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ダレカ教えてください

 

ヒトってなんですか?

 

アイってなんですか?

 

ココロってなんですか?

 

ボクニハワカリマセン

 

 

 

 

「終焉の果てに」第拾七話 彼のために

 

 

 

 

静寂の走るリビングには、ふたりっきりだった。。

ミサトは、改めてシンジを見る。そこには、シンジの形をした、別人がいるだけだった。

彼女の心は悲鳴を上げた。

『なぜこうなるの?

 シンジ君がなにをしたの?

 …………………………

 …………………………

 私達のせいだ………

 大人達のエゴで、彼を壊してしまった………

 「強く生きなさい。」

 「逃げちゃダメよ。」

 私に、そんなこと言えるはず無かった。

 私は、自分の責任をこの子に押しつけただけだったんだ。

 何が、人類の為よ!

 何が、子供達の為よ!

 全部嘘よ!

 自分を守るための嘘よ!』

彼女は、心で泣いていた。

「シンジ君。」

「はい。」

彼女に出来たことは、呼びかけるだけ、ただそれだけだった。目の前のシンジに、何を話して良いか分からなかった。

シンジは、相変わらずの無表情で、ただじっと座っている。

辺りを包む重い空気。

その重圧感に、ミサトは潰されそうになる。

泣きたかった。

叫びたかった。

でも、そうする事は出来ない。

何もできない。

もどかしい。

ミサトは、ジレンマに捕らえられ、あがき苦しんだ。

永遠に続くような沈黙の中、ミサトにとっての救いが現れた。

「おまたせ、お二人さん。」

「キョウコさん。」

ミサトには、キョウコの姿が女神のようにうつっただろう。

周囲の空気を変えるような、キョウコの暖かな笑顔。

母の笑顔が、沈黙を振り払った。

「葛城さん。夕食はすみました?」

「いえ……まだですけど…」

「ちょうど良かった。実は、アスカがポトフを作ってくれていたの。いっしょに食べましょうか。シンジ君は?」

「僕は、既に食べています。」

「けど、お腹空いてない?」

「少し。」

「じゃあ、一緒に食べましょう。ね。」

「はい。」

「…………シンジ……」

「こんばんは、惣流さん。」

アスカは、怯えながらリビングに入ってきた。そのまま、キョウコの側へと向かう。迷子になるのを恐れる子供のように、キョウコの服の袖を、ギュッと掴んでいた。

『……シンジが怖い……』

キョウコの服の袖をつかむ力は、強くなる。

アスカは、何も話せなかった。シンジを見ること自体が辛かった。

緊張が走るリビングの中、冷静にその場でいられたのは、シンジだけ。

「惣流さん。

 やっぱり僕が嫌いなんでしょう。

 無理しなくていいですよ。

 僕は、帰りますから。」

その言葉にアスカは、はじけるようにシンジを見た。少しも変わらない人形を。

『何か言わないと…

 何か言わないと…

 シンジが消えちゃう!』

アスカには、病室でのシンジとの別れが重なった

ありったけの勇気を振り絞り、アスカは一歩を踏み出した。

「………シンジ…帰らないで!!一緒にいてよ!!」

「無理をしなくてもいいんですよ。」

「無理なんかしてない!あたしはシンジと一緒にいたいの!!」

「惣流さん、もういいんですよ。

 司令に何を命令されたか知りませんけど、無理をしなくていいんです。

 明日、司令には僕からきちんと言っておきますから。

 それに、病院でのことは気にしないでください。

 僕は、惣流さんにもっと酷いことをしたのですから、当然ですよ。

 僕のために、辛いことはしなくていいんです。」

アスカが踏み出した一歩は、遙か彼方のシンジに届かなかった。

アスカとシンジの間には、深い海が、高い山が存在していた。

シンジにとってのアスカは、守るべき人であり、自分を必要としない人。

アスカにとってのシンジは、好きな人であり、一度拒絶した人。

『届かない……

 あたしの気持ちが届かないよ………

 あたし…バカだ……

 あたしがシンジに壁を作ったんだ。

 シンジのこと嫌ってるって、シンジに思いこませたのは、あたしなんだ。

 今更、あたしの側にいてよ。なんて、都合が良すぎる。

 あたしにシンジを好きになる権利なんて無い………

 シンジに好かれる権利なんて無いの。

 酷いことばかりしてた、あたしなんかに…………』

絶望、この言葉がアスカを襲う。

シンジはそのまま玄関へと向かった。外は闇。彼の心の中を表すような深淵。そして、闇の中へと消えていった。

リビングには、絶望に打ちひしがれた、アスカとミサト。

そしてキョウコ。

アスカは、泣いていた。

シンジの後ろ姿を見たまま泣いていた。

ミサトの瞳からも涙が溢れる。

二人は、自分たちの行動の結果をまざまざと見せつけられた。自分達が、いかに愚かだったか、シンジに責められた。直接、罵られた方がよっぽどましだった。シンジを追い込んでしまった、自分が憎かった。

