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ごめんね、ママ。

あたし本当に馬鹿な事しようとしている。

うん、自分でも分かってる…。

ママが女にとって貞操がどれほど大切なものか身を以て教えてくれたのにあたしはそれを捨てようとしている。

けど、分かってよ。

あたしこうでもしないとシンジのことをあきらめられないのよ!

 

相田、ごめんね。あんた、本当にあたしのこと好きなんだよね。

あたしはそんなあいつの気持ちを自分を傷つける為だけに利用しようとしている…。

本当に最低の女!

自分で自分が嫌になってくる。

ごめん、相田。あんたにあたしの心はあげられないけど、そのかわりにシンジにさえもあげられなかったあたしの純潔をあげるからそれで許してね。

 

さよなら、シンジ!

 

 

 

「二人の補完」

 

 

  第十九話 「純潔」

 

 

 

「うわあああぁぁぁ……!!!!」

少年は雄叫びをあげると猛然と少女に襲い掛かった。

少年は少女の雪のように白い両肩を掴むとそのまま少女をベッドに押し倒した。

「きゃあ…!」

少女は軽く悲鳴を上げる。

少女の蒼い瞳に自分を求める一匹の狂おしい獣が写る。

「あ……あ…ああ…あ…。」

未だ男を知らない少女の顔に脅えの色が走る。

少女は今更ながらに自分のしたことを後悔しはじめた。

 

ホントウニソレデイイノカ…?

僅かながらに残された理性の胎動であろうか…。

少女の脅えた表情が視界に入った瞬間、心の奥底から再び少年を呼び止める声が聞こえる。

ここまで来て止めらられるか!

だが、少年を支配している獣はその声を一蹴した。

無理もない。

目の前の少女は美しすぎた…。

美の女神(ヴィーナス)の化身と呼んでも決して過言ではない、至高の芸術品とも言える少女の女の性を前にして、全うな性を持つ男性に情欲を制御するのは不可能に等しい難事だ。

ましてや、今まで少年にとって目の前の少女は月のような存在だったのだ。

遠くから見上げることは出来ても、決して近づくことも触れることも出来ない高嶺の存在。

それが今少年が想像の中でしか触れることが出来なかった少女の全てが自分の手の届く位置にいるのだ。

そして理由はどうあれ少女のほうから体を開いてきたのだ。

少女の心を手に入れることは出来なくても、体を手に入れることは出来るかもしれない…。

今更、止まれるはずがない…。

止められるはずがなかった…。

 

少年の手が少女の体を覆っているバスタオルを掴んだ。

ソレデイイノカ…?

再び心の内から声が聞こえる。

だが、その声はどんどん掠れて弱くなっていった。

 

やだ…。やっぱり、恐い…。

目の前に獣に支配された男の顔がある。

これから起こるであろう未知の体験に未だ男を知らない少女は恐怖する。

止めればよかった…。こんな馬鹿なこと…。

けど、今更逃げられない…。

もう、後に引くことは出来ない…。

だって、この状況を作ったのは…。

あいつを誘ったのは他でもないあたしなんだから…。

 

バスタオルを掴んだ少年の手に力が篭り始める。

ママァ、ごめんなさい!

再び少女の蒼い瞳から涙が溢れる。

少女は汚される覚悟を決めた。

 

 

 

!?

少女の裸体を覆った最後の薄布を掴んだ少年の手に力が篭り今まさに少女の全てを視界に納めようとした時、突然少年の動きが止まった。

ナンダ?

薄明かりの中、少女の瞳はキラキラ輝いている。

コレハナンダ?

汗?…雫?…いや、涙?

ナミダ…?

 

目を閉じた少女の二つの瞼から伝わる透明な液体を見た瞬間、ほんの少しだが無限に沸き上がってくると思われていた少年の熱い欲情を冷ました。

それは少年が初めて見るもの。

いつも勝ち気な少女がはじめて少年に見せた涙だった。

 

『惣流の涙なんて…、惣流の泣いている顔なんてはじめて見た…。』

だが、その顔は少年が少女に望んでいたものではなかった…。

 

チガウ…!

再び心の声がする。

コレハチガウ…!

オレガモトメテイタモノジャナイ!

今まで熱く込み上げていた少年の情欲が嘘のように冷めていく。

少女のバスタオルを掴んでいた少年の力が僅かに緩んだ。

少女の涙を見て、今まで求め続けていた少女の笑顔を自分が奪い取ってしまうかもしれない…という恐怖が辛うじて少年を自制させた。

もし、ケンスケのアスカに対する想いが紛い物だったら、ケンスケは絶対に耐えることなど出来はしなかっただろう。

 

だが。心の火照りは僅かながらに抑えられても、体の疼きを抑えることは出来なかった。

犯せ!

奪え!

自分のモノにしろ!

健全な少年の肉体は目の前の少女の体を欲してやまない。

 

「うわあああぁぁぁ……!!!!!」

少年は少女から手を放し、再び雄叫びを上げると先ほど少女が出てきた洗面所の扉を開けて中に逃げ込んだ。

「あ…相田?」

少女はのろのろと立ち上がって、キョトンとした顔で少年が消えていった扉を見つめる。

そしてとりあえず一時的にしろ情事の宴が中止さらたことに安堵して少女はため息を漏らした。

 

 

 

 

ハア…!、ハア…!、ハア…!、ハア…!、ハア…!、ハア…!、ハア…!

