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Project E

第八話

「今日という日を忘れない」



 「シンジ、明日アスカちゃんとデートに行け」

 ゲンドウの言葉は、いつもながら唐突で横暴だった。夕方すぎに練習試合を終えて帰宅し、疲れた体をリビングに横たえたシンジに投げかけられた第一声がこれである。シンジは今更ながら、ゲンドウの息子として生を受けた我が身を呪った。

 「と、父さんが何を言っているのか分からないよ!!」

 「シンジ、そのセリフはすでに1回使った。中古品は価値が落ちる」

 「そ、それを言うなら40年以上生きてる父さんなんて、廃棄物同然じゃないか!」

 「なんですって・・・・」

 後ろから死霊のささやきが、まだかわいく思えるような絶対零度の声が聞こえてきた時、シンジは自分の絶対的敗北を悟った。

 「か、母さん・・・・」

 ゆっくりと振り返りながらユイの顔をみたシンジの神経はすでに凍り付いていた。

 「40年以上生きてるお父さんが廃棄物なら、40年近く生きてる母さんは何なのかしら?」

 ユイは笑っている。表面上は。  この世の終わりを告げるようなその微笑みを見たシンジは、激怒され殴り飛ばされた方がまだましだと思った。

 (逃げるんだ!逃げるんだ!!逃げるんだ!!!逃げるんだ!!!!)

 心の中でそう叫び続けたシンジは、それを行動に移した。しかし高速で回転させたつもりの足はいつのまにか空回りしていた。長身のゲンドウに襟首を捕まれたシンジは、宙づりにされ身動きがとれなくなっている。

 「シンジ、おまえ今日はアスカちゃんに弁当作ってもらったのだろう?だったらお返しをするというのが世間の礼儀というものだ」

 存在自体”世間の礼儀”と無縁のように思われるゲンドウであったが、自分だけ棚の上にあがるというのは彼の得意技の1つだった。

 「どうした?返事をしないのなら了承したと見なすぞ」

 (うううっ!返事をしないんじゃなくてできないんだよ!!く、苦しい!!息ができないよ、父さん!!)

 シンジの心情を知ってか知らずか、ゲンドウは急に手を離した。シンジに床におろされるというより、放り出され、無様に尻餅をついた。

 「ユイ、明日シンジがアスカちゃんをデートに誘うそうだ」

 「まあ、それは大変ね。お祝いしなくちゃね」

 先ほどまでの不機嫌さを、南極の彼方に投げ捨てた大人2人は、まだゼーゼーいってるシンジをよそに勝手なことを言い始めている。

 「ちょっと、僕はまだアスカを・・・・」


 「「何か言ったか(の)?」」


 同時に振り向くとユニゾンしたユイとゲンドウの顔には、有無を言わせない迫力があった。

 「シンジ。おまえからアスカちゃんを誘うんだぞ」

 「で、でもアスカに断られるかもしれないし・・・」

 「もし誘えなかったらどうなるか聞きたいか?」

 ゲンドウは更に顔をシンジに近づける。髭面オヤジの不気味な顔が15cmほどに接近したとき、シンジに抵抗力と名の付くものは1mgほども残されていなかった。

 「う、うう・・・・・、聞きたくないです」

 「なら今すぐ誘いにいけ。でなければ帰れ!!」

 自分の家にいるシンジは一体どこに帰ればいいのだろうか?ゲンドウの言葉は多少語弊があったが、シンジはそんなこと気にしてられなかった。シンジはシャツの右手の袖で溢れる涙をこらえると、玄関に走っていった。




 「ア、アスカ・・・・。そ、その・・・・」

 惣流家の門をたたき中に入れてもらったものの、シンジの時間はそこで停止してしまった。言うべき言葉は分かっているのだが、シャワーからあがったばかりで、匂い立つようなシャンプーの香りを振りまいているアスカを見た瞬間、言語活動は半分止まっていた。

