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Epsiode 3. A transfer
 
 

”おはよう、シンジ君。調子はどう?”
 エントリープラグ内にリツコの声が響く。
「慣れました。悪くないと思います」まるで覇気のない声。
”それは結構。エヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの位置。回収スポット。全部頭に入っているわね”
「たぶん」
”では、もう一度おさらいするわよ”

 照明の落とされた管制室。説明を続けるリツコの後ろ姿を、ミサトはじっと見つめていた。傍らには制服姿のマリエが立つ。
「では昨日の続き、インダクションモード、始めるわよ」
 その声と共に、眼下の初号機は幻の相手に向かってパレットガンを撃ち始める。
「しかし、よく乗る気になってくれましたね、シンジ君」とオペレータ。
「人の言うことにはおとなしく従う。それがあの子の処世術じゃないの」
 そのリツコの台詞に、マリエは不安げな顔でミサトを見る。
 だが、ミサトは何も言わず、ただ窓の向こうの初号機を睨みつづけていた。

 もくひょうをせんたーにいれてすいっち。
 もくひょうをせんたーにいれてすいっち。
 もくひょうをせんたーにいれてすいっち。
 もくひょうをせんたーにいれてすいっち。

 もくひょうをせんたーにいれて

 かちっ。
 
 

 朝。
 襖が開き、シンジが姿を表す。
 制服にエプロンで朝食の用意をしていたマリエは、振り返って笑顔を投げかける。
「おはよう、碇君」
 だがシンジはマリエを見ようともせず、まるで力のない声で「おはよう」と返すと、そのまま洗面所へと姿を消す。
 マリエのその日のため息は、たいていこうして始まる。
 煎れたてのコーヒー。オレンジジュース。こんがりのトーストの香ばしい匂い。カリカリのベーコンに半熟の目玉焼き。コーンスープの湯気。生野菜のサラダに手作りドレッシング。
 向かい合ってとる朝食の間も、マリエはあれこれと話題を向けてはみるものの、返ってくるのは気のない返事と、重い沈黙だけ。結局、食卓にはマリエ一人の声だけが空しく響く。
 だがその朝は、一度だけシンジが自分から口を開いた。
「ミサトさんは……?」
 その言葉にマリエの顔がぱっと輝く。
「ああ、今日は当直明けでさっき帰ってきたところなの。だからまだ寝かせておいてあげて」
 とびきりの笑顔で応えてみせる。
 だがシンジの表情は薄いベールの向こうだった。光のない目でマリエを見、そして朝食の皿へと視線を降ろす。それきり顔を上げようともしない。
 マリエは用意していた次の言葉を思わず飲み込んだ。落ち着かなげに手にしたコーヒーカップに視線をさまよわせる。食卓に再び戻った沈黙は先刻のものよりも余計気まずいものだった。
 朝食を終えると、マリエはシンジの前に地味な色のナプキンで包まれた箱を置く。笑顔が不自然になっていないか気にしつつ、
「はい、お弁当。今日はちゃんと持って行ってね」
 そして、後片付けをしながら背後に向かって、
「ちょっと待ってて。すぐ片づけるから。今日くらいはいっしょにいこうよ」
 だが、聞こえてきたのは、玄関のドアが開く音だった。振り返るとシンジの姿はなく、机の上に置き去りにされた弁当の包みがあるだけだった。
 マリエは思わずため息を吐く。今日二度目の深いため息。
 これでもう三週間。シンジとまともに口をきけたのは数えるほどだ。
 ミサトの部屋に越してきた日にはそれなりに言葉を交わせたのに、その翌日からシンジは自分からはほとんど口を開かなくなった。ミサトがいるときにはまだマシなのだが、マリエと二人きりのときには目を合せようともしない。
 学校でも、授業中以外はずっとヘットホンをしていて、話し掛けようとしてもなかなか切り出すことが出来ない。
 ただでさえ微妙な時期に転校してきたシンジは、周囲から奇異の目で見られていた。その上、マリエ自身も帰国子女の上に十四歳としては大柄で、日本の中学の中ではひどく目立つ。その二人の取り合わせなど、好奇の目を引くことは必至だった。今のシンジの立場を考えれば、無理に話し掛けて彼に余計な負担を掛けることはしたくなかった。
 現状、唯一稼動可能なエヴァのパイロット。本人が望むと望まざるとに関わらず。
 そして、両親に捨てられた少年。
 だからこそ、優しくしてあげたいと思う。例え本物の家族には及ばなくても、安らげる場所を作ってあげたいと思う。ミサトも同じ想いでシンジをここに連れてきたはずだ。
 だが、それが今の彼には重荷になっているのだろうか? ミサトの云った通り、他人の傲慢な思い上がりだったろうか?
 避けられているのは、自分でも分かっている。だが、何が原因で避けられているのか分からないことが、マリエには悲しかった。
「今日もむだになっちゃったな」
 置き去られた包みを手に取り、ぽつりとつぶやく。
 作ったのがマリエだと分からないように、わざわざ内容を自分のものと変えてあるし、包むナプキンや弁当箱そのものも男子が使うような目立たないものにした。どのくらい食べるのかも、どんな好き嫌いがあるのかもわからないので、十種類あまりの惣菜を少しずつ詰めたりもした。
 だが、それがシンジの口に入ったことは、まだ一度もない。
「くあ」足元でペンギンが鳴いた。「くあっくあっ」それが今日のおれの朝メシかい?
 ペンギンの癖に生魚は一切食べないこの変わり者の胃袋に、マリエの毎日の苦心作は消えている。
「ん、そうだね。今あげるから、ちょっと待って」
 そう言って包みを解く。今朝の一時間分の成果にペンギンががっつき始めるのを見届けて、マリエは学校へ行く準備を始めた。
 