少年は心の中で少女の裸体を思い浮かべる。

そして何時もしているように空想の中で少女を犯す。

馬鹿げたことだと少年は自嘲する。

目の前に本物の少女がいたというのに…。

だが、空想で少女を汚す以外に少年には隣の部屋にいる本物の少女を汚さずに済む方法を知らなかった。

 

ハア…!、ハア…!、ハア…!、ハア…!、ううっ…!!

白いモノでべっとりと濡れた少年の手の平。

体の火照りが僅かながらおさまっていく。

 

今しかない!

少年は再び情欲が補充される前に少女のいる部屋へ戻った。

 

 

 

ビクッ!!

再び扉を開けて姿を現した少年を少女は一瞬脅えた目で見る。

今度こそ宴の続きが始まるのか?

だが、少年は少女と目線を合わせないように少女の側を通り過ぎると少女とは反対側のベッドの端に腰を下ろした。

「………………………………………。」

少女には少年の真意が分からなかった。

しばらくは沈黙が続く。

少女の目に後ろ向きで座った少年の背中が酷く小さく見えた。

 

やがて、少年が口を開く。

「帰れよ!、惣流。」

「えっ!?」

少女は驚きの声を上げる。

「どうせ、シンジに対する当て付けでしかないんだろう?」

「!!」

その少年の言葉に少女は青ざめる。

「シンジとの間に何があったか知らないけど、そんなことで自分を傷つけようとするなよな!俺は確かに女には持てないけど、そんな女を抱くほど安っぽくはないんだぜ!」

「………………………………………。」

少年は少女の顔を見ないように掠れた声で、それでも呟くように語り続ける。

「お…俺はさ…。惣流の明るい笑顔が見たいんだよ。歓迎会で会った時からずっと思っていた…。惣流は本当に奇麗になったよな…。その顔で心から笑ったらきっと最高に奇麗なんだろうな…って…。け…けど、俺が惣流を抱いちまったら、たぶん、惣流は二度と心から笑わなくなる…。だ…だから……。」

少年の体が震え始める。

「あ…相田……。」

「早く出てってくれよ!かっこつけてるけど、本当は抱きたくてしょうがないんだよ!今すぐ襲いたくてしょうがないんだよ!それくらい今の惣流は魅力的なんだよ!頼むからまだ俺の理性が残っているうちに早く俺の前から消えてくれよ!!」

 

その少年の叫び声にアスカは弾かれたように洗面所へ向かう。

そして慌ててセーラ服に着替える。

「!?」

その時、洗面所の流しに白いモノがこびり付いているのが目に入った。

少女はそれが何かを理解していたが、不思議と嫌悪感は感じなかった。

『あの時、シンジもあたしを汚したくなかったからああしたのかしら?』

目の前の少年の行動にアスカは三年前の病室での出来事を重ねた。

 

少女がセーラ服に着替え終わって洗面所から姿を現した時、少年は未だに後ろ向きでベッドに腰掛けたままだった。

少女と顔を合わせないようにしている少年の背中が小刻みに震えているのが分かった。

傷つけた…。

アスカの胸がズキリと痛む。

自分が自暴自棄になって、衝動的に少年を巻き込んだ結果、どれほど目の前の少年を傷つけていたか、アスカは痛いほど思い知らされた。

 

「あ…相田…。ご…ごめんね…。ごめんね!」

少女の蒼い瞳から再びボロボロと涙が零れ落ちる。

少女は最後に精一杯の気持ちを込めて少年に謝罪すると、逃げるように部屋から出ていった。

そして、部屋の中にはただ一人少年が取り残された。

 

 

 

少女が出ていったから、しばらくして少年は大きくため息を吐いた。

「これでよかったんだよな?」

少年は自問するが答えは出てこない。

今、少年の心の内から沸き上がってきたのは、微かな自己満足と激しい後悔の二つのジレンマの念だった。

「ははっ…。馬鹿だな、俺。かっこつけてこんなことしたって惣流が振り向いてくれるわけじゃないのに…。」

少年の目からボロボロと涙が零れる。

「ち…ちくしょう!、ちくしょう!」

少年はベッドに伏したまましばらく鳴咽を漏らし続けた。

 

 

 

 

アスカは建物の外へ出た。

外は何時の間にか天候が悪化して、暗闇の中、すごい勢いで雨が降り続けている。

だが、アスカは放心した表情で降りしきる雨の中を呆然と仁王立ちしていた。

アスカの金色の髪が水分を含んで重くなり、セーラ服もびしょびしょに濡れ始める。

鞄の中に一応折り畳み傘が入っていたが、今の少女はそんなことにさえ思い至らなかった。

 

『あたし、何しようとしてたの?』

少女は先の自分の行動を思い出し、いかに自分が衝動的に馬鹿げたことをしようとしていたのか反芻する。

それに応じて、先ほどまで死んでいた少女の蒼い瞳に理性に似た光が戻る。

自制した少年の心からの叱咤が効いたのか、それともずぶ濡れになった降りしきる雨水が少女の熱を覚ましたのか、ようやく少女は正気に返った。

だが、それは少女をさらに追いつめる結果となった。

 

「い…いやあああぁぁ…!!!!!」

少女は狂ったような叫び声をあげると両手を抱きかかえてしゃがみこんだ。

「あ……あ…あああ……。」

少女の蒼い瞳に異常な光が走る。

 

ケガレタ…。ケガレタ…。キタナイ…。ジブンガキタナイ…!

アスカは頭を抱え込む。

あたし一体なにしようとしていたのよ!?

オトコに抱かれようとしていた。

ただ、シンジのことを忘れるためだけに好きでもない男に抱かれようとしていた…。

汚れた!汚い!嫌らしい!自分が醜い!

