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人として生きる事

第七話

照らし出されるモノ



旧第三新東京市郊外。日本政府との調停が発行されて約一ヶ月、条項によりかつて 第三新東京市だった場所は、日本政府から手を離れ国連直轄地となり、NERV司令の 冬月が行政官の長となり運営していく事になる。もちろん、冬月の下には国連行政官や 各国の専門家が配属され、冬月を支える事となる。この結果に、利権をむさぼる政治家 は腸が煮え返る思いをし、また、その秘書達は胃に穴が空く原因の一つが加わる事 となる。

さて、この第三新東京市は先の零号機自爆と戦略自衛隊侵攻によるN2兵器の使用によりほとんどの建物がこの世から無くなっている。箱根湯元の温泉街は、かろうじて残った町の一部である。 だが先の条項により住民の土地・建物は強制徴収され、また観光地としての価値が 無くなった以上、変わりに個人としては多すぎる補償金を渡され、住民からの 抵抗はなかった。『もうあのような厄災の土地からは離れたい。』と言うのが本音か もしれない。その場所に、どこか別荘のような近代風の建物があった。 その前には、大きなトラックが一台と待っている。その、トラックには何処かしらの 運送業者のロゴが描かれている。結構広い庭では、その運送業者の職員達がこの家の 住人になるらしい少女の指示を受けていた。

「えっと、このタンスは私の部屋に。これは、奥の書斎にお願いします。 それで、えっと・・・。」

少女は、少し茶色がかったショートヘアーを揺らし、鳶色の瞳を輝かせながら、 指示を出していた。

ブル〜ン。ブルブル〜ン。

門のほうから、バイクのエンジン音が聞こえくる。

「あっ、ごめんなさい! ちょっと待っててください!」

そう、業者の人に言うと、白いワンピースを着たスレンダーな体が、 小鳥が飛ぶように駆け出す。だが、足元が少し絡まり走りにくそうである。

門を飛び出すと、そこにGパンに紫のライダージャケットをきて、 少し大き目のオフロードバイクに跨っている男性がいた。 タンクにはXRのシートの後ろの方には400Rの文字が書かれている。

「げっ、ヤバイ!」

アクセルを吹かし、クラッチを繋いで発進しようとする。

「すまん、後は頼んだで!」

そう言い残し、バイクは瞬く間に小さくなっていく、

「アアン。もう、お父さんのばか!」

しかし、後悔してる暇はない。この家族には、もう一人問題児がいる。 今度は、ガレージに向かって走り出す。 ガレージには、これまたネイキッドのバイクに跨った青年が今にも エンジンを駆けようとしていた。バイクのタンクには馬のエンブレムがついている。

「だめ、お兄ちゃん!」
「あっ、マナ!」

青年は急いで、キーを回し、セルを回す。 その様子をみて、マナと呼ばれた少女は青年に駆け寄り右腕を掴む。

「放せ、マナ!」
「だめ、お兄ちゃん! もうぅ、お父さんといい、家の片付けしないで何処へくのよ!」
「なにぃ、親父はもう出ていったのか?!」
「そうよ。まったくもう!」
「とりあえず、見逃してくれよぉ。」
「だめ、片付け終わってから。」

そういうとマナは、バイクのキーを抜き取ってしまった。 今まで、ガレージに響いていた四気筒エンジンの音が途切れる。

「ああぁ! こらマナ返せ!」
「だめ!」

マナは一歩下がり、手をワンピースの襟元に突っ込み、キーをブラジャーの 中に入れる。

「ナンというところにぃぃ!」
「へへん〜だ!」
「そんな処に、入れると襲うぞ。」
「ふん〜だ! そんな事すると、お父さんに言いつけちゃうも〜んだ。」
「関係あるか!」

その時、ガレージ入り口から業者の声が聞こえた。

「伊勢さ〜ん。次の指示を。」
「はいはーい。」

そう答え、マナは出口に向かって翔けていく。

「お兄ちゃん! 返して欲しかったら、さっさと片付けすることね。」

その、マナが出ていく後ろ姿に、渋々その青年は付いていくことにした。




第三新東京市はジオフロントと名称が改められ、新たな開発が進められる事になった。 かつて、第三新東京市の裏の顔出会った場所は、表の顔を引き剥がされ、 外輪山を囲む形に絶壁の下にある。まるで、摩周湖の水を抜き底に、都市を建設しているように見える。その中心に、NERVがある。

まず、公共インフラの整備から行われ、道路、ライフラインさらに赴任者用の住居区やその子息のための学校等が急ピッチで立てられる事になった。その際に冬月の指示により中学校の建設が優先されている。また同時に、NERV関係者の孤児達も集められている。 特に2年A組の生徒達が優先順位として高かった。

さらに、自衛隊、国連軍の人事交換、部隊再編成の一環として一個旅団がジオフロントに駐屯する事になり、続々と戦車や装甲車などの特殊車両が流れ込んでいた。 ジオフロントは、使徒迎撃要塞都市から新たなる変貌を遂げようとしていた。






キン、コーン、カン、コーン。
昼休みのチャイムが鳴った。
僕は疲れていた。
アスカの看病に付きっ切りだった。
ネルフに用意された誰も居ない宿舎と友達あまり居ない学校。
学校で表面的な会話をし、病院でアスカに罵られる毎日。
あの頃は楽しかった。家に帰ればミサトさんがいて、ペンペンが居て、アスカが居て。
学校には、トウジが居て、ケンスケが居て、委員長が居て。
アスカは、まだ僕を拒絶する、憎んでいる。
多分、これからもそうかもしれない。
とにかく疲れた。
カバンから、弁当箱を取り出す。
僕の周りには、誰も居ない。教室には、人が居るのにやけに一人である事を意識させられた。
誰も居ないところに行きたい。
そう思うと、自然と足が屋上に向かった。

屋上に続くドアを開ける。
そこには、一人制服をきている少年がいた。
僕は、その少年に何か感じたが、無視する事にした。
無性に、一人に成りたかった。

しかし、少年はこっちを向くと声を掛けて来た。

「ナンヤ、センセィやないか。」

トウジだった。

「トウジ・・・。」

なぜか、目の前が曇った。気づいたら、泣いていた。
初めて、『帰ってきた』。
そんな気がした。

「センセイ。何泣いてるんや。メソメソすんな。男はそう泣いたらあかん。」

シャツで涙を拭った。

「トウジ、制服きてるから判んなかったよ。」
「ナンヤそれ。ワシが制服着とらんみたいな言い方すんな。」
「だって、そうじゃないか。」
「心外なやっちゃのう。」

そこで、僕たちは笑った。初めて、心の底から笑ったような気がした。

「ごめん・・・。」
「ナンヤ、シンジ。」
「僕は・・・。僕は・・・。」
「シンジはワシになんか謝るような事したんか?」
「だって、僕はトウジを傷つけた。恐い目に合わせた。うぅぅ。」

