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はじまりは運動会

第3話




「アスカ、そろそろ練習に戻ろっか。」
「うんっ。」

シンジの問いかけにアスカは満面の笑顔で答える。見つめあうそれぞれの瞳には、確かな幸せが映し出されていた。
シンジは、日に日に美しさを増していくアスカの表情に心を奪われる。そして、この30分ほどの間に、アスカがあらゆる面で、さらに急激に愛らしさを増していることに気づく。その理由について考えると、少し誇らしく感じられた。

シンジは、アスカの方に意識を残しながら、ふと窓の外を眺める。すると、空は暗くなってきており、窓に水滴が付着しているのに気づく。

「あっ、アスカ,雨が降ってきたみたいだよ。」
「あら,ほんとね・・・・,どうする,もう練習やめて帰る?今ならまだ小降りだし。」
「あの・・・・,もう少し練習していっていいかな・・・・,このままじゃ,運動会の時にアスカの足ひっぱちゃいそうだし・・・・。雨なら大丈夫だよ。ぼく傘持ってきてるし。」
「そうっ,シンジにしてはやる気十分じゃない。いいわよっ,じゃあ体育館でやりましょ。」

シンジのやる気の源がどこにあるのかは考えるまでもない。アスカもこのまま帰るのは、なんとなくもったいない気がしたので、シンジの提案をすぐに受け入れる。あまり活発とは言えないシンジが乗り気なのも、シンジの想いが伝わって来るようで、喜びを感じることができた。また、アスカの頭には、相合い傘で帰る2人の様子が浮かんでいて、自然と顔が緩んでいる。



体育館に移動すると、そこはかなりの混雑の様相を呈していた。部活動をするものと運動会の練習をするものが雨を避けるため集まってきており、二人三脚の練習をするものも、ちらほら見うけられる。

「結構混んでるわね。」
「うん、そうだね。」
「まっ、いいからやりましょっ。」
「うん。」

アスカとシンジは体育館の床に腰を下ろし、体を寄せ合い、互いの足を真っ赤なリボンで結ぼうとする。薄い体操服を通して伝わる互いの体温が、今は安らぎを与えてくれる。と、そのとき、二人にとっては聞きなれた声が、アスカとシンジの意識に響き渡る。

「シンジー。」
「アスカー。」

息を切らして二人の前に現れたのは、体操服姿の鈴原トウジと洞木ヒカリのご両人であった。もっとも、鈴原トウジは、自身曰く体育用のジャージを着ていたのだが。様子から察するに、2人とも二人三脚の練習でもしていたのだろう。

「ヒカリー!」

アスカは嬉しそうにヒカリに手を振り、立ち上がる。アスカがシンジの手を引っ張るので、シンジもつられて立ち上がらざるをえない。自分の親友がその意中の人と、仲良くしている様子を目の当たりにして、アスカの顔も自然とほころぶ。

「ヒカリも二人三脚の練習してたんでしょ?」
「う、うん、まあね、運動会の時みっともないまねできないから。」

ヒカリは今トウジが自分の隣にいる経緯を思い出し、顔を赤らめうつむいてしまう。その様子から察するに、女の子としてはかなり恥ずかしい部類に入るアタックが行われたらしい。
アスカはにこにこしながら、ヒカリとその隣にいるトウジを見る。

「でも、よく鈴原が一緒に練習してるわねぇ。」

自称硬派、鈴原トウジはこのアスカの言葉に慌てたふためく。無論、このような言葉でトウジが慌てるということは、ヒカリにとっては明るい兆しであるには違いない。

「わ、わいも出るからにはみっともない真似できへんからな、いいんちょに恥じかかすわけにもいかんしな。」
「ふーん・・・、まあいいわっ。」

アスカはトウジの慌てぶりを見てにやりと笑うが、これ以上の詮索はヒカリに悪いと思い、遠慮する。しかし、トウジの方は、そういう自分たちの方こそ何だという気持ちから、なおもアスカに突っかかった。

「な、なんや、そういう惣流の方こそシンジと練習なんやろが?熱うてかなわんわっ!」

これまでのアスカとシンジなら、顔を真っ赤にして、躍起になって否定するだろう。もちろん、2人の否定の言葉は見事にユニゾンして、それをさらにからかうことができた。トウジの方は、これでアスカに若干の反撃が成功すると確信していた。だが、事態はトウジの予想とはまったく逆の様相を呈する。アスカは全く慌てる様子もなく、シンジと手をつなぎ余裕の笑みを浮かべる。

