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「・・・すまない」

闇に覆われた森。

厳つい顔を顎鬚で覆った男が、小さな子供を抱きかかえていた。

逞しい腕の中で、子供は眠る。

その、ふっくらした頬には、涙の跡があった。

男は、子供の存在を確かめるように、そっと、頬に触れた。

「シンジ・・・・・・、すまない」

むずがるように、シンジは、小さな声を上げた。

「ゥゥ・・・・・・、母様・・・・・・・・・・・・・・」

何かを掴もうとでもいうのか、シンジは小さな手を虚空に伸ばす。

大人になった時、子供はその手に、何を掴むのだろうか。

小さな身体に、過酷な運命を授けられたこの幼き子供は・・・・・・・・。

伸ばされた小さな手を、闇から隠すようにゲンドウの大きな手が掴んだ。

遠くで、獣の遠吠えの声が聞こえる。

隠された小さな手には、十字の痣があった。







それは、闇の祝福。





所有の証。





赤の刻印。






普段、人を威圧する眼差しは悲しみを宿し、厳つい手は、

小さな手の平に刻まれた十字の聖痕を隠すように包む。

夜風が、シンジの茶色がかった髪を乱した。

宙に浮かぶ小さな灯火は、シンジの回りを優しく照らし出し、

大地を支えるようにして立つ木々の枝には、

闇を監視する梟が止まり、

栗鼠やムササビたちが跳ね回る。

その仕草は、まるでシンジを慰めるかのようだった。












8000Hit記念 プ チ リ オ

〜第一楽章〜








「ユイ。シンジを守ってやってくれ・・・・・」














王宮内に建てられた白亜の神殿。

たった一人のために封じられた空間。

ゲンドウは、祭壇の前に置かれた棺の前にいた。

そこには、純白の花々に囲まれ、一人の女性が眠っている。

色の薄い髪は、絹糸のように柔らかく、

紅を差したように赤い唇は、今にも微笑みを浮かべそうだった。

しかし、

今一度、その唇が微笑みを宿す時は訪れない。

水晶を切り出した棺に納められた女性の名は、ユイ。

ゲンドウの妻にして、国王の一人娘。

そして、凡てのものに慈愛を注いだ、母なる人間。

ゲンドウは、ユイの白い手を取り握り締める。








「ユイ・・・・・・・・・・」








唇から漏れたのは、悲痛な呼びかけだった。

その呼びかけに答える者はいない。

求めた人は、深淵の縁に、その眼差しを向けたまま、決して振り向くことはなかった。

「すまない。ユイ」

何を犠牲にしても守りたかった唯一の人。

絶望の淵に居た自分に、ただ一人、笑顔を向けてくれた人。

あの時、確かに救われたと感じた・・・・・・・・・・・・。

ゲンドウの心は、遥か彼方に去った日々を鮮やかに描き出す。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ゲンドウは、ユイの指を飾る、赤い石の嵌まった指輪を抜き取った。

