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=悔恨と思慕の狭間で=

 




−第八章 差し出した頬は、二度叩かれる−

 

 

 「それじゃ、カヲル君は今日はここまででいいわ。レイもユイさんと一緒に帰っていいわよ」

 ジオフロントまで出た所で、ミサトは三人を解放した。

 とは言えユイにはまだ本部詰めの仕事が幾らか残っており、結局レイもそちらに向かい、カヲルだけはネルフ本部内に用意された個室に戻る。

 ミサトは三人の背を見送りながら、一人呟いた。

 「・・・それで、どうだったのかしら、赤木博士?」

 真面目な顔で茶化すのがミサトの悪癖である事を知る数少ない人物、赤木リツコがいつの間にかミサトの後ろに控えていた。

 「まだ何とも言えないわ。とりあえずは渚君に頼ってみましょう」

 「ユイさんは?」

 「彼女には別口から当たってもらう事にするわ。技術部の仕事もはかどる事ですし」

 そこで初めてミサトはリツコに振り返った。

 「今更何を秘密にしてるの技術部は。まあそれがあんたの悪癖なのも知ってるけど」

 「そんなんじゃないわ。初号機の解明もそんなに時間はかかりそうにないし、弐号機の運用も当分考えなくてもいいのだから」

 「・・・・レイの事、忘れたわけじゃないでしょ」

 ミサトの瞳とリツコの瞳が妖しく激突する。

 一瞬の逡巡の後、折れたのはリツコの方であった。

 「・・・・その事はもう止めて。許して欲しいなんておこがましい事は今更言わないけど、償いだけはするつもりだから」

 分かっている。それは分かっている。

 今ここでどんなに自分がリツコを睨んでも責め立てても、あの一件を知った時のユイには到底及ばない事は知ってるし、あれをもう一度再現するつもりもない。

 

 

 

 女性は怖いと改めてミサトは思った。

 自分が女性である事を忘れ去る滑稽な認識ではあったが、ユイに視線を向ければその度に萎縮してしまう自分がある以上、そんな思考に長く構ってはいられないのもまた自然な姿だった。

 ユイとて自分の行為が過剰な事は承知していた。

 それでも、ゲンドウとリツコを往復で張り手するその光景は圧巻であった。

 

 ユイはゲンドウとリツコの関係をも知った。

 だがその事をゲンドウに追求する事は一切なかった。

 ただ、「赤木さんにはもう少し優しくしてあげて欲しかった」と一言漏らしただけで、ユイはそれ以上二人の不義に触れる事はなかった。

 

 ―――だが、だ。

 

 「自分の娘に対して、あなたは一体何て事をしでかしたの!!」

  ―――レイの命と魂を蹂躙した事。

 ただそれだけが許せなかった。

 

 ゲンドウを二発叩いた後、彼の代わりに弁解しようとしても言葉の出なかったリツコなどは更に三発叩かれた。

 「それに、冬月先生までついていながら! どういう事ですか!!」

 それでもただひたすら頭を下げ続ける冬月に、周囲も何も言えなかった。

 ネルフ幹部が三人揃いも揃ってこうべを垂れるその不思議な光景を、ミサトは半分蚊帳の外で見ていたが、思い直したようにユイの後ろに近付くと、

 「も、もう止めてあげて下さい。司令やリツコにも複雑な事情というものが・・・・」

 「それを全て理解した上でこうしてるんです。傲慢に見えますか?」

 「い、いいえ」

 ミサトはユイの気迫に押されて情けなく後退した。

 「・・・・葛城さん。私だって言えた義理ではないでしょうけれど、分かっていればそれでいいと言う認識では甘いんです。この人達だって躾のなっていない子供ではないのですから、分かった上で何ができるのか、もう一度考え改めて欲しいだけなんです。どの様な理由があったにせよ、あの娘には親として大人として、恥ずかしくない態度で望んで欲しかったんです。それを、あの娘がエヴァの搭乗適正者であるというだけで、親が娘に戦いを強要するのですか、それとも電子信号化して殺人兵器に仕立て上げるのですか!!」