 

「いってきます」
 マリエの声を最後に静寂の戻ったミサトの部屋に、しばらくして無遠慮な電話の音が響いた。
 最初は無視をしていたミサトだったが、延々と鳴り続けるその音にしぶしぶ布団の中から受話器に手を伸ばした。思い切り不機嫌な声を出す。
「はい。もしもしぃ」
”あら、起こしちゃったかしら”
「なんだ、リツコかぁ」ここ数日顔を見ていない親友からと知って、ミサトは諦めて相手をすることにした。
”そんな不機嫌な声で、未来の旦那様からだったらどうするの?”
「余計なお世話よ。大丈夫、彼にはシフトの予定は全部伝えてあるから、こんな時間に掛けてきたりしないわ」
”あらあら、お熱いこと。ごちそうさま”遠回しの皮肉にも頓着した様子がない。
「そんなこと言うために電話してきたの? 用がないなら切るわよ」ミサトは普段から寝起きが悪い。それに加えて寝入りばなを叩き起こされたのだから、これ以上ないくらいの不機嫌さだった。
”そうそう。どう? 彼氏とはうまくいってる?”
「かれぇ?」一瞬婚約者の顔が浮かんだが、すぐにそうではないことに思い当たった。眠気が引いていく。今朝のマリエのしょんぼり顔を思い出したからだ。
「ああ、シンジ君ね。転校して二週間、相変わらずよ。未だに誰からも電話、掛かってこないのよね」
”電話?”
「必須アイテムだから、随分前に携帯を渡したんだけどね、自分から使ったり、誰かから掛かってきた様子、ないのよ。あいつ、ひょっとして友達いないんじゃないかしら」
”マリエはなんていっているの?”
「そのマリエが、一番避けられてるみたいなのよねぇ。気になってたから、今朝ちょうど朝イチに話を聞いてみたんだけど………」
”なんて?”
「越してきた次の日から、ろくに口、きいてないんだって。マリエが作ったお弁当も持たずに行っちゃってるそうよ」
”それはまた極端ね。あなた、いっしょにいて気付かなかったの?”
「私がいるときはそうでもないのよ。ちゃんと話もしてるし。マリエも、なかなか言い出さないけど、言うときはちゃんと言う娘だし、変だなとは思ってたんだけど……」
”それで済むと思ってるの、葛城一尉?”
「そんなこと言ったって、暮らし始めてまた一月も経っていないのよ? あんたが同じ立場だったらどうするってのよ?」
 電話の向こうでため息を付くのが分かった。しまった、言い過ぎたか、とミサトが後悔しかけたとき、リツコは思わぬ言葉を出してきた。
”ヤマアラシのジレンマって話、知ってる?”
「ヤマアラシぃ…? あのトゲトゲの?」
”そう、ヤマアラシの場合、相手に自分のぬくもりを伝えたいと思っても、身を寄せれば寄せるほど、体中の棘でお互いを傷付けてしまう。人間にも同じことが云えるわ。今のシンジ君は、心のどこかで痛みに怯えて、臆病になっているんでしょうね”
「そんなもんかしらね。じゃあ、彼がマリエを避ける理由もそれだっていうワケ?」
”さあ、そこまでは私にも分からないわよ。人の痛みなんてそれぞれだもの。必ずしも他人から見て分かりやすいものとは限らないわ。ただ……”
「ただ、なによ?」
”ただ、マリエが自分と同じエヴァのパイロットだということが、シンジ君には重荷なのかもね”
「どういうこと?」
”考えてもみてごらんなさい。自分が望まない状況に置かれていて、それを思い出させる存在が常に身近にいたとしたら、あなたならどうするかしら?”
 ああ、そういうことか。それは確かに重荷だわね。自分だって嫌になるだろう。
「でも、そんなの現実から逃げているだけじゃない」
”無理云わないの。確かにマリエはしっかりしているからそうは思えないかもしれないけど、あの子達はまだたった十四歳のこどもなのよ”
 ま、そりゃそうだけどさ。
「ともかく、このままにしとくわけにはいかないわ。このままじゃ、マリエの方が先に参っちゃいかねないし」
”どうするつもり?”
「これから考えるわよ。ついさっき事情を聞いたばっかなんだから。とにかく、今は寝かせてぇ。寝不足で使徒がきたんじゃあ、シャレになんないもの」眠気がぶり返してきて、思わず欠伸交じりの言葉になる。
「じゃあね。後は夕方、本部で聞くから」
 親友がいつもの延々と続くお説教を始めそうな気配だったので、ミサトは先手を打って早々に電話を切る。
 寝るのも給料の内。そう自分に言い訳して、ミサトは心地よい惰眠のゆりかごの中に埋没していった。
 
