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 絶叫の残響が残る場所に、新しい音が響く。
 背中の皮膚を裂き、鮮血が背を濡らす。
 そして血塗れの何かが、シンジの背で広がった。
 鮮血で紅に染め上げられたそれは『翼』。
「な、なんだ!!?」
 老人のうろたえた叫び声。
 シンジの瞳は今や、虚ろな紅に染まっていた。
 ゆっくりと左腕から皮膚が殻質化していき、そして全身がそれに呼応するか
のように殻質化していった。
「ば、馬鹿な!? 何故奴の息子が!!?」
 老人の悲鳴。
 そして、『シンジだった者』は音にならない叫び声をあげた。
 シンジを襲った『綾波レイだった者』がかつてそうしたように。

 その叫び声だけで、ゼーレの本部は一瞬にして崩れ去った。
 総てが瓦礫と化した中で、かつて『シンジだった者』は傲然と立っていた。
 総ての音が消失した中で彼はただその翼を羽ばたかせる。
 破滅の時を、再び呼び戻そうというのだろうか。
 だが彼の腕の中には、一人の少女が抱きかかえられていた。
 『綾波レイ』。
 体温も、脈動も無い死者の身体。だが『シンジ』はそれをしっかりと抱きか
かえ、そして宙に舞った。



「今、我々がゼーレに逆う事は出来んよ」
「しかし司令! シンジ君が攫われたんですよ!?」
 冬月の言葉に、なおもミサトは食い下がっていた。もうかれこれ1時間は続
けている。
「……彼らも手荒な真似はしない筈だ。何せ、彼は唯一の生還者だからな」
 気が荒れているミサトを落ち着かせるように、冬月が答える。
「…レイと接触した、ですか?」
「そうだ」
 短い返答を受け、ミサトは取りあえず1時間ぶりに沈黙した。
「…それでも、シンジ君が無事に帰ってこれるとは限りません」
「無事に帰ってこないと決まった訳でも無い」
「しかし……!」
 さらに言い募ろうとした刹那、ミサトの耳に久しぶりな警報の音が響いた。
「…なんだ?」
 冬月が管制に問い合わせる。
【し、司令! ぱ、パターン青です!!】
 その言葉にミサトと冬月が顔を見合わせる。
「何ですって?」
【葛城三佐! 使徒です!! パターン青の反応が!!】
「何処から!?」
【北部からかなりの速度で進行して来ます!!】
「迎撃は!?」
【現在の兵装の回復率は10%にも満たないんです!! 無理ですよ!!】
 日向の絶望的な声が二人の耳に残った。


「光学で捉えました。映像出ます」
 青葉の緊張しきった声が発令所に響いた。
 誰も何も言わない。
 いや、何も言えないのだ。
 ミサトは無言でじっと正面モニターを睨み付けている。
 映し出されたのは紅い羽のANGELだった。
「……最悪ね」
 ミサトがそう呟く。
 使徒であってもそうだが、ANGELとなれば本当に打つ手は無い。
 それは既に彼女たちは1ヶ月前に嫌というほど思い知らされている。
「…本部直上で停止……しました」
 青葉の声を聞いてミサトは即断する。
「本部を破棄。退避勧告を出して」
「葛城さん!」
「今の私達ではどう足掻いても勝ち目は無いわ。なら、生き残る事を最優先す
るのが私の考え方よ」
 日向の声にミサトが即答する。
「早く、勧告を出して」
「…葛城三佐! ANGELのパターンが変化します!! ……パターン赤…
…!?」
 モニタに映し出されてANGELがゆっくりと地上へと降りていく。
 そしてゆっくりと、その羽が閉じられていく。
 ゲートの前に立つ『彼』はその視線だけでロックを解除する。そして本部内
へと、進み始めた。


