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「ごめん、ちゃんとした理由は話せないんだけど…」

シンジはつらそうな表情を浮かべて目の前に立っている二人にそう告げた。
その二人は友人であるトウジとケンスケ。
二人はシンジのその表情を見て顔を見合わせる。
シンジは二人に、しばらく学校を休むことを告げた。
二人ともかなり納得がいかない様子だった。
それもそのはず、シンジは学校を休むとだけしか伝えず、
どうして、学校を休むのかの理由はまったく告げていないからだ。
しばらく黙ったまま見つめあう三人。
が、ケンスケが軽く肩をすくめて見せると、トウジもそれにうなずいた。

「まぁなんだ。とりあえず頑張ってこいよ。理由は全て終わってからでもいいよ。」

「そやな。こっちの方は俺達に任せておけって。」

シンジは顔を上げて二人を見る。
二人はいつもの調子で笑顔を浮かべるとシンジの肩を叩く。

「ありがと。二人とも。」

「その代わり、ちゃんと戻ってくるんだぞ。土産話楽しみにしてるからな。」

ケンスケがにやりと笑ってシンジにそう告げる。

「うん。必ず帰ってくるから。」

シンジは心の中で呟いた。
絶対に、僕とマナの二人で帰ってくるから。
そしたら、全部話すから。
二人の事も、何もかも。
だから…

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
TIME/2000
 
 

第39話
南洋の楽園
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

行ったか…

はい、行きましたわ。

でも、そう簡単にはいかないでしょうね…

そうだな…連絡したのか?

まさか…彼女は彼女なりにいろいろ思うところがあるんでしょうから…

そうか…

全てはあの子次第ですよ。

その割には私達はいろいろ世話を焼いているな…

くすっ、そうですね。やっぱり親馬鹿なんでしょうね。

君はともかく、私はあれには厳しいつもりだが。

…良く言いますわ。慌てて航空券を取っていたのは誰でしたっけ?

…忘れたよ、そんなことは…

まぁ…アナタはいつも自分の都合の悪いことはすぐ忘れるんだから…

それが大人というものだろう。

はいはい、分かりましたから、そろそろ会社に行く支度をなさってくださいね。

あぁ…

いつも怒られるのは私なんですからね。

君はもてるからな。

何言ってるんですか?

私は事実を述べたまでだが。

はいはい、じゃあ、支度なさってくださいね。
 
 
 
 
 
 

シンジは自分の座席を確認して、その席に腰掛けた。
2人がけの席の通路側だった。
荷物をボックスにしまって、ちいさなカバンだけを手元に残す。
その中にパスポート等の貴重品が入っている。
シンジは小さく息をつくと手帳を取り出す。
そこにはハワイのホテルの連絡先等が書き込まれている。
マナがハワイに行ってから1週間以上が経っている。
身体の方はどうなのだろうか?
父さんと母さんにも聞いたけど、何も教えてくれなかった。
自分の目で確かめなさいとしか言わなかった。
でも、症状が急に悪くなっているとは聞いていない。とも言った。
マナは僕を迎えてくれるのだろうか?
マナを信じたいと思う反面、やはり拒絶されるのではないかという不安がふと心をよぎる。

「ちょっとシンジ、通してよ…」

その声にシンジは我に返り、目の前に立っているアスカを見る。
アスカは両手を腰に当ててじっとシンジを睨んでいる。
シンジは慌てて立ち上がり、アスカを通した。

「ありがと。」

何かの香水の香りがかすかにした。
シンジはそんなことで、ふとアスカが昔のアスカでなくなっていることに気がついた。
そうだね…
いつまでも昔のままって訳にはいかないよね…
僕も、君も…
アスカは持っていた旅行バッグをボックスにしまおうとするが、持ち上げるのに一苦労していた。
その様子を見てシンジはくすりと笑みを浮かべると声をかける。

「手伝おうか?」

アスカはバッグを見て小さくため息をつくと素直にシンジに渡した。

「お願い…」

シンジは立ちあがりその旅行バッグをボックスにしまいこんだ。
その様子を見て、アスカは心の中でため息をつく。
シンジ、背が高くなったね。
中学の頃はあまりアタシと変わらなかったのにね…

