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部屋をでて、アスカはマンションの階段を駆け降りる。

一階までたどり着いたところで、誰かが呼ぶ声がしたような気がしたが、アスカはかまわずに走り抜け

た。

たまらなく切なくて、たまらなく悔しくて、たまらなくつらくて、たまらなく悲しい。

そんな気持ちでアスカは通りに出ても走り続ける。

日はとっくに落ちて、通りは街灯に照らされている。

しばらくすると、アスカは立ち止まって、しゃがみこむ。

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……

……どうやら疲れて息が切れてきたようだ。

(はぁ……どうしてこんなに早く疲れちゃうのよ!昔はこんな距離じゃばてなかったのに)

半年間のブランクが思いっきりでている。

(本当、弱くなっちゃったのかな……)

そうしている間も、涙はとまらない。

そして、アスカはふらふらと歩き出す。

行くあてがあるわけではない。ただ、なんとなく歩いている。


どこをどう歩いたのか。

どうしてここに来たのか。

そういった質問に、答えはきっと返ってこないだろう。

だが、アスカが気がついたとき、

彼女は元NERV本部内ケイジのエヴァンゲリオン弐号機の所にいた。


続(!?)シンジとジュリエット
まごころ Part C - Honesty and Love -


「エヴァ……」

アスカはぽつり、とそうつぶやく。

使徒の襲来の無くなった以上、エヴァにはもう存在意義などなく、半ばすでに封印されたような状態で

ある。

そう言えば、アスカがエヴァを見るのも久しぶりである。

「ううん……ママ……」

そう言うと、アスカはしゃがみこんで、頭を膝の上にのせる。

「わたし、どうすれば良いの……」

言うそばから、言葉が涙声になっていく。

すると、唐突にアスカに声がかかった。

「あら、アスカじゃない。何してるの?こんなとこで」

「えっ?」

アスカは慌てて声のした方を向く。するとそこにはリツコの姿があった。

「リツコ……」

「意外そうな顔ね。それにひどい顔。何かあったんでしょう」

ずばり言い当てられて、アスカは一瞬、リツコに全て打ち明けて、相談しようかとも思ったが、

(けど……研究女のリツコじゃきっと、頼りにならないわよね。そういう方面には疎そうだもの)

「何もないわよ……」

アスカは努めて何も悟られないように言った、が、

「シンジ君ね」

「!ど、どーしてそれを?」

慌てて聞き返したアスカに、リツコは、

「顔に書いてあるわ」

そう言われ、アスカははっと手を顔の方に持っていき……途中でその動作が無意味事に気づき、うつむ

く。

「何かあったんでしょう。聞いてあげてもいいわよ」

「えっ?」

アスカは驚いて顔をあげた。普段のリツコからは考えられない台詞だったから。

そして、アスカはそこにこれまた普段には見れない優しい微笑みを見た。

途端にアスカは思わず、

「う、うん、聞いて!お願い。実はね……」

と、言いはじめたが、リツコが手でそれを制して、

「こんな所じゃ何だから……外に行きましょう。ついてらっしゃい」

そう言って、リツコはケイジを離れる。アスカも慌ててそれにならう。

二人分の足音が離れていくと、ケイジの影からもう一人の人影が現れた……


リツコは元NERV本部をでて、街の大通りへと向かう。

大通りを抜けて、あまり人の通らないような路地へと向かって歩いていくリツコにアスカはおとなしく

したがっていった。

しばらくすると、一軒のあまり奇麗とは言えないコーヒー専門店にたどり着く。

リツコは、

「ここよ」

と告げるとまたすたすたと中へ入っていく。慌ててアスカもそれにならった。

ちりんちりん

ドアベルが鳴りながら、ドアが開いていく。すると外観からは想像つかないようなコーヒーの良い香り

が漂ってくる。

店の中はコーヒー屋、と言うよりも普通の喫茶店といったかんじで、カウンターと、テーブルとが並ん

でいて、人もまばらに座っているのが見える。

リツコがカウンターにいる初老の男に向かって声をかけた。

「こんにちは、マスター」

「おや、いらっしゃい、赤木先生……その子は?」

「え?ああ、知り合いの娘、アスカっていうの。中学生よ」

「そうですか……いらっしゃい、アスカちゃん」

「あ、はい、どうも……」

「今日はこの娘と話がしたいんだけど……奥の席良いかしら?」

「どうぞどうぞ……何にします?」

「いつものお願い」

「はいはい……アスカちゃんは?」

「え?」

アスカは急に振られて返事に窮する。と、リツコが一言、

「何でも飲みたいコーヒーを言ってご覧なさい」

「そう?じゃぁ……カプチーノ」

「はい。それじゃ、そちらへどうぞ」

と、マスターは二人に奥のテーブルを指した。

二人がテーブルについて、身辺を整えた当たりでコーヒーがやってきた。

テーブルに置かれる前から漂ってくる香りにアスカは少し当惑するものを感じた。

「はい、どうぞ」

と言って、ウェイトレスがコーヒーを置き、去っていく。

リツコがまず自分のカップに口をつけ、続いてアスカも自分のカプチーノを飲む。

一口、口にした瞬間に口中に今までに味わった事の無いようなコーヒーのやわらかな香りが広がる。

それに続いて、コーヒーの味が苦すぎもせず、ただまろやかに広がる。

「!」

その見事なコーヒーの味に、アスカは絶句した。

(こんな美味しいコーヒー、生まれて初めて飲むわ……)