 

 教室に入ると、なんだかやけに人数が少ないような気がした。後片付けをしてから出たのだから、遅刻寸前、とはいかないものの、もうすぐ予鈴が鳴る時刻だ。しかし教室の三分の一はまだ空席のままだった。
 窓際の席で包帯の取れていない綾波レイがぼんやり外を見ている姿と、ヘッドホンをしてうつむいている碇シンジの背中にちょっと目を留め、マリエは自分の席についた。
「おはよう、ヒカリちゃん」隣席の友人に声を掛ける。「今日も少ないみたいだね」
「あ、うん、おはよう」と学級日誌を付けていたイインチョ、こと洞木ヒカリが応える。
「今朝先生に聞いたら、また何人かから疎開するって連絡があったそうよ」そして何か思い出したようで、「あ、そうだ」と席を立ち、模型とビデオカメラで遊んでいる少年のところに行く。
「相田君、昨日のプリント、届けてくれた?」
(ああ、鈴原君ね)マリエはくすっと笑った。思春期の少女らしい意地を張ってはいるものの、ヒカリが鈴原トウジのことを気にしているのは、なんとなく気付いていた。それはまだ「恋」とすら呼べないようなものなのだが、何かがひと押しすればどう転ぶか分からない。
 その時はうまくいってほしいな、などとマリエが考えていると、教室のドアをガラリと開けて黒のジャージ姿の少年がずかずかと入って来た。
「トウジ」「鈴原」二人の声。マリエもちょっと驚く。無理もない。学校が再開されてから丸二週間、彼は学校に来ていなかったのだから。
 そう、ちょうど、第一次直上会戦の直後から。
 良くない予感がマリエの胸に浮かぶ。
「なんや、随分減ったみたいやな」トウジの声はよく響く。だから聞き耳を立てていなくても耳に届いた。
「疎開だよ、疎開」とケンスケ。「みんな転校しちゃったよ。街中であれだけハデに、戦争されちゃあね」
「喜んどんのはお前だけやろな。ナマのドンパチ、見れるよってに」
「まぁね。トウジはどうしてたの。こんなに休んじゃってさ。この間の騒ぎで、巻き添えでも食ったの」
「妹のヤツがな」
 マリエの心臓が跳ね上がった。思わずシンジの背中を見る。
「妹のヤツが、瓦礫の下敷きになってもうて、命は助かったけど、ずっと入院しとんのや。うちんとこ、お父んもおじんも、研究所勤めやろ。今職場を離れる訳にはいかんしな。俺がおらんと、アイツ病院でひとりになってまうからな」
 トウジは拳を握り締める。
「しかし、あのロボットのパイロットはホンマにヘボやな。無茶苦茶ハラ立つわ。味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ」
「それなんだけど………」といったあと、ケンスケは急に声を潜めた。内容はだいたい想像がつく。ここ数日学校中で流れている噂だ。しきりにシンジを指して何か行っているところを見ると、まず間違いないだろう。

 転校生の碇シンジは、あのロボットのパイロット。

 転校してきた時期からすれば、そういう噂が流れるのは無理からぬことだった。
 だが、まだそれを確かめたものはいない。そのことが、未だ彼を安全圏に置いていた。そうでなければ、シンジは今ごろトウジのような境遇の生徒に袋叩きに遭っているだろう。
 だが当のシンジは、ヘッドホンで何も聞こえないのか、身じろぎもしない。守秘義務の説明も受けているし望んで乗っている訳ではないので、自分から話しはしないだろうとマリエは踏んでいたが、もしばれてしまった時に自分だけで彼を庇いきれるか、いささか自信がなかった。
 相手が単純に暴力に訴えてくるのならば、マリエだけでも何とかなるだろう。伊達に物心ついた頃から格闘の訓練を重ねてきた訳ではないのだ。
 だが、陰湿な嫌がらせがないとは限らなかった。子供らしい残酷さは、一度始まってしまえば留まることがない。そうなればもうマリエの手には負えないだろう。
「どうしたの、マリエ。深刻な顔して」ヒカリに声を掛けられて、ようやくマリエは我に返った。
「あ、ううん、なんでもない」慌ててにっこり笑って見せる。
 そのとき、ちょうど担任の老教師が教室に入ってきて、ヒカリの号令と共にホームルームが始まった。
 

