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気になるあの子・第八話

 
−あの子と赤ちゃん−


バナー







 「えい、やぁ〜〜」
 「はっ」




 夏休みになっていた。リツコとシンイチは毎日朝早くから鍛練をしていた。リツコは鞭、シンイチは杖術のである。




 「とう」
 「てりゃ」




 リツコは地面に打ち込んだ杭をピシパシ鞭で叩いている。シンイチは杖の水平方向への打ち込みを繰り返している。ここは西田家の庭であった。四人はもう一家みたいなものになっている。今は一緒に西田家に住んでいる。実験等の時のみ赤木親子は福音荘に戻っている。
 初めナオコは一緒に住む誘いを断っていた。リツコの父が他界してからまだ一年しか経っていない事もあるし、あまりコウイチに迷惑をかけたくなかったからだ。だが、コウイチの熱心な誘いを断りきれず、またナオコかコウイチのどちらかが家にいればリツコとシンイチも心強いという事もあり一緒に住む事となった。
 幸いな事にナオコとリツコは近所の人々にも暖かく迎え入れられた。ナオコの近所の評価は化粧が濃いが優しい理知的な女性ということだそうだ。ずっと男やもめのコウイチにはいい後添いという話になっている。




 「リツコ、シンイチ君朝ご飯よぉ〜〜」




 縁側でナオコが言う。




 「「はぁ〜〜い」」




 二人は杖と鞭を持って走ってくる。




 「ほら二人とも脱いだ脱いだ」




 ナオコが微笑む。リツコとシンイチは着ていた薄着を脱いですっぽんぽんになる。服と武具は縁側に置く。ナオコは地面にビニールシートを敷くとその上に二人を立たせる。水道のホースを持つと蛇口を捻る。




 しゃ〜〜〜〜




 ナオコが二人にホースで水を浴びせる。




 「ひゃぁ〜〜」
 「つめたぁ〜〜い」




 夏の暑い日に運動してかいた汗も一気に引っ込む。二人は顔を洗ったり手に水を受けて掛け合ったりしている。きゃはきゃはと笑い声が響く。しばらくしてナオコは水道の蛇口を閉めると二人の頭の上にバスタオルをのせる。




 わぁ




 二人はタオルを引っ張りっこしつつも水気を拭き取る。体が奇麗になったところでちょうどナオコが二人の服を持ってきた。












 朝ご飯の最後にデザートの冷たいゼリーが出た。プルプルと震えるゼリーの上にはさくらんぼが乗っている。




 ぱく




 リツコは先にさくらんぼを食べた。シンイチは先にゼリーから食べ始める。やがてシンイチの皿の上にさくらんぼが残るのみとなる。シンイチはさくらんぼを食べようとする。




 じ〜〜〜〜




 リツコがじっとさくらんぼを見ている。




 「りっちゃんたべる」
 「うん」
 「こらリツコはしたない」




 ぱく




 ナオコが言ったがリツコはもうシンイチのスプーンのさくらんぼを食べた後だった。




 「シンちゃんお礼」




 ちゅ




 リツコはシンイチのほっぺにキスをする。二人ともさくらんぼより真っ赤っかになる。う〜〜んらぶりぃ




 「あらあら朝から……」
 「困ったもんだ……」




 あまり困った口調でないナオコとコウイチが言う。




 「今日は学校で水泳の授業がある日だったわよね。二人とも歯を磨いて行ってらっしゃい」
 「「はぁ〜〜い」」




 とてとたとてとたとてとたとてとた




 二人は洗面所に向かった。




 「やっぱりいいわぁ〜〜こういうの、コウイチさんほんとにありがとう」
 「いや僕のほうこそ。これで子供達も私達の内一人でもいれば夕方寂しくないでしょう。今まではシンイチ夕飯は前日のものを自分で暖め直して一人で食べてる事が多かったんです。今は少なくともりっちゃんといっしょだし大体は私かナオコさんがいるわけですから」
 「そうですね」
 「僕こそまだ旦那が亡くなられてから一年程なのに無理にあなたを……奪ったような気がして」




 少し言葉が途切れた。




 「あのコウイチさんそれは……」




 ナオコも少し言い淀む。ちょうどその時二人が歯を磨いてプールに行く用意をして戻ってきた。




 「お母さん、コウイチおじさん行ってきます」
 「おとうさん、ナオコおばさんいってきます」




 最近はシンイチが言う分にはおばさんでも怒らない様である。リツコは黄色いワンピースに麦藁帽子にランドセル、シンイチは半袖に半ズボンにビニールバックである。




 「はい、行ってらっしゃい」
 「行ってらっしゃい」




 とことことことことこ




 二人が玄関から出るとちょうど隣の家のケンジも出てくるところだった。




 「あらケンちゃんおはよう」
 「ナオコおば……おねえさんおはようございます」
 「別にナオコおばさんでいいのよ。あ〜〜〜〜〜〜らケンちゃんのお母様おはようございます」




 ナオコはケンジと一緒に出てきた母親と早速世間話を始めた。すっかり馴染んでいる。




 「なんか長そうだな、じゃケンジ君、りっちゃん、シンイチ気を付けて、行ってらっしゃい」
 「「「いってきまぁ〜〜す」」」




 とたとたとたとた




 三人はミキちゃんの家の方に駆けて行った。












 「さてと仕事も片付きましたね」
 「そうね」




 コウイチは元いた研究所をやめナオコのいる研究所に移っている。ただ能力の関係上同じ職場とはいかなかった。子供達が夏休みの間は二人は在宅勤務にしている。その分そうとう有給が削られた。在宅勤務の器材はナオコがいくらでも所有しているので困らない。二人は仕事場に改装したコウイチの書斎から一階の縁側に移る。風鈴が涼しげな音をたてている。古めかしい扇風機が回っている。




