たとえ荒れ果てた荒野でも、生い茂る草花が全てを拒む密林であろうと、そこに人が存在する限り必ず道は出来る。

人が多くなれば道も広がり、少なくなれば狭くなる。

道とは、人の歴史を代弁しているといってもいいだろう。

だが、シンジは別にそんなことには全く想いを馳せるでもなく、ただ黙々と道を歩いている。

前方では彼の幼なじみの少女、アスカと彼の姉、レイが楽しそうに談笑している。

女性の話題とはつきないものだ。

前にあの二人が連続８時間もの間たわいもない話を続けていたのを見たときは本気で一種の尊敬の念すら抱いてしまった。

さらにその前を、彼の父親であるゲンドウがこれも黙々と歩いている。

だが、シンジとゲンドウの黙っている理由は違った。

ゲンドウは、元々無口な方だし、レイやアスカの話題にも入るのは難しいだろう。

シンジもあの二人と対等におしゃべりするのにはまだまだ修行が足りないが、相づちをうつぐらいのことはできるし、事実今まではそうやって話に参加してきた。

それではなぜシンジは今黙っているのか。

その答えはあまりにも簡単かつシンプル、単純なものだった。

先ほどから疑問に思っているその答えをとうとう口に出して尋ねる。

「……なんで僕が全員の荷物を持ってるんだよ？」

「弟だからよ」

「男だからに決まってんじゃない」

「おまえがシンジだからだ」

即答されてぐうの音も出ないシンジ。

よく考えるとかなりおかしいことも言っているような気もするが、所詮自分がアスカ達に口げんかで勝つことなどはあり得ないので、とりあえず黙っておく。

結構こっちの方が彼の処世術なのかも知れない。

（――だいたい、何でこんなに荷物が多いんだよ！？）

シンジの背負っている荷物は、キャンプ用のリュック３個分以上は優にあるだろう。

ちなみにその８割以上がアスカとレイの身の回りのものである。

（帰りに色々買って荷物が多いってんだったらまだ納得できるけど、何で行きがこんなに重いんだよ！？）

それはもちろん「枕が変わると眠れない」と我が儘を言いまくる彼の幼なじみ＆姉のせいである。

あれだけあればどこの宿に泊まっても自分の部屋と同じ環境が作り出せるだろう。

また、アスカとレイは、「ケンスケに盗まれるといけない」と言って下着の類を全て持ってきているのだ。

まあ、彼女たちにしてみれば、「どうせ持ってくのはシンジだから」という理由でぽんぽんぽんぽん無計画に荷物を持っていけるのだ。

というわけで、無愛想なオヤジと二人の（黙っていれば）美少女、一人で大量の荷物を抱えてうんうんうなりながら進む少年というかなり風変わりな一行は一路ジオフロントを目指すのだった……

ジオフロントは遠い。一朝一夕で着くような場所ではない。

とりあえず小１時間ほど歩けば街に出るので、そこから乗り合い馬車に乗っていくのだ。

それでもどこか途中で一度宿を取らなくてはいけない。

ようやく街に着いたシンジ達は、とりあえず乗り合い馬車の集合場所を探すことにした。

――とはいっても、そんなもの見つかりにくい場所に隠してあっても何にもならないので、結局すぐに見つかった。

時刻表を見ると、次の馬車が来るまでにまだ時間がある。

「それじゃあ、あたし達ちょっと洋服見てくるから」

「私は少し本屋に行って来る」

無責任な彼の連れ達はそう言ってとっとと消えてしまったため、シンジは何が嬉しいのかこのくそ暑い中一人で馬車を待たなくてはいけないことになってしまった。

こうやって集合場所の存在を示す柱に寄りかかってぼーっとしていると、何となくものすごく虚しい気分になってくるシンジだった。

そのまましばらくぼーっとしていると、ゲンドウが小脇に一冊の本を抱えて戻ってきた。

「まだレイ達は戻っていないのか？」

「え？」

人生に疲れて自分の影と対話していたシンジは、ゲンドウの言葉でいきなり現実に引き戻される。

「ああ、まだ戻ってないみたいだけど」

「もうそろそろ馬車が来てしまうぞ。早く呼んでこい」

「何で僕が……」などとぼやくことすらも彼には許されず、ささやかな反抗として一つため息をついてからレイとアスカの入っていった洋服店にシンジはゆっくりと入っていった……