「…………このように人類は、その最大の試練を迎えたのであります。二十世紀最後の年、宇宙より飛来した大質量の隕石が南極に衝突、氷の大陸を…………」
 眠い。
 マリエは眠気と闘うので懸命だった。
 眠らない様にしているのは、隣席の生真面目な友人のお説教を聞きたくないからだ。
 はっきり言って退屈だった。もう何度も聞いた話。老教師が並べているのは、所詮操作された表向きの情報にしか過ぎない。これだったら本部医局の医師の話の方が、リアルで何倍も面白いというものだ。
 もともと勉強の得意でない、というより全然ダメなマリエは、詰め込み式の日本の教育制度にまるで適応できていなかった。
「人の話は姿勢を正して聞きなさい」などと言われるものの、大柄な体には椅子や机が窮屈な上に、教師の話が面白くないことこの上ない。アメリカやドイツだったら、とっくに生徒からボイコットされているところだ。
 だから、どうしても授業は上の空になる。もう何度も洞木ヒカリに注意されているのだが、日本に帰国してからまだ数ヶ月のマリエには、どうしても慣れることができなかった。
 こっそり隣席を窺うと、当のヒカリもうんざりした顔でパソコンの画面を眺めている。
 ちゃ〜んす。
 今ならちょっとくらい寝ても文句は言われないだろう。だいたい、ここ二週間、報われない弁当作りで少々寝不足気味だ。
 では遠慮なく………。
 だから、ディスプレイの隅で行われていた密かなやり取りに、マリエは気付かなかった。
 

 どっと教室が沸く。
 その声で、マリエは夢の世界から強引に引き戻された。
「みんな、まだ授業中でしょうっ」洞木ヒカリの金切り声が、寝とぼけたマリエの聴覚を刺激する。
 なに、なに、なにがあったの?
 見ると、シンジの周りを囲んで、生徒のほとんどが集まっている。
「ねぇねぇ、どうやって選ばれたの?」「ねぇ、テストとかあったの?」「怖くなかった?」「操縦席って、どんななの?」
 矢継ぎ早の無邪気な質問に、シンジがうろたえているのが聞こえる。
 ディスプレイに残されたチャットのログを見て、眠気が一気に吹っ飛んだ。

”碇君があのロボットのパイロットとゆーのはホント? Y/N”
”ホントなんでしょ?”
”Y/N”
”YES”

 げげっ。
 マリエは唖然とした。まさか、自分からバラすなんて。自分の予想の甘さを呪ったが、もう遅い。
 シンジがたどたどしい口調で最高機密を片っ端から披露していくのを、マリエはただ頭を抱えて聞くことしかできなかった。
 
 

「あ、あのね、碇君………」マリエの台詞は歯切れ悪いことこの上ない。
 誰もいない屋上。頭上からはきつい日差しが燦燦と照り付けている。相当な物好きでなければ、ほんの十分程の休憩時間にここまで来る輩はいない。だからマリエは、ちょうどトイレから出てきたシンジを、ここまで強引に引っ張ってきたのだった。
「守秘義務の説明、受けたよね? ああいうことは喋っちゃだめ、って云われたの、憶えてる?」
 シンジは視線を合せようとしない。拗ねたような表情でじっと黙っている。
 だからマリエは、どういっていいのか分からず、
「あ、あのね、だから、ああいうこと、軽々しく人に話すと、みんな、迷惑するから………」

「どうして」

 反問は唐突だった。マリエは戸惑った。
「え?」
「どうして喋っちゃいけないの」
「どうして、って………」言葉に詰まる。シンジの言いたいことが良く分からない。
「そんなに僕が目立つのが気に入らないの」
「そ、そういうことじゃ………」
「じゃあ、どうして」
 それまで決して見ようとしなかった眸が、マリエを見る。

 そこにあるのは、むき出しの憎悪。

「なんだよ、なんでも知ってるような顔して、みんなやミサトさんに取り入って。僕がどんなに辛いか、アレにのるがどんなに嫌なのか、知りもしないくせに」
 マリエは足元がぐらりと揺らぐのを感じた。体が震える。
 なに? なに? 彼は何をいってるの?
「お前もアレに乗ってみればいいんだ。そうすれば、そうすれば………」自分の中の激情に言葉を詰まらせる。

「転校生」
 不意にドスの聞いた声が屋上に響いた。
 見ると、何時からいたのだろう、小柄な眼鏡の制服姿と黒ジャージの少年。
「すまんなァ、帆足。ちょっと転校生、借りるで」有無を言わさぬ口調。無造作にシンジの腕を掴むと、引きずるように階段に向かう。
 シンジはまるで無抵抗だった。さっきまでの激情がウソのように、生気のない表情でされるがままになっている。
「あ………」追おうとしたが、脚が動かない。ケンスケの「すまないね」とでもいいたげな愛想笑いを最後に、少年達は屋上から消えた。
 急に体中から力が抜ける。立っていられず、マリエはその場に座り込んだ。

(どうして)

 その言葉が耳の奥に蘇る。
 マリエはそれが聞こえない様に、両手で耳を塞いだ。
 
 

 やがて、長く尾を引くサイレンが響き渡る。

”ただいま、東海地方を中心とした関東、中部の全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の皆様は速やかに指定のシェルターに非難してください。繰り返しお伝えいたします………”
 
 

