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「今日、マナちゃんと一緒に行って来ます。」

その日の朝、テーブルに座ってゲンドウはいつものように新聞を読んでいた。
その向かいの席に座るユイ。
ゲンドウはゆっくりと新聞を閉じてそれをテーブルに置く。
シンジとマナの二人ともまだ起きだしていない。
夏休みであれば、早く起きる必要も無いわけで、二人とも9時を過ぎるまでは起きてこない。

「そうか…」

いつもと変わらない調子で彼は答える。

「自覚症状が?」

ゲンドウのその問いにユイは首を振って答える。

「最近、身体が少しだるいそうです。旅行のときに貧血で倒れたみたいだし。」

「なるほど…」

何かを考え込むように沈黙したゲンドウにユイは告げた。

「念のため調べてきます。」

「そうだな、データは彼の方にも送っておいてくれ。」

ゲンドウはサングラスをはずすと額の辺りをもむ。
そして、ユイを見る。

「どう思う?やはり予定より進行が早いのだろうか?」

立ち上がろうとしたユイの動きが止まる。
そして、まじまじとゲンドウの顔を見つめる。

「あなたはどう思います?」

首を振って、ゲンドウはサングラスを身につける。

「希望を言えば、そうであって欲しくはない。しかし、そうも言っていられない。」

ユイはしばらく黙っていたが、ゆっくりとうなずいた。

「そうですね。」

「一度霧島と話をした方が良いな。」

そして、小さくつぶやく。

「また、彼を悲しませてしまうことになるが。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
TIME/99
 
 

第29話
記憶の欠片
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「はぁ、やっと終わったで〜。」

トウジは大きく背伸びをして、課題のノートを閉じる。
隣に座っていたヒカリがにっこり微笑む。
その日の午前中全てを費やし、トウジは課題を終わらせた。

「もう、どうして、いつもギリギリまでかかるのかしら。」

ため息をつきつきヒカリがそうつぶやく。

「そやかて、ちゃんと終わらせとることに間違いはないやろ?」

トウジのその言葉にヒカリは不満げに頷く。

「それは…そうだけど…」

何か言いたそうな表情を浮かべているヒカリにトウジは不思議そうな視線を向ける。

「なんや?ご機嫌斜めやな?」

トウジのその問いに、うつむくヒカリ。

「もういい…」

そのヒカリのしぐさを見て、トウジはニヤリと笑う。

「ちゃんと覚えてるで。」

そう告げると、ポケットから映画のチケットを取り出す。
それは夏休みの最初に二人が交わした約束。
トウジはそのチケットを机の上に置く、そして、ヒカリの顔を見て尋ねる。

「これやろ?ヒカリの見たかったんは?」

ヒカリは驚いたように、そのチケットとトウジの顔を見比べる。

「どうして?」

「まぁ、約束やったしな…」

トウジは少し照れたように鼻をかく。
ヒカリはチケットを受け取って、嬉しそうにトウジに微笑む。

「ありがと…」

「まぁ、何や、いつも世話になりっぱなしやし、これぐらいわやな…」

トウジの言葉はそこで途切れる。
ヒカリがトウジに抱きついたからだ。

「ヒ、ヒカリ。」

「ありがと…すっごく嬉しい。約束覚えてくれてたんだ。」

「そ、そりゃ、ヒカリとの約束やからな。」

見詰め合う二人、そして…
 
 
 
 
 
 

「マナちゃん!」

シンジはその木に持たれかかっている女の子を見て、慌てて駆け寄った。
そして、ゆさゆさと肩を揺らす。
女の子は小さく息をつき、目を覚ます。
もたれている木の影に入って眠りこけたようだった。