 ユイはミサトに一気に思いの丈を打ち明けると、一転ゲンドウに向き直る。

 「あなたは分かってくれていなかったのですね。私が搭乗実験に立候補した理由が」

 その事を言われると、ゲンドウは冬月共々項垂れるしかない。

 「私は確かにあの娘に意志を託しました。あの時はそれが私に出来る精一杯だったから。でもその意志とは―――私達の大事な物を護りたい―――その想いを伝えた物だとあなた達に信じて欲しかったから。でもあなた達にとってはそのレイは只の兵器だったのですか、実験生物だったのですか」

 こう言われるとリツコなどは肩を振るわせている。

 ミサトはそれがリツコの泣き方なのを知っていた。

 「・・・・あなた。私達がレイを授かった時、二人で誓いましたよね。この娘や同年代の子供達が幸せに過ごせる為の未来の為に、ゼーレの補完計画を頓挫させるのだと。―――あなたの悪い所はあの時から何も変わっていない。未だに自分の父権を持て余して自己嫌悪している。それで悲しむのがあなたや私なら甘んじてもいいでしょう」

 ミサトは恐ろしくなった。無意識に一歩退いていた。

 しかもこの後のユイの発言は、そのミサトの予想範疇を大幅に越える域にまで発展していたからだ。

 「あなたが自分を追い詰めた結果として、レイは14で戦場に駆り出されたのよ! 年端もいかない女の娘をエスケープゴートにしなければならない程困窮していたのですか、ネルフという組織は!! おまけにそんな子供をわざわざもう一人ドイツから呼び寄せてまで! しかもその娘に至っては今は精神薄弱の為に精神科医にかかっている!? 当然です!!」

 ゲンドウは言い訳も出来なかった。

 

 

 

 「そうだな、『予備』はドイツにいるラングレーの娘が丁度いい。幼少期から素養が有るようなら、尚更だ」

 

 

 

 かつてのゲンドウの冷徹な一言をユイが聞き及べば、果たしてこの烈火の如き憤慨は何処まで昇華したであろうか。

 ユイは生前親友であったキョウコに思いを馳せ、一人涙した。

 「生まれつき身体が弱いキョウコがですよ、一人娘を授かったと聞いたときは我が事のように喜んだ物ですよ。お互い娘を得た者同士親交も深まって、ゼーレの手からせめてこの二人だけは護り抜くと誓った事は、あなただって目の前で見ていた事じゃないですか! それを、よりによって補完委員会に向かって、アスカちゃんを第二適格者に推薦したですって!? いつからあなたはゼーレの腰巾着になったんです!!」

 ユイとてそろそろ自分が見当違いを言い出している事は自覚していた。衝動だけで物を言う事だけは避けていたつもりだったが、それでも、溜まりに溜まった夫への不満は頂点に達した。

 ゲンドウが心の弱い人間であった事はとうに承知している。

 だからこそ、かつてそのゲンドウに物申す事の出来る立場の人物がいなかった事が悔しいのだ。

 「それを聞き及んだキョウコは、娘の代わりに搭乗実験に志願していたと言うじゃありませんか! 虚弱な身体でわざわざ無理を働いていたのが、ゼーレに貢献する為ではない事くらい、分からなかったあなたではないでしょう!! しまいにキョウコは精神崩壊を起こして、娘共々自殺を図った・・・。あなたは悲劇を繰り返す為にエヴァを運用していたのですか! 幼い少女に心の傷を付ける為の、その傷を仮治療する為にあえて母親の魂をコアに封入してまでのエヴァなのですか!! そんな事してまでの補完計画ならば、まだ使徒の方がよっぽどましな仕事をしたでしょうよ!!」

 