「ありがとう。」

しかし、アスカは考えていることを表情にも出さず、にっこりと微笑んでシンジを見た。
二人は座席に腰を下ろす。

「いよいよね…」

「うん、そうだね…」

「連絡はしたの?」

「ううん。父さんに向こうに着いたら、この番号に電話しろって言われてるけど…」

シンジはメモを取りだしアスカに見せる。

「ふうん…まぁ、いいわ。」

アスカは丸い窓から外を見つめて少しはしゃいだような声を上げる。

「アタシ、ハワイは始めてなのよね。シンジは水着持ってきた?」

とまどった表情を浮かべてシンジは答える。

「え?僕は持ってきてないよ。」

「せっかくだから泳がないと…まぁ向こうでも水着売ってるだろうけど…」

シンジは苦笑を浮かべる。

「別に遊びに行くわけじゃないんだけど…」

「いいじゃない、ずっと気を張っていたら疲れちゃうよ?」

「それは…そうだけど…」

アスカはシンジの顔をじっと見つめながら答える。

「いまさら、どうこう考えても仕方ないでしょ?」

「そうだね…」

確かに、いまさら何を考えても取る行動はただ一つだった。
シンジはそう考え苦笑を浮かべる。

「だったら、少しは楽しむことも考えなきゃ、せっかく親の金で遊べるんだから…」

「あの…僕の旅行代は後でバイトして返さないといけないんだけど…」

「あら、そうなの。がんばってね〜。」

満面の笑みでシンジを見るアスカ。

「はぁ…先が思いやられるよ…」

そう呟きつつも、シンジは先ほどまでとは違ってリラックスしている自分に気づいていた。
窓の外を眺めているアスカを見てシンジはアスカに感謝した。
 
 
 
 

これが夢だとどうして気づいたのだろう?
周りの風景?
それとも無意識下に感じた違和感?
でも、これは確実に夢だと僕は気づいた。
僕はどこかの浜辺に立っている。
目の前に広がるのは、白い砂浜。
そして銀色に輝く月の光で、砂浜がきれいに輝いている。
まるで、自らが発光している様に見える。
そこに僕と彼女は並んで立っていた。
彼女?
慌てて、隣を見ると女の子が傍らで砂浜を見つめていた。
僕は彼女の顔をまじまじと見つめた。
彼女の僕の方を見てかすかに微笑む。
この子は…
誰?
どうしてだろ、思い出せない。
でも、僕はこの子を良く知っている。
名前…
名前は何だったか?
どうして思い出せないのだろう?
この子は…
この子の名前は…
と、そうするうちに彼女はサンダルを脱ぎ捨て、ゆっくりと砂浜を歩き、海に入り始めた。
一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。
打ち寄せる波が彼女のひざを濡らし、やがてスカートの裾を洗い始める。
僕は彼女を呼び止めようとした。
しかし、声が出ない。
どうして?
声を出そうとしているのに、まったく声が出てこない。
そして彼女の胸の辺りまで波が洗い始めた。
僕は駆け出そうとした。
でも、今度は足が動かない。
まるで金縛りにあったように僕はその場に立ち尽くす。
そして、彼女の肩が海に浸かり、さらに数歩で彼女の頭も隠れてしまう。
その時になって金縛りが取れ、僕は慌てて海に向かって走る。
波打ち際に来て海を見渡すが、どこにも彼女の姿は認められなかった。
 
 
 
 
 
 

シンジはゆっくりと目を覚ました。
見なれない風景。
そして何かが低く唸っている音。
そうか…
ここは飛行機の中なんだ。
シンジは小さく息をつく。
なんだったんだろ?
すごく、嫌な夢を見た。
と、右肩に重みを感じ、シンジは右隣を見る。
目の前にアスカの顔があるのを見てとって、シンジは驚く。
アスカがシンジの右肩を枕に安らかな寝息を立ている。
はぁ…
どうりで重いと思ったら…
すぅすぅと安らかな寝息を立ているアスカを見て苦笑を浮かべる。
まぁ、いいか。
シンジはアスカの肩から落ちているブラケットをかけて、自分の分をかぶりなおす。
時計を見るがまだ時間は深夜だった。
もう一眠りしますか…
シンジがそう考えて瞳を閉じようとしたときに、アスカが小さな声で呟く。

