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It's Raining...


 

 

雨が降っていることに気づいたのは、きっとほんの偶然だったのだろう。

音も立てず静かに、人の罪を洗い流すかのように雨は街を覆っていく。

僕は椅子から立ち上がり、飲みかけの紅茶を置いたまま窓から外を見渡す。

見えるのは、街。僕らが守り、僕らを守る街。

雨はその強さを増すでもなく弱めるでもなく、全てを超越して降り続く。

 

雨が優しく包むのは、

途絶えかけた命、

母親とはぐれた子供、

恋人同士の穏やかな囁き、

裏切りに満ちた世界への嘆き、

それでも愛を信じてやまない者の涙、

新品の雨傘を得意げに振り回して笑う少女、

アスファルトの隙間に根を張る名も知らぬ雑草、

そんな変わり映えのしない、けれどもそれなりに大切な移りゆく日々。

 

雨の滴が窓ガラスにひとつふたつと増えていく。

わずかな軌跡を残しながら流れ、時に他の滴と出会い、時にふたつに分かたれる。

雨は静かだと思ったが、耳を澄ましてみると微かにその音が聞こえる。

せせらぎにも似たその音が、あまり広くはない僕の部屋を満たす。

まるで恋人の腕に抱かれているときのように、その音は僕の全てを内包して癒す。

普遍的な真理にも似た、ただひとときの安らぎ。

それに身を任せていると、胸の奥から浮かび上がる人が居る。

 

雨は嫌いだと彼女は言った。

荷物の入ったままの段ボールに囲まれて、僕の差し入れたコーヒーから立ち上る湯気を静かに見つめながら。

気分が滅入るのよ。降ってるだけで憂鬱じゃない。

僕は苦笑して、自分のコーヒーに口を付けた。

 

 

 

 

 

LOVE... 心から遭いたいと LOVE... 想うこと
AND PEACE... 心から遭いたいひとがどこかに在ること

 

 

 

 

 

マンションの窓から見える街並みは、あの頃と変わらない。

全てが複雑で単純だった頃。

何もかも知らずにただ純粋すぎる想いを持て余した。

人を傷つけ人に傷つけられそして人を愛したあの頃。

 

感傷にも似た過去への想起に捕らわれた僕の瞳に映るものは、

気丈な微笑み、

躍動する細い体躯、

少し照れくさそうな横顔、

触れれば壊れてしまいそうな寝姿、

弱さを押し隠すかのように張り上げる怒声、

不器用に紡ぎあげる言葉とそこに込められた想い、

髪飾りを外した一瞬にだけ生まれる栗色の美しい流れ、

全ての言葉と思いを内包した飴細工のような長い長い口づけ、

そして他の何者でもなく僕だけに捧げられるこの世界に一つだけの魂。

 

雨は嫌いじゃないと彼女は言った。

ラジオの歌謡曲だけが部屋を満たす午後に、静かな面もちで住み慣れた部屋から外を眺めて。

別に、理由なんて無いわよ。ただ……悪くないなって思っただけ。

僕は少し微笑んで、彼女のための夕食を作り上げた。

 

 

 

 

 

LOVE... 心から遭いたいと想われたい
AND PEACE... 心から遭いたいと感じながら生きる日々

 

 

 

 

 

雨はまだ降り続いている。

窓ガラスに触れた手から、けして不快ではない雨の冷たさが体に染み込んでくる。

頭上に広がる雲は途切れないが、微かに流れ蠢いている。

人の短い定命を嘲笑うように、羨むように、一際大きな滴が窓に落ちた。

 

彼女が僕に与えてくれたのは、

隠しきれない想い、

些細な原因での喧嘩、

心の隙間を埋める温もり、

この世界に生まれてきた意味、

魂の奥深くに達する致命的な痛み、

信じるべきものとして僕の前に現れた永遠、

安定と変化の複雑に混じり合った幸福な日常、

出口のない迷路のような語るにも値しない卑小な思考、

眩いばかりの色彩に彩られた鮮やかで美しい世界に包まれる喜び、

そして何よりも彼女自身の全て。

 

雨は好きだと彼女は言った。

温もりと汗の残る布団の中で、恥ずかしげにシーツをたくし上げながら微笑んで。

だって……あんたがそばにいてくれるじゃない。

僕は何も言わず、彼女の白い体を抱き締めた。

 

 

 

 

 

LOVE... 心から遭いたいと LOVE... 想うこと
AND PEACE... 心から遭いたいひとがどこかに在ること
LOVE... 心から遭いたいと想われたい
AND PEACE... 心から遭いたいと想う人がそばにいること

 

 

 

 

 

天を満たす雲に、一条の切れ目が入る。

そこからほんの一瞬、薄布のような光が暗い街を照らした。

雨に濡れた街は人を祝福するかのように煌めいて、すぐに闇に包まれた。

数秒とも言えない、ほんの短い間の出来事。

だからこそ、それは人の心に鮮やかな感動を残して消えていく。

 

僕は受話器を取って一度だけボタンを押した。

それを耳に押し当て、目を閉じる。

電話の呼び出し音と雨音が耳元で溶け合って、愛しい人の気配を僕に伝える。

雨はまだ降っている。

受話器越しに聞こえる彼女の声に、僕は自分が幸せであることを知る。

 

 

 

「アスカ……? 僕だよ……うん、雨だね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......LOVE......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


It's still raining...
NEXT ver.-1.00 1999_06/13 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは gyaburiel@anet.ne.jp まで。


梅雨入り記念に書いてみました。
タイトルだけで元ネタは分かる人にはバレバレですが、分かった方がいればメール下さい。
いえいえ、けして感想メールを稼ごうとか思ってるわけでなく(笑)
それにしても、そろそろ本気で連載にかからないとまずいですね……まあ、とりあえずは中間考査が済んでからということで(^^;
それでは。ぎゃぶりえるでした。






 ぎゃぶりえるさんの『It's Raining...』、公開です。





 雨が降る〜


 その色に
 匂いに
 温度に
 肌触りに


 思い起こされる記憶。




 いいやね
 いい感じ


 自然なようで
 ドラマの様でもあるっす☆


 いい味っ





 さあ、訪問者の皆さん。
 ぎゃぶりえる参の思惑に乗って、感想メールを送信!



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