僕は一緒に暮らそうと思ってもできないんだし・・・。」

どちらが悪いとも言えないが、少し気まずくなる。 二人は互いに心に踏み込み、互いに傷ついた。 二人は、また自分達の距離を計り損ねた。







深夜、箱根の山中にバイクの排気音が鳴り響く。 ヘッドライトが闇を切り裂いていく。 やがて、その光はガレージの前で消えた。

「ただいま。」
伊勢は自分の家の玄関をゆっくりと開けながら力なく言った。 そして、ゆっくりと腰を下ろしブーツを脱ぐ。

「よっと!!」

自然と立つ時に声が出てしまうのは、もうオヤジの証拠だ。 ダイニングキッチンへと続く長い廊下を明かりを点けずにゆっくりと 足音を立てずに進んでいく。

パチリ。

ダイニング着いた伊勢は手探りで明かりのスイッチを押した。 ダイニングのテーブルは綺麗に片付いている。 そう言えば飯はいらんと伝えたな・・・・。 伊勢はテーブルに背を向けて棚を開けた。 マグカップとクッキーを取り出し、テーブルに置く。 そして、冷蔵庫からマンデリンと書かれたラベルの張られたコーヒー豆の 入った缶を手にとり、缶を開けてコーヒーメーカーにペーパーをセットし、 挽いた豆を入れ、ドリップし始めた。 伊勢は椅子に腰掛け、そのポタポタ落ちる茶色の液体をじっと無心で眺める。

「お父さん?」

背後からかけられた少女の声に伊勢はゆっくりと後ろを向いた。

「マナか。すなんな、起こしてもうて。」

そこにはマナが眠り眼を擦りながら、薄いピンクのパジャマを着て立っていた。

「うーうん。」

生返事をして首を横に振りながら、椅子にマナは座った。

「コーヒー飲むか?」

それにマナは首をブルブルと横に振る。

「ミルクティーにする。」

そう言って、マナは席を立ち紅茶を入れる準備をし始めた。

「もしかして、今まで一人やったんか?」

マナはポットにお湯を注ぎながらコクリと肯いた。

「すまんな・・・。」

伊勢は済まなさそうにマナに謝った。

「うーうん。いいよ。慣れてるから・・・。」

どこか寂しそうにマナはポットを眺めながら言う。 その様子を見て、伊勢の心が痛んだ。 それを誤魔化すかのように、伊勢はおもむろに立ち、コーヒーメーカーから マグカップにコーヒーを注ぎ始めた。

「お父さん・・・。」
「なんや?」
「明日はどうなの?」
「判らん?」
「そうなんだ・・・。」

コーヒーを注ぎ終わりマナの方を見た伊勢は少し落胆した表情の養女を 姿をみてまたもや気持ちを沈めた。 軍隊の中間層のしかも要職に就いている者の規定勤務時間などあってないような物だ。

「そや、タカシは?」
「知らない。」
「アイツは・・・。」

伊勢は苦々しい顔をした。

「そうだ、お父さん。」
「なんや。」
「学校、来週からだし…。」
「そうか。友達ようけできると良いな。 もう、学校を転々とすることは無いやろから。」
「うん。」

会話が途切れて、親子同時にマグカップに口を付ける。 コーヒーとのミルクティーの香りが入り混じる。 その二人の耳にバイクのエンジン音が届く。

「フッ、帰って来たか。」

伊勢は苦笑いを浮かべながら言い、それを見てマナがクスッと笑った。

ドタドタドタ。

やたら、大きい足音を発てて廊下を歩いて来る。

「なんや、起きてたんか。」
「この不良が。夜遊びばっかしおって。」
「親父、腹すいた。」
「おまえなぁ。」

ぐぅ〜。

そこで誰かのお腹が小さく鳴った。 その音で親子漫才が中断される。 音の主が少し縮み困る。

「アタシも…。」

マナが、顔を少し赤くして俯いている。

「明日は有休や!!」
「そんな暇有るのかよ。」
「うるさい、たまには親らしい事しても罰あたらへん。」

そういって、伊勢は冷蔵庫を空けて中身を漁る。 そんな、養父の背中を見て二人はクスリ笑い合う。

「よっしゃ、お好み焼き作ろ。」

伊勢は高らかに宣言する。

「マナ、キャベツ微塵切りにして。」
「うん。」
「ほれ、山芋すれ。」
「わかったよ、オヤジ」

そう、2人の養子に指示を出して伊勢はコンロになべをかけて、 ソースを作り始めた。







「ただいま、ペンペン。」
「クェー。」

玄関には、シンジ以外の唯一の住人が迎えに出ていた。 身体をゆすりながらペンペンが何かをねだっていた。 それを見たシンジはスーパーの袋からイワシを取り出した。

シンジは、ヒカリと再会したときに迷わずペンペンを返してもらうことにした。 一人暮らしの寂しさを埋めるためかも知れない。 ミサトへの何らかの恩返しが表面に出て来たものかも知れない。 本当の気持ちが判るのにはシンジは大人ではなかった。