「…」

その呟きを聞きシンジはアスカの顔をまじまじと見つめる。
そして、シンジは大きくため息をつく。
と、シンジはアスカの瞳から流れ落ちた一筋の涙を見つけた。
もう一度ため息をつくとハンカチを取りだしアスカの涙を拭く。
そして、瞳を閉じて、小さく息をついた。
 
 
 
 
 
 

「もう、どうしていつもこうなるのかしら〜?」

「なんだよ〜。今日はアスカも悪いんじゃないか〜。」

全力疾走中だが、アスカはちらりとシンジを振り返って反撃する。
しかし、あまり後ろも向いていられないので、言葉の後半は前を向いたまま叫んでいる。

「なんですって〜。元はといえばアンタが時間通りに起きないからでしょうが〜。」

「でも、だからって、朝からシャワー浴びなくても〜。」

「女の子にはいろいろ準備が必要なのよ〜。」

シンジはため息をつこうとするが、全力疾走中なので、当然そんな余裕はない。
少しでも息を乱して走るスピードを落としてしまえば、
残りの距離から考えて完全に遅刻してしまうからだった。
今は、全力で学校までの道のりを駆け抜けることが最優先だった。

「もう、明日から自分で起きなさいよ〜。」

シンジは何か答えようとして、首を振った。

「わかったから、走ることに集中したほうが良いよ。あと5分しかないよ…」

アスカはそのシンジの言葉を聞いて、身につけている時計に視線を向ける。

「うわ〜。こりゃ、かなり本気モードでいかないと間に合わないわね…」

アスカは一段と走るスピードを上げた。
シンジも離されないようにスピードを上げた。
それはいつもの二人の日課だった。
 
 
 
 
 

まぶしい光を感じて、シンジは眠りから覚めた。
窓から差し込んで来る太陽の光。
それが顔に当たっていた。
シンジはまぶしそうに顔をしかめて、そして頭を振った。
いつの間にかシンジの肩を枕に眠っていたアスカの姿は、そこにはない。
大きく背伸びをして、シンジは時計を確認する。
まだ到着まで数時間ほど時間がありそうだった。

「おはよう。起きた?」

そう声をかけられてシンジは顔を上げる。
通路にアスカが立っていて、笑顔でシンジを見つめている。

「おはよう。」

シンジも笑顔で答える。
席につき、アスカは眠そうに小さくあくびをする。

「眠れなかったの?」

そのシンジの問いにアスカは首を振って答える。

「そんなことないけど、何か変な夢を見ちゃって…」

「夢?」

「そう…良く思い出せないけど、何か変な夢だった。」

「ふうん。」

シンジは頷きながらも、自分が先ほどまで見ていた夢を思い出していた。
どうして、あの頃の夢を見たのだろう?
まだ、僕とアスカが一緒にいて、離れるなんて考えてもいなかった頃の事。
どうして…
ふとあげた視線がアスカと絡まる。
アスカは軽く首をかしげてシンジを見る。
あの頃…か。
数年前なのに、どうしてこんなに昔の事だと思ってしまうのだろう?

「どうかしたの?」

アスカのその言葉にシンジは小さく首を振った。

「なんでもないよ。ちょっと昔のことをね、思い出したんだ…」

「昔?」

くすりとシンジは笑みを浮かべて首を振る。

「そんなに大昔のことじゃないよ。まだ僕が中学生だった頃のことをね、ふっと思い出して。」

「ふうん…」

アスカの髪がさらりと揺れて、太陽の陽射し越しにきらきらと輝く。

「あの頃は何もかも単純だったなぁ…って思ってたんだ。」

「まるで、今がものすごく大変そうな言い方よ。」

アスカがくすくす笑いながら言葉を続ける。

「そうね、年寄りのおじいさんみたい。」

「それは困ったね。」

あまり困っていなさそうな口調でシンジが答える。
アスカも笑みを浮かべて首を振る。

「まぁ、全部僕自身が招いたことだから、僕自身で何とかするしかないんだけどね。」

シンジはくすりと微笑むと軽く首を振った。
 
 
 
