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「ただいまー、って言っても誰も居ないんだよね」

玄関ドアを潜った少年はそんな呟きを漏らす。

「ふふ、なにそれ」

それを聞き止めた少女がクスリと笑った。

「いや、なんとなく」

ポリポリと頭を掻いてみせる少年。

「へんなの」

「そうかな」

それは、月夜の散策の終わりだった。










「そういえばシンジ、さっき擦りむいた所見せてみなさいよ」

不意に思い出したのか、リビングに腰を落ち着けた少女が隣に腰を下ろそうとしている少年に声をかける。

「え!?いいよ別に、たいしたこと無いから」

本人が忘れているくらいだから、本当に大したこと無いのだろうが、少女はそれを許さなかった。

「何言ってるのよ、アンタが転んだから早々に帰ってきたんだからね」
「う、うん、それはそうだけどさ」

「そうよ、たいしたこと無いんだったら、見せてくれたっていいでしょ」
「・・・わかったよ」

少女が好意で言っているということに疑う余地を持たない少年は、微笑んで少女の願いを聞き入れることにした。

「ここん所だけど・・・」

少年はリビングに座り込むと、アスファルトによって擦り剥かれている膝を少女に見せる。

「ふーん」

膝を突いてそれを覗き込むように見る少女。

「ね、大した事ないだろ?」
「まあね、でも一応消毒しときましょ」
「え、うん」

優しい笑みを浮かべてそう言う少女に、少年は素直に頷いた。




少年の擦り傷が少女によって治療されたあと、
二人はしばらくの間をリビングでぼんやりと過ごしていた。

外には、煌々と相変わらず輝く月があり、辺りの景色を幻想的なものに変えている。


「そうだシンジ!このまままた寝るのも芸がないからお月見しよう」

リビングに座り込みながらその月を眺めていた少女は、不意に声をあげた。

「お月見!?」

突然の提案に戸惑いを隠せない少年。

「そ、お月見。シンジはそこで待ってなさい」

少女は、少年の返事を待たずにキッチンへと消えていった。
そして再び現れた少女の手には、一本の一升瓶と二つのグラスがあった。

「アスカ、それって、お酒じゃないの?」
「そうよ、お月見っていったら日本酒でしょ!?」

さも当然の様に言ってのける少女に対し、少年は咎める様に言葉を続ける。

「そうじゃなくてぇ、僕たちまだ中学生だよ。それに、それってミサトさんが大事にしてるお酒」
「あ〜ん、気にしない気にしない。ちょっとくらい飲んだって気が付きゃしないわよ」