「シンジ…くん?」

その言葉を聞いて、安堵のため息をつき、こくこくうなずくシンジ。

「わたし…寝てたの?」

「そうみたいだね。」

マナはゆっくりと起きあがって、手を伸ばして大きく背伸びをする。
丘を登ってきた風がマナの髪をそよがせる。
舞った髪が太陽の光を映して輝く。

「もう、12時だよ。帰ってお薬飲まないと…」

「え〜、もうそんな時間なんだ。」

マナは立ちあがって、スカートをぱんぱんと払った。

「また、お母さんに怒られちゃうよ〜。」

二人は家に向かって歩き出した。
いくつもの波のように草々を揺さぶって、風が吹いてくる。

「気持ちいいね。」

マナはにこにこ微笑みながらそう言った。

「そうだね。」

「ね…そういえば…」

マナはシンジを見て、首をかしげる。
 
 
 
 
 

「へぇ…みんなにバレてるの?」

彼女のその問いにケンスケはこくこくうなずく。

「今のところは女の子達だけみたいだけどね。」

ミカはケンスケの首元に頭を預けて、小さく息をついた。
二人はミカの部屋にいた。
モノトーンで統一された部屋の壁にケンスケがもたれていた。
そして、ミカはそのケンスケの胸にもたれていた。
その淡いブラウンの瞳が、まじまじとケンスケの瞳を見つめる。

「ケンスケは嫌なの?私とのこと認めるの。」

少し、からかうような口調でミカはそう尋ねた。
慌てて、ケンスケは首を振る。

「そうじゃないんだ。でも、今までのことを考えると…」

ミカは普段のケンスケの話から、何を気にしているかは知っていたので、くすくす笑い出す。

「それは自業自得、今までさんざん、シンジくんやトウジくんをいじめたんだから。」

「それは、そうなんだけど。」

ミカはケンスケの方に身体をよじると、首元に手を伸ばす。

「私のこと好きなんでしょ?」

じぃと顔を見つめられ、ケンスケは赤くなり視線を逸らす。
そして、小さな声で答える。

「そ、そりゃ…好きだけど。」

ミカは不満そうに唇を尖らす。

「あぁ〜、今、返事するまでに考えたでしょ。
そうなんだ、私のこと愛してないんだ〜。」

そういって、顔をケンスケの胸にうずめる。
そして肩を振るわせる。
それはまるで泣いているようにケンスケには見えた。
慌てて、ケンスケはこうミカに告げた。

「そんなことないよ。好きだよ。」

その言葉にぱっと顔を上げてケンスケの顔を見つめる。
お互いの鼻が降れそうな距離で見つめ合う二人。

「ほんとう?」

「うん、ほんとうだよ。」

ミカはにっこり微笑んで、こう告げた。

「じゃあ、態度で示して…」

そして瞳を閉じて、ケンスケの方に顔をあげた。
 
 
 
 
 