 
 

マナはリビングを覗き込んで、そこに座っている母親に声をかける。

「ちょっと散歩に行ってくるね。」

カオリはソファから振り返ってマナを見る。

「気をつけてね。あまり遠いところには行かないで。」

その言葉にマナは苦笑を浮かべると、こくこく頷く。

「はいはい、分かってます。1,2時間で戻ってくると思うから。」

それだけ告げて、マナは玄関から外に出る。
太陽の陽射しが降り注いでくる。
確かに、陽射しは強いが、風が乾いているせいか、蒸し暑いといった感じではない。
しかし、陽射しは強いため、ついうっかりしていると翌日にひどい日焼けに悩まされることになる。
もちろん、今のマナは日焼け止めを塗っているため、それほど日焼けに気を使う必要はない。
それでも陽射しよけに帽子を目深にかぶっている。
目の前のメインストリートをそのまま歩いていけば、ワイキキのビーチに着く。
マナはぐるりと周りを見渡す。
ホテル街のためか背の高い建物が多い。
それでも、所々に植えられている街路樹や、標識が自分が日本にいないことを感じさせる。
マナは少し迷った結果、ビーチの方向に歩いていくことに決めた。
歩きながら、マップを取り出す。
まだ、こちらに来て日が浅いため、マップは手放せない。
それでも、最初に来た頃よりも道は覚えていた。
しばらくその街路沿いにゆっくりと歩く。
やはり、と言うか日本人は思っていたよりも多い。
自分が日本人ということもあるのか、どうも日本人ばかり目に付く。

「ちょっと変な感じだよね。」

目に入る風景は外国のものなのに、妙に日本語がいろいろな所で聞こえてくる。
あと少しでビーチに出るというところで、マナは立ち止まる。
ホテルから出てきた一組の男女。
その女性に目を取られていた。
真っ白なドレスを着たその女性は男性の腕にそっと掴まり、リムジンにゆっくりと乗り込んでいった。

「結婚式か…いいなぁ。」

そう小さく呟き、マナはそのリムジンを見送った。
 
 
 
 
 
 

「ね…一つだけ聞いても良い?」

アスカは神妙な口調でシンジを見る。
ハワイまではあと1時間を切っていた。
アスカの口調にシンジは表情を引き締めてうなずく。

「あの子がハワイに行った理由って何だと思う?」

シンジはその問いに軽く首を振った。
それはシンジがずっと考えてきて、明確な答えが得られていない疑問だった。
少なくとも直前までの彼女の様子を見る限り、何らかの体の不調が原因ではないかと思われる。
確かに、マナはもともとは体が弱くて、すぐ寝こんでしまう体質だった。
でもそれは、あの時の…


シンジはそこまで考えてやっと答えを掴んだ気がした。
アヤの記憶を取り戻してからはあまり深く考えていなかったが、マナはアヤから臓器提供を受けている。
もしかして、それが今回のマナの行動に関係しているのではないか?
そこまで考えてシンジはアスカを見る。

「どうかした?」

小さく首をかしげてアスカはそう尋ねる。

「なんとなく、分かった気がするんだ。」

「何を?」

シンジは今思いついた考えをアスカに話して聴かせた。
その話を聞いて、頷きながらアスカは視線をさまよわせる。

「そう…そんなことがあったんだ。」

そうか…
やっぱり、そういうことなのね…
瞳を閉じるアスカ。
できれば違う理由であって欲しかった。
たぶん、シンジの推測はあっているはず。
あの時期の手術特有の後遺症…
ここ数年で激増してきているあの病気が彼女にも…
だから彼女はハワイに行くしかなかったんだ。
ちらりとシンジを見るアスカ。
やっぱり、このことをシンジに話しておいた方が良いのかな?





