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英雄達の叙情詩

第3話

「赤き蒼龍(上)」


 

 

がさっ。

そんな音がゲンドウの鼓膜を震わせる。

ゲンドウはゆっくりと首を巡らし、辺りを見回した。

ここは木に覆われた林の中を突っ切る山道。その林の草むらが、かすかな音を立てるのを見逃すほどにはこの抜け目のない魔術師は鈍くはなかった。

野ウサギか何か、と言うことも充分考えられる。それでも、ゲンドウの中にある自分でもよく分からない部分――第6感とでも言うべき部分――が、敵の存在を告げていた。

「イルク……」

背後を歩く体格のいい戦士にそっと声をかける。結局、大木を一撃で両断するという離れ技を見せられて、連れ立っていくことになったのだ。イルクの目的はすぐに知れた。同行してからやたらとユイに馴れ馴れしいのだ。ゲンドウもさりげなくユイに近寄る邪魔をしたりする――その理由は本人にも分からなかったが。

とにかく、戦い慣れしているこの男が頼もしい存在であることは事実だ。

イルクは、ゲンドウの意図をすぐに察したようで、

「ああ……囲まれてるな。少なくとも10人以上はいる」

「さすがだな」

「お前に誉められても嬉しくねぇな。山賊の類だろうが……襲ってくるとしたら人数を生かせるように広くなったところだな」

「分かった。今は気づかない振りをしておこう」

2人にしか――おそらくはユイにも聞こえていなかったであろう会話をすませると、ゲンドウとイルクは再び黙々と足を進めた。

――そして。

イルクの読みは的中した。

道がやや左右に広がったところで、突如まわりの林から赤い革鎧と赤いバンダナで統一された男たちが出てきたのだ。手には長剣や手斧、曲刀など好き勝手な物を持って、ゲンドウたちを取り囲んでいる。

「ふん。おいでになったようだぜ」

そう言って背の大剣を抜き放つイルクの瞳は、戦いへの喜びと期待で輝いていた。

ゲンドウはユイに手招きをして自分の方に呼び寄せた。ユイの肩を抱きかかえるようにすると、さっきからこっそり唱えていた呪文を発動させる。

<バーニング・ウィンド>

名前の通り熱を伴った嵐がゲンドウとユイを取り囲むように吹き荒れる。山賊たちはなすすべもなく熱嵐に翻弄され、好き勝手な方向に吹き飛ばされ、ほとんどがどこかの木にぶつかって止まった。イルクらしい人影が宙を舞うのが一瞬視界に映ったような気もしたが、この際それは無視することに決めた。

空気を灼いた嵐は、森の中を10メートル四方ほど焼け野原にしたところで空気にとけ込んで消えた。

「ふっ……勝った……」

「またんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

突如背後からゲンドウをはたき倒すイルク。何故かそこはかとなくぼろぼろになっていたりもする。

「くうっ。まだ生きてたか……」

「……それ、計画殺人のセリフ……」

冷や汗など垂らしつつユイが言う。

「こ・の! ボケ魔術師がぁぁぁぁっ! 味方まで一緒に吹き飛ばしてどうするかぁぁっ!!」

「なに!?」

大仰にかぶりを振って、ゲンドウ。

「私はおまえを味方だと思ったことなど一度たりとも無いぞ!」

「ほほう」

不意に声を沈め。イルクはひきつった笑みを浮かべ、続けた。

「一度貴様とはゆぅぅぅっくり話をした方が良さそうだなぁぁぁぁぁ」

「ほう、奇遇だな。私もたった今そう思っていたところだ」

「ふっふっふっふっふ」

「はっはっはっはっは」

壮絶な笑みを浮かべながらばちばちと火花を散らす2人を見ながら、ユイはもの憂げに嘆息した。

「全くいつもいつも……良く飽きないわね、あの2人も」

連れ立っていくようになってから、一日に2回は喧嘩しないと気が済まないらしい。

とりあえずユイは終わるまで一休みしようと思って、座るのに手頃な石を探した。

 

 

ぷす。

あまり気の入っていない音を立てて、ユイの持ったフォークがパスタの上に飾りのようにのっかっているサクランボに突き刺さった。

それをそのまま口に運びつつ、呆れたように目の前の2人に視線を移す。

2人――ゲンドウとイルクは、互いに顔を背け合わせたまま、一言も口をきかず、黙々と目の前の料理をたいらげている。

レベルの低いことこの上ない。

3歳児のケンカをそのまま威力だけグレードアップさせたようなものだ――結局、力による衝突は、あの後さらに焼け野原を20メートル四方ほど増やし、30本ほど大木を切り倒したところで、一応終わったらしい。

で、次は互いに無視し合うという、ややレベルの上がった5歳児並のケンカをしているのだ。

ユイはなんとなく口の中でサクランボをちょうちょ結びなどしつつ――そっと嘆息した。放っておけば本人たちも飽きて、自然消滅するという点も幼児のケンカと同じなので、特に気にすることもないのだろうが……

(――にしても、もう少し仲良くできないものかしら?)