駅の改札で手を振っている女の子を見たとき、シンジは一瞬マナかと思った。
しかし、その女の子の言葉でシンジはマナでないことを悟った。

「シンジくん。お久しぶり。」

シンジは恥ずかしそうにこっくりと頷いた。

「迎えに来てくれたの?」

シンジのその問いに女の子はにっこりと微笑んでうなずいた。

「うん。父さんが行って来なさいって。
ここから病院までちょっとややこしいから。」

その女の子はシンジが持っているちいさな鉢植えの花を見て微笑む。

「ありがとうね。お見舞いに来てくれて。」

「マナちゃん、最近よく入院してるからって聞いたから、心配で…」

「そうね。最近ちょっと身体の調子が良くないみたいで。」

駅から出て、正面のロータリーを迂回して、二人は歩道を歩き始めた。

「一年ぶりよね?」

その問いにシンジは少し考えてから答えた。

「うん、そうだね。前来たときも夏休みだったから。」

「レイちゃんは?」

「最初は一緒に来るはずだったんだけど、親戚に不幸があったから、これなくなったんだ。」

シンジは申し訳なさそうに答えた。
そんなシンジの様子を見た女の子は首を振って答える。

「それなら、仕方ないよ…」

そして、何か思い出したように微笑む。

「そうそう、シンジくんが来ること、まだ、マナには内緒にしてあるからね。」

「そうなの?」

「うん、だって、驚かせたいじゃない?」

女の子はにっこり微笑む。
まるで、どんないたずらをしようか迷っているかのような笑み。
シンジもつられてにこにこ笑う。

「そうだね…その方が面白いかも。」

シンジはふと、マナと交わした約束を思い出した。

「僕が大人になったら必ず、会いに行くから。」

そう約束したけど、ちょっと早いよね。
でも…
でも、すごく心配だったから。
だから…
シンジは考え事をしていたので、それに気がつかなかった。

「あぶない!」

その声を聞いて。
そして次の瞬間。
 
 
 
 
 
 
 

マナとユイの二人は、歩道を並んで歩いていた。
8月の最終日とは言え、まだ太陽の投げかける日差しは強い。
太陽と街路樹が作る陰影が歩道の上には作られていた。

「お仕事だいじょうぶなんですか?」

マナのその質問ににっこりと微笑むユイ。

「まぁ、あの人が主任だから、なんとでもなるわよ。
それに人様のお子様を預かっているんだし、これぐらいは当然よ。」

はにかんでマナは答える。

「すいません。」

「いいのよ。私も少し前から気になってたから。」

なんとなく黙ってしまう二人。
セミの鳴き声がまだうるさいほど響いている。

「ねぇ…マナちゃん。」

「はい?」

「ご両親と離れて寂しくない?」

マナはその問いに少し驚いたようにユイを見る。

「離れてですか?」

「そう。」

マナは視線を空に向けて少しだけ考える。
空は雲一つ見当たらなかった。
まだ夏は続いている。

「寂しいと言えばそうだし、寂しくないと言えばそうだし…」

そうつぶやいて、ユイに視線を向けるマナ。

「何か、はっきりしないです。」

「そう…」

「でも、来年の3月までですし。せっかくだから、最後までこっちで過ごしたいなとは思ってます。」

「それだけど…」

ユイは少しためらっていたが、思いきって告げる。

「もし、マナちゃんが望むなら3月を過ぎてもウチのいても良いのよ。」

「え?」

「もし、3月が来てもマナちゃんがここにいたいと思うのなら…」

「本当ですか?」

そのマナの問いにユイはこくりとうなずく。

「一応、ご両親の了解は取っているわ。ただ…」

そこまで言ってユイははっと我に返ったように言葉を切る。

「ただ?」

不思議そうに問い返すマナにユイは慌てて手を振って答える。

「ううん。ただ、マナちゃん次第だから。」

「そうですね。決めるのは私ですね。」

「まぁ、まだ半年以上先の話だから、ゆっくり考えて。」

「そうですね。」

マナは何かを考えているようにゆっくりとうなずく。
その横顔を見てユイは胸が締め付けられる感覚を味わっていた。
でもね、マナちゃん。
もしかすると、来年の3月には、もうあなたは…
そこまで考えてから、ユイはその考えを断ち切るかのように首を振った。
 
 
 
 
 
 
 
 

「マナちゃん!」

シンジはその女の子の後姿を見つけて、そう呼びかけた。
そして、たったったと駆け寄る。
女の子は振り向いて、シンジを不思議そうな顔をして見つめる。

「マナちゃん、何処に行くの?」

そう尋ねるシンジ。
女の子はくすくす笑い出すと、シンジににっこりと笑いかける。

「私はマナじゃないよ。」

「え?」

シンジはもう一度、女の子をじっと見つめる。
来ている服も、髪の長さも、瞳の色も全てマナと同じだった。
だって、やっぱりマナちゃんじゃ…
混乱しているシンジを見て、女の子はさらにくすくすと笑っている。

「でも…」

「シンジく〜ん。」

背後から声が聞こえる。
シンジは驚いた。
その声はマナの声だったから。

「え〜?」

シンジは驚いて、後ろを見る。
そこには、自分の目の前にいる女の子と同じ服を着た女の子が、
こちらに向かって駆けてくる。

「え〜?」

シンジは驚いたように、その二人を交互に見つめる。
どうして?
そっくりだよ?
いったいなにがどうなったの?
そして、駆けてきた女の子はシンジともう一人の女の子を見てくすくす笑い出す。