「ゲート開放、侵入されます!!」
「……総員退避。私が行きます」
「葛城さん!!」
 日向がその言葉に立ち上がる。
「……私が責任者よ」
「でも、指揮する人間がいなくなっては…」
「どうせ、何も出来ないわ」
 ミサトがそう言い捨て、そして発令所から姿を消す。
「…どうする?」
「ここに残るさ」
 青葉の言葉に日向はそう即答する。
「あの人だけを残して、逃げ出せるかよ」
「……そっか」
 青葉が椅子に深く座り、そしてギターを取り出した。
「おい、お前退避しないのか?」
「何処に逃げたって、同じだろ。なら、ここにいるさ」
 にやりと笑う青葉に日向が苦笑する。
「…損な性分だな」
「お互いにな。だけど、お前程じゃないさ」
 青葉がため息をつく。
「あの人に惚れても、苦労するだけだってのに」
「良いだろ、別に」
「まあね」




 葛城ミサトは震える足を叱咤しながらANGELの前に立っていた。
 圧倒的なまでの威圧感を与えられながらも、彼女はANGELを睨み付ける。
そして気付いた。
 その腕に抱えられた綾波レイと呼ばれた少女の身体に。
「…レイ!?」
 ミサトはそれまで構えていなかった銃を構える。
 効果があるとは思っていなかった。だがそれでも、あの少女の身体を取り戻
さなくてはならない。
「その子を放しなさい!!」
 言葉が通じるとも思えない。だが、それでも言わざるを得ない。
「…………何も無い、肉体です。LCLが無ければ朽ちますよ」
 不意に、そんな声が聞こえた。
 そしてそれがANGELから発せられたと気付くまで、ミサトは数瞬を要し
た。
 その声が誰の物であるかも、気付く。
「……まさか……シンジ…君……なの?」
 ゆっくりと、顔を覆う殻質が消える。そしてそこに現れたのは碇シンジの顔
だった。
「…ええ、そのまさかです」
 苦笑を浮かべたシンジ。ゆっくりと彼の身体を包んでいた白銀色の鎧が消え
ていく。
 その腕に綾波レイを抱き、シンジがミサトの前に立つ。苦笑を浮かべて。
「……さっきのANGELが…シンジ君だと言うの?」
「正解です。ミサトさん」
 ゆっくりと、シンジが一歩踏み出す。ミサトは構えた銃を下ろして良いのか
判断に迷っていた。
「銃、下ろさなくても良いですから、そこをどいてくれませんか?」
 シンジが笑顔でそう告げる。
「レイをどうするつもり? 死んだのよ、その子は」
「…殺したのは僕ですよ。誰よりもそれは良く分かっています。でもね、ミサ
トさん。希望は持つものですね」
「希望?」
「綾波は生き返る事が出来るかも知れない」
 シンジの言葉に、ミサトは構えていた銃を下ろした。無意識に。
「なんですって?」
「いえ、より正確には、この身体に戻る事が出来るかもしれない」
 シンジが愛おしそうに、腕に抱いたレイを見る。
「どういう意味?」
「綾波は…今、僕の中にいるんですよ」
「はぁ!?」
 ミサトが思いっきり理解不能だという表情を浮かべた。



