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「二人の補完」

 

  第三話 「大人達の戦い・・・ 子供達への想い・・・ 」

 

 

 

サードインパクトの発生により世界は大混乱の渦に巻き込まれた。

世界中の大都市はほとんど壊滅し現実への帰化を拒んだ全人類の半数は永遠に還らぬ人となった。LCLから再生し生き残った人々も自分のおかれている状態が把握できずにパニックに陥り右往左往するばかりで何ら建設的な行動を起こせずにいた。

それは政府関係者や市民など身分に関わりなく全ての人類に平等に降りかかった未曾有の厄災であった。

 

 

そんな中いち早く精神的再建を果たしたのはやはり多少なりともサードインパクトの真実を知る一部の人間達であった。

すでに廃墟と化しつつある第三新東京都市でかつてジオフロントと呼ばれた場所に巨大なクレーターができあがっていた。その近くに数十人の男女が集まっている。みな一様に疲れた顔をしてお互いを見回していた。ここにいる者達にしても自分達に何が起こったか見当もつかないのだ。しばらくつづく沈黙…。やがて初老の男が口火を切った。

「生き残ったのはこれで全員か?」

眼鏡をかけた若い男がそれに答える。

「はい。副指令。発令所の方も見てみましたがどうやらネルフで生き延びたの我々だけのようです。数でいえば全体の十分の一以下です。ただ気になるのは死体が一つもないんですよ…。殺された職員にしろ、攻めてきた戦自の奴らにせよ。なぜかもぬけの殻の服だけがあちこちに大量に散らばっているだけで…。」

副指令と呼ばれた男は少し考えこむと

「それで本部の方の被害状況はどうなっている?」

と再び訪ねた。

その質問に今度はショートカットの若い女性が答えた。

「はい。ほとんどの設備が壊れていて使い物になりません。要塞都市としての機能はほぼ完全にストップしていると見ていいでしょう。ただMAGIだけはかろうじて生きています。

「それは不幸中の幸いだな。」

男は安堵の息を漏らす。

すると女はやや俯いて

「ただし「メルキオーレ」は機能の50%を損傷しています。「バルダザール」は77%。「カスパー」に至っては92%…事実上「カスパー」は現在使用不可能です。というわけで実質MAGIの処理能力は従来の10%も出せません。」

「修復にはどのくらいの時間がかかりそうだ?」

「修復するにしても資材がありません。それに何より赤木博士がいなくては…」といってつらそうに顔を背けた。彼女が永遠に還らぬ人となったのを知っているのだ。

「伊吹二尉。これからMAGIの運用を君に一任する。」

「じ…自分がですか?」

「そうだ。赤木君のデータバンクを見ればある程度の修復は可能なはずだ。」

「ハ…ハイ。確かに…。でも私の能力では従来の半分もMAGIを使いこなせないと思いますが…」

「 MAGIとて人間にはすぎたオーバテクノロジーだ。これでいいのかもしれんな…。だがさしあたり今の我々にとってMAGIは生命線だ。他の設備の維持をいっさい破棄してかまわん。大至急MAGIを運用可能な状態まで整えるのだ。事は一刻を争う。我々に時間はないのだ。」

といって厳しい視線をむける。その迫力に気圧されたように

「了解しました。では私は技術班を率いてMAGIの修復に全力であたります。」

というと彼女は複数の男女を引き連れてその場を離れていった。

 

男は今度は別の一人に視線をやり

「さて…それでパイロット達は見つかったか?」

と訪ねるとその質問に長髪の若い男が答えた。

「いえ。まだです…。今捜索班に全力で当たらせているのですが…」

「すぐに探し出せ!なんとしても政府の奴らより先に保護せねばならん。」

「は…はぁ…。」

男は一瞬老人の迫力に押されたが何とか踏みとどまり前から思っていた疑問をぶつけてみた。

「副指令。一つお聞きしたいことがあるのですが…。」

「何かね?」

「我々にはわからない事ばかりです。もちろんこの有様を見ればサードインパクトが発生して世界中がひどい状態になっている事ぐらいはわかります。ただそれにしたってその前後に起こった超常現象は我々の理解を超えています。いったいどうしてこうなったのか冬月さんは知っているのではないですか? もしさしつかえなければ教えていただきたいのですが…」