 一気に捲し立てたせいか、ユイが激しく咳き込んだ。

 それが更にユイに無理強いを強いていたように周囲に錯覚させ、ゲンドウ達の罪悪感を募らせた。

 

 「・・・・私があなたを責める為だけでこんな事言ってるんじゃないんです。それではあなたは自分を責めればすむと思ってしまうから。心の中で悪びれればそれで何をしても許されるなんて理不尽は、今後一切許しませんからね! 赤木さん、冬月先生、あなた方もですよ!!」

 

 

 ――――――。

 

 

 「すまなかった、ユイ・・・・」

 「申し訳ない、ユイ君・・・・」

 「申し訳有りません、ユイさん・・・・」

 三人は、改めてもう一度頭を下げた。

 それが、三人の真心である事を受け取ったユイは、堰が崩れたように涙した。

 

 泣き崩れたユイを抱きかかえたゲンドウを見届けると、ミサト達はやはり泣き崩れるリツコを連れて冬月共々その場を後にした。

 

 そして、陰から一部始終を聞き届けていた少女、レイもまた母親の無限の愛を知り泣き崩れ、そのレイを抱きすくめるカヲルの姿があった。

 

 

 ユイの想いは、正しくゲンドウ達の心に届いたであろう。

 ただユイの愛児であるのがレイではなく、本当はシンジである事には当然誰も気付く事はなかったが―――。

 

 

 「―――その時よ。もう一つの意味で私は泣き崩れたわ」

 リツコの口調が自嘲気味である事はミサトは瞬時に聞き取った。

 「ああ、この人には勝てなくて当然ね・・・・ってね。ユイさんには完敗したわ。かえって清々しく感じた所もあったけれど」

 「でも、さっすが碇司令の妻よねぇ。それとも『母は強し』と言う事なのかしら」

 「きっと両方ね」

 

 二人は大学時代以来に、欺瞞のない会話を花開かせる事が出来たに違いない。

 

 「大学と言えばあのぶわぁか、まだ終わらないのかしら」

 ミサトがバカ呼ばわりする人物は世界広しと言えど一人だけであろう。

 「加持君、ひょっとして戻りたくないのかしら」

 「どうしてよ?」

 愚痴垂れるミサトを後目に、リツコは人類補完委員会の残党処理と資料隠滅の為に日本を離れ一人奮戦しているであろう加持に思いを馳せる。

 彼のみに止まらず人類補完委員会とゼーレの隠滅の為に奮闘してくれる人員は多いが、何しろ相手は有史以来、世界を牛耳ってきた秘密組織である。

 幼い頃、頭部を切り取っても即座に死なない蜻蛉で遊んだのを思い出して、加持はそれに準えながら事後処理の面倒をミサトに必死に弁解していたのがつい二日前。

 「早く帰って来て。そしたら」

 「その時は、・・・・結婚しよう、葛城」

 「・・・・嬉しい」

 などとリツコの前の電話でのろけを繰り広げたのもつい二日前。

 ミサトが苦虫を噛み潰したような笑顔を見せ、「何よその顔」とリツコが不審がっていたのはその翌日の朝一番の事であった。

 「あの時のミサトの表情を見た時、幼い頃昆虫辞典に載っていない虫を見つけた時の気分がしたわ」

 「何言ってんのあんた?」

 「加持君が、もしかしたらあなたから逃げたがっているから帰ってこないのかしら、と思ってね」

 「・・・・・・、その時は日向君に無理言って認知して貰おうかなー」

 

 その時リツコは確実に三歩は引いていた。

 ついでに、素直に喜べない自分をこの場合少しだけ褒めた。

 

 「・・・・リョウちゃん、早まったわね」

 「・・・・・・・・、バカにしてるでしょ、あんた・・・・」

 

 三十路女の話題は、確実にずれていった。

 

 

 