そうなればわたしの気苦労も減るのに、などと考えながらパスタにフォークを突っ込んで、ぐるっと一回転させる。と――

「よう、お嬢ちゃん。一緒に飲まないかい?」

横から、くたびれた服を着込み、無精ひげを生やした、一目で独身と分かるような男が声をかけてくる。

「ありがたいんですが、連れがいますので……」

愛想笑顔で答えながら、わたしってお酒に誘われやすい体質でもしてるのかしら、などと馬鹿げた考えがふと頭に浮かぶ。まあ、ジオフロントの酒場で会った男よりは紳士的なようだが。

「そんじゃあ、連れの人たちも一緒に飲もう」

「連れは、男ですよ?」

「いいさいいさ。男でも女でも、酒は大勢で飲んだ方がいい」

どうやら、もうかなり酔っているらしい。

真っ昼間から困った人ね、などと胸中でつぶやきつつ、丁重にお断りする。本人はただ飲んで騒ぎたいだけなのだろうが、今のゲンドウたちに酒など飲ませて、料亭を文字通りつぶされてはかなわない。

だが、ユイの返事にも男は屈せず、なれなれしくユイの隣の席に座ってくる。

「そんなつれないこといわないでさ――」

男のせりふは途中で遮られた。ゲンドウが男の右腕をひねりあげたのだ。つかまれた右手から、先端が紫色に変色したナイフがことん、と落ちる。

「な――」

なにをしやがる、と言おうとした男の顔面に、蹴りが入る。

「説明してもらおうか。なぜ、ユイの命を狙った?」

「な、なにを……」

「ちなみに、5秒以内に答えなかった場合、けしくずになるまで燃やし尽くした後に灰を壺につめて、市場で大安売りされることになるだろう」

あくまで真顔で、声の調子すら微塵も変えずに言い放つ。

その男の顔はさあっと蒼白になり――それでもかなり無理して不敵な笑みをうかべ、

「ふ、ふん。そんなに知りたければ教えてやろう。我は誇り高き山賊、『紅き蒼龍』がひとり、ダイナ=ローゼンツよ!」

ぶみ。

高らかに言い放つ男――ローゼンツとかいったか――の顔面を再度踏みつける。

「誰も貴様の名など聞いとらん。なぜ、ユイを狙ったのかと聞いているのだ」

男は言い訳もできないほどにくっきりと足形のついた顔面をおさえながら、意味もなく右手を左右に振りながら慌てて答えた。

「だ、だから! さっき山賊に襲われただろう!?」

「山賊?……ああ、そういえばそんなものもいたな」

「俺はその山賊の一味なんだよ! お頭の命令であんたらを殺しに来たんだ! 目をつけた獲物は絶対に逃がさない、ってのが俺たち、『紅き蒼龍』の身上だからな!」

言いながら、やや胸などそらしてみせる。

ゲンドウは男を蹴飛ばすと、自分の後ろにいるであろう大男に声をかけた。

「……なかなか盛大な挨拶だな」

「やっぱ、お返しぐらいはしておいたほうがいいよなぁ、人間として」

ふたりで顔を見合わせ、ニヤリと笑う。

いつの間にか人がいなくなり――全員逃げ出したのだろう――、静けさを増した料亭には、不気味な笑みを浮かべて見つめ合うふたりの男と、その向かい側でのんきにパスタを食べているユイ、そして最後に部屋の隅でのびている男――ローゼンツだかなにか――だけが残されたのだった。

 

 

