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「ワタシ、日本に帰るっ!」

ドイツに来て、しばらくしたある日の出来事だった。
父親・マイケルと些細なことで喧嘩をして、つい言ってしまった言葉だった。



ドイツの高校に通うようになって初めて出来た友人ミキと大喧嘩してしまい
虫の居所が悪かった。喧嘩した理由は日本に残してきた彼のことだった。

「ねぇねぇアスカ、日本に残してきた彼ってかっこいいの?」
「彼なんかいなかったって言っているじゃない」
「じゃぁなんでいつも持ち歩いている手帳には
 男の子とのツーショットの写真が入っているのよ、アスカ」
「これは幼なじみなんだって何度も説明させないでよっ」
「そうかぁ、アスカの幼なじみが日本に残してきた彼なのかぁ。
 見てみたいなぁ、アスカってどんなタイプが好きなのか」
「だーかーらー、違うって言っているじゃないぃ」
「でも、幼なじみだからっていったっていつもいつも持ち歩く手帳にはねぇ」

素直になれないアスカがいけないのだが、
ここまでくるとアスカも認めるわけにはいかない。

ミキも素直になれないアスカが面白くてからかっていたまではよかったのだが
思わず「じゃぁワタシが代わりに行ってあげようか?」と言ったのがいけなかった。

アスカがドイツに来て真っ先に思い浮かんだのが『日本に帰る』ことだった。
別にホームシックにかかったというわけではない。
シンジが恋しくて恋しくてしょうがないのだ。
電話やメールとかいった手段はいろいろあるのだけれど、
“そういうのはシンジの方からじゃないと”と我侭な性格が災いしている。

シンジもシンジで出せばいいのだが、今は“惣流の代わりは綾波”と言われていて
中学時代の延長なスキャンダラスな生活を余儀なくされている。
シンジはそういうつもりはないのだが、綾波が悪のりをしていて
その噂を本当のことにしようと、登校も下校も一緒だったり離してくれないのだ。
そんな状態に置かれているシンジが、アスカのことまで気が廻らないのは
シンジの性格からしたらしょうがないのかもしれない。

ミキは言ってはいけないことを言ってしまっために、アスカは怒ってしまった。
一番日本に帰りたいと思っているのはアスカなのだ。
ただアスカの両親から『日本に帰りたいのなら大学を卒業してからだ』と言われて
“こうなったら意地でも大学、卒業してやる”(アスカ談)
という冷戦状態が両親と水面下で続いている。

そんな不機嫌なアスカは、その気持ちを入れ替えることなく夕食を家族と食べていた。
食事での話題といったらアスカの進級のことだった。
アスカは意地でも日本に帰ることに命を賭けているといっても過言ではなかった。

アスカは飛び級制度をフルに使い、2学年を飛び級して3学年の進級を決めていたのだ。
ただその進級にあたって、数学の分野で少しだけ基準を下回っているので
その点をマイケルに追求されたのだった。

その点に関してはアスカも十分に判っていてそれをクリアするために頑張っていた。
ただミキに『日本に代わりに言ってあげる』と言われたことで
今まで“行きたい”“帰りたい”という気持ちが大爆発してしまったのだ。



アスカは食事を終えると、マイケルとキョウコと会話をすることなく
自分の部屋に引っ込んでしまった。

「アスカはどうして怒ってしまったんだ。
 いつもなら『そんなこと判っているわよ』というのに」
「あなた、きっと意地でも日本に帰りたいのよ。
 やっぱりシンジ君に1日でも早く逢いたいからじゃないのかしら?」
「シンジ君が“アスカをお嫁さんにください”って言ってきたらどうしようか」
「あらシンジ君ならアスカと相思相愛だし、問題ないんじゃないかしら?」
「でもさぁ1人娘が奪われるっていうのはなぁ...」
「見たことのない男の子が突然来て“ください”と言われるよりは
 シンジ君ならアスカをきっと幸せにしてくれるだろうし」
「複雑な心境だよな、こればっかりは。シンジ君は安心できるけどさぁ」