あたし一体なんてことを…。

三年前あたしは自分の心も体も汚れていたと信じていた。

けど、それが只の錯覚であることをママがあたしに身を以って教えてくれた。

たとえ、肉体的にそう思えたとしても、自分が汚れたと自分で思い込まない限り…そう、自分で自分を汚さない限り、誰にも他者には自分を汚すことは出来ないってことをママは身体を張って証明してくれたんだ。

なのに、あたしは自分を汚した。

確かに自分で自分を汚そうとしたんだ。

もし、あの時純潔を失っていたら、あたしママになんていえばよかったの?

「シンジを忘れるためだけに好きでもない男に抱かれた」なんて、自分の傷ついた身体を張ってあたしを諭してくれたママにどうしていえるのよ!?

幸い相田の奴が自制したおかげで、肉体的な純潔は失われずに済んだ。

けど、あたしはあの時自分を汚してしまったんだ…。

自分で自分を汚してしまったんだ。

 

汚い!自分が汚い!醜い!自分が嫌い!汚らわしい!

 

「いやあああ……!!!!!」

再びアスカは叫び声をあげる。

アスカの蒼い瞳から理性が消え虚ろな光で満たされていく。

ピリリッ…!

!?

何か亀裂の生じる音。

ピリリッ…!

アスカが壊れる音。

イ…イヤ!

三年前のように再びアスカの精神が壊れはじめる…。

 

ヤダ!

た・け・け・て…。

誰かタスケテ…。

ママ、助けて…。

だがサエコはここにはいない。

ママは助けてくれない…。

 

ピリリッ…!

再び何かが裂ける。

ヒイィ…!

ピリ、ピリリッ…!

どんどん壊されていく…。

イ…イヤダ。

助けて…。

 

助けて…。

シンジ…。

壊れかかったアスカの頭の中に、自分が求め続けた黒髪の少年の笑顔が思い浮かぶ。

シンジィ……。

崩壊寸前のアスカの精神が、自分を救い出してくれる可能性を持った最後の絆に縋った。

 

助けて!助けて!シンジィ!もう駄目!あたしもう耐えられない!

 

 

 

 

 

「やれやれ、まいったなぁ…。いきなり降りだしてくるんだもんな…。」

レストランからのバイトの帰り道、突然雨に降られたシンジは何度も愚痴りながらバイクのスピードを上げてマンションへの帰路を急ぐ。

駐輪場にバイクを置いたシンジはタオルで軽く頭を拭きながらエレベータに乗り込んで、11階のスイッチを押す。

移動するエレベータの僅かな時間にシンジは自分を悩ませている少女のことを思案する。

 

アスカ…。

最近の彼女の様子がどことなくおかしいことにシンジは気がついていたが、結局シンジから少女に近づくことは出来なかった。

無論、勉強とバイトを両立させた生活が忙しいということもあった。

けど、それ以上に少女を遠ざけているのは少女に対する言いようのない恐怖だった。

なぜだろう?

なぜ、アスカが恐いんだろう?

僕はあの時、傷付け合う世界で生きていくことを自ら選んだはずなんだ。

そして、この三年間試行錯誤して、ぬか喜びと自己嫌悪を繰り返しながらも一歩一歩着実に前へ進んで、怖がらずに自分なりの人間関係を築き上げてきたと思う。

サキちゃんやマナブ君達三春学園の子供たち。

マナ、トウジ、ケンスケ、洞木さんをはじめとした学校のクラスメート。

マヤさん、冬月さん、青葉さん、日向さんら旧ネルフの委員会の大人達。

徳永支配人や中沢先輩らバイト先の仲間達。

3年前に比べて僕は見違えるほど前向きに人間関係を改善してきたと思う。

そんな僕が、たった一つうまういかなかったのはアスカのことだけだった。

なぜ、アスカだけが駄目なんだろう?

マナブ君やサキちゃんの心には近づけたのに、なんでアスカの心に近づくのだけは恐くて仕方ないんだろう?

それはアスカが特別だからなのか?

けど、どういう風に特別なんだろう?

分からない…。

 

 

シンジが短い思考の波に飲まれている間にエレベータが11階に到着して扉が開いたので、シンジは慌てて扉が閉じる前に外へ出る。

 

ピチャ…。

 

ん?、なんだ…?

マンションの通路の奥の暗がりから何か物音が聞こえてくる。

 

ピチャ…。ピチャ…。

 

どうやら水滴の垂れる音のようだ。

不審を感じたシンジはすり足で慎重にじりじりと進んでいく。

 

誰かいる…。

奥のほうの廊下の明かりの一部が壊れているため、暗がりでよく見えないが、人影のようなものがシンジの瞳に写った。

シンジはチラリと時計を見る。

夜行性の時計のランプが10時を指していた。

こんな時間に一体誰が?