 「そろそろあの子達も帰っくるね」
 「そうですわね」




 どうも言葉使いをどうしていいか判らない二人である。




 「ところでりっちゃんに何故鞭の練習なんかさせてるんですか」
 「話すと長いのですけれどよろしいかしら」
 「ええどうぞ」
 「私赤木の家に嫁ぐ前は日暮という名字だったんです。日暮家も赤木家も魔導師の家系だったんです」
 「魔導師…」
 「……簡単に言うと魔法使いです」
 「……魔法使い……ですか……」
 「あの……私正気のつもりですし……白雪姫の悪い魔女みたいに酷い事しませんから。もっともリツコを苛む相手に対しては容赦はしませんけど」
 「はあ」
 「コウイチさん信じていませんね……普通はそうですよね」




 少しすねたような表情になるナオコ。




 「いえ信じてないわけでは無いですが少し吃驚したのは事実です」
 「よかった。信じてもらえて。もっとも私はそんなに特別な事が出来るわけではありません。普通より少しかんがよかったりするだけです。あと魔除けと使い魔を呼ぶ事は出来ますけど」
 「魔除けと使い魔……」
 「この場合の魔除けは呪われた時にその呪いを返す事とか解除する事です。実は私の化粧の濃いのもその為だったりするんです。もともと古代において化粧には魔術的な意味が有ったんです。ですから魔導師の家系に生まれたら上手な化粧は必須科目なんです。それで厚化粧する癖がついたんです」
 「はあ」
 「ちょうどいいですわ。コウイチさんにも魔除けしましょう」




 ナオコはコウイチに抱きつくとシャツを少しずらせ肩にキスをする。紫の口づけの跡が残る。




 「これで悪運は寄ってきませんわ」
 「あ、どうも」




 これでは女の子も寄ってこないのではと不謹慎な事を考えるコウイチである。




 「使い魔というのは魔導師が従えているこの世のものならぬ生き物の事なのです。よく魔法使いと一緒に黒い猫がいるなんて言うでしょ」
 「ええそうですね」
 「もともと日暮家の女性の魔導師は黒猫を呼ぶ事が出来ます。赤木家は白猫を呼べます。ですからリツコは黒猫と白猫の両方を呼ぶ事が出来ます」
 「もしかして時々りっちゃんやシンイチが遊んでいるあの二匹はその使い魔ですか」
 「そうです。可愛いでしょ。普段は普通の猫ですよ」
 「そうみたいですね。かつぶしご飯好きみたいですし」
 「ええ」
 「そうするとりっちゃんも何か出来るのですか」
 「ええ、出来るなんて生やさしい物じゃありません」
 「どういうふうに」
 「あの子の父の祖母の家系はイングランドに代々伝わる大魔導師の家系なんです。それでその隔世遺伝で金髪に緑の瞳なんです」
 「以前髪と瞳の色については聞いた事が有ります」
 「その家系には時々金髪と緑の瞳を持つ女の子が生まれるんです。その子供は大人になるまで……具体的には初潮が来るまでですけど……魔力が使えるんです」
 「魔力……ですか」
 「ええ。リツコはここ十世代で最強の魔力を持つそうです」




 とりあえずナオコは一気に話した。コウイチのほうは話をどう受けとめていいか困っているようである。ナオコは続ける。




 「赤木家は今言った様な家系です。日暮家は魔導師そのものというよりも魔導師を警護する家系なんです。私こう見えても武芸百般なんでもかじってはいますわ」
 「へぇ〜〜やっぱりナオコさん凄い人だ。ノーベル賞クラスの発明家で武芸百般心得ていておまけにこんな美人で優しくて」




 言ってから少し照れているコウイチである。ナオコは赤くなっている。




 「ありがとう。話を元に戻しますわ。リツコは魔導師としての血には十分すぎるほど目覚めたのですけれど私の日暮家の血は薄かったらしく運動がまったくだめなんです。走ると転ぶ。水に入れば沈む。ボールを投げれば横に飛んで行く。これでは問題が有るので、シンイチ君が杖術の練習を始めたのと一緒に鞭の練習を始めさせたんです。私の家系は男は太刀女は鞭を使うんです」
 「ナオコさんも使えるのですか」
 「もちろんですわ。お見せしましょうか」
 「いえ、いいです」




 ほとんど女王様だとコウイチは思う。




 「それにしても魔除けと使い魔ですか」
 「呼んでみましょうか、プチいらっしゃい」




 ナオコの呼び声と共にプチがコウイチとナオコの間に現れた。今日は普通サイズである。




 「うわ」
 「何もしませんから大丈夫ですよ。プチ久しぶりね」




 ナオコはプチの喉の下をくすぐる。




 ゴロゴロ




 プチは気持ちよさそうに喉を鳴らす。コウイチも手を伸ばして頭を撫でてみる。感触は普通の猫だ。




 「プチはコウイチさんの事気にいったみたいですね。この子は決して他人に頭は撫でさせませんから」
 「そうなんですか。見たところ普通の黒猫ですけど」
 「じゃプチ大きくなってみて」




 プチはナオコに言われた通り一メートルほどの大きさになった。




 「……ほ……ほんとだ。大きくなった……。するとナオコさんほんとに魔導師なんですね」
 「ええ信じてもらえましたか。プチ元に戻って」




 プチは元の大きさに戻ると縁側から足を出して座っているナオコの膝の上に丸くなる。




 「もっとも今の私がこの子を呼び出せるのはリツコの魔力があってこそなんですけどね」
 「そうですか。するとりっちゃんも将来は魔導師ですか」
 「今すでにそうです。この前誘拐された時結局誘拐団を壊滅したのはリツコですから」
 「う〜〜ん。これはよほどシンイチを鍛えてやらないと釣り合わないな」
 「別にいいんじゃないんですか」
 「いえ、せっかく奥様は魔女なんですからそれに見合うようにしてあげないと。夫婦喧嘩もろくに出来ないでしょう。頭は完全に負けてますからね」
 「そうですか」
 「私が柔道を教えてます。谷内のお爺さんが杖術を教えてくれてます。なんでも素質があるので一子相伝の山崎流杖術の伝承者として鍛えてくれているそうです。私はよく知らないのですが戦国時代の杖術で棒使いだけではなくありとあらゆる武器を使いこなして相手を倒すものだそうです。まあ人間強くて悪い事はありませんから」