「シンジ…君? それは…」
「マヤさん。何も言わずにLCLを準備してくれませんか?」
 シンジが向かったのは、崩れ落ちたセントラルドグマの中でも比較的無事
だった一角だった。
 そこに呼び出された伊吹マヤの眼前には、綾波レイを抱いた少年、碇シンジ
と葛城ミサトが立っていた。
 取りあえずシンジの言う通りに、LCLを準備する。
 そしてシンジはそのLCLの満ちたシリンダーに綾波レイの身体を入れた。
「こうしておけば、身体が朽ちる事はありません。後は、彼女のコアを戻せば
目覚める筈です」
「…それはあなたが砕いたんじゃ…?」
 マヤの言い難そうな言葉だが、シンジは気に留めない。
「僕が、ANGEL化しない理由はなんだと思います?」
「ANGEL化しないって…思いっきりなってなかった?」
「違いますよ。『意識が』です。綾波ですら、ANGELの強烈な破壊衝動の
意識には勝てないと言っていたのに、僕には『それ』が無い」
 シンジがゆっくりと笑う。自嘲するように。
「簡単です。綾波は僕を侵食した時に自分のコアを移していたんですよ。僕の
中に」
 ミサトとマヤの表情が固まる。
 シンジはそれを横目に見ながら、ゆっくりと腕を変形させる。
「そう。綾波は自分の意識を道連れにして、ANGELの意識を眠らせている
んです」
 あの瞬間。ゼーレに対して感じた嫌悪と同時に現れた強烈な破壊衝動。だが、
それはすぐに消えた。
 懐かしい誰かの感覚がシンジの中に広がり、そして嘘のように破壊衝動は消
えていたのだ。
「その時分かったんです。彼女はずっと、僕の中で眠り続けているんだって事
が」
 一瞬の内に人の腕に戻す。
「じゃあ、そのコアを取り出してレイの身体に戻せば…」
「綾波は目覚める筈です……」
「じゃあ、マヤちゃん。すぐに準備を」
「駄目です!!」
 唐突にそう叫ぶマヤ。ミサトは一瞬呆然としてしまう。
「マヤちゃん?」
「シンジ君。今、ANGELの破壊衝動をレイちゃんが抑えているって、言っ
たわよね」
「ええ」
「じゃあ、そのレイちゃんが居なくなったら、シンジ君の破壊衝動を抑える物
は無くなるわ」
「そうですね」
「…分かってるの?」
「分かっていますよ。だから、すぐには出来ないんです。僕がANGELの意
識を押え込む手段を見つけない限り、綾波を目覚めさせる事は出来ない」
 ミサトは何も言わない。
「でも………」
 シンジの眼光が強まる。今までの彼では無い、まるで別人と言っても良いほ
どに。
「僕は必ず彼女を目覚めさせる」
 静かな、けれど何よりも強い意志がそこに在った。



「元老? なんですか、それ」
「ふむ…Nervと同じくゼーレの執行機関の一つ、元老院の最高権力者達だ
よ」
 冬月が外を眺めながらそう呟く。
「恐らく、死海文書のデータは総てそこにある筈だ。元々Nervが実行機関。
元老院が解析機関だったからな」
 冬月は一度も背後を見ようとはしない。
 そこにいる彼を見れば、恐らく自分は死を望むだろうから。
「君が彼女を目覚めさせようとするのならば、そこから基礎データを奪う必要
があるだろう」
 無言で踵を返す彼を、その雰囲気だけで冬月は悟った。
「行くのかね?」
「……行きます。僕が生き延びた理由はそれだけですから」
 静かな、だが確固たる意志がその言葉には含まれていた。
 圧縮空気音がし、扉が閉まる。
 自分以外、誰もいなくなった部屋の中で冬月は呟く。
「…生き延びた理由…か。私が生き延びたのは…やはり後始末か? 碇…」
 答える者はいない問い。
 だが冬月はそれ以上、何も言わずに外を見続けていた。



「シンジ君!!」
 ミサトの叫び。
 振返るシンジはふっと微笑んだ。
「………ごめんなさい。あなたを…また巻き込んで……」
 そう呻き、ミサトは俯く。
 だが、シンジは笑った。
「いいんですよ。これが…僕の選択の結果です」
 その言葉にミサトは顔を上げて、じっと見詰めた。
 碇シンジという少年の顔を。




『DEATH or REBIRTH?』
第4話『夜明』




 絶叫が響く。
 断続的に響く銃声も、すぐに途絶える。
「何なんだ!!?」
 誰かがそう呟く。
「『あれ』は一体、なんなんだ!!!???」
 誰かがそう絶叫する。
 その視線の先には、あらゆる物理攻撃を跳ね返し、そして圧倒的なまでの火
力でもって自分達を駆逐する『化け物』がいるのだ。
 その容姿は少年の物だった。
 例え少年であろうとも、警備班はプロである。『此処』に侵入した以上躊躇
する事無く排除=殺害しようとしたのである。
 だが『奴』は、あの『化け物』はそれを物ともせずに進んでくるのだ。
「後退しろ。対戦車砲を使うぞ」
 隊長の指示で後退し始める兵士達。
 爆音が響き、そして打ち込まれる有質量弾。
 だが。
「駄目だ!! まだ生きてるぞ!!」
 まったく物ともせずに『化け物』はその歩みを止めない。



