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Written by だいてん


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 夏。
 季節の変化が少なく、近年四季の感覚が人々の中から薄れつつあ
るとはいえ、八月になると「夏」祭りは決して絶やされることのな
い慣例行事として行われていた。
 日本の首都であるここ第3新東京市も、ご多分に漏れる事なく、
第一金曜の今日から三日間、「東京祭り」が行われる。
 長野県第2新東京より遷都されて十年。人口が数倍に膨れ上がっ
た二百万都市のビッグイベントは、日本最大規模の祭りとして、国
内だけでなく世界中から観光客が集まる盛り上がりを見せていた。
 都市中央を芦ノ湖へ向かって貫く五キロメートルほどのメインス
トリートが、この祭りの中心となる。期間中は歩行者天国として解
放され、三日間で延べ三百万人が飲んだり食べたり踊ったり、真夏
の休日を過ごすリゾートに変わる。
 祭りの初日の今日。
 午後には沿道の出店の準備も整い始め、気の早いブロックではす
でにイベントが開催されていたりする。3on3の大会には若者が
群がり、特設ビーチバレーコートでは水着姿の女の子たちが小麦色
の肌を惜しげもなくさらけ出していた。照りつける太陽の下、虹色
のパラソルが立ち並ぶビアガーデンは、お昼どきと重なってどこも
かしこも大盛況だ。特に用もないのに祭りの匂いに誘われてやって
来たような人たちも加わって、いつもの雑多な喧騒ではなく、心浮
き立つにぎやかな空気が近代都市の谷間に漂っていた。
 そのメインストリートからわずかばかり奥に入った小さなビルの
中のとあるフロアーで、碇シンジは机に向かっていた。
 コンクリートが打ちっぱなしにされた部屋は、その広さの割に数
の少ない机のおかげでやけに殺風景だった。部屋の隅には段ボール
の箱がいくつも積み重なり、巻かれた青写真が顔をのぞかせている。
 シンジの机も他の机も、未だ整理しきれていないうえ、新しい資
料が積み重なって、より一層雑然としてしまった様子だ。
 シンジは机の上に残されたわずかなスペースでマウスを走らせて
いた。「鈴原邸」と背に書かれたファイルを左手でめくりながら、
ディスプレイと交互に目を向けている。
 シンジは手にしているファイルを閉じて、高々と積み重ねられて
いる建築専門書の上に重ねると、下の方にある別のファイルを勢い
よく引き抜いた。うまくいったように見えたが、本の塔はゆっくり
と傾き、シンジが差し出す手もむなしく崩れ落ちてしまった。
「あーあ」
 シンジは椅子から立ち、床にかがむと散らばった資料を拾い始め
た。
「整理しておかないとな。早いうちに」
 シンジがこのビルに設計事務所を構えてから、すでに一ヶ月が経
とうとしているのに、まだ未整理な箇所が多かった。梱包されたま
まになっている荷物もあれば、この資料のように戻るべき場所を持
たないものもある。しかしスタッフも少なく、喜ぶべき事に仕事が
立て込んでいるために、それは仕方のないことだった。
「シンジぃ。入るでぇ」
 そこへ、一人の男が入ってきた。スーツの上着を脇に抱え、ネ
クタイもはずしてずいぶんとだらしない格好だ。
 シンジは突然の訪問者を見上げて、表情を明るくした。
「トウジ! どうしたんだよ急に」
「出先の帰りや。どや、進んどるか?」
「ちょうどよかった。これ拾うの手伝ってよ」
 シンジは床に放射状に広がったプリント類を指さして、にっこり
と笑った。
 シンジがトウジと再会したのはつい三週間ほど前のことだった。
中学卒業後は別々の高校に進んだこともあってか、接点の持てなく
なった二人はあまり会わなくなってしまった。社会人になる頃には
もうお互いがどこにいるかも知らないような状態になっていたが、
シンジが設計士として独立した事がトウジの耳に入り、トウジが「
依頼をする」という形で再会したのだった。
 トウジが今日のように突然事務所へやってきたことにシンジは驚
いたが、その依頼の内容を聞いて更に驚くことになった。トウジは
洞木ヒカリと結婚し、その新居を建ててほしいと言ってきたのだ。
 シンジはそれを喜んで引き受け、打ち合わせなどで、再び昔の友
達付き合いが始まる事と相成った。
「いやー、あっついのー」
 トウジは近くの椅子に座り、胸元を手頃なファイルで扇ぎながら、
シンジが出した麦茶を一気に飲み干した。
「おお、よう出来とるやんけ」
 トウジはディスプレイをのぞき込んだ。
「細かい部分がまだなんだけどね。何か注文があったら遠慮なく言っ
てよ」
「注文ゆうても、この間お前に話したので全部やからな。特にあら
へん」
「そう思っていても、後から後から出てくるものだよ。ヒカリさん、
毎回言うことが違うし」
 トウジは頭をぼりぼりとかいた。
「うちのよめはん、細かいところがうるさいからなぁ」
「来週の火曜には、持っていけると思うよ」
「それにしてもお互い難儀やな。祭りの日まで仕事せなあかんとは。
……お前のはわしが頼んだ仕事やったな」
 笑って謝るトウジに、シンジは「そんなことないよ」と返した。
「仕事はいいの?」
「ああ。今日はこれで終いや。後は帰って家族連れて芦ノ湖の花火
や。お前も何かあるんやろ?」
「うん。僕らも六時に待ち合わせ」
「仲良うやっとるんか?」
「まあね」
 シンジの口元が小さく弛んだ。
「そらええこった」
 トウジは鼻を鳴らすと、上着を取って立ち上がった。
「ほな、わし、帰るわ」
「また、連絡するよ。ヒカリさんによろしく」
 シンジは入り口でトウジを見送った。
 トウジが出ていくと、事務所は急に静かになった。シンジ一人だ
から無理もないが、外のにぎやかさが妙によく響いた。
 シンジは腕時計を見て、更に壁掛けの時計にも目をやった。
「……まだ二時か」
 シンジは胸を張って息を吐き出すと、やりかけの仕事を終わらそ
うと机に戻った。





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ver.-1.00 1997-07/31公開
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 本日何と3人目の御入居者!
 これは記録ですよね。

 夏休みに入って書き始めた人が多いのかな?
 これは参号館を考えないといけないかも・・・

 でも、そろそろ私の方が追っつか無くなってきているし・・・
 弐号館で打ち止めにするかも(^^;
 

 話が逸れました(^^;;;
 

 めぞんEVA通算54人目の住人、
 だいてんさん、ウェルカム〜〜♪
 

 大人になったシンジ。

 仕事場で黙々と働く姿。
 トウジを迎える受け答え。
 待ち合わせの予定を話す余裕。

 雰囲気ですね。
 10年の重みですね。

 

 
 待ち合わせの相手は誰かな?

 ・・・これはだいてんさんが、アスカ派なのか、綾波stなのかによって決まりそうです。
 全然別の人かも??
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 7月最後の日にやってきただいてんさんに歓迎のメールを!


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