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ネルフ村の平和な日常

第10話

「お酒は二十歳を過ぎてから」


「人を攻撃呪文で呼び止めるなって言ったでしょ! マヤ!!」

リツコの怒号が魔法学院に響く。

「だってぇ、先輩がなかなか気づいてくれないからじゃないですかぁ」

マヤと呼ばれた女性は、腕をぶんぶんと振り回しながら反論した。

髪を短く切りそろえ、幼さが残るどころではなく、「少女」と言う代名詞も使えそうなぐらいに思いっきり童顔である。

話し方も子供っぽく、へたをすればレイと同年代、いや、それ以下にも見えるだろう。

その少女――いや、マヤは、リツコとシンジを<フレア・ボム>で吹き飛ばしたことなど、もはや忘却の彼方に葬り去ってしまったようだった。

ちなみに、シンジは向こうの方で倒れている。

手がぴくぴく動いているところを見ると、まだ生きてはいるらしい。

「気づかなかったんじゃなくて気づきたくなかったのよ!」

額に青筋を浮かべながら叫ぶリツコ。

「そんなぁ! ひどいです、先輩!」

「ひどくない! だいたいあんた修行の旅はどうしたのよ!?」

「あんな面倒くさい物、きっかり2年で終わらせました!」

魔法学院では、最終課題として、「修行の旅」と呼ばれるものがある。

その内容は、2年以上各地を旅してまわって、帰ってきたらその旅の中で得たものをレポートにまとめて提出するというものだ。

冒険者などをやっている魔術師は、たいていがこの修行の旅の途中である。なかにはそのまま冒険者に定着してしまい、学院に戻ってこない者もいるらしい。

それでも8割以上の生徒は無事戻り、レポートを提出する。

レポートが認められれば、その生徒は晴れて一人前の魔術師となるのだ。

ちなみに落ちた場合は、そこであきらめるかもう一度旅に出るかのどちらかである。

ゲンドウやリツコが今の仲間達と出会ったのも、修行の旅の途中だった。

リツコの記憶から言えば、彼女が卒業すると同時にマヤは修行の旅に出たのだ。

それで、まだ二年しかたってないし大丈夫だろうと言うのが彼女の考えだったのだが――

(……甘かったわ……)

心の中で嘆息するリツコ。

そんなリツコにはお構いなしで、マヤは再会を喜んでいた。

「でも、先輩。これでまた一緒に研究が出来ますね!」

リツコははっと顔を上げ、

「駄目! それだけは絶っっっっっっっっっ対に駄目!!」

「えええぇ〜どうしてですかぁ〜」

「どうしてもこうしてもないわよ! あなたと実験すると召還獣を暴走させるわ、濃硫酸を下を通ってた先生にぶっかけるわ、攻城用魔法を近くの民家にぶつけるわ、スライムを召還しようとして魔界との門が開くわ、ろくな事がないじゃないの!」

「そんな、先輩、違います!」

「何が違うのよ」

「魔界だけじゃなくて地獄の門も開きました!」

「余計に悪いわぁぁぁぁぁぁぁ!」

ずどがごらごしゃーん。

リツコの<ファイアー・ボール>で吹き飛ばされるマヤ。

リツコはぜぇぜぇと肩で息をしている。

その横では、いつの間にか来ていたレイとアスカが呆然としている。

「リ、リツコ……なんなの? あの人」

リツコはふっと自嘲気味な笑みを浮かべ、前髪をかきあげながら答えた。

「変人よ」

ぴしっ。

一瞬固まるレイとアスカ。

アスカが何とか声を絞り出す。

「……そ、それはさぞかしものすごい変人なのね」

「……なんか気にくわないわね……まあ、いいわ。それより今のうちに早く行きましょ」

「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

早くも復活して、リツコに後ろから抱きつくマヤ。

その勢いでリツコとマヤは同時に倒れ込んだ。

そして、どういう風にひねったのか、仰向けのリツコにマヤが覆い被さっている。

さらに、リツコとマヤの粘膜――唇は、それぞれふれあっていた。

完全に固まるレイとアスカ。

「リ、リツコ……あんたそう言う趣味が……」

「お幸せにね……リツコ……」

 

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」

 

リツコの叫び声は、初夏のジオフロントの空に、虚しく吸い込まれていったのだった……

 

 

その頃、シンジは完全に活動を停止していた。

 

 


 

 

