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ここは何処だろう?

僕はぼんやりと辺りを見まわした。

見覚えがある風景。

何処までも広がる草原に一本の大きな木。

そしてその木の根元には…

僕は駆け出した、その木に向かって。

近くにあると思っていたのだが、遠い。

その木にたどり着いた時にはもう息が切れていた。

しかし、その木の根元には僕の予想していた通り。

一人の女の子が眠っていた。

麦藁帽子を脇において、丸くなって眠っている。

その子のことを僕は良く覚えていた。

でも、どこの誰だっけ?

僕はこの子を知っている。

はっきりしているのはただそれだけ。

僕はその子の右隣に腰を下ろす。

草原を風が渡っていく。

風に揺られた草々が波のように揺れている。

頭上からセミの声が聞こえる。

僕は影を作っている木を見上げる。

葉が幾重にも重なるように僕の頭上を覆っている。

風が吹いて枝がゆれるたびに木漏れ日がきらきらと輝く。

まるで夢の中のような光景。

そして、僕は気づいた。

これは夢なんだと。

僕が作り出したイメージの中の光景だと。

だから、こんなに穏やかで、心安らぐのだろうと。

僕がそう納得しかかったときに、その声は僕の心に響いた。

「違うよ。それは違うの。」

先ほどまで寝ていた女の子が立ちあがって僕を見ている。

その瞳は引き寄せられそうに澄んでいた。

その子は僕ににっこりと微笑んで、こう言った。

「この場所は実在する場所だよ。あなたは小さいころここにやって来ているの。」

僕はもう一度あたりを見まわす。

「でも、僕は…覚えてないよ。」

その子は悲しそうに首を振った。

「それは悲しいことがあったから。あなたが思い出すのを拒んでいるの。私のことを。」

「拒んでいる?」

女の子は立ち上がった。

「でもあなたは思い出さなければいけない。」

彼女の体がふわりと浮いた。

「真実を見つめて。逃げないで…それがあなたと私と私のかわいい…」

そして、その女の子の体は光の粒になって消えた。

「約束…それはいったい…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
TIME/99
 
 