そういうと、シンジはトウジの膝元に崩れる。

「しゃあない事や。シンジのせいやない。ワシが足を無くしたんは使徒のせいや。」
「けど・・・。僕がもっとしっかりしてれば・・・。」
「けども糞もない。閉じ込められたも、シンジのせいやない。」
「けど。けど!」

僕は、激しく首を横に振った。

「もう謝るな。 これ以上、そんな事してんと、パチキかますぞ!」

そう言って、トウジは僕の脇に手を入れて体を引き起こしてくれた。

「もう、くよくよすんなぁ。 男らしゅうないでぇ。」

トウジは、しっかりと僕の眼を見つめる。

「うん。解ったよトウジ。」

トウジは、首を縦に振る。

「そや、それでこそ男や! それでこそ、惣流も惚れ直すちゅうもんや。」
「えっ? 何言ってんだよ。 トウジ・・・・・。」
「事情は、冬月さんから聞いた。」

僕は、少し俯いたのかもしれない。

「なんや、シンジぃ。 また、ふさぎ込んでぇ。」
「・・・・・。」
「シンジ。きっと、惣流におまえの気持ちは伝わる。 わしはそう信じとる!」
「でも、アスカは・・・・・。」
「あんだけ、仲良かったシンジと惣流やないか。 きっと、惣流は理解してれる。」

トウジは、肩を掴んで言ってくれた。

キン、コーン、カーン、コーン。
予鈴が鳴る。

「シンジ、すまんかったな。昼飯の邪魔してもうて。」
「いいんだよ、トウジ。 僕はすごく嬉しかったから。」
「ほな、今日はこれで帰るわ。」

そう言って、トウジはここから帰ろうとしたが、僕はここである事に気づいた。

「トウジ、足は?」
「フフン。シンジ、いい事教えたる。」

そういうと、トウジはズボンを降ろし始める。

「なっ? 何するんだよ、トウジ!」
「いいから黙っとけや。」

そう言って、トウジは完全にズボンを降ろした。
そこには、ないはずの左足があった。

「トウジ。足が?」

トウジは、カチャカチャとズボンを上げ始めた。

「そや、シンジ。 もし、シンジがあの出来事に関係してるんやったら、シンジはわしの足を直してくれた事になる。今はそれで十分やないか。」
「・・・・・。」
「いいかシンジ。シンジは自分が思うほど悪い事はしとらん。聞けば、世界には、わしみたいなんが、ぎょうさんいるらしいで。それが、本当ならシンジはそんな人らの恩人や。すくなくとも、わしと妹はそうや。ほなな。」

トウジは別れ際、振り向こうしたとき一度僕の顔を見た。

「シンジ、EVAにはお前の・・・・。」

トウジはそこまで言って、口をふさいだ。

「何でもない。気にすんな。ほなな。」

そういって、トウジは屋上から降りていった。




冬月とマヤは、弐号機のゲージの前に立っていた。 弐号機は、外部の装甲が剥がれEvangelion本来のグロテスクな姿で、 L.C.Lに浸かっている。

「ドイツ支部の方から補充パーツの第一陣が到着するのは、一週間後です。」
「うむ。それで、例の件だが・・・・。」
「とりあえず、アスカの状態を見ながらですが・・・・。」
「しかし、報告書を見る限りではあまり良い方向に向かっていない様に見えるが。」

冬月が報告書のグラフを見る限りでは、アスカの覚醒時間は下降する一方だった。

「ですが、シンジ君の献身的な努力が・・・・。」
「それは理解しているが、客観的な事実がアスカ君の状態悪化を告げているが。」
「でも、EVAからの強制シンクロなんて精神汚染と紙一重じゃないですかぁ。」

マヤは少し声のトーンを上げた。

「理論上は可能だ。それに関する式の第3項以降の収束条件を見ただろう。」
「しかし、この条件を満たすには・・・・。」

そういって、マヤは自分の持っているファイルファインダーを開き該当ページを捲る。 冬月は弐号機に向かったまま、それを片目で見た。

「大丈夫だよ。MAGIの演算能力を使えば満たす事が出来る。」
「実験例がないのに、いきなり臨床まがいの事をするのですか。」
「アスカ君が衰弱死するのを何もせずに見ていくのはできまい。」
「この式の妥当性がさらに条件付きではありませんか。」

第3者の検討必要と考え、冬月は次のような提案を言った。

「はぁ、仕方あるまい。MAGIの審議に掛けるか。」
「こんな、人の心に関する部分をコンピュータに任せるなんて・・・・・。」

マヤにの顔が少し曇る。 冬月はマヤの予想外の反応に少し驚いた。つい先日まで、赤木リツコの一番弟子として、科学万能と考えていた子だ。

「君らしくない・・・・、答えだな。」

冬月は、率直な感想を述べた。

「あれから、私はもう科学にも、自分のやって来た事にも自信が持てなくなりましたから。」

マヤは一瞬暗い顔をした。

「そうか・・・・。とりあえず、この件は私のほうでMAGIに掛けておく。」

冬月はその顔を複雑な表情で見ながら告げた。




学校が半日が終わる。学校が始まったとは言え、まだサードインパクトの影響が出つづけている。教諭の数が足りないのも、影響の一つである。しかしながら、ここジオフロントが日本政府の手を離れたと言う特殊事情もある。シンジは、かつてミサトと第三新東京市を眺めた公園に来ていた。前の戦略自衛隊侵攻の際に、落とされたN2爆弾のために公園のベンチや双眼鏡などは、原形を止めていなかったが。 見たトウジとの再開を果たした後、なぜかここに来たくなった。 シンジはミサトに助けを求めた。 しかし、シンジ自身はそれをここにくるまでは気づかなかった。