パタパタと器用にグラスを持つ手を振ってみせる少女。

「そうかなぁ」
「そうよ。それよりほら、グラス持って」

納得いかない様子の少年をよそに、少女はグラスを差し出す。

「あ、うん」

差し出されるままにグラスを受け取った少年は、
小さなため息と共に、軽く微笑んだ。




キュポッ
という威勢のいい音を出して、一升瓶の栓が抜かれる。
それをまずは自分のグラスに、そして次ぎに少年のグラスへと注ぐ少女。

「あ、ちょっと、入れすぎだよ」
「気にしない気にしない」

なみなみと注がれたお酒を目にして不平をこぼす少年だが、少女はそんな少年を軽く受け流した。

今にもこぼれそうなほどお酒の入ったグラスを、二人は慎重に捧げ持つ。
そして、

「それじゃ、乾杯ね」

「・・うん、乾杯」

カチン
不器用な音と共に合わされるグラス。

その透明な液体に浮かぶ月を見ながら、
二人のささやかな宴が始まった。












満月を肴に、その甘口の日本酒を飲みはじめた二人。
七分目以上残っていた一升瓶の中身は、何時のまにかにその半分以下になていた。

少女は、随分前から月を見てはいなかった。
お酒によってほんのりと色付いた頬と熱く潤んだ瞳を、隣に座っている少年に向けていた。

少年は、随分前から月をぼんやりと眺めていた。
時々思い出したように、日本酒の注がれているグラスを口に運んで。

膝を立てて、それに寄りかかるようにして熱い視線を少年に送り続ける少女。
頬を赤くしてぼんやりとしている少年を楽しそうに眺めている。

同じように膝を立てて座っている少年は、そんな視線に気付く様子もなく、また思い出したようにグラスに口をつける。

不意に少年の視界が暗くなる。同時に、ドンっという軽い衝撃が走った。
少年はその衝撃に耐えることが出来ず、そのまま仰向けに倒れ込む。

漂うアルコールの臭いに混じって、甘い香りが少年の鼻孔をくすぐる。
全身に感じる、重く温かく、そして柔らかい感触。

のし掛かってきたソレにとろんとした視線を送る少年。
そこには、頬を紅く染め艶っぽい瞳をして少年を見つめる少女の顔があった。

そして次の瞬間には、その顔が目の前に。

重なる唇。

少年を求めるように熱く。

少女を受け止めるように優しく。

衣服の擦れ合う音だけが、

月明かりに浮かぶリビングを、

満たしていった。



























力強い光が、カーテンを照らしている。

どうやら今日も、良い天気のようだ。

少女ははそっと体を起こすと、音を立てないように気を付けながらベッドから窓際へと向かった。

そっとカーテンを開ける。

そこには、痛いほどの光を放つ太陽と、それに照らされながら活動を始めた街があった。
辺り一面、眩しい光に包まれ、部屋の中にまでそれは届いていた。

少女は窓を開けて、流れ込んで来る爽やかな風を楽しんでいた。




う・・・・ん・・・・

少女の後ろで、寝返りを打つ音が聞こえる。

振り返る少女。

ベッドの上にいたのは、少女だけではなかった。

う・・ん・・

どうやら、朝の光に目が醒めつつあるらしい。

少女は窓を背にして、そっとベッドの上へ視線を送る。

う・ん・・

ゆっくりと少年の目が開かれる。

微笑みを浮かべて、少女は少年を見つめている。

少年の目に映ったのは、真夏の日差しを背にした少女のシルエットだった。

「・・・アスカ?」

「おはようシンジ、やっとお目覚めね」
「う、うん、おはようアスカ。・・・寝坊しちゃったかな?」
「ふふっ、そうね。シンジにしては珍しいわね」

少年はベッドの上で体を起こすと、少女に向かって恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

「そうだね・・・」

そう言いながら、重そうに頭を抑える少年。

「なに、二日酔い?」

少女は笑みを絶やさずに声をかける。

「うん、ちょっと・・・」

言いながらベッドから起き出し、少女の隣に立つ少年。
少女は、少年を傍に迎えると、また窓の外を見やった。

そこでは、既に年中行事となっている蝉の大合唱が始まろうとしている。
空には、雲ひとつ無い。

「良い天気だね」
「そうね」

ふと、隣に立つ少女を見やる少年。
彼女の栗色の髪の毛が、日差しに映えて金色に輝いている。

昨夜の、月明かりに浮かび上がった少女も美しかったが、やっぱり彼女には太陽がよく似合う。
そのことに改めて気付いたのが嬉しくて、少年は少女の顔を見つめ続けた。

「なに?」

その視線に気が付いて、少女が少年に声をかける。

「ううん、なんでもない」

嬉しそうな笑みのまま、少年は首を振る。

「そう?」

「うん、
 ・・・・今日も暑くなりそうだね」












そして今夜も、

少しだけ欠けはじめた月が、

二人を迎えてくれるだろう。
















月夜の宴


















おわり

ver.-1.00 1997-11/01 公開
ご意見・ご感想は こちらまで!



<あとがき>

どうも、たこはちです。

いかがでしたか? とっくにお判りでしょうけど『月夜だから』からの続きです。

大家さん(をはじめとする一部の読者様)のご期待に添えたものとなっているでしょうか?(^^;
(『月夜だから』のコメント参照)

ちなみに、
アスカがシンジにのし掛かったとき、シンジの持っていたグラスはどうなったのか。
っていう、細かいことは気にしないで下さい(爆)(^^;;;

最後に「中学生はお酒を飲んじゃいけないよ。」などと、一応注意を入れつつ、

たこはちでした。


 たこはちさんの『月夜の宴』公開です。
 

 月夜一夜。
 月の光に照らされた、ふたり。

 いやー、とってもご馳走様でした(^^)
 

 [満たしていった。]から
 [力強い光が、カーテンを照らしている。]の間を見たい人はソースを見ましょう!

 

 

 

 見てきた人へ・・・お手数かけましたm(__)m
 

 その手の描写が無くとも、
 二人が待とう空気の優しさがほわっとにおいますね・・

 

 

 この二人まだ中学生だったんですね(^^;

 あまりの自然な雰囲気に

  二十歳過ぎ、
  更にはすでに結婚済み

 だと思っていました。
 

 そのくらい二人でいることに違和感がないんですよね・・・(^^)

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 心に浮かんだ言葉をたこはちさんに贈りましょう!


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