 確かに大人になってから役にたっている。




 「でも二人の夫婦喧嘩壮絶な物になるでしょうね」
 「そうですね」




 コウイチもいろいろと驚いてもよさそうだがなんとなく予想はついていたらしい。




 「とはいえあんまり魔力や杖術は使わないのに越した事はないのですが」
 「そうですね」




 ちり〜〜ん




 縁側の風鈴が鳴った。
















 翌日、朝の鍛練と水浴びが終わった。朝食も終わる。




 「リツコ今日はプチとパチの世話をしてあげなさい。昨日久しぶりに呼び出したら随分と毛皮が汚れてたわよ」
 「はぁ〜〜い」
 「シンちゃんも手伝ってね」
 「はいおばさん」
 「プチ、パチいらっしゃ〜〜い」




 リツコが呼ぶと大きな黒猫と白猫がリツコとシンイチが座っている縁側に現れた。プチはいつもどおりだが、パチは……




 パタパタパタパタ




 「お母さんパチ何か変。お腹が大きくなってる」
 「へ?ちょっとどこ」




 台所で洗い物をしていたナオコは縁側に掛け寄った。コウイチは用が有り外出しておりいない。




 「あら。パチったら子供出来てる。しかももう生まれるわよ」




 パチはよろよろとしていた。やがて縁側にどてっと転がった。確かにお腹がでかい。




 「え〜〜とこういう場合、だいたい使い魔が子供生むなんて聞いた事無いわよ」




 さすがのナオコもうろたえている。




 「シンちゃんは台所でお湯で絞ったタオルを何本も作って。リツコはパチの様子を見ていて。私は魔導書を探してくるわ」




 ナオコはそお言うとどたばたと階段を上がっていった。シンイチは台所で踏み台を使って湯沸かし器を操作しお湯をたらいに入れた。たらいのお湯を使いタオルを絞った。リツコは、頼りなげにみゃーみゃー鳴いているパチの頭を撫でている。




 「あったわ。使い魔の出産はその元になった動物と同じですって」




 ナオコは大きな辞典のような本を抱えて2階から降りてきた。




 「その本なあに」
 「赤木家に代々伝わる魔導書よ。使い魔どうしの子供は元になった動物と同じように生まれるらしいわ。ただしどんな時でも生まれるのは一匹だそうよ。パチは元が猫だから安産ねきっと」
 「でもいつもとちがってくるしそうだよ」
 「それはね本来の猫と同じように出産するため今パチは普通の猫と同じなのよ。一ヶ月ぐらいは普通の猫になってしまうし2〜〜3日は動けないらしいわ」




 周りの人間がどたばたしている間にあっさりとパチは子猫を生んだ。




 「さすが猫ね。安産だわ」




 パチは古毛布の上に移されている。生まれた子猫はリツコがタオルでぬぐった後パチの胸元に置かれた。パチはぺろぺろと舐めていた。周りで人間達と一緒にどたばたしていたプチも今では一緒に子猫を舐めている。




 みゃ〜〜みゃ〜〜
 み〜〜み〜〜
 にゃ〜〜にゃ〜〜




 生まれたばかりの子猫はもう鳴きだしている。すでに体毛は乾きだしてきた。




 「あら凄いわ。この子どんどん毛が乾いていく」
 「ほんともう普通の子猫みたい」
 「ねえ。このこけがあおいよ」
 「そうね黒というよりは紺色……黒と青の中間ね」
 「ほんと。もう毛が乾いちゃった」
 「もうたとうとしているよ」
 「さすがプチとパチの子供だわ。普通の猫とは違うわね」
 「あ立った。もう自分で歩いてパチのお乳飲みに行ってる」
 「すごいや。きっとこのこもまほうのねこなんだね」
 「そうね。ところでリツコ、この子の名前どうする。飼い主のあなたがつけなさい」
 「う〜〜んどうしよう」
 「あおいからあおってどうかな」




 シンイチが言う。




 「今一歩センスがないわ」
 「そう」




 がっくし




 シンイチ不覚であった。




 「あ、でも青いのは事実だわ。そうだこの子青くて黒いからBLUE&BLACKの頭をとってビーにする」
 「それいいね」




 かくして子猫の名はビーとなった。








 子猫はなかなか大きくならなかった。一週間経ってもリツコの小さい手のひらに乗るほどの大きさにしかならなかった。しかしすでにリツコとシンイチと一緒に遊びまわっていた。