 「何よ・・・」

 最初は普通にしていたアスカも、照れまくるシンジに感化されたのか言葉を続けられずにいる。それでも先に口を開いたのはやっぱりアスカであった。

 「よ、用事があるんならハッキリ言いなさいよ!!」

 「う、うん・・・」

 「ア、アスカ。その、だから・・・・明日・・・・」


 「明日、僕とデートしてくれよ!!」


 シンジは目をつむってそう叫ぶと、全身の力を使い果たしたかのに肩で息をする。一方アスカといえばシンジが何を言ったのか理解できないかのように、目をパチクリさせている。シンジが「デート」という言葉を口にしたことは、アスカにとってそれほど意外なことだった。
 長いつきあいの2人である。2人きりで出かけたことは何度もある。しかし鈍感なシンジがデートという考えのもと、出かけたことは一度もなかったといっていい。
 女の子にとって、初デートというのは忘れられない出来事のはずなのだが、アスカにはそれがいつだか分からなかった。
 2人きりで外出しても、これはデートじゃない、初デートはシンジがきちんと誘ってくれるまでお預けなんだ、と自分に言い聞かせていた。待ち望んだ瞬間が今ここにある。それでもアスカには実感がなかった。

 アスカの反応がしばらくなかったので、シンジは急に心配になってきた。不安に思っていてもアスカなら大丈夫だろうという気持ちが心の奥底にあったのだが、アスカが返事をしてくれないのだ。焦れた心は余計な言葉を紡ぎだしてしまった。

 「ぼ、僕はほんとはどうでもいいんだけどさ!!父さんが今日のお弁当のお礼に誘えってうるさいんだよ。全く大人って勝手だよね!!」

 その言葉が本心からでたわけじゃないことは、アスカにも分かっていた。しかしロマンチックな初デートを夢見る乙女心は痛く傷ついた。アスカは無言で振り返ると、喚き散らしながら自室にこもってしまった。

 「ど、どうしてアタシがシンジなんかとデートしなくちゃいけないの!!どうでもいいって言うんだったら初めから誘わないでよ!!」

 アスカはドアに鍵をかけるとベットのクッションに顔を埋めた。目が熱くなってくる。しかし泣き声は絶対たてないと心に決めた。

 リビングに残されたシンジを夕日が照らしている。真っ赤に燃える太陽を一瞬見たシンジは、拳を握り直すとアスカの部屋の前に立った。

 「アスカ・・・・」

 「アスカ、聞こえてるよね・・・」

 落日の太陽と同じ色の髪をした少女から返答はなかった。

 「アスカ、ごめんよ・・・。さっきは父さんに言われてなんて言ったけど、あれは嘘なんだ。あ、父さんに言われたのは本当だけど」

 そこで言葉をくぎってみたが、扉は堅く閉ざされたままだった。

 「ア、アスカ!!僕にとってアスカは大切な人なんだ。幼なじみというか、なんていうか・・・今はまだよく分からないけど、とにかく大事な女の子なんだ。アスカといると楽しいし、心が落ち着くし・・・。」

 「だから、・・・だから明日僕とデートしてくれないかな?とにかくドアの前でずっと待ってるから、明日気が向いたら出てきてね。僕はずっと待ってるから・・・」

 シンジはそう言うとアスカの部屋の前を離れた。玄関に向かって歩き始めたシンジの背中で鍵がはずれる音がする。

 「何時にするの?・・・」

 「え、・・・」

 うつむきながら部屋を出てきたアスカの声は、いつもとは比べものにならないほど小さかった。

 「何時にするのって聞いてるのよ!」

 「え、あ、えっと・・・・。じゃあ10時に迎えにいくよ」

 「う、うん・・・・」

 見つめ合う2人の顔が赤いのは、夕日の光をあびたからなのか?沈黙と赤が支配するこの場がシンジとアスカにはなぜか心地よかった。ドアに手をかけて出ていこうとするシンジに、最後にアスカが声をかけた。