「そうよっ、悪いかしら?」

アスカは自分の右隣にいるシンジの腕に自分の腕を絡めて、体をぴったりくっつける。隣のシンジは顔を赤らめながらも、それを嫌がる様子もなく、アスカの顔を優しく見つめる。

この二人の行動にトウジは唖然とし、言葉を失う。

「な、なんや、お前ら・・・」

一方、アスカの親友、そして共に恋する乙女である洞木ヒカリは、この二人の様子から、二人に何か大きな進展があったことを、ある程度察することができた。そして、親友の自分でさえ今まで見たことがない、アスカの幸せそうな顔を見て羨ましそうな表情を見せながらも、心から祝福の言葉を送る。

「アスカ、碇君・・・、おめでとう・・・」

アスカはヒカリの方を見て、ニコッと笑い、左手でVサインを送る。シンジはヒカリの方をちらっと見て、はにかみながら軽くうなずく。そして、再び視線をアスカの顔に戻す。

「な、なんや、なんや。」

トウジだけが、ヒカリ、アスカ、シンジの方を交互に見比べながら、きつねにつままれたような顔をしている。















そのとき不意に、アスカとシンジをカメラのフラッシュが包み込む。いよいよこの男の最後の(笑)出番である。

「うーん、いい場面だねー。」

シャッターを切りながら、薄幸の男、相田ケンスケが制服姿で登場する。手にはニコンの1眼レフ、そして、肩からはSONY製のデジタルビデオカメラがぶら下がっている。これが彼の標準装備であるところが、彼の不条理を物語っている。
あまりに不自然な彼の登場に、その場にいた4人全員が、一瞬凍り付く。だが、アスカへの告白で一回りも二回りも成長したシンジが、やっとのことでケンスケに声をかける。

「ケンスケ・・・、なにやってるの?」
「ああ、見ての通りさっ、写真とってるんだよ。」
「そ、そう・・・」

シンジはそれだけ言うと次の言葉をつなぐことができなかった。
14歳にして早くも背中に哀愁を漂わせながら、ケンスケは語り出す。

「いいなあ、お前らは、二人三脚する相手がいて・・・、俺なんか担任の吉田とだもんなぁー、正直、羨ましいよっ。」
「まぁ、がんばって練習してくれ。俺はそこら辺で写真撮ってるから。」

ケンスケは哀愁を漂わせ、そのまま立ち去ろうとする。が、アスカはあることを思いだし、ケンスケを呼び止めた。

「ちょっと相田、待ちなさい!」
「な,なんだよ。」

アスカの口調には怒気が込められていて、ケンスケは少し腰を引いてしまう。ちなみに表情は、シンジに向けるものの対極、怒りのオーラを漂わせていた。

「あんた,今まで,わたしの写真売って儲けてきたでしょ。」
「え,ど,どうしてそれを・・・・。」

ケンスケの額から汗が一筋滴り落ちる。なぜか、めがねもずり落ちていた。
アスカは、怒りの表情に、あきれたという表情を織り交ぜながら、言葉を続けた。

「あんた,あれだけやっといて,ばれないとでも思ってたの?」
「い,いや・・・・。」
「まあ,とにかく,これからは,わたしの写真やビデオを売ったりするのは禁止だから。」
「そ,そんな、なんで急に・・・」

アスカは腕を組みながら、ケンスケを睨む。急にこんなことを言い出した理由は、他でもない。シンジへの一途な想いからである。アスカは今まで黙認してきたケンスケの所業が許せなくなった。

「あんたねえ、女の子の写真を勝手に売ったりしているのが、どれだけあんたの評判を落としているか知らないのっ!そんなんだから、二人三脚する相手もいないのよ!」

アスカは頭がいい。シンジのことは一言も言わずに、極めて一般的な理由を作り上げる。また、アスカの挙げた理由はあながち間違いではない。これに、学級委員長ヒカリが乗ってきた。

「そうよっ、相田君、写真売ってること、結構みんな知ってるのよ。」
「そ、そうだったのか。」

ケンスケはがっくり肩を落とす。今ごろ気づくのもおかしいいといえばおかしいが。というより、今まで写真を売ることができたのがおかしい。

「いいっ、相田、写真撮るのを止めろとは言わないけど、とにかく売るのは止めなさい!それが、あんたのためよっ!」
「そうよ、相田君、止めたほうがいいわ。」

世界一の美少女とその親友の女の子2人から責められ、うなだれるケンスケ。だが、とにかく非は自分にあることを悟る。

「ああ、そうだな・・・、惣流と委員長の言う通りだ・・・、写真やビデオを売るのは止めるよ・・・」

今まで、沈黙を守り、事の成り行きを見守っていたシンジがケンスケをフォローする。

「そうだよ、ケンスケ、写真売るのは止めた方がいいよ。」
「シンジぃ・・・・ありがとう・・・」

アスカは、シンジの言葉で突如、瞳ウルウル状態に陥り、思いっきり甘ったるい声でシンジに礼を言う。シンジの言葉を自分の都合のいいように解釈したのだろう。その様子に、ヒカリが思わず指をくわえてしまったほどだ。