小さくため息をつくアスカ。
いや、それはアタシの役割じゃない。
彼女が、マナが話すべきことだから。
二人の問題だから。
そう、いつだって二人次第なのだから。
だから、シンジには…



閉じていた瞳を開けて、アスカは心の中で苦笑する。
ただ、アタシはアタシなりに勝手に動くけどね。


はぁ…
なんでアタシってば、こんなにお人好しなんだろうね?
ふと視線をあげるとシンジが不思議そうな表情を浮かべていた。

「どうしたの?」

「いや、でもあの手術と何かの関係あったとしても、なんで今になってなんだろうと思って。」

「そうね…」

頷きながらアスカはシンジから視線を逸らして、窓の方を見た。
そうね。
最初はみんなそう思っていたの。
10年近く前の手術の後遺症なんてってね。
でも、それは事実だったの。
その当時はそんな後遺症が出るだなんて誰も思っていなかったし、
今だってまだまだ知らない人は多いはず。
でも、それは実在するし、あの時期に手術を受けた人ならかなりの確率で発症することも分かっている。
彼女はそのことを知っていたのかもしれない。
だから、今になってシンジの元に現れて…


でも、それならどうして…?
 
 
 
 
 

海から吹く風が入り口前の椰子の樹の葉をそよがせている。
陽射しがものすごく強い。
でも、空気は乾いている。
暑い事は暑い。
でも、日本と暑さとはまた違った暑さ。
夏の空と雲。
日本は秋が始まったばかりだったが、こちらはまだ夏だった。
いや、一年中夏なのかもしれない。
この南洋の楽園は。

「ハワイ…か。」

シンジは空港のロビーを出て、空をまぶしそうに見上げた。
太陽はすでに高い位置に上っていて、まぶしい輝きを放っている。

「とりあえず、ホテルにチェックインしないと…」

シンジはとりあえず、ロビーに置いてあるベンチの方に歩いていき、あらかじめ用意していたガイドを開く。

「さて、チェックインはお昼からだから、それまではどうしたものか。」

とりあえず、空港からホノルル市街まではタクシーで移動するとして…
シンジはメモ帳に書き込まれている電話番号に視線を移す。
やはり先に、マナに会いに行こうか。

「で、どうするか決まった?」

アスカがそう尋ねてくる。
一緒に来ることになって、アスカは一つだけシンジに約束させたことがあった。
ハワイでの行動は全てシンジが決めること。
アスカは相談にはのるが、最終的な判断はシンジが下すこと。
それに基づいてアスカはさしあたっての行動をシンジに尋ねた。
シンジはほんの数瞬だけ考え、アスカに告げる。

「まず、マナに会おうと思う。」

シンジの表情を見てアスカも神妙にうなずく。
そうね…
そのために、来たのだから。
でも、それは…
アスカは思わず浮かんだ考えを振り払うように、シンジに微笑みかける。

「じゃあ、タクシーを拾いましょ?」
 
 
 
 
 
 

シンジとアスカの乗ったタクシーは、ハイウェイを市街に向かって走っていた。
感心したように小さな声で呟くシンジ。

「すごいね。なんか、外国に来たって感じだよ。」

タクシーの運転手が振りかえって何か告げる。
それにアスカがにっこり微笑んで答える。

「今、何言ったの?」

そう尋ねたシンジにアスカはにっこり微笑んで答える。

「二人は恋人なのか?って。」

「へ?」

肩をすくめてアスカは告げる。

「そりゃ、若い男女が一緒にいるんだもの、そう思われても仕方ないよ。」

「…そりゃ、そうか…」

と納得しかけたシンジだったが、アスカにさらに尋ねる。

「で、どう答えたの?」

「そうです。恋人ですよ。って」

「へ?」

「まぁ、いいじゃない。そういうことにしておいた方が、いろいろ都合がいいし。」

シンジは首をかしげる。

「でも、一人にしても二人にしても、未成年だっていうのがすごい問題のような気がするよ。」

「まぁ、いいじゃない、深いことは考えっこなし。」

「はぁ…なんだかなぁ。」

シンジのため息にアスカはくすくす笑っていた。
 
 
 
 
 
 

二人は宿泊するホテルのロビーで荷物を預けた。
そのホテルは2つのタワーで構成されており、そのタワー間にプールや噴水などが配置されている。
ロビーは2Fにあり、ソファがいくつか置かれ1Fにある噴水の吹き上げる水が時折見えている。
シンジはアスカが座っているソファまで歩いて行った。
アスカは顔を上げてシンジに尋ねる。