 「リツコ、シンちゃん福引券たまったから引いてきたら」




 ある日の午後ナオコがそう言い近所の商店街の大売り出しの福引券を渡した。




 「おっいいな、俺に2等賞の日本酒当ててきてくれ」




 呑兵衛のコウイチが言う。




 「わあぃシンちゃん引きに行こ」
 「うんいこう」




 ぱたばたぱたばた




 二人は行ってきますとも言わずに駆け出していった。




 「あらあら二人とも」
 「ほんとに」




 最近はこれで通じるナオコとコウイチである。












 みゅ〜〜




 リツコとシンイチが玄関を出ると。壁の上で寝ていたビーが鳴いた。相変わらず小さい。




 「ビーも一緒に行く」




 みゅ〜〜




 ぴょん




 ビーはリツコのワンピースのポケットに上手に飛び込んだ。顔だけ出している。




 みゅ〜〜




 「ビーじょうずだなぁ」




 シンイチはリツコのポケットの中のビーの頭を撫でる。




 みゅ〜〜




 ビーは気持ちよさそうである。




 「シンちゃん早く行きましょ」
 「うん、いこう」




 二人は駆けていった。












 「おにいちゃん福引三回」




 リツコが爪先立ちで福引の係りに券を渡す。係りのアルバイトの男は券を受け取ると数えた。




 「はい、確かに三回だね。お嬢ちゃん回せるかい?踏み台出そうか」
 「だいじょうぶだよ。りっちゃんぼくがかたぐるまするよ」
 「いいの」
 「うん」




 シンイチはかがんだ。リツコは少し躊躇したがシンイチにまたがった。




 「うんしょ」




 シンイチは掛け声を掛けると一気に立ちあがった。




 「シンちゃんすごぉ〜〜い」
 「まあね」




 少しシンイチ得意そう。




 ぴょん




 するとビーがリツコのポケットから飛び出し福引の機械の置いてある台の上に乗った。




 「随分小さい猫だね。毛の色も青っぽいし」
 「そうよ。ビーって言うの」
 「ふーんそうなんだ。おっと坊やが辛そうだよ。お嬢ちゃん早く引かないと」




 確かにシンイチの顔が少し赤くなってきている。




 「うん。じゃあよいしょっと」




 リツコは福引の機械のハンドルを持ち一回転させる。




 ちりん




 ベルの音と共に赤い玉が出る。




 「残念。はずれです」
 「じゃもう一回。よいしょっと」




 ちりん




 また赤い玉だった。




 「またもや残念」
 「ようしもう一回」




 その時だった。




 うにゃ〜〜〜〜




 ビーがいつもと違う鳴き方をすると急に体毛が蒼く染まった。




 「よいしょっと」




 ちりん




 カランカランカラン




 アルバイトの係りは手に持ったベルを大きく鳴らした。




 「大当たり。おめでとう特等賞の家族二泊三日の温泉旅行が当たりました」




 台の玉受けには金と銀の斑の色の玉が転がっていた。




 にゃう〜〜




 ビーがまた鳴いた。するとまた体毛が普段の青みがかった黒に戻っていった。




 「お嬢ちゃん温泉の宿泊券が当たったよ。親戚の人に取りに来てもらえるかな」
 「うん」
 「そうかい。その前に坊やがふらふらしてきたよ」
 「あいけない。シンちゃんもういいわ。ありがとう」




 シンイチは腰を屈めてリツコを降ろす。




 「ああおもかった」
 「まっ失礼ねレディに向かって」
 「え、あ、そのながいあいだのっけてたから」




 すでに言葉の通り尻に敷かれている男の子と可愛い彼女を見て、アルバイトの学生は思わず微笑んだ。




 「お嬢ちゃん喧嘩は後でじっくりやってね。おやごさん呼んでもらえないかな」
 「うんちょっと待ってね」




 みにゃ〜〜




 ビーが退屈そうに台の上で鳴いている。シンイチはビーを手の上に取ると頭を撫でる。ビーは気持ちよさそうに目を閉じている。
 一方リツコはポケットからコンパクトを取り出した。開ける。すると鏡の他に色々ボタンが付いていた。




 ピッ




 リツコがボタンを押してしばらくするとナオコの顔が鏡に映った。




 「リツコどうしたの」
 「福引で特等賞の温泉旅行が当たったの。取りに来てって」
 「あらそれは凄いわね。じゃ今からすぐに行くわ。コウイチさんちょっとリツコ達を迎えに行って来ます」




 コンパクトからは微かにコウイチの声も聞こえてきた。




 「じゃあ待っててね」




 プツ




 テレビ電話は切れた。




 「お嬢ちゃん凄いもの持ってるね」




 アルバイトの学生は目を丸くしていた。




 「お母さんが作ったの。凄いでしょ」
 「もしかして今度福音荘に越してきた赤木博士かい」
 「そうよ」
 「凄い天才なんだってね」
 「そうなのよ。凄いんだから」




 子供達とアルバイトの学生が話し込んでいるとナオコがやって来た。




 「すいません、子供達が世話掛けまして。それで特等賞が当たったとか」
 「はい。ここに住所とお名前を。受け取り代わりになりますので」




 ナオコは台帳に記入する。名前はリツコの名前を書く。住所は少し迷ったが西田家の住所を書いた。




 「はい確かに。それではこれが大人二人子供二人の強羅温泉二泊三日の宿泊券です」




 アルバイトの学生はのし袋に入った宿泊券をさし出す。




 「ありがとう」




 リツコが受け取った。




 「じゃお嬢ちゃんまたね」




 ガランガラン 大あたりぃ〜〜〜〜




 アルバイトの学生の声が響く中三人は帰っていった。








 「ねえお母さん」




 またポケットに入り込んだビーの頭を撫でながらリツコは言う。三人はのんびりと家に向かっている。




 「なあにリツコ」
 「この福引が当たった時ビーが変身したのよ。体の色が蒼くなったの」
 「ぼくもみたよ」
 「あらやっぱり」
 「「やっぱり」」




 ナオコの言葉にリツコとシンイチは聞き返す。




 「あれから魔導書を調べまくったのだけどビーの事が載ってたのよ」
 「どんな風に」
 「この前リツコが言っていたように、BLUE&BLACKっていう魔法猫なのよ。普段は青っぽい黒猫なんだけど時々蒼くなって飼い主に幸運をもたらすの。時には真っ黒になって飼い主を害する者に災いをもたらすのよ」
 「へぇ〜〜ビーってすごいんだ」




