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むかし、むかし、ドイツに、蒼い目をした一人の女の子がいました。

その子は情熱的な赤い髪をしたとってもきれいな女の子でした。

本当はとても素直な良い子だったのですが、ママがいなくなってから女の子は変わりました。

いつも意地を張って他人を拒絶しずっと一人で生きてきました。

そして女の子は日本という国にきて、一人の黒髪の男の子と出会いました。

女の子はその男の子が嫌いでした。

だから女の子はいつもその男の子をいじめていました。

そのうち女の子はその男の子を憎みはじめました。

その黒髪の男の子が、自分の持っていたモノを全て奪い取ったと思ったからです。

やがて女の子が男の子の事を許せるようになった時、二人は離ればなれになりました。

今ではその女の子はドイツにいます。

そしてそこで二人目のママと出会って、女の子は再び変わりました。

赤かった髪は金色に変わりました。

意地っ張りだった性格は昔に比べてかなり素直になりました。

3年前より、さらにきれいになりました。

本当に蒼い目の女の子は変わったけど、たった一つだけ変わらないモノがありました…。

それはもう一度黒髪の男の子に会いたいという想いです。

 

 

 

「二人の補完」

 

 

  第十三話 「アスカ来日」

 

 

 

「アスカ、朝ご飯の支度が出来たわよ。」

早朝、サエコがアスカに声を掛ける。

「う〜ん…。おはよう…、ママ……」

アスカは寝ぼけたまなこをこすりながら、もぞもぞとベッドから起き出した。

やや低血圧ぎみのアスカにとって朝はつらそうだ…。

サエコは寝癖のついたアスカの顔をおかしそうに見つめて

「まずは顔を洗ってらっしゃい」

と勧めると

「は〜い。ママ…」

と返事をしてアスカは洗面所へ消えていった。

顔を洗い終えたアスカがダイニングルームへ顔を出すと、すでに朝食にはやや豪奢な料理がテーブル上に広がっていた。

アスカは席について、「いただきま〜す」と挨拶すると、サエコの作った料理を片っ端から胃の中に放りこんだ。

「アスカ、そんなに慌てて食べると消化に悪いわよ」

サエコはあきれたようにアスカに声を掛けたが、その瞳は優しげだった。

やがて、朝食をすべて平らげたアスカは

「ごちそう様、ママ。とっても、おいしかったわ。」

と言って、満足そうにお腹のあたりをさすった。

「そう、そんなにおいしかった?」

サエコが嬉しそうに尋ねると

「うん、シンジの作ったのと同じくらい…」

それはアスカにとって最高の誉め言葉だった。

だが、すぐにアスカはハッと気がついてサエコから顔を隠すように俯いた。

その時のアスカの蒼い瞳は、やや寂しげに揺れるいた。

サエコは最近のアスカとの会話で“シンジ”という単語が無意識のうちに頻繁に使われているのを感じていた。

サエコがアスカに声を掛けようとすると、それよりも早くアスカが無理矢理話題を変えるように

「な…なんでもないのよ、ママ。それよりママってキャリアウーマンなのに本当に料理が上手いのね。あたし、あこがれちゃうな…。昔あたしと同居していたミサトって女は仕事は出来るんだけど家事がてんで駄目でさぁ…。やっぱり仕事が出来て、その上でママみたいに家庭の事もこなせる女性って理想よね。かくいうあたしも料理はてんで駄目なんだけど…」

アスカはそういっていたずらっぽく舌を出すと、サエコはクスリと笑って

「私も技術系を地でいっている女だったから、はじめは料理が苦手だったわ…。けど、一生懸命努力して少しづつ覚えていったのよ。私がリヒャルドを喜ばせてあげられる事って料理くらいしか思い付かなかったからね…」

その言葉にアスカは失言だったか…と一瞬瞳を曇らせたが、サエコは特に気にした様子もなく

「だからアスカだって努力すればいつかきっとうまくなれる思うわ。だからあきらめないで頑張りましょうね。私が教えてあげるから…」

とサエコはアスカを励ましたが、その時のサエコの声にはやや力強さが欠けていた。

今までサエコの指導の元でアスカは料理を学ぼうとしたが結果は散々たるものだった。

サエコもああまで失敗例が重なると、これはもう発信性の能力の欠落の云々より、料理に対する才能が根本的に欠けているとしか思えなかった。

サエコは、これは誰か料理のうまいお婿さんをもらうしかないかな…と考えていたが、ふとリビングの時計を見て

「あら、もうこんな時間だわ。それじゃ私は職場に行ってくるから後片づけはよろしくね…」

と頼むと、

「は〜い、ママ。行ってらっしゃい」

とアスカは笑顔で左手を振った。

サエコは玄関の所でふと思い出したように

「アスカ、今日はちゃんと大学院のほうに顔を出すのよ。わかったわね?」

とつけ加えると「は〜い。」という返事がリビングから聞こえたのを確認してサエコは家から飛び出していった。

アスカはサエコが出ていったのを確認すると、食器を流しに放り込んだ。

そしてアスカは食器を洗いながらため息をついたと思うとボソッと何かを呟いた。

「行けるわけないじゃん」

 

 

アスカはラインハルトと別れて以来、ずっと大学院の方には顔を出していなかった。

当初の目的であった博士号の取得が終了したという事もあったが、それ以上にアスカの足を遠さげていたのは院内に流れているアスカに対する噂だった。

 