「おらおら、きりきり歩かんかい」

どんっ、と男の尻を蹴飛ばすイルク。がけと林にはさまれた、山の中の小道である。

男――ローゼンツは口の中でなにやらもごもご言っていたようだが、やがてあきらめたのか、うなだれて後ろ手に縛られながら歩く足を早める。

「本当にお前たちのアジトはここにあるんだろうな」

その問いにローゼンツが答えるよりも早く――

「はぁっはぁっはぁ!」

突然、がけ――とっても、それほど高くはない――の上から高笑が聞こえてくる。

「兄貴ぃ!」

ローゼンツが、感極まった声で叫んだ。がけの上の人物――兄貴?――に向けられたものだろう。もちろん。

その声に応えて――というわけでもないだろうが、がけの上に15、6人ほどの集団が現れる。皆赤いバンダナと革鎧に統一されているところをみると、先の一団と同じ一味であることは間違いないようだ。

その先頭に立った、同じく赤いバンダナと革鎧――眼帯で左目をふさいだ男が、高らかに声をあげる。

「この『紅き蒼龍』のアジトに、何のようかなぁ?」

「あ、ああああ兄貴! こ、こいつらです! 例の『片腕』たちをぶちのめした奴ら! 助けてくださいいいいいいい!」

その兄貴と呼ばれた男は、困ったように頭をかいて、ローゼンツを見下ろした。出来の悪い弟を持った長男のような目で、しばしゲンドウたちと後ろ手に縛られているローゼンツを見比べ――非情な表情を作って見せ、

「お前のような無能な手下はいらん」

「……え?」

ローゼンツが聞き返す。ブラウンの瞳に困惑と驚愕の色を浮かべ、熱に浮かされたようなつぶやきで。

「――といいたいところだけど」

その兄貴がふいに表情を崩し――続ける。

「山賊ってのもこれでなかなか上下の信頼関係ってやつが重要な仕事でね。まあ、出来の悪い子ほど可愛いっていうしな――というわけで、そこの人たち、そいつをはなしてやってもらえませんかね?」

手に持っていた巨大な曲刀を肩にかつぎ、ウインクなどしながら言ってくる。ゲンドウはやや呆然としながらも、

「こいつはこちらの命を狙ってきた。そう簡単に生かして帰すわけにもいかない」

「ふむ。一理あるなぁ……んじゃ、ローゼンツ、成仏しろよ」

「兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

と、絶叫するローゼンツ。目に涙など浮かべつつ。

「冗談だよ冗談」

手をひらひらと振ってみせ、突然身をかがめたかと思うと、次の瞬間には空を舞う『兄貴』。

そのまま、こともなげに5メートル以上あるがけからゲンドウたちと少し離れた場所に着地する。着地と同時に曲刀を構え、

「グロウ=ブライトネスだ。だれかサシで勝負しないかい?」

黒髪黒目で、中肉中背の、これといって特徴もない男である。あえていうなら、赤い鎧とバンダナがきっぱりと似合っていないあたりが特徴といえないこともないかもしれない。

「それでは、私が相手しよう」

前に出ようとしたイルクを手で制し、ゲンドウが歩み出る。

「……お前が頭か?」

「うんにゃ、違うぜ。頭はもうすぐ来るはずだ。今日は不機嫌なのよ」

と、意味深に笑ってみせる男――ブライトネス。

ブライトネスの返答はゲンドウには予想通りでもあった。だからこそイルクを温存したのだ。

ゲンドウは足を開き、右肩を少し引くようにしてファイティングポーズをとった。

――ブライトネスが跳ぶ!

空中からくりだされた斬撃をみのこなしだけでかわすゲンドウ。着地した瞬間のブライトネスの耳の上の辺りに裏拳を放つ。

――だが、それよりも早くブライトネスは再び空中に跳び上がり――尋常な脚力ではない――再度、剣を振るう。

それも体を後ろに引いてかわし、次の瞬間にはゲンドウも跳ぶ!

同時に跳んだブライトネスを空中で蹴り飛ばし、その反動で後方に跳びながら――呪文を唱える。

世界に眠りし死の光。我が意志に従い、光り輝きし刃となりて、我が宿敵を刺し貫かん!<ソラブ・フロウ>

呪文の完成と同時、ゲンドウの体を取り囲むように光の帯が現れる。羽衣のようにその光をまとい、ゲンドウは指さした――イルクを。

ぎゅおぎゅおぎゅおんっ!

「どぉぉぉぉぉぉっ!?」

叫びながら地面に伏せて、自分の方に一直線に向かってきた光の奔流を間一髪かわすイルク。

「……ちっ……」

ゲンドウのささいな舌打ちをききとがめ、イルクは今にも殴りかからんばかりの勢いで詰め寄った。

「なにが『ちっ』だ、このクソボケ野郎! この非常時に何ふざけたことしやがる、ドアホ!」

だが、ゲンドウはすずしい顔で指など立てつつ、

「まあ、きっと回避不能の不幸な事故だったのだろう」

「何が不幸な事故かぁっ! 今のにはきっぱりと殺意を感じたぞこらぁ!」

「あのぅ……」

ふたりなごんで(?)いる敵に、ブライトネスは遠慮気味に声をかけた。

――と、

「危ないっ! 兄貴っ!」

「――――!?」

がぁぁぁぁぁぁん!!