「さて、シンジはマナに会いに行くのよね…」

「うん。」

アスカは立ちあがりシンジに告げる。

「じゃあ、アタシは適当に見て回っているから…」

「え?」

少しだけ意外そうな表情を浮かべるシンジ。

「だって、まずは二人だけで話すべきでしょう?アタシの話はその後でいいから…」

「そう…だね。」

アスカはにっこりと微笑んでシンジを見つめる。

「全てが終わったら電話してね。」

旅行会社のサービスで二人は携帯電話を借りていた。

「わかった。」

「じゃあ、頑張っていってらっしゃい。」

背中を押されてシンジはゆっくりと歩き出す。
アスカはシンジを見送って小さくため息をつく。
行ってしまった。
二人はどうなるのだろう?


そうね…
シンジに言った通り、このことは二人が決めること。
アタシには何もできない。
悔しいけど…ね。
アスカはため息をついた。
胸が少し痛む。
シンジはアタシではなくてあの子を選ぶ…か。
アスカは首を振ってその思いを振り払う。
アタシにはまだやらなければいけない事が一つある。
そう…
それを確かめるのは、アタシじゃないとできないこと。
アタシがシンジについてきた理由の一つ。
もし、アタシの推測が当たっているのなら…

「やっぱり悲劇なのかな、二人にとっては…」

そう小さく呟くと、彼女は持っていた携帯を使ってある番号をプッシュし始めた。
 
 
 
 
 
 
 

シンジはとりあえず、メモにあった番号に電話してみることにした。
その番号はマナ達が暮らしているコンドミニアムに通じた。

「はい、霧島です。」

シンジはカオリの声を聞いて、少しほっとしたように息をついた。

「カオリおばさんですか?シンジです。」

カオリは驚いた様子はなく、少し残念そうな口調で答えた。

「シンジくん?今、マナは出かけてるのだけど…」

どうしてこの番号を知っているのか聞かないところをみると、全部カオリさんには伝わっているな。
シンジはそう考え、前置きをせずに話を続けることにした。

「どこにいるのか分かりますか?」

「いつもは海岸に行っている筈だけど…」

そして、カオリはある地名を告げた。

「そうですか…じゃあ、とりあえずそのあたりを探してみます。」

「シンジくん…」

カオリの口調がやけに沈んで聞こえた。
シンジは心の準備をしながら尋ねかえる。

「はい。」

「会わなかった方が良かったと思うかもしれないけど、それでもいいの?」

その言葉にシンジは一瞬、凍りついたが、すぐに意を決して答える。

「大丈夫です。覚悟はできてます。」

「わかった。じゃあ、何も言わないわ。あの子をよろしくね…」

電話を切ってシンジは小さく息をつく。
会わなかった方が良い…か。
それは何度となく自分自身に問いつづけた質問だった。
でも、僕はどうしようもないんだ。
まずマナにあって全て話をしないと。
そうでないと、どこにも進めないから。
シンジは地図でカオリから告げられた場所を確認すると、その場所に向けて歩き始めた。
 
 
 
 
 
 

