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第二話

「…え?」
「だから、もう、別れましょう。」
 
アスカは少し影のある微笑みで、僕に言った。服を直そうともしない。
 
 
彼女はあわてて付け加えた。
「もちろん、あたしはあんたの事が好きよ。だから、友人として、親友として、これからも付き合って行くのは全然構わないわ。ううん、むしろそうして欲しい。…ただ…」
「男と女としては付き合えない、っていうの?」僕の声は、自分でぞっとするほど冷静だった。
でも僕は、自分が冷静ではないことを分かっていた。いつにもまして、彼女を正視できなかった。
「…ごめんなさい。」
彼女の声も低かった。でも、今の一言は彼女の本当の気持ちが込められているような気がした。

彼女は泣いたりはしていなかった。でも僕に目は向けていない。

「そ、だって、そんな。何なんだよ、それ! じゃ、今までの事は、一体何だったんだよ! マヤさんの目を盗んでまで、2人で」「彼が」僕はこの時の彼女の口調も顔ももう覚えていない。
「彼氏が、出来たの。」
「嘘だ!」
「…本当よ。スポーツマンの先輩で、包容力のある人よ。…分かったの。シンジ、あたしはあんたが好き。でもそれは、あんたに男を、そういうことを求めてたんじゃなかったの。ただ一緒にゲームしたり、食事したりする兄弟が欲しかっただけなのよ。分かるでしょ。シンジも。あたし達は、ただ寂しかっただけ。家族に飢えてただけ。シンジは、いい奴だし、優しいし、一緒にいれば寂しさを忘れられる。それは認めるわ。でもそれと恋愛とは、意味が違うのよ!」
「ぼ、僕の気持ちは…」なんでこんなに息が上がるんだろう。「僕の気持ちは、どうなるの?」ああ、もう、僕は何を言っているんだろう。全然意味が分からないや。
「…ごめんなさい…悪いのは、あたしよね。全部あたしの勝手なのは、分かってる。だから、殴りたければ殴って。気が済むまで。でももう」ここで初めて、僕は彼女も泣いていることに気付いた。「もう、…こういうのは…やめて…」

 

 
隣の僕の部屋から、付けっぱなしのラジオのパーソナリティーの笑い声が響いている。

時計がチクタク鳴ってる。
 
 
 

アスカを殴るなんて、僕には出来るはずもなかった。そのつもりも無かった。
「分かった。」僕は立ち上がった。乱れた服を直してあげようと、僕はアスカの肩に手を触れた。アスカは、必要以上にびくっと震えたように見えた。
「だ、大丈夫…自分で直せるから…」何でそんなに小声なの? 僕が怖くなったの?
アスカはすぐに泣きやんでいた。でも、僕とは絶対に目を合わせようとしなかった。

僕は何も言えず、アスカの部屋から出て行った。
 

アスカは小さな声でもう一度「ごめんなさい。」と言った。シンジにその声は届かなかった。

 
アスカの部屋に冷房が入っていたわけではない。が、廊下に出た途端熱気を感じた。今1時だ。
第二東京は第三東京よりは涼しい町だと聞いていたけど、とんでもない話だ。盆地で夏場の暑さはひどい。まだ5月だけど、汗がどっと出るようだ。
4時くらいにはマヤさんも帰って来るだろう。今晩は、どうしよう…何でこんな日に自分が当番なんだ。またそうめんにしようかな。簡単で、誰も文句言わないし…

どうしてこんな事になっちゃったのかな…


数ヵ月前。シンジとアスカは、そろって同じ高校に進学した。アスカには就職の話もあったらしいのだが、彼女は「シンジに会えることが何より重要だ」とその時公言してはばからなかった。
「アスカちゃん、家で見せ付けてくれるのは構わないんだけど、学校では抑さえてね。」苦笑、という形容詞がぴったりの顔でマヤはアスカに念を押していた。
「マヤもうるさいわねー。分かったったら分かったわよ。不愉快な事何度も言わせないでよね。」
ぶすっ、とした表情で答えるアスカ。
アスカが余りに校内でベタベタしすぎるので何とかして欲しい、と入学2日後にシンジから泣きが入り、マヤは「校内では2人は目立ってはいけない」という数ヵ月前アスカ自身の言った言葉を盾にとって、何とかアスカに、校内では必要以上シンジにはくっつかない、ということを認めさせたのだった。
しかし、罰則の無い規定に存在意味はない。
アスカはマヤとの約束もどこ吹く風、相変わらずシンジに家学校構わずベタベタくっついていた。