爆音と共にブライトネスの背中で爆発が起き、思い切り地べたに倒れ込む。

「な、なんだなんだなにがあったんだぁ!?」

がばとはね起き、パニックのように首をぶんぶんと振りながら叫ぶ。

イルクを外した光は、そのまま空中を迂回して、ブライトネスに背後から突き刺さったのだ。わざとイルクと喧嘩をおこしたのも、相手の注意をこちらに引きつけ、光を発見されないようにするためだ。

「あ、兄貴! 後ろ後ろ!」

かなり狼狽したローゼンツの声に、自分の背中を見やると、そこにはぷすぷすと香ばしい香りを立てて焼けこげている自身の肌があった。自分のケガを確認すると、ブライトネスはそのままゆっくりと卒倒した。

「兄貴ぃぃぃぃっ!」

叫んで、ブライトネスの元にかけよる『赤き蒼龍』のメンバー。意外とてきぱきと応急処置を施している。

「……なあ、あそこにもう一発魔法をぶち込んで『一件落着』としたら駄目だろうか?」

「……よく分からないけど、それは人としてやっちゃいけないような気がします……」

「そうか……」

残念そうに腕組みなどしつつ呟くゲンドウ。その視線の先では、山賊たちが無意味に大騒ぎしながらブライトネスの看病をしている。ときどき足や手を滑らして、傷をよりえぐっているのはまあ、ご愛敬だろう。

と――

「なにやってんのよ! あんたたち!」

がけの上から、凛とした女性の声が響く。その声に誘われるように全員が上を見上げ――山賊達が歓声を上げる。

「お頭ぁっ!」

そこに立っていたのは、他の山賊と同じように赤い革鎧を着込んだ、まだ若い――20と少しといったところだろう――女性だった。

真っ赤な髪――染めているのだろう、多分――を風に揺らし、反りの入った奇妙な形の片刃剣を抜き身で肩にかついでいる。その女性はちらとうんうんうなっている――時折悲鳴も上げていたが――ブライトネスを見やり、次いでゲンドウたちに視線を移す。

「……『隻眼』ブライトネスを倒すなんて、あんたらただモンじゃないね……面白い」

と、妖艶なまでの笑みをその端正な顔に浮かべ――跳んだ。

地面に着地すると同時、刀を構える。

「『紅き蒼龍』首領、ソウリュウ=キョウコ。いざ、尋常に、勝負!」

 

 


つづく
ver.-1.00 1997-09/05 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは gyaburiel@anet.ne.jpまで。


シンジ「ふう。やっと第3話が公開です」
アスカ「今回は結構早かったんじゃない?」
レ イ「そーねー。前は1話と2話の間が一ヶ月近く開いたしねー」
シンジ「まあ、こっちの存在、催促のメール(from月丘さん)が来るまで忘れてたらしいしねー……」
アスカ「ほんっとにあのバカ作者は……一度鎖骨ぐらい折ってやらないとだめね、やっぱり」
シンジ「鎖骨って……まあ、確かに1話1話が短めの話をこうも不規則にだすのも問題な気がするけど……」
レ イ「しょうがないわよ。ただでさえ遅筆の上に夏休みの宿題に追われてこのところ小説書く暇無かっ
    たみたいだし」
アスカ「しかもまだ宿題終わってないくせにこんなモン書いてるし。……やっぱり鎖骨折ってやんなくちゃだ
    めね」
シンジ「……なぜ鎖骨?」


 ぎゃぶりえるさんの『英雄達の叙情詩』第3話、公開です。
 

 魔法使い:ゲンドウ
 僧侶  :ユイ
 戦士  :イルク

  に続いて、

 盗賊  :キョウコ

  登場!
 

 バランスを考えれば前衛に
 もう一人戦士系が欲しい気もしますが、
 ゲンドウはそこそこやれるので、問題ないか・・・

 ・・・どこぞのゲームか(^^;

 DQVで言えばベストパーティーだし・・(^^;
 

 アスカの材料が揃って、
 私はHAPPY(^^)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
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