シンジは一瞬躊躇った後、意を決して自室の扉の前に踏み込んだ。

そこでシンジが見たものは、扉の前でずぶ濡れになって佇んでいる金髪の少女だった。

 

「アスカ!?」

「………………………………………。」

少女の姿にシンジは驚きの声を上げる。
だが、少女は虚ろな瞳をして何も答えない。

「一体どうしたんだよ、アスカ…!?」

少女の両肩に触れた瞬間シンジは驚いて手を離した。

少女の体は氷のように冷え切っていた。

「ア…アスカ。もしかして、この雨の中傘も差さずにここまで来たの?」

「………………………………。」

シンジは驚いて少女に訪ねたが少女からの返答はない。

『ど…どうする?』

壊れかかった少女の蒼い瞳を見て、シンジは少女が尋常な状態でないことを理解したが、咄嗟にどうすればいいか思案しあぐねた。

その間に夜風が出て冷え始めてきた。

『と…とにかくこのままにしてはおけないよな…。』

「と…とにかく中へ…。」

シンジは慌てて鍵でマンションの扉を開けるとアスカの手を引いてアスカを中へ招き入れた。

少女は一瞬ぼやけた瞳で少年を見上げたが逆らわなかった。

 

 

 

シンジは慌てて浴室準備室にタオルと着替えを用意すると、

「と…とりあえず、シャワーでも浴びて、か…体を温めた方がいいと思うよ。」

シンジはやや赤くなりながらアスカにそう勧めた。

アスカは軽くぎこちなく肯いたと思うと無言のまま扉の向こうへ消えていった。

それを見てシンジは軽くため息を吐いた。

 

 

 

「………………………………………………。」

浴室でアスカはシャワーを浴びながら少しずつ自分を取り戻し始める。

シャワーの水滴に冷めた身体が温まると同時に冷え切った魂も少しづつ覚醒していく。

アスカの蒼い瞳に少しだが理性に似た光が戻った。

『あたしなにやっているんだろう?』

心の中で必死にシンジに助けを求めていた。

あれからどこをどう走ったかなんて覚えていない。

気がついたら何時の間にかシンジのマンションの扉の前まできていた。

そう、シンジを待っていた。

そして今日二度目のシャワーを浴びている。

『あたし本当に何やっているんだろう?今更シンジに助けを求めるなんて…。』

アスカは自分の行動を自嘲した。

 

 

 

「さて、これからどうしたらいいんだろう?」

浴室をアスカに占領されているため、二枚のタオルで身体を拭いたシンジは室内着に着替えた後、これからの行動を思案する。

普通に考えればアスカを宿舎へ返すべきだろう。

もう、三年前の14歳だった子供の時とは違うのだ。

二人とも心も身体も立派な大人になっているはずだ。

ただ、未だ雨は強い勢いで降り続けていてバイクで送っていくには危険な天候であり、何より何となく壊れかかったアスカの尋常でない様子がシンジには気掛かりでならなかった。

『アスカの奴、一体どうしたんだろう?そういえばなんとなくここ最近様子がおかしかった気がするよな。』

このまま少女を外へ放り出すには何となく躊躇われる状況だ。

とはいえ、今の少女を一晩泊めることも少年の素朴な良心が拒んだ。

「一体どうすればいいんだろう?」

ここ最近シンジが悩むとしたらほとんどアスカのことだけだった。

 

 

 

その時浴室準備室の扉が開いてアスカが姿を現した。

「ア…アスカァ!?」

アスカの姿にシンジは驚きの声をあげる。

シンジの用意した着替えのサイズは長身のシンジにはぴったりでもアスカにはやや大きすぎたようだ。

アスカはYシャツをだぶ付かせて羽織っているだけでズボンを履いていない。

ブラもつけていないらしく、ボタンを二つほど外して軽くはだけた胸元から、三年前に比べてさらに豊満になったアスカのバストが自己主張している。

そしてだぶ付いたYシャツからスラリと伸びた足が一段とセクシーさを醸し出している。

ゴクリ…。

シンジは無意識のうちに生唾を飲み込んだが、ハッと気がつくと慌てて頭から煩悩を振り払って

「ア…アスカ…。と…とりあえず、ズボンと上着を着てくれないかな?め…目のやり場に困るんだけど……。」

「…………………………………………………。」

だが、アスカはシンジの言葉を無視してスタスタとシンジの側を通りすぎりと、そのまま廊下へ出ていった。

「ア…アスカ?」

シンジがアスカの行動に不審を感じてアスカの後を追ったら、アスカはオーディオルームの扉を開けたまま呆然と突っ立っている。

部屋の中はステレオのコードが網の目のように地面を張っていて足の踏み場もない。

『あそこはもともとアスカの部屋だったよな。もしかして三年前一緒にミサトさんと住んでいた時の習性で動いているのか?』

どう考えても今のアスカの様子は尋常ではない。

今のアスカをこの天候の中、このまま送り返すのは躊躇われた。

『仕方ない。一晩くらいなら何とかなるだろう。』

シンジは自分の部屋へいって布団を敷いた。

そしてアスカの手を引いて部屋の前まで戻っていくと

「ア…アスカ。い…今のアスカの部屋はオーディオルームになっているから、ね…寝るんだったらこの部屋を使ってくれないかな?」

シンジはしどろもどろになりながらアスカにそう告げるとアスカは黙ってシンジの部屋へ消えていった。

そして目の前でバタンと扉が閉まった。

それを見てシンジは扉に背も垂れると再び大きくため息を吐いた。

 

 

 

午前一時。

「……………………………………………。」

シンジはリビングのソファで毛布を被って横になっていたが、目が冴えて一向に眠れない。

普段ならこの時間はバイトと勉強の疲れで瞬く間に睡魔が襲ってくるのだが、今日は例外だった。

無論、一時的に布団からソファに寝床が変わった違和感ではなく、今自室で眠っているはずの少女のことが気になっていたからだ。

アスカ…。

少女のことを考えて、そして先ほどの悩ましい少女の姿を思い浮かべて一瞬シンジの心臓が高鳴ったが、ブンブンと頭を振って煩悩を振り払った。

今、アスカと一緒の場所にいるんだ…。

それは不思議な感覚だった。

少女と知り合って以来、何時も少女と一緒にいるのを当たり前のように感じていた。

当たり前すぎて少女の大切さに気がつかなかった。

少女が自分を見失って壊れた時、結局自分は何もしなかった。

だから、少女が自分を憎んで自分を壊したことも当然の報いだと思っていた。

三年前少女を失った自分はもう一度少女を取り戻そうと懸命に努力してきたつもりだ。

だが、高校に入学した時あたりから、自分はあれほど求めていたはずの少女への想いを疑いはじめた。

なぜだろう?