 三日後―――。

 「アスカ! 良かった、音信不通になっていたから心配していたのよ!」

 洞木ヒカリが、鈴原トウジを連れて303号病室に来訪していた。

 当然レイも一緒である。

 「ヒカリィ!!」

 対するアスカも待ちわびたプレゼントを受け取るかの如く、ヒカリに抱き寄った。

 「アスカ、精神病棟に入院しているって聞いたから、随分心配したのよ。もういいの?」

 「大丈夫よ。このアスカ様がそう簡単に挫けますかってーの!!」

 アスカは右手で小さい力瘤を作って見せ自らの健康をアピールしたが、生憎とその行為はアスカの痩せ細った肉体を皆に晒す結果となった。

 まだ流動食でなければならないアスカの健康状態は、日毎に回復の兆しが確実に見えるものの、それでも失った脂肪分は皆無と言っていいほど取り戻されてはいない。

 ヒカリがそんなアスカを見守る面持ちは、自然と堅くなった。

 「そんな顔しないの。時間が少しかかるだけで、確実に直るから安心して」

 「だからワシは言うたんや。いいんちょが心配しすぎやっ、てな」

 「あら、あんたいたの。今の今まで気付かなかったわ」

 アスカがトウジを見つめる視線は、表面上だけは冷ややかであった。

 トウジの方も、『サードチルドレン』選考の件でアスカの機嫌を大いに損ねた事は知っている。

 「別にワシの事はええ。いいんちょが惣流の心配過剰にしとんのや。もういいんちょにいらん苦労かけさすな、必要以上に気ぃ揉む性分やからな、いいんちょは」

 ヒカリだけを押し立てるように捲し立てる。

 一度は病室備え付けの椅子に座っていたトウジだったが、アスカに歓迎されてない事を改めて知ると、

 「いいんちょ、ほなワシは下のロビーで待ってるさかい、終わったら来てぇな」

 と、そそくさと病室を立ち去り、出際にレイに一瞥して去っていく。

 (心の看病は男の仕事やない。いいんちょと碇に任せとけばええ)

 自分に言い聞かせながら、両手をポケットに突っ込んだまま廊下を歩んでいた。

 格好は、いつものジャージ姿ではなく珍しく第一中学校の制服であった。

 どうやら、ヒカリに合わせていたらしいのだが。

 

 「バッカねえ。別に邪険にしていたんじゃないわよ」

 アスカは一人ぼやいたが、

 「違うのよ。鈴原はこういう雰囲気が苦手なのよ。ここ女の子しかいないじゃない? だからよ」

 「彼、意外にシャイな所あるじゃない? だからでしょ」

 「わかるぅ、碇さん?」

 ヒカリとレイが親しげに話している事以上に、「碇さん」という呼び名がアスカの心に引っかかった。

 だがそんな事を今更ここで論う訳にもいかず、

 「アンタ達何時の間にそんなに親しくなってたのよ」

 元々ヒカリは世話焼きな所があるが、それでもレイには、あくまで学級委員長としての責務として接する以外に話しかける事はなかったはずなのだが。

 だがそんな認識はあくまでアスカ個人の物であり、実際アスカが恐る恐る聞いてみれば、やはり以前からそれなりに親しく接していたのだという事がわかる。

 更に聞けば、料理の話題で盛り上がる事が多いらしい。

 ヒカリの料理の腕はアスカはよく知ってはいるが、レイがヒカリと同レベルの腕前を持っている事など当然知る由はない。

 そして、それが実は誰の事なのかをアスカは心の奥だけで静かに認識し、あとはレイの努力の賜物という言葉を鵜呑みにしようと自分に言い聞かせていた。

 

 久方振りに花開いた乙女達の会話は、アスカ一人だけが打算と欺瞞に苦しむ陰を背負う辛い物となっていた。

 

 「鈴原には良く言っておくわ。今度来る時は喧嘩しないようにね、アスカ」

 「今度はカヲルと相田君も連れてくるね」

 「相田にはカメラだけは持って来させないでよ」

 無邪気に笑いながら、アスカは二人を見送る。

 そして、再びシンジがこの世にはもういないのだと言う事を静かに認識し、ベッドに潜る。

 