 シンイチはリツコのポケットの中のビーの頭を撫でた。




 みゅ〜〜




 ビーはまた鳴いた。
















 その日の朝リツコとシンイチはおめかししていた。今日は二人で伊吹先生の家に訪ねるからである。




 「じゃあリツコ、シンイチ君先生の家に着いたらちゃんとご挨拶するんですよ」
 「「はぁ〜〜い」」




 おめかしと言っても別に普段と変わった服を着ている訳ではない。シンイチはいつもの半ズボン姿だしリツコはランドセルを背負っている。要は気持ちがおめかしなのだ。
 二人は玄関で靴を履くとお互いの服装をチェックする。




 「りっちゃんばっちりだね」
 「シンちゃんも」
 「じゃ気を付けて行ってらっしゃい」
 「「いってきまぁ〜〜す」」




 ばたん




 ぱたぱたぱたぱた




 勢い良くドアが閉じ二人は駆けだしていった。




 どたどたどたどた




 二階よりコウイチがボサボサの頭をかきかき降りてきた。




 「ふぁ〜〜〜〜、あれ二人はもう出かけたんだ」
 「ええもうこんな時間ですよ」
 「眠いですよ。ナオコさん昨夜タフだったから」
 「いやですわコウイチさん」




 ナオコは真っ赤になった。つい照れ隠しに正拳八連打をコウイチの腹に叩き込む。あまりの威力にコウイチは声が出なかった。この人とうまくやっていけるのだろうかと少し心配になったところで意識がとだえた。












 ぴんぽん




 「はぁ〜〜い」




 リツコとシンイチは路地の奥の小さな一戸立ての前に立った。爪先立ちで二人一緒にチャイムを押していた。家の表札には伊吹とあった。




 がちゃ




 玄関の戸が開いた。




 「「先生おはようございます」」
 「赤木さん、西田君おはよう。じゃあがってね」
 「「はぁ〜〜〜〜い」」




 伊吹先生はもうすぐ赤ちゃんが生まれそうな為夏休みの少し前から休みを取っていた。リツコとシンイチは近所に住んでいたので遊びに来たのだった。




 どっこしょ




 伊吹先生は随分とお腹が大きくなり歩きにくそうだった。




「はい。こっちにあがってね。あらりっちゃんは今日もランドセルなのね」




 先生は二人を奥の部屋に案内した。その部屋は小さな庭に面していて縁側があった。部屋の縁側には柵があった。そこには小さな布団が敷いてあり赤ちゃんが寝ていた。




 「せんせいこの子だあれ」
 「この子はマヤっていうの私の長女よ」
 「ぐっすりねているね」
 「そうね」




 そこで少し先生の顔が暗くなった。




 「この子もう二つになるのに歩くどころかはいはいも満足に出来ないのよ。言葉も泣く事しか出来ないし。あ二人はそこに座ってね」




 先生はそう言うとちゃぶ台の前に二人を座らせた。




 「ちょっと待っててね」
 「「はい」」




 二人はちゃぶ台の前に座る。先生は違う部屋に行った。




 「このこかわいいね」
 「そうね。ぷくぷくしてる」




 二人がマヤについて話していると先生がジュースを持って戻って来た。




 「さ召しあがれ」
 「「いただきま〜〜す」」




 先生はオレンジジュースを持ってくるとちゃぶ台に置いた。どっこらしょと言いながら自分も座る。




 「二人とも夏休みはどうしてる?宿題はもう終わった」
 「算数や図工の問題は終わりました。感想文はまだです」
 「ぼくもです」
 「自由課題は」
 「二人でビーの観察日記付けてます」
 「先生ビーって知らないんだけど」
 「今度家で生まれた猫です。ビー出てきて」




 リツコは持ってきていたランドセルを開ける。




 ぴょん




 みゅ〜〜




 ビーがランドセルより飛び出しちゃぶ台の上に乗る。ビーはちゃぶ台の上で鳴いたり転がったりする。




 「あら可愛い子猫ね」




 ひとしきりビーの話で先生と二人は盛りあがった。ビーは飽きてきたのかちゃぶ台を飛び降りるとマヤの側に来た。マヤは目が覚めているらしくビーを触ろうとしていたがうまく寝返りが出来ないらしくじたばたしていた。




 うみにゃ〜〜〜〜




 ビーは変な声で鳴いた。するとビーの体毛が少し蒼くなった。




 ごろん




 マヤは自分で寝返りをうつとビーを見詰める。ビーは少しマヤから離れた。マヤは少しじたばたしていたがやがてはいはいをし始めた。




 むににゃ〜〜




 またもビーが変な声で鳴く。今度はビーの体毛が完全に蒼く変わった。マヤはビーを捕まえようとはいはいを続ける。やがてマヤは手をつっぱらかすとふらふらと立ちあがった。ビーを捕まえようと一歩一歩歩いていく。




 「あ、先生、マヤちゃん歩いてる」
 「え」




 先生は振り返った。そこにはビーを捕まえようとふらふらとはしているが一歩一歩歩いているマヤの姿があった。




 「マヤ!!」




 マヤは二三歩歩くとバランスを崩して前のめりに倒れた。




 おぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ




 マヤは泣きはじめた。




 「マヤ、あなた歩いたのね。マヤよかったわマヤ」




 先生は駆けよってマヤを抱き上げると頬ずりするようにあやす。その時ほんのちょっとだけビーの尻尾のはじっこをふんづけてしまった。




 ぐににゃ〜〜




 ビーの体毛が一瞬真っ黒になった。そしていつもの蒼っぽい黒に戻る。




 「よかったわマヤ、歩けたのね〜〜よしよし」




 先生は完全に他の存在が目に入っていなかった。




 「りっちゃんまたビーがあおくなった」
 「ほんとね凄いわ」




 しばらく頬ずりするなりあやしたりとマヤに掛かりっきりだった先生であったがリツコとシンイチを思い出した。




 「あらごめんなさい。先生とっても嬉しかったからつい」




 その時であった。大きな音が玄関の方でした。




 ドタドタドタドタ




 三人の男達が土足で部屋に入って来た。手にはピストルを持っていた。そのうちの一人が先生の手からむりやりマヤを奪った。




 「マヤ!!!!!!」
 「おっと動くな動くとこの赤ん坊の命は無いぞ」




 おぎゃあおぎゃあ




 「いいか後で連絡する。俺達が出ていってから十分間何もするな。そうしないとこの赤ん坊の命はない」
 「マヤを返してぇ〜〜」
 「いいか動くなよ。警察にも連絡はするな」