第27話
記憶の底に眠るもの
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ねぇねぇ、行くでしょ?」

その言葉に自分の部屋で雑誌を広げていたシンジは顔を上げた。
と、目の前に何かのチラシが付きつけられている。

「何が?」

マナがシンジの前に座ってチラシを渡す。
シンジはそのチラシを受け取ってまじまじと見つめる。

「花火大会。今日の夜。」

マナが勢い込んでシンジに顔を寄せる。
鼻が触れそうな距離で二人は見つめあう。

「花火大会?」

こくこくうなずくマナ。

「そう、今日の夜8時から。」

「ふうん。毎年やってるやつ…ね。」

しばらくそのチラシの内容を眺めてから、
シンジはそのチラシをマナに返す。

「たぶん、黙っててもお誘いは来ると思うよ。」

シンジの返事に首をかしげるマナ。

「そうなの?」

と、電話が鳴る音が聞こえてくる。
シンジはしたり顔でうなずく。

「ほら、噂をすれば…だ。」

ドアがノックされて、ユイがひょいと顔を出す。

「シンジ、鈴原君から電話よ。」

「ほらね。今日のお誘いだよ。」

シンジは立ちあがって部屋を出る。
それに続くマナ。
受話器を取って返事をするシンジ。

「はい、代わりました、シンジです。」

「おう、シンジか。今日花火大会なんやけど。」

予想とおりとはいえ、シンジは思わずふき出してしまう。

「なんや、どうかしたんか?」

怪訝そうなトウジの声。

「いや、なんでもない。」

そう答えて、隣で様子を見ているマナにウィンクして見せるシンジ。
マナは首を傾げて見せる。

「で、誰が行くの?」

「話が早いな。とりあえず、ワシといいんちょぐらいしかおらんのやわ。」

あることに気づき、シンジはたずねる。
こういう時は必ず参加するはずのケンスケの名前が挙がらなかったからだ。

「ケンスケは?」

「なんか親戚のところに泊まりにいってるんやて。」

「ふうん。」

「で、シンジらはどうかと思うて。」

「いいよ。ちょうどマナとその話していたところ。」

「ほな、一緒に行くか?」

「そうだね。」

待ち合わせ場所や時間などの細かい話をしてからシンジは電話を切った。
そして、マナに微笑みかける。

「今日7時半に駅まで待ち合わせだって。」

「誰が来るの?」

「それがトウジと洞木さんだけだって。」

「相田君は?」

やはりマナもシンジと同じことを感じたらしい。
シンジは苦笑を浮かべながら答える。

「親戚のところに泊まりに行ってるんだって。」

「そうなんだ。」

シンジは時計を見る。
まだ昼の2時だ。
今日の分の夏休みの課題は午前中にマナと一緒に済ませたので、特にすることもない。

「う〜ん。6時くらいにご飯を食べてから準備するとして、
中途半端に暇だなぁ。」

「そうね…でもたまにはいいんじゃない?ぼおっと過ごすのも。」

マナのその答えにうなずくシンジ。

「そうだね。ぼんやり昼寝でもして過ごすかな。マナはどうするの?」

「私?私はちょっと約束があって…」

視線をそらせてマナはそう答えた。
少し不思議そうな表情を浮かべたシンジだったが、うなずく。

「じゃあ、僕は部屋に行ってるね。」

「うん。」
 
 
 
 

「シンジちゃん?」

その声にシンジは声のした方を振り向いた。
舗装もされていない小さな農道をてくてくと歩いている時のことだった。
振り向いた先には一人の女の子がにっこりと微笑んで立っている。
麦藁帽子をかぶってブルーのワンピースを着ている。
彼女はそのままとことことシンジの隣にやってくる。

「マナを探してるの?」

その問いに素直にうなずくシンジ。
頭上の太陽がじりじりと焼け付くような日差しを投げかける。
当然シンジも野球帽をかぶっている。
この炎天下の中、帽子なしでは日射病になってしまう。

「うん。おばさんがそろそろお薬の時間だからって。」

少し驚いたようにその少女はシンジに答える。

「もう、そんな時間?」

こくこくうなずいてシンジは答える。

「うん。あと30分で12時だよ。」

それを聞いて彼女はうなずいて答えた。

「じゃあ、アタシも一緒に探してあげる。
たぶん、マナはお薬のこと忘れてるよ。」

シンジもうなずく。

「ありがと。」

「じゃあ、シンジちゃんはこの先の方を探して、私は用水路の方を探すから。」

「うん。わかった。」

シンジはうなずくと彼女に手を振って別れ、てくてくと歩き始めた。

「う〜ん。どこだろ?」

きょろきょろと周りを見渡しながら、シンジはその道を歩いていく。
しばらく探したがマナは見つからない。
しかたなく立ち止まってマナを呼んでみることにした。

「マナちゃ〜ん。」

そして、返事を待つ。
しかし、しばらく待っても返事は聞こえない。
どこなんだろ?
シンジは首をかしげてしばらく考え込む。
セミやほかの虫の鳴き声がうるさいほどに辺りに響いている。
太陽はほぼ真上にやってきている。
もう12時が近い証拠だ。
ときおり吹き付ける風が草の匂いを運んでくる。
この先にはちょっとした草原があったっけ?
そしてそこには…

もしかして、あそこかな?
シンジはふと、その風の匂いで思いついた場所に行くことにした。
 
 
 
 
 

「あれ?」

シンジはリビングでそのマナのワンピース姿を見て声をあげた。

「どうかした?」

マナはTVからシンジに視線を写す。

「い、いや、何でもない。」

シンジはそう答えると、マナの向かいのソファに腰を下ろす。
どうしたんだろ?
あのワンピース姿を見たら…
何か、変な感じがした。
何だろ?
どうしてこんなに…
胸が痛い…
そう痛むのだろう?
ふとマナの視線に気づき首を傾げて見せるシンジ。

