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 ジオフロント、それはアダムとリリスの棺


 ジオフロント、それは神々の戯れの場


 ジオフロント、それは永遠なる戦いの地。


 神よ、何をお思いになられる


 神よ、なぜこの地をお作りになられた


 血と鋼鉄の掟が支配する混沌なるこの地を。


 因果律によって創られし


 運命の子


 無の大剣をたずさえて神々の黄昏に向かう。


 約束の刻


 それは大いなる審判の日。


 生き残るのはなにか


 産み出されるのはなにか


 残されるものはなにか。


 神よ、我は請い願う


 神に創られし最後の使徒の名において


 御身がこの地から永久に消え去らんことを


 この地に住まうささやかなる命のために。



                    「ジオフロント創世記第六章終節」より




ジオフロント創世記

第26話

暁闇



 歴史は常に意志によって動く。行動には意志が付随するが故に。夜空に輝く星々のように無数の意志は、時には干渉しあい、時には協調しあいながら歴史を綴っていく。
 数え切れない燃えるような意志は、一つ一つの星の輝きを見えなくする。それ故、人は信じることができない。自分たちの心が歴史を動かしていることを。
 運命。人間は自分たちの届かないところで歴史を動かすものそう呼ぶ。ある者はそれを神の意志だと言い、ある者は時の流れだと主張する。
 ジオフロント世界。そこには地上界とは比べものにならないほど巨大な意志が存在した。気まぐれとも言える神々の意志は、ジオフロントに住まう弱き人間を時代の流転へと巻き込んでいく。

 だが、どこの世界にも、いつの世においても神に逆らう者は存在する。

 彼らは証明しようとしていた。自らの正当性を。

 彼らは渇望していた。自らの理想に。

 彼らは信じたかった。神ならざる身でも変えられる運命があることを。


 時にジオフロント暦2015年

 神に抗う集団は三つあった。彼らは自らの正当性を確信するが故に他者を憎み、自らの理想を追求がするが故に心の底から協調することはなかった。錯綜する互いの意志は、複雑に絡まり合い、解くことが不可能な鎖となった。
 がんじがらめになった知恵の輪は、時代に昏い影を落としていた。世界中から全ての光が消え失せてしまったくらいに。それでも彼らは闇の中で踊り続けるしかなかった。いつか闇が明けることを信じて。




 一人きりの食事ほどまずいものはない。葛城ミサトは苦虫を噛みつぶすような顔をして、トーストを口の中に押し込んだ。取れたばかりの新鮮な野菜も、香ばしいバターの匂いも食欲をかき立てることはなかった。
 それでもミサトは貪るようにしてそれらを食べた。身体も心も拒否した食事。ミサトは意志の力だけで無理矢理かみ砕くと、熱いコーヒーで胃の中に流し込んだ。

 「でも食べられるだけまだましか・・・・・」

 今頃拉致されたシンジとレイは、永遠に食物を必要としない身体になっているかもしれない。
 ミサトは苦いコーヒーを飲み干すと立ち上がった。昨晩は一睡もしていないが眠気はない。えも言えぬ寒気と何もできなかった自分に対する無力感だけがミサトの身体を覆っていた。


 ネルフの空気は沈痛なものだった。シンジとレイの拉致及びEVA00の喪失は、戦力面においても精神面においてもネルフの面々をどんぞこに突き落としていた。
 司令官のゲンドウからは何の説明もない。職員は一様にうつろな目をしていた。本来なら情報操作が行われるところだが、あまりにも目撃者が多いために何をやっても無駄と判断されたのだろうか?諜報部は動かなかったし、ゲンドウからも箝口令すらでていなかった。
 最悪の雰囲気の中にも明るい知らせはあった。EVA02適格者惣流アスカの帰還である。長い一日が夜半を過ぎた頃、アスカは加持に支えられるようにしてネルフに戻ってきた。
 職員達は安堵すると同時に重い顔を見合わせた。シンジの拉致という事実を誰が告げる のか確かめ合うように。結局その任を担ったのはいち早く出迎えに出たミサトだった。