 男達は出ていった。




 「マヤぁ」




 一声叫ぶと先生は気絶した。幸いにも仰向けに倒れどこにも体をぶつけなかった。リツコとシンイチは先生に駆け寄る。リツコがランドセルより医療道具を取り出し診察する。




 「先生は大丈夫。気絶しているだけよ」
 「よかった。でもマヤちゃんが」
 「いい手があるわ。プチ、パチいらっしゃい」




 にゃ〜〜〜〜




 プチが現れた。




 「あ、そうかパチは今普通の猫だった」
 「でりっちゃんどうするの」
 「プチに追いかけてもらうの」




 そう言うとプチはマヤが寝ていた布団を引きづって来る。




 「プチここに寝ていたマヤちゃんを探すのよ」




 にゃ〜〜




 プチは判ったようだ。リツコはランドセルから取り出した発信器をプチの首輪に付ける。




 「プチレッツゴー」




 みにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜




 プチは飛び出していった。












 20分後気絶から覚めた先生は一枚のメモを見つけた。




 「シンちゃんと二人でマヤちゃんをとり返してきます リツコ」




 先生は慌ててどたどたと表に駆け出した。そこには背広姿の男が二人倒れていた。腹に出血があるが誰かが治療していた。先生はまた気が遠くなりかけた。が危うく気をとり直し携帯を電話をかけた。




 「もしもし伊吹財閥特別警護隊ですか……」












 「あ人が倒れてる」




 マヤが誘拐されてから十分後リツコとシンイチは伊吹先生にメモを残して外に出た。家の玄関前に二人背広の男がうつぶせに倒れていた。ここは路地の奥まった所に有り通りからは見えない。




 「りっちゃんこのひとたちだいじょうぶ」
 「うん今診察する。シンちゃんこの人仰向けにして」
 「うん」   




 シンイチは一人を仰向けにする。




 「うわ」




 腹部は血だらけだった。リツコはそれを見て一瞬血の気が引いたがすぐにランドセルより道具を出して治療する。すばやく傷口の辺りの服を切り取り、殺菌血止めをする。そこでランドセルからモニターといっぱい線の付いた殺菌防護テープを取り出す。そのテープを傷口に貼るとモニターのスイッチを入れる。




 「内臓は傷ついてないわ。血液量も足りてるからこのままで大丈夫。シンちゃんあっちの人もひっくり返して」




 リツコはテープから線を引きぬきつつ言う。シンイチがまた仰向けにするとリツコは同じように治療した。




 「シンちゃん、時間がないわ。この人達はこのままでも大丈夫だからマヤちゃんを追いましょう」
 「うん。でもどうやって?今日はパチ居ないからプチに追い付けないよ」
 「まかして。こういう時もあろうかとちゃんと作ってあるの」




 リツコが初めてこの台詞を使ったのがこの時であった。リツコはランドセルよりほとんどランドセルと同じ形の物を取り出した。色は黒い。毎度の事ながら何故あの大きさの物がランドセルに入るのかシンイチは悩んだ。




 「これ背負って」
 「うん」




 シンイチは黒いランドセルのようなものを背負った。




 「これ被って」




 またしてもリツコはランドセルより大きいヘルメットを二つ取り出した。シンイチに渡す。




 「うん」




 リツコは自分のランドセルを背負うとヘルメットを被る。




 「シンちゃん」
 「うわ。りっちゃんのこえがあたまのなかからきこえる」
 「そうよ。これは脳波インターフェイスを使っているから考えれば直接話が出来るの。うわシンちゃんのえっち」
 「うわごめんなさい」




 シンイチ何を考えたのだろうか。




 「もう。男の子ったら……。とにかく今はマヤちゃんよ。シンちゃん見てて」




 シンイチはリツコを見た。




 す〜〜〜〜




 「うわ。りっちゃんとんでる」




 リツコはふわふわ空に浮いていた。




 「これは脳波コントロール型反重力浮遊機よ。こんな事も出来るの」




 するとリツコの周りが半透明の膜で覆われた。




 「これはバリアよ。前のブレスレットの改良版なの。壁をイメージすれば出来るの。さあシンちゃん追いかけるわよ」
 「りっちゃんどうやったらとべるの」
 「自分が飛んでいる所をイメージするのよ」
 「うん……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 どきゅ〜〜〜〜ん




 シンイチは凄い勢いで上昇してしまった。




 「あシンちゃん、極端に考え過ぎよぉ〜〜〜〜」




 リツコが慌てて追いかける。こちらは優雅に飛んでいる。




 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 今度は凄い勢いで落ちて来た。




 「きゃぁ〜〜〜〜シンちゃ〜〜ん」
 「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」




 今度はまた上昇する。そんな事を何回かしているうちにやっとシンイチも空中に止まれるようになった。随分時間をくっている。




 「はぁはぁこわかった。すこしちびっちゃった」
 「あら。レディの前で……とにかくマヤちゃん追いかけるわよ」
 「うん」
 「私のヘルメットはレーダーが付いているからプチの発信器が判るわ」
 「わかった。はやくいこうよ」
 「うん」