マナというもう一人のシンジを想ってくれる少女の存在。

シンジにはマナの自分に対する想いを確信することが出来た。

だが、それに比べてシンジにはアスカの気持ちがまるで分からなかった。

自分をどう想っているのか…。未だに自分のことを憎んでいるかさえも…。

そしてアスカは、さして面食いでないシンジの目から見ても、見違えるほど奇麗な女に変身して日本へ戻ってきた。

だが、その三年間をアスカがどのように過ごしてきたかシンジはまるで知らない。

その間アスカは自分以外の男と付き合っていたことはなかったのだろうか?

そして……。

そこでシンジはそれ以上の思考を拒否した。

未だ性に対しては三年前同様誠実でも未成熟な価値観しか持たないシンジはその先の思考に耐えられなかった。

シンジは少女が自分の知らない間に女に変身しているのを恐怖していたのかも知れなかった。

 

アスカ、一体どうしちゃったんだろう?

アスカの壊れかかった様子を再びシンジは心配する。

三年前、結局最後までシンジはアスカを助けることが出来なかった。

存在意義を失って家出した少女を探そうともせず、たった一人で戦っていた少女を見殺しにしてしまい、その結果生じた少女の憎悪を正面から受けきることさえ叶わずに途中で現実世界からリタイアしてしまった。

今はどうなのだろうか?

この三年間サキやマナブをはじめ多くの心に問題を持った人間にシンジは自分なりに手を差し伸べることが出来た。

だが、アスカにだけはどうして近づくことが出来なかった。

なぜ?

アスカが恐いから?

それとも僕にはもうアスカの隣にいる資格はないから?

シンジには自分の想いが分からなかった…。

 

もう寝よう…。明日も学校があるんだし…。

ようやく睡魔が襲ってきたのでシンジが思考を閉じかけた時、

 

「イ…イヤァ……!!!」

突然叫び声が聞こえてきた。

場所はシンジの部屋からだ。

「アスカ!?」

一瞬でシンジは目を覚ました。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

再び叫び声が聞こえる。

「ア…アスカァ!!」

ソファから跳ね起きたシンジは一瞬躊躇った後、意を決して自分の部屋の扉を開けた。

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

再び襲い掛かる血塗られた悪夢。

戦自壊滅による大量殺戮(ジェノサイド)という未だ自分の犯した罪の意識から解放されないアスカはシーツを抱きしめたままうなされている。

「ア…アスカ!!アスカァ!ねぇ、どうしたの、アスカ!?ねぇ、しっかりしてよ!!」

シンジは激しくアスカの肩を揺すりながら何度もアスカの頬を叩いた。

 

「……………………………………!?」

少年の行為に悪夢から覚めた少女の瞼が開き、ぼやけていた視界が徐々に鮮明になる。

そして少女の蒼い瞳に繊細そうな少年の心配そうな顔が飛び込んできた。

「シ…シンジ…。」

少女の声に少年はホッとため息を漏らすと安堵した表情を見せて

「よかった。唸らされていたからどうしたのか心配してたんだけど、悪い夢を見ていたんだね?」

そう言ってシンジは控えめに笑った。

それを見てアスカの蒼い瞳が潤み始める。

だが、次の瞬間アスカの全身の姿を視界に捉えたシンジは頬を真っ赤に染めてアスカから顔を背けた。

暴れまわってせいか、アスカの胸元は先ほどよりさらにはだけており、チョコンと半座りしたアスカの足元から先程大き目のYシャツで隠れて見えなかった白いシーツが見えている。

「ご…ごめん。アスカ。叫び声が聞こえたから、つい…。と…とにかく今すぐ出て行くから…。」

シンジは真っ赤になって弁解しながら慌てて部屋から出ていこうとした。

『シンジィ…。』

アスカは淀んだ瞳で少年の後ろ姿を捉える。そして…

 

!?

次の瞬間少女は少年のシャツの裾を掴んで少年を引き止めた。

 

「ア……アスカ?」

シンジは意外そうな顔でアスカを見下ろす。

「ど…どうしたの?」

「………………………………いて……。」

「えっ?何て言ったの、アスカ?」

「あたしと一緒にいて、シンジィ!」

「ア…アスカ?」

目の前に少女が求め続けた少年がいる。

少女にはもう耐えられなかった。

今まで隠し続けた弱い自分の一部を少女は少年にさらけ出した。

「恐いのよ。一人で寝るのが恐いのよ。だから側にいてよ、シンジ!」

『恐い、アスカが…?』

シンジは三年前の経緯から少女の心が決して見かけほど強くないことを知っていたが、その言葉にはさすがに愕然となった。

なにより少女が自分に弱みを見せようとしていることが信じられなかった。

「……そう。一人が恐いのよ。一人で寝るのが恐いのよ。馬鹿みたいで笑っちゃうでしょう?この歳になって一人で寝るのが恐いなんて…。けど、暗くなって目を閉じると何時だってあたしが犯した殺戮の光景が目に焼き付いて離れないのよ。」