 なんとなく、生暖かい風が鬱陶しくて窓を閉めた。

 

 ―――死んだのではなく、初めからいない事にされている。

     必要なく思われたのか、それとも恨み辛みを一手に受けたのか・・・・。

     いずれにせよ、もうあんなウジウジした奴の顔見る事がなくて済むかと思うと、

     せいせいするわ、ホント。

 

 

 ・・・・・・こんな風にアタシに恨まれてるから、だから消えていったのかな、アイツ・・・・。

 

 「・・・・あのバカ、どこに消えちゃったのよ・・・・」

 ふと漏らしたその部分にこそ、本音が見えるのかも知れない。

 

 

 

 「渚君、ちょっといいかしら」

 リツコは自らカヲルの宿舎に出向き、頼み事がしたいと申し出た。

 「何です赤木博士、僕に出来る事なら何でもしますが」

 「少し話が長くなるのだけど・・・・」

 「構いませんよ、上がってください。大した物もお出しできませんが」

 と通されたカヲルの部屋は本人の希望からか、純和風に作られている。

 障子に欄間、揚げ句に茶器まで揃い、多少の融通を利かせてもらえるとはいえ、今春から高校生の少年の部屋とは思えない「趣」を感じる考えようによっては気色の悪い部屋である。

 部屋というよりは昔でいう庵ね。リツコはふとそんな考えを利かせながら、用意された座布団に腰掛ける。

 カヲルはと言えば、御丁寧に和服に袖を通し、茶器の準備を始めている。

 「こちらに来た当初は洋楽なんかも聴いていたと思ったのだけど、不思議と日本に被れたのね」

 今やカヲルの私生活の九割はこんな純和風な様式である事に、リツコは感嘆しながらそう漏らした。

 「日本文化の『わびさび』というものが気にいりましてね。被れたと言われればそうでしょうね」

 話しながらも、手はまめに動いている。

 「今湯を沸かしています。合間にお話を伺いましょう」

 カヲルは向き直ると、真剣味を帯びた瞳でリツコを見据える。

 「そんな堅くならなくてもいいわ。要はアスカの相談相手になってほしいのよ」

 「惣流さんのメンタルケア、という訳ですか」

 「そう、それも少し訳ありの」

 

 リツコは資料を手渡し、今昔のアスカの精神状態と、アスカの心の中に住んでいると思われる少年『シンジ』について掻い摘んで説明した。

 カヲルはリツコとは二、三質問を交えただけで、事態の概要を把握してくれたようであった。

 「つまり、惣流さんの今の精神状態において、その少年が一体どういう位置を占めているのかを理解出来れば、彼女の回復の助成が出来るかも知れないという事ですか」

 「アスカは過分なプライドを持っていた。ならばそのプライドを取り去らない限り事態は良くはならない筈なの。それなのに、私達が手を掛けずにアスカの精神状態は良くなりつつある。補完計画がアスカの精神を補完したという事は明白だけれども、私達が補完されたのとは一線を画す行為が行われたとも言える。つまり・・・・」

 「惣流さんにその少年を構成させた物の正体を掴みたい、という事ですか」

 「そう。『私達の補完を促したのが誰か』という事を把握しない限り、ネルフの事態収集は終わらないわ。初号機から発信される『アンチATフィールド』と、アスカの精神に干渉した物、そして今ユイさんが当たっている物の三つを繋ぐラインが解明されない限り、この補完計画は補完者の不気味な干渉でしかないのよ」