 リツコは飛びはじめた。シンイチも追いかけた。












 「あ、あそこのひこうきのうえにプチがいる」
 「そうね」




 誘拐犯達はリツコ達が時間を食っている間に、マヤを飛行機に乗せていたらしい。小型のビジネスVTOL機の胴体の上にプチがぺったりとへばり付いていた。




 「きっとあのなかにマヤちゃんがいるんだ」
 「そうね。ではまず探してみるわ。透視装置ON」




 二人の会話はヘルメットのおかげで思念だけで行われていた。




 「あ、あの胴体の真ん中辺り。毛布に包まれている」
 「ほんとうだ。たすけなきゃ。どうするの」
 「えっと。そうだ。まず壁をイメージして。そうすると今の飛行用バリアじゃなく戦闘用バリアが出来るわ」
 「うん」
 「そうしたら二人で飛行機に近付くの。プチが壁を通りぬけてマヤちゃん包むの。そしたら私がお母さんから一つだけ貰らったサイバーウィップで胴体に穴を開けるわ。プチが包んでいるから気圧が変化してもマヤちゃん大丈夫よ」
 「うん」
 「でプチが飛び出すの。そうしたら一瞬だけバリアを解いて私はマヤちゃんを捕まえるわ。シンちゃんはバリアを張って盾になってね」
 「わかった」
 「プチもいい」
 「にゃ〜〜ご」




 直接プチの鳴き声が頭に響いた。判った様だ。




 「じゃバリア張ってみて。壁をイメージすればいいのよ」
 「うん」




 するとシンイチの前に輝く壁が出来上がった。




 「うまいわシンちゃん。じゃ飛行機に忍び寄ったら私の合図で作戦開始よ。飛行用バリアのせいで今はレーダーにも写らないから」
 「うん」
 「にゃ〜〜ご」
 「じゃ近付くわよ」




 二人は飛行機に忍びより胴体の横に並んで飛んだ。




 「今よプチ」




 プチの姿が消えた。




 「サイバーウィップ!!!!」




 シュン




 飛行機の胴体に直径1メートルの大穴があきその部分は気圧差でふっとんで来た。シンイチがバリアをはり叩き落とす。続いて中から黒い卵型の塊がリツコに向かって飛んで来た。マヤを包んで変形したプチであろう。




 ドン




 もう少しでプチをリツコが捕まえようとした時飛行機の中から拳銃の発射音がした。気圧差にもめげないで敵が発砲してきたらしい。




 弾はプチに着弾したらしくプチははね飛んだ。もちろんプチにもマヤにも危害はない。しかしあわててプチを受け取ろうとリツコが振り向いた時だった。




 ドン




 バチン




 二発目の発砲音と共にリツコのランドセルから異音がした。




 「きゃ〜〜」




 リツコはプチを掴んだまま落ちていった。飛行装置が故障したらしい。




 「うわりっちゃん」




 シンイチはリツコを追いかけようとした。が




 ダダダダダダダダ




 連続発砲音が響いた。シンイチはとっさにバリアをはり防いだ。その間にもリツコ達は落ちていく。




 「はやくやっつけてたすけにいかないと。でもなんにももってない……そうだ」




 シンイチは半ズボンを脱いだ。その間にも銃撃は続く。VTOLの為自由にシンイチの速度に合わせられる為だ。




 「いけぇ〜〜」




 シンイチはいきなり加速した。エンジンの空気取り入れ口の前に回り込む。半ズボンを叩き込んだ。




 ボン




 いきなりエンジンが火を吹く。VTOLは安定を失い方向が定まらなくなった。VTOLからふたり人が飛び降りた。すぐパラシュートが開く。




 ドン




 VTOLは爆発した。かけらも残らなかった。




 しかしシンイチはそんな物を見ていなかった。全速力で落ちていくリツコを追いかけていた。
 どんどん地面が近付いてくる。




 「これじゃりっちゃんがぁ〜〜」




 シンイチが叫んだ。




 その時だった。まっ逆さまに落ちていくリツコの赤いランドセルから何かがもぞもぞと顔を出した。それは蒼く輝いていた。
 シンイチはリツコが蒼い光に包まれるのを見た。




 うみにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 辺りに猫の鳴き声が轟くと共に突風がリツコとプチを吹き上げた。




 バシ




 シンイチがリツコの左足を捕まえた。




 「うお〜〜〜〜」




 シンイチは叫ぶと急ブレーキをイメージした。しかしなかなか勢いがついて止まらなかった。




 「きゃ〜〜〜〜」




 リツコの口から悲鳴が上がった。左足一本にリツコ、プチ、マヤ、ランドセルの重さがかかったからだ。しかしリツコは手を離さなかった。




 「うお〜〜〜〜」
 「きゃ〜〜〜〜」




 二人はどんどん地面に近付いていった。




 ピタ




 しかし地面から2メートルの所で逆さ吊りのリツコが止まる。




 ポロ




 リツコの口から悲鳴が止まると同時にプチが手から滑り落ちた。リツコは気絶したらしい。プチは素早く変身を解くと猫に戻る。うまく毛布を口に咥えて着地した。シンイチもリツコを静かに地面に降ろす。プチも静かにマヤを地面に降ろした。どこかの工事現場だった。人はいない。山の中らしい。マヤは毛布に包まれすやすや寝ている。
 しかしリツコの状態は悲惨であった。全ての荷重を支えきった手足の関節は外れかかっていた。特に左足の股関節は完全に外れていた。顔色は完全にどす黒くなっていた。とにかくシンイチはランドセルを取り仰向けにリツコを寝かせた。




 「りっちゃん……りっちゃん……うわわわわわわわわわあん」




 シンイチはぺたりと座り込むと泣きはじめた。リツコにシンイチは治せるが逆は出来ない。




 みにゃにゃにゃにゃにゃにゃ〜〜〜〜




 辺りをまた蒼い光が覆った。ビーがランドセルから抜け出し体毛を完全に蒼く光らせリツコに近付いた。顔をぺろぺろ舐める。途端に顔色が良くなる。ビーはリツコの体中を舐めた。舐めたところが治っていく。シンイチは泣きやみ唖然と見守る。やがてリツコは完全に元どおりになった。