「ねえねえ、これなんてどうかな？」

「うーん、こっちの方がいいんじゃない？」

二人はすぐに見つかった。

二人でわいわい騒ぎながら何着も繰り返し試着している。

『女３人寄れば姦しい』と昔の人は言った。けれど、女という生き物は３人寄らなくても２人だろうと１人だろうと十分姦しい生き物なのだ。

それを実証するかのように２人は騒がしかった。

まあ、そのおかげでシンジは店に入っていきなり彼の幼なじみと姉を見つけることが出来たのだが。

「アスカァー、姉さーん」

シンジの呼び声も届かない。

洋服選びに夢中なのだ。

シンジははぁ、とため息をつくと、とことこと２人の元に歩み寄る。

「ね・え・さ・ん！」

「きゃっ」

いきなり背後から声をかけられてレイが飛び上がる。

「姉さん、早く……」

ずがっ。

「あんたがこの私をおどかそうなんて１００万年早いのよ！」

言葉よりも早くシンジの脳天にエルボーを決めるレイ。

レイの方がシンジよりも背が高いのだ。

シンジはしばらく頭から煙を出して死んでいたが、２分もすると復活したらしくむくっと起きあがった。

「何すんだよ！　いきなり！」

「うっさいわねー。あんたがいきなり後ろからおどかすなんて古典的なまねするからじゃない」

「別におどかしたわけじゃ……それに、もう馬車が来ちゃうよ」

「あら、もうそんな時間？　大変大変、アスカー早くしなさーい」

言葉の後半は試着室の中のアスカに向けられたものだ。

「分かってるわよ。後これだけ着てからー」

そう言うとカーテンの向こう側でごそごそと動くアスカ。

思わずその光景を想像してしまい、赤くなるシンジ。

そんなシンジをレイはにやにやと見つめている。

「おまたせー」

がらっ。

元気のいい声と共に、試着室のカーテンが勢いよく開く。

思わずその姿に見とれるシンジ。

シンジの目の前に現れたアスカは、黄色のワンピースを着ていた。

特に飾り気のあるわけでもなく、ごく普通のワンピースなのだが、まるで昔からの主人の元に帰ってきたかのようにアスカによく似合っていた。

おそらく、他のどんな女性が着てもここまで似合わないだろう。

アスカの為だけに作られたのではないか。

一瞬そんなことを本気で考えてしまうぐらいそれはよく似合っていた。

「どう？　シンジ、ご感想は？」

と、くるっと優雅に一回転して見せるアスカ。

シンジはそんなアスカの言葉も耳に入らないかのように呆然と見入っていた。

「シ・ン・ジ！」

「え？　あ、ああ。ご、ごめん」

「感想はどうかって聞いてるのよ。ぼけーっとしてんじゃないわよ」

「いや、その、なんていうか……すごく……綺麗だ……」

ぷっ。

後ろでレイの吹き出す音が聞こえたが、そんな音は既に二人の世界に入ってしまっているシンジとアスカの耳には入らない。

「な、何言ってんのよ……そんなの当たり前じゃない……」

そう言いながらも、ぷいっと照れくさそうに視線を逸らすアスカ。

その頬は真っ赤である。初々しいことこの上ない。

「う、うん……すごく……似合ってるよ」

これも顔を真っ赤にして言うシンジ。

「あのー、お取り込みの所悪いんだけどー」

シンジの耳元で言うレイ。

「わっ！　ね、姉さん！？」

「……あんた達私の存在忘れてたでしょ」

「や、やーねー、レイ、そんなことあるわけないじゃない」

「そ、そうだよ姉さん」

それならなぜ２人とも視線を逸らす。

「まあ、別にいいけどね。それより、早く行かないと馬車、来ちゃうわよ。私先行ってるから」