食卓に取り残された親は娘の将来を真剣に悩んでいた。
マイケルはシンジが自分の息子になってくれることは大歓迎なのだが
そこは男親の悩める心境、娘を奪われるという気持ちは拭いきれないのだ。



部屋に入っていったアスカといえば、怒り心頭だった。
ただやり場のない怒りなだけに、プレゼントで買ってもらったサルのぬいぐるみに
“ワタシの気持ちなんか知らないで...”と八つ当たりをしていた。

ちょうどそのときにアスカの携帯が鳴った。

プルルルルル

「もしもし?」
「アスカ、ミキだけど...。ごめんね、さっきはあんなこと言ってしまって...」
「いいわよ、もう気にしてないから」
「本当?」
「ミキだって悪気があっていったわけではないし、そのぐらい判っているから」
「ならいいんだけどさぁ。でもワタシも言ってはいけないこといったから。
 こんなんで親友は失いたくないからさぁ」
「気にしてないって言ったら嘘になるけど、ワタシも判っていたら」
「でも、アスカがそんなに想い焦がれている彼に会ってみたいなぁ」
「まだそんなことを言うの!」
「だってアスカったら、高校でも人気あるのよ。
 ファンレターっていうかラブレターだって毎日あんなに来るのに
 それに見向きもしないで、ごみ箱行きでしょ?」
「あんな無駄なことをするほうが馬鹿なのよ。資源の無駄だわ」
「でもね、それって彼がいるからなんでしょ。
 そこまでアスカを本気にさせる人ってどんな人なのか気になるじゃないぃ」

ミキはアスカを試すようにちょっとだけからかってみせた。
ミキにしていれば、アスカがそこまで想い焦がれる人に興味があったのだ。
逆な見方をすれば、アスカが本気になっているのが羨ましかったのだ。

“幼なじみだから”って言っているのは照れ隠しなのは判りきっている。
素直になれないアスカが可愛くてしょうがないからからかっているのだ。



ミキとは仲直りをしたアスカだった、両親とは口をきくことはなかった。
会話があるとすれば挨拶でしかなかった。
喧嘩する前ならアスカの方から「今日こんなことがあってね」と
話しかけることはあったのだが、そういうことはなくなった。

いつものように高校での授業が終わってファーストフードで
ミキとジュースを飲みながら「あそこに新しい店が出来たらしいよ」とか
「あっちのお店に可愛い洋服があってね」などと世間話をしていた。

ミキがちょっとトイレに行っている間にアスカは手帳に挟んである
シンジとの2ショットの写真を見ながら思いふけっていた。

“ったく電話ぐらいしてくれてったいいのにぃ”

そう思いながらも自分から電話をかけていいのかも迷っていた。



「あら、アスカの彼ってかっこいいじゃない」

ミキの声でハッと気がついたかのようにアスカは手帳を閉じた。

「人の手帳を覗くなんて趣味悪いわよ」
「何を言ってるのよ、感慨深く見てる方がいけないんじゃないぃ」
「だから彼なんかじゃないって言っているじゃないぃ!」
「素直になりなさいよ。今時女の子が待っているなんて古すぎるわよ。
 もういっそうのこと日本に行っちゃえば?」
「ミキ、人のことからかって楽しんでいない?」
「そんなことないわよ。本当にそう思っているから言っているんじゃない。
 日本に行くのだって船で何日もかけていくんじゃないんだし、
 飛行機で半日もすれば、愛しの彼の腕の中に抱かれるじゃないぃ?」
「......そうだよねぇ。夏休みにでも帰ろうかな」
「やっとその気になったな、アスカ」
「じゃぁ今度彼がドイツに来るときは紹介してよね。
 1人だけ幸せなのは反則なんだから。少しぐらい分けてくれてもねっ」