リツコは、仏頂面でラーメンをすすっていた。

「ねー、リツコォ、悪かったって言ってるじゃない」

「……………………」

レイの言葉にも耳を貸さず、黙々とラーメンをすする。

結局、あの後本気で誤解していたレイとアスカの誤解を解くために30分を費やしたのだった。

さらに、その横ではマヤも楽しげにラーメンを食べている。

「……なんであなたがここにいるのよ」

「え? だって先輩、せっかく会ったんですよ、もうちょっとお話ししましょうよぉ」

「私は何も話すことはないわよ」

「ちょっとリツコ、さっきから聞いてればあんまりじゃないの!」

突然二人の会話に割り込むアスカ。

「せっかくあんたのことを慕ってきてるのに、そんなつれない態度はないんじゃないの!?」

「慕ってきてるって……まあ、どうでもいいけど、私はこれ以上この子と付き合うのはごめんなの」

そう言って、ラーメンのなるとを脇に寄せるリツコ。

「つ、付き合うって……リツコ、やっぱり……」

レイが後ずさりながら呟く。

どうやらまだ誤解が抜けきっていなかったようだ。

「だ・か・ら! 私とマヤはそんなんじゃないのよ!」

「じゃあどんなんなのよ?」

素早くリツコのラーメンからチャーシューを抜き取りつつアスカが迫った。

「け、研究の助手をしてもらってたのよ」

アスカの死角になるように手を伸ばし、フカヒレを抜き取りつつリツコが反論する。

アスカの後ろではレイとマヤがアスカのフカヒレラーメンを吟味していた。

「研究ってどんなのよ!?」

「ふっ……」

リツコは、アスカのしなちくを自分のラーメンに移しつつ前髪をかきあげて笑った。

「それはね、例えば惑星破壊用魔法の研究とか、古代の失われし超兵器をこの世によみがえらせてみたり、人の体に超微小の召還獣を植え込んで脳を支配する研究とか、それと先生のクローンを作ってストレス解消に役立てる研究とか、後はぜる……はっ、いけないいけない、これはまだ秘密だったわ」

「……なによ、その『ぜる』ってのは」

思いっきりうさんくさげな顔を作ってレイが言う。

「それは企業秘密というものよね」

すました顔で答えるリツコ。もちろんその隙にアスカのラーメンからほうれん草を抜き取ることも忘れていない。

「……もういいわ、どうせろくでもないことだろうから……」

やけに疲れた顔でぼやくレイ。

「ろくでもないとは失礼ね……まあ、いいわ。それによく考えればあの研究を完成させるためには助手が必要ね。……マヤ、もう一度私の助手をやってくれるかしら?」

「え?」

アスカのフカヒレラーメンを盗み食いするのに必死だったマヤは、今までの話を全く聞いていなかったらしく、突然名前を呼ばれたことに困惑していた。

「え、えーと、つまりウナギと梅干しはなぜ食い合わせが悪いのかという……」

「……全然違うわ、マヤ。もう一度私の助手をやってちょうだい、って言ってるの」

少しの間、マヤはその言葉の意味が理解できないようだったが、その意味が頭に浸透すると、顔を輝かせて叫んだ。

「ほ、本当ですか!? 先輩!」

その問いに、リツコはにこやかに笑って答えた。

「ええ、本当よ。……それに、よく考えたら実験に失敗してもたいていの場合被害を受けるのはシンジ君だしね」

「こらこらこらこらこらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

瀕死の状態のままここまでかつぎ込まれてきたシンジが突如復活して暴れ出した。

「うっさいわねー」

ごん。

……レイ、ラーメンのどんぶりで脳天を殴るのはさすがに酷いような気もしないではないぞ。

再び沈黙したシンジを後目に、マヤは楽しげにラーメンをすすったのだった……

 

 

「……なんであたしのフカヒレラーメンが素ラーメンになってるの?」

 

 


 

 

そこは、木造の酒場だった。

まだ時間が早いため大分静かだが、暗くなれば仕事帰りの男達で賑わうだろう。

まだ明るいうちにこんな所にたむろしているのは、仕事を持たないごくつぶしか、早く仕事を終えた連中か、あるいは2階の宿屋を利用するお上りさんぐらいである。

そして、そのお上りさん――シンジ達は、やはり酒場でたむろしていた。

あの後リツコとマヤとは別れ、ゲンドウと合流したシンジ達は、とりあえず今夜の宿を取ろうということになり、選んだのがここだったというわけだ。決して高級なホテルではないが、あまりたちの悪そうな所でもない。まあ、レイに言わせれば『中の下』といったところか。