「もしかして、私と間違えたの?」

もう一人の女の子はこくこくうなずく。

「そうみたい。この子がシンジくん?」

マナ(駆けてきた方だ)はこくこくうなずく。

「始めまして、シンジくん。」

女の子はにっこりと微笑む。
シンジはとまどったように、マナに尋ねる。

「マナちゃんにそっくりなんだけど…」

「そりゃ、そうよ…」

彼女は微笑んで言葉を続けた。
 
 
 
 

「あれ?マナちゃん?」

ヒカリが指を差した先には、マナとユイが歩いていた。

「確かこの先は大学病院やな。」

トウジが首をかしげる。

「それに一緒におるんはシンジの母ちゃんやな。」

「あぁ、ユイおばさんね。すごくきれいなのよねぇ。」

二人は顔を見合わせる。

「でも、どうして、二人が大学病院から?」

トウジは考え込む。
そして一つの結論にたどり着く。

「もしや…」

ヒカリは首をかしげながら、トウジの次の言葉を待つ。

「もしや?」

「子供が出来たとか?」

勢い良くトウジの頭を張るヒカリ。

「そんなわけないでしょ!!」

「でもやな、なんであの二人が病院から出てくるんや?」

そのトウジの自信ありげな表情にヒカリは口篭もる。
そう言えば、図書館で勉強した時。
あの時はマナちゃんが見ていられなくなって席を立ったんだと思っていたけど…
もしかして…?
でも、そんなはずは…
だって、だって…
でもそう考えれば、あの時の行動も納得がいく。

「そ、それは…」

そうでないとは思いたいが、それを否定する材料がいない。
その代わり、肯定する材料はある。
得意げにトウジはヒカリに告げる。

「そやろ?」

「でも、どうしてシンジくんが一緒にいないの?」

最後まで引っかかっていたことを尋ねるヒカリ。

「それはやな…」

またしても考え込むトウジ。

「シンジにはまだ知らしてないんとちゃうか?」

「確認するために、まずはシンジのお母さんに知らせた?」

二人はまじまじと顔を見合わせる。

「これは…」

「えらいこっちゃで。」

そして二人はそれぞれの家に帰ると、このネタを盛大に広めるのであった。
その被害者の一人がドイツにいた…
 
 
 
 
 

碇家の電話が鳴る。
シンジは部屋から顔を出す。
そうか。
今誰も居ないんだっけ?
確か、マナと母さんは一緒に出かけてるはず。
廊下を歩きながらシンジは首をかしげる。
でも、母さん今日、会社どうしたんだろ?
何か、少し様子がおかしかったし。
そして、受話器を取る。

「はい、碇…」

「シンジ!アンタ、何やってるのよ〜!!」

ものすごい声が受話器から出て、シンジの耳は何も聞こえなくなった。
さらに受話器から怒号が聞こえてくるが、シンジはふらふらして理解できなかった。
なんだ?
何なんだ?
この声は、アスカだよな。
どうして、アスカがいきなり怒鳴ってくるんだ?
わけわかんないよ。
しばらく受話器を見つめているシンジ。
やがて、その怒号は小さくなっていく。
シンジはアスカの怒号が一瞬止まった隙に話しかける。

「どうしたの?」

シンジは驚いた。
その問いに答えたアスカの声が涙で震えていたのだ。

「なに…って、何なのよぅ。私のこと…好きだって言ってたくせにぃ…」

シンジはおろおろしながら答えた。

「ねぇ、いったいどうしたの?さっぱり意味わかんないよ。」

「…もう、そんなにアタシのことからかいたかったの?…そんなにアタシのこときらいなの?」

シンジはさらに混乱してしまった。
こんなアスカは始めて見た、というか聞いた。

「あの…話が全く見えないんだけど。」

「どうして?あの子がいいんだったら…そう言えばいいんじゃない?」

「あの子って、マナ?マナがどうしたの?」

次ぎの一言はシンジの思考能力を全て奪い去った。

「だって、子供できたんでしょ?」

「はぁ〜?」

思わず叫んでしまうシンジ。
子供。
子供って…あの子供だよね?
でも、誰の?
僕の?
マナが?
だって僕は、僕は…
シンジはとりあえず確認してみることにした。

「あの、子供ってもしかして僕の?」

「そうよ…それ以外の誰なの?