 「あれ私どうしちゃったんだろう。あれマヤちゃんは、足の怪我は」




 リツコは上半身をおこす。まだ少しぼけっとしているようだ。




 「うううぇぇぇぇんりっちゃぁ〜〜ん」
 「わわわシンちゃん苦しいよ〜〜〜〜」




 シンイチが泣きながらリツコにしがみついた。リツコは苦しそうだが顔が赤くなっている。




 「きゃはきゃはきゃはきゃは」




 マヤが起きたらしく、笑い声を立てていた。毛布から立ちあがるとプチとビーと遊びはじめた。












 「ああマヤ、りっちゃん、シンちゃん…………」




 伊吹先生は部屋の真ん中で祈っていた。より沿うように一人の男が、周りには三人の背広姿の男がいた。




 「おまえ心配はお腹に毒だ。きっと何とかするよ。伊吹財閥の力を信じるんだ」




 伊吹先生を抱き支えて男が言った。夫であろう。




 「まだ消息は掴めないのか」




 男が言う。




 「はい残念ながら」




 三人のリーダーらしき男が言う。




 「私がいけないの。私のせいでマヤだけでなくりっちゃんやシンちゃんまでもまき込んでしまったのよ」
 「お前のせいではないよ。伊吹財団の当主の次男の俺のせいだ」




 その時であった。夕暮れの空から部屋に面した庭に何かが降りて来た。徐々に地面に近付いてくる。それはヘルメットを被りランドセルを背負った男の子と女の子だった。その間には片方づつの手で一つの篭がぶら下げられていた。子供達の周りはバリアの為に白く光りまるで背中に白い翼が生えているようだった。二人は着地した。リツコがランドセルを修理してシンイチと共にマヤを運んで来たのだった。




 「あっあ…………」




 伊吹先生は身重の体を庭に走らせた。二人の子供の元へ行く。




 「先生マヤちゃん取り戻してきましたぁ〜〜」




 リツコが言った。シンイチはもじもじしている。下半身がちびってしみのついたパンツ一枚なのが恥ずかしいらしい。




 「りっちゃんシンちゃん……マヤぁ〜〜」




 先生はマヤを抱き上げると頬ずりする。




 「マヤぁ〜〜」
 「きゃはきゃはきゃはきゃは」




 先生が嬉し泣きをしているのとは違いマヤはきゃっきゃとはしゃいでいた。伊吹先生は片手でリツコとシンイチを抱き寄せる。




 「シンちゃんりっちゃんありがとう。ほんとにありがとう」




 泣きながら言う。その時だった。




 「りっちゃ、りっちゃ、しんちゃ、しんちゃ」
 「…………」
 「りっちゃん、しんちゃん、ありがと」
 「マヤあんた話せるの」
 「りっちゃ、しんちゃ、ありがと」
 「マヤぁ〜〜」




 伊吹先生はまた強く片手でマヤを片手で二人を抱きしめた。リツコのランドセルが蒼く光っていた。
















 「まっそういう訳でマヤったら私になついちゃったのよ」
 「そうなんですか」




 ここはネルフの喫茶室である。シンジはリツコのマヤとの出会いの話を聞いていた所であった。




 「リツコさん前から不思議に思ってたんですけど、リツコさんの子供の時に使っていた道具なぜ使わないんですか。フライトパックなんか便利そうだし」
 「あれね私の魔力をエネルギー源と制御信号に使っていたらしくって、大きくなって魔力がなくなったら動かなくなったのよ。それだけじゃなくって設計図や回路図を見ても全然理解できないの」
 「リツコさんがですか」




 それは世界で理解できる人がいない事を意味する。




 「ええ、どうやらそれ自体の理解にも魔力がいるみたい」
 「ふ〜〜ん。まるでお伽ばなしみたいですね」
 「まっそうね。ただサイバーウィップだけは使えるのよ。威力はがた落ちだけど。昔だったらビルを両断ぐらいできたわ」
 「凄いですね」




 シンジが素直に感心していると向こうから声がした。




 「せんぱぁ〜〜い。いい物見つけました」




 マヤが何かを持って走ってきた。




 「あらどうしたのマヤ」
 「レア物の猫グッツが手に入ったんです。1999年製しゃべる猫型目覚まし時計です。これが何とS○GA製なんです」
 「ふふふふ甘いわねマヤ。その猫型目覚まし時計は販売は1999年だけど製造は1998年製よ。販売トラブルで販売だけ一年伸びたのよ。当然私は持っているわ」
 「さすが先輩。やっぱりこの世界は奥が深いですね」
 「そうよマヤ修行しないと。猫グッツの星を目指すのよ」
 「はい先輩」




 リツコは斜め上35度を指指す。マヤはその腕にすがる。深い世界であった。シンジはやはりリツコの周りの人間は濃い人達だと思った。




        
つづく






NEXT
ver.-1.00 1998+09/29公開
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 あとがき




 という事でマヤちゃんとりっちゃんは子供の時からの因縁で結ばれているのであります。西田博士はこれ以降高所恐怖症になってしまったとか。

















 次回は




 「あの子と温泉旅行」





 合言葉は「らぶりぃりっちゃん」





 ではまた




 まっこうさんの『気になるあの子』第八話、公開です。




 「こんなこともあろうかと」

 うーん、イカした科学者のセリフ(^^)


 ぞくぞく出てくる秘密道具。

 うーん、イカした科学者の行動(^^)



 その力、
 その道具、

 正義のために使ってるりっちゃん、  ステキです〜♪


 その知恵、
 その勇気、

 大人になってもそのままなのね。すてきっき


 シンイチさんとマヤちゃん。

 子供の頃からGETしていたんだね。


 素晴らしい過ぎ☆





 さあ、訪問者の皆さん。
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