ペンペンの餌をいれる皿に、パックから取り出したイワシを入れる。 その皿にペンペンが首を突っ込み始めるのを見届けて、シンジはキッチンに向かった。 スーパーの袋から食材を取り出し、細かく整理して冷蔵庫に納めていく。< シンジは夕食のおかずに味噌汁と野菜の煮つけにすることにした。 和食は見ためより手はかからない。 そう決めると、まな板に向かい、鍋に火をかけて出汁を取り始めた。



シンジに与えられているのは、3LDKという中学生には広すぎるスペースだ。 人ひとり分の食卓には広すぎる。更に言えば、この空間を埋めるには心も 身体小さすぎた。一人で食べる晩餐はやはり寂しい。

「どうして、アスカ、あの時怒ったんだろ?」

一人、味噌汁を飲みながら考えにふける。 突然ある会話がよぎった。

『まぁ上っ面はね。表層的なものよ。本当の母親じゃないし、でも嫌いって訳 じゃないのよ、ちょっと苦手なだけ…。』

「アスカ…。僕と一緒でお母さんの事苦手なのかな。」

シンジにとって、父ゲンドウは別世界の人間であり、 どこか得体の知れない壁の様な物であった。 そして、自分の状況に関係なく災難を降らす人間でしか無かった。 母ユイは、シンジには感覚の様な物でしかない、春先の日向で陽に当たるような感じ。 身体の中から温めてくれる日差しの様な感覚。そのような認識でしかない。

アスカにとって、両親と言うのはどんなものだろうか? そんなこと聞かされた事もなかったし、聞こうとも思わなかった。 これは、アスカの事に限った事ではない。NERVに来るまで、あらゆる他人対して そうだったし、他人の両親について聞いたのはミサトと加持ぐらいだ。 その2人もはっきりとは語ってくれなかった。

「わかんないや。」

そうつぶやいて、思考を止めた。そして、夕食を取ることに専念した。

ご飯を食べ終り、流しに食器を置き水に漬けておく。 ふと振り替えると、ペンペンがタオルを肩に掛けて、 浴室の扉を開けようとしているのが見えた。 それを見てシンジは、ペンペンと一緒に入浴する事にした。 ペンペンの背後に近付く。

「よっと。」

シンジはペンペンを片腕で抱え上げる。

「一緒に入ろうか? ペンペン。」
「クェ。」

カラン。
チャプン。

浴室に音が響く。

「アスカは僕の事どう思っているんだろ?」

湯舟に浸かりながら、漠然と考えてみた。
同級生? 仲間? 家族? それとも…。
僕は一体、アスカをどう見てるんだろ?

シンジの五感にアスカの感触がよぎった。 身体の感触、匂…。

「アスカ・・・。はぁ・・。ふはぁ・・・。」

くぐもった声が浴室に響く。湯船に張られたお湯がチャプチャプと音を立てる。 ペンペンがそれを首を傾げて見つめていた。







翌日。

NERV技術部は朝から緊張に包まれていた。 サードインパクト以降、初めての起動実験である。 コントロールルームにはエミとレイコ、あとオペレータが数人が所定の位置に就いていた。 使用機体は弐号機。いまのNERVにおいて、Evanglionの再配備は最大の急務と言って良い。

「カヲル君、良い?」
「構いませんよ。いつでもはじめて下さい。」

パイロットは渚カヲルである。記録には弐号機とは高シンクロ率を弾き出したとされている為、今回の実験対象となった。もちろん、特記事項として第16使徒と書かれている。 ちなみに第11使徒は通常は報告書で使徒にカウントされない。

「第1回起動実験を始めます。電源投入!」
「電源投入!」

エミが宣言を行い、レイコが復唱をする。こうして、起動シーケンスが行われていく。 部下の緊張をよそにエミは思考の海へ潜っていく。
渚カヲル。報告されている使徒の中では一線を画した存在だ。
人型であり、豊かな感情と知性が在る。
なぜ、使徒達はこのジオフロントに向かって来たのか・・・。
アダムがそこに在ったから・・・。
なぜ、アダムに向かって来たのか?
エミは生物学者の観点から推測してみる。
生物の行動はすべて自己のDNAを保存する為の手段である。
利己的遺伝子の考えではそう説明される。それは、人間の行動であってもだ。
使徒にもDNAの存在が報告されている。それは使徒が生物である事を証明している。
自分で行動するという事は、知能を持っているという事である。
いずれの戦闘においても使徒は危険を省みず本部地下を目指している。
利己的遺伝子の考えでは、自己防衛して自分のDNAを残す以上のメリットが在るはずだ。
自己のDNAのコピーをする。つまり、繁殖の為である。
報告では第3使徒から知能はだんだん人に近づいて来たという・・・。
動物は理性を司る大脳皮質が小くなるにつれ、本能に突き動かされて衝動的に行動する。もちろん、遺伝戦略も同様である。
では、人と変わらない理性を持つと推測される渚カヲルはどのように遺伝戦略を取るのか?
そもそも、使徒に繁殖能力が在るのか・・・。ならば、渚カヲルには・・・。
使徒と人のDNAの差違はわずか0.11%である。
これに相当する交配例は在るか?
ある。いくらでも。
とすれば、使徒と人間も交配できるのか?
ならば人類も使徒と同じ手段で繁殖できるのか?