「ねえ、聞いた。あの娘のこと?」

「ええ、またあの娘にちょっかいかけようとした男が振られたんでしょう?」

「で、今度の犠牲者は誰なの?」

「聞いて驚かないでよ。あのラインハルト先輩よ。」

「嘘〜!? ラインハルト先輩が〜!?」 

「そうなのよ。信じられる?」

「絶対に信じられないわよ。いったい彼のどこに不満があるのよ?」

「あたし前々から思っていたんだけどさ。あの娘はじめっから男と付き合うつもりなんかなかったんじゃないの?」

「どういう事よ?」

「ほら、悔しいけどあの娘アイドル顔負けの美人じゃない。だからああやって気のある振りして男を誘っておいて、からかって遊んでいるだけなんじゃないの!?」

「嘘〜!? 何よそれ!? 絶対に信じられないわ!」

「まず間違いないわよ。今まではたまたま相手の男が彼女の眼鏡にかなっていないだけだと思っていたけど、今度の件で確信したわ。だってラインハルト先輩以上の男性なんていると思う?」

「絶対にいないわよ。」

「それが本当だとすると絶対に許せないわね。あの娘自分を何様だと思っているのかしら?」

「そうよね。ちょとばかり頭と顔がいいからって何やっても許されると本気で思っているのかしらねぇ?」

「どうせあの娘のことだからまた新しい男が彼女にちょっかいかけるに決まってるわ。そしてまた振られるのね…。可哀相に…」

 

 

その噂がアスカの耳に入るのにそれほど時間はかからなかった。

そしてアスカには何も反論できなかった。

アスカ自身には決してそんなつもりはなかったとしても、今アスカが男性と付き合おうとしていたのは、一種の代替行為にすぎなかったので周りからそう取られても仕方がなかったからだ。

それ以来アスカは新しく男と付き合おうとはせず、大学院もずっとさぼっていた。

 

 

サエコは今日の会議に使う重要な書類を家へ忘れてきたので慌てて自宅に戻ってきた。

そして玄関にアスカの靴が残っているのを見て、軽くため息をついた。

「やっぱり今日もサボる気なのかしら。まったくしょうがないわね。」

院内に流れているアスカに関する噂はサエコも知っていたが、だからといってずっと家に閉じこもっていても何の解決にもならないからだ。

サエコはアスカの部屋に行くと、アスカの部屋の扉は半開きになっていた。

サエコが中を覗くと、部屋の中でアスカはDVDを再生していた。

『あのDVDテープは確かアスカが日本から持ち込んできた数少ない荷物だったわよね。』

サエコはアスカの17歳の誕生日にアスカからしきりにせがまれてDVD本体を買ってあげたことを思い出した。

『DVDを欲しがっていたのはアレを再生する為だったのね。一体何が写っているのかしら?』

サエコが興味を抱いてじっと画面を見つめていると、画面に病室の風景が現れた。

そこにはベッドに横たわる赤い髪の少女と、それをじっと見つめる黒髪の少年が写っている。

その映像はサードインパクト後に第3中央病院に収容されていた時のアスカの姿を監視カメラで写したモノで、アスカがプライバシーの侵害として病院から巻き上げたモノだった。

アスカは扉の外にいるサエコの存在にはまったく気がつかずに、じっと食い入るように画面を見ている。

それからしばらくの間、何の変化もない単純な映像が続いていた。

サエコは映像の単調さに思わずあくびをかみ殺したが、アスカは少しも目をそらすことなく真剣な表情でじっと画面に取り憑かれている。

『あれから学校をさぼって毎日こんなモノをみていたのかしら?』

サエコはややあきれながらそう考えていると

「い…いや〜!!」

はじめて画面から音声が流れたと思うと、突然映像に変化が起こった。

画面の中のアスカがベッドの上で狂ったように暴れている。

そしてそれを見て黒髪の少年が必死になってアスカを抱きしめる。

そして数分たって画面の中のアスカはおとなしくなっていく。

それを見て黒髪の少年は安堵してアスカから体を離した。

 

アスカは潤んだ瞳でその映像をじっと見つめていた。

アスカの胸のうちに熱いモノが込みあがってくる。

そしてアスカはボソッと呟いた。

「守ってくれていたんだ…。」

 

サードインパクトが発生して以後、心を閉ざしたアスカは夢の中でずっと無限地獄を彷徨っていた。

かつてエヴァ量産機に弐号機ごと陵辱され食い殺された時のイメージが強くアスカの心の中にこびりついていたからだ。

だが、ハゲタカ達に襲われると決まって暖かい光が発生してアスカを包み込んでアスカをハゲタカ達の手から守っていた。

その時のアスカにはその光のバリアの正体がわからなかったが、今この映像を見てそれが何を意味していたのか理解していた。

『シンジがあたしを守ってくれていたんだ。ああやって、あたしを抱きしめてあたしをハゲタカ達の手から守ってくれていたんだ。』

いつの間にかアスカの瞳から涙がこぼれ落ちていた。

アスカは涙を拭くとリモコンを取り出してテープを最後の所まで早送りした。

 

最後にはアスカが目覚めたシーンが写っていた。

黒髪の少年ににっこりと微笑むアスカ。

そして泣きながらアスカを抱きしめる黒髪の少年。

『そうだ。この時あたしの無限地獄は終わったんだ。あれ以来あたしは一度もハゲタカに襲われる悪夢を見ていない。シンジがあたしを悪夢から引き上げてくれたからあたしは無限地獄から開放されたんだ。なのに……』

映像の中で黒髪の少年がアスカの膝元に眠り込んだ瞬間、アスカの顔の表情が一変した。

蒼い瞳の中に激しい憎悪の災が燃え盛り、醜く口元を歪めて、陰惨な笑顔でシンジに向かって微笑んだ。

そしてそこで映像は終了した。

アスカは蒼い瞳を曇らせてゆっくりと俯いた。

『醜い顔…』

アスカは本気でそう思った。

『あたしはずっとあんな醜い顔をシンジに見せ続けていたの…』

アスカの胸が痛んだ。

「嫌われるよね…。あんな醜い顔であんなに酷いことをしたんだもの…。今更あたしがシンジのことを好きだと言ったって絶対に許してくれないよね…。」

再びアスカの蒼い瞳から涙がこぼれ落ちた。

 

