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シンジは目を覚ました。
最初に視界に入ったのは見なれた自分の部屋の天井。
大きくため息をついて、ゆっくりと体を起こすシンジ。
汗で寝巻きが気持ち悪い。
シンジはもう一度だけ大きくため息をつく。

夢だったのか…

そして、シンジは机の上に置かれている時計の日付に視線を向けた。
その時計は8月31日と表示されている。
ベッドから降り、寝巻きを着替えてシンジは部屋から抜け出した。
廊下に出てシンジはマナの部屋に向かう。
音を立てないように、そっとマナの部屋のドアを開けるシンジ。
そして、開いた隙間から部屋の中を覗きこんだ。
空が薄く明るくなっている中、その薄明かりでベッドにマナがいることが見て取れた。
ゆっくりとベッドの元に歩いていくシンジ。
マナが安らかな寝顔で眠っている。
まるで天使だな。
シンジはそう思い微笑むと、マナを起こさないように部屋から出た。
自分の部屋に戻ってきて、ベッドに座り込むシンジ。
夢だったのか…
しかし、リアルな夢だった。
マナが僕の傍からいなくなって…



シンジは首をかしげる。
どうしてだろう?
思い出せない。
凄く大変だったような気がすけど、具体的なことは何も思い出せない。


首を振って小さく息をつくシンジ。
まぁ、いいか。
夢だったんだし。
気にすること無いか。
それに、マナは僕の傍にいてくれるし。

寝よっと…
まだ、朝までは少し時間があるだろうし…

おやすみ…

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
TIME/2000
 
 

第35話

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

どこか、遠いところから声が聞こえて来た。

「…きて。」

誰だろ?
この声、僕はよく知っている。

「…ジ、…きてよぉ。」

そう、この声は。

「シンジ、起きてぇ。」

シンジはゆっくりと目を開けた。
視界に入ったのは、自分の顔を覗きこんでいる女の子だった。

「マナ…どうしたの?」

ちいさく息をつき、やはりゆっくりとシンジは体を起こす。
軽く頭を振る。
頭の奥のほうがかすかに痛む。
ここ数日同じような感じだ。
何なのだろう?
首を傾げるシンジにマナは小さくため息をつく。

「ほら、早く起きてよ。いくら休みだからってもう11時だよ。」

シンジはその言葉に壁にかかっている時計を見る。

「へ?もうそんな時間なの?」

「だから、起こしに来てあげたのよ。」

「ありがと。」

シンジは慌ててベッドから降りる。

「じゃあ、私はおば様と病院に行って来るから。」

シンジは思い出したように答える。

「あぁ、検査だったね。」

そう答えて、何故かシンジは言い様のない不安に襲われた。

「大丈夫…だよね?」

シンジのその不安そうな表情にマナは首をかしげる。

「大丈夫よ、ただの夏バテなんだから、おば様が心配するから見てもらうだけだし。」

「そうか…わかった。」

ほっと息をつくシンジにマナはくすりと微笑む。

「何かか変だよ。今日のシンジ。」

マナが部屋から出て行く。
シンジはクローゼットから服を取りだし、着替え始める。
ふと、シンジは先ほど夢を見ていたことを思い出す。
そう、夢の中でマナは…

ボタンをかける手を止めてシンジは少し考え込む。
何だっ田だろ?



思い出せない。

またか…

 
 
 

シンジはぼんやりと窓から見える風景を眺めていた。
真っ青な空が広がり、所々に白い雲が浮かぶ。
開けた窓から入ってくる風はカーテンをわずかに揺らす。
心が重い。
なぜだろう?
どうして今日はこんなに気が沈むのだろう?
こうして何もしないでいると、不安が押し寄せてくる。
どうしてだろう?
わからない。
何も不安はないはずなのに。
なのにどうしてだろう?
どんどん心が沈んで行く。
 
 
 
 