一方ケンスケは、穏やかな・・・というよりむしろ、生気の抜けた表情で、シンジ、アスカ、そしてヒカリを見る。まあ、自分の収入源を断たれたのであるから、当然ではあるのだが。相田ケンスケのエヴァにおけるアイデンティティは今ここで失われた。

「ははっ、ありがとう、シンジ、惣流、委員長、目が覚めたよ。」

そのころ、鈴原トウジは横でびくびくしながら、事の成り行きを見守っていた。トウジもケンスケの片棒をかついて、女の子達の写真を売りさばいていたから当然である。もし、それが、ヒカリにばれたらヒカリとの仲が、いや、運動会のお弁当がどうなるか目にみえていた。鈴原トウジにとってそれだけは避けねばならない事態だった。だが、二人ともトウジについては何も触れなかった。どうでもよかったからだろう。シンジにしなだれかかっているアスカだが、ケンスケに止めを刺すことにする。

「それで、相田、今まで撮ったあたしの写真あたしに渡しなさい!」
「えっ?、ああ・・、わかったよ。」
「じゃあ、もう行っていいわ。」

当面の懸念、ケンスケ問題を片づけたアスカは満足そうにうなづく。
ケンスケは去り際に、ふと、先ほど感じた疑問をぶつけてみることにした。

「でも、さっきのシンジと惣流ほんとにいい感じだったぞ、だから、ついシャッターを切ったんだけど・・・」

この話題に、先ほどまでの都合の悪い話題には黙り込んでいたトウジが飛びついた。

「そ、そうやっ、なんかさっき惣流の奴、Vサインなんかしとったで。どないしたんや?」

トウジとケンスケの追求に、お互い顔を真っ赤にして見つめあう、アスカとシンジ。そんな二人になんとなく事情を察しているヒカリが助け船を出す。

「鈴原も相田君も止めなさい!」
「ヒカリ、いいのっ。」

アスカはヒカリの気遣いに感謝しながらもそれを否定する。そして、シンジの腕をとると自分の腕を絡ませ、上目遣いにシンジを見つめる。

「シンジ,いいわよね。」
「うん,ぼくもここにいるみんなには知っといて欲しい。」

シンジはアスカの目をしっかり見つめながら、うなずく。
シンジと見詰め合い、一瞬ラブラブモードに突入しかけたアスカだが、ここは何とか踏みとどまる。そして、ヒカリ達の方に目を移し、はにかみながら報告する。

「私たち,その・・・,お互いの気持ちを確かめあったの。」
「そう,そういうわけなんだ・・・」


二人の報告に真っ先に反応したのは、やはりヒカリだった。アスカの切ない想いを一番理解していただけに、目を潤ませながら、シンジ・アスカの二人を祝福する。

「ほんとによかったわね,アスカ。」
「うん・・・,ありがと、ヒカリ・・・・。」

続いて、ケンスケ、トウジが笑顔で、お祝いの言葉を送る。

「そういうことか,やったな,シンジ。」
「よかったやないか,シンジ。」
「うん,ケンスケ,トウジ,ありがとう。」

シンジは嬉しそうにぽりぽりと頭を掻く。
アスカは少しあきれた様子でトウジを皮肉った。

「まあ、後から来た相田はともかく、最初からいた鈴原が今ごろ気づくなんてやっぱりあんた鈍感ね。」
「くっ、な、なんやてぇー」
「まあ、まあ、トウジが鈍感なのは今に始まったことじゃないから、大目に見てやってくれよ。」
「なんやてぇー、ケ、ケンスケまで。」

だが、ケンスケはトウジの相手はせず、ヒカリの方を一瞥すると、シンジとアスカの方に目を戻す。

「でも、ほんとによかったな。二人とも。」
「まっ、せやな・・・」

トウジも腕を組みわざとらしくうなずく。怪しい関西弁を使うだけに調子を取り戻すのは早いようだ。
そして、アスカに腕を組まれ、赤くなっているシンジを見て、何を思ったかにやりと笑う。