 「アスカ、加持!無事だったの?!」

 「なんだ、俺のことも心配してくれていたのか?葛城」

 「当たり前でしょ!」

 ミサトの答えは間髪入れずになされた。加持は肩をすくめて無精髭をさすってから頭をさげる。ミサトは涙に耐えながら頬を振るわせていた。加持は抱き留めようと思ったができなかった。傍らにいる紅茶色の髪をした少女が悲痛な叫び声をあげたためである。

 「ミサト!シンジは・・・・・、シンジはどうしたの?」

 うつろなな瞳は不安で満たされていた。ある程度覚悟を決めていたミサトがたじろぐほどに。一瞬にして瞳から涙の色を消したミサトを見た加持は、一転して鋭利な刃物のような表情になった。

 「葛城、何があった?」

 加持の声は厳しく重量感があった。ミサトは心を落ち着けるように瞼を閉じ、顔をあげると観念するように切りだした。

 「さらわれたわ」

 「誰に?」

 「鳥天使アラエル」

 目を細めた加持の脳は、恐ろしい勢いで回転をはじめていた。少し前から妙に不安がっているアスカの行動も納得がいく。シンジとアスカが特別な関係にあることを加持は知っていた。

 「シ、シンジ・・・・・、シンジ・・・・・・、シンジ・・・・・・」

 アスカはただ幼なじみの名を口ずさむだけの人形になっていた。

 「それとレイもさらわれたわ」

 ミサトは少し迷った後で付け加えた。隠していてもすぐにばれる。一度に話してしまった方が幾分ましであろう。

 「レイも?アラエルにか?」

 「いえ、UN軍上層部によ。リツコのお母さん、赤木ナオコ博士が戦闘中に侵入して・・・・」

 ミサトはゼーレについてよく知らない。ナオコについてもUN軍研究所の最高幹部の一人という程度の認識しかない。ナオコが八旗衆の一員であったことも、最近ゼーレの評議員に加えられたこともミサトの知識にはなかった。
 加持の顔は一層険しいものになる。顎に手を当てて思考の海に沈みかけていた加持を現実世界に引き戻したのは、隣で崩れ落ちる少女だった。

 「アスカ?!」

 「大丈夫だ。脈はしっかりしている。早く医療班を」

 ミサトと加持に付き添われたアスカは医務室に運び込まれた。気を失っているだけというのがリツコの診断だったが油断はできない。ただ寝ているだけのシンジが何日も目覚めなかったことがあるのだ。アスカが二の舞にならないとは限らない。
 その後対応に大わらわだったミサトが、疲れ切った身体を自室のベットに委ねた頃には空は白み始めていた。




 「すみません。遅れました」

 定刻通りに部屋に入ったミサトだが、他の出席者がすでに来ていることを知ると小さく頭を下げた。
 司令官室の奥にある極秘の部屋。20畳ほどの部屋には窓はなく照明も暗い。魔法陣と様々な結界でで覆われた空間の真ん中には円卓が一つだけおかれている。ミサトも足を踏み入れるのは初めてであった。
 ゲンシュウ、シャルロット、冬月、リツコ、カオル、そしてヤマト。出席者の顔ぶれを見れば会議の内容がいかに高度なものであるかが理解できた。ミサトは総毛立つのを実感した。

 「ゲンドウならしばらく来ぬよ」

 円卓には椅子が10個余り置かれている。空白の椅子に目を向けたミサトに気づいたゲンシュウは静かに言った。

 「揃ったようじゃな、では始めようか」

 「議題はなんです?急な呼び出しでしたのでそこまで聞かなかったのですが」

 ミサトは明らかに愚問を発していた。自分でも口から出たそばから自覚している。だが妙に落ち着いた自分以外の面々の顔を見たミサトは、不信感を声からにじませていた。

 「そうさな、何から話せばよいものか・・・・」

 ゲンシュウは左手で髭をさすっていた。それ以外の出席者は誰も喋ろうとはしない。ヤマトとシャルロットは瞑想でもしているかのように腕を組んで目をつぶり、冬月とリツコは視線を伏せている。カオルはいつもの微笑を消して虚空を眺めていた。

 「今は話し合いより行動の時じゃありませんか?はやくシンジ君とレイを助け出しにいかなければ!」

 「二人とも間違いなく生きておるよ。でなければわざわざ拉致したりするものか」

 「しかし、アスカの例もあります。洗脳でもされたら厄介です」

 「ふむ・・・・、それもそうじゃな」

 ゲンシュウの声は素っ気なかった。ミサトは一人だけ空回りしている自分に苛立った。ミサトは同調を求めてリツコに視線を向けた。だがリツコは頬杖をついたまま視線を合わせようとはしなかった。ミサトの意図に気づいているにも関わらず。

