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ある日のレイちゃん4

昔と今と




 この話は「めそめそアスカちゃん5」のサイドストーリーです。先に向こうを読んでね。







 「碇君、皆おはよう」




 レイは朝起きるといつもの様に写真に挨拶をする。レイは窓際の床に目を移す。そこには空っぽの飼育箱がある。ちゅ〜〜が巣立っていった痕である。レイはじっと見つめる。やがてベッドから降りるとその裸体をタオルでよく拭く。洗面所で顔を洗う。部屋に戻りレオタードに着替えるとSーDVDをかけダンスの練習をする。 その後フロアのドアを開け部屋の埃を箒で玄関の方に掃き出す。床と家具に雑巾掛けをし朝の掃除を終える。
 汗でびっしょりになった所でタオルと下着を持ち脱衣所に向かう。レオタードを脱ぎ全自動の洗濯機に昨日の衣服と共に放り込む。スイッチを入れると洗濯機は動き出した。ふと、ちゅ〜〜が空の洗濯機の中に落ち出られなくなりじたばたしたのを思い出した。少し洗濯機の前に立ち止まった。
 やがてレイは少しとぼとぼとした足どりで浴室に入る。ざっとシャワーを浴びた後湯舟に浸かる。




 「え?」




 湯舟に浸かり少し経った時不意にある光景が頭に浮かんだ。




 「えっえ?」




 それは今よりずっと若いリツコがお風呂でレイの頭を洗っている光景だった。椅子にちょこんと座った幼いレイとレイの頭をシャンプーで泡立てているリツコが浴室の鏡に映っていた。湯舟では西田博士が笑っていた。




 「あっあっあっあっ」




 レイはまた激しい頭痛に襲われた。頭を抱える。お尻が滑り頭がお湯の中に沈む。お湯を飲み込む。




 げほげほ




 レイはもがいてお湯の上に顔を出す。お湯を吐き出す。まだ頭痛は続いている。溺れないようにうつ伏せになり首と両腕を湯舟の縁に引っ掛ける。




 はーはー




 うっ げほ




 まだ頭痛は続いた。




 「碇君……」




 少し頭痛が収まるような気がした。
















































 その子は奇麗で儚く無口な子。
 みんなも知ってる中学生。
 でも彼女は最近変わったのです。
























 彼女は




























     気になるひとが出来たのです




















ある日のレイちゃん4

昔と今と























 一週間前の事だった。ネルフでのシンクロテストが終わりマンションに帰ろうとしている時だった。




 「レイちゃんちょっといい?」
 「はい」




 リツコがレイを呼び止めた。今日のテストは零号機だけな為アスカとシンジはいない。二人してリツコの赤木研究所に行く。二人は挨拶してくる数人の所員に挨拶を返しながら所長室に入る。




 「ちょっと待っててね」




 リツコは所長室の応接セットのソファーにレイを座らすと奥に行ってごそごそと何かしていた。




 「はい、お待たせ」




 リツコの右手にはカップに入ったホットコーヒー、左手にはホットミルクがある。リツコはレイの為にいつでも10秒でホットミルクが出来るホットミルクメーカーを開発している。




 「実はね、今度の日曜日にシンイチが長期出張から帰ってくるのよ」
 「西田博士……」




 レイはホットミルクのカップを両手で持ちぽつりと呟く。




 「そうなの。それでね、もしよかったらレイちゃんも迎えに行って欲しいのよ。シンイチ、レイちゃんに会えるのを楽しみにしてるわ。もしかしたらもう発作が起こらないんじゃないかって」
 「…………」
 「もちろん自分で怖いと思ったら行かなくていいのよ。私はどちらかと言うとまだ不安だし……。ただシンイチの喜ぶ顔が見たいのも事実だし……」




 リツコは少し言いにくそうに言う。レイの保護者としてのリツコと西田夫人としてのリツコの立場は食い違っている。




 「……そう」




 レイは両手でコップを持ったままの格好を崩さない。




 「……やっぱりよしておきましょう。レイちゃんが苦しむのはあの人の望む所ではないし……。私からあの人には言っておくわ」




 リツコはそう言うとコーヒーを啜った。




 「私会います」
 「……レイちゃん、いいの」
 「はい……。治っているかもしれない。昔よりは酷くないかもしれない……」
 「そう……有難うレイちゃん。あの人も喜ぶわ」
 「その代わり碇君と惣流さんも一緒に行って貰ってもいいですか」
 「もちろんいいわ。どっちにしてもあの人はチルドレンと会わないといけないし……」
 「私二人に聞いてみます」
 「判ったわ。じゃあミサトも一緒に皆で行きましょう」
 「はい」
 「よかったわ。これであの人も喜ぶわ。……いつか昔みたいに一緒に暮らせるといいわね」
 「……」
 「ごめんね。記憶が無いのにこんな事言っちゃって」
 「いいんです」
 「そうだわ、それともう一つ。あなたそろそろ一人暮らしを止めてもいいと思うの。アスカちゃんやシンジ君のおかげで前ほど対人恐怖症もないし、わざと荒れた部屋にしないと発作が起こることもなくなったみたいだし」
 「はい」
 「初めはナイかマヤとネルフの女子寮で同居、その内両親代わりになる人のところで下宿ね。それにもしもシンイチに合って発作が出ないようなら、私今の家を引き払うから違うところで三人で住みましょう」
 「……はい。それでいいです」
 「そう判ったわ。こっちで準備を進めておくわ。さてと今日の話はこれだけよ」




 リツコはそう言うと少しぬるくなったコーヒーを飲み干した。真似するようにレイもホットミルクを飲み干す。




 「博士、二人には私から連絡します」
 「そう、お願いね」




 レイはソファから立ち上がる。




 「博士、私帰ります。ごちそうさまでした。お休みなさい」
 「はい、レイちゃんお休みなさい」




 レイはぺこりとお辞儀をするとすたすたとドアに向かい歩く。自動ドアが開く。部屋を出ると振り返りまたぺこりとお辞儀をする。ドアは閉まった。




 リツコはレイの挨拶に軽く視線で挨拶を返した。レイの姿が見えなっても少しの間ドアを見ていた。




 ふぅ〜〜




 ため息をつく。




 「昔みたいに一緒にか……私達こんな事望む資格有るのかしら。ねえあなた……」




 リツコは夫の顔を思いだし、また深く一つため息をついた。












 レイはマンションに戻るとミサトの番号に電話をかけた。




 「はい葛城です」




 すぐにシンジが出た。




 「レイです」
 「あ、綾波。こんばんわ」
 「こんばんわ碇君」
 「どうしたの」
 「今度の日曜日、予定ある?」
 「特に無いけど……」
 「ミサトさんと碇君と惣流さん、私と赤木博士と一緒に西田博士を迎えに行って欲しいの」
 「西田博士って?」
 「赤木博士の旦那さん」
 「へえ〜〜そうなんだ。僕はいいよ。ちょっと待ってて、二人に聞くから」
 「うん」




 シンジはそう言うと電話の保留ボタンを押したらしくオルゴールのようなメロディーが流れてくる。




 「お待たせ。二人とも時間空いているって」
 「そう。有難う。後で詳しい時間は博士から聞いて知らせる」
 「うん。判った」
 「碇君、また明日」
 「うん、また明日」




 電話は切れた。レイは少しの間手の携帯を眺めていたがやがてポケットに戻す。レイは衣紋掛けにぶら下げてある買い物籠を腕にとると夕食の材料を買いにマンションを出ていった。










 日曜日の朝が来た。いつもの日課をこなし風呂で浴槽に浸かっていたレイをまた頭痛の発作が襲った。どうにか溺れないですむようにうつ伏せになり首と両腕を湯舟の縁に掛けることが出来た。シンジの名を呟くと少し発作が収まるような気がした。少しそのままの姿勢でごほごほと咳込んでいると少しずつ発作が収まってきた。




 やがてレイは立ち上がると浴槽を出た。椅子に座ると少しボッと座っていた。やがて手にタオルを取り石鹸よく泡立てる。身体をごしごしと洗う。最近身体を洗い過ぎるせいか少しかぶれる事がある。そこでリツコお手製の椰子の実油を主原料にした天然石鹸を使っている。そのせいか以前に増して肌は綺麗になっている。髪の毛もその石鹸で洗った後シャワーでよく洗い流した。




 レイは脱衣所に出るとバスタオルでよく体の水気をとる。別のタオルを体に巻き付ける。洗濯機を見るとまだ動いている。




 部屋に戻ると窓を開ける。タオルをとると風を全身に浴びる。目を瞑り風を味わう。そのあとレイはエプロンを着けるとキッチンに立つ。鍋に牛乳を入れ温める。煮立ったところでカップに移す。レイはカップとちぎったフランスパンをお盆に乗せ部屋に帰る。机にお盆を押く。テレビを点けニュースのチャンネルを映す。レイは椅子に座る。




 「いただきます」




 フランスパンをミルクで柔らかくしながら食べ始める。先ほど溺れ掛けたせいかあまり食欲はない。それでも何とか食べ終わる。レイはお盆とカップをキッチンで洗う。部屋に戻るとエプロンを取りもう一度タオルで体を拭ってから下着を着ける。上に何を着ようか少し迷っていたようだが、第壱中の制服を着る。




 レイは机の上の小さな三面鏡を開きその前に座る。木製のよく手入れがしてある品だ。これは泥尾家具店のお婆さんがプレゼントしてくれた。お婆さんの嫁入り道具だった品だそうだ。レイは相当気に入られているみたいである。




 レイが三面鏡の引き出しを開けると、プラスチックの小さな袋に真空パックされた沢山の口紅が入っていた。肌や粘膜の弱いレイは以前マヤに貰った口紅を付けているうちにかぶれてしまった。そこでリツコが天然の紅や色々な花の色素を抽出して口紅を作った。それを長い間もつように小分けして保存してある。このリツコ特製の口紅と石鹸はアスカにもおすそ分けされ好評だ。




 レイは桜色の口紅を選ぶと袋を破る。微かに口紅の香りがする。小指で紅を掬い取ると唇の先の方にちょこんと付ける。ティッシュペーパーをくわえて整える。鏡を見ると綺麗に口紅は着いていた。レイは三面鏡を閉じる。この口紅はあまり量が無いため大事な時にしか使わない。




 レイは立ち上がるとテレビを消す。何となく手持ちぶさたになった。ベッドに横になる。ぼーっとしているといつしか眠り込んでしまったようだ。チャイムの音で目が覚める。




 「はい」




 レイは戸の近くまで行き覗きレンズから覗き込む。シンジ達であった。




 「今開けます」




 ドアを開ける前に鏡を覗き込む。大丈夫だ。




 がちゃ




 「綾波おはよう」
 「レイちゃんおっはよう」
 「レイちゃんおはよう」
 「おはようございます」




 ドアの外にはシンジ、ミサト、リツコの三人が立っていた。




 「上がってください」
 「レイちゃん、そうしたいのはやまやまなんだけど時間が無いのよ。ミサトが家でトロトロしてたから時間ぎりぎりなのよ」
 「はい判りました。博士」
 「あらレイちゃん違うのよ。シンちゃんがアスカちゃん泣かせちゃったのよ」
 「うっ……違うよ綾波……うっう」
 「碇君どうしたの?」
 「ミサトさんの運転凄すぎて気持ちが悪いんだ。アスカさんは泣き疲れて車でのびてる」
 「そう」




 めったに無い事だがレイの顔がひきつった。前回はミサトの手料理を間違って食べてしまった時だ。




 「と言うわけでレイちゃん用意してくれる。ここで待ってるわ」
 「はい」




 レイは洗面所に戻ると口紅が落ちないように顔を洗う。トイレを済ますとポケットに携帯とIDカード入れを入れる。ドアに戻る。




 「用意できました」
 「じゃあ行きましょうね」
 「はい」
 「ではレッツゴー」




 三人は朝からハイテンションのリツコに引っ張られるようにアスカの乗るワンボックスに向かった。











 リツコとシンイチは空港の発着ラウンジで待ち構えていたヒットマン達をなぎ倒した後抱擁している。それを見ているレイは徐々に手足が動かなくなっていた。意識が曖昧になってくる。どこかで挨拶をしているのが聞こえる。ますます意識が混濁してくる。外界が認識できなくなってくる。やがて意識の底から何かが浮かび上がって来た。それは何かの光景であった。
 どこかの家のどこかの部屋で若いリツコとシンイチが抱擁をしキスをしていた。