ラインハルトと別れて以来、アスカは完全にシンジとの思い出に縋りついている。

シンジに対する数々のマイナスイメージは、すでに日本にいた時にアスカの中で完全に消化されていた。

今ではアスカは碇シンジという人間を極めて等身大に理解していた。

そして、シンジの弱さや醜さを全て承知の上でそれでもシンジを求めていた。

 

勿論、今でも自分がシンジに対する被害者だったという想いは変わらないが、今ではアスカはもう一つの事実を理解していた。

確かにシンジはアスカに対する加害者だったが、と同時にアスカもまたシンジに対する加害者であったという事実を…。

そして二人の間には決定的に違っていたモノが一つあった。

それは“悪意”である。

確かにシンジはアスカを傷つけたが、シンジはアスカを傷つけたいと思って傷つけたことは一度もなかった。あくまでシンジが他人を傷付けたのは“結果”としてであり、シンジはそんな自分自身を嫌い常に悩んでいた。

常にシンジの中には他人を傷付けようという悪意が根本的に欠けていた。

だが、アスカは違った。

シンジと違いアスカは悪意の塊だった。

アスカはいつだってシンジを傷つけようと意図して傷つけていた。

ひたすらシンジを憎んで、憎悪と悪意をシンジにぶつけ続け、シンジの繊細な心に直接ナイフを刺し込んで心がズタズタに砕け散るまでシンジの心を引き裂き続けた。そして傷つくシンジの姿を見てアスカは完全に喜んでいた。

 

「シンジ…」

アスカは力なく呟くとそのまま鳴咽を漏らし続けた。

それを見てサエコはアスカの部屋から離れて、忘れていた書類を鞄に詰め込むとそのまま家から出ていた。

『ラインハルトと別れて以来、アスカは完全に退行現象を起こしているわ。どうすればアスカの心の中からシンジ君の残滓を追い払うことができるのかしら?』

サエコはいまだにアスカを縛り続けているシンジという少年のことを考えて、頭を悩ませていた。

 

 

 

その夜、いつものようにアスカはサエコのベッドに入り込んだ。

だが、アスカはすぐに寝ようとせずに意味ありげにサエコを見る。

「何か聞きたいことでもあるの?、アスカ」

するとアスカはやや躊躇った後、

「ねぇ、ママ…。一つ聞きたいことがあるの…。怒らないで聞いてくれる?」

サエコはにっこりと微笑んでアスカを見ながら

「いいわよ、アスカ。遠慮せずに言ってごらんなさい。」

アスカはサエコの笑顔に安堵して

「ねぇ、ママ…。ママはリヒャルドさんの事を本当に好きだったんでしょう?」

「ええ、心から本気で愛していたわ。」

サエコは躊躇いなくそう答えた。

「もしも……もしもよ、ママ。もしもママがどうしてもやむない事情があって、リヒャルドさんをママ自身の手で殺していたらママは正気でいられたと思う?」

サエコはアスカの質問の内容の意外さに戸惑ったが、アスカの真剣な表情を見て、真面目に考え込んだ後

「とてもじゃないけど、正気ではいられなかったでしょうね。例えどれほど正しい理由があったとしても、そうなったら私はまず間違いなく狂うか死ぬかしていたと思うわ。」

「やっぱりそうよね……」

アスカは俯いたままポツリと答えた。

「けど、どうしてそういう事を聞くの、アスカ?」

アスカはゆっくりと顔を上げる。そして

「前にも話したと思うけど……、昔ね…、シンジは一人で戦っているあたしを見殺したことがあるの。その前後にもシンジはあたしにいっぱい酷いことをしたの…。あたしはそんなシンジのことを殺してやりたいぐらい憎かったの。けど、後で聞いた話だとその時にはシンジはさっきママに説明したのと同じ状態だったらしいのよ。あたしも見たわけじゃないから詳しいことはよく知らないんだけど、渚カヲルっていう使徒だったシンジのことをはじめて好きだっていってくれた少年をシンジは自分の手で殺してしまったみたいなの…。」

「……………………………………………………………。」

サエコは黙ってアスカの話を聞いている。

「シンジがあたしを見捨てた時にはシンジの心はとっくに壊れていたみたいなの。勿論だからってシンジのことを無条件に許せるわけじゃない…。けど、少なくともシンジにはあたしを傷つけたいっていう悪意がないことだけはわかったの…。けど、あたしはそんなシンジを悪意を以って傷つけたの…。その親友殺しのトラウマをシンジを傷つけるためだけに利用したの…。」

いつのまにかアスカの蒼い瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていた。

そして一旦加速したアスカの舌は止まらなかった。

「あたしは自分を見捨てたシンジが…、そして何よりあたしのことを見てくれないシンジが本当に憎かったの。だから、シンジを傷つけたの…。そして壊してしまおうと思ったの…。どうせあたしのモノにならないのなら壊してしまえば誰にも取られない…。本気でそう思っていたの…。最低でしょう?、あたしって…」

「アスカ……」

「ただそれにしたってあの時のあたしの状態は異常だった…。けど、今ではわかってるの。どうしてああまで狂ってしまったのか…。そして何よりどうしてあんなにシンジのことを憎んだのか…。きっとあたしは恐かったんだと思う…。正気に返るのが…。正気に返ればあたしは今みたいに、多くの人間を殺戮した自分の罪に脅え続けるのがわかっていたから…。だからあたしは自分の罪から逃れたいばっかりに狂気に逃げたの。けど、そのままだと狂気に陥ったあたしの中にある破壊衝動が自分自身を壊してしまうことが分かっていた。だからあたしはその身代わりとしてシンジを憎んだの。そして自分を壊す代わりにシンジを壊したの。シンジを生け贄にしたのよ…!」