 「シンジ・・・・。精一杯おしゃれして行くからね・・・」




 碇家の食卓は今日も豪華だった。
 昼間あれだけ手の込んだ料理をつくれば、夕食は簡単なものしたいと思いたくなるものだが、ユイの辞書に手抜きという単語は存在しないようである。
 主菜の肉料理はローストポーク。かつらむきの要領で切り開いた豚肉で、リンゴと干しぶどうを巻き込みローストしたもの。ソースは濃厚なグレービーソースで食べるときに取り分けるのか、大きなナイフとフォークが横においてある。
 魚料理は紅マスのムニエル。焦がしバターにスライスアーモンド・パセリ・レモン汁が加えられたソースがかけてある。付け合わせのジャガイモがソースを吸い込んで艶やかに光っている。
 それからトリッパ(牛の胃)のリゾット。牛の胃袋を千切りにし、トマト・香味野菜・パルメジャーノチーズで食すリゾットは、臓物系とは思えないほど上品な仕上がりである。
 テーブルの脇にはレバーペーストとフランスパンが置かれている。鶏の白レバーにブランデー・ポルト酒・マデラ酒・生クリーム等を加えたペーストは、いわゆる大人の味でシンジは好きではなかった。これをトーストしたフランスパンにつけて食べるのが、ユイとゲンドウのお気に入りだった。

 4人分の食事の準備が整い、みんなが席に着いたときユイはおもむろにシャンパンを取り出した。ボトルが汗をかくくらい冷やされているのはクリュグ・ヴィンテージ・ブリュットである。
 シンジはアルコール類があまり好きではなかったが、シャンパンだけは別だった。琥珀色の液体から立ち上る、甘く優雅な香り。教会のステンドグラスを背景に天使の歌声が聞こえるようなこの香りが、シンジは大好きだった。

 「今日は何のお祝いなの?母さん」

 碇家では何かの祝い事にシャンパンを開ける習慣があった。もっともこの祝い事を決定するのはユイなので、「シンジがアスカちゃんに殴られなかった日」や「天気が良くて洗濯物がよく乾いた日」などにシャンパンの栓が開けられてしまうこともある。

 「今日?今日はシンジが部活で活躍したことに。あとシンジがアスカちゃんをデートに誘った記念すべき日じゃないの!」

 聖母マリアのごとき微笑みを浮かべて言ったユイの言葉に、シンジとアスカはお互いの顔を1秒間だけ見合わせた後、真っ赤になってしまった。子供2人がうつむき加減なため、お祝いの日にしては静かな食卓が過ぎていく。それでも彼らは十分幸せだった。




 その日の深夜、相田ケンスケは怪しげな電子メールを受け取った。

 「碇シンジと惣流アスカに動き有り。注意されたし」

 発信元は分からない。ケンスケはカマをかけるため、シンジに明日買い物に行こうと電話で誘ってみるが、シンジはしどろもどろな声で断ってきた。なるべく残念そうな声で電話を切ると、ケンスケはカメラを磨き始めた。彼にとっては五話ぶりの貴重な出番はもうすぐだった。




 明くる朝、惣流アスカはいつもより格段に忙しかった。
 休日にもかかわらず、朝日と同時に起きると、昨晩すでに選び終えた服をもう1度チェックした後、風呂場に向かう。とっておきのバスキューブにバスローブを用意したアスカは、シャワーを浴びる前に鏡を覗き込んだ。
 念入りに髪の毛と体を洗ったアスカは、薔薇の香りのキューブを溶かした少し熱めの湯船につかる。あがる直前に熱いシャワーと冷たいシャワーを交互に浴びて肌を引き締める。
 再び鏡に映った自分を見たアスカは、風呂に入る前より綺麗になった気がした。それはアスカの儀式だった。普段にはだせない勇気を出すための。

 自室に戻ると昨日1晩かけて激選した衣装をみにつける。白いレースがついた下着を付けている時、アスカは少し顔を赤くした。もしもの時のことを考えて、昨日最も悩んだのは下着の選択だったからだ。
 それから袖がない白のタートルネックに黒のタイトなミニスカートを着て、鏡の前で1回転してみる。昨日母親の部屋から引っぱり出してきたケリーバックは、アスカの髪と同じ色の革でできている。艶やかな光沢を放つそのバックは、母が何か特別な日に使いなさいといってくれたものだ。
 玄関に行って黒い革のロングブーツを確認するとアスカは鏡台の前に座って化粧を始めた。
 化粧は極力薄くした。口紅もアスカのかわいらしい唇を、少しだけ艶やかにみせるくらいに塗った。銀のネックレスに真珠のイヤリングをつけたアスカは、最後にラベンダーの香水を一吹きし、再び鏡の中の自分を見つめる。満足げな蒼い瞳は、準備が完了したことを意味していた。