”目標を光学で捕捉。領海内に進入しました”
「総員、第一種戦闘配置」
「了解。総員、第一種戦闘配置。対空迎撃戦用意」冬月の指令を葛城ミサトが復唱する。
”第三新東京市、戦闘形態に移行します”
”中央ブロック、収容開始”
 異様な物体がスクリーンに映し出されている。のっぺりとした胴体にエラの張った頭部らしきもの。滑稽なほど大きく丸い目玉は、本当に視覚器官なのかあるいは擬態なのか。とてもその巨体を支えきれるとは思えない、短く細い昆虫じみた脚。そして、赤く光る球体。コア。
 それが地上数十メートルの低空を滑るように移動していく様は、悪夢としか言いようがなかった。どのような推進手段を用いているのか、地上の木々を揺らしもしない。
「碇司令の居ぬ間に、第四の使徒襲来。意外と早かったわね」不敵な笑みを浮かべるミサトに、オペレータが応じる。
「前は十五年のブランク。今回はたったの三週間ですからね」
「こっちの都合はお構い無しか。女性に嫌われるタイプね」
 そんな軽口を叩いてはいるものの、発令所内には痛いほどの緊張が張り詰めている。
 前回は運良く殲滅できたが、毎度毎度そううまくいくとは限らない。なにしろ初号機はテストタイプ、実戦向きには作られてはいない。おまけに乗っているのは、三週間みっちりしごかれたとは云え、まだまだシロウトの域を出ていない少年なのだ。
 なにより、前回の会戦では初号機はNervの制御下にはなかった。暴走が起これば確かに勝てるかもしれないが、勢い余ってあの圧倒的な力がこちらの向けられるとも限らない。あのときの恐怖は、その場に居た誰もがまだありありと思い出せる。そのときたずなを引いてくれる筈のパイロットは、どう見ても気弱で、やる気がないことこの上ない。
 どっちに転んでも不安一杯なのだ。冗談でも「大船に乗ったつもりでいろや」とは言える状況ではなかった。
 それでもミサトは強気の姿勢を崩さない。発令所全体が自分の一挙一動に注目していることを承知しているからだ。彼女が少しでも弱気な部分を見せれば、それはたちまち全体に広まる。負の感情は速やかに人間の心を食い荒らす。不安が増幅されれば、普段からは考えられないようなミスだって起こり得る。それは致命傷になりかねない。それだけは避けなければならなかった。
 自分達が失敗するようなことがあれば、人類に明日という日はこない。もう後はないのだ。
 その重圧を一身に背負いつつも、ミサトはスクリーンを睨み付け、笑みを押し上げる余裕さえ見せている。それこそが彼女を戦闘指揮官としてここに立たせている資質に他ならなかった。

 どうってことはないわ。あの時見上げたものに比べれば。

 スクリーンの中では、山間部を通過する使徒に国連軍が迎撃を試みていた。雨のような対空ミサイル、銃撃。しかし使徒はまるで気にするふうもなく、悠然と中空を滑っていく。
「税金の無駄遣いだな」冬月の皮肉そのものの、しかし的確なコメント。そうは言っても、せっかく配備されているのに何もせずに見過ごしたとあっては、後々非難が噴出するのは必至だろう。国連軍にだってメンツというものがあるのだ。
 でもアレ一発で私の何日分のビールの税金なのかしら、などと妙なことを頭の片隅で考えていたミサトに、オペレータの声が飛んだ。
「委員会から再び、エヴァンゲリオンの出動要請がきています」
 ミサトはその形のよい眉をひそめ、苛立ちを顕わにする。
「うるさい奴等ね。云われなくても出撃させるわよ」どのみち私たちにそれ以外の選択肢なんてないんだから。
(でも、アイツ、大丈夫かしら)
 つい先ほどのブリーフィングの時の様子を思い出し、ミサトはふと内心の不安がつのるのを憶えた。
 

 プラグスーツに着替えブリーフィングルームに入って来た碇シンジを見て、ミサトは目を見開いた。
 左の頬が腫れている。明らかに殴られた跡。手当てした様子もない。
「どうしたの、その顔」
 だが、シンジの返答は素っ気無かった。
「なんでもないです」
「なんでもないってことはないでしょう? ちょっと見せて」そう言って手を伸ばしたが、シンジはびくっ、と身を引いた。
 そのとき扉が開き、綾波レイが入って来た。白いプラグスーツに包帯。だが、いつもなら一緒に入ってくる筈の少女がいないことに気付く。
「マリエは?」
「知りません」レイの返事も素っ気無い。
「いっしょじゃなかったの?」
「はい」
 ミサトは眉をひそめた。どうりでレイの準備に時間が掛かった訳だ。怪我が治るまではマリエが着替えを手伝うことになっているのに。
 二人のフォローは任せている筈なのに、シンジ君のことといい、あの娘ったらいったいなにやってるのかしら。
 そう思った途端、ばたばたと足音を立ててマリエが駈け込んできた。ずっと駈け通しだったのだろう、息が弾んでいる。額には玉のような汗。制服のまま、着替えてもいない。
「すみません、遅れました」
「何してたの」ミサトの冷たい声に、マリエはきゅっと唇を噛み締める。
「言い訳はしません」
「時間がないわ。事情は後で聞くから」
 そういってブリーフィングを始めようとしたとき、ミサトはシンジの様子に気付いた。
 明らかにマリエから顔を背けている。その表情は、堅く厳しい。
「どうしたの、シンジ君」
 ミサトの声に顔を上げたものの、表情に変わりはない。こんなに感情を顕わにしたシンジを、ミサトは初めてみたような気がした。
 だが時間がない。やむを得ずミサトは説明を始めた。
 とはいえ、実際にとれる戦法は限られている。
 まだシロウト同然の碇シンジや怪我人の綾波レイに格闘戦を要求する訳にもいかず、結局、ATフィールドを中和しつつパレットガンによる一連射、そして退避。これを繰り返すことになる。
 目標の攻撃手段は分からないが、仮にその射程が初号機のATフィールド中和限界距離より長い場合には、一旦撤退し別途手段を考える。
 行き当たりばったりでとても作戦とは呼べないのだが、とれる中では最善の策といえた。というより、他にやりようがない。せめて相手の手の内くらい分かっていれば他の手を考えることもできるのだが、それは望むべくもなかった。
 パイロットは碇シンジ。四十パーセントを超えるシンクロ率を考えれば、妥当な線というところか。交代要員として綾波レイ。初号機とシンクロできない帆足マリエはバックアップ、要するにパイロットの世話係。
 そのシフトを聞いた瞬間、シンジの顔が不安に歪むのが分かったが、今はそれに構っている余裕はない。
「何か質問は?」ミサトがお決まりの台詞を云う。誰もが口を開かない。緊張と不安だけが返ってきた。
「よろしい。では、出撃、準備」
 