そう叫んでアスカは鳴咽を漏らした。

サエコには何も言えなかった。

だからアスカの体を自分の方へ引き寄せて強くアスカを抱きしめた。

サエコに抱きしめられてアスカは少しだが落ち着いてきたようだ。

「ごめんね…、ママ。いきなりこんな事言って…」

アスカが申し訳なさそうな顔でサエコを見上げると、サエコは慈愛に満ちた表情で

「いいのよ、アスカ。言いたいことがあったら自分の中に溜めないで何でも私に相談してね。」

「うん。」

アスカは嬉しいそうに答えた。

サエコはようやく笑顔が戻ったアスカの無邪気な表情を見てクスリと笑って

「それにしても、そこまでアスカに一心に想われるなんてシンジ君ってそんなにかっこいい男の子だったの?」

とサエコが悪戯っぽく尋ねるとアスカはムキになって

「全然かっこよくなんかないわよ、バカシンジなんて…。背はあたしより低いし、顔は平凡だし、頭もよくないし、運動神経だって切れてるし、内罰的でいつもおどおどして、あたしの目の前で自慰をしたり、二度もあたしの首を絞めて絞め殺そうとした出来損ないみたいな最低な奴よ。」

「そ…そうなの?」

サエコは意外そうな顔でアスカを見る。

サエコは写真でしかシンジのことを知らなかったがここまで酷い男性像だとは思わなかったからだ。

一息にシンジの悪口を言い尽くしたアスカはその後やや寂しそうな顔をすると

「けど、やさしかったの…。一緒にいた時は何でも大抵のあたしのわがままは聞いてくれたの。そして何より本当に楽しかったの…。シンジと一緒にいられて…。けどそれもあたしが全て壊したの。シンジとの楽しかった生活もみんなみんなあたしが壊しちゃったのよ!」

そう言ってアスカは再び鳴咽を漏らした。

サエコは再びアスカを抱きしめる。

するとアスカは先ほどまでの取り乱しようが嘘のように落ち着いてきた。

しばらくそのままアスカを抱きしめているとやがて軽い寝息の音がアスカから聞こえてきた。

「アスカ?」

サエコがアスカを見るといつの間にかアスカはサエコの胸のなかで熟睡していた。

それは母親に守られる幼子のような無邪気な寝顔で…。

サエコは完全に自分を信頼し甘えているアスカのことを本当に嬉しく思ったが、あまりに感情の起伏の激しいアスカに一抹の不安を感じていた。

『今は私が一緒にいてあげられるからいいけど、私がいなくなったらこの娘はどうなってしまうのかしら?』

サエコは考えかけてやめた。恐くなったからだ。

自分で自分を肯定出来ないアスカが一人で生きていけるとは到底思えなかった。

『やっぱり誰か信頼の出来る男性を見つけてアスカを任せるのが一番ね。けど、シンジ君の事を引きずっている限りアスカはまともな恋愛が出来そうにないわね。』

サエコはシンジという少年のことを思い浮かべる。

かつてアスカの憎悪を一身に受け、その結果心を壊してしまった少年。

サエコの視点はどうしてもアスカ寄りに傾いていたので、そのシンジという少年がリヒャルドのようにアスカの憎悪を全て正面から受けきった上でアスカを正気に戻してくれていたら…と考えたが、途中でその考えを思い直した。

まだ未成熟な自我しかもたない14歳の子供にそこまで期待するの酷というものだろう。

『いずれにしてもシンジ君の問題を何とかする必要がありそうね…。』

そう決意するとサエコもアスカを抱きしめたまま深い眠りの落ちていった。

 

 

 

それから一週間後、サエコは自分の職場で考え事をしていた。

自分の部下にてきぱきと指示を出しながら頭の中でずっとアスカのことを考えていた。

アスカはあれ以来ずっと家へ篭ったまま学校に行っていない。

『また例のテープを見てシンジ君の思い出に浸っているのかしら…』

そう考えると憂鬱でならなかった。

その時後ろからサエコに声が掛かった。

「ブッフバルト君」

サエコは後ろを振り向くと、軽く会釈をして

「これはドールマン支部長。何のご用でしょうか?」

ドールマンは咳払いをして

「言わなくてもわかっているだろう?日本の本部からきている例のプロジェクトについてだよ。人選は君に一任しておいたがそろそろ決まったかね?」

サエコはやや申し訳なさそうに

「いえ、まだ決まってません」

ドールマンは意外そうな顔をして

「それは意外だな。どう考えたって君の娘が一番適任だと私は思うがね。その為に大学院でも博士号を取得させたんだろう?まあ、君はあの娘をだいぶかわいがっているようだからわずかな間でも手放したくないという気持ちはわかるがね…」

「…………………………………………………。」

「まあ、人選は君に任せてあるから誰に決まったとしても私は文句は言わんよ。ただ、期限はあと二週間しかない。その時には日本の本部にも返事をしないといけないので、それまでには決めておいてくれたまえ」

「はい、分かりました。ご迷惑をおかけしてすいません。」

と言ってサエコは頭を下げると、ドールマンはそのまま研究室を出ていった。

頭を上げたサエコは灰色の瞳に思慮深い色を称えると

『支部長に言われるまでもなく、今度のプロジェクトの人選はアスカが一番適任だわ。それにうまくいけばアスカが抱えている問題も解決できるかもしれない…。けど、今のアスカが私から離れて一人で生きていけるのかしら…』

サエコはそう考えてしばらく悩んでいたがやがて

『やっぱり話をするべきね。いずれアスカは嫌でも私から離れなければならなくなるのだから…。それに私に残されている時間は少ない。だったらその前にどうしてもアスカを託せる男性を見つけておく必要があるわ。そしてその為には絶対にシンジ君の問題を解決しなければならないもの…。今夜、アスカに全てを話そう。このプロジェクトのことも…、そして私の体のことも…』

そう決意するとサエコは雑念を追い払って再びサエコは仕事に取り掛かった。

 

 

 