その言葉に残っている他のメンバーも一斉に身を乗り出した。

そう今自分達がおかれている状況は誰もが知りたいことであった。

「人類補完計画が発動し…そして失敗したという事かな…」

冬月は淡々と述べた。

「人類補完計画!?」

「そう…。群体としていきずまった人類を救済するため不要な体を捨て全ての人間の魂を一つにまとめあげ単体の生命体へと進化させる計画の事だ。最後初号機をヨリシロとして計画は成功したはずだった。だがこうして我々がここにいると言うことはその計画は失敗したという事だ。つまりはシンジ君がそれを望んだということだな。」

「シンジ君がですか?」

「彼はあの時初号機と一体となり神にも等しい存在となった。そして全ての人類の命運を選択できる立場にあった。一度は融合がかなった事は彼がそれを望んだということであり今こうして我々がいるということは最後には彼が踏みとどまったいうことだろう…。」

「……………………………。」

「神への道は閉ざされたというわけか…。だがこれでいいのかもしれんな。 ヒトは生きていこうとする所にその存在がある。 それがシンジ君の母親の願いだったのだからな…。」

冬月は昔を懐かしむような顔でそう口述した。だがすぐにその表情が一変し厳しさを全面に押し出した。

「言うまでもないが今我々は極めて危険な立場にいる。」

「!!」

「政府の奴らも今は呆然自失の状態だろうがやがて時がたち状況を理解したら必ず我々の政治責任を問うてくるだろう。」

「そ…そんな…サードインパクトを起こしたのはゼーレでそれを手助けしたのはそれに踊らされた戦自の奴らじゃないですか!?」

「奴らにそんな道徳的な真実など求めても無意味だよ。自分たちに都合の悪い真実は全て闇に葬りさり市民を欺くのが昔からの奴らの常套手段だからな。とくに今回のような未曾有の大惨事ともなれば当然市民の目を自分達から逸らさせる必要がある。となればそのスケープゴートとして最適なのは我らネルフでありそして実際にエヴァを操っていたチルドレン達だ。」

「……………………………。」

「だが政府にしても今回の一連の状況を全て把握しているわけではない。混乱から立ち直るにはもうしばらく時間がかかるだろう。今なら我々の力で政府の奴らに先んずることができる!逆にいうなら機会は今しかない。もしこのまま呆然と時を喪失し奴らに先んずられれば我々は虜囚となりサードインパクトを起こした張本人として処刑されることになるだろう。むろんチルドレンもな。」

苦々しい顔で冬月は答えた。

その言葉に全員息を飲んだ。それはそうだろう。人類を救うため命がけで使徒と戦ってきたというのに最後は味方であるはずの同じ人間から一方的な殺戮を受けそして身に覚えのないサードインパクトの責任まで負わされるとあっては到底やりきれるものではない。

ましてやそんな大人達の一方的な都合に無理矢理巻き込まれた14歳の子供達に何の責任があるというのか?

冬月は再び周りを見回して語り始めた。

「そういうわけで今は私についてきてほしい。この老体の一命にかけても必ず君たちの生命と名誉を守ってみせる。私と碇は今回の一連の事件の主犯のようなものだ。ただ状況も知らずに巻き込まれた君らには言いたいこともあるだろうが全ては政府との戦いが終わってからにしてほしい。今は本当に時間がないのだ。頼む!」

と言い頭を下げた。

それを見て生き残ったネルフの職員はさしあたり冬月の指示に従う事を誓約した。全ての者が冬月に心服したわけではなかったが今内輪もめを起こせるような悠長な状況でなかったし何よりネルフから離れて自分の身を守る術がないのも確かだったからだ。

その時青葉の腰に下げていた携帯が鳴り出した。青葉は無造作にそれを取り上げ二言三言会話をかわした後冬月に報告した。

「副指令。今捜索班から連絡がありセカンドチルドレンとサードチルドレンを保護したそうです。」

それを聞くと冬月は「そうか」といいホッとため息をついた。

彼が一番気にかけていた問題がようやく片づいたからである。

 