「そうやって、人の顔色ばかりうかがっているからよ。」
「それでも、前に進んできたような気がするわ。」
「大人のキスよ。帰ったら続きをしましょ。」

かつてのミサトとの記憶がシンジの頭を駆け巡る。

「ミサトさん、どうやったらアスカは分かってくれるんでしょうか?」

無意識のうちに、ミサトの形見の十字架のペンダントを弄り回す。

「ミサトさん。人の顔ばかりうかがっていると言いましたね。けど、どうしたら、人の気持ちが分かるんですか?」

けど、答えてはくれない。

「加持さん。彼の岸の女とかいて、彼女とかくと言いました。けど・・・・。」

やはり、答えてくれない。

「もう、誰か助けて。」

シンジは、声にならない声を唇から漏らした。その言葉をシンジは心の中で否定した。

「また、人に頼ってる。アスカに馬鹿にされちゃうな。けど、誰か教えてくれる人が、 導いてくれる人がいたら・・・・・・。」

トウジが戻ってきても、完全に孤独感は癒えなかった。やはり、15歳とは言えまだ子供、どこか支えてくれる人が欲しかった。そう家族、そして帰る家が・・・・・。

ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

シンジの耳にバイクの音が聞こえた。

「行こう。アスカのところへ。今日こそは、分かってくれるかもしれない。」

そう思い公園を立ち去ろうとした。 振り向くと、シンジの目に紫のバイクジャケットを着た男が入る。 シンジは、それにごく普通にすれ違おうとする。

「どうしたんや。」
「えっ!」

シンジは声を掛けられ思わず、男のほうに振り返る。 そこには、縁なし眼鏡を掛けた男の顔があった。 その顔は、なぜかにやけていて、シンジに加持リョウジを思い起こさせた。

「なんか、今にも『自殺します。』ちゅうよな顔してんな。どや、相談にのるで。」

そういって、男はシンジの手を取り引っ張っていく。

「ちょっ! ちょっと!」
「なんや、なんや。男は遠慮するもんやない。」

男はジオフロントが見渡せるところまで、シンジを引っ張っていった。

「いい眺めやな。ここで、何思いつめとったんや?」
「・・・・・・。」

シンジは他人と生きたいと思っていても、やはり、赤の他人と話すのは躊躇われた。 一番近かったアスカでさえ、あの調子だ。マヤが優しくしてくれるとはいえ、 まだ完全に心を開いていない。眼下には、絶壁の下に都市が有り、中央にNERV本部の ピラミッドが有る。

「なんや、だまっとても何もわからんで。なんや、彼女の事か?」
「・・・・・・。」
「どや、違うか? 別に恥ずかしい事やないで、健全な男の子が女の子の事を知りたいちゅうのは普通の事でっせ。」

そういって、男はシンジの顔を覗き込む。

「いかんな。元がいいのに、そんな顔をしてたらもてるもんももてんで。」
「・・・・・・。」

シンジは、困惑していた。

『なぜ、この人は僕の事をこんなに気に掛けるのだろう。赤の他人なのに。 ミサトさんだって、NERVで作戦部部長でなかったら僕の事を気に掛けてくれなかったはずだ・・・・・・。アスカだって・・・・・。』

迷路のような問いが頭を巡る。

「う〜ん。いかんな。いいか、彼女の事を知りたかったら、いや違うな。」

男は首を傾げて考える。すると、別の言葉を思い付いたようだ。

「彼女に自分の事を好きになって欲しいなら、分かって欲しいなら、自分の事を話す事や。ありのままにや。」
「えっ。」
「おっ。こっち向いた。 やっぱり好きな娘の事か。」
「違いますよ。」

シンジは苦笑する。シンジの目の前のには無邪気な子供のような男の顔がある。

「まあええ。自分が傷つくのを怖がっていてはいかん。それでは、誰も 自分の事を好きになってくれへん。」
「・・・・・・・。」
「傷つけられても、悪意が無いなら、笑って許せばいい。傷つけたら、 真心を込めて謝る。本当の事を話してこそ、人は自分の事を好いてくれる。」
「傷つけた本人でもですか・・・・。」

すこし、苦しそうな顔をしながらシンジは聞いてみた。

「傷ついた心は、傷つけた者にしか癒す事ができないよ。」

遠くの山並みを見つめながら、男は答えた。 二人の間にしばしの沈黙が訪れる。

「そろそろ、行かんといかんな。」

そういって、男は掴んでいた柵から手を放し、パンパンと手を叩いた。

「また。会えますか?」

シンジは、男の顔を真っ直ぐ見て言う。

「君が会いたいと思うなら。」

そういって、男は吹き出した。

「ハッハッハハ!!」

それを見たシンジは困惑した顔をする。

「すまん。すまん。こんな臭い台詞やっぱり俺には似合わんわ。けどや、多分さっき言った事は、俺の本心や。」

男はにやけた顔をして、シンジに背を向け歩いていく。 シンジは、少し光が見えたような気がした。そして、『ミサトさんと加持さんが導いてくれたのかもしれない。』とミサトの十字のペンダントを見ながら感謝した。




紫のバイクジャケットとGパンといういでたちの男が司令室の机の後ろに座っている冬月の前に立っていた。

「伊勢カズアキ二佐、ただいま、到着しました。」
「うむ、ご苦労様。ではこれから、辞令を渡す。」
「はっ!」

伊勢は冬月に向かって敬礼をする。

「伊勢二佐。本日3時を持って一佐に昇進。戦略戦術作戦部部長に任ずる。」
「はっ! 了解しました。」

伊勢は冬月に向かい再度敬礼をした。 そして、一連の儀式が終わり伊勢は敬礼したまま顔を崩した。

「お久しぶりです。冬月先生。」
「最後に会ったのはいつだったかな。伊勢君。」
「私が日本に戻って来たときにお会いして以来ですよ。」
「確かそうだったかな。それで、早速だが君に頼みがあるんだがな。」
「何でしょうか、先生?」

冬月は伊勢が先生と呼ぶ事に苦笑した。

「辞めてくれんかね、伊勢君。先生と呼ぶのは・・・・。」
「どうしてです?」
「まあ、人前では司令にしてくれんか?」
「それくらいの分別ぐらいつけますよ。先生、それで頼みとは・・・・。」

それを聞くと、冬月は机から書類を取り出す。

「この子を預かってもらいたい・・・・・。」
「はあ。」

伊勢は書類を受け取りめくる。そこには、先ほど公園でであった少年の顔であった。
あっちゃ〜〜〜〜!!
伊勢は思わず右手で額を押さえる。

「どうしたのかね?」
「いや。その・・・・・。」

冬月は小首を傾げる。そこで、思い出したように言った。

「先ほどシンジ君に接触した事は報告として受け取っているよ。」
「はぁ。そうでっか。」
「しかし、君はシンジ君の顔を知らなかったのかね?」
「はあ、実は日本に帰ってきてから閑職にまわされまして、情報の島流し状態でして。」
「MAGIへのハッキングやあの時の停電には君が関わっていると思っていたのだがね。」
「作戦案を提出しただけです。採用されたかどうか・・・・・。まあ、仕事をしないでお金を貰えるのに超した事は無いですし・・・。」
「ハッハッハッ!! 君らしい。」

