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〜 4.ムーンストーンと少女 〜


「うどわひぃぃぃいぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


不幸な少年の叫び声が周りの車にドップラー効果を残していく。
一龍区から八龍区までをぐるっと巡る環状ハイウェイは、朝の通勤ラッシュも終わっていて空いていた。この日、この時間、四龍区から二龍区まで車を走らせていた人の多くが、青い固まりがこの奇妙な排気音を纏って脇をすり抜けていくのを目撃したという。


「ふんふーん。なかなか早くつけたわねー。ねぇ、真ちゃん。・・って、ちょっと、真ちゃん!?」
二龍区の新東京市立自然公園には動物園、植物園、他レジャー施設がほぼ整っている。その中の一つ、国立博物館のある区画の駐車場に今着いたところである。軽快に飛ばしてきて目一杯機嫌のいい美里の隣りには、屍と化した真治が転がっていた。
「ちょっと、真っ青よ。どうしちゃったのよ。」
全く自分の所為だと自覚のない美里。
「うぅ、・・・きもちわるい・・・」
この後、真治が復活するのに一時間ほど時間を要した。真治はこの時心に誓った、もう二度と乗るまいと。もっとも帰るために数時間後にはまた乗ることになるのだが。


入場券を買って中に入る。平日の午前中のためか、あまり人は多くない。
「へぇー、意外と数があるのね。でも、ひさしぶりね。こういうの見に来るの。」
辺りを見回して目を輝かせる美里に、同じように見回していた真治が尋ねる。
「昔は良く来たんですか?」
「律子がこういうの好きだったし、私もこういうの嫌いじゃなかったからね。
それに、他の人にはできない楽しみ方もできたから。」
「他の人にはできない楽しみ方?」
「そ。ああいう風にガラスの覆いのない展示品って、触れることができるでしょ。だから、律子がその品物に残っている情報のようなものを読み取って教えてくれるわけ。これが意外とおもしろかったりするのよ。」
ガラスに覆われてない展示物を指差しながら説明する美里。
「ま、今は目的のものもあるし律子もいないけど、時間はあるからゆっくり見て回りましょ。」
中を入り、いろいろと展示物を見て回る。奇妙な形をした像のようなものもあれば、宝石で形作られた装飾品などもあり、こういった物の価値については高いんだろうなぁぐらいしかわからない真治も退屈に悩まされるということはなかった。


30分ほど展示物や解説などを見て回り、残りも後わずかといった所にさしかかったときであった。突如、真治の脳裏に声のようなものが響いた。


『・・新月・・・解き放たれてしまう・・』


「え!」
回りを見回してみてもこれといっておかしな所はない。
「どうかした?真ちゃん」
前を歩いていた美里が真治の上げた声に振り向いた。真治の見た限りでは美里には何も聞こえていないようだった。その様子に、気のせいだろうと思い直す。
「・・・いえ、なんでもないです。」
美里は何か真治の様子が変だとは思ったが、何も言わなかった。追求するよりも気にすべき今日の目標が目に入ったからである。
「真治君。あれが『ムーンラヴァー』よ。」
部屋の中央に強化ガラスで囲まれた、この展示会最大の目玉というべき宝石が鎮座されていた。その透明感を備えた乳白色の宝石は回りからライトを当てられ、見る人すべてを魅了するかのごとく光り輝いている。
二人はもっとよく見ようと近付いていく。ピンポン玉をひとまわりほど大きくしたようなその宝石は黒曜石で細部まで細かく蛇を象った三脚のようなものにしっかり固定されている。蛇の目の部分には赤い石、おそらくルビーと思われるものがはめられていた。
「実物は写真以上に奇麗だわ。」
美里は嘆息するとスッと目をはずす。そしてミリ−ナに頼まれていたことを思い出し、どこかに解説のようなものがついてないか探し始めた。
「・・・・・・・・・・・・」
一方、真治の方は惹き込まれたかのごとく『ムーンラヴァー』を凝視していた。いや、実際惹きこまれているのかもしれなかった。だんだんと回りのものが視野から排除されムーンストーンのみが認識の全てとなっていく。やがて、ムーンストーンの内部の乳白色がまるで意志を持った霧のように渦を巻き始め、その中心から黒点が生じ始めた。そして、それが大きくなろうとした時・・・