 「お兄ちゃんお姉ちゃん何してるの?」




 自分の声がする。リツコとシンイチは慌てて離れる。




 「な何でもないのよレイちゃん」
 「そうなの?」
 「そうだよ」




 リツコとシンイチが照れながら言う。




 その時レイの頭に激痛が走った。




 「西田博士…………ああああぁぁぁぁ」




 レイは顔を覆い地面に倒れた。唸りながら頭を押えて転げ回る。




 「発作……あなたレイちゃんから離れて。ミサト車まで運ぶのよ」




 一番初めにリツコが反応した。シンイチは10メートル程跳び離れた。ミサトはレイを抱き上げると車へ向かい走り出した。リツコもついていく。










 リツコ達を追ったアスカとシンジを見送るとシンイチはロビーの壁にもたれかかった。彼は俯いていた。顔色は青ざめ表情は歪んでいた。過去が彼を苦しめていた。しばらくそうしていた。




 ダダダダダダダダ




 突然だった。隙を狙っていたのであろう。旅行者に扮した第二のヒットマンがバッグにし込んだサブマシンガンでシンイチの腹部を撃ちまくった。シンイチは弾丸のインパクトで壁に張りついた。




 が




 ヒットマンが全弾撃ち終えて弾倉を交換している最中耳元で猛獣の雄叫びが響いた。




 ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお




 手首を何かに握り絞められる。




 べき




 瞬時に手首の骨が粉砕される。次の瞬間ヒットマンの目の前に鬼の顔が表れた。




 「てめえ人が苦しんでいる時に……どうりゃぁ〜〜〜〜」




 ヒットマンは冷静に自分の死を判断した。次の瞬間シンイチの一本背負いがヒットマンをコンクリートの床に叩き付けた。体中の骨が砕けた。側で声がした。




 「死なねえように投げてやった。後で俺が直々に尋問してやる」




 薄れる意識の中でヒットマンはなぜテフロン加工の9ミリ弾で殺せないか悩んだ。













 一方リツコ達も第二のヒットマンに遭遇していた。ミサトはワンボックスの側までレイを運んで来た。レイは未だにミサトの腕の中で悶えている。ミサトは横のスライドドアを開け、レイを腕に抱えたまま後部座席に乗り込む。レイを後部座席に横たえた。リツコがレイを治療するため車内に入ろうとしたときだった。側に停止していた車の窓からサブマシンガンが突き出された。




 ダン




 ダダダ




 ミサトの手の中で重い銃声が響いた。0.1秒の抜き撃ちでデトニクスから放たれた45ACP弾はヒットマンの顔面を貫き即死させた。ミサトが50年近く前の拳銃を使っているのは好みの問題であろうか。しかしヒットマンの指が筋肉の収縮によって引かれたため三発の9ミリ弾がサブマシンガンから発射されていた。それらの弾は全てリツコの背中に命中した。その為ミサトとレイは無傷であった。リツコは弾かれるようにレイの上に倒れた。




 「リツコ大丈夫」




 ミサトが慌ててリツコを起こし車内に引きづり込む。ドアを閉める。




 「あう……だ……大丈夫よ。あのぐらいの弾じゃ私達の特殊強化白衣は貫けないわ。ただ肋骨が一本ヒビ入ったみたい」
 「大丈夫じゃないじゃない」
 「それよりレイちゃんの治療よ。そのバッグとって」
 「ほんとあんた頑固なんだから。わかったからレイちゃん治療したらあんたも手当てするからね。私一応周りチェックして、アスカちゃんとシンちゃん迎えに行ってくる」
 「判ったわ。それと私が撃たれた事は子供たちに内緒よ。心配かけたくないの」
 「判ったわよ。この意地っ張り」
 「あんたもでしょ」




 青い顔色で自分のバッグを開け薬の瓶と注射器をリツコは取り出す。ミサトはそんなリツコを横目で見つつスライドドアをほんの少しだけ開きするりと車外に出た。猫のようだ。
 リツコは素早く薬を注射器に吸い上げ空気を抜く。まだ苦痛で唸っているレイの体を片手と両足を使いがっちりと固定する。レイの右手の静脈に薬を注射する。しばらくするとレイは静かになる。眠りに落ちたようだ。リツコはほっとため息をつく。
 それと同時に肋骨の痛みを思い出してきた。




 「イタタタ」




 リツコは這いずるようにワンボックスの助手席に移った。スイッチ一つで外部から車内が見えなくなった。ミサトの車は使徒来襲以降全てリツコがチューンしている。リツコは上着を脱ぎ下着だけの姿になる。自分で触診してみる。




 「ぐっ……」




 痛みが走る。折れていた。ヒビだけではなかった。リツコはバッグより固定用絆創膏を取りだし肋骨を固定する。相当痛いのか苦悶の表情を浮かべる。ちらりとレイの姿が目に入る。今は静かに寝ている。




 「そうよね。この子と比べればね……」




 リツコは思わず呟くと今度は黙々と治療を続けた。折れた肋骨の固定も終わり痛み止めの注射も終わる。上着を着ると医療道具を片づける。助手席に座ると一息付く。痛みのため吹き出た汗を拭っていると外からミサト達の声が聞こえて来た。










 その日ネルフの医療部は大騒ぎだった。チルドレンであるレイと自分達の最高責任者とその副官であるリツコとシンイチが運びこまれたからだ。もっともレイの場合一時的な発作で特に問題が有るわけではない。鎮静剤と睡眠薬の投与でしばらく寝させて脳を休ませる事となった。問題は残りの二人である。












 「赤木博士肋骨が一本折れてるんですよ。一カ月は安静です」
 「何言ってるの。ちゃんと生体用接着剤の注入でくっついたでしょ。痛み止め打ったから大丈夫よ。私はレイちゃん達のところいくからね。それと私の骨折子供達にばらしたら斬首だからね」
 「無茶言わないでください。医師として許可出来ません」
 「私も医師免許ぐらいもってるわよ。とにかく私は行くわよ」
 「そんな困ります」




 一方……




 「てやんでぇいこちとら江戸っ子でぇい。こんな怪我ぐらい唾付けときゃものの五分で跡形もねえ。子供達とみさっちゃんそれに女房を襲ったヒットマンを尋問するんでぇい。邪魔すんじゃねぇ」
 「肋骨三本折れて内蔵のいたる所に内出血起こしてるんですよ。三ヶ月は安静です」
 「ふざけんじゃねえ。ちゃんとこうして二本の足で立ってるじゃねぇか。邪魔だどけ」
 「お〜〜〜〜い誰かぁ。西田博士が危険だ。止めるの手伝ってくれ」




 確かに危険だ。この症状で医師を一人看護婦を三人引きづって行く男相手では尋問されるヒットマンの命がである。













 結局リツコは毎日医療部の医師の診察を受ける事で解放された。シンイチは猛獣用の麻酔弾を打ち込まれて眠っている所を鋼鉄のベッドにワイヤーで縛りつけられた。怪我人扱いされていない。以前もヒットマンにリツコが狙われた時同じ様に暴れた為この様な用意があったらしい。もっとも今回も十分程で目が覚めたが。シンイチが目を覚ますとリツコが側に座っていた。




 「リツコ、お前大丈夫か、レイちゃんは大丈夫か、あのくそヒットマンはどうした……」




 シンイチ少し錯乱ぎみである。




 むぐ




 いきなりリツコがキスをする。




 「あなた落ち着いた?」
 「あ……ああ。落ち着いた」
 「じゃケーブルのロック外すけど暴れない?」
 「ああ」




 ピン




 リツコがスイッチを入れるとワイヤーが外れた。シンイチはワイヤーを退けるとベッドから抜け出した。ベッドから降りて。立ち上がる。




 むぐ




 「お返し」
 「……」
 「で状況は」
 「レイちゃんは問題ないわ。今脳の疲れを取る為薬で眠ってもらってる。アスカちゃんとシンジ君とマヤが付き添っているから大丈夫でしょう」
 「そうか」
 「それとヒットマンは加持君が部下に任せずに直々に尋問するって」
 「それなら一日もあれば全員白状するな。俺もあいつの尋問にだけは耐えられそうもないからな」
 「そうね。まあ子供達が無事でよかったわ」
 「お前は大丈夫なのか」
 「ええ何ともないわ」
 「そうか」




 シンイチはリツコを立たせ抱き寄せると心臓の裏の辺りを軽く触ってみる。固定用の絆創膏と包帯の感触がする。




 「あら何で判ったの?一本肋骨が折れちゃったわ」




 気軽そうに言うリツコ。




 「お前の体型は全てわかってるよ」
 「それもそうね。大した事はないわ三日で治るわよ。あなたこそ肋骨三本に内蔵出血じゃ三ヶ月は安静ね」
 「こんなの二日で治らい」
 「……」
 「……」
 「私達意地っ張りね」
 「そうだな」
 「……」
 「……」
 「だめだったな」
 「そうね」
 「俺一生あの子と面と向かうことはできないのかぁ」
 「……」
 「自業自得か」
 「私達のね」
 「…………」
 「あなた泣いていいわよ。こんな時は」
 「……てやんでい。こちとら……江戸っ子でぇい……」
 「無理しちゃって。あなた体は怪物だけど心は子供だから……」




 二人はベッドに座る。




 「レイちゃん今は眠っているから顔ぐらいは見れるわよ。どうする?」
 「そうだな。顔だけでも見てくるか」
 「じゃ行きましょ」
 「ああ」




 二人は病室を出ていった。












 「あっ先輩、副所長大丈夫なんですか」
 「ええなんとか」
 「俺はまったく、でどうだい」
 「まだ眠ってます。シンジ君とアスカちゃんが側についてます」




 そこは病室のすぐ側にある集中管理室である。そのモニターにはベッドに寝ているレイと側で椅子に座っているシンジとアスカの姿が映っている。




 「伊吹君、レイちゃんの顔をアップにしてくれないか。じっくり見る機会がなかった」
 「はい」




 マヤが操作するとモニターにはレイの顔がアップになった。レイは穏やかな顔つきで眠っていた。




 「この年ごろの女の子は二、三ヶ月でぐんぐん綺麗になるな」
 「そうねあなた。でもそれだけじゃないわ。レイちゃんシンジ君が好きだから……」
 「恋する女の子は綺麗になるか……それがたとえ……」
 「副所長それ以上は言わないでください。本当かもしれないじゃないですか」
 「そうよあなた……少しは私達も夢を持ちましょうよ」
 「そうだな」
 「あっレイちゃん起きたようですよ」




 マヤの声で二人はモニターを見る。レイはうっすらと目を開いていた。




 「それじゃリツコ、レイちゃんを頼む。俺まだ司令に挨拶してなかった」
 「判ったわ、行ってらっしゃい」
 「ああ」




 シンイチは部屋を出ていった。




 「マヤここは頼むわね」
 「はい先輩」




 リツコはレイの病室に向かった。リツコが病室についた頃にはレイはしっかりと目を覚ましていた。上体を起こしていた。




 「レイちゃん具合はどう?」
 「はい、なんともありません」
 「あれ、リツコさん入院するんじゃないですか。マヤさんが言ってましたよ」
 「あら、マヤなに勘違いしてるのかしら。私ミサトと一緒にレイちゃん運ぶ時慌ててて転んで背中打っただけよ。湿布を張っただけよ」
 「綾波さん無事でよかった……ううう」




 アスカは早速泣いている。




 「アスカちゃんシンジ君有難うね。レイちゃんを見ててくれて」
 「いえ僕は何もしていません」
 「私も……ううう」
 「いてくれただけでも有り難いわ。ねえレイちゃん」
 「はい博士……あの博士」
 「なあに?」
 「私夢を見ました」
 「どんな?」
 「私が博士をお姉ちゃんと呼んで買い物に行く夢です」
 「そう」
 「西田博士も一緒でした。お兄ちゃんと呼んでました」
 「そうなの……昔の夢ね。少し記憶が戻ってきてるのかも知れないわね」
 「昔…………」
 「レイちゃん、まだ今は無理して考えたり思い出そうとしたりしちゃだめよ。いつか全て思い出せて、発作も起きなくなる日が来るからね」
 「はい」
 「今日は念のため青桐ナイ三尉の部屋に泊まって貰うことにしたからね。そうだアスカちゃん、レイちゃんの明日の学校の用意と衣服取りに行ってくれない。学校の用意はシンジ君でもいいけど衣服はちょっとね」
 「はい判りました」
 「じゃ峯君呼ぶから待っててね」
 「はい」




 リツコは携帯をポケットから取りだし直通番号に掛ける。




 「峯君、レイちゃん今日青桐ナイの部屋に泊まらせるから……うんそうよ……で明日の学校や着るものの準備にアスカちゃんに行って貰うから……そうよ……レイちゃんだってやたらな人に部屋や箪笥の中見られたくないでしょ……でガードと車の運転お願い。戻って来たらレイちゃんをそのまま女子寮につれててってあげて……そうよ。じゃ頼むわ」