「惣流,わいらは知っとったで,シンジが惣流のこと好きやってな。」
「ト,トウジ!」

シンジは突然の親友の裏切りに、慌ててトウジの元に駆け寄ろうとする。だが、アスカに腕を組まれているのでどうしようもない。

「へー、そうなの。」

アスカは嬉しそうに、横にいるシンジの顔を見つめる。
だが、こういう話題は大好きなヒカリが、アスカのことを黙っておくはずがない。

「わたしも知ってたわよ。アスカが碇君のこと好きだって。」
「ヒ,ヒカリィ!?」

今度はアスカが素っ頓狂な声を上げる。

「そ、そうなの?」

これまた嬉しそうにシンジがアスカの顔を見つめる。
もはや、アスカとシンジがこうなってしまった以上、男性側、女性側ともに守秘義務というものは存在しないらしい。
トウジは、口に手を当て越後屋が悪代官に話すかのように、シンジの秘密を暴露する。
もちろん、声は普段と比べ、少しも小さくなってはいない。

「この前な,シンジに惣流のどこがええって,聞いたんや。そしたらなんて言ったと思う?」
「な,なに・・・・。」

アスカが少し真剣な、そして不安げな顔をして、身を乗り出す。

「や、やめてよー。」

シンジは泣きそうな声でトウジに哀願する。
トウジはそんなシンジの顔を見てにやりと笑う。

「惣流のこと全部って言っっとたで。」
「そうそう、惣流のこと,やさしくて,繊細とか言ってたぜ。」

ケンスケも一緒になってシンジとの友情を踏みにじっていく。

「恋はかくも人を盲目にさせるものかねー。」
「ほんまや,かなわんわっ。」
「恥ずかしいから止めてよー。」

これ以上ないくらい顔を真っ赤にしたシンジが断末魔の悲鳴を上げる。
一方、アスカはシンジの腕をより強く抱きしめると、感無量といった表情でシンジを見つめている。
そんな2人をうらやましそうに見ていたヒカリだが,思い出したようにトウジたちに言う。

「そうそう,鈴原に相田?」
「なんじゃい,委員長?」
「これから,この2人を冷やかしたりしちゃだめよ。」
「わ,わあっとるわい。」
「ああ,そんなことしないよ。」

今でも十分冷やかしているのだが、とりあえず委員長の言うことは聞いておく3バカトリオの2人である。もっとも、ここまでラブラブなところを見せられると、かえって冷やかす方が空しくなることは、トウジとケンスケにも分かりつつあるようだ。









「じゃあ、アスカ、私たちはもう帰るところだったから。」
「そや、わいらはもうあがるで。」
「おれも、今日はもう帰るよ。」

これ以上、今のアスカとシンジに関わり、後でアスカから逆襲に遭うことを恐れた3人は戦略的撤退を決意する。

「うんっ、ぼくたちはもう少し練習するから。」
「じゃあ、ヒカリ、バイバイっ。」

アスカの機嫌は悪くない。

「じゃあね、アスカ、碇君。」
「ほな、シンジに惣流、さいなら。」
「じゃあな、シンジ、惣流。」
「「バイバイ、みんな。」」

一通り挨拶を交わした後、ヒカリ、トウジ、ケンスケはアスカとシンジを体育館に残して去っていく。後に残された二人だったが、アスカはシンジの腕を離そうとはしない。
シンジは複雑な表情を浮かべながら、隣にいるアスカに話しかける。

「みんなに知られちゃったね。」
「いいじゃない、べつに・・・、嫌なの?」
「ううん、そんなことないよ。」

シンジの言葉に、ほんの少しだけ、腕を握る力を強くするアスカ。
そして、トウジ達が暴露したシンジの言葉を、胸の中で何度も何度も繰り返す。

「ねえ、シンジぃ・・・、あたしのこと、そんな風に思ってたんだ・・・。」
「えっ・・・、う、うん。」
「・・・・あたし、外見には自信があるんだけどね・・・、でも、あたしね・・・・・」

アスカは目を伏せ、少し落ち込んだ表情を見せる。
シンジはそんなアスカの肩にそっと手を置き、優しくたしなめる。

「アスカ、そんなこと言わないで。」
「でも・・・・」
「ぼくはアスカと一緒に暮らしてるんだよ、アスカのいろんなこと知ってる・・・、だから、アスカのこと全部好きだっていう気持ち、嘘じゃない。」