『やめて。封印が解けてしまうわ。』


今度ははっきりと聞こえた声が真治を正気に引き戻した。『ムーンラヴァー』から目を上げるとそれを囲うガラスに真治の背後が映し出され、その中に少女が一人立っていた。
明らかに現代風ではないローブのようなゆったりした服を着た、髪にシャギーのかかっている、真治と同じぐらいの歳の女の子。
唖然として、しばらくの間ガラス越しに見詰め合っていた真治だったが、ポンと肩を叩かれてハッと振り返った時にはそこには誰もいなかった。ムーンストーンの方に目を戻してもどこも変わった所はない。
「これだけは何の説明もついてないわ。・・どうかした?変な顔しちゃって。」
『ムーンラヴァー』を囲ったケースの回りを、なにも見つけられないまま数秒で一周して戻ってきた美里が見つけたのは、何やら戸惑いの表情を浮かべた真治であった。
「美里さん、ムーンストーンの中に何か見えませんか?」
様子の違う真治に、何かを見つけたのかと美里はケースの中の宝石を覗き込むが別におかしな所はない。
「別に何も変わってないけど。何?何か見つけたの?
「そう・・ですか、あの、ここではちょっと・・・」
いくら空いているとはいえ、まるっきり無人というわけではない。それに『ムーンラヴァー』はこの展示の目玉である。いつ人が来るかもわからない。
「わかったわ。じゃ、出ましょうか。」
二人は出口の所で一連の展示物の載ったパンフレットを確認して何も書いてないのを確かめると、おそらく自分達が知り得なかった情報を集めているであろうミリ−ナ達の下へ戻るため三龍区へと戻った。


「うおぁあぁぁぁあぁぁ。お・ろ・し・てーーーーーーーー!!!!」


真治は本当なら帰りに見たものについて美里に話すつもりだった。が、そのことで頭が一杯だったため、朝の道中のことについてすっかり忘れていたことに気付いたのは車が発進した後であった。

〜 5.月と封印 〜


バー・ネルフに集まっていたのは昨日のメンバーであった。とりあえず、昼をちょっと過ぎた頃だったのと、美里とミリ−ナの「真ちゃんのお料理食べてみたいな」という言葉に真治がカウンター向こうにあった調理道具を借りてチャーハンを作っていたりする。ちなみに真治は家の昼食分は朝に作って置いてきていた。昨日家に帰った時、玄関に出てきた4人組に取っちめられたのが余程堪えたらしい。


「はい、できましたよ。」
自分の分も含めて6人分を皿に奇麗に盛ってカウンターに並べる。さすがに10年近く家事をこなしているだけあって、エプロン姿も全く違和感がない。
こうして、遅めの昼食が始まった。
「へぇー、やるじゃない、真ちゃん。おいしいわよ。」
「凄いわ、真治君。ね、うちでアルバイトしてみない。」
「ミリ−ナさん。それはちょっと・・・」
ビール片手にチャーハンをかきこみ、感嘆する美里。その手際のよさとなかなかの腕前に勧誘を始めるミリ−ナ。そのミリ−ナにちょっと困った顔をしている摩耶。そして、残りの二人はといえば・・
「し、繁。まともな飯は何日ぶりだろうな・・・」
「誠。うまい、うまいよ、これ。」
久しぶりに食べるインスタントでない料理に涙していた。