碇家の電話が鳴る。
シンジは部屋から顔を出す。
そうか。
今誰も居ないんだっけ?
確か、マナと母さんは一緒に出かけてるはず。
廊下を歩きながらシンジは首をかしげる。
でも、母さん今日、会社どうしたんだろ?
何か、少し様子がおかしかったし。
そして、受話器を取る。

「はい、碇…」

「シンジ!アンタ、何やってるのよ〜!!」

ものすごい声が受話器から出て、シンジの耳は何も聞こえなくなった。
さらに受話器から怒号が聞こえてくるが、シンジはふらふらして理解できなかった。
なんだ?
何なんだ?
この声は、アスカだよね。
どうして、アスカがいきなり怒鳴ってくるんだ?
訳わかんないよ。
しばらく受話器を見つめているシンジ。
やがて、その怒号は小さくなっていく。
シンジはアスカの怒号が一瞬止まった隙に話しかける。

「どうしたの?」

シンジは驚いた。
その問いに答えたアスカの声が震えていたのだ。
まるで泣いているかのように。

「なに…って、何なのよぅ。私のこと…好きだって言ってたくせにぃ…」

シンジはおろおろしながら答えた。
こんなアスカの声を聞いたのは始めてだったから。

「ねぇ、いったいどうしたの?さっぱり意味わかんないよ。」

しかし、アスカは相変わらず震えた声で言葉を続ける。

「…もう、そんなにアタシのことからかいたかったの?…そんなにアタシのこときらいなの?」

シンジはさらに混乱してしまった。
こんなアスカは始めて見た、というか聞いた。

「あの…話が全く見えないんだけど。」

「どうして?あの子がいいんだったら…そう言えばいいんじゃない?」

「あの子って、マナ?マナがどうしたの?」

次の一言はシンジから彼の思考能力を全て奪い去った。

「だって、子供できたんでしょ?」

「はぁ〜?」

思わず叫んでしまうシンジ。
子供。
子供って…あの子供だよね?
でも、誰の?
僕の?
マナが?
だって僕は、僕は…
シンジはとりあえず確認してみることにした。

「あの、子供ってもしかして僕の?」

「そうよ…それ以外の誰なの?

少し、元気を取り戻したのか、アスカは詰問調で答えた。

「でも、僕何もしてないよ…」

「どうして嘘つくの?男なら、したらしたとはっきり言えば良いじゃない。」

「だから、してないって言ってるじゃないか。」

「本当?」

「本当だよ。そういうのは奥手だって知ってるだろ?」

自分で言って照れてしまうシンジ。
しばらくの沈黙。

「本当に?」

「だから、本当だよ。誰に聞いたか知らないけど、マナとはキスだってしてないんだから。」

そこまで言って、シンジはしまったと思ったが、アスカはそのシンジの言葉で納得したようだ。
大きく深呼吸をして、明るくアスカが答える。

「はぁ…そうだよね。冷静に考えれば、シンジがそんなこと出来るはずも無いよね。」

シンジはしぶしぶその意見に従った。

「何か、ひっかかるけど…そうだよ。」

受話器からくすくす笑う声が聞こえてくる。

「はぁ、ばっかみたい。泣いて損しちゃった。」

「で、誰に聞いたの?マナに子供ができただなんてデマを。」

言いにくそうに、ちいさくつぶやくアスカ。

「ヒカリ。鈴原と一緒にマナとユイおばさんが、大学病院から出てくるところを見たんだって。」

「大学病院?」

「そう。それで、妊娠しちゃったんじゃないかって。」

「そりゃ、洞木さんにしては珍しいはやとちりだな。」

でも、二人で病院に行ってたんだ?
どこに行くかは聞いてなかったんだけど、やっぱり、マナの身体の調子が悪いの見てもらってたのかな。

「でも、それ以外に考えられないって。」

シンジは少し首をかしげる。
確かに、誤解しそうな場面ではあるけど…
それでも冷静に考えれば、そんなことないと判断できると思うんだけどなぁ。

「そう言われれば…そうだけど。
でも、マナ、最近身体の調子が悪いって言ってたから、それを見てもらったんじゃないかな。
大学病院には父さんの知り合いが勤めているから。」