少し、元気を取り戻したのか、アスカは詰問調で答えた。

「でも、僕何もしてないよ…」

「どうして嘘つくの?男なら、したらしたとはっきり言えば良いじゃない。」

「だから、してないって言ってるじゃないか。」

「本当?」

「本当だよ。そういうのは奥手だって知ってるだろ?」

自分で言って照れてしまうシンジ。
しばらくの沈黙。

「本当に?」

「だから、本当だよ。誰に聞いたか知らないけど、マナとはキスだってしてないんだから。」

そこまで言って、シンジはしまったと思ったが、アスカはそのシンジの言葉で納得したようだ。
大きく深呼吸をして、明るくアスカが答える。

「はぁ…そうだよね。冷静に考えれば、シンジがそんなこと出来るはずも無いよね。」

シンジはしぶしぶその意見に従った。

「何か、ひっかかるけど…そうだよ。」

受話器からくすくす笑う声が聞こえてくる。

「はぁ、ばっかみたい。泣いて損しちゃった。」

「で、誰に聞いたの?マナに子供ができただなんてデマを。」

言いにくそうに、ちいさくつぶやくアスカ。

「ヒカリ。鈴原と一緒にマナとユイおばさんが、大学病院から出てくるところを見たんだって。」

「大学病院?」

「そう。それで、妊娠しちゃったんじゃないかって。」

「そりゃ、洞木さんにしては珍しいはやとちりだな。」

でも、二人で病院に行ってたんだ?
どこに行くかは聞いてなかったんだけど、やっぱり、マナの身体の調子が悪いの見てもらってたのかな。

「でも、それ以外に考えられないって。」

シンジは少し首をかしげる。
確かに、誤解しそうな場面ではあるけど…
それでも冷静に考えれば、そんなことないと判断できると思うんだけどなぁ。

「そう言われれば…そうだけど。
でも、マナ、最近身体の調子が悪いって言ってたから、それを見てもらったんじゃないかな。
大学病院には父さんの知り合いが勤めているから。」

「そうなんだ…」

大きくため息をつくシンジ。

「もう少し、冷静に考えてよ。」

「ごめんなさい。」

「まぁ、いいけど。」

「…」

黙ってしまうアスカ。
シンジは話を換えることにした。

「ところで、そっちの様子はどう?」

「うん。それなりにやってるよ。」

明るく答えるアスカ。
何故かそれを聞いて、シンジは安心している自分がいることに気がついた。
どうしてだろ?
そう思ったが、深く考えないことにした。

「そうか。」

そう答えるシンジ。

「うん、そう。」

また、会話が途切れる。

「ねぇ、また電話しても良い?」

「あぁ、いいけど。」

「じゃあ、またそのうちかけるね。」

「うん。」

「じゃあ、切るね。何かすごく疲れたから、もう寝ちゃうわ。」

「そうだね。」

「じゃあ、おやすみ。」

「おやすみ。」

電話を切ってため息をつくシンジ。
しかし、妊娠だなんて。
まったくとんでもない事思いつくなぁ。
そこではっとある事に思い当たるシンジ。
まさか、アスカ以外に広めてないよな…
慌てて、受話器を掴もうとしたが、ベルが鳴り始める。
シンジはごくりとのどを鳴らせて、その受話器を取る。