「……なんだか、こっちが悪者みたいだ……」
 小さく呟く声は銃声と爆発音に掻き消され、誰にも届かない。
 巨大な質量弾が届く。
 無意識の内に張り巡らされるA.T.フィールド。
 今、彼の意識は自分を囲むあらゆる状況を総て把握していた。
 壁の向こう側に何がいるのか。
 見えない筈の場所が『見える』のも、我が身を形成する『ANGEL』の力
だろう。
 今、自らの身を守る為に張り巡らせたA.T.フィールドも。
 兵士達が恐怖の形相で逃げていくのを見る度に、彼は小さく呟く。
「…ほんっとーに…こっちが悪者だな…こりゃ…」
 不意に振り上げた腕。
 そして振り下ろされた腕。
 一瞬の間の後に砕かれる壁。
「……見つけた」
 そこには巨大なコンピュータ。MAGI同タイプが鎮座していた。
 無言でコンピュータに触れる。
”…………アクセス許可”
 モニタに表示された一行の文。
「…死海文書及び、ゼーレに関する情報の総てを」
 暫しの沈黙の後に情報が流れ込んで来た。
 シンジの意識に。
「全データ消去」
”消去終了”
 その表示が出るや否や、シンジはその腕を振り上げた。



「MAGIが破壊されました!!」
 その報告が入った瞬間、室内にいた老人の表情の変化は劇的だった。
「…な、なんだと!!?」
 明確なまでに恐怖の形相を浮かべているのだ。
 それは彼にとって許されるべきではない、最後の砦だったのだ。
 そして鳴動。
 崩れる壁が強化壁である事をそこにいる二人の男達が思い出したのは、崩れ
去った壁の向こうに人影がある事に気付いた瞬間だった。
「ば…馬鹿な…。核シェルター並みの強度で設計されている壁なのに…」
 男がうめくように呟く。
「…聞きたい事と、伝える事がある」
 冷徹な声が響く。
「聞きたい事はMAGIにすら登録されていない、別の元老の位置。伝える事
は私の事」
 静かに、一言一言を言い聞かせるように。
「ふん…知らんな」
 老人は一瞬の沈黙の後に虚勢を張る事に成功した。彼が自分以外の元老の位
置を知りたいのならば、自分を殺す事はあるまい。少なくとも必要な情報を手
に入れるまでは。
 そしてその情報をどうするかは、自分の胸先三寸なのだ。
「別にあなたが答える必要は無い」
 だが冷酷な声は、たった一言で彼の心の拠り所を打ち砕く。
「ただ考えるだけで良い。そして目的はもう達した」
 冷酷な声を出す少年に、老人は震える。
 そう。確かに自分は少年に他の元老の事を言われた瞬間、彼らの事を考えて
いたのだから。
 不意に銃声が響いた。
 少年の身体が崩折れる。
「ハーハッハァ!! どうだ!?」
 部屋の隅で少年に一度も注目されなかった男が銃を構え、快哉を叫んでいた。
「………非道いな」
 呟くような声。それと同時に男は横に薙ぎ払われた。
 それは少年の肩から伸びた、巨大な腕の所為である。
「な……な…なっ…まさか……お前……」
 急に震えが強まる老人。それはそうだろう。彼が読んだファイルに記された、
神と接触したただ一人の『生還者』。
 その顔が其処にあるのだから。
「……貴様……碇…シンジか!? 何故だ! 何故お前がそんな力を振るえる!?」
「神殺しだからさ」
 不意に感じた急激な体重の重み。
 そして老人は押しつぶされた。己の重みに。




「未だANGELを押さえ込む手段は見つかっていないわ。だからシンジ君は
……いいえ、『G』は戦いの中に居続けるのよ」
「『G』?」
「最も強き者にして……最も罪深き者……」
 アスカの言葉にマヤが呟く。
「それがシンジ君が手に入れた、力への名よ」
「そんなのって……無いじゃないの」
「いいさ」
 シンジが呟き、そして答える。
「今の僕にはこの力が必要なんだ。いつか、僕が死んだ時にそれは精算される
だろうけど」
 淡々と、それこそ何とも思っていないような口調でシンジは呟いている。
「いつか……きっと……その日は来るんだ」
 どこか辛そうな瞳でシンジはレイを見上げた。