ミキはなんか彼のことを考えているアスカが一段と可愛く見えた。


アスカはシンジから電話かけてこないのなら、
何度もこっちからかけようか迷っていた。

いつも持ち歩いている携帯電話の短縮ダイヤルの1番目には
シンジの携帯の番号が登録されている。
登録なんかしなくなって番号は頭の中の入っている。

いつもいつも携帯を取るたびにかけようとするがプライドが許さない。
そういう状態がもう3カ月も続いている。
ヒカリからは半分のろけ話も含めたメールをもらっているが
その中にシンジがレイと噂になっていて大変なことになっていると知っている。

アスカはその事実を知った瞬間にレイに抗議のメールを出したが、
レイは「アスカの代わりをしているだけよ。じゃないと他の女に取られるわよ」
と、返事が返ってきた。

それは判るのだ。
シンジの性格からして1つのことで頭が一杯になっていることぐらい想像かつく。
まして中学時代から人気があったとヒカリがいうように
高校に入って「ワタシ、碇君とつきあいたい」という女の子は多かった。

アスカの後がまを必死になって狙っていたらしい。
それを阻止してくれたというべきなのがレイだった。
シンジの性格からすれば電話なんか出来るわけないかとあきらめていた。



「アスカ、ねぇそろそろ出るよ。
 いつまでも彼のことなんか思いふけってないで電話でもしなさい!」
「ったく、そんなこと言われなくたって判っているわよ。
 今年の夏は意地でも日本に帰ろう!シンジに逢いに行くわ!」
「彼の名前ってシンジっていうのかぁ。初めて知った。
 これでアスカの弱みを握ったわ」
「ミキぃ....」
「そんな手をグーにしながら怒らない怒らない。
 ワタシとアスカの仲でしょ。弱みなんかあってないようなものじゃない」

日本でもドイツでも丸め込まれる、アスカはそういう性格なのかもしれない。



家に帰ってくると、食卓にはこれ以上ない夕食がならべられていた。
マイケル、キョウコがアスカの機嫌を少しでも直すようにと苦肉の策だ。

アスカも料理をするようになった。
それはシンジにワタシが作った料理をいつか食べさせたいという願望でもある。
進級についての話題で喧嘩の原因になるのであるならば、
他の話題を提供して、なんとか子供の関係を修復したいという親心だった。

「ママ、今日は豪勢なのね。どうしたの?」
「アスカのためにと思って一生懸命にって作ったのよ。
 アスカだってシンジ君の前で料理ぐらいできないと嫌われちゃうでしょ?」
「うん」
「で、アスカ」
「何、パパ」
「今年の夏休みに日本に行って来たらどうだ?」
「えっ?」
「アスカもこっちにきて3カ月が経つ。
 シンジ君に逢ってくるものいいだろうとって」
「でも...」
「今のままじゃ勧められない。日本に帰るのは大学を卒業してからだ。
 だけど長い休みの時ぐらい、日本に帰って友人に逢ってくるのもいいだろう」
「本当にいいの?」
「本当は家族でどっか旅行でもいきたいのだが、
 あいにくパパもママも忙しいから。
 それに今のアスカはシンジ君に逢いたくてしょうがない顔をしているしな」
「じゃぁ今度、ユイにでも連絡しておくわ。
 ユイならきっと歓迎してくれるだろうし、アスカもそこが1番だと思うから」
「ママったら...」

アスカはいきなり言われたことで戸惑いを隠しきれなかったが
シンジに逢えることが心の中を埋め尽くしていた。

まぁこの後、キョウコとユイは結託してシンジに直前まで言わないようにと
再会のシーンをビデオに撮って送ってほしいなど様々な策を練っていたらしい。

マイケルは勝手に決めていいのか?と不安だったが、
キョウコ曰く「ユイがOKならゲンドウさんもOKよ」と言った。
ここの2家族は母親が家の主導権を握ったままなようだ。