「ア…アスカ…。」

「だから、一緒にいてよ、シンジ…。」

少女は少年の襟首を掴みながら訴えるような目で少年を見つめる。

「………………………………………………。」

シンジはしばらく無言のまま考えていたが辛そうに顔を背けると

「無理だよ、アスカ。もう子供だった三年前とは違うんだから…。僕は自分を抑えられる自信がない。軽蔑していいけど、あれからも想像の中でアスカのことを何度も汚してきたんだから…。とにかくアスカが隣にいて耐えられるほどもう僕は子供じゃない。」

そう言ってシンジは部屋から出ていこうとした。

『い…いや。いかないで。シンジ。』

次の瞬間、少女は自分さえも予測がつかなかった言葉を吐き出した。

「シンジ。あたしはもう処女じゃないのよ。」

「!?」

その言葉を聞いた瞬間シンジは落雷に打たれたようにその場に停止した。

シンジの呆然とした表情を見てアスカは一瞬自分の言った事を悔やんだが、もう後には引けなかった。

「だ…だって、しょうがないじゃない。一人で寝るのが恐いんだから…。いきずりの男とだって寝たわよ。あの夜の恐怖を忘れるためだったらね。いつさっきだって、ラブホテルで別の男と一緒にいたんだから。」

アスカはシンジから目線を逸らしながら自嘲するようにそう呟いた。

 

嘘だった。

もし、サエコと出会わなかったら或いはアスカはそういう人生を歩んでいたかもしれなかった。

だが、ドイツにいた頃は何時だってサエコがアスカの隣にいてくれた。

日本に来てからは夜の恐怖に一人で必死に歯を食いしばって耐えていた。

いつもサエコのことを考えながら…そしてシンジのことを想いながら…。

でもアスカとしては先の行動から自分を自分で汚してしまったという想いを消すことが出来なかった。

だからシンジが欲しかった。

 

アスカのその言葉がシンジに与えたショックはことのほか大きかった。

『アスカ…。』

その少女の言葉に少年の胸がズキリと痛んだ。

『そうか、アスカはもう……。』

少年の心にどす黒くもやもやしたものが生まれはじめる…。

分かっていたはずだった。

少女は決して少年のモノではない。

そして少女が少年から離れてしまった今、少年にはどうすることも出来ないということを…。

だが、それでも少年にはそのことが割り切れなかった。

そのことを割り切れる程には未だ少年の男女間の価値観は潔癖で未成熟だった。

 

アスカはそんなシンジの内心の葛藤には気づかず再び少年の襟首を掴むと

「だからシンジ。一緒にいてよ。何かあってもそんなことで絶対にシンジを縛ったりはしないから。あたしを抱いた男が百人が百一人になったって、たいした違いはないんだから……。」

そう言って縋るような目で少年を見上げた。

 

だが、その言葉は純真な少年には逆効果だった。

『ははっ…。百人か……。結局アスカにとって僕はその程度の男でしかなかったのか…。』

そう考えてシンジは自嘲する。

悲しかった…。

自分が少女にとってその程度の価値しか持たない人間だと思い知らされたことが…。

『終わりにしよう。アスカにとって僕がその程度の存在でしかないのなら…。』

シンジは心の中でそう決意すると、申し訳なさそうな表情でアスカを見下ろして

「ご…ごめん。アスカ。僕はまだ一度も女の子と寝たことはないんだ…。そ…そのアスカの価値観をどうこう言う資格は僕にはないんだけど、僕にとってはそういう行為は将来を約束した相手とするものだって信じていたから…。」

「!?」

そのシンジの言葉にアスカは惨めになった。

まだ肉体的には奇麗なままなのに、なんで自分一人が……。

アスカは耐えられずに目線を隠したままワナワナと身体を震わせる。

「ア…アスカ?」

 

次の瞬間アスカはシンジを突き飛ばした。

「わああ…!!!!」

不意をつかれたシンジはあっけなく尻餅をついた。

「ア…アスカ?」

シンジは自分を見下ろすアスカの顔を見る。

アスカは蒼い瞳に勝ち気な色を浮かべてシンジを見下ろした。

それは三年前のアスカが常に備えていた負の属性。

だが、この時はどこか無理しているような気がしてならなかった。

アスカは精一杯強がってシンジを嘲笑するような表情を作ると

「あっはははは…。そうよね。今では無敵のシンジ様は大層お持てになるんですものね。今更こんな傷物の女の体なんかいらないわよね!」

口を開けば開くほど自分が惨めになっていく。

もうこれ以上は耐えられなかった。

アスカはクルリとシンジに背を向けるとドアの方へ向かっていく。

 

「ア…アスカ。そんな格好でどこ行くんだよ?」

アスカは扉の前で振り返ると無理して皮肉そうな笑顔を浮かべながら

「ほっといてよ!あたしがどこへ行こうとあんたには関係ないでしょう!?」

そう言ってアスカはドアのノブを掴んだ。

『アスカ……。』

アスカの背中がシンジには酷く儚げに見えた。

シンジの心の奥底から何か喩えようのないものが込み上がってきた。

 

そしてアスカが部屋のドアを開けた瞬間

!?