 リツコは携帯を切る。




 「じゃアスカちゃん。研究室に行ってくれない。峰君が待ってるから」
 「はいリツコさん。……じゃあ綾波さん無理しないでね。また後で。シンジ君も」
 「うんアスカさんまた後で」
 「惣流さんありがとう」
 「ううん何でもないわ、こんな事」




 アスカはそう言うとお辞儀をして部屋を出ていった。




 「シンジ君、私も司令にレイちゃんの症状の報告行かないといけないわ。アスカちゃんが戻ってくるまで相手をしててあげて」
 「はい」
 「頼むわね」




 リツコはそう言うと足早に部屋を後にした。




 「綾波ほんとによかった。驚いたよ。いきなり倒れるから……」
 「ごめんなさい碇君」
 「謝る必要はないよ。でも知らなかった。綾波の昔の事……」
 「ごめんなさい。言う機会なかった」
 「謝らなくていいよ。それに危険な事みたいだし。昔の事思い出すの」
 「……」
 「それに僕綾波の昔はどうでもいいし」
 「どうでもいいの…………」




 レイはその言葉に反応した。少し俯く。




 「綾波そうじゃなくって、僕が綾波の昔の事知らなくても綾波は綾波だし、その……大切な友達だし」
 「そう」




 レイは顔を上げる。




 「そんなに昔の事を気にする事ないって言いたいんだ」
 「うん」
 「そうだよ」
 「……」
 「……」
 「碇君」
 「なあに」
 「私そんなに気にしてない」
 「そのほうがいいよ」
 「皆がいるから気にならない」
 「うん。そうだね」




 シンジはほっとした。




 「碇君」
 「なあに」
 「私がもしまた記憶が無くなっても仲良くしてくれる?」
 「うん。それにもう二度とそんな事ないよ」
 「よかった」




 レイは思わずほほ笑んだ。その透明な笑顔にシンジは顔が赤くなった。ふとシンジは病室で二人きりなのを意識した。しかも検査の為レイはパンティに薄手の貫頭衣だけである。胸の形はくっきり出ている。その為シンジの顔はますます赤くなった。




 「どうしたの?顔が赤い」




 レイが心配して顔を近づける。レイは相変わらずこの手の事はよくわかっていない。




 「なっなんでもないよ」
 「そう。でも顔が赤い。熱あるの?熱の計り方知ってる。博士にして貰った事が有る」




 レイはそう言うとシンジの頭の後ろに手をまわし引く。自分も前かがみになっておでことおでこをくっつける。




 「…………熱ないみたい」




 シンジはそれ所ではない。前かがみになった為、レイの胸は見えていた。ぎりぎり胸のぽっちりはかくれていた。




 「あ綾波いいよ、熱ないから」




 シンジは慌ててレイの頭を元に戻した。




 「そう」












 「レイちゃんそこよ。もう一押しよ」




 一方集中管理室ではマヤがモニターを見て一人盛り上がっていた。




 「レイちゃん頑張って、あと一押しよ。あ……でも私レイちゃんだけを応援する訳にはいかないし……でもアスカちゃんにはミサトさんがついてるし……」




 相変わらず観点がずれている娘であった。










 青桐ナイ三尉の部屋に泊まったレイは、翌日朝早く目が覚めた。只でさえ早寝早起きのレイである。前日は薬で長時間眠っていたため今日はとても早い。しかし横を見るとベッドで一緒に寝ていたナイはもういなかった。




 「青桐三尉…………」




 レイは呼んでみた。レイは独りぼっちが少し不安だった。窓から外の庭を見るとナイがピンクのジャージを着て拳法の型の練習に励んでいた。掛け声が聞こえる。レイは窓を開けた。




 「あらレイちゃんお早う」
 「お早うございます青桐三尉」
 「ナイでいいわよ」
 「はいナイさん」
 「よろしい。そうだ今度レイちゃん拳法の練習やってみない?EVAで格闘訓練は受けてるでしょうけれど、それとは別に心の鍛錬になるし美容や健康にもいいわ。幸いレイちゃんはダンスは得意だからすぐ上達するわよ」
 「心が強くなる……」
 「そうよ」




 レイは強い心を持ちたいと思った。そうすればきっとリツコ達とまた暮らせるのではと思った。




 「はい。考えてみます」
 「そうしてみて。さてと私練習終わろうかな。戻ったらシャワー浴びてご飯にするからね」
 「はい」




 ナイは建物の入り口に向かった。レイは窓を閉めた。












 「青桐三尉」
 「ナイって言って。なあにレイちゃん」




 ナイしゃきしゃきとしている。




 「ナイさん、この卵焼き美味しい」
 「そう。よかったわ」
 「何か秘密があるの?」
 「そうよ」
 「教えてください」
 「だめ」
 「だめですか」




 レイは少ししょんぼりした。もしかしたら嫌われているのかと思った。




 「そうよ。今日は食べてよく考えてみて。舌で味わってよく考えてみてから理由を知った方がきっと上達するわよ」
 「そうなんですか」




 レイはほっとした。卵焼きを口に入れるとゆっくりと味わってみる。舌で味わい舌で考える。




 「リツコさんから今日もレイちゃん泊めるようにって言われているし、卵焼きは出すから考えてみてね」
 「はい」




 やがて食事と後片づけが終わりお茶で二人は落ち着く。




 「レイちゃん。今日は私もう出勤しないといけないのよ」
 「そうなんですか。この時間葛城一尉はまだ寝ていると碇君が言っていました」
 「それはミサトさんはいろいろ特別なの」
 「そうですね」
 「あらレイちゃんもそう思う?」
 「はい」
 「変わっているけどいい上司で先輩だわ。憧れる。強くて綺麗で優しくて才能があって。あんな人になりたいわ」
 「うん」
 「あ、今のは内緒よ」
 「はい。でも悪口を言っていないと思います」
 「そうだけど照れ臭いじゃない」
 「そうなんですか」
 「そうよ。お願いね」
 「はい、判りました」
 「ありがとう。じゃあそろそろ準備しなくちゃ。レイちゃんも今日の学校の準備したら?」
 「はい」




 二人は準備を始めた。ナイは質素な服にてきぱきと素早く的確に化粧をする。すぐに終わる。




 「レイちゃんどうしたの」




 すぐ側でレイが不思議そうに見ている。




 「赤木博士もっと長くかかります…………私なんで知ってるの……赤木博士のお化粧……」
 「あっだめよ。考えこんじゃ」




 事前にリツコから忠告を受けているのであろう。慌ててナイが止めた。




 「はい」
 「気を付けてね」
 「はい」




 レイも洗面所でもう一度顔を洗う。石鹸は招き猫印のリツコ特製だ。




 「その石鹸リツコさんが昨日レイちゃん用にってくれたのよ。私も使っていいって。一般の職員の間ではその石鹸プレミア付きなのよ。得しちゃった」




 ナイが顔をかける。ナイの方は準備が終わったようだ。落ち着いた服装に小さなショルダーバッグを下げている。小さめの可愛い眼鏡に小さなイヤリングがお洒落だ。レイが顔を洗って戻って来た。レイはしみじみとナイを見る。




 「どうしたの」
 「ナイさん綺麗」
 「あ有難う、なんかレイちゃんに言われると照れるわね。じゃあ戸締まりお願いね。鍵はレイちゃんのIDカードで閉まるからね。で学校行く時神田大家さんの所に寄っていってね」
 「はい判りました」
 「じゃあ行って来ます」
 「行ってらっしゃい」




 ナイはネルフへと向かった。レイはまだアスカ達が迎えに来るまで時間があるのでシャワーを浴びることにした。










 ナイが制服に着替えて作戦部作戦立案室の自分の席に着くと隣の席ではマコトが大あくびをしていた。夜勤開けである。




 「マコト先輩お早うございます」
 「やあお早う。今日も元気だね」
 「取り柄ですから。はいコーヒー」




 ナイはUUCのカンコーヒーを渡す。




 「有難う。気が利くね。さてと俺はあと一頑張りだ」
 「特に何もなかったですか」
 「まあね。使徒が来ないと暇だね。このところ葛城さんもどじって無いから後始末も必要ないし、それはそうとレイちゃんはどうだい」
 「大丈夫みたいです。今日は朝ご飯もしっかり食べて元気ですよ」
 「それはよかった。昨日はパニックだったらしいね。俺が出勤した時その話を聞いてびっくりしたよ」
 「はい。リツコさんも命に別状はないって言っていました」




 確かに使徒がいなくてミサトがどじらなければ作戦部は暇みたいである。二人がのんびり仕事をしつつ話していると、シゲルも出勤して来た。シゲルは挨拶をするとすぐ部屋を出ていく。今日はオペレートの勤務らしい。そうのこうのしているとミサトも出勤してきた。




 「皆おっ早う」
 「お早うございます」




 部屋のあちこちから声がする。ミサトがいるとそれだけで部屋が活気づく。ミサトはマコトとナイの近くに寄ってくる。




 「あ〜〜らお二人さん朝から仲がよくってこのこの」
 「葛城さんからかわないでくださいよ」
 「……」




 マコトはともかくナイはこれだけで赤くなる。可愛いものである。




 「まあその話は置いといて、青桐ナイ三尉一緒に部長室に来て頂戴」
 「はい」




 仕事の話らしい。ミサトは作戦部作戦立案室に付随している部長室に入っていく。ナイもついていく。立案室にもミサトの席はあるが個別に部屋も持っている。部屋に入るとミサトもしまった顔つきになった。
 ミサトは室内の金庫に自分のIDカードを通した後キーボードによるパスワード入力と指紋キー、網膜パターンキーを外して開ける。中より封筒に入れた書類を一束取り出す。金庫を閉める。相当重要な書類の様だ。ミサトは書類を持ち部屋のソファに座る。ナイはその間直立不動で立っている。




 「青桐三尉そこに座って」
 「はい。失礼します」




 ミサトは向かいのソファを指し示す。ナイは座る。ミサトは資料の封筒ををソファの間の机に置く。




 「青桐三尉、今度私が三佐に昇進したのは知っているわね」
 「はい」
 「それに関連してあなたに特別な任務を授けようと思います」
 「はい」
 「これはその資料なんだけど……この任務について説明を受けた後もし拒否をする事があれば敵前逃亡と見なしここで即座に射殺します」




 ミサトが言うやいなや右手にはデトニクス45口径が表れていた。もう撃鉄は起きている。ナイは反応も出来なかった。死を吐き出す銃口を見入っている。




 「だからここでのこの任務に対しては拒否権を与えます。ただし内容についてはいっさい質問する権利はあげません。ここネルフは役所でも軍隊でもないわ。人類を生存させる為には全てが許されるところよ。そこを肝に命じて答えて頂戴。あなたがこの任務を受ければ私やリツコと同じ側に来るわ。もう戻れない。どうする」




 また魔法の様にミサトの手から拳銃が消えた。ナイもミサトもぴくりとも動かなかった。時計の長針が一回りしたかとも思える頃ナイが答えた。




 「はい、お受けします」
 「そう」




 ミサトは安心したような、実は断って欲しかった様な、ため息のような言葉を漏らした。




 「昨日のレイちゃんの件は知っているわね」
 「はい」
 「レイちゃんだけではなく私は子供達を面倒見る余裕が無くなってきたわ。そこでネルフ内及び作戦中のチルドレンの世話とガードを全て任せます。特にレイちゃんに関しては日常の生活等の相談や世話についても任せます」
 「あ……はい」
 「それにはあの子達の全データを知る必要が有るわ。これがその資料」
 「はい」




 ふう




 ナイは緊張が途切れたのかため息をついた。




 「どうしたの」
 「はい。もっと特殊な任務だと思いましたので……」




 ミサトはナイの感想を聞き奇妙な表情を作る。




 「……それはこの資料を読んでから言いなさい。最高機密文章だから私の目の前でだけ閲覧を許します」
 「はい」




 ナイは資料に手を伸ばす。ミサトが手を押さえる。




 「やはり考えなおさない?立場上あなたが適任だけどあなたは耐えられるかわからないの」
 「覚悟はあります」
 「そう」




 ミサトは手を離した。ナイは封筒を開け資料に目を通し始めた。




 10分……20分……30分……




 ナイは資料を封筒に戻した。封筒を机に置く。やがて俯くと身体が震え始める。




 「ひ……ひどい……酷いですミサトさん……」
 「そうね確かに酷いわ」




 ミサトは言う。




 「さっきも言ったはずよ。ここはネルフ……人類を生存させる為には全てが許されるところ。もしあの子達の命で使徒が倒せるなら私はそれを武器として使うわ。それが私やリツコの仕事……。躊躇はしないわ」