 

 

 

伊吹マヤを中心とした技術班はMAGIの復旧に全力をあげていた。青葉シゲルを中心とした捜索班は物資の調達と情報の収集に全力をあげている。そして残りのメンバーは日向マコトを中心に比較的被害の少なかった施設の修復に血道をあげていた。

 

 

死ぬほど忙しい激務がようやくひと区切りついたので冬月ははじめて医療病棟を訪問した。そこでチルドレン達が治療を受けているからだ。

「子供たちの様子はどうかね?」

医療班の女性に声をかける。

「はい。二人とも身体的な怪我はないのですが精神的に相当まいっているみたいです。」

「話は出来るのかね?」

「セカンドチルドレンの方はまったく外界の刺激に反応がないので会話は無理だと思われます。ただサードチルドレンの方は可能です。ただし精神的に不安定なので気をつけていただかないと…」

「わかっている。それでは面会を許可願えるかな?」

「副司令がお望みなら…」

 

冬月は部屋へ入った。

部屋の中は中央にベッドと椅子が置いてあるだけの殺風景なものだがそれでも今のネルフ本部の中では最も贅沢な部屋といえた。ベッドの上には少女が寝そべっている。そしてその近くの椅子に腰を下ろした少年が少女の顔を覗き込みながら何かブツブツとつぶやいている。

「シンジ君…。」

「…………………。」

冬月は少年に問い掛けたが少年は答えない。

「シンジ君!」

今度は少し大きな声で問い掛けた。

するとそれまで少女の事だけを見つめていた少年が始めてこちらを振り向いた。

その目は赤く充血していた。

「………なんで…しょうか……?」

弱々しく少年は尋ねた。

「聞きたいことがあるのだが少し時間を取らせてもらえないかね?」

「…何を…話せばいいんですか?」

「サードインパクトの事だ。あの後初号機の中で何があったのか分かっている範囲で教えてほしのだが…」

サードインパクトと聞くと一瞬シンジは脅えた表情をしたが冬月の包み込むような暖かい笑みを見て最初はぽつりぽつりと…やがては堰を切ったように彼の知る限りの事について話しはじめた。

「………だから…だから…僕はみんな死んじゃえ!…って思っちゃたんです。そしたら…本当に…本当に…みんな死んじゃって…一つになっちゃて……けどこんなのは…やっぱり違う…て思ったから……もう一度みんなに会いたいって……そう願った…はずだったのに………現実に戻ってきたら…僕は…アスカを…アスカの首を…絞めてしまって……ううううううっっっっ!!!!」

シンジは鳴咽を漏らし泣き始めた。

「僕は…アスカを…アスカを……」

 

その時甲高い悲鳴が響いた。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

見るとベッドに横たわっている少女が暴れだした。

「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」

少女は右手を天に伸ばすように突き上げそう叫んだ。

「ア…アスカァ………!!」

それを見てシンジはあわててアスカを体ごと包み込むように抱きしめ始めた。

すると少女はいっそう脅えはじめ

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!! 死ぬのはイヤァ……!! 殺さないで…!!お願いあたしを殺さないで……!!」

そういってさらに激しく暴れる。

「アスカ!…アスカ!…アスカ!…アスカ!……」

シンジは呪文のようにアスカの名前を呟きながらもアスカの攻撃に身をまかせて嵐がすぎるのを待ち続けた。

しばらくして落ち着いてきたのかアスカはおとなしくなっていった。それを感じるとようやくシンジはアスカから体を離した。シンジの顔は憔悴しきっていた。

「これはいったい?」

冬月は隣にいる医師に説明を求めた。

「はい。恐らくは先の戦闘でエヴァ量産機に弐号機ごと陵辱され喰い殺された時のイメージが強いトラウマとなって彼女の心にこびりつき悪夢となって彼女を苦しめているものと思われます。他にも殺されかけた別の記憶があるのかもしれません…。ここ一週間の間不定期にこの症状の発作を起こしています。彼がああして抱きしめているとしばらくしておさまるのですがその為に彼の方がここの所睡眠不足で…」といい医師は顔を背けた。