 一方碇シンジも慌ただしい朝を迎えていた。
 普段の休日はゴロゴロ寝ているシンジだが、この日は早くから支度に追われていた。シャワーを浴びたあと自分の部屋に戻り、着替えて出てきたシンジの前にゲンドウが立ちはだかる。ゲンドウはシンジの服装を一瞥すると冷淡に言った。

 「却下だ」

 それだけ言うとゲンドウはシンジを部屋に蹴返した。シンジを3度ほど却下したあと、4度目の服装をみたゲンドウが小さく「ふん」と呟くと1枚のカードを渡した。
 金色に輝くカードには「AVEX・GOLD・CARD」と刻まれている。限度額が1000万にもなるスペシャルカードにシンジは驚いて父親を見上げるが、ゲンドウは「最低でも10万は使え」とぶっきらぼうに言うと新聞を読み始めた。
 無口な両親に密かなプレッシャーを感じたシンジは、何か気恥ずかしくなって慌ただしく家をでようとする。玄関で靴をはき終えたシンジの背中にユイの声が重なった。

 「シンジ、しっかりやるのよ!!」




 9時45分


 惣流家の呼び鈴が鳴った。玄関先まで走っていったアスカは、ドアを開ける前に胸に手を当てて気を落ち着けるように息をつき、おもむろにノブに手をかけた。

 「お、おはようアスカ」

 少し照れながらそう言ったシンジの格好を見てアスカは驚いた。黒のベルベットのシャツに、白いシルクの滑らかなズボン、靴はコードバンのUチップブーツを履いている。いつも腕にしている機械式クロノグラフが、ピッタリなシックな装いである。
 普段とは全く違うが、それだけシンジが気を使ってくれているのが如実に現れていて、アスカは嬉しかった。

 「今日はカッコ良いわね。シンジ」

 「あ、ありがと・・・。あんまり着ないからちょっと恥ずかしかったんだけど・・・」

 「そんなことない、よく似合ってるよ・・・」

 早くも顔を赤く染める2人。デートのしょっぱなからそんなに飛ばして、はたして大丈夫なのか?

 「ア、アスカもとってもかわいいよ・・・」

 「あ、当たり前じゃない!!アタシは何着ても似合うにきまってるでしょ!」

 アスカは強がってそういったが、端から見れば照れ隠しをしているようにしか見えない。

 「今日は特別綺麗だ・・・」

 シンジには似合わないような浮いたセリフだった。アスカは更に赤くなった顔を隠すようにエレベーターに向かって歩き出した。

 「は、早く行きましょ・・・」

 シンジはこれでいいのかな?と昨晩のことを思い出した。シンジは昨夜遅くまで、「デートの掟36箇条」なるものをゲンドウに教え込まれていた。服装の誉め方は確か第6条だった。

 「で、どこに連れていってくれるの?」

 繁華街に歩いていきながらアスカは口を開いた。

 「ベルリン・フィルハーモーニーの講演があるんだ。それに行ったあとお昼を食べて、それから買い物に行かない?林間学校は北海道だから冬服が必要になるけど、僕持ってないんだ。アスカに選んでもらったほうが、趣味のいいものが揃うだろうから」

 「シンジにしては上出来ね」

 それに対してシンジが何か言い返そうと思った瞬間、シンジとアスカの手が触れ合った。2人は足をとめてしばし見つめ合う。アスカの蒼い瞳を見た途端シンジは硬直してしまった。
 アスカも十分緊張していたのだが、シンジのこわばり具合がそれ以上だった。アスカはそっとシンジの腕に自分の腕を巻き付けると、肩に頬を寄せて体をくっつける。