彼女はぼんやりした表情で、ベンチに座っていた。
目の前には真っ青な海が広がっている。
椰子の木が作った小さな陰の下、彼女は一人だった。

「はぁ…良い天気ね…全て終わったらゆっくり泳ぎたいな…」

そう小さく呟き、ため息をつく彼女。
と、いきなり肩を叩かれて、驚いて後ろを振り返る。

「どうかしたのかい?こんなところで一人で。」

一人の男性がにやりと笑みを浮かべて彼女を見る。
その男性を見て、彼女はほっとため息をつく。

「お早いお着きね…」

笑みを大きくして、その男性は尋ね返す。

「で、どうして、私のかわいい娘がこんなところにいるんだ?」

彼女はその彼の問いを無視して、上目使いで彼に告げる。
ここにどうして彼女がいるのか、彼は百も承知のはずだからだ。

「やっぱりアレのせいみたい…」

彼は彼女の答えを期待していなかったのか、別に気分を害するわけでもなくこっくりと頷いた。

「そうか、大体の話は聞いているが、多分そうだろうな…
いや、それ以外考えられないと言った方がより正確だな。」

その言葉を聞いて彼女はため息をついて、視線を海に向ける。
彼も彼女の視線を追って、海に視線を向ける。

「で、一緒に来た彼は今、どこにいるのかい?」

「彼女のところへ。」

「…そう…か。」

首を振って、彼女はうつむく。

「私、止められなかった…
あれだけの決意を持っている人達を止められなかったよ…」

「…」

「でもね…あの二人を見ていると、何が一番良いのかわからなくなったの…
だって、一緒にいても、離れていても悲劇は避けられない。
それなら一緒にいたほうが…」

それきり彼女は黙ってしまう。
そんな彼女に父親である彼は視線を向けたが、何も言わなかった。
二人はそのまましばらく沈黙していた。
波が打ち寄せる音、風で椰子の葉がざわめく音だけが辺りに響いていた。
 
 
 
 
 
 
 

マナは白いワンピース姿で砂浜に来ていた。
この辺りは遊泳禁止区域になっているのであまり人はいない。
もう少し西に向かえば有名なビーチが点在しているのも関係があるかもしれない。
波打ち際をゆっくりと歩いていく。
彼女の足跡が砂浜に刻まれる。
もうどれくらいそうして歩いていただろうか、彼女はふいに立ち止まり空を見上げる。
雲一つない晴天。
あの日もこんな風に良い天気だった。
シンジと二人で行った海。
繋いで手の感触や砂浜を歩いた時の砂の感触を今でも覚えている。



マナは目をぬぐった。
涙で空がにじんでしまったから。
もう、二度とあんな風にシンジと時間を過ごすことはできない。



私はそれを選んでしまった。
でも、遅かれ早かれ、私はその選択をしただろう。
彼に迷惑をかけないために、そしてこれ以上悲しませないように。
これが最善の選択だったはず。
早ければ早い方が良かったのだから…


でも、理性は納得しても、感情は納得していない。
シンジの傍にいたい。
彼をずっと見ていたい。
そう強く私の感情は私の心に告げている。



残された時間が、後わずかであればなおさらなのかもしれない。



海から吹く風が彼女の髪を舞わせる。


右手を髪に当て、髪を落ち着かせる。

髪も切ってしまおう。
もう、シンジに見せることもないのだから…
切ってしまおう…


駄目だよ…
すごく胸が痛いよ。
どうしようもなく心が泣いてるよ。
シンジに会いたい。
今すぐにでもシンジの元へ飛んで行きたいよ。
ねぇ…
こんなに好きなのに…
私はこの思い全てを忘れないといけないの?
そんな難しいこと、本当に私にできるの?
私には…


そんなこと…


 
 
 
 
 
 

「マナ…」
 
 
 
 
 
 

その声はマナの背後から聞こえた。
マナは自分の心を鷲づかみにされたような感覚を味わった。
この声…
まさか…
マナは振り向かずにその場に立ちすくんでいた。
そんな…
どうして、ここに…
 
 




NEXT
ver.-1.00 2000/07/17公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!



あとがき

どもTIMEです。
Time-Capsule第39話「南洋の楽園」です。

ハワイ編スタートです。
シンジ、アスカは遂にハワイにやってきます。
#正確にはオアフ島ですが。

マナは散歩に出かけ、シンジは一人でそのマナを探します。
アスカは独自にあることを確かめようと自分の父親に会います。
そして、シンジはマナを見つけました。

マナはどうするのでしょうか?

次回は、再会したシンジとマナの会話、そしてアスカとマナの会話を中心に書いていきます。

では次回Time-Capsule40話でお会いしましょう。
 





 TIMEさんの『Time Capsule』第39話、公開です。






 あー憧れのハワイ。

 青い空のハワイ。
 白い雲のハワイ。
 透き通る海のハワイ〜。


 うらやましい。

 2000年7月の大阪は只暑いだけです。。。



 シンジが
 アスカが
 マナが

 ・・・・楽しんでいる暇はないみたいなので、
 ・・・・羨ましくないってことにしておきます (^^;



 すすめすすめ




 さあ、訪問者のみなさん。
 TIMEさんに感想メールを!!










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