 翌日。シンジがいつものようにぼんやりと外を眺めている時、不意にシンジ
は横に誰かが立ったのを感じた。
「あ、あの……」
「…えっと、月岡さん……だっけ?」
「あ、はい。あの、ちょっと良いですか?」
 目の前では長い黒髪にくりくりと良く動く瞳の少女が、少し頬を赤らめ、も
じもじとしているのが見える。
「え? 良いけど……何?」
「あ、あの、ここじゃちょっと……屋上まで来てくれませんか?」
「どうして?」
 思いっきりニブチンな反応を示すシンジに、横から見ていたケンスケが臍を
噛んでいる。
「あの……ここじゃちょっと……」
「シンジ、付き合ってやれよ」
 見かねたケンスケがそうとりなした。
「あ、ああ、分かったよ」
 ケンスケにそう言われ、立ちあがるシンジ。
「屋上?」
「あ、はい」
 二人が連れ立って教室を出て行くと同時に、教室では爆発的な話し声が溢れ
出した。
 その中身は殆どシンジと月岡アマネの事であった。
「…アスカ?」
 ヒカリが気をかけるようにアスカに声をかける。普段の彼女なら、間違い無
く後をつけるか何かするだろう。
「………えっ? 何?」
 だが今日の彼女はぼんやりとしていた。それこそ、心ここに在らず、とでも
言うような。
「どうしたの? アスカ、今日はぼんやりしてるけど……」
「何でも無いわよ」
「本当に?」
「ええ、何でも無いわよ……」
 アスカはそう呟き、また外を眺めていた。


「えっと……何かな」
 人気の無い屋上ではシンジとアマネが向かい合って立っていた。
「あの……ちょっと……」
 先程からもじもじし続けているアマネに、さすがのシンジも首をかしげる。
「死んでくれませんか?」
 不意に突き出されたアマネの腕。それは間違い無くシンジの胸を貫く軌跡を
走った。
 無意識にA.Tフィールドが張られる。
 だがそれを貫き、アマネの腕、いいや、『槍』はそのままシンジの肉体に到
達しようとしていた。



『我らが同胞、すべての始まりを生み出せし者』
 …あなた、誰?
『我らの始まりを知りし者。我らを目覚めさせし者』
 …わたし…誰?
『君は僕と同じだね』
 …!…
『仕組まれた子供、人類の未来を決める最終要素』
 ………
『そう、僕らは最後のシ者』



 血が宙を走った。
「…ちっ!!」
 アマネが舌打ちをする。
 シンジの身体は間一髪、横に逸れていた。
「……君は……」
 呆然とした声でシンジはアマネの腕を見ていた。
 それはシンジと同じ、『槍』と化した腕だったのだ。
「死になさい!! 人間!!!」
 アマネがその双眸を真紅に輝かせ、シンジに迫っていた。




 世界を囲むもの。
 周囲を隔絶するもの。
 A.T.フィールド。
 何人にも侵されざる聖域。
『そして、神が人形に封じた自力で動くためのゼンマイ』
 それが…
『心』。


『綾波レイ。いやさ、イヴよ。我らを裏切り、我らの創造主にして万能なる神
を裏切った罪深き女よ』
『慈悲深き神は貴様に最後のチャンスをくださった』
『我らと共に来い。そして、愚かなる者どもに最後の鉄槌を下すために、その
力を貸せ』
『我らはこれ以上、この世界に実体を持つ者を送る事は出来ない。お前のその
肉体を我らに寄越せ』
『原罪を知らぬ貴様の肉体ならば我らの体として役に立つ』
 レイの心に響き続ける、容赦の無い言葉。レイはそれらを聞き続け、そして、
耳を塞ぎたかった。だが、出来なかった。『ここ』は実体が意味を持つ世界で
はないから。
『これが、僕ら使徒の心さ』
 突如周囲の騒音がかき消され、そして静寂の後に静かな声が聞こえた。
『情けない。神がすべてであるために、自分自身を顧みる事を知らず、自分自
身の罪を神の命じられた事であるが故に、それらは自らの罪にあらず。そう言
いきってしまえる』
「あなた…誰」
『僕は人間を、シンジ君を信じている。自分達が生き抜くために僕を殺した事
を今も悔やみ、砕けそうな心を抱えながらも誰かを守るために生きている彼を』
 シンジの名を出した時、彼の言葉に一瞬、懐かしさが混じる。
 レイの中に『碇シンジ』のイメージが湧きあがる。
「あなた…知っているの?碇君を」
『知っているよ。彼は僕を殺してくれた。知っているはずだよ、君も。僕が誰
かを』
「………………フィフス=チルドレン」
『ご名答』
 その時、レイは自分が何も無い空間に居る事を初めて認識した。そして、彼
女の正面に、一人の少年の姿を見つける。
「渚、カヲルです」
 彼はにこり、と笑った。