 「分かりました。惣流さんの方は僕に任せてください。・・・・湯が沸いたようです、一服如何ですか?」

 「頂くわ」

 カヲルの手つきは実に手慣れた物である。茶を初めてまだ間もないのだから、努力を重ねたのかはたまた才能があるのか、その筋に詳しくないリツコの思いつく事ではなかった。

 「副司令も一度お召し上がった事があるんですよ。大層誉めて頂きました」

 「そう。あの人ならそう言いそうね」

 差し出された茶は正直苦いだけだったが、こういう物だという事だけはリツコとて知っている。

 

 ミサトなら音を出して飲むかしら。それとも正座の時点で音を上げるかしら。

 

 確かこうしてお椀を回すのよね。などとリツコは少ない知識で精一杯繕ったつもりだったが、

 「どうです。なかなか堅苦しい物でしょう。素人が無理に型はる事ではないですよね」

 カヲルは無邪気に笑う。

 「・・・・結構意地悪い所があるのね、渚君」

 

 

 

 その頃、ユイはネルフ内部の僻地に来ていた。

 眼前には古びた電子制御の扉がある。

 離れ地に作られたこの小部屋は、知る者さえ少ない取るに足らない部屋ではあったが、傍らにあるスリットはリツコや冬月副司令のパスさえ通さない厳重な代物である。

 ここのスリットが認識するのは、ゲンドウとユイのIDカードだけであった。

 何の事はない、碇夫妻のプライベートな部屋とも言えるだけのこの部屋に、ユイは14年振りに足を踏み入れた。

 ゲンドウさえもここ10年以上立ち寄っていないからか、狭い室内は埃と煤だらけであった。

 幾つかの研究資材と、緊急時の自家発電装置、それと液体窒素冷凍庫だけが狭い室内を占めていた。

 ユイは発電装置が正常であった事に安堵を覚える。

 一度、第九使徒が来襲した時にネルフ全域が停電したという話を聞いたとき、この部屋の事を思い出したのだ。

 本部備えの三重に配備された電源が全て落ちたとしても、ここの緊急発電装置があれば冷凍庫は平常通りに稼働する。

 だがユイはここに何を保存したのかをすっかり失念していた。生命に関わる大事な物を保存していた筈―――液体窒素に保管するということは恐らく身体細胞―――なのだが、ゲンドウ共々、どうにも思い出せない。

 不明瞭なのも後味が悪いと言うので、調べてみることにしたのだが。

 

 軍手を掛け、ユイは慎重に冷凍庫の扉を開いた。

 小さめな冷凍庫の内部には、試験管一本だけが収納してある。

 ユイは更に慎重に試験管を取り出し、急いで扉を閉める。

 窒素が煙いので少し待ってから、試験管に張ってあるラベルを確かめた。

 

 

 

 

 ユイは持参した保冷ケースに試験管を納めると、小走りに部屋を後にした。

 心なしかその心境は穏やかではないようである。

 


TO BE CONTINUED・・・
ver.-1.00 1998+03/16 公開
感想・質問・誤字情報などは こちらまで!

 

 第八章をお届けします。

 この辺りで皆さんの、ユイやゲンドウに対するイメージの是非が出てくるとは思います。

 「補完された」世界という都合のいい設定で進んでいますので、こういう「不都合」から話が始まっていきます。ゲンドウの弱さやユイの強さの裏付けは、後々に続きます。

 

 渚カヲル・・・・もし彼が生き続け、使徒とは別の可能性に生きていたらどうなっていたでしょう。

 そして、そんな彼がアスカに与える影響は?

 そこが第九章の核心となります。

 尤もそれは「悔恨と思慕の狭間で」という話のテーマの反面性ですが。

 

 では、今回はここまでで。

 





 彩羽さんの『悔恨と思慕の狭間で』第八章、公開です。



 明るさを取り戻した世界、
 明るさを取り戻しつつある世界。


 ただ、置き忘れられた存在・・


 ギャップがあるからつらいやね・・・

 元気に話すアスカがいたいたしいやね・・・



 ユイさんがなにやら見付けたようですが、
 この”細胞”はやっぱり?!



 アスカしか知らない存在、
 どうなるのかな・・




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