キョウコは、そんな二人をじっと見ていた。

優しさの中、厳しさと、冷静さを持っている瞳で。

「…………あたしなんかが……シンジを好きになったら………ダメなんだ………

 ……今更…そんなこと言っても………遅いんだ………

 あたしなんか…あたしなんか…あたしなんか…………」

アスカは、涙を流しながら、呆然と呟いた。その声には、自分を卑下する響きが込められていた。

アスカの脳裏に、過去が流れる。

そこには、醜い自分が映し出されていた。

虚栄

見栄

嫉妬

暴力

殺意

狂気

拒絶

様々なドス黒い感情が、蘇る。暗い渦の中に引き込まれていく。

アスカは、過去に捕らわれ、その心を抉っていった。

アスカは、過去と見つめ合っていた。

キョウコが帰ってきて、過去は忘れたつもりだった。

今、アスカは、本当の意味での自分自身を見つめていた。

優しいアスカも、

美しいアスカも、

醜いアスカも、

悲しいアスカも、

壊れたアスカも、

全てのアスカを。

「……いや………いや………いや………いや………いや………」

助けを求めるようなその声に、キョウコはそっと手をさしのべた。アスカの生き方を導くかのように。

「アスカ、過去から逃げないで。

 昔のアスカも、アスカ自身なのよ。

 全てを受け止めれる、強い子になりなさい。

 それまでは、ママがアスカを導いてあげるから。

 ね、アスカ。」

優しく、全てを包み込む慈母の表情にミサトは目を奪われた。

人はなぜここまで強くなれるのだろう?

全てを許容する母の強さを、ミサトは目の当たりにした。

全てを包み込む魂。

シンジとアスカ、そしてレイが得られなかった物。

「……ま……ま…………」

「ゆっくりで、いいからね。」

「……うん…………」

キョウコに包み込まれたアスカは、静かに目を閉じ、眠りへとついた。

ミサトはその光景に見とれていた。

とても神聖なものに見えたその光景に、ただ心を奪われた。

「…………さん………葛城さん……葛城さん葛城さん、葛城さん。」

ぼんやりと、キョウコとアスカを見つめていたミサトは、遠くから聞こえてくるようなキョウコの声に、現実へと引き戻された。

「は、はい!」

思わず、間抜けな返事をしてしまう。

…クスクスクス…

キョウコの噛み締めるような笑い声がミサトを包む。

「あの〜〜……」

「……ごめんなさいね。

 アスカを運ぶの手つだってもらえます?」

「いいですけど。」

「じゃあ、葛城さんはそっちを持ってもらえます。」

「はい。」

二人がかりで、アスカを寝室に運んだ後、二人はリビングにいた。

ミサトの顔は、影を帯びていた。

「キョウコさん。シンジ君のことなんですけど………」

「まだ少し、早かったわね。

 アスカ自身が精神的に成長しないと、シンジ君の助けにはならないわ。

 あの子は、過去を乗り切ることが必要なの。

 シンジ君もね。

 葛城さん。

 あなたもシンジ君の力になってあげるのよ。」

「私には無理です………」

ミサトの声には、力がない。

「どうして?」

「だって……私は、シンジ君を利用していたんですよ!

 シンジ君を道具として利用していたんです!

 シンジ君に偉そうに言って、自分を守るために、シンジ君を追いつめたんです!!

 自分を誤魔化すために、シンジ君を弟だなんて思って……

 こんな私に何が出来るって言うんですか!!

 こんな………」

 

パンッ

 

ミサトの頬に、熱い痛みが走る。

「葛城さん!

 あなたがどう考えようと、あなたのかってです。

 だけど、シンジ君はどうするんです。

 このまま、ほおっておくんですか。

 あなたにとって、シンジ君とアスカは家族だったんでしょ。

 弟が苦しんで、苦しんで、心まで殺してしまったのに、姉であるあなたは何もしないんですか。

 自分には何もできない?

 ふざけないで!

 家族のあなたに出来なくて、誰が出来るんですか!!」

「私…私……私…………」

「葛城さん、シンジ君の笑っている姿をもう一度見たいでしょ?

 三人で楽しく過ごした日々を取り戻したいでしょ?」

「………はい…」

「だったら、シンジ君を助けてあげなくてどうするんですか。

 シンジ君はね、愛情に飢えていると思うんです。

 誰かに愛されたい。

 これが彼の願いだと思うんです。

 けど、彼は自分犯した罪で誰も愛してくれないと思いこんでる。

 洗脳を受けたせいで、誰も信じられなくなっている。

 あなたがシンジ君を愛してあげて。

 姉である、あなたがシンジ君を助けてあげて。」

「……私に出来るんでしょうか………」

「自分に自信を持って、あなたは素敵な女性です。

 きっと、シンジ君は感情を取り戻すから。」

「……………私、頑張ってみます。」

「頑張って、私もお手伝いするから。」

「はい。」

ミサトは、キョウコの中に母の姿を見た。母が導いてくれた気がした。

そして、ミサトの表情は、どこか吹っ切れたものになっていた。

辛かったこと、悲しかったことをバネにして、歩いていこうと決めたから。

ミサトは踏み出した、苦しいかもしれないけど、辛いかもしれないけど、希望への一歩を。

「さて、シンジ君は、部屋に帰ったみたいね。

 私が行って来るわ。

 葛城さんは、ご飯を食べて後から来てちょうだい。」

「分かりました。」

「じゃあ、ちょっと行って来るわね。」

そう言い残し、キョウコはシンジの元へと向かった。

リビングに残されたミサトは、ぽつんと呟く。

「お母さん………………」

 