 部屋は静かになった。ナイは声も無く震え続けていた。ミサトは腕を組みナイを見つめていた。




 「部長、一つ質問を許して貰えますか」
 「……許可します」
 「部長は……ミサトさんとリツコさんは……作戦部長や技術部長ではないミサトさんとリツコさんはあの子達をどう思われているのですか。答えによっては私任務を拒否します。射殺されても構いません」




 また部屋が静かになる。やがてミサトは口を開く。




 「…………一度だけ言うわ。私もリツコも司令達も、あの子達を心の底から愛しいと思っているわ…………。心底自分達を呪ってる」




 ミサトが呟く。




 また部屋は静かになった。




 「部長」
 「なあに」




 ずいぶん経った後だった。ナイは顔を上げ答えた。




 「青桐ナイ三尉この任務命に代えても遂行します」
 「そう…………この任務はどのような時でも有効よ。優先権もこれを上回るものは司令と副司令と私の直接命令だけ」
 「はい」
 「それが作戦行動中でもよ。あなたは全ての能力を使ってあの子達を守りなさい。全ての資材、人材、機器、武器そして特別予算の使用を許可します」
 「はい」
 「それとその資料の機密の保持も全てに対して優先よ。あの子達にも知らせてはならないわ。もしその機密を漏らした時、漏らす事を強制された時、あなたには死んで貰うわ。その為の装置を簡単な手術で組み込みます。こちらからの操作及びあなたの意思で何時でも処置出来るように」
 「はい」
 「それでは青桐ナイ三尉今すぐ赤木博士の元に行き手術を受けなさい。そして今から任務を遂行しなさい」
 「はい」




 ナイは立ち上がると会釈をし退室しようとする。




 「ナイ」
 「はい」




 ミサトはナイを呼び止める。




 「あの子達を守って。……私やリツコにはもう出来ないわ」
 「はい。なにに代えても必ず。……部長……いえミサトさん失礼します」




 ナイは部屋を出ていった。ミサトはずっとソファに座っていた。




 「ごめんねナイ。ここでの私はあの子達を駒として使うしかないのよ……だから、ナイ私に逆らって、逆らってでもあの子達を守って」




 ミサトは独り言を呟いていた。










 レイは学校から帰りネルフ女子寮のナイの部屋に戻っていた。シャワーを浴びてさっぱりする。携帯端末で宿題を済ますとやることが無くなってしまった。レイはナイの為に夕ご飯の準備をしようと思った。携帯をポケットより取りだしナイの携帯にかける。




 「もしもし青桐です」
 「レイです」
 「あっ……れ…レイちゃん、どうしたの」
 「泊めて貰ったお礼に夕ご飯作ろうと思います。何時ごろ帰りますか」
 「え〜〜と1時間後ぐらいよ」
 「判りました」
 「悪いわね、お客様なのに」
 「いいえ。では買い物に行ってきます」
 「行ってらっしゃい」




 ぷつ




 ナイの携帯からは電話の切れた音がした。




 「どうしたんだい」
 「なんですかマコト先輩」
 「何か慌ててるみたいだったから」
 「いえ特には、レイちゃんからの電話でした」
 「そうかい。そういえば今度子供達の世話係も兼任なんだって。頑張ってくれよ」
 「はい」




 何も知らないマコトはナイを気軽にはげました。










 レイは商店街にいた。ナイの部屋にあった買い物籠を下げている。八百屋で野菜を大量に買い込む。肉屋は素通りし隣の隣の魚屋の前に立ち止まる。そこは「間入鮮魚店」と看板があった。若い角刈りの店員が店番をしていた。ゴム長靴にゴム引きの前掛け。トラディショナルな格好だ。




 「サバヲお兄ちゃん美味しい魚入った?」
 「レイちゃん今日は鯵と鮃だね」




 レイは肉がほとんどダメなため魚をよく食べる。そのせいでこの魚屋の若大将とは仲良しだ。サバヲが高校出たての18歳である為もある。レイは仲良しのサバヲをお兄ちゃんと呼んでいる。羨ましがるレイのファンが第壱中には多いらしい。サバヲは身が丸々と太り活きのよさそうな鯵と鮃を両手にぶら下げる。




 「鯵二匹と鮃一匹ください」
 「食べられるかい?結構量有るよ」
 「大丈夫です。今日は知り合いの家に泊まってるの」
 「そうかい。鮃は刺身におろすかい」
 「いえ。練習中なんで私がやる」
 「ほんじゃ、まけとくわ」




 サバヲはぶら下がっている新聞紙を取ると鮃と鯵を包み始めた。




 「はいお待ち。お代は…………円だよ」
 「安い」
 「自分でおろす人少ないんだ。その分おまけだよ」
 「ありがとう」
 「いやなんの」




 レイがネルフのカードを差し出すとサバヲはそれで決済した。




 「じゃあお兄ちゃんまた」
 「じゃあね。まいどあり」




 レイは店を後にした。




 「いや〜〜やっぱりレイちゃんはいいよな。美人で気立てがよくって凛々しくて……恋人や嫁さんにするならあの子だよなぁ〜〜」




 サバヲは店先で妄想に耽っていた。




 バキ




 「いて……なにすんだよ。おふくろ」
 「またあんたあの子に五割引きで売ったね。こずかいからその分差っ引くからね」
 「あの子大変なんだよ。一人暮らしでその上あのロボット操縦して皆を守っているらしいんだ」
 「何いってんの。そんな事は聞いてるわよ。あの子がけなげでいい子なのはこの辺の人は知っているわよ。ただあんたが値引きするのは単に色ぼけなだけでしょうが」




 親子漫才が繰り広げられていた。










 「へぇ〜〜レイちゃん見事に魚捌いているわね。その上ちゃんとお刺身も作れるんだ。流石リツコさん直伝だけあるわ」
 「嬉しい」
 「私最近リツコさんの料理教室さぼり気味なのよね。がんばらなくっちゃ」




 その日は鯵の塩焼きと鮃の刺身がおかずだった。ナイはお酒は呑まない。マヤと違い小食のようだ。




 「ねえ最近は部屋で何しているの」




 ナイはさりげなく聞いてみる。




 「いつもは本を読んでいます…………」




 レイは食べる合間に少しずつ楽しげに話していった。




 「そう最近はとてもレイちゃん楽しそうね」
 「はい」




 レイはにこりとした。ナイはどきりとした。責められているように感じた。ミサトの気持ちが判った。



 やがて夕食の一時が過ぎた。




 「さあレイちゃん今日はシンクロテストがあるんでしょ。後片づけは私がやるから行ってらっしゃい」
 「はい。あのシャワー借ります」
 「どうぞ」




 レイは寝室に戻り下着とタオルを取ると浴室に向かった。今までニコニコしていたナイの表情が急に変わった。一気に脱力する。ぐたっと椅子にもたれ掛かる。




 「すごいプレッシャー……ミサトさん毎日これに耐えているんだ」




 ナイは思わず呟いた。しばらくすると立ち上がる。




 「でもがんばらなくっちゃ。私はあの子達のお姉さんなんだもん」




 ナイは食器をキッチンに運び始めた。










 「ナイさん」
 「なあにレイちゃん」




 二人はその日も同じベッドで抱き合うようにして寝ていた。シンクロテストの後疲れたらしくナイの部屋に戻ったレイはシャワーを浴びてすぐ寝ることにした。ナイも付き合った。




 「男の子って裸見たいの?」
 「へ?なにいきなり言うのよ」
 「今日碇君が惣流さんの着替えを覗いたの」
 「あら」




 レイはミサトより聞いた話をナイにもした。




 「そうなの……え〜〜と……一般的に言うとそういう傾向があるわね」




 ナイも回答に困っているみたいだ。




 「そう」




 レイは黙った。




 「レイちゃん……まさかとは思うけどシンジ君に裸見せようと思ってないわよね」
 「…………」
 「レイちゃん、はっきり言ってそういうところ常識無いから言うけど……ぜぇ〜〜たいやっちゃだめ。そんな事したらシンジ君困るわよ」
 「はい」




 相当気になっていたのだろうか。レイはそれを聞くとすぐにすーすーと寝息を立てて眠り始めた。




 「大変ねこれは」




 ナイは呟いた。










 翌日も朝は前日と変わり無かった。ナイと別れてレイは学校に向かった。ベンチで本を読みアスカとシンジを待つ。ちょっと生活が不規則になっているせいかうとうとする。




 「おはよう綾波さん」
 「……お…お早う惣流さん」




 少し寝ぼけて答えたレイの前にはアスカが立っていた。




 「碇君は」
 「…………」
 「まだなのね」




 こく




 アスカが頷く。




 「そう。じゃあ二人で行く?」




 こく




 「判ったわ」




 シンジを待ちたい気もしたが、アスカも放っておけない気がした。アスカはレイが見てもすぐ判るぐらい元気がなかった。レイはとぼとぼと歩くアスカの後ろをついていく。




 「まだ喧嘩しているの」




 びく




 レイの言葉でアスカの肩がゆれる。




 こく




 アスカは歩きながら頷く。




 「そう」




 今日はアスカについていてあげようとレイは思った。












 「惣流さんおはよう」
 「…………おはよう……」
 「どうしたの。元気ないわ」




 我らが学級委員長・洞木ヒカリは朝から沈み込んだ表情で教室に入って来たアスカが気になった。




 「何か悩みごとでもあるの?」
 「…………うううううっううううえうううう」
 「どうしたの急に」




 いきなり抱きつかれてヒカリは困惑した。




 「惣流さんと碇君喧嘩したの」
 「えっそうなの」




 周りで聞いていた生徒が色めきだつ。五分後には尾鰭が付いて全校中に伝わっていた。ヒカリは取りあえずアスカを落ち着かせると席に座らした。レイはどうしたらいいか判らなかった。ヒカリに聞いてみた。




 「洞木さんどうしたらいいの」
 「今はまだそおっとしておきましょう。落ち着いたら私がなんとかするわ」
 「うん」




 アスカは自分の席で泣きじゃくっていたがやがて収まった。今はぼーっとした表情で頬づえを突き窓の外を見ていた。レイも席につき同じ様に頬づえをつきながら外とアスカを交互に見ていた。












 レイは背後からシンジの声がしたのを聞いた。側に行こうかと思ったが今はアスカを見てることにした。シンジの声が聞こえた時、アスカの肩はびくっと動いていた。
 しばらくシンジとケンスケ、トウジの話し声がしていたがやがてシンジの足音が向かってきた。レイはシンジの足音は判る。シンジはレイの横を通り過ぎた。レイのことが目に入っていないようだった。少しレイは寂しかったが今日はしょうがないと思った。
 シンジが席につきアスカに声を掛けたが拒否されたようだった。そういう二人を見てレイは悲しく思えた。












 昼休みになった。まだ二人は喧嘩をしているようだった。レイは何かしなければいけないと思ったが、何をしたらいいか判らなかった。シンジがアスカにお弁当を渡そうとして拒否されているようだった。アスカはすくっと立ち上がるとレイの元へ来る。レイはどうしようと思った。




 「綾波さん。屋上で二人で食べない……」




 レイはしばらくアスカを見ていた。すごく悲しそうに見えた。一緒にいようと思った。




 「ええ、いいわ」




 レイは自分の弁当箱を持つと立ち上がる。アスカについてレイは教室を出ていった。レイは後ろからなにかため息の様なものが聞こえた気がした。












 学食の購買部でアスカはメロンパンとミネラルウォーター2リットル瓶を買う。レイはウーロン茶の缶を買う。購買部は混んでいるがさすが学校NO.1と2の美女だ。すぐに順番が廻ってきた。気を利かせた男子生徒が多いのであろう。特に今二人はフリーという噂が流れているからだろう。もともとシンジとアスカとレイは付き合っていると言うわけでもないのにである。
 二人は静かに廊下を歩いていく。さっそくアスカに声を掛けようとしている男子生徒もいるが、アスカがしょんぼりしているのとレイが後ろで無表情に睨んでいる為、すごすごと引き下がっていく。レイはなぜかそれらの男子生徒が許せなく無意識のうちにそうしていた。
 階段を昇りきると屋上に出る。屋上にはあちこちグループがあり昼食を取っていた。あたりには笑い声が流れている。アスカは空いている場所を見つけると柵により掛かり座る。レイも横に座る。アスカは座ったままぼーっとしていた。レイは何か言葉を掛けようと思ったが掛ける言葉を思いつかなかった。
 やがてごそごそとアスカは袋からメロンパンを取り出す。