「シンジ、ちょっとおかしい。」

シンジの顔を見つめるマナ。

「おかしい?」

「うん。さっきから私のことじぃっと見つめて。」

「そうかな?」

「そうよ。」

マナが不満そうに口を尖らせる。
シンジは苦笑を浮かべて答える。

「いや、別にたいしたことじゃないんだ。ただそのワンピースが。」

「これ?」

「そう、気になって。」

マナは自分が着ているワンピースを見る。

「これってお母さんが自分用に昔作ったものなの。」

「おばさんが?」

「そう、そのとき私の分も作ってくれたんだけど、
もう着れなくて、これもらったんだ。」

「小さいとき…」

「そう…」

二人は黙り込んでしまう。
シンジは何か引っかかるものを感じながら視線を伏せる。
なんだろ?
この感じ。
何か引っかかる。
そう、まるで何処かに何かを置き忘れて来たような。
ふと顔を上げると、真剣な顔をしたマナが見つめてくる。
シンジと目が合って、慌ててにっこりと微笑むマナ。

「何か思い当たることでもある?」

まるで、シンジが思い出すことがあるかのような口調でマナはそうたずねた。
シンジは首を傾げて答える。

「さぁ、何か引っかかるんだけど、思い出せないなぁ。」

「そう…」

うまくごまかそうとしていたが、その口調は少しがっかりしているようだった。
シンジは不思議の思って聞き返そうとしたが、
マナが立ち上がってしまったため、タイミングを逸してしまった。

「とりあえず、ご飯の準備するね。」

「今日は僕達が作るんだっけ?じゃあ、僕も手伝うよ。」

シンジも立ち上がり、キッチンに入っていくマナを追いかけた。
それで、その話は終わってしまった。
 
 
 
 
 
 

「まだまだ暑いなぁ。」

前を歩くトウジが持っているうちわで顔をぱたぱたとあおぐ。
となりを歩いているシンジが苦笑を浮かべてトウジの顔をあおいでやる。
神社に向かう歩道の途中が花火を見るのに一番良いということで、
四人は待ち合わせの場所から神社に向かって歩いていた。
歩道には同じ目的で歩道を歩いている人がいる。