伊勢は先ほどの公園に有った複数の視線を感じていたが、自分に対する視線であり かつNERVの監視員とは思いもしなかった。冬月は何か含んだ笑顔でさらに伊勢に迫った。

「さて、君しか適任者はいないと思うのだが。心理学の知識といい、家族を持っている事といい。」
「本当の家族ではありませんが。」
「だからこそだよ。」

伊勢は縁なし眼鏡をクイッと右手で押し上げた。目は閉じられている。 冬月は口の前で両手を組んで見上げるように伊勢を見ていた。

「考えさせていた頂きましょう。家族とも相談したいですし・・・・・。」
「うむ。解った。回答は・・・・。」
「明後日にでも。」

それを冬月は無言で頷くと、手元の受話器を取り上げた。

「もしもし、日向君をこちらへ。」

その姿を伊勢は無言で見下ろしていた。 冬月は受話器を下ろし、伊勢を見上げた。

「タカシ君は元気かね?」
「ええ。もう、親離れをしていますよ。なんせ、家に帰ってきません。」
「そうかね。さみしくないかね。」
「いえ。娘が・・・・。」
冬月は驚く、記憶では養子の男の子がいるだけだった筈だ。 その様子を察したように伊勢は言葉を投げた。

「また、書類を提出しますよ。給料に響きますから。もちろん、扶養者手当てはつきますよね?」

そう、伊勢は人を食った笑顔で答えた。 そこで、冬月の手元のブザーが鳴った。

「日向です。」
「入りたまえ。」

プシュー。

エアが抜ける音がしてドアが開かれる。

「失礼します。」

マコトが敬礼を施し入室する。 伊勢が一歩退き、脇に下がる。伊勢が立っていた場所にマコトが立った。 「何か、御用でしょうか?」

マコトが伊勢をちらりと見ながら、冬月に問う。

「日向君。紹介しておく、今度君の上司に成る伊勢カズアキ一佐だ。」

それを言い終えるかどうかの内に、伊勢は右手を差し出した。

「伊勢カズアキや。よろしゅうたのむ。」

そのいきなりの関西弁にマコトはあっけに取られながら、右手を出し 握手を交わした。その冬月はマコトの表情に苦笑した。

「日向君、伊勢君を案内してくれないか?」




「こちらです。」

マコトは、新しく修復された中央司令室に案内した。 現在、司令室ではMAGIとの接続設定が行われていた。技師やオペレータ達が、端末や分厚いマニュアルを片手に配線や端末設定に追われていた。中央には、MAGIの情報が3Dディスプレイに浮かび上がっている。伊勢が案内されたところは、司令席の下のオペレータ席であった。中央にマヤが、向かって左手にシゲルがコンソールに向かっていた。 マコトの声に反応し、二人のオペレータは声の方に向く。

「紹介するよ。今度、作戦部長に就く、伊勢カズアキ一佐だよ。」

二人のオペレータは、立ち上がり敬礼をする。

「はじめまして、青葉シゲル二尉です。」
「はじめまして、伊吹マヤ二尉です。」
「これから、よろしゅう。伊勢カズアキや。」

そういって、伊勢は2人に右手を差し出す。 それを受けて、二人を握手を交わした。 挨拶が終わり、二人は席に戻った。

「何の作業をしてるんや?」

伊勢はマコトに向かって尋ねた。

「MAGIの設定作業中でして。あっ、MAGIって言うのは・・・。」
「いや知っている。」

伊勢はマコトの言葉を止め、コンソールで格闘しているマヤの方に 向かいコンソールを覗き込んだ。マヤは人差し指を口元に当てて、考えている。

「ふ〜ん。」

その声に驚いてマヤが首を後ろに向ける。

「なっ、何ですか。伊勢一佐?」
「ここは、このプロシージャを使うんや。」
「えっ。」

マヤは目を見開く。自分と赤木先輩以外にこのソケットの部分を把握している人がいるとは思わなかったからだ。

「なんや、その顔は?」
明らかに、不満そうな顔を伊勢がマヤ向ける。

「いやっ。その。あの。」

その顔を楽しむようにマヤの顔を覗き込んだ。

「ハッハッハッ! そんな顔しなくてもいいよ。理由は、そのマニュアルの最後をみてみ。」

そう言われて、マニュアルをめくる。そこには、伊勢の名前が載っている。

「そのソケットの特許は俺が持っているんや。代わってや。」

そういわれ、マヤが席を退く。伊勢が替わりにキーボードに向かう。 オペレータの3人は感嘆を上げた。 赤木リツコにも劣らない華麗なキータッチだ。画面の文字が瞬く間に上に上がっていく。

「まっ。こんなもんやろ。」

にんまりした顔を伊勢は3人に向けた。 並んだ3人の中からマコトが一歩前に出る。

「弟子にしてください!!」

マコトは真摯な眼差しで伊勢にいった。




シンジはいつもの様に、アスカの病室の扉を開けた。

「アスカ。入るよ。」

シンジは、ゆっくりと音を立てない様に病室に入った。ベットには、茜色の髪の少女が横たわっている。シンジの目には、心なしか髪の艶は薄くなっていき、頬もこけていくように映っている。シンジは今日、花を持って来た。ユリの花だ。それを、戸棚の上の花瓶に挿しながら、アスカに話し掛ける。

「今日トウジが戻って来たんだ。」

花瓶に刺した花の向きを整えながら、話しを続けた。

「もうすぐ、みんな戻ってくると思うんだ。ケンスケも、アスカが好きなイインチョも・・・・。」

花瓶に花を刺し終えると、シンジはベットの横にある、丸いすに座る。

「だから、早くアスカも戻ってきてよ。きっと楽しいと思うんだ。何も、アスカを傷付ける人はいないんだよ。」

トントン。

ドアがノックされた。

「あっ、どうぞ。」

シンジは、その音に答えた。

「失礼します。」

ペコリと頭を下げて、看護婦が入ってきた。 いつもの担当の年配の看護婦さんだった。名札には宮沢と印字されている。

「今日も来てたのね。こんな誠実な彼氏がいてアスカちゃんも幸せね。」
「何言ってるんですか。いつも。そんな良いものじゃないですよ。」

この看護婦さん、いつもこんな事言ってくるよ。
シンジは、苦笑した。それを見ながら、宮沢はアスカに近寄っていった。 シンジは邪魔にならない様に丸い椅子から立ちあがり、少しベットから立ちあがった。

「照れない、照れない。」

宮沢は笑顔で受けて、アスカの左手を掴み、点滴の管を抜き取っていく。ベテランらしいなれた手つきだ。

「シンジ君みたいに、優しくて男の子、今の世の中なかなかいないわよ。」

シンジはそのようにいわれ、複雑な表情を浮かべた。恥ずかしいような、情けないような表情だ。

「いっ、いいえ。僕はそんな・・・・。」
「謙遜しなくても良いの。」

新しく点滴の液をセットし、チューブを腕に差し込む時点で、宮沢は眉をひそめた。 右腕には、針の差し後だらけで白い肌に茶色の点だらけである。
後が残らないかしら?
そう思いながら、まだ跡が残っていない場所に器用に針を刺した。