 「一体何なんです?!」

 ミサトは思わず椅子から立ち上がった。何に対して疑問を投げかけたのか自分でも分からない。
 なぜシンジとレイはさらわれたのか?シンジとレイにどういう利用価値があるのか?なぜそんなに落ち着いてられるのか?ミサトの語気は荒い。顔は上気し、肩は震えていた。

 「座れ」

 初めて発せられたヤマトの声は鋭く重かった。ヤマトは首を微動だにさせず、眼球だけ動かしてミサトを睨み付ける。頑強な腕で肩を押さえつけられたような錯覚に囚われたミサトは、深呼吸を一回だけして息を整えると腰を下ろした。

 「最初に話しておくことがある。おまえにも関係のあることじゃ」

 海底をゆっくりと進む潜水艦のような声だった。ミサトは物静かなゲンシュウの言い方にゾクリとした。

 「正確にはおまえの父親にじゃ。事の直接の始まりはおまえの父、葛城ヒロシにある」

 「お父さんに?」

 ミサトは思わず顔をしかめた。お父さんなどという私的な言い方をしてしまった自分に気が付くだけの冷静さはまだ持ち合わせていた。

 「死海文書というものを知っておるか?」

 ゲンシュウは構わず話を続けた。ミサトは少し恥じらいながら首を振った。

 「ふむ、何も聞いておらんか・・・・」

 「父とは長い間、離れていたものですから」

 「まあ、それもそうじゃな。では話を続けよう。死海文書とはUN軍が長い間保管していた神世の時代の石板じゃ。いや石板という言い方はおかしいかもしれんの。石でも金属でもない、今の時代には存在しない物質でできておるからな。じゃが、問題は石板自体ではない。その内容じゃ」

 ゲンシュウは一度話を止めた。ミサトに確認をとるかのような視線。

 「死海文書は解読不能の石板じゃった。だがあちらの世界で最新の解読術を身につけていたヒロシはこれの解読に成功した。書かれていたことはジオフロント世界の真の意味じゃった」

 「真の意味?」

 「そう、真の意味じゃ。ところでミサト、ジオフロント世界の誕生の寓話については勿論知っておるな?」

 「白き神々と黒き神々による神魔大戦から無の神々による天地創造に至る話ですか?」

 「そうじゃ、ジオフロント世界はそもそもは白き法の神々と黒き混沌の神々の争いの場として創られた。だが当時のジオフロント世界と今の世界とは微妙に違う」

 ミサトは不意に父の姿を思い出していた。ジオフロント世界に来てからは一層研究に没頭するようになった父。身よりのない自分を放り出して世界中を飛び回っていた父。古代遺跡で使徒に襲われ死んだ父。ミサトは結局親子らしい会話をしないまま父を見送らなければならなかった。

 「当初のジオフロント世界は今のように隔絶された空間ではなかった。神界や地上界の隣に浮かぶ島のような感覚じゃな。ところがあることを境にジオフロント世界は今のように周りをディラックの海に囲まれた閉鎖空間になった」

 「原因は神魔大戦ですか?」

 「勿論神魔大戦も関係があるが、直接の要因ではない。そもそも一般に伝わっている神魔大戦と現実の神魔大戦は別物じゃ」

 ミサトは言葉を失った。心臓の鼓動が高鳴ってくるのが分かる。背筋には電気が走った。頭の中はピリピリしている。これから話されるであろう重大な事実を受け入れるために、身体が準備を始めているようであった。

 「本当の神魔大戦、それは白き神々と黒き神々の戦いではない。全ての神々と最初の使徒にして最初の人間でもあるアダムとの戦いじゃ」

 「・・・・アダム・・・・」

 「神魔大戦のことを話す前に、アダムが生まれた経緯を話さねばなるまい。まずは神々の試みについて話をしよう」

 ゲンシュウはそこまで言うと髭をさするのを止め、椅子の背もたれに身を任せた。それまで我関せずといった顔つきをしていたカオルがゲンシュウとミサトをチラリと見やる。ただ、絶大なる緊張感に襲われていたミサトはカオルの視線に気が付かなかった。