「しょうがないよ。夏だもの。」

「まぁ、そうやけど、せめて夜くらいはもうちっと涼しくならんかいのぉ。」

シンジとトウジの後ろを歩いていたヒカリが答える。
前にシンジとトウジが、その後ろをヒカリとマナが歩いていた。

「そう言わないの。これでも大分涼しくなってきてるじゃない。」

「そうよ。いくら文句言っても、こればかりは、どうにもならないんだから。」

マナがヒカリの援護をする。
その絶妙のタイミングに苦笑を浮かべるシンジ。
最近、以前にも増して二人とも仲良くなったな。

「何、にやついとんのやシンジ。」

むすっとしていたトウジからそう言われて慌てて手を振るシンジ。

「何でもないよ。」

「さてはかわいいねーちゃんでも見とったな。」

肩を組まれてそうたずねられ、シンジは大きくため息をつく。

「そんなわけないよ。」

「そうよ。どこかの誰かさんみたいなことしないわよ。」

背後からトウジの頭をこづくヒカリ。

「いてっ。ちょっとした冗談やがな。」

「鈴原が言うと、本気にしか聞こえないの。」

「ほら、ヒカリちゃん、そんなに怒ってるとせっかくの浴衣がもったいないよ。」

はっと我に返るヒカリ。
ヒカリとマナは浴衣姿だった。
ヒカリは自分で、マナはユイに着付けをしてもらっている。

「でも、自分で着付けできるってすごいよね。」

「知り合いに着付けができる人がいて教えてもらったの。」

二人とも良く似た紺色の浴衣を身に着けていた。

「ほな、そろそろ場所とって座るか。」

目的の場所に来て、トウジが開いている場所がないわ見まわす。
神社への石段に座ると、花火が打ち上げられる方が開けている。

「ふうん。みんな勝手に座ってるのね。」

「早い者勝ちだしね。」

4人は適当に石段を上って、開いていた場所にシートをひく。
真中にヒカリとマナそれぞれの横にトウジとシンジが座る。

「鈴原くんのリュックに何が入ってるかと思えば、これが入ってたのね。」

ニヤリと笑みを浮かべるトウジ。

「まぁ、毎年のお約束やな。」

「ふうん。」

「時間は?」

「今7時50分だから、もうすぐだね。」

ヒカリとマナは何か料理の話を始めた。
ぼんやりと辺りを眺めていると、トウジがシンジの傍にやってきた。

「ところで…シンジ。」

トウジが顔を寄せ、声をひそめてシンジに話しかける。

「ケンスケのことやけど。」

「どうかしたの?」

「おかしいと思わんか?」

シンジはトウジを見てうんうんうなずく。

「やっぱりトウジもそう思う?」

「あぁ、思う思う。これまで、これだけは欠かさず来てたしな。」

「やっぱり、おかしいよね。」

「もしかしてこの中におるかもしれん。」

シンジは慌てて周りを見渡す。
もちろんケンスケらしき人影は見えない。
花火を見に来ているのに自分達とは一緒に来ない。
その理由はいくらにぶいと言われるシンジにもわかることだった。

「もしかして…」

「そうや、女や、女と一緒に来てるかもしれんで。」

トウジは真剣な表情でうなずいた。

「どうかな?だって…」

そこまで言ってシンジははっと思いつく。
そういえば、最近妙にケンスケ仲のいい女の子が一人…

「まさか?」

トウジはしたり顔でうなずく。

「そのまさかや。」

正しいとは思っていても確認せずにいられないシンジ。

「ミカちゃん?」

トウジはこくこくうなずく。
やはりトウジも同じ事を考えたらしい。

「やろな。」

「はぁ…にわかには信じがたいけど…ありえる話だよね。」

シンジは空を見上げて大きくため息をつく。
確かに、最近良く会っていたみたいだし、
昔のように一緒に遊びに行こうって誘われなくなった。

「そやろ。どうも最近アイツ、人付き合いが悪いと思っとったんや。」

「なるほど、確かに僕のところにも去年みたいに遊びに来なかったし。」

そうなると、思い当たるフシがいくつかある。
腕を組んでうなずくシンジ。

「やっぱりこれは調査せんとな。」

「もちろん。」

目を輝かせてうなずき合う二人。
二人ともこれまでさんざんケンスケには女の子のことで言われてきたため、
反撃するチャンスを掴んで喜んでいた。

「ほら、花火始まるわよ。なに男二人で囁きあってるのよ。」

「なんか委員長、最近、惣流みたいな口の聞き方になってきたな。」

そうぼやくとトウジは立ち上がり、もといたヒカリの隣に戻っていく。

「はぁ、トウジも大変だ。」

その後姿を見つめてぼやくシンジに、マナが不思議そうな視線を向ける。

「何が、大変なの?」

「い、いや、別に大したことじゃないんだ…ほら、打ち上げが始まるよ。」

そのセリフが終わると同時に夜空に花火がぱっと開く。
周りからどよめきが起こる。

「本当だ〜。すごく良い場所ね。」

それを見て、ほっと小さくため息をつく。
よかった。
何か最近マナって妙に地獄耳なんだよな。
めったなこといえないよ。
と、マナがシンジの方を向く。

「な、何?」

マナがからかうような笑顔を浮かべる。

「後で、鈴原くんの何が大変なのか教えてもらいますからね〜。」

「げ。」

マナはにこにこ微笑むと本格的に打ち上げが始まった花火に視線を向ける。
シンジは苦笑を浮かべる。
やっぱりバレちゃってるよ。
マナの横顔に視線を向けるシンジ。
花火のヒカリがマナの横顔を照らし出す。
しばらく、その横顔に見とれるシンジ。
そして、ふとシンジの脳裏に昼間のマナとの会話が思い出された。
あの時感じたことは何だったのだろう?
どうして僕は…
別に何も変わっていないシンプルなワンピース。
でも、まるで、電撃に打たれたように僕の体がしびれて。
ふっと、何かが…
目の前に浮かんだ気がする。
何だったんだろう?
そのシンジの耳に貸すかに声が聞こえた。
花火の音があたりに響く中で、その声は小さいがはっきりと聞こえた。