「どうして!! どうして君がそんな力を…!?」
 シンジが飛び退った後、彼が今まで居た床が一瞬で消失する。
「分かるだろう!? 今のお前なら!!」
 アマネの紅の瞳。そして彼女から感じる波動。
「まさか……ANGELだって言うのか!?」
 感じるのは確かに『ANGEL』の波動だった。
「死になさい!!」
 必死で張り巡らせたA.Tフィールドを易々と貫通し、アマネの刃はシンジ
を追いこむ。
「所詮、人間に私達の力を制御しきるだなんて無理なのだよ!! 貴様とて、
力のすべてを使いこなせている訳ではない!!」
 アマネが叫ぶ。
 突如、地が揺れた。
「…地震!?」
 シンジが周囲を見回す。その表情は驚愕に彩られていた。
「まさか、君か!?」
「そうだよ。ANGELの力は、使徒など問題にならない力を持つ。貴様には
これ程の力は引き出せまい!!」
 睨み付けるアマネの瞳が真紅に輝く。
「……死になさい! 今、ここで!!」
 シンジは自分の身体が急激に重くなったのを感じた。



「な、何!? 地震!!?」
 教室では女子生徒の悲鳴が響いていた。
「す、鈴原!!」
「一体何事や……ヒカリ、こっち来い!」
 不安げにトウジに寄り添うヒカリ。アスカはじっと天井を見ていた。



「ぐっ……」
 ポタポタと紅い染みが広がる。
 苦悶の声が響く屋上。そこには少年と少女の姿があった。重なり合う影。だ
が少年の背には一本の槍が突き出ている。
「…………死になさい」
 腕を引き、何かを掴むような動作をするアマネ。そして苦悶の表情を浮かべ
るシンジ。
「コアを砕かれれば、あなただって死ぬでしょ?」
 アマネの目に残酷な光が宿った。
「さよなら」
 別れの言葉と共に、アマネの腕に力がこもる。
 ギシッ!!
 軋む音が響いた。





「……もうすぐ終わる」
 少年とも少女ともつかぬ声。
「そうだろ? イヴ」
 何も答えない少女。
「世界が……選ぶ」
 どちらかを。
 選ばれるのは、彼女か、それとも……。
「……願いがある……」
 少年が呟いた。




 ドクン。
 ドクン!
 ドクン!!
 ドクン!!!
 ドクン!!!!!!
「……何!?」
「か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
 夜色の瞳が見る見るうちに鮮紅色に変わる。
 背に広がる真紅の翼。
「貴様、まさか!!?」
 少年の絶叫が響いた。
 突如視界から消えた少年。そして彼はアマネの横に現れた。
「ぐっ!!!!!」
 吹き飛ばされたアマネ。その力が先程までのシンジとは比べ物にならない事
を理解する。
「貴様、完全にANGEL化したのか!?」
 ズン!!
 腹部に打ち込まれる拳。
「がっ!!!!!」
 先程までの関係が完全に逆転していた。
 まったく抵抗できず、良い様に殴られるアマネ。
 どうにか攻撃し返そうとするのだが、それらは全て回避されるのだ。
「まさか…私よりも力が強いと言うのか…!?」
 A.Tフィールドを張り巡らし、距離をとるアマネ。
 だがシンジだった者はあっさりとA.Tフィールドを切り裂いた。アマネが
そうしたように。
「がっ!!」
 アマネの胸に吸い込まれた腕。
 ギシッ、と軋む音が響いた。