 「いただきます」




 小声で言う。メロンパンの包装を破ると前歯の2本だけでゆっくり食べ始める。
 レイも弁当箱を開くと小声でいただきますを言い食べ始めた。アスカが気になり全然食が進まなかった。












 「あ、やっぱり二人ともここに居たんだ」




 ヒカリが屋上やって来た。アスカとレイの元に来る。




 「洞木さん……」




 俯いてぼそぼそとメロンパンを噛っていたアスカが顔をあげる。ヒカリはアスカの隣に座る。レイは箸を止めヒカリを見る。ヒカリはどうするのだろうとレイは思う。アスカはまた俯く。




 「惣流さん、碇君が仲直りしたいって」
 「……」
 「惣流さん、まだ怒ってるの?」




 ヒカリがアスカの顔を覗き込む。レイは二人の横顔を見る。




 ぽろ ぽろ




 大粒の涙が食べかけのメロンパンの上に落ちる。




 「……ひっく……私……ううう……怒った事あまり無いから……ひっく……仲直りしたいけど……ううう……きっかけがうまく掴めなくて……うううううううう」




 アスカは泣きながら、残りのメロンパンを口に押し込む。アスカは顔をあげる。アスカはほっぺたをリスの様に膨らます。口を手で押えながらながらぽろぽろと涙を流していた。




 「判ったわ。じゃあ私に任せておいて。碇君と仲直りさせてあげるから。そのメロンパン食べ終わったら早速教室に戻りましょう。碇君達待ってるわ。綾波さんも付き添ってね」
 「うん」




 レイは食べかけていた弁当を一旦片づける。ヒカリが来てくれてよかったと思う。しかしレイは自分が何も出来なかったのが寂しく思う。ようやくメロンパンを飲み込んだアスカをヒカリが立たせる。まだアスカはうっくうっくとしゃくりあげている。ヒカリはそんなアスカの手をとり慰める。一方レイは自分の弁当箱を入れた袋を右手に持ちアスカの昼ご飯の袋を左手に持ち立ち上がった。三人は教室に戻っていった。












 三人が教室に戻ると男三人は机を並べて待っていた。トウジは目の前の特大弁当に目が張りついている。ケンスケは机にもたれている。シンジは肩を落としてしょぼくれている。女性陣の席はもちろん空いていた。




 「碇君お待たせ」




 ヒカリの声で三バカが一斉に振り向く。レイは三人が昼食がまだそうな事に気づく。待っていてくれた三人に少し心が暖かくなる。アスカ達はシンジの側に来る。シンジは立ち上がる。




 「碇君、惣流さんが許してあげるって。だからまず謝って」
 「う、うん。アスカさんごめんなさい」




 シンジはそう言うと頭を下げた。レイはアスカとシンジの横顔を見ていた。シンジとアスカは泣きそうな顔をしていた。




 「じゃ今度は惣流さんね。一言許してあげるって言えばいいのよ」




 ヒカリが側で俯いて立っているアスカにそう言う。レイはアスカを見る。シンジから見えないところでアスカの手を握ってあげる。アスカが握り返してきた。少したった後アスカが口を開いた。




 「……シンジ君許してあげる」




 教室で見ていた生徒から歓声が上がったが、ヒカリが抑えた。レイは自分で二人を仲直りさせてあげたかった。ヒカリがやってくれた。レイはヒカリに感謝した。自分もこういう風に他人のためになりたいと思った。




 「さ、これで一見落着ね。ただやっぱり碇君悪い事したんだから償いはしないとね。こんなのどおかなぁ?一つだけ惣流さんの言う事なんでもきくっていうのは……」
 「僕はいいよ……」
 「じゃ決まりね」
 「……わ、私そんな事いいわ……」




 さっきからまた俯き黙っていたアスカが呟く。




 「惣流さん権利はとっとけば?その内使う日もくるわ」
 「そやそや惣流そうしとけや。これで一見落着や。さ皆席に着いて飯や飯」




 レイはアスカの手を放した。6人はいつもの並び方で席に着く。レイはアスカの袋を渡す。




 「ありがとう」




 アスカはまだ俯き気味である。




 「これお弁当」




 シンジがおずおずと弁当箱をアスカに差し出す。




 「ありがと……」




 アスカもおずおずと弁当箱を受け取る。




 「さて弁当や、弁当」




 みんな自分の弁当箱を開く。もっともケンスケは学食のパンだが。




 「「「「「「いただきます」」」」」」












 「あのさ、一つ提案があるんだ」




 昼食もあらかた終わり、アスカとシンジもやっと普通に会話出来るようになった頃、ケンスケが言った。レイはケンスケが妙にウキウキしているように見えた。




 「ミサトさん三佐に昇進したじゃないか。そこで昇進祝いのパーティーを皆で開いてあげたらどうかと思うんだ。どうかなぁ」
 「そりゃええわ。皆で宴会や」
 「鈴原の場合それが目的ね」
 「いいんちょそれは違う。我らが女神ミサトさんが昇進されおったのや。宴を開かなあかん」
 「碇どう思う?」
 「いいんじゃないかなぁ。綾波や惣流さんはどう?」
 「うん。いいわね。私は賛成よ」
 「私もいい」
 「私も賛成。場所はどうするの?料理は私達が作るとして」




 レイはネルフの体育館を思い出した。少し違うかもしれないと思った。




 「場所は碇のマンションでいいんじゃないのか。あそこの居間って広いし」
 「いいけど、一応ミサトさんに断らないと」
 「そうね。ねえシンジ君、どうせならネルフの人達も呼んだら?加持さん、リツコさん、日向さん、マヤさん、青桐さん……」




 レイは他にもシゲルがいるのに気がついていたが名前と何をやっている人か思い出せなかった。




 「それはいいね。リツコさんやマヤさん、青桐さんはいい被写体だし」




 レイはケンスケがなぜこんなに写真が好きか一度聞いてみようと思った。




 「そやな。それと宴会と言えば芸や。隠し芸は一人一つは必須や」
 「え〜〜〜〜。僕何にも出来ないよ」
 「私もないわ」
 「隠し芸?」




 隠し芸とは何か?レイには判らなかった。










 「へえ〜嬉しい事言ってくれるじゃない」




 その日はシンクロテストがあるためアスカ、レイ、シンジの三人は学校から直接ネルフに行った。シンクロテストも終わりミサト、リツコ、マヤ、トビオなどとリツコの個人研究室で挽きたてのコーヒーで寛いでいた。西田博士もシンクロテスト自体には立ち会っていたがレイと顔を合わせないように姿を消していた。アスカがミサトにパーティーの事を話した。結局パーティーは来週末の日曜日となったがレイには一つ困った事が起きた。隠し芸を一つやることになったのだがレイにはそのような物が一つもなかった。ダンスは知れ渡り過ぎているため隠し芸にならない。レイは困った。










 「レイちゃんどうしたの。何か元気がないわね」




 ナイは小型のEVを運転しながら助手席のレイに聞く。




 「……隠し芸ないんです」
 「隠し芸か」




 その日レイはナイと一緒にネルフの女子寮に戻った。夕食の後レイは自分のマンションに帰るため、ナイが送る事となった。




 「ミサトさんのパーティーでの隠し芸ね」
 「はい」




 レイは本当に困っていた。むしろ悲しんでいた。隠し芸がない事よりも、隠し芸についてを考えるうち自分に出来ることがあまりないと思い込んでしまった。一人暮らしをしている為家事などは人一倍出来るのはすっかり忘れている。皆が知っている遊びや流行の話などの事を知らない方だけに頭が行ってしまった。




 「ねえレイちゃん」
 「はい」
 「歌どうかな?」
 「歌ですか?」
 「そうよ歌。レイちゃん声いいしリズム感もあるし今から練習しても間に会うわよ」
 「……はい。やってみます」




 レイの表情がぱっと明るくなった。ナイは逆に声が微かに沈んだ。レイが歌が上手くなるであろうことはデーターで思いついたからだ。ミサトに見せられたデーターによってである。




 「じゃあ頑張ってね。私もレイちゃん向きの歌探してあげるから」
 「はい。ありがとう」










 翌日ネルフから戻るとレイはまず間入鮮魚店へ電話した。




 「まいど間入鮮魚店です」
 「こんにちわXXXマンションの綾波です」
 「おレイちゃん、こんにちわ」
 「サバヲお兄ちゃんお魚の注文なんだけど……」
 「へいまいどぉ〜〜でどんな?」
 「来週の日曜日皆で集まってパーティー開くの。その時に私煮魚とお刺身作って出したいの。量は五六人分。美味しいお魚を見繕って」
 「ずいぶん先の話だね。おう。まかせときな。魚河岸かけずり廻って見つけてくるよ」
 「お兄ちゃんお願いね」
 「まいどぉ〜〜」
 「じゃお休みなさい」
 「お休み」




 レイは電話を切る。電話の反対ではサバヲが妄想に耽っていた。




 「当日俺が注文の品届けるとレイちゃんが魚おろすの手伝ってとか言うんだなこれが。で手取り足とり教えてあげるとレイちゃんがサバヲお兄ちゃんってやっぱり上手なんていうんだ。で俺が帰ろうとするとレイちゃんがせっかく作ったから味見していかないなんてね。でお酒も出してくれるんだけど、私も少し呑むとか言ってレイちゃんのホッぺは桜色、立とうとすると少しくらくら俺にもたれ掛かるんだ。少し酔っちゃったとか言ってレイちゃん、ふと見ると二人の顔は近づいて…………」




 とめどもなく独り言を呟くサバヲを家族があきれた目で眺めていた。












 そのような危ない男はともかくレイは今歌を探していた。部屋のSーDVD付きTVのスイッチを入れる。録画してもらったポップスとジャズの名曲集を再生し始める。昨日のうちにナイが峯にこの事を連絡をつけておいた為、峯はMAGIを操りポップス&ジャズ名曲集・計720分を作り上げた。ただこの時使用したネルフ外部のデーターベース代は経費で落ちなかった為、峯のボーナスから引かれた。おかげで彼のボーナスはほとんどゼロだった。それはともかく、レイはSーDVDを見続け聞き続けた。
 どんどん時間が経っていった。そして10時間後とうとうレイは歌ってみたくなる歌を見つけた。とうに夜は明けていた。その後念のためSーDVDを見ているうちレイは眠り込んでしまった。










 「レイちゃん大丈夫」




 肩を揺さぶられレイは気がついた。目の前には青い顔をしたナイがいた。




 「ふぇ」




 まだちゃんと目覚めていないレイの口からは変な声が出た。それをどうとったのかナイの顔色はますます青くなる。




 「レイちゃん頭が痛いの?お腹?胸?返事してレイちゃん」
 「…………ナイさん…………」




 レイは部屋の真ん中で倒れるように寝ていた。やっと正気に戻ってきた。身体を起こす。ナイがなぜここにいるのだろうと思った。
 朝いつものベンチにいないレイを心配したシンジとアスカがレイに電話をかけた。しかし熟睡していたレイは起きるはずもなく電話は何時まで経ってもつながらなかった。シンジは場所的に近いネルフの女子寮のナイに電話をかけて確認を頼んだ。急行したナイは渡されていたキーロックでドアを開け倒れているレイを見つけたのだった。




 「あ…あの…私…夜通しSーDVD見てたから……眠り込んでしまったんです」




 レイが珍しくいい淀んだ。よく判らなかったが言いずらかった。




 パシ




 ナイの平手打ちがレイの頬に当たった。




 「レイちゃん私心配したのよ。あなたあんな発作ががあったばかりじゃない。私また倒れちゃって今度は本当に危ないのかと思ったのよ」




 ナイは涙ぐんでいた。




 「ごめんなさい……」




 レイは頬を抑えてナイを見た。頬を張られて吃驚していたレイであったが涙ぐむナイを見て俯いてしまった。




 少し沈黙が流れた。




 ナイがレイの手に手を重ねた。




 「レイちゃんぶったりしてごめんなさいね。でも私あなたが倒れていてうろたえちゃって…………でもよかったわ、なんでもなくって。痛かったでしょ。ほんとにごめんなさい」
 「あの…ナイさん私が悪いんです」
 「でも叩いたのは私だから」
 「でも私が夜更かししたから……」
 「……よしましょうね。これでは何時までも終わらないわ。とにかく無事でよかった」