その手つきは、限りなく優しい。

手に平に乗せられた、赤い指輪に、ゲンドウは切なげな眼差しを送る。

その先に宿るのものは、悲しみなのか、それとも絶望なのか・・・・・・・・。

星が瞬く一瞬、月が闇の帳にその身を委ねる時、人は、絶望の中に希望を夢見る。

ゲンドウは、そっと手の中に赤い指輪を隠した。

閉じた瞼の裏に、幼い息子を腕に抱き、笑いかけるユイの顔が走った。




「・・・・・・・・・ユイ、シンジを守ってやってくれ」











沈黙が孵り、











命が生まれる。












それは、禁忌の業。












歪みは、どこに返されるのか・・・・・。










慈愛の波動が白い神殿の内に宿り始める。

握った指の隙間から、薄紅の光が漏れはじめた。

安らぎを編んだ空気は、ゲンドウの身体を優しく包み込む。

そこに、ユイの姿が見える気がするのは、幻なのだろうか・・・・・・・・・・・。

ゲンドウは、軽く目を伏せ、握り締めていた手の平を解いた。

宝玉のはまった指輪の台座が、時を経て風化する岩のように、崩れていく。

楔から解き放たれた赤の宝玉は、ゆっくりと宙にその姿を委ねる。

ゲンドウは、黙って宝玉の動きを見つめていた。

緩慢な動きで、宝玉はユイの白い衣で隠された腹部の上で停止する。






そして、

その黄昏のような輝きを増し始めた。







白が淡い赤に染まる。






朝焼けの色から






夕闇の色へ。






神殿は、まるで血の海に沈んだようになった。













世界そのものが、黄昏の帳にからめとられた。






赤の海の中、ゲンドウは噛み締めるように呪文を唱え始める。










『・・・時の壁に封じられしもの・・・』









古い契約の中に語られた、福音の呪。


力ある言霊に、周囲の精霊たちが騒ぎ出す。


風は唸りを上げ、


大地の声が木霊する。










『・・・始まりと終焉を見守りしもの・・・』










炎と光は、その輝きで血の海に陰影を彩る。










『・・・総ての母 汝が子の呼びかけに答え・・・』










紡がれる呪に答え、宝玉の光も増し、段々凝縮してゆく。










『・・・その力を貸し与え給え・・・』










いつのまにか、あれだけ騒いでいた精霊たちの気配が静まっていた。

じっと身を潜めるように、何かを待っている。

ゲンドウは、ユイの眠る棺の前に跪いた。

その姿は、まるで審判を待つ罪人の如く。

どのくらいの時間が流れたのか、誰も分からない。

否、この時、時間という概念はなかったのかもしれない。

すべてが沈黙という名の淵に沈み込み、静寂と赤い光だけが世界を支配した。














沈黙を破るもの。






『我が眠りを妨げるもの、汝は何を望む』






赤の宝玉が、その硬質な形を変える。

ユラユラと揺らめきながら、宝玉が朱金の光に変化し、人に近い形を取った。








『我が眠りを覚ますもの、汝は何を願う』








地の底から響くような声。

慈愛のこもった声。

ゲンドウは、光に向かい言う。

「・・・・・・・福音を」

全てを刺し貫く赤い光は、ゲンドウの瞳を射抜く。

「我が息子、シンジに、福音を・・・・・・」














運命の扉は開かれた。









誰のために









最後の鐘は鳴らされる









全ては









彼の人のために



















眼差し、

それすらも武器になる。

そう、存在そのものが他を切り裂く武器であった。

暗黒の闇の中、闇の支配者が新たに生まれた闇にその眼差しを向けた。

闇の中に光る、赤い視線。

耐え難い、沈黙が空間を支配した。

緊張と苦痛の時、卑小な闇は身を震わせる。






「・・・・・・・・・・何を望む」






歌うような麗しい声。

確かに、美しいのに、その響きは聞くものに凍えた冬を連想させる。

切り裂き、凡てを常闇に引きずり込む様な魔性を秘めた存在。







「・・・・・・・・・・・・何を望む」









「世界を・・・・・」












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ver.-1.00 1998+03/31公開
ご意見・ご感想は yumi-m@mud.biglobe.ne.jpまで!!

あとがき

「フフフフフ・・・・・・・・・・・・、やっと出したね」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「いつの間にやら8000HIT。君は、この意味を分かっているのかい?」

「ありがとう。感謝の言葉・・・」

「いつまでも、待っていてくれると思ったら大間違いなんだよ」

「あうぅぅっ」

「それに、なんだい。この話は!この話の主役は僕のはずじゃなかったのかい!!」

「何時、何処で、誰が、そんなこと言った」

「・・・なんだって(怒)」

「(びくびく)」

「さぁ!うだうだ言ってないで、続きを書くんだ!」

「ど、どこ行くの?」

「あの髭おやじから、僕のシンジ君を取り返してくるんだよ!」

「そ、そ・・ぅ。が、頑張ってね・・・・・・・・・」




 弓さんのSS『カプチリオ』、公開です。



 ゲンドウが主人公かな?

 ユイさんと。


 シンジが−−


 かな。


 不思議な感じの
 不思議な匂いの

 なんとも不思議な世界でした。



 さあ、訪問者の皆さん。
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