「さて、それじゃあ、それぞれわかったことを報告しあいましょうか。」
食事も終わり、真治が片づけを済まして落ち着いた所で、ミリ−ナが口を開いた。
「じゃあ、まず僕から。今回の事とは関係あるかどうか分からないですけど、幾つか気になることが出てきました。」
コンピュータでいろいろ情報を集めていた誠から話し始める。
「まず、前の開催地であるイギリスのネットワークに連絡を取ってみました。そこでわかったのは幾つかの噂話と、1つの事件についてです。噂の方は、夜の警備の時に『ムーンラヴァー』の展示のそばで女の子を見たとか、『ムーンラヴァー』が発光していたとか、まぁ、怪談話に良くあるようなものです。」
女の子の部分に真治はビクッと体を震わせたが、誰も気がつかなかった。真治はあのガラスに映っていた少女を思い出していた。その間も誠の話は続く。
「そして事件に関する方なんですけど、これはイギリスの空港で警備員の死体が二つ発見されたんです。それでその場所がこのクラウン秘宝展に展示されているものが一時保管されていた所なんですよ。」
「でも、それって偶然なんじゃないの?保管されていた場所ってことは、もう荷物だって運び出した後だったんでしょ。」
美里が誠に対して疑問を口に出す。それに対して、誠が答えた。
「そうなんですが、この死体の方が問題なんです。死因について、喉もとを獣に食いちぎられたような跡や爪で引き裂かれた跡の様なものがあったため、野犬か何かの仕業だろうとなっているんですが。」
「そうじゃないの?」
「えぇ、たぶん違うのではないかと僕は考えています。実は、この後クラウンについても調べてみたんです。それでわかったんですが、この『ムーンラヴァー』を発見した時に関わっていた人達の何人かが亡くなっているんです。そして、その死因も」
「獣による襲撃?」
「そうらしいんです。そして、それらの現場の鑑識の結果、狼ではないかと見られています。」
「狼・・・・」
「今わかったのはこのぐらいです。」
誠はミリ−ナの方に向かってそう告げた。ミリ−ナはちょっと戸惑ったような表情を浮かべていたが、誠に言葉をかけられると今度は美里の方に話しを振る。
「美里の方は頼んだこと、わかった?」
「それが、何の表示もなかったのよね。他のには何らかの説明がついてるのに、『ムーンラヴァー』だけはネームプレートだけ。何か変なのよね。」
美里が肩をすくめて答えると、誠が思い出したように口をはさんだ。
「あぁ、そういえば、クラウン達が神殿のような所からこれをこっそりと持ち出したっていう噂もあるんですよ。」
「ふーん。結構、後ろめたいもんがあるみたいね。・・・そういえば真ちゃん、なんか話す事があるって言ってなかったっけ?」
美里の言葉に反応して、皆が真治に注目する。
「あの、誠さん、その噂の女の子について、どんな格好とかってわかりますか?」
「いや、そこまではわからないよ。重要なことなのかい?」
真治は話すべきか迷っていた。なんせ、噂話にはあっても実際一緒に行った美里は見てないのだし、自分の勘違いなんじゃないかと弱気になっていたのだった。そんな真治を良く知っていた美里は一歩を踏み出せるきっかけを作るように声をかける。
「真ちゃんが見たこと、感じたことをそのまま話してご覧なさい。結構、重要なことかもしれないでしょ。」
真治は美里に目を向けると、その一言に励まされるように口を開いた。
「見たんです。女の子。ガラスケースの外側に写っていて、なんていうか、その、神官服のようなゆったりした服を着た、僕と同じぐらいの女の子なんです。」
「その状況、細かく話してくれないかしら?真治君」
「えっと、ムーンストーンを見ていたんです。そしたら、まるで霧みたいに石の中で白い渦が流れるように見えてきて、その中心に黒い、闇のようなものが蠢いて大きくなっていったんです。その時にその女の子が声を掛けてきました。口を開いているところは見てないけど、多分彼女だと思います。」
「で、なんて言われたの。」
ミリ−ナは真剣な目で真治を見ていた。
「確か・・封印が解けてしまうとかって」
「そう。」
「あ、あと、そのちょっと前だと思うんですけど、新月がどうとかって聞こえた気がします。」
「それは、確かなのね。」
「微かだったけど、間違いないです。」
それを聞いて、ミリ−ナはフゥと息をついた。
「わかったわ。ありがとう。どうやら、間違いなさそうだわ。」
「話してくれるわね。ミリ−ナ。」
「えぇ。・・・どこから話せばいいのかしら。私も聞いたことがあるだけだったから、実際本物なのか確信が持てなかったんだけど、あの石は今ここにあるべきではないのよ。あれは封印石なの。それもとびっきりの。もともとノルウェー地方で神話と呼ばれる時代に、森林帯奥深くの神殿に安置されて神殿ごと封印されたらしいの。ムーンストーンはその言霊の力で月の光と満ち欠けが封印の強弱に関係してくるから、神殿がその力の安定を司っていたんだと思うわ。誰が作り上げたのか定かではないけど私の伝え聞いた伝承が本当だとすれば・・神と呼べるべき力をもった存在ね。そして、封じているものは瘴気。神々との戦いに敗れた巨人の呪詛と言われているわ。もし、これが解放されてしまったら、その呪詛が近くにいるすべてを巻き込んで破壊を振り撒くのは必至ね。」
シンと店内が静まり返っていた。もし、それが本当だとすれば大事である。
「じゃあ、真ちゃんの見た女の子は何なの?」
どうにか美里がその沈黙を打ち破ろうとする。黙っていても、状況は変わらない。自分にはまだできることがあるはずだ。そう、美里は考える。
「たぶん、その言動からしてムーンストーンの意思のようなものが年月を経て形を持ったんじゃないかしら。まだ、実体を持つまでには至ってないみたいだけど。」
答えるミリ−ナに、今度は真治が問い掛ける。その顔にはどこか焦りの色が見える。
「封印は月の光と満ち欠けに関係するんですよね。じゃあ、女の子が言っていた『新月』の時は一番力が弱まる時なんじゃ・・・」
「次の新月って、何時なのかしら?」
摩耶の言葉に誠が何やらキーボードを叩く。
「・・・!!明日です!ミリ−ナさん」
「どうする?ミリ−ナ。」
誠と美里の言葉に答えずミリ−ナはしばらく考えていたが、顔をあげると皆を見回した。


「皆、協力してちょうだい。」


そして、どうなる?
ver.-1.00 1997-11/05 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは jr-sari@mvb.biglobe.ne.jpまで。


 jr-sariさんの【世界、重なりて】Vol.2 Bパート、公開です。
 

 ムーンストーンの中の少女像は、
 やっぱり、彼女ですよね(^^)
 

 神秘性の固まりのような彼女が更に更に神性をも持って登場・・。

 アスカ人の私ですが、
 アヤナミストの手がそこまで迫ってきてしまいます(^^;
 

 ああ、シンジくんも彼女に惹かれちゃったらどうしよう・・

 いやいや、
 シンジくんにはアスカの縛があるからね
 

 新月の夜に起こる事件とは?!

 

 

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