 そして今、碇シンジはエントリープラグの中に居る。その顔は、いつもの生気のないものに戻っている。もうどうでもいいや。そんな声が聞こえてきそうな表情。
「シンジ君、出撃。いいわね」
”はい”
 そのシンジに、赤木リツコが説明を繰り返す。
「よくって。敵のATフィールドを中和しつつ、パレットの一斉射。練習通り、大丈夫ね?」
”はい”
 本当に大丈夫なのか、といいたくなるようなシンジの応え。だが、今更迷っても仕方がない。ミサトは決断する。
「エヴァンゲリオン初号機、発進」
 
 

 射出から五秒弱。ビルに偽装した射出口が開き、パレットガンを装備した初号機が姿を表す。
「ATフィールド展開」とオペレータ。
 聞き取れないほど小さな声で、シンジが何かぶつぶつ言っているのが聞こえる。だが、いちいち気にしていられない。目標はもう目前だ。
「作戦どおりに。いいわね、シンジ君」
”はい”
 だが初号機は、ビルの陰から飛び出すなりライフルを乱射した。狙いも何もない。着弾の煙が舞い上がる。
「バカっ。爆煙で敵が見えないっ」冗談ではない。敵を見失ってしまったら、どうしようもないではないか。
「一旦後退して。射程外まで下がるのよ」
 だが初号機はその場でライフルを構えたままだった。マイクがシンジの荒い息を拾う。
 なにやってるのよ、あのバカ!
 爆煙の中から光が走った。次の瞬間、初号機はライフルを真っ二つにされ、どう、とその場に倒れこむ。傍らの偽装ビルが、すっぱりと切り裂かれて倒壊した。
 光の鞭。だが、あれが目標の武器ならば、射程は知れている筈! いける!
「予備のライフルを出すわ。受け取って」ミサトは身を乗り出して指示する。だが動かない初号機。「シンジ君?」
 爆煙が晴れ、使徒が姿をあらわす。その両脇からうねうねと光る鞭が伸びる。
 その姿に、叩き折られたライフルを放り出し初号機は無様に逃げ出そうとした。だが逃げ切れるほど相手は甘くはない。いくつかのビルを道連れに、大地にねじ伏せられる。再び上がる爆煙の中、何かのスパークが走った。
「アンビリカルケーブル断線!」
「初号機、内部電源に切り替わりました」
「活動限界まで、あと四分五十三秒」
 オペレータの報告に、ミサトは呆然とした。
 何故? 少なくとも目標の能力はこちらの予測範囲内だったというのに、何故こうなってしまったんだろう?
 だが呆けている場合ではない。気を取り直して次の指示を出そうとした瞬間、スクリーンの中で初号機が中空高く放り出されるのが見えた。
 地響きを立てて初号機が山の中腹に叩き付けられる。
「ダメージは?」ミサトの問いにオペレータが即答する。
「問題なし。いけます」
 だが次の瞬間、ミサトの顔が驚愕に歪んだ。
 初号機の指の間、ほんの数メートルの隙間に二人の少年がうずくまっていたのだ。
 住民データから引き出された身元に、
「シンジ君のクラスメイト?!」
「何故こんなところに?」それはこっちが聞きたいわよ、リツコ。嗚呼、なんて最悪。どうしてこう、次から次へと……。
 案の定、シンジは固まってしまっている。下手に動いて少年たちを踏み潰したりしたら……。その考えが、初号機の動きを止めてしまっている。その上空に悠然と使徒が迫る。
 繰り出された光の鞭を、少年たちをかすめて振り上げられた掌が掴んだ。初めての積極的な動き。級友たちを目の当たりにして、ようやくまともに動けるくらいは冷静になったらしい。今しかなかった。
 とりあえず、今の碇シンジでは、まだとても使い物にならないことだけは分かった。一時退却。その後、パイロットを綾波レイに変えて再出撃。これしかない。
 だが、その前に足元の少年たちを何とかしなければ。いかに自分たちの失敗が世界の破滅を招くとはいえ、そのために目の前で脅えている子供たちをぺたんこにしていい、という理屈はない。
「接触面に融解発生」
「初号機、活動限界まであと三分二十八秒」
 オペレータの声がミサトに決断を迫る。
 よし、やるしかない。おんな葛城ミサト、腹ァ括ります。
「シンジ君、そこの二人をエントリープラグへ。二人を回収した後、一時退却。出直すわよ」