「アスカ・・・・・・・。アスカ、大丈夫なんですか?」
「どうして?」
「だって、なんか、段々顔色悪くなっていっているような感じがしますし・・・・。」

ふと感じていた、不安をシンジは漏らした。その言葉を聞き、宮沢はシンジに相対する

「大丈夫よ。シンジ君、あなたがそんな事考えてちゃ駄目でしょ。」

シンジを包み込むような雰囲気で、宮沢は微笑んで答えた。 そして、繰り返して言う。

「大丈夫よ。 あなたが信じてあげなくてどうするの? あなたのやっている事は必ず報われるわ。 やって来た事がアスカちゃんが戻って来たとき、彼女を支える糧となるわ。」
「でも、アスカは僕を・・・・・。」

それに宮沢はゆっくりと首を横に振って否定した。

「シンジ君がこんなに尽くしいるんですもの、きっと許してくれるわ。」

シンジは少し俯き加減だった、顔を上げる。

「よし! これから愛しのお姫様に愛の囁きをしなくちゃイケナイからねぇ。この王子様は!!」
「なっ、何いってるんですか!」

すこし顔を紅潮させながら、シンジは、トーンを上げた口調でいう。

「照れない。照れない。」

そう言いって、白衣の天使ならぬ白衣のからかいおばさんは部屋から出ていった。 シンジは再びベットの丸椅子に座る。

「そうだ、アスカ。今日、変わった人に会ったんだ。」

シンジはアスカの右手を両手で優しく握り締めた。どんだけアスカに拒絶されてもこの行為だけは続けていた。

「変わった人って言うのも変かな。なんか、ミサトさんと加持さんの匂いがする人だった。」

アスカの姿をシンジは穏やかな眼で見つめる。

「なんか、あの人とはまた会えるような気がする。その時は紹介するよ。たぶん、アスカも気に入ってくれると思うから・・・・。」




夕暮れ。もう日が沈みかけ山の稜線が際立ち、空が真っ赤に染まっている。 伊勢は、新しい住居のガレージにバイクを入れる。ガレージには、後、オフロードのバイクが二台と青いインプレッサが止まっている。

「タカシは出ていったか。」

止まっていない、もう一台のバイクを確認して、伊勢はそう呟く。 ヘルメットを右手に持ち、家の玄関に向かう。

ガチャ。

その、打ちっぱなしのコンクリートで立てられた家のアルミで作られたような玄関のドアを開ける。そこには、ダークブラウンの髪でショートカット、鳶色の瞳をした少女が頬を膨らませて立っていた。どうやら、バイクの音で気づいたようである。

「お父さん!! どこいってたの!!」

その少女はいきなり伊勢に怒鳴りかける。

「なっ! なんや、マナ、いきなりそれかい!」

玄関に腰を下ろした伊勢は、自分がマナといった少女から頭を両手でかばう様にしていった。

「何いってのよ! お父さんいなくて大変だったんだからね!」

そのマナのかわいい唇から機関銃のように言葉が出てくる。

「タカシはどうしたんや?」
「お兄ちゃんならどっか行ちゃったわよ。それでも、手伝いしてくれるだけましね。それより、何処行ってたの!?」

伊勢は話しをずらそうとしたが、マナに見抜かれる。

「仕事や仕事。それより、飯は?」
「無いわよ。」
「なんでや。」
「お父さん、ここ不便よ。だって、周り、な〜んにも無いんですもの。私だって、おなかペコペコだもの。」

言われてみれば、その通りである。立地条件や現在の状況を考えても当然の事かもしれない。

「そや、マナ。何食いたい。」

伊勢は今度は夕食で話しをずらそうと、マナを誘惑した。マナは、人差し指を口元に当てて、しばらく考えると、

「イタリア料理!! お店は新横浜のピアッティー! 今日の私へのおこずかいね。」

マナは、子悪魔の笑みを浮かべて答える。
しもた!!
伊勢はその表情を見て、財布の一万円札が飛んでいく絵が頭に浮かぶ。 家庭と言う戦場ではいつもマナに敗退する伊勢であった。




「伊吹君、あの件の審議の結果、賛成1、条件付き賛成1、反対1だったよ。」

ゲージでの会話から3日後、マヤは冬月に中央司令室で告げられた。

「それで、司令の考えは?」

少し憮然とした表情でマヤはだずねた。それに、眉をひそめながら冬月は答えた。

「私は、実行するべきだと思っている。セカンドチルドレンの覚醒時間が、ほぼゼロになりかけている。シンジ君からの接触による刺激が功を成さなくなっている。」

それを聞きマヤは、下唇を少し噛む。マヤは自分の無力さよりも、自分の実力の無さに、悔しい思いをした。常に優秀な成績を収めて来た、マヤがはじめて一人で立ち向かった壁。それは、あまりにも高かった。数呼吸ぐらいの比較的長い間が二人の間に横たわる。

「仕方ありません。これから、準備をはじめます。」

すこし、声のトーンを落とし、マヤは答えた。 冬月は、マヤの方を観ずに黙ってそれに肯いた。




「アスカ、入るよ。」

シンジはいつものように、アスカの病室の扉を開けた。今日は右手にチェロケースを持って来ていた。チェロケースを壁に立てかけ、ケースを開けてチェロを取り出す。

「アスカ。たまには音楽聞きたいだろうと思って。」

シンジは丸いすをベットから少し放す。アスカが一時的に目覚めてから一ヶ月、目覚めの時間は少しずつ少しずつ短くなり、今ではほとんど眼を覚まさない。 シンジはチェロを片手に丸椅子に座り、体にチェロを立てかけ構えた。 シンジは弦を引き始める。チェロから漏れ出すメロディー。 それは、唯一アスカがシンジに向かって正面を向かって誉めた事、「J.S.バッハ、無伴奏チェロ組曲 第一番ト長調」を奏でる事であった。ヴィオリンのような、華やかで女性的な音ではなく、すべてを包み込むような染み渡る男性的な音。 それは、シンジのアスカに対する気持ちをメロディーにした物かもしれない。 優しく包み込むようでどこか切ない、そんな気持ちがメロディーになってチェロから流れていた。 シンジは眼を瞑り、気持ちのすべてを音に変えようとする。現代的な速いテンポではなく、ゆったりしたテンポで奏でられた曲は、約20分程度で終わる。 シンジはゆっくりと目を開け、アスカを見つめる。