 ナイはレイを抱きしめた。レイはナイの腕の中でとてもあたたかい気がした。




 「さてと。じゃあ今リツコさんに連絡するから。リツコさんすごく心配してたんだから」




 ナイはレイを放すと携帯をポケットから取りだしリツコに電話をかけた。




 「もしもし赤木博士ですか。青桐ナイです。はい……レイちゃんは無事です……はい、はい……昨日は夜更かしをして寝坊をしただけだったそうです。はい……はいそうです。はい……代わります」




 ナイがレイに携帯を渡す。




 「レイちゃんリツコさんが代わりたいって」
 「はい」




 レイが電話に出た。




 「レイです。……はい……はい……ごめんなさい。……はい……はい……はい、そうします。……判りました。代わります」




 レイはナイに携帯を戻した。




 「はいナイです。……ええ……はい……そうですね、そうさせます……判りました。では私身支度をしてからネルフに向かいます。失礼します」




 ナイは携帯を切った。




 「じゃあレイちゃん今日はちゃんと学校に行って自分で先生に謝りなさい。ネルフの用ではないんだし自分で失敗をした時は自分でちゃんと後始末をしなければだめよ」
 「はい。そうします」
 「じゃ。そうねシャワーでもさっと浴びてさっぱりしなさい。レイちゃん口から胸にかけて涎だらけよ」




 確かにそうだ。少しみっともない。レイも自分でそう思った。少し顔が赤くなる。




 「はい」
 「私も急いできたから頭も服もぐっちゃぐちゃ。すぐに戻って支度してネルフ行かなくっちゃ」




 確かにナイも頭はぼさぼさしてるし服も乱れまくっている。よほどレイが心配で急いで来たのであろう。




 「そう言うことで私帰るから。レイちゃん一人でちゃんとできるわね」
 「はい」
 「それじゃ、また今夜ネルフで会いましょ」
 「はい」




 ナイはハンドバッグを手にとると玄関のたたきで慌てて脱ぎ散らかしてあった靴を履いた。戸を開ける。




 「また後でね」




 ナイは出ていこうとする。




 「ナイさん。……あの…………心配してくれて……ありがとう」




 レイはなぜかすごく恥ずかしい気がして声が小さくなった。




 「いいのよそんな事。私あなたの事妹だと思っているから」




 ナイも言ってから少し恥ずかしくなったのかそそくさと部屋を出ていった。レイは妹という言葉がとても嬉しかった。












 身支度を整えネルフに出勤したナイは直接リツコの所へ向かった。リツコに事の顛末を報告すると作戦部に向かおうとしたがリツコが止めた。




 「青桐三尉三日間あなたをミサトから借りたわ」
 「はあ」
 「実はね……まあ座りなさいな」
 「はい」




 赤木研究室の所長席の前の椅子を勧められナイは座る。リツコの席から少し離れた副所長の席には第二実験室と書いた札が掛かっている。二人とも肋骨の骨折は気にも留めてないらしい。化け物夫婦だ。




 「今度レイをちゃんとしたところに下宿させようと思うのよ」
 「下宿ですか?」
 「そうよ。対人恐怖症も治ってきたようだしそのほうが教育上いいでしょ」
 「そうですね」
 「それで色々な候補を諜報部が洗い出したのよ、で最有力候補がその夫婦」




 リツコは人物ファイルを端末のディスプレイに映した。




 「泥尾イナオ……65歳……家具店経営……妻……泥尾ヒシコ……60歳……ですか」
 「そうよ、実はレイちゃんはこの二人と大の仲良しでなついているの。で調査してみてもなかなか理想的なのよ。少し年齢が高めだけど二人とも至って健康みたいだし。そこでナイに頼みたいのはこの泥尾夫妻のあなたから見た人となりを調査して欲しいのよ。諜報部からの情報はあくまでも情報だけだから」
 「はい」
 「ではあなたの端末にデータコピーしておくから頼むわね」
 「はい。了解しました。では早速」




 ナイは立ち上がる。




 「ナイ、レイを……あの子達を頼んだわ」
 「はい。何が敵でも」




 ナイは挨拶をして部屋を出ていった。










 レイはその日テストが無かったがネルフに向かった。赤木第一研究室に行く。




 「レイちゃんこんばんわ。今日テストあったっけ?」




 マヤが言う。




 「こんばんわマヤさん。きょうはありません。峯さんいますか?」
 「いるわよ。峯さぁ〜〜んレイちゃんが呼んでるわよ」
 「お〜〜う。ちょっと待ってくれ」
 「私行きます」
 「そう。じゃまた」
 「はい」




 とことことレイは歩いていく。




 「レイちゃん」




 横からリツコが呼び止めた。




 「ちょっといらっしゃい。峯ちょっと待っててね」
 「ほ〜〜い」
 「はい博士」




 リツコは応接セットにレイを呼び寄せた。向かい合って座る。




 「レイちゃん。今日はちゃんと学校行って、先生に事情を話してきた?」
 「はい。怒られました」
 「レイちゃんはすごく大変な仕事もしているし、私達もサポートしきれないこともあるわ、だから自分の健康はいつも気にしていなければだめよ。気をつけてね」
 「はい」
 「それでね、こんどレイちゃん下宿して貰おうと思うのよ」
 「下宿?」
 「そうよ。昔ほど他人が怖くなくなったでしょう」
 「はい」
 「今いい家を探しているから」
 「はい。……あの」
 「なに」
 「博士の所に戻るのではないのですか」
 「私もそうしたいけど、さすがにまだ私やあの人の雰囲気が残り過ぎていてだめだと思うの」
 「……かつら…ミサトさんの所は……」
 「ミサトも一遍に三人は無理ね。部屋もないし」
 「……はい」
 「いい所見つけてあげるから」
 「はい」
 「この話はこれでお終い。そうそう隠し芸歌を歌うって聞いたけど」
 「はい」
 「歌をうまく歌う方法はただ一つよ」
 「どうすればいいのですか」
 「心を込めて歌うの。そうすれば歌って魔法のように人の心にしみ込んできっといい事が起こるのよ」
 「そうなんですか」
 「そうよ。だから頑張ってね。これで話は終わりよ。峯に用があるんじゃなかったの?」
 「はい」




 レイは立ち上がる。ぺこりと頭を下げると峯の前に行く。リツコは目で追った。




 「峯さん」
 「なんだいレイちゃん」




 散らかっていた机の上を急いで綺麗にしたらしい峯が言う。




 「このSーDVDのDの七番の歌カラオケにしてください」
 「いいよ音声トラック抜けばいいんだね」
 「はい」
 「そう来ると思ってデータは作っておいたよ」




 峯の机の上が散らかっていたのは、徹夜でデータを作っていたかららしい。確かに目が血走っている。




 「これが全部の曲をカラオケにしたSーDVDだよ」
 「ありがとう」




 レイはにっこりと微笑んだ。峯は疲れが吹っ飛んだ。




 「じゃ頑張ってね。だけど夜更かししてはいけないよ。みんな心配したんだからね」
 「はい」
 「あんまり一日に歌い過ぎると喉壊すし、睡眠不足は音感にも喉にもわるいからね」
 「うん」
 「上手くなったら僕たちにも聞かせてね」
 「はい。……わたし帰ります」




 レイはぺこりと頭を下げると部屋を出ていった。




 「楽しみだな」
 「ですね」




 峯と邪はうなづきあった。




 それからレイは毎日毎日練習を繰り返した。学校からあるいはネルフから戻ると毎日歌った。峯の忠告も聞き無理な練習はしなかった。日曜日にはリツコの料理教室にも出て魚のさばきかたの特訓もした。毎日の練習は楽しかった。歌うのが好きになった。ただ一つ心配があった。自分の歌はどのくらい上手いのかが全然判らなかった事であった。




 そして宴会当日が来た。










 「へい。まいどあり。レイちゃんこんなかんじでどうだい」
 「サバヲお兄ちゃん美味しそう」




 サバヲは特に高級魚を持ってきたわけではなかった。鰯、鯵、めごち、鰈……少し高くて鮃である。がどれも取れたてあぶらも程よく乗っていた。妄想僻はあっても魚屋としては確かな目を持っているらしい。セカンドインパクト後の気象変化と海流の変化の為日本では色々な季節の魚が同時に取れるようになっていた。サバヲは日本中の魚河岸にあたりをつけておきレイに届けたのであった。




 「お兄ちゃんありがとう」




 レイが微笑んだ。サバヲは魚屋をやっていてよかったと思った。




 「いやなに。仕事だしね。お代は今度来た時でいいからね。じゃまいど」
 「お兄ちゃんまた」




 レイの声を背にサバヲは店へと戻って行った。












 「綾波さん出刃包丁の使い方上手だわ」
 「ほんと」




 キッチンでヒカリとアスカが感心していた。




 「ありがとう。博士に教えて貰っているの」
 「リツコさんね。私もリツコさんの料理教室行きたいな」
 「私も最近教えて貰っているのよ」
 「うちお姉ちゃんそうゆうの下手だし、今はもう教えてくれる人いないし……」
「そう」




 ヒカリは何げなく言うが少し声が落ち込む。アスカは気がついたがレイは気がつかなかった。












 一方居間ではケンスケが頑張っていた。




 「そのテーブルはその角に……違う右に5度ずれてる」
 「ケンスケ……テーブル置くのにポータブル慣性ジャイロ使わなくても……」
 「シンジ甘い。我らが女神ミサトさんの宴会には一つのミスも許されないんだ」
 「そやそや、センセ。ケンスケの言うとおりや」




 ふぅ




 シンジは思わずため息をつく。そんなこんなで宴会の用意は進んでいった。




 「たっだいまぁ〜〜〜〜」




 ドアが勢いよく開かれると制服姿のミサトが入ってきた。




 「「「「「「おかえりなさぁい」」」」」」




 ミサトと一緒にいるとなぜか皆明るくなるようである。




 「お諸君頑張っているな」




 ミサトがおどけて言う。




 「ミサトさんあと30分で予定通り始められますよ」
 「あそう。じゃ着替えてシャワー浴びるわね」




 ミサトは自室に入っていった。




 「ミ、ミサトさんのシャワー……」
 「……シャワー……」




 ケンスケとトウジは動きが止まった。シンジはまたため息をついた。やがてミサトは大きいバスタオルだけ持って戻ってくる。三バカを見てにんまり笑う。




 「どうしたんですかミサトさん」
 「べっつにぃ〜〜。ケンスケ君、トウジ君」
 「「ハ、ハイ」」
 「覗いてもいいわよ、お・ふ・ろ」
 「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」
 「何言ってるんですか。二人とも今のはミサトさんの冗談……」




 二人とも聞いてはいなかった。完全に妄想の世界に入ってしまった。目が行っている。




 「あら。シンちゃん二人ともよろしくね」




 ミサトは浴室に行ってしまった。ケンスケとトウジは固まったままだった。シンジはしかたなく自分一人で用意を再開した。












 「僕の勝ちだね。初めのビールは僕が注がせて貰うよ」
 「次は負けへんでぇ」
 「甘いな。トウジの手は見切った」




 メンバーも集まり料理もそろったところでトウジとケンスケの争いとなった。どちらがミサトの3リッタージョッキにビールを注ぐかである。三回勝負で2対1でケンスケの勝ちであった。




 「ささミサトさんジョッキを」
 「ケンスケ君ありがと」




 バチ




 音の出るようなミサトのウィンクで、へろへろになりかけるケンスケであるが気をとり直してビールの4リッター缶からミサトのジョッキへと注いでいく。3リッタージョッキはいっぱいになった。












 ぱち




 「鈴原つまみ食いなんてお行儀の悪い事しないの」
 「いいんちょ、もうあかん。これ以上がまんできへん」




 トウジがテーブルの上に並べられているご馳走に手を出そうとしてヒカリに手を叩かれていた。やはり調教されている。




 「シンちゃぁ〜ん、そろそろ始めてくれない。私も早く飲みたいわぁ」




 ミサトも焦れてきた。会場になった居間にはミサト、リツコ、加持のサーティーズとアスカ、レイ、シンジのチルドレンとケンスケ、トウジ、ヒカリの2バカとイインチョズが揃っていた。




 「じゃ始めます。進行役はケンスケがやります」
 「不肖私相田ケンスケが進行役を努めさせていただきます。ではまず乾杯の音頭をリツコさんから」
 「あら私がやるの。加持君かと思ったわ。まぁでは。ミサトも早く飲みたがってるし手短に。私もここ10年来の付き合いだけどこんなアル中でも三佐になれるんだからネルフも平和よね。ともかくそんな平和が長く続いてミサトがビールに浸れる事を祈って乾杯」
 「「「「「「「「「乾杯」」」」」」」」」