「ミサト?」案の定、赤木リツコが非難の声を上げる。「許可のない民間人を、エントリープラグに乗せられると思っているの?」
 もちろん思ってなどいない。だが、今は非常時だ。細かいことに構っていられない。
「私が許可します」大見得を切るミサト。
「越権行為よ、葛城一尉!」
 そんなことは承知の上。後の厳罰より今の勝利。勝ってしまえばどうとでも言い訳がきく。逆に、負けてしまえば人類そのものが消えてしまうのだから、厳罰もナニもない。
 それに、戦闘中の最高指揮官であるミサトが「やる」というなら、基本的に技術部は「ハイ、左様で」というしかないのだ。実際、これを止める権限を持っているはずの冬月副司令が何も口を挟まずにいるのだから、それは認められたも同然だった。
 ほんの数瞬の言外の争いのうちに、ミサトは命令を下す。
「エヴァは現行命令でホールド。その間にエントリープラグ排出。急いで」
 エヴァの背部ハッチが開き、白く長大なプラグが吐き出される。これで他の攻撃手段があったら一巻の終わりなのだが、使徒は鞭を掴まれたまま身動き取れなくなっている。どうも本日の指揮官どのは、状況には恵まれなかったが、使徒には恵まれていたらしい。
 少年たちがあたふたとプラグに潜り込むのを見届けて、初号機は動いた。ぐいっと鞭を引き寄せると、そのまま街の方に放り出す。今度は使徒の方が無様に大地に叩き付けられた。
 そのまま立ち上がる初号機。だが、動きが先ほどよりもぎこちない。
「神経接続に、異常発生」とオペレータ。
「異物を二つも、プラグに挿入したからよ。神経パルスにノイズが混じってるんだわ」異物とは云ってくれるじゃあない、と恨みがましいリツコの声を聞き流し、ミサトは再度命令を出す。
「退却して。回収スポットは三十四番、山の東側に後退して」
 だが返事がない。「シンジ君?」
 不意に肩のアタッチメントベイが開いた。そこに現れたナイフを引く抜くと、その刃が鈍い光を放つ。
「プログレッシブ・ナイフ装備!」
 そんなの、見りゃあ分かるわよ。ミサトは悪態をつきそうになる。どういうつもり、あのバカはっ?
「シンジ君、命令を聞きなさいっ。退却よっ」
 だが、残り時間が一分を切ったその瞬間、発令所に少年の絶叫が響いた。
 山肌を滑り、闇雲に使徒へと突っ込んでいく。それはあの時の暴走を思わせたものの、今初号機は完全にパイロットの制御下にあった。
「あの、バカ」ミサトは苦々しい思いで初号機を睨み付けた。一から十まで予測した状況をひっくり返してくれたくせに、最後まで私に逆らうつもり?
 使徒に届く寸前で光の鞭が初号機の腹を貫く。一瞬力が抜けたものの、勢いは止まらずナイフがコアに突き刺さった。高周波に飛び散る火花。そのまま力任せにその刃を突き立てていく。
「初号機、活動限界まであと三十秒」
 必要以上に力が込められているのか、カウンタが急激に減っていく。だが、まだ使徒は動きを止めない。初号機の腹に刺さった鞭がぐいぐいと傷口を広げていく。激痛の筈だ。少年の声が掠れ気味の悲鳴に変わる。
「十四、十三、十二、十一」
 残り十秒。その時立っていた方が、この世に生き残るもの。
「九、八、七、六」」
 読み上げるオペレータの声にも焦りの色が濃い。
「五、四、三」
 ミサトは仁王立ちだった。まるで自分が負けることなど、考えてもいないかのように。
「二、一」
 コアがひび割れた。急激にその光を減じていく。
「ぜろ」
 皆が息を呑む。
「初号機、活動を停止」
「………目標は完全に沈黙しました」
 その報告に、一瞬静まり返った発令所が、ほーっ、と安堵に包まれた。赤木リツコでさえ、胸をなで下ろしている。
 とりあえず今回も生き延びられた。ボロボロの勝利ではあったが、勝ちは勝ち。明日という日は人類のものとなったのだ。
 だがその中で、ひとり葛城ミサトだけが厳しい表情を崩さなかった。急速に緊張を失いつつある発令所に檄を飛ばし、事後処理の指示を始める。
 彼女の仕事は、まだ終わった訳ではない。面倒な仕事はこれからだった。
 