 「神々の試み、それは新たなる生命の創造じゃ。神々が生まれた経緯は知らん。知る術もない。だが神々は広大な宇宙を含む地上界を作り終えると新たなる生命の研究を始めた。神々には三つの派閥があることは知っていよう。すなわち白き法の神々、黒き混沌の神々、灰色の無の神々じゃ。この中で無の神々だけは生命創造に無関心じゃった。白き神々と黒き神々は先を争うように生命の創造を始めた。地上界を覆い尽くしてしまうくらいにの。生命過多になったため一度は地上界の生命を減したくらいじゃ。ミサト、おまえの世代は向こうの学校で習ったじゃろう。氷河期のことを」

 ミサトは顔を強ばらせながら頷いた。目の前に突きつけられた事実が大きすぎて言葉を発することができなかった。

 「地上界を襲った氷河期。あれは神々が増えすぎた生命の数を減らすために行った虐殺じゃ。世界を氷で閉ざすことで数を抑制しながら環境に適応できる生命体を創ろうとしたのじゃろう。だがこの後、白き神々と黒き神々は生命過多を防ぐためにどちらかが一定期間、生命創造を休止することにした。詳しいことは記録されていないから分からんが、最初の1000年は白き神々が、次の1000年は黒き神々がということになったのじゃろう。そしてその順番を決めるために創られたのがジオフロント世界だと死海文書にはある」

 ゲンシュウはふところから黒い板を取り出した。手のひらにすっぽり収まるくらいのサイズだ。ゲンシュウはリツコに目配せすると、円卓を滑らせ石板をリツコに送る。
 リツコは仮面をつけたかのように表情を凍結させていた。石板を受け取っても、懐疑と不安に満ちた視線をミサトからもらっても顔色一つ変えない。ただ石板を胸の前に置くと古代語とおぼしき呪文を唱え始めただけだった。

 ミサトには何を言っているか全く分からなかった。古代語についても多少の知識はあるミサトだが、リツコの言葉はチンプンカンプンだ。ミサトは言葉の内容を考えることを諦め、結果だけを見ることにした。


 ポワンッ


 複雑な紋章を指で描きながら、リツコの言葉が終わった。それと同時に石板から光があふれ出る。ホログラフィのような二次元の光が部屋のいたるところに現れた。何枚もある光のカーテンには、これまたミサトの理解できない言葉が並んでいる。

 「これは死海文書の一部じゃ。おまえの父親が解読した神々の記録じゃ」

 ゲンシュウは砂に水を染みわたらせるようにゆっくりと言うとリツコに向かって片手を上げる。リツコは紋章を描いていた指の動きを止めた。同時に死海文書はただの石板に戻った。

 「神魔大戦について話そう。一般には次の生命創造を決める白き神々と黒き神々の争いが神魔大戦と呼ばれておる。だが、これは捏造じゃ。確かに神々は、どちらが新たなる生命を創るか決めるために争ったがこれはいわばゲームみたいなもの。命のやり取りをしたわけではない。ジオフロント世界は神々の闘技場のようなものじゃった。そう、アダムが暴れ出す前まではな」

 ゲンシュウはもう一度座り直した。姿勢を正してミサトを正面から見つめる。その動作の間に一瞬だけカオルを見たが、ゲンシュウとカオル以外に気づく者はいなかった。

 「神々は交代で新たなる生命の創造を始めたが満足のいくものはできなかったらしい。生まれたのは神々が意図したものではなかった。そこで神々は協議した。別々にやっていたのでは埒が明かない。ここは全ての神々が力を合わせて一つの生命体を創ろう、神々はそう決定を下した。その結果生まれたのがアダムじゃ」

 部屋の空気が格段に重くなった。話が核心に向かうに連れ、どんどん空気は重くなる。ミサトは息苦しさを覚えて首を拭った。

 「アダムは自己増殖、自己修復、自己進化の三つの能力をもっていた。大きさは海原よりも巨大とあるだけではっきりしたことは伝わっておらん。どんな形をしていたかも不明じゃ。ただしアダム創造に多大なる精力が傾けられたのは事実であるようじゃ。何しろ力を使いすぎて休眠期に入った神まででたそうじゃからな。アダムは自己増殖の一環としてまず一つの生命体を生み出した。これは神々によってリリスと名付けられることになる。アダムはこの後も自己増殖による分裂を繰り返し、最終的には16の生命体を誕生させた。神々はこれらの生命体に手を加え、高度な知的生命体へと変化させた。これが使徒じゃ」