シンジの言葉にアスカは感情の高ぶりを押さることができなかった。こらえ切れない涙が一粒、宝石となってアスカの頬を伝う。優しすぎる少年に気取られぬよう、アスカは軽く顔を傾ける。

「バカ・・・・・わかってるわよ・・・・・、ほんとに嬉しかったんだから・・・」
「アスカ?」

不意に顔を伏せるアスカをシンジは心配そうに見つめる。視線を合わせなくても、シンジの暖かい眼差しがアスカの心を溶かす。

「何も言わないでっ・・・、これ以上シンジの声を聞いたら、あたし・・・・・」
「うん・・・」

シンジはそれ以上何も言わず、右手をアスカの背中に回し、軽く抱きしめた。大切な少女を守りたい純粋な気持ちが、シンジを動かす。

「あっ・・・・・・」

悲鳴にならない悲鳴を発し、そのままアスカはシンジに吸い寄せられる。
目を瞑り、幸せそうな顔をしたアスカが、シンジの耳元で震えた声を絞り出す。

「バカっ・・・これじゃ同じよっ・・・」

アスカは体の力を抜き、全てをシンジに預ける。
こらえきれなかった涙が、シンジの肩を濡らしていた。





















「アスカ?」
「うん」

小さく返事をすると、アスカはシンジの肩から名残惜しそうに顔を離す。
シンジはポケットからハンカチを取り出し、アスカの涙をそっと拭う。

「ごめんね、シンジ・・・、シンジの体操服濡れちゃった・・・・」
「そんなの気にしないでよ。でも、もう大丈夫?」
「うんっ。」

アスカはとびきりの笑顔でシンジの優しさに応える。

「じゃあ、あたしが足結んであげる。」

アスカはシンジにぴったりとくっつき、体育館の床に腰を下ろす。
そして、自分の足とシンジの足を赤いはちまきで結びながらシンジに問いかける。

「ねえ、シンジ」
「なに?」
「シンジはあたしと一緒に暮らしているから、あたしのこと好きになったの?」
「うーん、それもあるけど、それだけじゃないと思うよ。」
「それだけじゃないって?」
「一緒に暮らしているのがアスカだから、好きになったんだよ。」
「ほんとに?」
「うん。」

アスカの顔がほころぶ。もうすっかり元気を取り戻したようだ。

「でも、アスカと一緒に暮らせてよかったよ。」
「へー、どうして? もしかして、あたしのセクシーな姿が見られるから?」

アスカの言葉に一瞬慌てるシンジ。そして、不用意な言葉を口にしてしまう。

「ちがうよっ、一緒に暮らしているから、アスカのいいところも悪いところもわかったからだよ。」

一瞬、アスカの口が歪んだ・・・・ような気がした。

「へー、あ・た・し・の、どこが悪いのかなー」

アスカは、シンジに右手でヘッドロックすると、左手でこめかみのあたりをぐりぐりとこねくり回す。まあ、アスカの目を見れば、その怒りの程度はたかが知れている。
シンジの頭に、アスカの柔かい感触が伝わるが、ここではそれについては触れない。

「だってさー、リビングに服は脱ぎっぱなしだし、お風呂が熱いって言ってはすぐぼくを叩くしさ、ご飯だって全部ぼくが作ってるんだよー。」
「あんたは、そんなことわかっててあたしのこと好きになったんでしょ!」
「だから、言ってるじゃないか、ぼくはアスカのことは全部好きだってさー。」
「じゃあ、シンジはこれからずっとあたしの面倒を見ることっ!、いいわねっ!」

ついうっかり飛び出したアスカの言葉に、シンジは動きを止めてしまう。

「えっ・・・、ア、アスカそれって・・・・」
「うん?・・・なによぉ?」

シンジの指摘にアスカは自分の言葉を思い返してみる。

『ずっとあたしの面倒を見る・・・・・・・、ずっとあたしの・・・・・・・・っって、えっーーーーー!?』

自分が口走った言葉の意味に気づき、シンジを解放するアスカ。妙に真剣な表情のシンジと目が合うと、恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を耳まで真っ赤にして叫ぶ。

「バ、バカ、そういう意味じゃないんだからっ、もうっバカシンジっ!、さっさと二人三脚の練習するわよっ、立ちなさい!」

何の罪もないシンジに強烈な肘鉄を食らわすと、アスカは先に立ちあがり、顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
アスカの肘鉄をみぞおちに食らったシンジは、顔を歪めながらも立ち上がり、そして、口をもごもご動かした。