「そうなんだ…」

大きくため息をつくシンジ。

「もう少し、冷静に考えてよ。」

「ごめんなさい。」

「まぁ、いいけど。」

「…」

黙ってしまうアスカ。
シンジは話を換えることにした。

「ところで、そっちの様子はどう?」

「うん。それなりにやってるよ。」

明るく答えるアスカ。
何故かそれを聞いて、シンジは安心している自分がいることに気がついた。
どうしてだろ?
そう思ったが、深く考えないことにした。

「そうか。」

そう答えるシンジ。

「うん、そう。」

また、会話が途切れる。

「ねぇ、また電話しても良い?」

「あぁ、いいけど。」

「じゃあ、またそのうちかけるね。」

「うん。」

「じゃあ、切るね。何かすごく疲れたから、もう寝ちゃうわ。」

「そうだね。」

「じゃあ、おやすみ。」

「おやすみ。」

電話を切ってため息をつくシンジ。
しかし、妊娠だなんて。
まったくとんでもない事思いつくなぁ。
そこではっとある事に思い当たるシンジ。
まさか、アスカ以外に広めてないよな…
慌てて、受話器を掴もうとしたが、ベルが鳴り始める。
シンジはごくりとのどを鳴らせて、その受話器を取る。

「はい、碇です。」

「洞木です。」

「はぁ、アスカから電話あったよ。」

「やっぱり…でも、こういうことははっきりさせておいた方が…」

「あのね、全然違うんだけど。」

そのシンジの言葉に沈黙するヒカリ
きっちり10秒経過した時、ヒカリがやっと声を漏らす。

「え?」

「え?じゃないよ。洞木さんらしくないよ。いきなり子供ができただなんて。」

「だ、だって。」

「冷静に考えれば分かりそうなものでしょ。」

「だって、図書館に行ったときもすごく調子悪そうで…」

「うん。それは僕も気になってたけど、最近夏バテか何かで身体の調子が悪かったみたいだし。
それに大学病院には父さんの知り合いがいるから、その人に見てもらったんじゃないかな。」

ため息をつくヒカリ。

「そうなの…私、てっきり…」

「アスカ以外の人に話した?」

「ううん。他には誰も。でも鈴原が。」

「そうだね、じゃあ、今から電話しないとね。」

「それは私がするわ。もともと私達の勘違いなんだし。」

「そう?じゃあ、お願いするね。」

電話を切って盛大にため息をつくシンジ。
まいったな。
この調子じゃあ、学校は大変だぞ。
行きたくなくなってきた。
 
 
 
 
 

部屋のドアがノックされた。
もう時間は6時過ぎを指している。
シンジは雑誌に向けていた視線を上げて、ドアに向かって答えた。

「はい、開いてます。」

かちゃりと音を立ててドアが開き、向こう側から女の子が顔を出す。

「マナ?帰ってきたんだ?」

彼女はこくこくと頷いて、部屋に入ってくる。
少し表情が硬い。
シンジは首をかしげた。
どうしたんだろ?
やっぱりどこか調子が…
ベッドに腰掛けているシンジの隣に彼女は座る。