 ゲンシュウは今度ははっきりとカオルを見た。何かをうながしているようでもある。だがカオルは硬い表情をしたまま動かなかった。ゲンシュウは髭をさすると話を続行した。

 「神々が使徒の開発に夢中になっている間に、アダムとリリスは自己交配を始めた。こうして生まれたのが我々人類ということになっている。死海文書にはリリスの子供という意味でリリンとある。その前にも猿のような霊長類は存在したが、高度な知性を持った人類が生み出されたのはこの時が初めてであったと伝えられる。人類誕生の間にも使徒の開発は進んでいた。当初は完全なものはできなかったらしい。例えば第3使徒である嵐天使サキエルは戦闘意識ばかり高くなってしまい、思考能力などがアンバランスじゃった。第6使徒ガキエルまどは身体を巨大化させてしまたばかりにその他の能力が他の使徒に劣る。ようやく完全と言える使徒ができあがったのは第14使徒ゼルエルの時じゃったという」

 ミサトの表情は蒼白に近いものになっていた。血の気が顔から引き、過多は震えている。ゲンシュウは話を止めた。

 「大丈夫です。続けて下さい・・・・・」

 全身の力を使ってミサトは何とかそれだけの言葉を絞り出した。

 「完全版とも言える力天使ゼルエルを創り出した後、神々はようやく気が付いた。ほっておいた人類が異様に増えていることに。100年ほどであったという。神々にとっては僅かな時間でも人類が増えるには十分な時間だった。人類は積極的な交配を繰り返し、いつの間にか結構な数になっていた。神々は不機嫌そうに人間達を観察して驚いたという。なぜなら人類には感情と思考能力が備わっていたからだ。神々が使徒に心を与えるのに大変苦労したにも関わらず、アダムとリリスが生み出した人類は独りでに身につけていた。これ以降神々の研究は心という点に映る。ゼルエルの後に創造された三体の使徒には、いかにして豊富で多様な心を植え付けるかということが争点になった。第15使徒アラエルには豊富な思考能力が与えられた。第16使徒アルサミエルには豊富な感情が、そして第17使徒タブリスには・・・・・」

 「第17使徒タブリスには何も与えられなかった。神々は僕に著しい自己成長能力を与えたが、あとはほったらかしにしておいた。僕は原初の人間社会に放りだされた。僕はリリンの間に混じりながら言葉を覚え、習慣を理解し、心というものを学んだ」

 ゲンシュウが「第17使徒・・・」と話し始めるのと同時にカオルが口を開いた。ミサトは一瞬訳が分からなくなった。第17使徒?僕?
 ミサトは淡々と話したカオルを直視できなかった。思わず目を背けたミサトの視界にはリツコが映る。長年の親友は顔色一つ変えずにカオルの話を聞いていた。

 「リツコ、あなたも?!」

 「知っていたわ」

 味気ないリツコの返答。反射的に椅子を蹴って立ち上がるミサト。眼下に鎮座する面々は誰一人として驚いていなかった。

 「僕が使徒だと分かったなら、どうするつもりなんだい?」

 ミサトは返答できなかった。父を殺したものと同類が目の前にいる。使徒ヘの復讐を誓ってネルフに入ったあの日。だが目の前にいるカオルは臆することなく、純粋な瞳でミサトを正視している。
 ミサトは崩れ落ちるように座り込んだ。細胞ごと身体が震えていた。目からは勝手に液体が出た。円卓に落ちた涙は不思議と大きな音を立てた。