「伊勢一佐・・・。来ませんね。」

レイコの何気ない一言にエミは我に返った。

「今日は有休とったそうよ・・・。」
「えっ、なにか有ったんですか?」
「フフ。家族サービスでしょ。」

エミが浮かべた苦笑ともつかない表情を、レイコは不思議そうな顔で見つめた。

「起動シーケンス完了しました。次の指示を。」

オペレータの一人が次の指示を仰いだ。

「では、シュミレーション始めて。手順はマニュアルのD-102で。」
「分かりました。」
「それと、シンクロ率とハーモニクスの記録を忘れないで。」

オペレーターが着々を作業をこなしていく。 弐号機の神経接続状況が画面に映し出されている。

「エミさん?」
「なに?」
「D-102って。」
「そうよ、対使徒戦じゃないわ。対通常兵器戦用のシュミレーションよ。伊勢一佐の 要請。」
「エヴァで戦争を?」
「私達には関係ないことだわ。それを決めるのは作戦部。私達に必要なのはデータ。」
「エミさんって、ドライ何ですね。」
「あら、どうして?」
「どうしって…。だってそうじゃないですか? 私達、科学者や技術者は自分たちの出した 結果に責任を持つべきじゃないんでしょうか? それが人を殺めるならなおさら…。」
「理想を持つことはいいことだわ。けど、それはあなたがもう少し上の立場になってから 実行してね。」

エミは、レイコの主張を敢えて踏み込まずさらりと流した。 そして、データが刻々と映し出されるディスプレイを眺めながらつぶやいた。

「さすがね。渚カヲル。いえ、ダブリスというべきかしら…。」







夕方、西の空が赤く染まる。

ラングレー一家の住居は、シンジの住んでいる宿舎の別の棟にあった。 こちらの棟は、高級士官用に作られていて、それなりの大きさである。

食卓には、銀髪の少年が座っていた。 そこへ、ハンナが鍋を持って来た。鍋には、ビーフシチューが湯気とともに 良い香りを放っていた。

「どうだった。テスト。」
「ドイツと変わりはしませんよ。」
「そう。」

食卓にパンとスープが並べ始められる。

「ファーターは?」
「さあ? 忙しい人だから…。」

そう答えると、ハンナは席に着き祈り始める。

「天に召します、われらが主よ…。」

それに構わずにカヲルはシチューをスプーンですくった。

「カヲル。」
「なんです? ムッター?」
「いや何でもないわ…。」
「そうですか。それより、セカンドチルドレンはここに来るんですか?」
「さあ。あの人は手元に置きたがっているみたいだけど。」
「もう少し、正直になったらどうですか?」
「どういうことかしら?」
「ファターがセカンドチルドレンに取られるのが恐いんじゃないのですか?」

ハンナが厳しい光を瞳にともしカヲルを見つめた。

「貴方みたいな、子どもに何が判るの?」
「僕に心の壁は無駄ですよ。」

食卓に重い雰囲気に包まれる。

「だから、代わりに僕を手元に置いている。」

ハンナのスプーンが止まる。

「そうよ。母親なんてそんなものよ。」

親子の会話にしてはやけに生臭い。 しばらくして、食事が再開された。

カヲルは、胸の中でつぶやいた。

「シンジ君、どうして君はこんな世界を元に戻したんだい?」




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ver.-1.00 1998+12/29 公開
感想・質問・誤字情報などは こちら まで!


どうもお久しぶりです。伊勢でございます。
なぜか、秋以降、全ての生活においてモチベーションが下がっていて ようやく続きをお届けできました。
この間、メールを幾通か戴き、更に先日久しぶりにメゾンに来ると名前が色付きに なっているとはびっくりかつ大変励みになりました。

次回は「葛城ミサト〜」が新年一発目になるでしょうか?
では皆さん良いお年を





 伊勢さんの『人として生きる事』第拾壱話、公開です。





 いろんな家が出てきて


 一人の家、
 上手くいっている風の家、
 形だけの、


 それぞれだな、、



 やっぱり、家は、休まるところであって欲しいよね。

 重い重いんだから、外は



 どっちへ行くんだろう

 子供達も大人達も。



 




 さあ、訪問者のみなさん。
 1998年に滑り込みっ 伊勢さんに感想メールを送りましょう!





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