 「あ、ああ、アスカ・・・」

 うろたえるような言葉にアスカは、シンジの顔を見上げる。アスカの訴えかけるような表情をみたシンジは何も言えなくなってしまった。それから繁華街につくまで2人の会話は、ほとんどなかった。今の2人にとってお互いがそばにいること以外、必要なものは何もなかった。

 ラブラブのカップルにつかず離れずついていく影があった。名前をあげる必要もないだろう。
 しかし、そんなことばかりしていてむなしくないのか!そういう行動ばかりとっているから君は、「ムッツリ眼鏡オタク」とかレイに言われてしまうんだ!!




 「碇君じゃない?」

 コンサートホールの前でかけられた声に、シンジは聞き覚えがあった。

 「あ、アスカまでいる。・・・・、ひょっとしてデート?」

 少し意地の悪い調子である。声の主はショートカットでTシャツにジーパン、サンダルをはいた活動的なスタイルの女の子であった。
 三笠ヨウコ、シンジとアスカの1年生の時のクラスメイトである。活発で明るいという印象があったがそれほど親しいというわけでもなかった。

 「こんにちは、シンジ君・・・・」

 ヨウコの後ろにいた少女が顔を出す。サマーニットのカーディガンにロングスカート、長い黒髪はブルーのリボンで纏められている。

 「こんにちは、暁さん」

 アスカは大げさにシンジと腕を組み直してみせる。シンジに暁さんと呼ばれた少女が発した「シンジ君」という言葉に、アスカはすばやく反応したのだった。

 「カスミ、私たちお邪魔みたいだから、早くいこうか?」

 「う、うん。じゃあね、シンジ君」

 ヨウコに促されたカスミはそう言うと町中に消えていった。しかしアスカはカスミが2、3度シンジの方を振り返ったことを見逃さなかった。

 「知ってるの?あっちの子も」

 「ん、暁さんのこと?」

 まるで鈍感な言い方をするシンジとは逆に、アスカは内心かなりの憤りを感じていた。

 暁カスミ。

 アスカも知らなかったわけではない。名前と顔くらいは知っていた。物静かな本人にその気はないだろうが、カスミはある意味では目立つ生徒なのだ。
 シンジも知っていたことに不思議はない。しかしこともあろうに「シンジ君」などと呼び合う仲であるとは全く予想だにしなかった。

 「チェロの弦が切れた時、修理に出したことがあったんだ。そしたら楽器店で偶然あってね。僕が週に1回チェロを習いにいく教室があるだろ?暁さんはフルートだから、ついてる先生は違うけど、教室が同じだったから・・・」

 「その割には親しそうだったけど?」

 シンジは少し不機嫌になっているアスカにようやく気がついた。

 「別に、それだけだよ」

 (そうね、シンジの話し方に変なとこはなかったし、シンジにそんな甲斐性があるわけないもんね・・・。でもあの子の目・・・少し気になるわね・・・)

 「早く行こうよアスカ。講演始まっちゃうよ」

 「うん!」

 アスカは余計なことを考えるのは止めた。今日はシンジ以外のことは考えないでおこう、そう心に決めると、アスカは組んでいる腕に少しだけ力を込めた。

 その頃相田ケンスケは、厳しい選択を迫られていた。
 目の前には彼の対象物が2種類存在した。1つは腕を組みまくってかなりお熱い状態にまでいっているシンジ&アスカ。もう1つはケンスケが密かに憧れる深窓の令嬢・暁カスミ。シンジとアスカはあの調子で行けばかなりのスクープを撮れるかもしれないし、私服のカスミのショットは譲れないものがある。
 怪しい脳味噌をめまぐるしく回転させたケンスケは折衷案をとることにした。パンフレットをみればコンサートの終了時間は12時半。それまでに戻ってきて出口で待ち伏せればシンジとアスカはまた追える。それまではカスミを・・・。決断を済ませたケンスケは再び動き出した。