「どうだったアスカ?」

少し明るい表情をして、シンジがアスカに尋ねた。ベットの上のアスカは、顔を天井に向けたままだ。シンジには、心なしかアスカが微笑んでいるように見えた。

「満足してくれた。結構良い出来だったと思うんだ。」

チェロを体に立てかけて、少し満足げに言った。

「今日は、まだ続きが有るんだ。」

そういって、シンジは再びチェロを構え始める。

トントン。

ドアをノックする音が聞こえる。

「どうぞ。」
「シンジ君?」

ドアを開けて入って来たのは、マヤであった。マヤはシンジがチェロを構えている事に少し驚いた。

「シンジ君、チェロ引けたんだ。」
「ええ。少しだけですけど。」

シンジは、少し誇らしげに答えた。シンジのその様子を見て、マヤは少し気分が晴れる。
久しぶりにシンジ君の笑顔を見たわ。けど・・・・。』
しかし、これから笑顔を崩すような事を言わなくてはいけない。そう考え少し気が重たくなったが、それを少しでも先に延ばそうとした。

「アスカの様子どう?」

自分でも馬鹿げた質問だと思う、目の前の事実が全てだからだ。

「良いみたいですよ。さっき笑ってくれましたから。」
「そう・・・・。」

そう聞いて、マヤはアスカをじっと見てみた。マヤには普段と変わらない、いや、また少し痩せているように見えた。だからかは知らないが、マヤはシンジを不思議な感じで見た。

「どうして、今日はチェロを?」
「アスカが・・・、アスカが唯一僕を誉めてくれた事ですから・・・・。」
「そうなの・・・・。」

マヤの目には、シンジが少し寂しそうな顔しているように見えた。

「シンジ君、今日これから空いてる?」

マヤは、なるべく明るく勤め、シンジに尋ねた。

「はい。でも・・・・。」
「でも?」
「もう少し、時間良いですか? アスカにも一曲聞かせてあげたいんです。」

シンジはアスカとチェロを交互に見ながら、マヤに尋ねた。

「ええ、もちろん良いわよ。私もシンジ君のチェロ聞いてみたいし。」

マヤは、弟を観るような微笑みで答えた。それを観て、シンジは少し顔を赤くしながらチェロを構え始めた。目を閉じ、神経を統一し始める。シンジの体全体がゆっくりと動き始めた。先ほどとは違う、少し明るめのアルトがゆったりと歌っているようなメロディー。グノーがJ.S.バッハの「平均律クラビィーア曲集 第一巻第一曲」を編曲したアヴェ・マリア、その声楽部分をチェロが変わって、夢を見るような旋律を奏でる。 病室はそのメロディーに包まれ、マヤはしばしの間、その雰囲気に身を委ねた。




シンジとマヤは、NERV本部の士官食堂にその身を移していた。 もう、日が落ちかけていた事もあって、マヤはシンジと夕食を共にする事にした。 4人掛けのテーブルに向き合って座る。

「シンジ君、何を頼むの?」

頬杖を突きながら、マヤはシンジに尋ねた。 メニューを見ながら、シンジは少し考え、

「カレーで良いです。」

と、いかにも遠慮がちに言う。 その様子に、マヤは苦笑しながら、シンジに言う。

「遠慮しなくても良いのよ。」
「いえいえ、遠慮なんて。」

シンジは、両手を横に振って否定した。こんな所が、シンジにシンジたる所かもしれない。 その様子に、今度はマヤは微笑みながら、

「そう。なら良いんだけど。」

そういって、ウエイターをよび、

「カレーライスと和定食、それと食後にコーヒーをおねがいします。」

と、注文した。 マヤは向き直り、シンジに話し掛けた。

「どう、学校は? 楽しい?」
「ええ、トウジも戻ってきましたし・・・・。」

マヤは、あえて学校の話題を振った。いままで、この手の話しをしても、暗くなる一方だったシンジだったが、シンジの嬉しそうな顔を見て、マヤは心が軽くなった。

「もうすぐ、相田君や洞木さんが戻ってくる予定だから。」
「えっ、本当ですか・・・・。」

さらに、嬉しそうな顔をするシンジ。 それに答えるかのようにマヤは微笑んだ。

「フフ、なんか嬉しそうね。」
「そりゃ・・・・。」

シンジははにかんだ笑顔を見せる。

「アスカも早く戻ってくれるといいんですが・・・・。」

その言葉に、マヤは少し辛い表情を見せた。

「どうしたんですか? マヤさん?」

シンジが小首を傾げて、マヤに尋ねた。 それに、慌てたように片手を振って否定した。

「何でもないわ。」
「そうですか。何か、マヤさん疲れているみたいだし・・・・・。」
「ごめんなさいね、シンジ君。 心配させちゃって・・・・・・。」
「僕には、それしか出来ませんし・・・・。」

シンジは、少し無念な表情をした。

「そんな事、気にしないの。その気持ちだけで十分よ。」

マヤは、シンジを安心させるような笑みを浮かべた。そのとき、テーブルに人影が指した。

「カレーライスの方・・・。」

ウエイターが尋ねると、マヤは手のひらでシンジを指した。




二人とも、注文したものを食べ終わり、目の前にはコーヒーが置かれている。 マヤは、テーブルの上の砂糖を取りスプーンに2杯入れた。そして、シンジに砂糖を手渡す。マヤが、一緒に出されたミルクをカップに入れる。そして、スプーンで白い渦巻きを作る。

「シンジ君、ちょっと良いかしら・・・・。」
「何ですかマヤさん?」

シンジは気軽に答えたが、マヤの真剣な表情を見てミルクを入れようとしていた手を止めてしまう。

「どうしたんですか急に・・・・・。」

シンジはそのマヤの表情に不安を感じた。シンジの手首が返り、ミルクがカップに入れられる。シンジを見つめるマヤの眼差しから逃げるようにカップの中身を見た。 シンジの不安がカップの中のミルクのようにじわじわ広がる。それを打ち消すかのように、シンジはスプーンでミルクを混ぜた。その様子を見て、マヤは一呼吸置いて、シンジに告げた。