その後のアスカは飛び級の審査で単位の足りなかった数学を
猛勉強で単位を獲得して基準をあっさりとクリアしていた。

この時点で、高校としてニュルブルクリンク大の推薦を考えていた。
ドイツでも最高峰と言われるニュルブルクリンク大の推薦は稀なことだった。
これだけの単位を短期間で取得すれば、大学のカリキュラムも2年で卒業できると
高校の先生たちは十分に相談した結果であった。



「じゃぁ明日から夏休みです。
 充分に休んで遊んで気持ちをリフレッシュしてください」

高校1年の1学期の夏休みがもうじき始まる。
先生が夏休みの注意事項を簡単に説明して、成績表をそれぞれに手渡した。

「アスカ。来学期からは3年だな。しっかり勉強して大学まで行けよ。
 高校として大学の推薦も考えているみたいだから」
「判りました。頑張って大学を2年で卒業しますよ」
「そのいきだ。今のアスカならきっと出来るだろうし。
 卒業したら日本に帰るだろう?」
「どうしてそれを?」
「ここに入学してからのアスカを見ていればそうかなぁって。
 日本に愛着があるというのか、何か残してきたものがあるような気がしてなっ」
「はい、頑張りますから。先生!」

先生に見抜かされていたような気もしたが、
事実ドイツに来てからの日々は“早く日本に帰る”ことだけを真剣に考えていた。
両親との約束もあったし、その約束をクリアにしてから帰りたかった。

でももうじき日本に帰れる。
わずかな間だけど、ヒカリやレイ、3バカの2人に逢える。
もちろん、シンジに逢える、早く逢いたいという気持ちで一杯だった。

「ねぇアスカっ!今日さぁ新しく出来たショッピングセンターに行かない?」
「いいけどぉ」
「日本に帰るのに手ぶらってわけには行かないでしょ。
 愛しのシンジ君のためのプレゼントでも持っていかないとねっ」
「ミキぃ...」
「早く行かないといいのもなくなるよ。ほら早く早く!」

ミキにせかされるようにしてアスカは高校を出た。
もちろん行き先はショッピングセンター。
そこでシンジのプレゼントを買って、早く日本に帰るために。



ちょうどその頃、キョウコとユイは電話で話をしていた。

「そうそうアスカがね、日本に帰りたいってうるさくて泊めてくれないかしら?」
「大歓迎よ。アスカちゃんが日本に帰って来るんだ」
「もうこっちに来てからも頭の中はシンジ君のことで一杯だったみたいだけど」
「シンジもアスカちゃんにそんなに思われて幸せね。
 シンジもレイちゃんがアスカちゃんの代わりをやってくれていても
 やっぱりアスカちゃんのことで頭の中が一杯みたいよ」
「それでね、おかしいのがうちのパパがね、
 シンジ君が“アスカをお嫁にください”って言ってきたらどうしようって
 悩んでいるみたいでね。まぁシンジ君ならいいんだけど...という状態なのよぉ」
「あらマイケルさんも一応男親ってことじゃないのぉ
 こうなったら早いうちに既成事実を作り上げるっていうのも手かもね。
 シンジってちょっと奥手な部分あるから、アスカちゃんみたいないい娘に
 2度と好かれることなさそうだしねぇ」
「あともう1つ頼み事なんだけど、再会をしたシーンをビデオに撮って欲しいのよ。
 どんな顔してシンジ君と逢うのか見てみたいからね」
「そのことアスカちゃん聞いたらきっと怒るわよ、きっと」

こっちはこっちで子供をおもちゃのように楽しんでいる母親2人だった。


続いてます
ver.-1.00 1997-10/07
公開
ご意見・感想・誤字情報などは lager@melody.netまで。

LAGERですぅ。

めぞんEVA250000HIT記念で書いていたやつだったんですけど
ストーリーを決めるときに「前回の前振りを書こう」と思ったら
大改装しないと話が終わらないということになり、
こういう次第になりました(笑)

久しく書いている暇がなかったので、大変でしたけど。
ガレージキットも作らなくてはいけないしぃ...


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