「ただいま。」

サエコが帰宅すると

「お帰りなさい、ママ」とアスカが嬉しそうな笑顔でサエコを迎えた。

サエコはアスカに

「アスカ、これから大切な話があるからリビングで待っていてね。」

と告げると

「は〜い。」

とアスカは素直に答えてリビングに消えていった。

サエコは私服に着替えると書類を何枚か脇にかかえて、リビングに姿をあらわした。その時にはアスカはおとなしくソファの上に座っていた。

サエコは向かい側に腰を下ろすと、じっとアスカの顔を見つめる。

アスカは真剣なサエコの表情に体中に緊張感を走らせた。

やがてサエコは口を開いた。

「単刀直入に聞くわよ、アスカ。もう一度シンジ君に会いたい?」

その言葉にアスカはビクッとした。蒼い瞳が揺れている。

やがてアスカは悲しそうな目でサエコを見つめて

「無理よ、ママ。あたしにはシンジに会う資格はない…。」

サエコはそのアスカの言葉に

「資格のあるなしを聞いているんじゃないのよ、アスカ。あなたがもう一度シンジ君に会いたいか、会いたくないかを聞いているのよ」

サエコのその言葉にアスカはやや俯いた後

「……………会いたい。もう一度シンジに会ってあたしのしたコトを謝りたい。けど、やっぱり駄目。だってあの時あたしはシンジを見捨てたのよ。それなのに今更どんな顔してシンジに会えるのよ?」

「見捨てたわけじゃないでしょう?、アスカ。あなたは強制送還されたのだから…」

「ううん、違うのママ。見捨てたんじゃなければ逃げたのよ。だってあの時あたしは最善を尽くさなかった…。本当にシンジに償いたいのだったら、あの時あたしはマヤに土下座してでもシンジの側にいさせてもらうべきだったの。けど、あたしは何もしなかった。シンジをあそこまで追いつめたあたしがシンジを看病するなんて只の偽善だと思っていたから…。とにかくあたしは逃げたのよ!もう今更どうにもならないのよ」

そう言ってアスカはわめき散らした。

すでにアスカの目には涙が溜まっていた。

サエコはアスカの様子をじっと冷静な目で見ていたが

「だったら、今度は逃げないことね、アスカ。もし、あなたが逃げないでもう一度自分と戦う気があるのなら私があなたにチャンスを与えてあげるわ。」

サエコはそう言って脇に抱えていた書類の一部をアスカに見せた。

「これは?」

アスカは書類を手に取ってサエコに尋ねる。

「今度、MAGIのバージョンが0.3アップする事になったのよ。そしてその技術の継承も兼ねて日本の本部で次世代のMAGI管理者候補生を集めての研修会が行われる事になったの。そしてドイツ支部からも一人候補生を日本へ送る事になっているのだけど、どう考えてもあなたが適任よね?あなたが大学で博士号を取得した内容はMAGIの処理能力の向上に関するものだったのだから…」

「………………………………………。」

「どう、アスカ?あなたにその気があるのならあなたを候補者としてリストアップしておくわよ。研修期間は半年よ。委員会の本部は第3新東京都市にあるから、その時シンジ君にも会えると思うわ」

その言葉は強烈にアスカの心を揺さ振った。

『シンジに会えるの…』

だがすぐに別の感情がシンジに会いたいというアスカの想いを封じ込めた。

それはかつてのような意地ではない…シンジに拒絶されるかもしれないという恐怖だった。

「ごめん…ママ…。やっぱり駄目……」

アスカは力なく首を横に振った。

それを見てサエコはつけ加える。

「本当にいいの、アスカ?分かっているとは思うけどあなたこのままじゃ一生まともな恋愛は出来ないわよ。それとも一生そうやってシンジ君の影をちらつかせながら一人で生きていくつもりなの?」

その言葉にアスカはビクッと体を震わせる。

「アスカが今でもシンジ君のことを忘れられないのはきっとあなたは心のどこかで期待しているからだと思うの…。もしかしたらシンジ君があなたの事を許してくれてあなたを受け入れてくれるかもしれない…ってね。だからね、アスカ。日本へ行ってあなたの想いにケリをつけていらっしゃい。正直私にはその結果どうなるかは分からないわ。シンジ君はあなたを受け入れてくれるかもしれないし、あなたを許してくれないかもしれない…。けど待っていてもいつまでたっても現実は変わらないモノなのよ、アスカ」

サエコは真摯な目でアスカを見る。

アスカは明らかに迷っていた。

シンジに会いたいという気持ちは強くアスカの心に根づいている。

だが、それを上回る不安がアスカの心の周りを覆っていた。

今、日本に行けばそれはサエコと離れることになる。

そうなればアスカは一人で夜の恐怖に立ち向かわねばならなくなる。

今の自分の弱さを素直に認められるようになった自分が一人で生きていけるとはアスカは到底思えなかった。

「ママ…、あたしやっぱり駄目。確かにシンジには会いたい。けど、ママと離れて一人で日本へ行くなんて無理よ…。」

そう言ってアスカはサエコに抱き着いた。

「けど、アスカ。あなたこのままだと…」

「ううん、いいの…。別に一生恋愛が出来なくたっていい…。ママがいてくれれば…。ママさえいてくれればあたしは恋人なんかいなくたって大丈夫。ねぇ、ママ…。ママはずっとあたしの側にいてくれるんでしょう?」

そう言ってアスカは縋るような目でサエコを見る。

サエコはアスカの自分に対する想いを嬉しく思ったが、アスカのサエコに対する依存度は明らかに程度をはるかに超えていた。

このままではアスカを駄目にしてしまうと思ったサエコは心を鬼にして真実を打ち明けることにした。

「残念だけどママはいつまでもアスカのママではいられないのよ…、アスカ」

その言葉にアスカは脅えた表情をしてそして本当に縋るような目で

「ど…どうしてよ?、ママはあたしのことを嫌いになったの!?」

目に涙を溜めてそう訴えた。

サエコはアスカを安心させるように暖かい笑顔で微笑んで

「そんなことあるはずないでしょう、アスカ。ママはアスカのことを心から愛しているわよ。それにあの時約束したでしょう。私でよければ死ぬまでアスカのママになってあげるって…」