「シ…シンジ?」

シンジはアスカを後ろから抱きしめて呼び止めた。

アスカヲコノママイカセテハイケナイ。

それは本能にも近い行動だった。

「シ…シンジ。あんたなにしてんのよ?」

「い…嫌だ!」

「えっ!?」

「行っちゃ嫌だ、アスカ。行かないで……。」

少女に縋るような少年の声。

その言葉に一瞬アスカの蒼い瞳が淀んだ。だが、すぐに

「何言ってるのよ、あんた……。」

「もう嫌だ。アスカと離れるのも、アスカが他の男に抱かれるのも何もかも嫌だ!行かないで、アスカ。」

普段の学園での冷静な態度が嘘のような堕抱っこのようなシンジの態度に

「今更何言ってるのよ!あたしがどうしようとあんたなんかには関係ないでしょう!?何よ、今更…。」

そう言ってアスカはシンジの中で暴れ始める。

シンジの目には喋れば喋るほどアスカがどんどん壊れていくような錯覚を覚えた。

「アスカ。お願いだから黙って…。」

「うるさい!うるさい!うるさい!」

シンジはアスカの両手を掴んだが、アスカの暴走は止らない。

「アスカ、黙って。」

「うるさい、このバカシンジ!何を今更…。」

「黙ってよ、アスカ!」

「もう遅いのよ…。」

「黙って!」

 

次の瞬間、シンジは実力行使でアスカの口を塞いだ。

「!?」

目と鼻の先にある少年の顔。

繋がった二つの男女の唇。

それははじめてシンジからアスカにしたキスだったかもしれなかった。

『シ…シンジィ……。』

アスカの蒼い瞳が再び淀みはじめた。

「ぷっ…ふぁ……!」

やがてシンジはアスカの唇を離した。

 

「えっ!?」

キスもそうだが次のシンジの行動はアスカの予測を超えていた。

シンジは左手でアスカの腰を掴み、右手をアスカの太股の下にまわすとヒョイっとアスカを抱き上げた。

「シ…シンジ?」

先のキスの効果が少年のアドレナリンを刺激したのか、心なしか少年は興奮しているように感じる。

少女は少年の腕の中で少年の意外な行動に戸惑った。

そして自分を軽々と抱き上げた、一見細身に見える少年の意外な膂力の強さに驚かされた。

『あんなにヒョロヒョロしてなよっちかったシンジなのにやっぱりシンジも男の子なんだ。』

シンジの中に男を感じたアスカの蒼い瞳が潤み始めた。

次にシンジは扉の前からふとんの前までアスカを運んでくると、そのままアスカごとふとんの上に倒れこんでしまい、完全にアスカを押し倒す感じになってしまった。

 

「シ…シンジ…。」

真上からアスカを見下ろすシンジの黒い瞳の中に呆然とした表情の自分自身の姿が映っている。

シンジを見上げるアスカの蒼い瞳の中にも、興奮した表情で少女を見下ろした自分の姿が映った。

その姿を見て、少年の興奮は少しずつ冷めていった。

「ア…アスカ…。」

完全に正気に返ったシンジがアスカに声を掛ける。

そして少女を押し倒す形になっている自分自身に気づいて慌てて少年が離れようとした時

 

!?

少女は少年の腕を軽く掴んだ。

「シンジ…。」

そう呟いた後、少女は真剣な表情で少年を見つめる。

「アスカ…。」

その少女の言葉に少年は金縛りにあったように動かなくなる。

 
















 

それからしばらくの間、無言の室内に二人の息遣いの音とお互い心臓の音だけが響いた。

 


























 

それからどのくらいの時が過ぎたのだろう。

やがて、シンジがおずおずと声を掛ける。

「ね…ねぇ、ア…アスカァ…。」

「……………………………………………………。」

少女は未だ無言のまま蒼い瞳に真剣な光を称えて少年を見上げる。

「ほ…本当にいいの?」

シンジはやや脅えた目で少女に尋ねる。

その言葉に少女は微かに笑ったような気がした…。

「きて…。」

少女はそう一言呟いた後、そっと瞼を閉じた。

 










 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










 

チュン、チュン、チュン、チュン、チュン

雀のさえずる音が聞こえる中、窓から射し込んできた、眩しい日の光に視界をくすぐられシンジは目を覚ました。

シンジはチラリと自分の腕の中にいる少女の姿を見る。

金色の髪が朝靄の中、キラキラと美しく輝いており、少女の透き通るような白い肌は至高の芸術品のように美しかった。

二人の身体には薄いシーツが軽く掛けられているだけであり、一糸纏わぬ生まれたままの姿で抱き合っていた。

「ねぇ、アスカ……。」

少年は少女の金色の髪を軽く撫でながら少女に問い掛ける。

その言葉に少年の細身だが引き締まった胸板に顔を埋めた少女はけだるそうに顔を上げる。

いや、もう少女ではなかった。

少女は昨夜大人への階段を駆け登ったのだから…。

「なあに、シンジ?」

そう答えたアスカの表情には昨夜の壊れかかった雰囲気は微塵も感じられなかったが、不思議と笑みはない。

そしてアスカの蒼い瞳の中には今までにない悲しみにも似た思慮深い光が宿っていた。

一晩で少女から大人の女性へ成長したアスカは心中で何を思っているのだろうか…。

 

「ねぇ、どうしてアスカは嘘をついたの?」

そう言ってシンジはシーツの端っこについた赤い血の染みを指差す。

それはアスカの純潔の証。

鈍感なシンジにもそれが何を意味しているのかぐらいは分かった。

 

「……………………………………………。」

だが、アスカは何も応えない。

「ねぇ…。」

「黙ってて…。」

「アスカ……。」

アスカは蒼い瞳でシンジを見る。

シンジはドキリとした。

透き通った宝石のような蒼い瞳。

キラキラと光り輝く金色の髪。

染み一つない白皙の肌。

今のアスカの顔は掛け値なく美しいと思った。

だが、どこか儚げに感じるのは気のせいだろうか…。

 