 「涙・・・・、心をもらったといっても僕はまだ泣いたことがない。涙を流すことはリリンの特権なのかな?」

 昏い旋律だった。誰も言葉を返すことはできなかった。ミサトのすすり泣きと音のでないカオルの慟哭はよく似ていた。

 「話を続けてよいかの。今は時を惜しむ」

 この日、初めてゲンシュウが出した優しい声だった。ミサトは口に手を当てると顔を上下させた。大きく息を吸い込むと嗚咽と涙をのどの奥に流し込んだ。

 「カオルが人間社会に放出されてから異変が起こる。突然のアダムの暴走じゃ。元々アダムには強烈な本能以外与えられていない。自己進化能力を最大限に生かすためじゃ。じゃが、使徒の中で最も欲望が強いとされるリリスと交わることでアダムは変容していく。アダムは周りの生命体を飲み込み、巨大化を開始した。過剰な自己防衛本能の現れか、生みの親である神への回帰願望かは分からん。とにかくアダムは暴走を始めた。神々はあわてふためいたという。アダムは全ての神々の英知の結晶。しかも強力な自己修復能力があり、1mgでも肉体が残っておれば即座に復活が可能だ。使徒創造の際に力を使いすぎて休眠期に入った神々もいる。全ての神々が揃わないとアダムのすみやかなる消去はできない。だがとりあえず神々はアダムを抹消するために共同戦線を張った。暴走したアダムと神々の戦い。それが一度はジオフロント世界を崩壊させた神魔大戦じゃ」

 ミサトはすでに驚かなかった。驚くという感覚はすでに麻痺していた。それは心の自衛本能であったのかもしれない。

 「神々とアダムの戦いは激烈を極めた。アダムはリリスを唯一の味方にして、あとは自己増殖と自己分裂を繰り返して一大軍団を創り出したそうじゃ。神々も様々な眷属を創り出し、使徒とともに戦場に送り出した。自ら陣頭に立った神もいたという。戦いは当初アダムが優勢に進めた。窮地に陥った神々はアダムの自己増殖と分裂をなんとか押さえられないかと考え始める。アダムの増殖さえ押さえてしまえば、あとは一つ一つ潰していけば何とかなると踏んだのじゃろう。そこで創り出されたのがロンギヌスの槍じゃ。アダム創造以来の力を結集させた神々は、巨大な二股の槍を創り出した。そしてアダムの増殖を防ぎ、リリスと共に緒に封印することに成功した。じゃが被害は甚大であった。ほとんどの神々が休眠期にはいらなければならぬほどにな。神々は使徒にアダムの監視と世界の閉鎖を命じるとジオフロント世界を閉ざした」

 ゲンシュウは一気に話し終えると深く皺が刻まれた目を閉じた。

 「死海文書の内容はそれだけですか?」

 「大方は話した」

 ミサトは大きな疑問を感じた。心は凍り付いていたが、思考能力は活発に活動していた。忙しく回り続けるミサトの頭の中にはいくつもの疑念が浮かんでくる。
 地上界からジオフロント世界にやってくる人間がいるのはなぜか?創るり主の神々が閉ざしたというのなら、閉鎖は完璧であるはずだ。
 神々によりアダムの監視と世界の閉鎖を命じられた使徒。だがカオルやアラエルの行動は明らかにその範疇を越える。
 神々の武器、EVAシリーズ。何のために創られたのか死海文書には記述されていないのか?
 碇ゲンドウは何を考えているのか?シンジの母親、ユイが眠ったままになっていたのはなぜか?ゲンソウの真意と関係があるのか?
 なぜ綾波レイはさらわれなければならなかったのか?ナオコの目的は?
 謎は何一つ解明されていなかった。ゲンシュウが今まで話したのは神世の時代の出来事であり、非常な重要なことだが、現代のことにどれだけ直結しているのだろうか?

 「閣下」

 ミサトは姿勢を正した後、改まった声をだした。ゲンシュウは顎をしゃくりあげて次の言葉をうながした。

 「運命の子とは一体何ですか?」

 ミサトはゲンシュウの顔色が変わるのを見逃さなかった。シンジが暴走した時、偶然聞いたカオルとシャルロットの会話で出てきた言葉。今考えるとおそらくはシンジのことを指していたのであろう。意味は分からない。だが重要な言葉であるような気がした。