「じゃあ、どうして…………………………!」

と言いかけて勘の良く頭の回転の速いアスカはサエコの言葉の意味に気がついた。

「マ……ママ…。まさか……」

サエコは脇にかかえていたもう一枚の書類をアスカに見せた。

それはサエコ自身のカルテだった。

それを見てアスカの顔がみるみると青ざめていく。

サエコは他人事のように落ち着いた声で

「そう、リヒャルドと同じ病よ。病院の見立てだと早ければ1年、もって最高2年の命って所みたいね…。それにしても奇遇よね。リヒャルドと同じ死に方が出来るなんてね…。なんだかリヒャルトとの絆のようなものを感じて嬉しくなってきちゃうわ」

「マ……ママ……」

サエコはぽろぽろと涙を流したアスカを強く抱きしめて

「泣かないの、アスカ。私は決して不幸なんかじゃないわ。確かに辛いこともいろいろあったけど、リヒャルドという最高の伴侶に出会えたし、アスカという最高の娘を授かることも出来たから私は本当に幸せだったわ。それだけは絶対に嘘じゃないわ。」

そういってサエコはアスカを慰めたがそれでもアスカの涙は止まらなかった。

「それより心配なのはあなたの事よ、アスカ。あなたは自分でも気がついていると思うけど自分に対する肯定力が決定的に欠けているのよ。それが先天的なものなのか後天的なものによるものなのかは私にも分からないけど…、ただ一つハッキリいえるのは、それだけ社会的に有益な才能を持ちながらあなたは絶対に一人で生きていくことは出来ないという事よ。誰かあなたを肯定してくれる他人が必要なのよ、そこまでは自分でも理解しているでしょう、アスカ?」

アスカは泣きながら黙ってうなずいた。

「本当はいつかは自分で自分を肯定出来るようになって欲しいんだけど……、まあ、物事には順序というモノがあるから…、まずは依存の対象を母親から恋人にうつしてもらいたかったのよ。だから私もあなたを支えるにたる男性を探していたんだけど、シンジ君のことを引きずっている限りあなたは私以外の人間を受け入れられそうもないしね…」

「………………………………………。」

サエコは慈愛の目でアスカを見つめて

「だからね、アスカ。日本へ行ってシンジ君の想いにケリをつけていらっしゃい。今ならアスカが傷ついて戻ってきたとしても、私がいるからきっとアスカを慰めてあげられると思うの。けど、私が死んだ後ではそれも出来ないからね……。」

アスカは何も答えない。

「とはいえあなたの人生はあなたのモノだから私にそれを強制することは出来ないわ。だから、アスカ…。時間はまだ2週間ほどあるからじっくりと考えてみなさい。」

そう言ってサエコはアスカから手を離した。

アスカはじっとサエコを見ている。

サエコはアスカを見てにっこりと笑って

「話はそれだけよ、アスカ。もう遅くなったから寝ましょう。」

サエコはアスカにそう告げるとリビングから出ていった。

 

 

アスカばベッドの上でずっと悩んでいる。

そして隣で寝ているサエコを見る。

『ママがもうすぐ消えてしまう…』

そう考えただけでアスカの瞳が再び潤みはじめた。

子はいつまでも子供ではいられない…。いつかは母親の元から巣立って一人で旅立たねばならない。

分かっていたことではあってもアスカには納得できなかった。

そして何より後数年しか生きられないサエコの事を想い世の中の不公正さをやるせない想いだった。

『やっぱり、どう考えたって酷すぎるよ…。どうしてママばっかりこんな辛い目に合うんだろう。あたしは今まで自分が世界で一番不幸だと思い込んでいた。けど、ママに比べたらあたしの悩みなんて我が侭娘の甘えに過ぎなかった。女であることを否定され、最愛の夫にも先立たれ、そして今度は生きることさえ否定されようとしている。本当に可哀相なママ…。けど、ママは少しも自分を不幸だなんて思っていない。それどころかママは今でも自分のことよりあたしのことを心配してくれている。どうしてママはそんなにやさしいの?どうしてママはそんなに強くなれるの?』

そう自問してアスカは一晩中サエコに聞こえないようにそっと鳴咽をかみ殺していた。

 

 

 

それから2週間の間、アスカは自分のすべき事についてずっと考えていた。

『やっぱり、どう考えても答えは一つしかない。あたしは日本に行くべきなんだ。確かにママの言う通り今ならシンジに拒絶されてもあたしはママがいるからきっと立ち直れると思う…。けど、あたしはママから離れて一人で生きていけるの?夜の恐怖を克服できるの?』

すでにアスカの気持ちは定まりつつあったが、その事がネックとなってアスカの決意を妨げていた。

だがそれすらただの甘えに過ぎないことを今のアスカは分かっていた。

『あたしは自分のことしか考えていない…。ママは本当にあたしのことを考えてくれているのに…。ママは本当にどん底に落ち込んでいたあたしを助けてくれたんだ。そしていつだってあたしの我が侭を聞いてあたしを守ってくれていた。なのにあたしはママに何もしていない。次々に問題を抱え込んでママを悩ませているだけ…』

そう考えるとアスカの胸が痛む。

『そうだ…。ママは今でも自分が死ぬことより、自分が死んだ後、残されたあたしが一人で生きていけるかを心配している…。だったら今度はあたしがママの想いに答える番なんだ。あたしはママに何も出来なかった。だからこそ、せめてあたしはママが安心して思い残すことがないよう旅立てるようにママが生きている間にあたしが抱えている問題をすべて解決すべきなんだ。』

ようやくアスカの中で確固たる決意が固まりつつあった。

『そうだ、もうシンジに拒絶されるのが恐いだとか…一人で寝るのが恐いとか…言っていられない。全てあたしの問題なんだもの。行こう、日本へ。例えこの先どんな結果が待っていようとも…。……………………それに…………………………』