異変が起きたのは5月初旬からだった。

相変わらずアスカは、シンジとずっと一緒にいて、ちょっとシンジがトイレに行こうとしたりするだけで眉をひそめたし、シンジが他の女子と話した時などははっきりと顔や口には出さないものの、シンジには彼女から不機嫌のオーラが見える感じがした。しかし、ここ数週間、彼女はシンジにいる以上の事を求めなかった。
トイレでも、部室でも、屋上でも、中学時代、いや高校でも一ヶ月くらいはとにかく大変だった。声も出るし、シンジは「見つかるんじゃないか」といつもヒヤヒヤしていた。ところが最近彼女はどこからともなく現われたり、赤い顔でシンジを無理矢理引っ張って行ったりしなくなった。たまに我慢できなくなってシンジから誘うことも、前からあった。以前は断わられたことは一度も無かったのだが、この前誘った時アスカはいきなり腹部を押さえだして「あいたたた…ごめん、今日まずい日だから。」と苦しそうに言って断わったのだった。

 
 
数時間前。僕は今日という今日は、アスカに問い詰めようとしていた。あるいは平たく言うと、もう我慢が出来なくなっていた。
聞くなら今日しかない。と僕は自分を納得させる。今日は土曜日だけど、マヤさんは本棚の整理に忙しくて夕方まで帰ってこれない。僕も今日は部活もないし、もともとアスカは帰宅部だ。時間はたっぷりある。

僕はアスカの部屋のドアをノックする。「アスカ、入って良い?」
「いーわよ。」
アスカは学校から帰って来てから部屋にこもって何か端末をいじっていたが、すぐに画面をスクリーンセーバーに切り替えた。
「何、シンジ?」ニコッと微笑んで、アスカは言った。
「あ、あの…」いざ言葉にしようとすると、中々言えないものだ。情けない話だが、僕からそう言う事を誘ったことはそもそもあんまり無いし。
でも、アスカなら僕の言いたいことは大体察してくれているはずだ。
「どしたの?シンジ。」椅子をこっちの方に回転させて、小首を傾げ、不思議そうに彼女は聞いた。やっぱりかわいい。
「さ、最近…」右手がパクパクしている。「今日、さ。2人っきりだね。ま、マヤさんも夕方まで帰ってこないらしいんだ。だから、その、久しぶりに…」
「うううう…」アスカはここでまたお腹を押さえて、大袈裟に苦しみだした。
2週間前と同じだ。
 
「何、今日は?便秘?」僕は思わず強張った調子で聞いてしまった。
「…」アスカは上目使いに僕をにらんでいたが、やがてやれやれといったふうに手を上げた。
「分かったわよ。あんたでも生理が月に一回なのは知ってるようね。」
「…何で? 僕とするのが、嫌になっちゃったの?」
アスカは笑って手を振った。
「違うわよ、ただそんな気分じゃないだけ。」
「だって、何で! もう一ヶ月近く、何も無いじゃないか!」
「そういう時だってあるわよ…最近暑いし。」
「何だよ、それ…じゃ僕は、どうすればいいんだよ!」「あんたは」僕は彼女の口を塞いだ。

彼女は口を開かなかった。でも瞳は潤んでいて、拒否しているようには見えなかった。
僕は強引に舌を入れた。そして白のワンピースを肩から脱がせようとした。アスカは口を離して小さな声でつぶやいた。
「いや。」
僕はそれに興奮して、アスカを抱き寄せてベッドに連れて行こうとした。
「嘘付け。本当は、ずっとしたかった」「いやなのよ!」

アスカは大声で言って、恐ろしい力で僕を振りほどいた。

「ち、ちょっとは気付きなさいよ! だからいやって言ったら、いやなのよ。都合良く解釈しないで。…今、そういうこと、したい気分じゃないって、言ったでしょ。」
「そんな! だってずっとじゃないか! アスカは僕の事が嫌いになったの?」