 「どこで聞いた」

 「先日、カオルとシャルロットさんが話している時、偶然居合わせました」

 「ふむ・・・・」

 「運命の子とはシンジ君のことですか?シンジ君は他の適格者とは違うのですか?」

 「そう急くな。確かに運命の子とはシンジのことじゃ。そしてシンジは他の適格者とも決定的に違う要素を持ち合わせておるのも事実じゃ」

 「一体それは?」

 「そのことを話すにはもう一つの死海文書について話さねばなるまい。真・死海文書についてな」


 ビーーーッビーーーッビーーーッ


 真・死海文書という言葉に反応するかのように部屋の隅にある魔法玉が音をあげた。ゲンシュウは小うるさそうに手を伸ばすと緊急用の魔法通信器をとった。

 「六分儀じゃ。どうした?」

 「こちら発令所、伊吹です!ネオトウキョウ南方に魔力形成パターン、ブルーを確認。それも複数です。至急発令所にお戻り下さい!!」

 マヤの声は悲鳴に近かった。ネルフの幹部は発令所には一人もいない。あわてふためく様子が手に取るようにわかった。

 「分かった。ミサトもリツコもすぐに行く。ゲンドウには儂から連絡を付けておく。それまでは使徒の監視をせよ」

 ゲンシュウは通信機をやや乱暴においた。

 「聞いた通りじゃ」

 ゲンシュウの言葉を待つまでもなく一斉に立ち上がる音がする。椅子を引く音がしなかったのはミサトの席だけだ。

 「閣下!話がまだ!」

 「後じゃ。今はそれどころではあるまい」

 「ですがっ!」


 パァーーーーンッ


 ミサトの頬に白い手が飛んだ。それまでずっと沈黙を守っていたシャルロットの右手の甲は、椅子ごとミサトをはじき飛ばした。

 「あなたは作戦行動部隊の司令官でしょ。上に立つ者が非常時にそんなことでどうするの?」

 音量は大きくないが厳しい声がミサトに突き刺さった。

 「生き残ることだけを考えなさい。あなたはまだ知りたいことがあるんでしょ。生き残らなければ全ては終わるわよ」

 歯が口腔に突き刺さった。ミサトは久方ぶりに血の味を思い出した。口元の血を拭ったミサトは立ち上がった。
 シャルロットとゲンシュウをキッと見た後、敬礼を施して部屋を飛び出していく。カオル、ヤマト、冬月の三者はすでに部屋から消えていた。リツコだけがミサトの横を併走していた。
 胸の中にはわだかまりが渦巻いていた。だが、今はそんなことを考えている暇はなかった。ミサトは血とともにあふれ出る疑念を胸の奥に押し込んだ。通路に鳴り響く足音がミサトに危急を告げていた。




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ver.-1.00 1997-11/16 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは meguru@knight.avexnet.or.jpまで。

 ジオフロント創世記第26話です。今回は壮大なネタばらし大会になってしまいました。読んでて退屈だったでしょう。すみません。
 設定が自分勝手で大きく、しかも細かい所まで創ってしまったので、いつかはこういう話があると思っていましたが今回になりました。設定と文章構成力のアンバランスが産んだものです。少し反省しています。もっと小出しにしようと思ったのですが、思わせぶりもなんですし、最近更新速度が低下していることもあって忘れてしまわれても困るので少しまとめました。あ、でも”真・死海文書”については後回しにしてしまいました。いきなり前言撤回。思わせぶり、伏線張りまくり復活。
 大家さんが前回心配していたアスカは無事です。あっけなかったかな?本当はアスカ救出の際に加持に死んでもらって、恋人を殺したシンジをミサトがどう扱うかというディープな案もあったのですが止めました。ダークすぎて書けそうもなかったので。加持にはもっと華やかな死に場所を用意したいと思います。って結局死ぬのか?加持!!
 一人で突っ込んでしまいました。これを書いているのがA.M3:15なのでかなり神経ブチ切れです。あとアダムのモデル。実は存在します。「機動武闘伝Gガンダム」(これであっておたっけ?かなりうろ覚えです)のデビルガンダムです。三分の一くらいしか見ていないので主人公の名前くらいしか覚えていません。なんかいい加減だな・・・・。
 それではまた。

 MEGURUさんの『ジオフロント創世記』第26話、公開です。

 

 

 開かされるジオフロントの神話の時代・・。

 沢山のことが語られましたが、
 更に謎が残るスケールの大きさ。

 
 無事に帰還したアスカ。

 ほとんど無傷で帰りましたが、
 更に更に問題は残るストーリーのボリューム。

 

 
 まだまだ楽しませてくれそうですね(^^)

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 奥深いMEGURUさんに感想メールを送りましょう!


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