「・・・・・・」
「えっ?」

アスカはシンジが言ったことがよく聞き取れない。いや、なんとなく聞こえたのだが、確信はない。

「ううんっ、なんでもない。」

アスカと視線を合わすと、なぜかシンジは顔を真っ赤にして目をそらす。

そのシンジの様子から、アスカは先ほど自分の耳に届いたシンジの呟きがあながち間違いではないと悟る。その言葉の意味を考えると、すぐにでも教会に引きずっていきたい気持ちだったが、かろうじて言葉を吐き出す。

「こ、こどもが何、なま言ってるのかしら。」
「こどもって、なんだよ、同い年じゃないか。」

シンジは泣きそうな顔で反論するが、アスカの嬉しそうな顔を見て思いとどまる。アスカの顔は・・・・シンジも見たことがないくらい、嬉しさでフニャフニャの顔だった。
アスカは右手をシンジの腰に回し、自分の方へぐっと抱き寄せる。
シンジもアスカの嬉しそうな顔を見て安心し、自分の左腕をアスカの肩に回す。

「シンジっ、さっさと二人三脚やるわよっ!」
「う、うん。」
「最初からASフィールド全開、フル稼動最大戦速で行くわよっ!」
「うん、わかってる、内部電源が切れる、62秒でけりをつける。」

二人の脳裏にしっかりとユニゾンの時の気持ちが蘇る。20cmと離れていない距離で見つめあい、うなずくアスカとシンジ。

「じゃ,今度こそ行くわよ,あたしが左足,シンジが右足ね。」
「わかってる。」
「「せえのっ。」」
「「いちにっ,いちにっ,いちにっ,・・・・・・・・・・・・。」」

ユニゾン戦士アスカとシンジは、それこそ単独の全力疾走に近い速度で、体育館の外縁を回りはじめる。まさに、世界で一番息があっている二人ならではの芸当である。もしも、男女の100mの世界記録保持者がペアを組んだとしても、この二人に勝てる確率はゼロであると、MAGIは推測するだろう。

全力で体育館を1周して、少し息の荒いアスカとシンジは壁にもたれて、お互いの顔を見つめる。

「もう,これくらい出来れば十分よ。」
「そうだね,これなら優勝できるかも。」
「かもじゃなくて,優勝するの。」
「ははっ、そ,そうだね・・・・。」

アスカの言葉に苦笑するシンジ。その様子を見てアスカも声を出して笑う。

「じゃあそろそろ帰ろうか。」
「そうねっ。」

アスカは笑顔で応えると腰をかがめ、二人の足を結ぶ赤いはちまきを少し名残惜しそうに解く。そして、立ち上がるとシンジの手を握る。

「じゃあ、行こっ、シンジ。」
「うん。」

幸せいっぱいの笑顔で見つめあい、うなずく二人。


手を握り、とことこと立ち去るアスカとシンジを、ピンク色のハート型をした半透明の壁が暖かく包んでいた。




















NEXT
Ver.-1.00 1998+01/12公開
御意見、御感想等は こちらへ。

あとがき
 
 

今回は甘さ控えめ(当社比)(^^;;

だから、書くのに、すごい時間がかかりました。

連載をしている以上、いつまでも公開しないわけにはいかないので、このくらいで

投稿することにしました。

休場するより、出場して全部負けた方がまし、という話もありますし・・・・・


内容的には特に何もないですが

ケンスケの趣味、奪っちゃいました(笑)

別にケンスケが嫌いというわけではないのですが

それと、本文の最後の一文は、ASフィールドです。

これを、書かずにはいられないんです。

皆様の感想、どんなものでも結構です、お待ちしております。

次回は、相合い傘になるのかな(^^;;;;


 ONさんの『はじまりは運動会』第3話、公開です。
 

 

 気持ちを伝え合った二人は、
 もう、無敵なのじゃ〜

 いやほんと、
 ”無敵”ですよね(^^)
 

 親友の冷やかしも平気。
 写真を撮られても余裕。
 

 さらに、
 他人の目も平気〜

 だって・・・
 あのイチャイチャASフィールド前回の模様は
 人がいっぱいの体育館でやっていたんでしょうーー  

 親友はあたたかい目で見てくれますが、
 他の人は辛かっただろうな(笑)

 アスカ派の男がいたら、
 身悶えしていたことでしょう・・・

 シンジ、刺されるぞ(^^;

 

 

 

 無敵ですよね(^^)/
 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 パワー全開アスカシンジを描くONさんに感想メールを送りましょう!


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