 

 

ユイとレイは、絶望の縁に立ちつくしていた。

泣きながら抱き合う二人の前には、希望はなかった。

テレビから聞こえる音と、二人の泣き声だけが、空間を支配していた。

レイは自分の過去に怯え、ユイは自分の犯した罪を悔いていた。

忘れてしまいたいこと。

だけど忘れることが出来ないこと。

悲しみが、全てを包み込んでいるとき。

「ただいま。」

その言葉と供に、ゲンドウが帰ってきた。

「ユイ?レイ?」

返事のない彼の家族のことを不思議に思いながら、ゲンドウは家の中へと向かう。その途中で聞こえてきた二人の泣き声を耳にした時、ゲンドウは不安を抱きながら、声がするリビングへと向かった。

そこには、泣き崩れるユイとレイの姿があった。

「ユイ………」

その声にユイは、ゆっくりと頭を上げ、ゲンドウを見た。その瞳は、真っ赤に充血し、頬には涙の後が痛々しい。

普段の美しさは、其処には存在しなかった。

「あなた………」

「…………シンジか…」

シンジの名を聞き、ユイの瞳から更に涙が溢れる。

「シンジが…シンジが……」

「ユイ、シンジがどうしたのだ。」

「……あの子は……感情が………無くなってしまったの………

 ………あの子は……もう………………」

ユイの声は、ふるえていた。自分が犯した罪に怯えていた。

「ユイ………私がシンジに会ってくる。」

「あなた………」

「何もできないかもしれないが……」

「お父さん………」

「私自身、まだシンジに心を開くことは、出来ないかもしれない。

 しかし、徐々にだが、前に進むよ。

 ユイ、レイ、力を貸してくれ。」

その言葉で、ユイの瞳に徐々に力が戻る。彼女も歩き出す、夫を支えるために、娘を幸せにするために、そしてなにより息子を救い出すために。

「あなた、私も一緒に行くわ。

 レイ、あなたは今日は待っていてね。」

「はい、お母さん。」

「あなた、行きましょう。」

「行くか。」

二人はシンジの元へと向かう、長い長い道のりを歩き始めた。

この親子にとって、苦難の道を。

 


 

 

薄暗い病室、彼はそこで目覚めた。

「………どうして、僕は生きているんだろう……」

彼は、戦いに負けたときに死ぬはずの存在だった。

予備のある使い捨ての道具が、彼の人生だった。

自分など、どうでもいいと考えていた。

「やっとお目覚めね。フィフスチルドレン渚カヲル君。」

「……あなたは?」

「私は、赤木リツコ。」

「……ここは、ネルフですか?」

「そう、ネルフ本部内よ。」

「僕達は負けたんですか?」

「そうよ。」

「では、なぜ僕が生きているんですか?」

「私達の罪滅ぼしって、ところかしら。

 別にあなたを、どうこうするつもりはないわ。

 ただ、人間として生きてもらいたい。

 それだけよ。」

「生きる?

 人間として?」

「そう。」

「夢のような話ですね。

 僕は、使い捨ての道具ですから………」

「私達は、あなたを道具として使うつもりは無いわ。

 もうそんなことは、たくさんだもの……」

「人間としてか…………」

 

 

 

 


NEXT
ver.-1.00 1997-11/25公開
ご意見・感想・誤字情報などは samon@nmt.co.jp まで。

やっと拾七話をお届けできます。

何とか、書いていけそうです。

これからも頑張りますので、どうかよろしく

でわ、次回「第拾八話 再会」で、お会いしましょう。

 


 佐門さんの『終焉の果てに』第十七話、公開です。
 

 お待たせしましたの、大・復・活(^^)/
 

 充電に入っていた佐門さんが、
 リハビリ作品の発表を経て帰ってきました!
 

 連載再開第一作。

 きちんと雰囲気を保っていますね。
 

 一筋縄で行かない
 辛い現実・・・。
 

 1人が立ち直りかけても
 どこかで誰かがつまずき、

 それが立ち直りかけた人をまた傷つける・・。
 

 ケアできる強い人、母の力、

 今度は父も。
 

 少しずつでも、
 少しでも、

 よい結果が見えたら・・・。

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 立ち上がった佐門さんに感想メールを送りましょう!


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