シンジはアスカの寝顔を覗き込む。だがその顔は安らかなものではなかった。苦しみに歪むアスカの顔を見てシンジは再び鳴咽を漏らす。

「…ううっっ……ひっっくっ…うううっ……。僕のせいだ…。僕がアスカを殺そうとしたから…だから…アスカが…うううっ……アスカァ…ごめんよ……ううっっ……」

シンジはアスカの胸に顔をうずめて泣き出した。

冬月は一つため息をつくとそっとシンジの肩に自分の手を置いた。

シンジは恐る恐る振り向き冬月の顔を見上げハッとした。

冬月の目には一筋の涙が流れていた。そしてまっすぐにシンジの目を見つめて頭を下げた。

「すまなかったな。シンジ君。大人達の一方的な都合で年端もいかない君たちに本当につらい思いをさせてしまった…。謝って許されることでないのは分かっているが許してほしい。償いは必ずする。恐らく碇も私と同じ気持ちだよ。」

「父さんが?」

シンジは怪訝そうに尋ねた。

「ああ。信じられないかもしれないが碇は君の事を息子として愛していた。ただ本当は不器用で心の弱いやつだから君から逃げていただけだ。」

シンジに初号機の中での記憶が蘇る。父の最期の姿とその時のセリフを…「すまなかったな…シンジ…。」

「父さん…」

冬月は意を決したようにシンジに語りはじめた。

「もう誰にもこれ以上君たちを傷つけさせたりはしない!これからは普通の14歳として充足した青春を送ってほしいと思っている。エヴァはもう存在しない。アダム・リリス・ロンギヌスの槍といった神々の遺産も全て消滅した。君たちの戦いは終わったのだ。」

「冬月さん…。」

「だから君はアスカ君を支えてほしい…。彼女には本当にすまない事をしたと思っている。あんなに酷い目にあったのだ。心を閉ざすのも無理はない…。彼女は我々大人を信用しないだろうが君になら心を開いてくれるかもしれない…」

そういわれるとシンジはつらそうな顔をした。

「…僕はダメです。僕は…たぶんアスカに嫌われて…いや憎まれています。アスカが心を閉ざす前に「気持ち悪い」って言った時の彼女の目を見たんです…。アスカは本気で僕の事を…」

「…………………………。」

「…けどやります…。たとえ憎まれたって僕にはもうアスカしかいないから…」

そういうとシンジは椅子に腰をおろしアスカの手を握った。

それを見て冬月は黙って病室をでていこうとした時シンジの呟きが耳に入った。

「……助けてよ……アスカ……。」

冬月は一つため息をつくと心の中で呟いた。

『君たちの戦いは終わったか…。いやシンジ君達にとっての本当の戦いはこれからなのかもしれんな…。他人ではなく自分自身との戦いが…。あの子達には14歳の年齢の子供が背負うには重過ぎるものを背負わせてしまった。果たして本当に立ち直れるのだろうか…。』

 

 

病室をでるとそこには日向・青葉・伊吹の三人が顔を並べていた。

「こちらでしたか。副司令。たった今MAGIの整備が完了しました。「カスパー」も何とか運用可能状態まで修復しました。電源の確保も出来たので今すぐにでも始動可能です。ただし処理能力は平常時の36%といった所ですが…。」

「36%か…。それでもMAGIなら日本の情報網を制圧するには十分すぎる数値だな。青葉君。政府の方は今どうしている?」

「はい。ようやく組織的な活動を再開しましたが今は命令系統に相当乱れがでています。戦自は先の戦いで壊滅状態に陥ったので物理的な戦闘力を取り戻すにはしばらく時間がかかると思います。また首都の混乱は相当なものです。かなり物騒になっていましたから現状は治安維持に精一杯でとてもこちらに軍を差し向ける余裕はないはずです。」