 かちゃん




 ごくごくごくごくごく ぷはぁ〜〜〜〜




 いきなりミサトはミサト用に準備された3リッターのジョッキに入ったビールを飲み干す。宴が始まった。ミサトの素晴らしい呑みっぷりと共に宴会は進んでいった。
 ヒカリはばくばく食べるトウジを目を細めてみていた。レイとアスカはシンジと加持に料理を誉められ喜んでいた。加持はアスカにハブ酒を見せ泣かせた罰としてミサトに張り倒されていた。リツコはのんびりと見物しケンスケは光景をカメラに収めていた。幸せな時が流れていた。
 あちこちで騒がしい。
 今度はリツコがヒカリに旦那の事を惚気ていた。ミサトはアスカに加持との出会いを話していた。




 「え〜〜皆様ご歓談中恐縮ですが、ここで隠し芸の発表をお願いしたいと思います。まず洞木ヒカリ嬢からどうぞ」




 そのうち皆がお待ちかねの隠し芸が始まった。ヒカリは女の子らしく?包丁術を披露した。次のケンスケはエアガンで射撃術を披露しようとした。しかし誰も的の前に立ってくれなかった。彼は少し寂しそうな笑いを浮かべ的を片付けようとしていた。レイはその笑いがとても可哀想に思えた。一人が辛いのは自分だけではないと思った。




 「私やる」




 レイは思わず立ちあがった。的の前に立った。ケンスケのきょとんとした顔がレイからは見れた。その内ケンスケの顔がほころんだ。




 「綾波……ありがとう」




 ケンスケが言う。レイはよかったと思った。




 「綾波動かないでね。怖かったら目を瞑っていてくれ。相田行きます」




 レイは怖くなかった。友を信用できた。しっかりケンスケを見ていた。




 ぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ




 ケンスケのエアガンからBB弾が続けざまフルオートで飛び出た。レイの体の輪郭にそって段ボール紙の的に穴が開いていく。きっちり10秒後ケンスケは射撃をやめた。




 「綾波当たらなかった?」
 「一発も当たらなかった」




 レイの言葉と共にケンスケの顔が誇りに満ちた微笑みを浮かべた。レイも微笑みを思わず返した。レイは的の前から退き席に戻る。見事にレイのシルエットのとおりに的に穴が開いている。拍手が起きる。ケンスケが頭を下げる。そして的を片づけようとする。




 「ケンスケ君、次私よね。的片づけないでいいわ」




 リツコから声がかかる。リツコはミサトからビールの空き缶をもらう。リツコはそれを的のレイのシルエットの上に投げつける。




 しゅんしゅんしゅん




 弧を描いて宙を飛ぶ空き缶に三本の銀の光が立て続けに吸い込まれた。空き缶は的のレイのシルエットの頭の上に固定されていた。リツコの右手から放たれたメスであった。リツコによると夫婦喧嘩で練習したらしい。どういう夫婦喧嘩なのであろうか。
 ふとレイはその光景を思い出した。夫婦喧嘩でめちゃめちゃになっている部屋の真ん中で仲直りのキッスをしているリツコとシンイチの姿であった。不思議と頭は痛くなかった。




 「では隠し芸の第一部は終わりにします」




 ケンスケが一応閉める。それに伴い皆は少し席を動いた。ケンスケは的を片づけた後レイの横に来て座る。




 「綾波さんありがとう。……さっきは……その嬉しかった」
 「そう。よかったわね」




 レイは感謝の言葉が嬉しかった。シンジと話している時とは違った感じで嬉しかった。




 「あ〜〜らケンスケ君、レイちゃんと仲いいわね、このこの。お姉さん振られちゃったのかなぁ〜〜」
 「あ、その、葛城三佐これはその綾波さんが的の前に立ってくれて感謝しているからでありまして……」
 「照れない照れない、う〜〜んシンちゃんとケンスケ君のレイちゃんを巡る恋の闘い……いいわぁ青春よねぇ〜〜」




 レイはこんなやり取りを聞いて仲間がいっぱいるのは楽しいと思った。ただ何が恋の闘いなのかよく判らなかった。




 あれやこれやで宴会は続く。レイにとっては初めてのパーティーであった。少なくとも覚えてはいなかった。いっぱいの人と意味のない会話をするのがこんなに楽しいとは思わなかった。
 ふと気付くとシンジが怖い顔をしていた。リツコがなだめていた。アスカが泣いていた。リツコが抱きしめていた。リツコも泣いているように見えた。レイは心が苦しかった。やはりどうしたらいいか判らなかった。レイは悲しかった。




 「あらぁ〜〜シンちゃん怖い顔してどうしたの。あらアスカちゃん泣かしちゃったの。だめよ女の子泣かしちゃ〜〜。加持になっちゃうわよ」




 いきなりミサトがそう言ったのを聞きレイはびっくりした。レイはシンジが余計怒ると思った。そうはならなかった。




 「違いますよ……」
 「またまた…前から思ってたんだけどシンちゃんってアスカちゃんとレイちゃんどっちが好きなの……お姉様に教えて」




 レイはシンジの表情が困惑に変わったのを感じた。怒っているよりいいと思った。加持もふざけながら話してきた。レイはわざとのように思えた。こおいう慰め方もあるのかと思った。いつもの様に加持はリツコとミサトにのされている。レイはその光景に少しほっとした。




 「相田君〜〜そろそろ隠し芸第二弾お願い」




 ミサトがリクエストした。レイは自分の番が来たのを知った。




 「ではまた司会を努めます。まず最初に綾波レイ嬢どうぞ」




 ぱちぱち




 拍手が起きる。レイは立ちあがる。レイは奇妙な感じがした。手と足がうまく動かないような感じだ。これがあがるという事かと思った。




 レイは持って来た紙袋からSーDVDを取り出す。レイはちらりとアスカを見た。アスカはまだリツコの胸で泣いていた。シンジはまた怒った顔をしていた。レイはSーDVDをサウンドオンリーでかけると部屋の真ん中に立つ。やがてポップにのりがよいリズムとメロディーに編曲されたJAZZの名曲が流れて来た。




 ちゃんちゃちゃちゃちゃっちゃ ちゃんちゃちゃちゃちゃっちゃ




 レイは全身を使いリズムをとる。自然にとれた。




 「………… Fly me to the moon And let me play among the stars Let me …………」




 レイは歌う。心を込めて。歌と心を一つにする。その内歌っている事も忘れてくる。レイ自身がメロディになる。レイ自身がリズムになる。レイは歌になる。












 レイは気がついた。部屋は静かだった。物音一つしなかった。どうやら自分が歌い終えたらしい事が判った。レイはあたりを見回した。




 トウジは聞き入っていた。ヒカリはトウジに肩を寄せていた。シンジは穏やかな表情をしていた。ケンスケはビデオを回すのも忘れポケッと聞いていた。アスカもリツコの胸から顔を起こしてた。アスカの顔は涙で濡れていたが表情は穏やかになっていた。ミサトと加持も寄り添っていた。




 皆ぴくりとも動かずこそりとも声をあげなかった。レイは心配になった。自分の歌がとてつもなく下手なのかもと思った。静寂が怖くなってきた。




 「あの…下手だったの…」




 レイは聞いた。思い切って聞いた。だが声は小さかった。少し俯いてしまった。思わぬ人物が口を開いた。




 「そんな事ないで綾波。ワシでさえごっつう上手いのが判るぐらいや。ワシ初めて歌聞いて感動したで。なぁいいんちょ」




 トウジが隣で肩を寄せているヒカリに言う。




 「えっええ。私あまりに良かったのでボッとしちゃった」




 レイはヒカリが慌ててトウジから離れようとしてまたくっついたのを見た。どうしたのだろうと思う。その上顔まで真っ赤になっている。よく判らなかった。ただトウジとヒカリの言葉がとても嬉しかった。




 「歌も綾波も素敵だなぁ……」




 レイはケンスケが何か小声で呟くのを聞いた。素敵だという声だけが聞けた。歌を誉められたと思った。レイは嬉しかった。
 レイはアスカとシンジがリツコを挟んで肩を寄せているのを見た。皆穏やかそうな表情をしていた。




 「レイちゃん、少しずつ昔に………」




 リツコがやはり呟いていたがレイには聞こえなかった。壁ぎわではミサトと加持が並んで座っていた。ミサトは軽く頭を加持に預けていた。レイはミサトがとても幸せそうに見えた。いつもそうしてればいいのにと思った。




 ぱちぱちぱちぱち




 「ブラボー、レイちゃん素晴らしいよ。久しぶりに感動できたよ」




 加持が拍手をする。レイは目をぱちぱちする。皆に誉めてもらい嬉しかった。それでもまだ自信が湧かなかった。




 ぱちぱちぱちぱち




 みんな目を覚ましたように拍手をしだす。拍手はなかなかなり止まなかった。レイはどうしたらいいか判らずその場に立っていた。やがてお腹の底から暖かくなった。また皆を見回した。怒っていたシンジが微笑んでいた。泣いていたアスカが涙を拭いていた。リツコはレイを優しい表情で見つめていた。皆笑顔が溢れていた。




 拍手がやっとなり終わった時レイはお辞儀をした。ケンスケが司会をする。レイにはケンスケが何か慌てているように見えた。




 「綾波さんありがとう。とっても綺麗……え…あ…す素敵でした。まるで本物の歌手みたいだ」
 「そうよね。レイちゃん将来はミュージカルスター目指したら。何時かはこの戦いも終わるんだしね」
 「そうよ綾波さん。凄いわ天才よ」
 「そうだよ綾波」




 皆は口々にレイをほめた。一方レイはきょとんとしていた。やはりはっきりと皆が言い出すと不思議な気がした。レイは聞いてみた。




 「私歌上手いの?」
 「そうだよレイちゃん。君ほどの歌い手プロだって中々いないな。どのくらい練習したんだい」
 「一週間です」
 「……一週間……まさに天才だぁな」




 何が天才なのか判らなかった。レイはリツコの秘訣を守っただけのつもりだった。皆も心を歌と重ねれば上手に歌えるのにと思った。それがとてつもなく難しい事とはレイには判らなかった。首をひねりつつレイは席に戻った。




 「では次に碇シンジ君どうぞ」




 ぱちぱちぱち




 拍手に送られてシンジが出てくる。もう表情は落ち着いている。レイはほっとした。シンジは椅子を部屋の中央に置く。




 「ちょっと待ってて」




 シンジは自室に戻っていった。レイはアスカの方を振り向いた。アスカはもう涙の跡もなくリツコにもたれかかり穏やかな表情をしぽつりぽつりとリツコに何かを話していた。リツコも静かに肯いていた。しばらくするとシンジは大きな楽器のケースを抱えてきた。レイは見た事がなかった。シンジは床にそれを置く。そのケースを開こうとした。




 ビービービービー




 その時大人達とチルドレン達の携帯から一斉に呼び出し音が鳴り響いた。しかも普通の呼び出し音と違っていた。緊急呼び出しの音であった。




 「はいリツコよ。なあにマヤ……」




 そして宴は終わった。










 「手で?」
 「そう。手で」




 ここは作戦部の待機室のホールである。一晩ネルフの宿泊施設に泊まったチルドレン達は壁一面に広がったディスプレイを使い作戦のブリーフィングを受けていた。チルドレンとミサト、リツコ、マヤ、マコト、ナイ、シゲルがいた。他のメンバーは使徒の情報収集をしている。
 壁のディスプレイには水母に目を付けた様な使徒の姿とその地球を廻る軌道。落下予想地点などが示されていた。




 「使徒は本体自体をここに落下させて来るわ。そこで落下予測地点にEVAを配置、ATフィールド全開であなた達が直接使徒を受け止めるのよ」
 「そんなことしてEVAは壊れないんですか」




 シンジが言う。




 「無事な確率はMAGIによると60%。今西田博士がEVAの移動速度と対衝撃性を上げる為のチューンナップをしているわ」




 リツコが答える。仕事中は西田博士と呼ぶようだ。




 「使徒がコースを大きく外れたらどうなるの」




 アスカが心配そうに聞く。レイも気になった。




 「現在の所使徒がこの予想地点に落下する確率は80%。世界中の光学天文台、電波天文台、レーダーサイト、人工衛星、SSTSが観測して精度をあげているわ」
 「総合的な作戦成功確率は」