そして、上の部屋に閉じこもっていても暇だし、かといってこれから街を見て回るには少し遅い。

と、いうわけで、下の酒場で一人黙々と酒を飲むゲンドウの横で3人してつまみをぱくついたり、ちょっとした飲み物を貰って談笑したりしていたわけだ。

ゲンドウの足下には、既に10本以上蒸留酒のビンが転がっているが、全く酔った素振りを見せない。

思えば、シンジは父の酔いつぶれたところというものを見たことがない。レイも見たことはないと言っていたし、ユイについても同様だった。

シンジも何度か酒を飲んだことはある。シンジの場合、決して旨いとは感じないのだが、ゲンドウの血か、量を飲んでもあまり酔うことはない。

反対に、アスカは大の酒好きなのだが、いかんせんアルコールに弱く、コップ一杯で顔を真っ赤にしてしまう。

嫌いだけど、飲めるシンジ。好きだけど、飲めないアスカ。

二人で人生なんてうまくいかないものだと互いをなぐさめ合った記憶がある。

確かあの時はアスカは二日酔いで寝込み、シンジはミサトに朝まで付き合わされてさすがに吐きそうだった時だった。

レイに関しては、あまり知らない。本人の言うには、以前一度だけ飲んだとき、それ以降の記憶が完全に抜けているというのだ。

それから両親が酒を飲ませてくれなくなったことを考えると、きっと自分は酔うと暴れたりするんだろうと、勝手に納得している。

シンジは何か腑に落ちないものはあったが、本当にレイが酔って暴れたら、比喩でも何でもなく死人が出る恐れがあるため、そのことについてはあえてあまりふれないことにした。

その時、16本目の蒸留酒を半分ほど飲み干したゲンドウが、何も言わずに立ち上がった。

何処に行くのかと見ていると、ゲンドウは全く酔った素振りすら見せずに便所へと歩いていった。

(本当に少しも酔ってないのかしら……)