「副司令どうしますか?」

冬月はしばらく考えていたがすぐに結論を出した。

「伊吹君。MAGIを中心とした日本全土の復興計画のレポートを三日間で作成できるか?」

「三日間ですか? 徹夜して頑張ればやってやれない事はないと思いますが…。どうしてですか?」

「政府の奴等は二つのものを欲している。一つはこの壊滅状態に陥った日本を救ってくれる救世主。そして二つ目はこの事態の責任をとってくれる生け贄だ…。」

「……………………………。」

「世界を復興するのにMAGIとそれを管理する我々の優位性を政府に認めさせることが出来れば一つ目の条件は満たすことができる。」

「し…しかしそれでは二つ目の条件はどうするのですか?むしろ二つ目の条件こそ奴等は我々に求めているのではないですか!?」

「な〜に。奴等は犯人がほしいだけだ。だったらそいつを奴等に紹介してやればいい。」

「紹介するといわれても…。 犯人をでっち上げるわけですか…」

「この場合でっちあげるとはいわないだろう。何しろ真犯人を告訴するのだからな…」

「し…真犯人て…。 ま、まさか…」

「そうだよ。私はゼーレの事を言っているのだ。」

「…………………………。」

「心配はいらんよ。ゼーレの幹部で現実へ戻ってくる奴など一人もおらんよ…。本気で人類を補完しようとしていた狂信者達だからな。ゼーレも老人達がいなければたいしたことはない。事実上壊滅したも同じだ。この二つの条件を餌にすればうまく政府を利用することも出来るだろう。」

三人は完全には納得した顔をしていなかった。それを見て冬月は

「君達の考えている事もわかるつもりだ。ネルフの職員をジェノサイド(大量虐殺)した政府と手を組むのが気に入らないのだろう。私とて気持ちは同じだ。だがこれしか道はないのだ。今政府と敵対すれば共倒れになるだけだ。我々にも物理的な戦闘力はすでに存在しないのだからな。死んだ仲間の無念をはらしたい気持ちは痛いほどわかるが今は生きている人間とヒトが住むこの世界を復興させることを最優先で考えてほしい。」

そういわれると三人は押し黙るしかなかった。冬月の言っていることは正論であり現状では確かに私情をもちこめる状況ではなかったからだ。むろん心から納得したわけではなかったが…。

「レポートが完成ししだい私は政府の連中に会談を申し込むつもりだ…。」

それを聞いて三人は驚きの声を上げた。

「か…会談って…副司令は一人で首都へ赴くおつもりなのですか?」

「そうだよ」

淡々と述べる冬月。

「き…危険です! 万が一にも副司令が帰らぬ人となったらそれだけでネルフは瓦解します。代理を立てればよろしいじゃないですか!」

「今回の交渉は私にしかできないよ。それに心配はいらん。私は必ず帰ってくるさ。腹黒い奴等だが政府の連中にもそれなりに理性と打算がある。MAGIを現在所有しているのは我々だ。今の政府にとってもネルフを敵にまわす事が共倒れの道を選択させることだと理解させれば何とか踏みとどまるだろう。」

「し…しかし…」

「これは私がやらねばならない事なのだよ」

口調は穏やかだがその顔には反論を許さない強い意志が込められていた。

「我々は今まで何も知らない無垢な子供たちを利用して最前線に送り込んで戦わせてきた。」

「!!」

「その結果子供たちの小さな手を血で染めあげさせその繊細な心に決して消えることのない深い傷痕を残してしまった…。」

「………………………………。」

「もうこれ以上子供たちの手を血で染めさせてはならん。子供たちの戦いは終わったのだ。これからは我々大人が戦う番だ。手を血で染めるのも泥をかぶるのも我々がしなければならないことだ。これ以上子供たちを傷つけることは決して許されないのだからな!」

三人は俯いた。想いはそれぞれだがシンジとアスカに対する罪悪感は大人達の胸の中に逐次足るものとして存在していたからだ。

「そういうわけだ。これが私が自分がしなければならない事だというのがわかってもらえたかね。」

「はい。」

「なら話は以上だ。それぞれの持ち場に戻って作業を続けてほしい。そしてこれからも私に力を貸してほしい。この世界を守るために…。そして子供達の未来を守るために…。」

「わかりました。」

そういって三人は頭を下げた。

 