と、言うと、素早く駆けていくレイ。

後にはシンジとアスカだけが残された形になった。

「……あ、早く着替えなくちゃ」

試着室の中で、素早く着替えをすませると、アスカは出てきて言った。

「さ、行きましょ、シンジ」

「う、うん……あ、あのさ、ちょっと待って、アスカ」

そう言うと、カウンターの方に駆けていくシンジ。

「シンジ？」

アスカが怪訝そうな顔で見ていると、シンジは紙袋を持って戻ってきた。

その紙袋をアスカに押しつけるようにして渡す。

「あ、あのさ、その……すごく……似合ってたから……プレゼント、したいんだ。……もらってくれるかな？」

「え？」

アスカが紙袋の中を覗いてみると、その中には先ほどのワンピースが入っていた。

「シンジ……」

「貰って……欲しいんだ。アスカに」

「ありがと……シンジ……」

ぎゅっとワンピースを抱きしめるアスカ。

――この日、アスカの宝物が一つ増えた……

――ここは、街道沿いの安宿。

あの後シンジ達は馬車に乗って、とりあえずこの宿で一夜を過ごすことにしたのだ。

二部屋とって、シンジとゲンドウ、レイとアスカがそれぞれ同じ部屋だ。

まあ、当然といえば当然か。

「と・う・さ・ん！！」

早速男部屋の方にシンジの怒号が響く。

「何だ、シンジ」

読んでいた本から面倒くさそうに顔を上げるゲンドウ。

「『何だ』じゃないよ！！！　一体何なんだよこれは！！」

そう言ってシンジはゲンドウの荷物から赤ん坊一人分ぐらいの大きさの石を取り出す。

ずっしりとしていて、かなりの重量があるだろう。

「漬け物石だ。見てわからんのか、馬鹿者」

「そういうことを言ってるんじゃなくて！　なんでジオフロントに行くのに漬け物石が必要なんだよ！」

「シンジ、貴様、その漬け物石を侮辱する気か？」

そう言ってゆっくりと立ち上がるゲンドウ。

「な、なんだよ……」

圧倒されて２、３歩後ずさるシンジ。

この辺りが人生経験の違いというものか。

「その漬け物石はだな、私の曾祖父が別れ話のいざこざから元恋人を殺してしまったときの凶器という非常に由緒正しい物なのだ」

「そんな不吉なモンを持って来るんじゃなぁぁぁぁぁぁぁい！！」

ごん。

シンジの漬け物石がゲンドウの脳天にクリティカルヒットする。

その光景が、ゲンドウの曾祖父が元恋人を殺してしまったときのそれと酷似していることを知る術は、今のシンジにはなかった……

ジオフロントへの旅は続く。

どうも、ぎゃぶりえるです。

いやー話が全然進まない(^ ^;

もっと１話１話を長くしようとは思うんですが……

次回にはジオフロントに到着します……多分。

さて、前回の泣き落とし（？）がきいたのか、感想メールをいくつか貰いました。

どうもありがとうございますm(_ _)m

それでは、第９話「魔法都市ジオフロント（仮題）」でお会いしましょう（途中にＳＳが入るかも……)

　ぎゃぶりえるさんの『ネルフ村の平和な日常』
　

　またまたアスカとシンジが二人の世界を作っていますね(^^)

　洋服１着でここまで盛り上がれる初々しさにほほが緩んでしまいます。
　

　イヤイヤマジで１話を長くすることに賛成です(^^;
　何なら２話を１つまとめても良いですね。
　それなら私の作業も半分になって楽だし（爆）
　

　さあ、訪問者の皆さん。
　ほとんど毎日更新のぎゃぶりえるさんに感想メールを送りましょう。

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