「何かあったの?」

彼女はじっとシンジの瞳を見つめる。
そしてうつむき、小さく呟いた。

「霧島アヤ。」

その名前を聞いてシンジの顔が青ざめる。
シンジは驚いたように彼女の顔を見つめる。
彼女の唇の端がきゅっとゆがんだ。

「まさか…まさか…」

シンジは立ちあがって彼女を見る。
この子はマナじゃない…
この子は…
彼女はくすくす笑いながら顔を上げる。

「やっと分かったようね。シンジちゃん。」

「アヤちゃん…」

アヤはシンジをじっと見つめる。
ゆっくりと立ちあがり、そして両手でシンジ頬を挟み込むように触れた。

「言ったでしょ。もうあなたは私からは逃げられないの。
あなたが自分の心の中に別世界を作って、そこに逃げ込んでも、私はあなたを逃がしはしない。」

シンジの瞳が見開かれる。

「ほら、もうこの世界も必要ないでしょ。」

その言葉でシンジの周りの世界がまるでガラスを割れるように砕け散った。
二人は赤い砂浜の上に座っていた。

「分かってるはずよ。この世界でさえ、あなたの心の中で作り出された世界。
あなただけから作り出された世界。だから、この世界に存在するもの全てはあなた自身。
私だってそう。私はあなたの心の中にいるアヤ。」

シンジの瞳は何も映していなかった。
ぶつぶつと何かを呟いていた。

「ここはあなたが望んだ世界。あなたが自ら進んで選んだ世界。
だから、あなたはこの世界から抜け出せない。
いつまでも、自分の犯した罪を悔いて、心を傷つけ続け、どんなに願ってもあなた自身の存在を消せない世界。」

アヤの体が光に包まれて消えていく。

「自分の犯した罪に罰を与えるのは誰?
それは他人、それとも神?
あなたは答えを知っているはずよ。」
 
 
 
 
 
 
 

シンジは身動きせずに座って、うなだれていた。
突然シンジの目の前にゲンドウとユイが現れた。
驚かずにシンジは二人に語りかける。

二人は知っていたんだよね。どうして教えてくれなかったの?

ゲンドウは唇の端をゆがめて答えた。

どうした私がそんなことを教えねばならんのだ?
お前の問題だ。
責任はすべてお前にある。
他人を頼るな。

シンジもゲンドウと同じように唇をゆがめた。
二人の姿が消える。

次に現れたのは、レイだった。

レイ…君も知っていたのかい?
僕の犯した罪を。

えぇ…知っていたわ。
でも、私には関係ないことだから。

そう…か…

そして最後にシンジの目の前にマナが現れる。
シンジはそれまで伏せていた顔を上げてマナを見つめる。

マナ…君は僕にこのことを告げるために僕の前に現れたの?
罪を忘れた僕に罰を与えるために。

マナはにっこり微笑んで答えた。
その笑顔はいつもシンジに向けられていた笑顔。
でも言葉は彼の心を打ちのめした。

そうよ。だいたい、私の大切な姉を殺した人なんて好きになるわけないでしょ?

シンジはため息をついてうなずく。
そして、マナの姿が消える。

そう、自分の犯した罪に罰を与えるのは自分。
自分自身なんだ。
だから、僕はこの世界を望んだ。
自分を許せなかったから。
自分自身に罰を与えるために。
だから、僕は…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 2000/03/24公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき

どもTIMEです。

Time-Capsule第35話「罰」です。

導入を読まれて「夢落ちか〜!」と思われた方もいらっしゃると思いますが、そうは問屋がおろさないですよ。
きっちりストーリは続いています。
シンジが自分自身で作り出した世界。
彼はそこに閉じこもってしまいますが、それでもアヤは見つけ出してしまいます。
自分自身が作り出した世界なのに、彼はその世界から抜け出す術を持っていません。

さて、前話からシンジの心理世界での出来事を書いてますが、次回はハワイに行ったマナのお話です。
シンジと離れて生活を始めているマナですが、シンジの事ばかり考えているようです。

では、次回TimeCapsule36話「揺れる心」でお会いしましょう。






 TIMEさんの『Time Capsule』第35話、公開です。







 逃げられないのよ

 どんなに私から遠ざかろうとしても

 あなたは私に近づいているの

 だって地球は丸いんだモン!



 と言うわけで。ではないけど (^^;


 アヤに追いかけられるシンジに逃げ道は逃げ場所はないのです・・くう



 向き合うには大きすぎるし
 にげるにも。


 これは大変です。
 大変なことになりそうです。


 丸いんだモン!





 さあ、訪問者のみなさん。
 さあさあさあTIMEさんに感想メールを送りましょう!








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