「はい、碇です。」

「洞木です。」

「はぁ、アスカから電話あったよ。」

「やっぱり…でも、こういうことははっきりさせておいた方が…」

「あのね、全然違うんだけど。」

そのシンジの言葉に沈黙するヒカリ
きっちり10秒経過した時ヒカリが答える。

「え?」

「え?じゃないよ。洞木さんらしくないよ。いきなり子供ができただなんて。」

「だ、だって。」

「冷静に考えれば分かりそうなものでしょ。」

「だって、図書館に行ったときもすごく調子悪そうで…」

「うん。それは僕も気になってたけど、最近夏バテか何かで身体の調子が悪かったみたいだし。
それに大学病院には父さんの知り合いがいるから、その人に見てもらったんじゃないかな。」

ため息をつくヒカリ。

「そうなの…私、てっきり…」

「アスカ以外の人に話した?」

「ううん。他には誰も。でも鈴原が。」

「そうだね、じゃあ、今から電話しないとね。」

「それは私がするわ。もともと私達の勘違いなんだし。」

「そう?じゃあ、お願いするね。」

電話を切って盛大にため息をつくシンジ。
まいったな。
確かに、図書館に行ったときに調子悪そうな時があったし、
みんなでキャンプに行ったときも貧血で倒れたし。
だいじょうぶなのかな?
帰ってきたら聞いてみようか?
 
 
 
 
 
 
 
 

夕方、シンジの部屋でマナとシンジはベッドに並んで座っていた。
どこからかヒグラシがなく声が小さく聞こえてくる。

「で、結局どうだったの?体の方は?」

シンジのその問いにマナは首を傾げて答える。

「うん、少し身体が疲れているようだって。」

「それってはっきりしない答えだね。」

「うん。検査結果は来週だって。」

それを聞いて、シンジは驚いたように尋ねる。
ただの夏バテとかだと思っていたから、検査と聞いて驚いたようだ。

「そんな本格的にやったの?」

「ついでだからって…」

「ついで、ねぇ。」

シンジは納得がいかないようにつぶやく。
マナはそんなシンジににっこりと微笑みかける。

「でも、子供できたなんて、すごい早とちりね。」

シンジは苦笑を浮かべる。

「まぁね。まさか、そんなに発想が飛ぶとは思わなかった。」

マナはちょっと考え込むしぐさを見せてつぶやく。

「でもそれって、周りからはそういう風に見えてるってことなのかな?」

シンジはどきりとしてマナを見つめる。

「そ、そういう風って。」

「だから…」

そこまで言って、マナは真っ赤になる。
そしてシンジから顔を隠すようにうつむく。

「もう、そんなこと言わせないでよ…」

ちいさな声でそう答える。
シンジも真っ赤になって答える。

「…ごめん。」

子供…か。
シンジはふとマナの横顔を見つめて考えていた。
僕とマナの子供。
ありえない話ではないよね。
もちろん、まだずっと先の話だけど。
二人の子供…か。
どんなんだろ?
やっぱり男の子だと僕似で、女の子だとマナ似になるんだろうな。
う〜ん。
でも、あんまり良くわかんないや。
まだ先のことだもんね。
って、そうなるかどうかって問題もあるね。
苦笑を浮かべるシンジ。

「ねぇ、シンジは子供好き?」

ふいにマナがそうたずねてくる。

「子供?好きかな。人様の子供しか見てないけど。」

その答えににっこり微笑んでうなずくマナ。

「私は子供好きだな。ましてや自分の子供だったら…」

そして、マナが次にとった行動はシンジの予測していないものだった。

「え?」

シンジは疑問を口にするだけでマナの行動を押しとどめられなかった。
マナがシンジを押し倒していた。
そして、シンジの顔をまじまじと覗きこむ。
そのマナの瞳はいつものようにきらきらと輝いている。
シンジを見るときのマナの瞳だ。
でも、何か微妙に違う気がする
気のせいだろうか?