 

 Nerv本部、ブリーフィングルーム。
 帰還したばかりの碇シンジを、ミサトは休む間もなく呼び出していた。
 理由は言わずもがなだろう。能力不足はいたしかないとしても、明らかな命令無視、これを見過ごしてはおけない。少なくとも、ミサトの指示どおり行動していれば、もっと楽に勝てた筈なのだ。
「どうして私の命令を無視したの?」穏やかだが、決して優しい声ではない。
「ごめんなさい」
「あなたの作戦責任者は私でしょ」
「はい」
「あなたには私の命令に従う義務があるの。わかるわね?」
「はい」
「今後、こういうことのないように」
「はい」
 その返事の中に投げやりなものを感じ取って、ミサトは眉をひそめる。
「あんた、ほんとにわかってんでしょうね」
「はい」
 まるで分かっていない口調。それが更にミサトの感情を逆なでする。
「あんたね、なんでも適当にハイハイ云ってればいいってもんじゃないわよ?!」
「わかってますよ、ちゃんと。もういいじゃないですか、勝ったんだから」気にしたふうもない。
 要するにコイツは、自分が何をしでかしたのか、まるで分かっていないし、分かろうともしていないのだ。そうでなければ、こんな甘えた台詞が出てくる訳がない。
「そうやって表面だけ人に合せていれば楽でしょうけどね、そんな気持ちでエヴァに乗ってたら、死ぬわよ」
「いいですよ、そんなの」
 冗談ではない。エヴァのパイロットが死ぬというのがどういうことか、分かっているのか。そっちはそれでいいかもしれないが、それに巻き込まれるこっちはいい迷惑だ。なんでそんなこともわからないのだ?
 ミサトは高ぶる感情を必死で押し殺したが、怒りに声が震えるのを抑え切れない。
「いい覚悟だわ、といいたいとこだけど、誉められると思ったら大間違いよ、碇シンジ君」
「誉められるも何も、どうせ僕しか乗れないんでしょ。乗りますよ」
 その言葉に、ミサトは思わず手を挙げようとした。その瞬間だった。
 栗色の影がミサトの前を走った。
 乾いた音。
 頬を押さえ呆然とした表情のシンジを、制服姿の少女が怒りに震えて見下ろしていた。
「マリエ!」ミサトが止めに入ろうとしたが、マリエはその手を振り払った。
 ミサトは息を呑む。これほど激しい怒りを顕わにしたマリエを見たのは初めてだった。
「この………、わたしがどんな………」涙に濡れた眸でシンジを睨み付ける。ぼろぼろとその眸からこぼれる、大粒の涙。
「甘えるのもいい加減にして! あなたこそ何も分かってないじゃない! わたしがどんな気持ちでエヴァに乗るあなたを見てると思ってるの? どんな気持ちであなたのフォローをしてると思ってるの? そんなにエヴァに乗るのがいや?! そんなに自分がかわいい?! 冗談じゃないわ! そんな気持ちで乗るくらいなら、今すぐここから出て行けばいいでしょう?!」
 肩で息をして睨み付ける少女。呆然とそれを見上げる少年。脅えた眸。
 だが、マリエの肩を再びミサトが抑える。
「マリエ」びくり、と細い肩が震える。「もうよしなさい」
 ミサトの言葉に唇を噛み締めそのまま顔を背けると、マリエはばたばたと部屋を駆け出していった。
 
 

 そうして苦い思いを残し、第二次直上会戦は終わった。
 
 

The end of Episode3.


NEXT
ver.-1.00 1998+02/13公開
ご意見・ご感想は ryu1@imasy.or.jp まで
Next Episode is "Hedeghog's Dilenmma".
 

 鬱陶しい雨の降り続く中、自分の心を克服できないシンジは、ついにミサトからも逃げ出す。十四歳の子供に、それは無理もなかった。
 目的を持たず、さまようことしか知らないシンジを、組織は連れ戻す。そこに優しい言葉はなかった。
 少女の涙と、二人の少年を除いて。

 第四話、「雨、逃げ出した後」
 
 
 
Appendix of Episode3.

 ちゃ〜んす。
 今ならちょっとくらい寝ても文句は言われないだろう。だいたい、ここ二週間、報われない弁当作りで少々寝不足気味だ。では遠慮なく………。

 ぐーっ。

 さわさわさわ。くすくすくす。

(マリエったら、また寝はじめたわね。しかも、あんな堂々と。もう、みんな笑ってるじゃないの。みっともないったらないわ。何度注意してもこれなんだから。今日という今日は勘弁ならないわ。あとでたっぷりお説教しておかなくっちゃ………)

 生真面目に聞いてるフリしながらも、しっかり隣席をチェックしているヒカリであった。
 



 斎藤さんの『EVANGELION「M」』Episode3.、公開です。



 学校生活が始まっても1人。

 TVでもそうでしたが、
 ここでのシンジはその傾向が更に強い感じですね。


 シンジ自体の
  存在感のなさ、
  影の薄さ、
 強いですね。


 マリエともどう絡むでしょうか?



 さあ、訪問者の皆さん。
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