 レイが静かに聞く。静かだが昔に比べると冷静でないとレイは自分で思った。なぜだろうとは考えなかったが。




 「MAGIの計算によると12.3%ね」
 「なんて低いの……そんなの作戦じゃないわ」




 アスカが言う。もっともだとレイも思った。ただ低くてもやらなくてはと思った。




 「そうね。でもやるしかないのよ」
 「アスカさん。私と碇君で実行したヤシマ作戦の成功確率は8%。今度は12%でアスカさんもいる。成功する」
 「そうだよ。それに世界中が味方なんだよ。大丈夫だよ」




 レイはアスカに言う。シンジも励ます。アスカは臆病なのではないとレイは思う。自分よりむしろ冷静で正確に状況が計算できてしまうのだとレイは思う。レイは最近何故か自分の思考に揺らぎがあると感じる事があった。




 「使徒の高精度軌道観測が終わるまで待機室でスタンバってて。ナイ後はお願い」
 「はい部長」




 ナイを除く大人達は待機室を出ていった。子供達はまだぼんやりと椅子に座っていた。ナイはディスプレイの電源を切ると部屋の灯りを着ける。




 「ナイさんは行かないんですか」
 「私今度職務がネルフ本部内でのチルドレンのサポートとガードになったのよ。オペレートもするけれどね」
 「そうなの」
 「そうよ。これからは何でも相談に乗るからね」




 ナイは言う。レイはその事を心強く感じた。ナイはそう言うと待機室のロッカーを開け三着のプラグスーツを取り出す。




 「これは新しいプラグスーツよ。あなた達今成長期で身体データすぐ変わるから」




 それぞれのプラグスーツをナイは三人に渡す。レイはプラグスーツをチェックする。胸の覆いの大きさと足の長さが増えている気がする。




 「シンジ君昨日の宴会どうだった?レイちゃんの歌ってとても上手なんですって。私も行きたかったけどマコトさんと当直だったのよね〜〜。だいたいもともとは青葉さんが当直だったのに青葉さん休暇とっちゃったのよ。デートなんですって。ほんと失礼しちゃうわ。でもマコトさん優しいのよ。本当は宴会にでる予定だったのに当直つきあってくれたんだから。それに……」




 レイはいきなりべらべらと話し出したナイに唖然とした。どうしたのか判らなかった。少しミサトに似てきたと思った。部下だからなのかとも思った。




 「ああのナイさん」
 「あら何シンジ君」
 「僕達今そんな話しする気分じゃないんですけど……」




 ナイは話すのをやめシンジの近くの椅子に座る。一転して真剣な表情でシンジに話しかける。レイも耳をかたむける。横目で見るとアスカもそうしていた。




 「シンジ君、チルドレンの中で一番使徒を倒しているのはあなたよ。言うなればエースパイロット。あなたがそんなに余裕がなかったらアスカちゃんやレイちゃんが可愛そうよ。男の子なんだからしゃきっとしなくちゃ」
 「…………」
 「三人とも元気ないぞ。元気に真剣に一生懸命に明るく使徒を倒しましょう。なんとかなるわよ。こんな時はミサトさんを見習いましょうよ」
 「ナイさん前向きなのね」
 「まあね。全てに前向きがいいじゃない。仕事も恋も生活もね」
 「でも……やっぱりこんな確率じゃ……」
 「アスカちゃん……私も怖いわ。オペレートをして皆を送り出した後、いつももう会えないんじゃないかって。でもだから皆必死になってオペレートしてるし、EVAの整備もしてるし、改造もしてるし……絶対成功するわよ」
 「……」
 「時間が有りすぎるから考えすぎているだけよ」
 「ナイさん、前から不思議に思っていたのだけど使徒ってなぜネルフに向かってくるの?どうしてこんな成功確率が低い時でも皆で逃げないの?」
 「……私も良く知らないわ。ただ噂だと使徒がジオフロントの奥底まで侵入するとサードインパクトが起きて人類が滅びるという話よ」
 「「「…………!」」」




 レイはどこかで聞き覚えのある話だと思った。リツコに昔聞いたような気がした。




 「詳しくはミサトさんやリツコさんクラス以上じゃないと知らないのよ」
 「そんな……」
 「でもね、作戦がたとえ失敗してサードインパクトが起きてもEVAに乗ってるあなた達は生き残れるわ。ATフィールドが守ってくれる」
 「でも僕らだけ生き残っても……」




 レイもそお思った。一人でも二人でも三人でもきっと寂しいだろうと思った。皆がいないとだめだと思った。




 「だけど誰かが生き残る事は重要よ。どうせ生き残るのなら子供の方がいいじゃない。幸い男の子一人と女の子二人がいれば人類は復興できるわよ」
 「それは神話の中の話です」
 「どっちにしてもあなた達に失敗して貰うつもりはないわ。私だってもっと先輩とデートしたいし……」




 ピーピー




 部屋の電話がなった。




 「はい。青桐です…………判りました」




 ナイは電話を置く。レイは冷静になった。なぜか闘いの時が来ると冷静になるのが自分でも不思議だった。昔は不思議にも思わなかったが。




 「使徒の高精度軌道観測と落下予測計算が終わったわ。三人ともプラグスーツに着替えて20分後に第七ケージに集合よ」
 「「「はい」」」




 レイ達はナイに連れられ部屋を出ていった。












 レイは更衣室の中で一人ナイを待っていた。ナイはレイのプラグスーツのバキューム部が壊れた為替えを取りにいっている。レイはまた服を着るのは無駄だと思ったため、全裸でベンチに座っていた。レイの細くて白い体は寒そうだった。レイは自分が作戦行動に入ると何故か冷静になってしまうのを、感情が薄れてしまうのを感じていた。ただ少なくとも今はそれに気がつくようになったのも感じていた。




 「ねえアスカさん」
 「なあにシンジ君」




 更衣室の外から声がした。レイは時々妙に五感の働きが鋭敏になる時がある。それは主に作戦行動中だった。またそうなったと思った。




 「アスカさんはなぜEVAに乗るの」
 「なぜって……ママが弐号機作ったから……他の人に取られたくないから。シンジ君は?」
 「初めは綾波が怪我してて可哀相だったから乗るって言ってしまった。今は判らない」




 レイはなぜ自分がEVAに乗るか考えてみた。
 判らなかった。記憶がある限りレイは初めからEVAに乗っていた。何故とは思わなかった。他に他の人との接点はあまりなかった。確かに数少ない絆だった。なら今は……レイにはやはり判らなかった。




 そのうち外からナイの足音が響いてきた。










 レイは零号機で走っていた。全力疾走だった。山を越え川を跳び町を抜けていった。レイにはもう答えが出ていた。絆に縛られる事ではなかった。絆を作り大きくしていく事だった。その為のEVAだった。皆を守る為のEVAだった。レイはシンジとアスカの元に零号機を走らせた。そしてレイ達は使徒に勝った。










 レイとアスカはシンジが入院している病室の外で待っていた。ここはネルフのチルドレン専用病棟である。シンジは初号機と共に無理をし過ぎたため二・三日入院する羽目になった。筋肉痛の酷いものであったので今まで麻酔で眠らされていた。意識が戻ったと連絡があったのでミサトとアスカとレイはお見舞いに来た。ミサトはシンジだけに伝える事があるという事で先に病室に入り二人は待たされた。




 「何をしているのかなぁ、ミサトさん」
 「判らない」




 二人は少しいらついてきた。レイは早くシンジの顔が見たかった。つまらなそうに病室の前のソファに座る二人の耳に病室内から悲鳴が聞こえてきた。




 「……何考えてるんですか。綾波〜〜アスカさん助けてぇ〜〜ミサトさんに襲われるぅ〜〜むぐむぐ」




 二人は立ちあがると自動ドアに突進した。ドアが開くのがもどかしく二人で戸の縁を持ちこじ開けた。




 がしゃがしゃどし〜〜ん




 レイはミサトに口を押さえられ今にも襲われそうになっているシンジを見つけた。レイは知らぬ間にじろりとミサトを睨み付けていた。アスカも同じであった。




 「ああアスカちゃんレイちゃん話せば判るのよぉ〜〜〜〜」
 「話せば…………」




 静かな声でレイが言う。ミサトは二人の視線に押され、病室の壁に背中を付け張りついている。よほど迫力があるらしい。




 「そそそうよ、ほら新しい水着とかワンピースとか……ネルフの仕事も休ませてあげるから……ひえ〜〜」
 「水着……ワンピース……休み……」




 レイの頭の中は新しいワンピースを着てシンジとプールに行き、そこで新しい水着を着て泳ぐという光景に支配された。




 「それでいい……」




 横でアスカが言った。同じ事を考えているらしい。




 「僕は2週間の休みとミサトのさんの2週間の禁えびちゅ」
 「シンジ君禁えびちゅだけは許して〜〜」




 なんとも情けない声を出すミサト。美人がだいなしだ。




 「いいですよ。その代わり二度とご飯作りません。アスカさんもそうしてくれるね」
 「いいわ。どんなに頼まれても作らないわ」




 アスカが珍しくジト目でミサトを睨んでいる。泣く気も起こらないらしい。




 「トホホホホホ…………せめて禁えびちゅは1週間にしてぇ〜〜」




 さすがに今更コンビニ弁当には戻れないらしい。こうして生活無能力者のショタコン上司は部下にお仕置きをされたのであった。




 上記行動に対する10年来の相方のコメント……




 「葛城…………料理はもう諦めるから、ショタだけはやめてくれショタだけは」










 2週間後ネルフでダンスパーティーが開かれた。ネルフのホールでは着飾った人々が踊っていた。ホールの真ん中には一台のピアノと一本のマイクがあった。峯の伴奏でレイが歌っていた。レイは肩が露になった黒いドレスを着ている。ダンスパーティー用にリツコが見立てた物だ。今日は皆正装をしている。
 レイはあれから歌のレパートリーも増えた。その透き通った歌声は皆を夢心地にさせダンスを滑らかにした。




 レイがまた一曲歌い終わった。




 静かだが心のこもった拍手が起こった。




 「レイちゃん」




 峯が声をかける。




 「はい」
 「そろそろ踊ってきたら。僕が演奏しているから」
 「はい」




 レイは峯にお辞儀をするとその場を離れた。フロアの隅にあるバーラウンジはマヤとトビヲがバーテェンダーをやっていた。そこの椅子にはダークスーツのシンジと赤いドレスのアスカが座りオレンジジュースとサイダーを飲んでいた。初めにマヤが気が付いた。




 「レイちゃんご苦労様。とても上手だったわ」
 「ありがとう」




 少しレイの顔が赤くなった。




 「ほんと綾波さん上手だわ。私音感とかリズム感めちゃくちゃだからうらやましいわ」
 「惣流さんも練習すればきっとうまくなる。ユニゾンはうまくいったから」
 「そうだといいなぁ」
 「綾波は踊らないの?」




 シンジが聞く。レイはというと二人の前でもじもじしている。




 「どうしたの?」




 相変わらず鈍いシンジが聞く。




 「知らない人だと踊りにくいわよね。シンジ君綾波さんと踊ってきたら」




 アスカが気を効かせる。




 「うん。そうだね。綾波いっしょに踊らない?」
 「うん」




 シンジは椅子から立ちあがった。レイがアスカに何かを言おうと見るとアスカはウィンクをした。初めは何の事か判らなかったレイだが、合図だろうと思いついた。レイもウィンクを返した。シンジが何を勘違いしたか顔を赤くしていた。やがて峯の演奏が再会され皆はまた踊り始めた。レイとシンジも静かに踊り始めた。




つづく





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ver.-1.00 1998+07/14公開
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あとがき




 おわび……今回の「めそアス」「あるレイ」は「爆裂!!赤木夫婦と過激な仲間達」になってしまいました。訂正は……しません。

 次回はとうとう「嘘と沈黙」です(「使徒侵入」はチルドレンほとんど出てこないのでパス)。まだ筋が固まってない……。どっちにしようかなぁ……




 おまけのSS……は今回はなし。














 合言葉は「レイちゃんに微笑みを」




 ではまた






 まっこうさんの『ある日のレイちゃん4』公開です。




 レイちゃんの近所付き合いは着実に輪を広げていますね(^^)

 家具屋さんと魚屋さんとか。


 レイちゃんの知り合いリストに肉屋さんが名を連ねる日は・・来ないのかな・・



 ネルフとか学校とかでも
 どんどん広がって行ってますね、交流が♪



 レイちゃんには
 なにやら辛い裏があるようですが、

 大丈夫、きっと大丈夫。

 こんなに思ってくれる人がいるんだもん。


 だいじょぶさ






 際者のシャワーシーンの後は−−
 男心をくすぐる”裸エプロン”だったのか?!


 くすぐられない?
 私はくすぐられるよ(^^;




 さあ、訪問者の皆さん。
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