 「今日は疲れたねー」

 アスカが珍しく「疲れた」なんて単語を口にした。
 しかし今日はアスカにとって特別な日であり、様々な意味で疲れる要素は揃っていた。あの後2人はイタリアンレストランでパスタを食べ、夕方過ぎまでショッピングを楽しんだ。シンジは両手に抱えきれないほど買い物袋を抱えている。
 帰路ヘとついた2人であったが、シンジにはもう1つ行っておきたい場所があった。

 「ア、アスカ!もう一カ所つきあって欲しいところがあるんだ」

 シンジは思い切った声で言うとアスカの返事も待たずに手をひっぱていく。

 (シンジったらどこに連れていく気かしら?まさか?!そ、そんなのまだアタシ達には早いわよ!あんまり遅いとおじさまやおばさまに怪しまれるし!で、でもシンジがどうしてもっていうのなら・・・。駄目よ!ここは禁18禁サイトよ!!掲載してもらえなくなったらどうするの?!)

 アスカの妄想をよそに、シンジは目指す場所に到着した。

 「ここは?・・・」

 そこは通学路から少し外れた高台の公園だった。

 「部活とかで嫌なことがあったら、時々来るんだ・・・」

 シンジとアスカの目の前には雄大なパノラマが広がっていた。第三新東京市が夕焼けで赤く染まっている。

 「きれい・・・」

 アスカはそんな平凡な言葉しか言えなくなっていた。

 「この景色をアスカに見せたかったんだ・・・」

 シンジは不意に握っていた手に力をこめる。2人はどちらからというわけでなく抱き合っていた。
 見つめ合った後、アスカは静かに目をつむる。シンジにはそれが何を意味しているか分かっていた。
 普段のシンジならあわてふためいてしまったことだろう。しかし、真っ赤に燃える夕日はシンジをそっと後押ししてくれた。2人のシルエットが重なる。どのくらいの時間が過ぎたか2人には分からなかった。自然と2人は唇を離す。

 「シンジ・・・アタシね、今日という日を忘れない。絶対に・・・」


 そんな2人を夕焼けだけが見守っている・・・のなら良かったのだが、好ましからざる観察者が1人いた。しかし決定的写真を手に入れたケンスケは、家に帰って現像してから頭を悩ませることになる。

 「この写真公表したら惣流の写真が売れなくなるかなぁ・・・。それに・・・」

 それにこの写真は美しすぎる!ケンスケはそう思った。壮大な夕焼けをバックにKissをかわすシンジとアスカ。
 自分でもよく撮れていると思うのだが、それにしても見るものを一歩さがらせてしまうような雰囲気があった。ケンスケはしばらく考え込んだ後、写真をネガごと厳重にしまいこみ、しばらくは公表しないことに決めた。


第九話へ
ver.-1.10 1997-11/15 リニューアル
ver.-1.00 1997-05/30 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などはmeguru@knight.avexnet.or.jpまで。

 第八話です。今回は純正ラブストーリーでいってみたつもりです。どうだったでしょうか?ちょっと心配なので感想メールを下さると嬉しいです。分かっていると思いますが各話の題名は本文中で人物が発したセリフからとっています。アスカはすでに2回目!シンジやミサトが1回も言ってないのにどうしてなんでしょうね?あと料理の記述についてメールをいただいたのですが、これは今は亡き開高健が「食い物と性の描写ができるようになれば1人前だ」とおっしゃっていたことに少し影響されています。つたない描写で申し訳ないのですが・・・・。次回は誰のセリフが題名を飾るのでしょうか?ではまた


 MRGURUさんの『Project E』第八話、公開です!
 

 ラブラブデート・・・・初々しくて微笑ましいです(^^)

 勇気を振り絞ってのデートの申し込みから、
 朝の身支度、
 待ち合わせの場でのドキドキ・・・・

 二人で歩いて、過ごして、
 最後の締めは公園で。

 いいデートでしたね。

 カスミというキャラの登場もあり次回以降の波乱を予感させます。
 ちょっと楽しみ(^^)
 

 訪問者の皆さん、ハイペースで書き続ける MEGURU さんに激励のメールを送って下さいね!

 今回も料理が美味しそうでした(^^)


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