「だい…じょうぶ…しんじちゃん…は、わるく…ない…から…だから…なか…ないで…」

なんだろ、今の声?
どこから?
シンジはきょろきょろと周りを見渡す。
シンジの様子に気づいたマナが不思議そうにシンジを見つめる。

「どうかした?」

そうたずねられて、首を振るシンジ。

「いや、なんでもない…なんでもないんだ。」

シンジはむりやり笑顔を浮かべるが少し顔が青ざめていた。
首をかしげてマナは視線を花火の方に移す。
シンジはうつむいた。
今の声…
どこかで聞いたような気が…
どこだ?
どこで聞いたんだろう?
やっぱり僕は、まだ何か思い出さないといけないことがあるのか?
シンジはそう考えながら無意識のうちに腕を組んでいた。
マナは花火を見つめながら、ワンピースを見た時のシンジの表情を思い出していた。
やっぱりあのワンピースはまずかったかな?
おそろいの三着のワンピース。
今は着れなくなった私の分とお母さんの分しか残っていない。
最後の一着は…

「おわっ、すげぇ。」

そのトウジの声に我に返り、目の前で次から次へと開く花火を見る。
思わず息を呑んでマナは見とれてしまう。
きれい…
小さな花火がまとめて開いた。
一瞬まるで真昼のように辺りが明るくなる。
そして、花火の打ち上げは終わった。

「はぁ、終わった、終わった。」

トウジが大きく背伸びをする。

「今年もすごかったわね。」

シンジは時計を見る。
時計は19:45と表示されていた。
少しだけ考え事したつもりだったのに、いつのまにか時間が過ぎてたんだ。
マナは立ち上がって大きく背伸びをする。

「う〜ん。すごかった。あんなの始めて見た。」

「そうだね。」

シンジが最後に立ち上がる。

「どうしたの?ぼおっとしてるよ。」

マナにそう声をかけられてシンジは手を振って答える。

「そうかな?ちょっとあっけにとられてただけだよ。」

なんとかそう言ってごまかす。

「ほな、帰りますか。」

シートをたたみながらトウジがそう言った。
 
 
 
 

二人は帰り道の途中、
歩いている道と交差している道の先に幾つかの夜店が出ているのを見つけた。

「夜店が出てるよ?」

そう告げるマナにシンジは答える。

「確か、ちいさな神社があったから。」

「寄っていこうよ。」

マナに引っ張られて、その夜店が並んでいる通りに入る二人。
そして、マナはとある店の前に立つ。
そこにはさまざまな銀のアクセサリーが飾られていた。

「かわいい〜。」

マナは次から次へと、品物に手を伸ばす。
シンジは苦笑を浮かべながらその様子を見る。
女の子って本当にこういうの好きだよな。
シンジはふと中学の夏休みにアスカと二人で夜店に行ったときのことを思い出した。
アスカ、今、何してるかな?
ふと、そんなことを思い出し、シンジはくすりと笑みをもらす。