 

 

それから三日後冬月は数人のお供を連れただけでレポートの束をかかえて首都へと旅立っていった。ネルフの面々は冬月が吉報をたずさえて戻ってくるのを待つことしか出来なかった。そして2週間がすぎた。大人達が悶々と時を重ねている間もシンジとアスカの時は止まっていたわけではなかった。

虚ろな瞳をしてベッドに横たわるアスカ。そしてアスカから片時も離れようとしないシンジ。いつ起こるかわからない突発的な発作を防ぐことに全神経を注いでいたためシンジの精神は安寧を得られることはなかった。シンジの精神は確実にすり減らされていった。それでも今のシンジの現実を支えているのはアスカへの想いだけだった。それはまわりにいる大人達にも見ていて痛いほどよくわかった。

 

仕事が一段落ついたマヤは久しぶりに病室を訪れてみた。そこには一週間前に訪ねた時とかわらぬ光景があった。憔悴しきった表情でそれでもアスカの側を離れようとしないシンジにマヤは一瞬ためらったあと声をかけてみた。

「シンジ君。少し休んだら?ここの所ずっと寝ていないんでしょう。アスカの事なら大丈夫よ。少し時間が出来たから私が見ててあげてもいいわよ。」

「……ありがとう。マヤさん。……けど大丈夫です。マヤさんこそ仕事で疲れているでしょうから無理しなくていいですよ。これは僕がやらなきゃいけない……僕が出来る唯一のことだから…。」

マヤはシンジの顔を覗き込んだ。その目は感謝の色よりも脅えの色が濃かった。

『そうか…。今のシンジ君にとってはアスカだけが自分の存在できる居場所だと思い込んでいるのね。だからその居場所を失うことを恐れているんだわ…。』

「わかったわ。それじゃ私はかえるから。無理しないようにね。」

「…はい。すいませんでした……」

病室の扉を締めてマヤはため息をついた。

『今のシンジ君の綱渡りのような精神状態を支えているのはアスカに対する想いだけか…。けどもしアスカがシンジ君を受け入れてくれなかったら彼はどうなってしまうのかしら…。』

想像しかけてマヤはやめた。
恐くなったからだ。

『子供たちを守るか…。けど実際には私たちはシンジ君達の傷ついた心に対して何も出来ないのね。副司令のいう通りだわ。私たちに出来るのはせいぜい政治的な暴力から二人を守って可能な限りシンジ君達の自由と安全を保証して物質的に不自由させないことぐらいか…。そんなことぐらいでは全然二人に対する贖罪にはならないわね…』

マヤはふと呟いた。

「傷ついた者同士。お互いに支えあって生きていってくれれば理想なんだけどね…。」

それは確かに理想であったが現実には大人達の勝手な願望にすぎなかった。

 

 

さらに一週間が過ぎようやく冬月は戻ってきた。その時には黒服を着た数人の政府関係者を引き連れていた。

「おかえりなさい。副司令。で、首尾の方は…」

日向は不安そうに冬月に尋ねた。

「すんなり…とはいかなかったが何とか話をまとめあげるのには成功したよ。」

といって冬月は煙草に火をつけた。その顔は一つの仕事をやり遂げた充足感に満ちていた。

「それでは!」

「そうだ。政府はMAGIを中心とした復興計画を承認した。政府予算も第三新東京都市の修復に最優先で投資するそうだ。その時政府が独自に考えていた復興案よりも伊吹君の提出したレポートの方が復興が10年以上早まるのは確実なのだから当然といえば当然だな。君のおかげだよ。伊吹君。」