「ねぇ…シンジ。」

マナの髪がシンジの頬に触れる。
少しくすぐったい。
シンジは動揺を声に出さないように勤めながら答える。

「何?」

どうしたんだろ?
いきなりこんなことするなんて…
いつもは…
シンジの思考をさえぎるようにマナは囁いた。

「好きだよ。シンジ。」

その言葉を聞いた、シンジの胸が痛む。
どうしたんだろ?
やっぱりいつものマナらしくない。
何か、違う気がする。
何なんだろ?

「うん。」

マナの様子がどうあれ、シンジはこうしか答えられない。
まだ、自分の気持ちがはっきりとしていないからだ。
心の底では、受け入れても良いのではないかと思っている。
でも、それを押しとどめている自分がいる。
それが何かはわからない。
でも、はっきりとこう告げているのが聞こえる。
まだ早い。と。
全てが分かるまではマナの気持ちにこたえてはいけない。と。
それが何を意味するのかわかり始めた気がする。
最近自分が、良く見る夢。
昔の思い出のかけら。
それらが、何かを意味するのではないか。
そしてそれが自分をちゃんと見つめることになるのではないかと。
そう考えるようになった。
シンジを見ていたマナの瞳がうるむ。
マナの唇が動く。
それは声にならなかったが、
シンジにはマナが何を言ったのか分かったような気がした。
マナは何かを知っている。
僕が忘れているか知らない何かを。
聞いてみたい。
でも、聞けない。
たぶん、聞いても教えてはくれないだろうから。
なぜだかそう思う。
確信的にそう思ったから、シンジはそのことを聞けなかった。

「ごめんね。」

シンジの答えを聞いて、そう小さく呟くマナ。
そして置きあがって、ベッドから立ちあがる。
シンジに背中を向けたまま、マナは告げる。

「大丈夫、身体の方は平気だから。」

ドアの方に歩いていき、シンジの方を振りかえるマナ。
にっこりと微笑む。

「おやすみなさい。」

部屋から出て行くマナ。
身体は平気。
マナはそう言った。
でも、本当はどうなのだろう?
さっきの行動はそれが原因じゃないのか?
何か不安なのではないか。
だから…

でも、何があるっていうのだろう?
シンジは息をつく。
それに今は…

「身体の方は…」

と言った。
じゃあ、マナの心はどうなのだろう?
シンジはマナが出ていったドアを見つめながらそう考えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 1999_11/10公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき

どもTIMEです。

TimeCapsule第29話「記憶の欠片」です。

「できちゃった」と勘違いしたトウジ、ヒカリによって騒動が起こるわけですが、
実はまだこの騒動は解決してません。
しかも、もうすぐ始業式です。
トウジの話を聞いたクラスメートはちゃんと真相を知っているのでしょうか?
#ケンスケと共にボコスカの可能性も。わらい。

さらにこの病院での検査は、「マナの真実」編のとっかかりにもなっています。
それがシンジの封印されている記憶とはどう関わってきているのか、
またシンジの夢の中で現れているマナそっくりの女の子は誰なのか等、
いろいろな要素と絡みながらストーリーは展開していきます。

さて、次回ですが、長かった夏休みも終わって2学期の始業式です。
#本当に長い夏休みでしたねぇ。詠嘆。
しかし、トウジが流した「できちゃった」事件はクラス中に広まりまくっています。

では次回TimeCapsule第30話「嵐が来る」でお会いしましょう。
 






 TIMEさんの『Time Capsule』第29話、公開です。






 ヒカリちゃんの大ポカ〜


 トウジが。なら如何にもだけど、
 ヒカリが。というのはビックリだよね。



 そういう信頼があるヒカリが伝えた情報・・・

 いまさら否定しても、
 もう、手遅れなのじゃ。だ(笑)



 クラス中、
 学年中、
 学校中、
 町中、

 ・・・・どこまで行くのかな(爆)





 マナちゃんは人気がありそうだし、
 闇夜に気を付けよう、シンジ。です〜








 さあ、訪問者の皆さん。
 続くTIMEさん感想メールを送りましょう!









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