「ねぇねぇ、これ欲しい〜。」

マナはひとつの指輪をシンジに見せる。
それはシンプルな装飾が施された指輪だった。

「これペアなんだよ〜。」

そう告げると、シンジにその指輪を渡すマナ。
そして、マナはもう一つの指輪を見せる。

「ほら、おそろい。」

「いや、僕の分は…」

慌ててそう言おうとしたシンジ。
しかし、指輪の代金をマナは店主に渡してしまった。

「私からのプレゼント。」

そう言って、満面の笑みで微笑むマナ。
何か言おうとしたが、シンジは実はその笑顔に弱かった。

「…はぁ、じゃあ、マナのは僕が買うね。」

「ありがと。」

マナの分の指輪の代金を店主に渡すシンジ。

「ねぇ、つけて見せて。」

シンジは肩をすくめるとその指を左手のくすり指にはめた。
さいわいサイズはちょうど良くシンジの指にぴったりとおさまった。
シンジはマナを見て話しかける。

「これでいい?」

しかし、マナは何かに驚いたように固まっていた。

「どしたの?」

不思議そうに首をかしげるシンジ。
マナはそんなシンジを見て、くすくす笑い出す。
そして、少しはにかみながら答えた。

「だって、左手につけるんだもの…」

「え?」

シンジはそう言って、指輪をはめている自分の左手を見た。

「じゃあ、私もこっちにつけるね。」

マナは指を左手のくすり指にはめた。
そしてにこにこ微笑みながらシンジの手を取る。

「ほら、帰ろう?」

そのまま手をつないで道を歩く二人。
マナは空を見上げて、ため息を漏らす。

「こっちでも星がきれいね。」

ふとマナがそうシンジに話しかける。

「うん。そうだね。」

「天の川は見えないけど。」

それきり、黙ってしまう二人。
虫が鳴く声が響く。

「ねぇ…今日着ていたワンピースだけど。」

ふいにシンジがマナに話しかける。
やはり、そのことが引っかかっていた。
何故か、それが全ての鍵を握っているような気がしていた。

「うん。」

「あの服って昔の僕も見たことある?」

その言葉に息を呑むマナ。
シンジをじっと見ながら、マナはこくりとうなずいた。

「そうか…やっぱり…」

シンジはそれだけ答えると、また黙ってしまう。
マナはどうしようかシンジの顔を見て迷っていたが、
思い切ってたずねることにした。

「何か、引っかかるんだね?」

「うん。なぜだかわからない。でも、気になるんだ。」

シンジのその表情を見てマナは微笑む。

「そんなにあせらないで、大事なことだったら、思い出すよ。
思い出せるまで待つしかないよ。」

シンジは私のことを思い出してくれた。
それだって思い出すはずがないってみんな言っていたのに。
だから…

「そうだね…」

「そう、だって、シンジは私のこと思い出してくれたじゃない。
大丈夫、きっと思い出すよ。」

そう…シンジが全てを忘れてしまった理由。
それを私は知っている。
でも、それをシンジに教えるわけには行かない。
私ができることはシンジを信じること。
残されている時間はわずかでも、私はそれをやりたいのだから。
シンジのそばにいたい。
思い出をいっぱい作りたい。
この指輪だってそう。
大切な思い出になるのだから。
マナはもう一度、空を見上げた。
でも、それを思い出すことで、シンジの心は壊れてしまうかもしれない。
もしそうなってしまったら、私は…
二人の頭上には北極星がきれいなひしゃくを描いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 1999_10/23公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき
 

どもTIMEです。

TimeCapsule第27話「記憶の底に眠るもの」です。

いよいよストーリが本編に移行し始めます。
本編とは言っていても、いくつかのお話が平行して動きます。
#〜編っていうのがいくつか動くと。
しばらくは「3人目の思い出」編で進んで、9月終わり頃になると、
「マナの真実」編が立ちあがります。
ちなみにこの中の話の一部をめぞん150万ヒット記念で公開してます。
#マナ編の話です。

さて、この27話では新しくシンジの記憶のお話が出てきます。
まさしくこれが「3人目の思い出」編でメインとなるお話です。
ラストの方でありますが、マナはシンジがマナ達の事を忘れてしまった理由を知っています。
シンジはうっかり彼女達のことを忘れていたわけではありません。
#本人はそう思い込んでいますが。
ある事情のせいで本人がその記憶を封印してしまっているだけです。
マナと会って一緒に過ごすうちのその記憶のかけらが少しづつ甦ってきているわけです。

さて、次回ですが、シンジのことを意識し始めるマナ、
図書館からの帰り、遂に自分の思いを口にしてしまいます。

では、TimeCapsule第28話「告白」でお会いしましょう。
 






 TIMEさんの『Time Capsule』第27話、公開です。







 夏祭り〜

 花火〜


 楽しそうッス(^^)



 シンジやマナはもちろん、
 トウジやヒカリも

 さらに、なんか、なにやら、
 ケンスケも?!




 シンジの記憶とか
 その辺の謎とか

 段々段々明らかになってくる楽しみな展開です☆






 さあ、訪問者の皆さん、
 TIMEさんに感想を送って応援しましょう。








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