「そ…そんな…」

と言ってマヤは顔を赤らめた。

「計画はすでにはじまっている。これからは人材・資源・予算がどんどん第三新東京都市に流れてくるだろう。今まで以上に忙しくなるぞ…」

それを聞いて三人は気を引き締めた。

「それともう一つ。ネルフはこれで解体される事になる。と言っても名目上の話だがな…。これからは「人類支援委員会」という名で再スタートすることになるだろう。」

「人類支援委員会ですか…。」

「正直ネルフに好意的でない組織は星の数ほど思い当たるからな…。無用なトラブルをさけるにはこれが一番いい方法だよ。それにともない旧ネルフの資料を破棄させた。もちろんチルドレン達のデータもな。その要求はすんなり受け入れられたよ。すでにエヴァはなくその技術が永遠に失われた今ではもはや14歳の子供に利用価値はない、という所だろうな…奴等の本音は。」

その報告は大人達にとっては一番嬉しいものだった。政府側の動機がどうであれようやく子供たちが政治的なしがらみから開放されたのだ。問題はいまだ山積みであったがその内の一つが何とか解決したわけである。大人達は安堵のため息をもらした。

すると冬月はそんな大人達の気を引き締めるように

「これからMAGIを使って情報公開を行う。シナリオは政府とすでに打ち合わせてある。政府と合意したように今回はゼーレに一方的な敵役になってもらう事になった。それに伴い政府にとって都合の悪い真実は全て隠蔽する事になった。いまいましい事だがな。」そう言って冬月は苦そうに顔を歪めた。

「……………………………。」

「その代わり死んでいったネルフ職員達の名誉は最大限守れるようにしたつもりだ。そしてこれが一番肝心な事だがこの世界を復興させるのが我々「人類支援委員会」であること。そしてこれからの世界を維持するのに「人類支援委員会」が必要不可欠な存在であることを市民に大々的に宣伝しなければならない。いずれ政府が力を取り戻した時に我々を切り捨てることのないようにな…」

冬月の言葉に全員ハッと息を飲んだ。

彼は政府が力を取り戻した時の対策を論じているのだった。

彼は政府を信用していない。

そうである。政府は味方ではない。

打算に基づいて一時的に手を組んだだけの存在である。

打算…駆け引き…騙し合い…妥協…諜報…工作…

政治の世界は汚い。

しかしだからこそ大人達が望んで身を投じねばならぬ戦いでもある。

まだ汚れを知らぬ子供たちに触らせてはいけない世界である。

いずれ子供たちが成長して大人になるその日まで…。

 

 

 

それからネルフによる情報公開が始まった。

 

市民に公開された情報の中ではサードインパクトを起こしたのはゼーレであり政府とネルフは共同してその阻止に全力を上げたという事になっていた。

冬月の予想通り首脳陣を全て失ったゼーレは組織としてほとんど瓦解していた。以前のような国連に対する強い影響力も完全に消滅しており一旦ネルフ側に傾き始めると国連も市民もマスコミも一方的にゼーレを叩きはじめた。

そして制圧されたゼーレの支部からサードインパクトの勃発を裏付ける資料が押収されるにつれゼーレは組織として完全に止めをさされた。わずかに生き残っていた指導者達が全て政治犯として逮捕されゼーレという名の組織は地上から消滅した。

そしてその時と同じくして「人類支援委員会」の発足が高らかと宣言される事になる。

 

 

つづく…

 

 

 

 

 

 


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ver.-1.10 1998+01/05修正
ver.-1.00 1997-12/24公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは itirokai@gol.com まで!!

 

 

けびんです。今回ようやく一人称から脱出して話が進み始めました。

物語の出だしとしてはサードインパクト後の大人達の戦いに焦点を絞ってみました。

次回からいよいよシンジとアスカのストーリーが進行していくと思います。

(ただしLASな人達にはしばらくつらい思いをしてもらう事になると思いますが(^^;)

それでは第四話でまたお会いしましょう。

 

 

 


 

けびんさんの『二人の補完』第三話、公開です。

  

 アスカとシンジ、
 辛いですね (;;)

 ギリギリまで追い詰められて、
 心も体もボロボロになって・・・

  

 冬月達の活躍で
 安全は確保できたようですが、

 それとて砂上の楼閣。

  

 せめて政治の世界からの悪意が二人に降りかからぬ事を−−

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 アスカとシンジの話に入るけびんさんに感想メールを送りましょう!

 


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