「アスカを・・・・、アスカを弐号機に乗せるわ・・・・・。」

ハッと、シンジの顔がマヤに向けられる。

「どういう事ですか・・・・・。」

マヤは、シンジに珍しい強い口調で迫られた。しかし、マヤには精一杯の強がりに見えた。

「アスカのためよ・・・・・。」

マヤはシンジを説得するよりも自分に言い聞かせるように言った。

「どうしてですか!! なぜ、EVAに乗せる事がアスカのためなんですか!?」

シンジの気持ちが高ぶった。声のトーンが上がり、食堂中に響き渡る。 その声に、ウエイター達がシンジ達のテーブルを見る。

「EVAが僕に! EVAがアスカに! っく。」

気持ちが高ぶって、うまく気持ちを言葉に表せないシンジ。そのシンジをマヤが少し呆然と見る。

「EVAが僕らに何をもたらしてくれました。なにも、良い事が無かったじゃないですか。だいたい・・・・。」

そこで、シンジは言葉を止めた。そして、トーンを下げ冷たく言い放った。

「良いですよ。マヤさんは・・・・。結局、恐い目をしたのはアスカや綾波、僕なんですから・・・。大人の人はちっとも・・・。」

その言葉に、マヤが激情した。仕事の疲れも有ったのかもしれない。そうでなければ、良い大人が子供相手に感情をむき出しにする事はない。

「私だって、もうあなた達に辛い目を合わせたくない!! でも、もう駄目なのよ! 手段がこれしかないの!!」

シンジは気持ちが高ぶったマヤをはじめた見た。少し、目尻に涙が溜まっている。 シンジはその激情に少し脅え、そして後悔した。 マヤは自分を見て、脅えと後悔が半々のシンジの様子を見て我に返った。

「ごめんなさい。私の力不足で・・・・・・。」
「いいえ、僕も言い過ぎました。」

二人に静寂が訪れる。この間が、二人の気持ちを落ち着かせた。

「説明・・・・してくれますよね・・・・。」

シンジから静寂を破る。

「もちろんよ。」

そして、マヤはコーヒーを一口含んだ。

「シンジ君。あの時、精神崩壊していたアスカが立ち直ったのは何故か解る・・・・。」

シンジは、ゆっくりと首を横に振った。

「シンジ君、初号機には・・・・。」

マヤの言いにくそうな顔から、シンジはマヤに言いたい事に気づいた。

「もしかして・・・?」
「そうよ。弐号機にはアスカにお母様がいるわ・・・・。」
「アスカのお母さんって・・・・。」
「あなたのお母様と同じよ。」
「NERVは僕らか母さんを取り上げて、何を・・・・。」

といって、シンジは言葉を止めた。シンジはその答えの半分を知っている。 しかし、マヤはその言葉を止めた理由を勘違いして言葉を続けた。

「いい、アスカを立ち直らせるのに弐号機の力を借りるわ。」

シンジは黙って聞く。

「これは、冬月司令が考えたプログラムなの。それで、シンジ君にとって重要なのはこれから言う事よ。」

マヤはそれを言って、ふたたび、コーヒーを口につける。 それを見ながら、シンジは肯いた。

「アスカが弐号機の力で立ち直って来たときに、シンジ君が手助けして欲しいの・・・・。」
「どうしてですか。弐号機がアスカを立ち直らせれば僕はもう・・・・。」

マヤは、それにゆっくりと横に首を振った。

「弐号機からアスカが戻って来たとき、母親の愛情は知っていても、他人の愛情は知らないわ。だから、シンジ君が他人の愛情を・・・。」

そこで一呼吸を置き、マヤはシンジの表情を見た。

「わかりました。それがアスカに対する償いですから・・・・。」

シンジはそれを何の疑問も、何の考えもなく答えた。

「シンジ君。そんな気持ちじゃ、そんな心構えじゃ、アスカは立ち直れないわ。」
「えっ、でも。」
「アスカと葛城さん、そしてシンジ君は家族だったんでしょ。だったら、そんな償いとかいうものをアスカは望んで無いと思う。そんなこと、葛城さんも望んでいないとおもうの。」
「だったら、僕はどうしたら良いんですか?」

悲痛な光をし、救いを求めるような瞳で、マヤを見つめた。

「いつも、アスカのそばに居て、支えてあげる事よ。」
「そんな事、僕に資格は有りません。僕には出来ません。僕みたいな子供にそんな事・・・・。」

マヤは目に優しい光を浮かべ、ゆっくりと横に首を振った。

「ううん。シンジ君にしか出来ないの。家族だったシンジ君にしか・・・・・・。」

マヤは自分を責める事しかしないシンジを諭した。

「シンジ君。みんながあなたの事を必要としているわ。だから、自分を責めないで。」

しかし、シンジは両膝に置いた手を握り締めながら、

「そんな事、僕には無理です。僕には・・・・。」

そう言い続け、両目をつぶりながら涙を流し続けた。

「シンジ君。あなたがこの世界に戻って来た理由でしょ。だったら、そんな事言わないの・・・・・。」

マヤは、泣きつづけるシンジを勇気づけるように声を掛けた。 シンジの前には、冷めたコーヒーがまだカップに満たされていた。




伊勢が、NERVに着任してから一週間が過ぎる。 この間、伊勢は何の仕事もするわけではなく、部長室でずっと端末に向かっていた。 副官のマコトの頭に、『また、ずぼらな上司かな?』と嫌な予感が渦巻いていた。

その伊勢は、ネルフの制服を着て通路を司令室に向かっていた。 司令室のドアの前に立ち、インターホンを鳴らす。

「入りたまえ。」

そのように、マイクから声がしてドアが開いた。

「失礼します。」
「うむ。こっちに。」

冬月は応接用のソファーを指していった。冬月は机のファイルを手にとって立ち上がった。二人はほぼ同時にソファーに腰掛ける。

「さっそく、仕事だよ。」

手にしたファイルを机に置きながら冬月は伊勢に言った。 そのファイルを開いた伊勢がため息を吐いた。

「また此処でっか。」

開いたページには、インド大陸の地図が載っている。

「そうだ。ここの調停だ。」
「新生NERVの初仕事ですか?!」
「作戦部ではそうだ。」
「と言うと?」
「技術部はもう動いている。惣流アスカの治療のためのプロジェクトだ。」
「それは、ご苦労ですな。」

伊勢は他人事の様に言った。

「やけに他人事の様だな。」
「それは、私の出る幕はなさそうですし。」
「そうかもしれんな。」

伊勢には、冬月が自分の顔をうかがっているように見えた。 嫌な予感がした伊勢は、席を立つ事に決めた。

「まあ、給料分くらいはちゃんと働かせて頂きます。」

そして、伊勢が腰を上げようとしたとき、

「話しはまだ有る。」

冬月は、目で伊勢を制した。

チィッ!!