アスカはもう自分の本当の想いを封じることは出来なかった。

『………………………会いたい…………、もう一度、シンジに会いたい。たとえ許されないことでももう一度シンジに会ってあたしのした事を謝りたい。……………もう駄目……。もうあたしには自分の本当の想いを封じることは出来ない…。』

アスカは鳴咽を漏らしながら何度もシンジの事を考えていた。

 

 

それから2週間後、自宅のリビングでアスカはサエコと向き直っていた。

サエコはアスカに声を掛ける。

「今日が締め切りよ、アスカ。今日中にドールマン支部長に候補生をリストアップしなければならないの。もしあなたが駄目なら別な候補生をリストアップするしかないけど決心はついたの、アスカ?」

アスカはその質問にすぐに答えようとせずに、別な質問をサエコにした。

「ねぇ、ママ。一つだけ聞きたいことがあるの…」

「なあに、アスカ?言ってごらんなさい」

「ママはどうして人類補完計画が失敗した時、LCLから帰ってきたの。結局傷つくことを嫌がった人たちは人類の半数も帰ってこなかった。こんな事を言ったらなんだけど、ママはその中に含まれていそうだったから…。だって、LCLの中に溶け合っていたら体のことを気にすることもなかったし…何よりリヒャルドさんともずっと一つになれていたはずでしょう…、なのに……」

アスカはそこで言いづらそうに口篭もった。

サエコは申し訳なさそうなアスカの顔を見て真剣に考えた後

「そうね、あの時なんで帰ってきたのか私にもはっきりとした理由は分からないわ。けど、あえて理由をつけるなら、まだその時の私にはリヒャルドに会う資格がなかったからだと思うわ…」

「資格?」

アスカが意外そうな顔でサエコを尋ねる。

「そう、リヒャルドは医者として私を含めて多くの人間を助けて、誰からも後ろ指を差されることのない立派な人生を送ったわ。それに比べると私は何もしていなかった。ただ、リヒャルドに甘えていただけ…。そして何よりリヒャルドは私に自分の分まで生きて欲しいと真摯に願っていた。けど、私はリヒャルドの想いに答えられる程、他人に影響を与えられる人生を送ってきたわけではなかった。だからとてもじゃないけど、あの時には恥ずかしくてまだリヒャルドの所には行けなかったのよ…。」

「…………………………………………………。」

「けど、今では私はあの時現実へ帰ってきて本当に良かったと思っているわ。だって、アスカ…。あなたという私の夢だった最高の娘に出会えたから。そして己惚れかもしれないけど、私はあなたの人生を前より少しでも良い方向に導くことが出来たと信じているから。だから今なら胸を張ってリヒャルドに会いにいけるわ。」

それを聞いてアスカの蒼い瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

そしてアスカはサエコに抱き着いて

「己惚れなんかじゃないよ、ママ。ママは本当にぼろぼろに傷ついていたあたしを救ってくれたの…。ママ、本当にありがとう。だからもう大丈夫。もう、ママに心配はかけないから。」

アスカは涙に濡れ細った顔をあげてサエコを見る。

その時のアスカの蒼い瞳には強い決意がこもっていた。

「ママ…。あたし、日本に行く。行ってシンジに対する想いに決着をつけてくる。確かにシンジはあたしを許してくれないと思う。けど、面と向かって拒絶されれば、あたしは今度こそシンジの事を振り切れると思う。」

サエコはその言葉を聞いて強くアスカを抱きしめた。

サエコの灰色の瞳からも涙が零れている。

「行ってらっしゃい、アスカ。しっかりとケリを着けてくるのよ。大丈夫。シンジ君に振られたってママがずっと側にいて慰めてあげるから…。そしてその時にはシンジ君のことなんかすっかり忘れられるくらい素敵な男性を探してあげるから…」

そう言ってサエコは強く強くアスカを抱きしめる。

アスカはサエコの中でずっと鳴咽を漏らしている。

二人はずっとお互いを抱きしめたまましばらく泣きあっていた。

これがこの母娘にとってしばらくの別れになるからだ。

こうして日本で行われる次世代MAGI管理者候補生を集めた研修会のドイツ支部代表の候補生は惣流・アスカ・ラングレーに決定した。

 

 

 

それから2週間後、ベルリン国際空港にアスカとサエコの姿があった。

特別機の前でアスカは名残惜しそうにサエコを見る。

サエコは精一杯の笑顔で微笑んで

「そんな顔しないの、アスカ。これでもう永遠に逢えなくなるわけじゃないのだから…。今日はアスカの門出の日なんだから、ほら、笑って、笑って…」

とサエコが促すと、

「う…うん」

と肯いてアスカはぎこちない笑顔で微笑んだ。

サエコは真剣な表情に戻ると

「アスカ、分かっているとは思うけど、ちゃんとあなたの本当の気持ちをシンジ君にはっきりと伝えなきゃ駄目よ。恐がる気持ちも分かるけど、何もしないで未練を残して帰ってきたら何の意味もないんだからね…」

「うん、それは分かってる、ママ」

アスカは神妙に答えた。

「それと今更こういう事をいうのは何だけど夜、本当に一人で大丈夫なの?私はそれが心配で…心配で…」

アスカはサエコを気遣うように笑うと

「大丈夫よ、ママ。寝るときはずっとママのことを思い浮かべて寝るようにするから…。離れていたってあたしとママの絆は繋がっていると信じているから…。」

その言葉にサエコは嬉しそうに微笑んだが、ふと悪戯っぽい顔をして

「シンジ君がアスカと一緒に寝てくれるようになるといいわね、アスカ?」

そのサエコの言葉にアスカは顔を真っ赤にして

「マ…ママァ〜!」

サエコはクスリと笑って

「冗談よ、アスカ。それとも期待していたの?」

アスカはさらに赤くなって俯いてしまった。

「そろそろ時間です。」

係員の者が出発を促したので、サエコは最後に力いっぱいアスカを抱きしめて

「いってらっしゃい、アスカ」

と言って、アスカのおでこにくちづけをした。

アスカも蒼い瞳を潤ませながら

「行ってくるね、ママ。さよならは言わないよ、あたし必ずママのところへ帰ってくるから。」

「その時には隣にシンジ君がいてくれたらいいわね」

その言葉にアスカは今度は笑顔で肯くとそのまま特別機の中に入っていた。

 