アスカの顔から、表情が消えたように見えた。
「シンジは、エッチな事をしないといやなの? その、付き合う相手とは必ずそういうことをしなきゃ駄目なの?」
「だ、だって、恋人同士じゃないか。それが、普通、なんじゃないの?」何だか僕は自信が無くなってしまって、思わず普通に疑問口調で聞いてしまった。
「そう。」何だかアスカの顔に微笑が戻って来た。良かった。
「シンジは、そう思うの。」
「うん。」
「なら、私達、別れましょ。」
 



 
僕は自分の部屋に戻っていた。何にもしたくなかった。大人ならこういう時にヤケ酒を飲むんだろうなあと思ったが、あいにく家にはストックは無かった。僕は眠ることも出来ずに、ずっとベッドでじいっとしていた。
玄関で物音がしている。マヤさんが帰って来たんだ。夕食、用意しないと…でも、もういいや…アスカも、今日一日くらいなら自分達で何か作るだろう。ミサトさんの顔が浮かんできた…何でだろう…あ、ペンペン…

「シンジ。」アスカの元気な声で、僕は目が覚めた。結局寝ていたらしい。
「夕食。冷めちゃうわよ?」焦点のあわない目で、僕はアスカを見た。僕は何と言って良いか、分からなかった。
「まだ寝ぼけてるでしょ。」普段ならこの一言を言うと、アスカは必ず僕に新開発のプロレスの技をかける。
今日は、デコピン一発だった。
「あたしに振られて落ち込む気持ちも分かるけど、早くしなさい。腹が減っては戦は出来ずよ。」
言ってる事がよく分かんないよ、アスカ。
「あ…ごめん。今日、僕が当番だったのに…」
「そうだっけ? いいから食べるわよ。今日はお刺身。…人工だけどね」

アスカの態度はよそよそしいといえばよそよそしいような感じもした。でも、気のせいのような気もした。状況が状況だからよそよそしく見えるような気もする。しかし正直言うと、むしろ僕にはいつもと特に変わらない元気なアスカ、に見えた。

アスカは声を小さくして、言った。
「別にあたしはあんたが嫌いになったわけじゃないわ。だから「僕は独りだー」みたいに落ち込む必要は、全然無いんだからね。」

「シンジ君まだぐずってるの?テストの点なんて今度取り返せば済むことじゃない。」
マヤさんの声がダイニングから聞こえてくる。

マヤさんが心配するのは困る。僕は重い腰を上げ、食卓に向かった。

 
 
 
食べてる間、表情は堅かったと思うけど、何とか泣かずに済んだ。

 
良かった。

つづく
 


次回に続くよどこまでも
 
ver.-1.00 1997-06/13 公開
 
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えまーじぇんしー、えまーじぇんしー! こないだ、よくメール下さる方(3人位いるんですよ、皆さん本当にありがとう)の一人から某エデンの外伝で「約束の○ーホルダー」という小説があると教えて頂いて、あたしゃ焦った焦った。いやまた私、無意識にパクったんじゃないかと思って見てみたんですけど…大丈夫みたいです。私のは、そこの小説ほど動きのある話じゃないし(涙)。今回第一話に比べてぐっと短いですけど、大体このくらいの長さでいきます。って言うかこれ以上の長さは無理(はあ…)。 でも自分で一話から読み返してやっぱり笑いますね。いきなり別れるんかい!
3人だけじゃ寂しいので、レイプラス約2名本編キャラを出すのが仮決定(生き残ってる人です。誰だか大体想像付くでしょ)。予定では、皆チョイ役です。別にいてもいなくても、っていう(笑)。
もう愚痴やら何やら言いだすと止まらなくなりそうですけど、第一話を出してしまった以上書き進むのみですね。
それじゃ来週も、「地味にしちゃうわよ!」     

 フラン研さんの『キーホルダー』第2話、公開です。

 オッと、これは!
 今までにないシンジXアスカ物ですよね。
 いや、有ったのかもしれませんが、無意識に避けていたのかも?

 第1話の後書きで「真綿で首を絞めるような世界」とありましたが、
 私は既に窒息しそうです(^^;
 

 基盤が不確かなあやふやな感じ。
 このままスローモーションで崩れていきそうな・・・・・

 どう変わっていくのでしょうか?
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 重い世界を静かに進めるフラン研さんに感想のメールを!



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