伊勢は心の中で舌打ちをする。つまり、逃げ損ねた。

「シンジ君の件だが・・・・。」
「ああ、あれですか。」
「返答は今日だったはずだが・・・・。」
「わかりました。扶養者手当てが出るならやりましょ。」
「なら、OKだな。手当てぐらいはでる。」
「そうですか。」
「娘さんには?」
「いいえ。話していません。驚かそうと思いまして・・・・。」
「それは、驚くだろうな。」

含みを持たせながら冬月は言った。 伊勢は、それを無視する事に決めた。足を突っ込んでも得るものはない。

「では。」

伊勢は、再度逃走を試みた。これ以上、難題吹っかけられても迷惑なだけだ。 だが、再度失敗する。

「まだだ。」

冬月は自分のファイルを見ながら言った。 伊勢は、今度は声で制された。
アカン!!
心の中で悲鳴を上げる伊勢。

「実は、もう一人面倒を見てもらいたい。」
「誰でっか。」

伊勢は、露骨に態度を示した。いかにも嫌そうに・・・。 それを気に留めず、冬月は爆弾を落とす。

「惣流・アスカ・ラングレーだ。」
「はあ。」

語尾を少し上げながら伊勢は答える。明らかに嫌みだ。

「専門家に任せた方が無難ですよ。」
「君ほどの適任者は居ないと思うが・・・・。」
「殺し文句ですな。その言葉にいつも騙される。」

冬月は、ソファーに深々と腰掛け直した。それは、冬月の勝利宣言の様だった。 伊勢は右手の中指でクイッと眼鏡を押し上げた。細い目が、さらに細められる。 いつも、先生には無理難題を頼まれる・・・。

「先生、何処まで私の事をご存知で?」

伊勢はファイルを見ながら、冬月と目を合わせずに尋ねた。

「生い立ちぐらいは調べさせてもらったよ。それに、私は、碇のように素性の知れん者を部下にする度胸はないよ。」
「それは、長生きためのコツですよ。答えは、セカンドチルドレンの治療が終わってからで。では、失礼します。」

伊勢はファイルを手に取り、立ち上がり、冬月に敬礼を施した。




「どうしたんや、シンジ。」
「うん、ちょっと・・・・。」
「なんや、男らしくないやっちゃな。」
トウジは、シンジのハッキリしない表情を見て顔を顰めた。

「水臭い奴や。何でも相談にのったるで。惣流の事か?」

机から身を乗り出して、シンジに向かった。

「う、うん。」

それに惑いながら、シンジは言葉を繋げた。

「アスカ、明日・・・・。」
「明日、何や?」
「明日、手術なんだ・・・。」

実際には手術では無いが、トウジにはそう言った。

「ふ〜ん。」

乗り出した身を元に戻しトウジは、相づちを打つ。

「それで、惣流が心配なわけか。」
「うん。」

少し俯き加減で、答えるシンジ。トウジの目には額に青い縦線が引かれている様に見えた。その様子を見ながら、トウジは一寸考え事をする。

「なんや、シンジ。気持ち悪いんか?」

突然、トウジはクラス中に聞こえるような大声を出す。

「ト、トウジ。」

シンジはトウジを両手で制しようとしたが、その手を掴みトウジは立ち上がった。

「シンジ、肩につかまれ。保健室連れてったる。」

さらに、トウジは響く声を出し無理矢理シンジを立たせてシンジの手を肩に掛けた。 教室を出ていくシンジとトウジ。シンジはトウジに成されるがままに、教室を引っ張り出された。廊下の向こうから、担任の教師が近づいてくる。

「碇君が気分が悪いと言っていますので、早引きさせます。」

有無を言わせぬ調子で、すれ違った担任の教師にトウジは言った。 実際、シンジの顔色も悪かったのかもしれない。教師はシンジの顔を見て、解ったと言っただけで、教室に向かっていった。 学校の昇降口で、シンジが下駄箱から靴を取り出す。

「ごめん、トウジ。」
「気にすんな。男の友情や!」

少し暗めの表情のシンジを励まそうと、トウジは右手で自分の胸を叩きながら言った。 それを苦笑いと微笑みが入り交じった顔で答えた。

「シンジがおれば、惣流も元気になる。」
「うん。」

靴を履き終え、シンジは病院へと向かった。

シンジは冬月に、プロジェクト実施前夜にアスカの病室に泊めてもらえるよう許可を頼んでいた。そのシンジの切に求めるような表情にほだされたマヤが他のスタッフのを押し切る形で、シンジに許可を出した。

昼過ぎから、シンジはずっとアスカの側を離れないでいた。その様子に気を遣ってか、 看護婦達も入室を最少限にとどめている。 すでに、消灯時間で部屋の明かりは落とされ、月明かりに照らされていた。 病室には、シンジが睡眠を取るために簡易ベットが用意されている。 が、シンジは、目が冴えて寝る事が出来なかった。ベットのいつもの位置に丸椅子を置きそこに腰掛けて、じっとアスカの顔を見ていた。

シンジはアスカに掛けられているシーツを直す。両手でシーツの両端をもち、アスカの肩まで引き上げる。すると、自然とシンジの目の前にアスカの顔が近づいた。息のかかる距離で、アスカの顔をじっと見るシンジ。ばさばさになった茜色の髪、頬骨の浮かび上がった顔。月明かりに照らされて、さらに影陰が際立つ。シンジの知っているような勝ち気で、太陽のような少女だった頃の面影はない。 しかし、シンジはアスカから目を離せなかった。なぜか、綺麗だと感じた。はかなく、今にも壊れそうな美しさ。シンジにユニゾン訓練のときの思い出が過ぎる。

「アスカ。ごめん。」

初めてにのキスは苦いだけ。
2回目のキスはなぜか寂しかった。悲しかった。
アスカは答えてくれない。アスカの気持ちが無い。
シンジがゆっくりとアスカから離れる。

「うっ、ううっ。 戻ってきてよアスカ。僕を捨てないでよ・・・・。」

そう鳴咽交じりに声にもらし、アスカの枕元にシンジは顔を埋めた。
月明かりだけが、それを照らし出していた。



NEXT
ver.-1.00 1998+06/08 公開
感想・質問・誤字情報などは こちら まで!



サ〜ンぽ進んで、2歩下がる〜〜〜〜。



ごめんなさい。アスカの復活が〜〜〜〜〜!
ひとえに、マヤぴょんが治療案を思いつかなかったからで、作者のせいではって、やめて石なげないで!!


ちなみに、この小説は、前の歌詞のような小説です。
だから、シンジ君も激しく揺れ動いていきます。
他のキャラも同様です。この揺れ動きこそ、生きている事の証拠の一つだと思うからです。
では、次回お会いしましょう。






 伊勢さんの『人として生きる事』第七話、公開です。




 ううーん・・

 出ちゃいましたね・・

 スーパーハイパーグレートスペシャルなオリキャラ(^^;



 格好良くって
 皆に一目置かれ・尊敬され・好かれて
 何でも抜群に出来て

 さらに
 マナちゃんの義父



   すみません、私、引きました(^^;



 しかも、それが作者さん自身・・



   私、ズザザの勢いで、引きまくりました(^^;;;;






 こういう役どころのキャラが必要なんだとか、そういうの入れても、
 私的に、ちょっと・・・苦手 (;;)



 ”私的に”ですので−−




 さあ、訪問者の皆さん。
 あなたの感想メールを伊勢さんに!



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