そして特別機はアスカを乗せて飛び立っていった。

サエコは手を振りながらその様を見上げていた。

『ここから離れたら私は何もしてあげられないけど、頑張るのよ、アスカ。』

サエコはアスカの日本での無事を祈るとそのまま空港から離れていった。

 

 

特別機の客はドイツに来た時と同じくアスカ一人だけだった。

アスカはしばらくはずっとサエコのことを考えていたが、日本が近づくにつれ一人の少年のことを思い浮かべた…。

『シンジ…』

アスカの胸に熱いモノが込み上げてくる。

 

シンジに関する情報はマヤにより完全にシャットアウトされていたので、アスカはシンジがどのように成長していたかまったく知らなかった。

 

『あれから3年も経ったのよね…。シンジのやつ少しは変わったかしら…。無理よね、だってあいつはバカシンジだもの…。きっと今でも内罰的にうじうじしているに決まってるわ。本当になんであたしはあんなのがいいのかしら?自分でも時々分からなくなっちゃう…。ママはあたしのシンジに対する想いは恋ではなく、どちらかといえば負い目に近いモノだって言っていたけど、そんなことはないと思う。だって、日本が近づくたびにあたしの胸はドキドキしている。この気持ちは絶対に本物だわ…。』

アスカは3年前のシンジの写真を覗き込んでクスリと微笑んだ。

何時の間にかシンジに対する不安はかなり消滅していた。

『もうすぐ会えるんだ。』

そう思うと心地よい睡魔がアスカに襲いかかってきた。

『そうだ、今のうちに寝てしまおう。結局昨日は一睡も出来なかったし、日本とドイツでは時差があるから少し寝ておかないと着いてから辛いだろうし…。それに明るいうちならきっと一人でも大丈夫だと思うから…』

そう考えているうちにアスカは心地より眠りの世界へと誘われていった。

そしてアスカは夢を見た。

アスカがはじめてシンジとオーヴァー・ザ・レインボウの甲板で出会った時の夢を…。

「シンジ…」

アスカの幸せそうな寝顔から寝言がこぼれた。

こうしてアスカが寝ているうちに特別機は、第3新東京都市にある空港に着陸し、アスカは3年ぶりに第3新東京都市への来日を果たした。

  

つづく…。

 

 

 

 


NEXT
ver.-1.00 1997-3/30公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは itirokai@gol.com まで!!

 

けびんです。

今回は作品の倫理性についてお話したいと思います。

それは僕が作った“サエコ・ブッフバルト”というオリジナルキャラクターについてです。 

すでに大抵の人が気づいていると思いますが、サエコはアスカを補完することを目的にオーダメードで作ったキャラなので生き方から死に方まで全てアスカに殉じるような設定になっています。

そして僕自信もアスカを補完する為だけにサエコのような不幸な生い立ちを持つキャラを作ってしまった自分自身にかなり嫌悪感を感じています。

かつて僕の尊敬する大家さんが「作中で安易にキャラクターを殺すのはそれほど深い共感を読者に与えるものではない」と名言された事があり、僕自信もその考えを全面的に支持しているつもりでした。

ただ、今回ストーリーの展開の都合上どうしてもサエコのようなキャラを必要としてしまいました。

本当に自分自身に嫌悪感を感じてしまいます。

このような設定をアスカでやれば皆黙っているはずはないですし、だったらオリキャラなら不幸にしていいのか?といえば絶対にそんなことはないですし…。

いずれにしてもサエコのようなキャラを使ってしか話を作れない自分はまだまだ未熟です。

ただ、こんな事を言うのは僕のエゴだと分かっているのですが、僕自信はサエコは決して不幸なキャラだとは思っていません。(どのように生き、どのように死のうと、その過程において…という意味ですが…)

だからサエコには是非自分が幸せだったと納得してもらってから往生して欲しいと思っています。(やっぱりエゴですよね、それって…)

さて、話は変わりますが、これからはいよいよ舞台は完全に日本へ移ることになります。(サエコはしばらくお休みです。)

そして次回でシンジとアスカの再会シーンが見られると思います。

本当にしつこいですけど、後章の舞台は学園エヴァですから(笑)

では次は第十四話の再会編でお会いしましょう。

ではであ。

 






 けびんさんの『二人の補完』第十三話、公開です。



 そんな事言った・・・かな(^^;

 うん、前、言ったよね。


 読者の立場として、何でもかんでも「殺しちゃいや」ではなくて、なんて言うか・・

  山越え谷越え
  時には苦しみ時には笑い
  やっとこ目的を達するぞ

  そんな時になんか大きな危機がきて

   仲間のために死を選ぶ!
   ボクの分まで幸せに!
   ああぁ○○。君に死は無駄にしない・・・

 そういう展開が嫌いなだけなんですよ(^^;


 せっかく読んできて、それなりに思い入れも生まれたキャラ−−
 最後はHAPPYになって欲しいな。と。

 ワガママえごえごで〜す(--)




 サエコさんはそう言うのとは全然違うので
 そういう面では、私的に、全然、全く、気にならない〜



 他人を補完するためだけのオリキャラ。

 そこまでしっかり考えておられるけびんさんは素晴らしいですね(^^)



 次回はいよいよいよいよ。

 どういう展開になるのか楽しみですね。



 さあ、訪問者の皆さん。
 感想メールを書いてそれをけびんさんにごー



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