「ねえ、シンジ。あたしは……生き延びた事を今は感謝してる」
「どうして? アスカ」
「だって、生きていれば何処だって天国になるって、分かったもの」
 朝陽を連想させる、彼女の笑み。


「私の命の全てで、あなたを守るから。だから、だから…!」
 抱きしめればそのまま消え失せそうな程、か細い彼女の身体。


「…私は誰?…私は…」
 初めて口を開いた彼女はそう呟く。
「綾波?」
「あやなみれい。アヤナミレイ。綾波レイ。どれもが私を呼ぶ為の名前。どれ
もが私を識別する為のコード」
 彼女は歌う様に言葉を続ける。
「でも、私は誰?綾波レイは私ではなく私達を総称する名前。じゃあ、私は
何?」
 彼女はいつの間にか涙を流していた。初めて見る、綾波の涙。紅の瞳からこ
ぼれ落ちる雫を僕は呆然と見ていた。
「綾波は…綾波だよ!!」
 そして、そう叫んだ僕。


「あんたバカァ!?」
「どうしてだよ、アスカ」
「あたしは、今、ここで生きてる事が嬉しいのよ!」
「……生きるという事は、常に罪に怯える事だよ」
「そうね。でも、幸福も見つけられるわ」





「もうすぐだ」
 少年が呟く。
「もうすぐよ」
 少女が呟く。
「世界が選ぶ」
 少年と少女の声が重なる。
「未来が決まる」
 少年と少女の声が、再び重なる。
「選ばれたのは、誰だ?」
 少年が呟く。
「世界が選んだのは誰?」
 少女が呟く。





「……綾波……アスカ……」
 呟く声。
 アマネは苦悶の表情の下で、その声を聞いた。
 不意に苦痛が消える。
 彼女のコアを掴んでいた『シンジだった者』の腕が緩んだのだ。
「……綾波」
 再び聞こえる呟き。
「まさか」
「……アスカ」
「そんな事……」
「……僕は……」
「あるわけ……無いのに……」
 目の前で人の姿に戻るシンジを見、アマネは呆然と呟いた。
「世界が選んだのさ」
 アマネとシンジの背後から、そんな声がかけられる。
「……タブリス……」
 アマネの呟き。シンジは振り返る。
 そしてそこで見た。かつて、自分が確かに殺した少年の姿を。
「……………カヲル……君」
「や、久しぶりだね、シンジ君」
 変わらぬ笑顔を向ける少年を前に、シンジは呆然とした表情を消せぬまま、
座り込んでいた。
「エリウル。少々、荒っぽかったね」
「ああ……だがこうでもせねば、選択はされ得ないだろう」
 月岡アマネ、エリウルが不貞腐れた口調で答える。
「…まあ、ね」
 タブリス、カヲルが肩をすくめた。
「シンジ君。君はANGELの意識を、自分の意思で押さえ込んだ」
 カヲルの言葉が一瞬理解できないシンジ。カヲルはそんな彼に構わず言葉を
続ける。
「これで綾波レイを復活させる事も出来るよ」
「…本当に?」
「ああ、本当さ」
 カヲルの笑みは変わらなかった。あの頃と、少しも。



続く


NEXT
ver.-1.00 1998+04/11公開
ご意見・ご感想、誤字脱字情報は tk-ken@pop17.odn.ne.jp まで!!
ども、皆様お久しぶりです。
『Death or Rebirth?』もようやくあと1話を残すのみとなりました。
よろしければ、最後までお付き合いください。
それでは。
1998.4.10 脱稿 Kei



 Keiさんの『DEATH or REBIRTH?』第4話、公開です。



 死んだように見えたレイが、
 助かりそうで。

 カヲルも帰ってきたし、
 アマネもありそうで。


 暴走しかけたシンジが、
 押さえ込むことが出来て。



 エンディングに向かって
 ストーリーが流れていますね。


 ラスト1話。


 どう収束していくのかな。



 さあ、訪問者の皆さん。
 この連載も残り1話になったKeiさんに感想メールを送りましょう!



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