その後ろ姿を眺めて心の中で呟くアスカ。

アルコールに弱い彼女としては、いくら飲んでも酔わないゲンドウは、ある意味尊敬の対象ですらある。

そういえば、その息子も酒には強いくせに酒は嫌いとかぬかしている。

ゲンドウもあまり好きではないのだろうか。

量こそ飲むものの、ゲンドウの飲み方はあまり楽しげに飲むというものではなく、無表情に、与えられた仕事をこなすように酒を飲む。

まあ、酒はある程度酔うからこそ旨いのだろうと、勝手に納得するアスカ。

と、その時ふとひらめいた。

「ねえねえ、レイ。もしかしてあんたも結構飲めるんじゃない?」

「へ? 私?」

「うん、だってゲンドウおじさんの娘でしょ、絶対お酒には強いはずよ!」

「でも、私、なんか酔うと暴れるみたいなのよ……」

「それも本当かどうか分からないんでしょ? だったら確かめてみないと!」

「でも……」

「だーいじょうぶよ! もし暴れたらあたしとシンジで押さえつけてあげるから!」

目を輝かせながら言うアスカ。

酔ったレイがどうなるのか本気で見たいらしい。

「で、でも、父さんが姉さんにはお酒を飲ませちゃいけないって……」

「うーん……それもそうね。よし! それじゃあいくわよ!」

シンジの意見を完全に黙殺すると、レイは蒸留酒のビンからコップに一杯ついで、それを高く掲げてみせた。

コップになみなみと注がれた琥珀色の液体は、かすかに気泡を発し、その上には雲のように白い泡が揺れている。

「せーの……うっ」

コップを思いっきり口に付けて、一気に飲み干すレイ。

ごきゅっごきゅっごきゅっ……だんっ。

コップに注がれた蒸留酒を飲み干すと、レイは黙ってコップをカウンターに置いた。

「姉さん?」

レイの顔をのぞき見たシンジは、固まった。

恐い。

目が座っている。

「あ、あの、姉さん?」

「……アツイ……」

「え?」

よく聞き取れず、聞き直すシンジ。

「……暑い……」

「あ、暑いってそりゃあ、まあ、夏だし……」

言いながら、シンジは底知れぬ嫌な予感を感じた。

「暑いのよぉぉぉぉ!」

そう叫ぶと、突然自分の上着をむしり取るようにして外すレイ。

まわりの席の男達が何事かと視線を向ける。

「ちょ、ちょっと姉さん!?」

「どーしてこんなに暑いのぉ!?」

下着も外し、その16歳にしては豊満な胸が露になる。

まわりの席からどっと歓声が上がった。

「こ、こらぁ! 何やってんのよ! あんた!」

顔を真っ赤にしたアスカがシンジのジャケットを取ってレイにかけようとするが、レイはじたばたと暴れて、なかなかかけられない。

「いやぁ! 暑いぃ!」

「暑くても我慢しなさい!」

とりあえずシンジは集まりだした男達とレイの間に立ってレイの姿を隠そうとする。

「いいぞー、ねえちゃん!」

「下も脱げー!」

「いけいけー!」

まわりからはヤジが飛んでいる。

後ろではアスカが何とかレイに上着を着せようと奮闘している。

(あああっ! 僕は一体どうすればいいんだ!?)

泣きたい気分になってしまったシンジの耳に、突如呪文を唱える声がかすかに聞こえてきた。

最初はレイが攻撃呪文でも唱えだしたかと思ったが、レイは未だ「暑い」とわめきながら暴れているし、何よりその声は女の声ではなかった。

そして、シンジはその声に思い当たりがあった。

<スリーピング>

呪文の完成と同時、暴れていたレイの体から急に力が抜ける。

「きゃっ」

倒れ込みそうになったレイを慌てて支えるアスカ。

そこへ、呪文の主――ゲンドウが歩み寄り、自分の身につけていたローブでレイの体を覆った。

「と、父さん……」

シンジが遠慮気味に声をかけると、ゲンドウはシンジをにらみ、

「レイには酒を飲ませるなと言っただろう」

「え、あ、でも、一杯ぐらいなら大丈夫かなーって思って……」

ちょっと上目遣いに見てみたりもするが、そんなシンジの努力も虚しく、ゲンドウは非常な宣告を下した。

「……お前とレイは向こう3ヶ月小遣い無しだ」

「そ、そんなぁ〜」

シンジの哀れな声を無視すると、ゲンドウはローブにくるまれたレイを肩に担いで、二階へと上がっていった。

 

 

「まさか姉さんに脱ぎ癖があったなんて……」

シンジは深々とため息をついた。

「以前飲ませたときにもう脱ぐわ暴れるわでな。それ以来、絶対にこいつに酒を飲ませるのはやめようと思ったのだ」

女性部屋のベッドにレイを寝かせながら、ゲンドウが言った。

「まさか本人に脱ぎ癖があると言うわけにもいかんからな。……お前達も言うんじゃないぞ」

言われなくてもシンジは言う気はないし、アスカも自分に脱ぎ癖があると知ればさすがのレイも傷つくだろうと思い、二人一斉にゲンドウの言葉に頷いた。

その二人の反応に満足したのか、ゲンドウはシンジを引き連れて女性部屋から出ていった。

階段を降りる音が聞こえる。もう一度飲み直すつもりらしい。

足音が一人分だけだったことを考えると、おそらくシンジももう寝るのだろう。

する事の無くなったアスカは、とりあえず明日の買い物に思いを馳せながらいつしか眠りについていった……

 

 

 

教訓:お酒は二十歳になってから。

 

 


つづく
ver.-1.00 1997-08/17 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは gyaburiel@anet.ne.jpまで。


どうも、ぎゃぶりえるです(^^)
実は私、普段Word97を使って書いてるんですが、最近になってやっと行間を空けないようにも出来るということに気がつきました(^^;
具体的にはShiftを押しながらリターンキーですね(普通知ってるって)
こんな事が出来るんなら本編もこういう風に書けば良かったなぁ……ま、いいか(笑)
後書きはこれからこの方法で書きます。
……すいません、どうでもいいことでしたね(^^;
と、いうわけで(どういうわけやねん←ベタ)第十話「お酒は二十歳になってから」いかがだったでしょうか?
つぎはそろそろ外伝を進めないとやばいかなーという感じなので、そっち書きます(多分)

ではでは(^^)/


 ぎゃぶりえるさんの『ネルフ村の平和な日常』第10話、公開です。
 

 あぁ・・・お酒って素晴らしい(^^)

 これはあれですね、
 止める人が居ない所で口当たりのいいカクテルかなんかを(^^;

 でも、”脱ぐ”だけではなくて、”暴れる”んですよね・・・

 ちょっと命の危険があるなぁ。
 私にはシンジくんほどの耐久力がないので、
 諦めます。

 ”脱ぐ”のがアスカちゃんなら命は惜しくないんだけど(爆)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 連載回数2桁に達したぎゃぶりえるさんにメールでお祝いを!


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