「お願い、シンジ。もう少しだけこのままでいさせて……。」

そう言ってアスカは再びシンジの胸に顔を埋めた。

「……………………………………………。」

『そう、今だけもう少し夢を見させて、シンジ。』

情事の後のけだるさか、アスカの思考がどんどん鈍くなっていく。

気の緩みだろうか。

アスカは心の中で呟くはずだったセリフを口の外へ漏らしてしまう。

「シンジィ…、愛してる。」

アスカは最後にそう呟いた後、両目を閉じた。

 

『アスカ……。』

シンジは今度こそ、本当にその言葉を信じたかった。

だから、その言葉にしがみ付いた。

「ア…アスカ。信じてもいいんだね?」

恐る恐るシンジはそう尋ねたがアスカからの返事はない。

アスカはシンジの胸に顔を埋めたまま軽い寝息の音を立てて熟睡していた。

幸福そうな寝顔で…。

  

つづく…。

 

 

 

 

 

 


NEXT
ver.-1.00 1998+8/31公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは itirokai@gol.com まで!!

 

けびんです。

まずは前回の後書きについて謝罪させて戴きます。

前回十八話で明らかに読者をおちょくるような確信犯的な引きと後書きを用意してしまい、大変申し訳ありませんでした。

今回のタイトルと展開はこういう意味であり、前回の後書きそのものに嘘はないのですが、それは明らかに読者が誤解することを狙った上での確信犯的な質の悪い悪戯でした。

たまには読者で遊ぶのも作者の特権かな…などとふざけたことを考えていたのですが、とんでもない誤解でした。正直自作の展開をこれほど真摯に捉えている読者があれほどいたとは思わず、前回送られてきた大量のメールの真剣な想いに愕然としてしまいました。

自分の部屋のヒット数もすでに五万を超えており、人気投票でも何やら過大なご支持を戴いており、スランプで執筆を断念しようか迷った時、勇気づけてもらえたこともあった読者を蔑ろにするなど絶対に許されないことでしたね。

書きたいテーマがあるからこそ小説を書いてるのは違いはないのですが、読者のメールに励まされてここまできたのもまた事実です。

話の内容に手加減できないのは仕方ないにしても、だからこそ話とは別の後書きだけはもっと誠実に対応すべきだったと反省しています。

いずれにしてもあのような後書きでの悪ふざけは二度といたしません。

これからは最後まで誠実に書き上げたいと思っています。

 

さて、今回の騒動を踏まえて一応いくつか宣言しておきます。

僕が書きたいのはEOEから幸せになったシンジとアスカの姿であって、決して二人の不幸な姿ではありません。

そして僕の主観ではその為に乗り越えなければならない壁はまだ存在します。

ゆえにこの先の展開にもまだまだ辛いものがあるかと思います。

作品の未熟さを断罪されるのは致し方ないことですが、作品とキャラクターに対する愛情を疑われるのはやや心外です。(まあ、前回の引きを考えれば疑われても仕方がないのですが…。)

 

それとこの先の完全なプロットがまとまりましたので、一応報告します。

「二人の補完」は前章・後章合わせて本編は全26話で完結する予定です。(つまり後七話で終わりですね…。この話数はただの偶然です。あと外伝・その他は別)

そして今年中に必ず完結させます。(ただし、仕事、怪我、パソコンの故障など外的要因に阻まれた時はその限りではありません。一応逃げ道を用意する辺りは弱気だな、僕も…。)

僕自身も多くの人が考えているように作品は完結してこそ意味があると思っていますし、めぞん・その他のHPに掲載されている素晴らしい作品群が、作者のやむない事情により凍結されているのは大変残念に思っていましたので、自作をEOEの後継作品として真剣に期待している読者が大勢いる以上、万人に納得のいく形で終えられるかどうかは別にして最後まで誠実に書き上げたいと思っています。

 

最後に、作品の趣旨を明確にするということでもう一度宣言しておきますが「二人の補完」のラストは必ずハッピーエンドで終了します。ただし、その過程で辛いと感じる場面がいくつかあると思います。

だから、自作のテンションに耐えられそうにない方は一時作品を読むのを凍結しておいて作品完了後に一気に読まれることをお勧めします。そうすればなぜ途中でこういう展開が必要だったのか納得できると思いますので(ただし、自分ではそのつもりでも作者の表現力不足で分からない可能性はありますが…。また、今回完結を宣言したのは、一応、辛いのは苦手だけど自作を読みたいという方への措置という意味合いも含めています。)

これからは後書きの方でもう少し本編の内容の補足を掘り下げながら話を進めていくことにします。

では、今回色々問題を起こして本当にご迷惑をおかけしました。

このようなことは二度とないように心がけたいと思います。

では次は第二十話「幸福への苦悩」でお会いしましょう。

今回のようなRな話はもうありませんので、その点は安心してください。

(そういえば今回の後書きでは本編の内容に対しては全然触れられなかったな。……っま、いいか……。)

では。

 


 


 けびんさんの『二人の補完』第十九話、公開です。




 いやいや、すごいぞ〜


 何が凄いかって、そりゃあ

  ケンスケの自制心。


 さかりの高校生で
 あの状況・・・


 ケンスケの精神力は世界一だ。。



 愛の深さ、
  であるし
 ビビリの言い訳
  もあるかもしれんし

 それでも、

 ケンスケは凄いよ、ホント。






 さあ、訪問者の皆さん。
 二十まで後一つのけびんさんに感想メールを送りましょう!








 ミスリードとかは十分アリだと思うよ。あっしは。
 思わせヤキモキな引きもね(^^)




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