「どう。美味しい?」

リツコがカップを口から離してアスカに訊ねる。

「美味しいなんてもんじゃない……」

放心したまま、アスカは答えじゃないような答えを返した。。

「気に入った?」

「うん……でもどうしてこんなお店……」

再びリツコが一口カップを傾けて、

「ちょっと前の休みに偶然見つけたの。ここのマスター、結構頑固でマスコミのたぐいの取材には応じ

ないんだって」

「へぇ……」

感心しながら、アスカもまた一口、ゆっくりと味わいながら飲む。

リツコは目を細めながら、

「休みの度にちょくちょくきてるけど……、誰かを連れてくるのはあなたが初めてよ」

「え?」

「自分だけの秘密のつもりだったんだけど、ね。このお店」

「だったら、どうして……」

「あなた、元気なさそうだったから。意気消沈してるときは美味しいものを口にするのが一番よ。もっ

とも、私が知ってる美味しいお店はここだけだけど」

「リツコ……ありがと」

アスカは気づいていないが、リツコは少し照れていた。

それを振り払うかのように、リツコは言った。

「さて、何があったの?話してごらんなさい」

「う、うん、実は……」

と、アスカは昨日の夕御飯のあたりからのことを全て話した。

「……ってわけ」

言い終えた後、アスカは再び涙を流していた。

(アスカの泣き顔って……初めて見たわ。あんなに強がりな子だったのに……)

そう、ラミエルとの接触の時さえ、涙はながしたが、アスカは決してその顔を誰にも見せようとしなか

った。

リツコは少し驚いた。そして、そんなアスカが可愛く見えた。

「なるほどね」

リツコは少し慈しむ様な目でアスカを見つめる。

そして、

「昔にも、似たようなケースがあったな。ある友人に、殆ど同じ事言われたわ。いつもはとっても強気

で明るい人だったんだけど、その時ばかりはか弱くて、それがものすごく可愛く見えたわ。そして『私

どうしたらいいの?』って最後に聞かれたの」

「わたしも聞こうと思ってたんだけど……」

リツコはアスカがぼそっとつぶやいたのを聞き、

「でしょうね。その時に言った事と同じ事言うわ。『あなたが悪いのよ。気持ちって、黙ってても伝わ

るものなの?』」

「え……」

いきなり言われた言葉の意味がわからずキョトンとするアスカに、リツコは加える。

「自分から何かをしよう、っていう心がけはとっても素敵だと思うわ。けど、どうしてそうしたいのか

をもう一回考え直してご覧なさい。『好かれたいから、嫌われたくないから』ってことを行動だけであ

らわせる器用な人間はこの世には存在しないわよ」

ここまで聞いて、アスカは少し腹をたてた。自分が今までしてきた事が、本当に無駄なものだと言われ

ているからだ。

「じゃぁ、どうしろって言うのよ!」

ここまでの反応も同じね――とリツコは少しおかしくなった。

「簡単よ。『嫌わないで欲しい、好きになって欲しい』って相手に言うの。ただそれだけよ」

「それだけって……簡単に言わないでよ!」

「どうして?」

「そんな……そんなこと、簡単に言えるわけないでしょ!言えたら……こんなに苦労しないわよ……」

そう言って、アスカはうつむいた。リツコはそれを見て、

(ここまでの反応も全く一緒ね……朱に交わればとは良く言ったものだわ)

「好きな事は好き、嫌いな事はきらい、自分を偽らないで、自分らしく行動する。これってなんていう

か知ってる?」

「え……」

アスカは再び、リツコの言葉の意味が分からずに間の抜けた返事をする。

「正直、って言うでしょう」

「しょうじき……」

「あなたが今やろうとしてる事は、正直になれないから、それを誤魔化そうとして、かえってあやふや

な方法を取ってるの。わかる?」

「……」

アスカは黙ってしまう。リツコは続けた。

「誤魔化した気持ちじゃ何も伝わらないわ。ロジックじゃないんだもの。自分の気持ちに正直に、自分

の真心を相手にぶつけるの。そうしないと……いつもすれ違ってるどっかの二人みたいになっちゃうわ」

「そう、かな……。けど、どっかの二人って、誰のことよ?」

「あなたも知ってる人よ」

「わたしが知ってる……あぁ、なるほどね」

そう言うと、アスカは笑い出した。

それをみて、リツコも笑う。

「たしかに、ああはなりたくないな……。いつか、わたしみたいな子が、あこがれて、シンジはあの人

とちがって気が弱いから、なし崩しに……なんてこともあるかもしれないものね」

「ふふふ……そうね」

そう言うと、リツコは席をたって、

「そろそろ出ましょうか。シンジ君もきっと心配してるわよ」

「うん」


店をでて、二人は大通りの所までやってきた。

「じゃ、わたし、この辺で」

と、アスカが言う。

「そう……、少しはためになった?」

リツコがそう聞くと、

「うん……すごく助かった。ありがとう、リツコ」

「どういたしまして」

「それじゃ!」

そう言うとアスカは走り出した。

それを見届けてから、リツコは後ろを向いて、

「……これで良かったかしら?保護者さん」

と、言う、するとそば電柱の影からひょこり、と人影がでてきた。

「……ばれてたの?」

「まぁね……だからまいたのよ。盗聴機位は付けといたんでしょうけど」

「そこまでわかってるのか……」

ミサトが唖然としていると、リツコが不適に微笑む。

「けど……ありがと、リツコ。わたしにはあれ、できなかったわ。昔の事思い出しちゃって……」

そう言って、ミサトは素直に頭を下げた。

リツコは、そんなミサトがおかしくなって、

「あら。あなたはあんなに可愛くはなかったわよ」

「ぬぁんですって!?」

揶揄したリツコに、ミサトがいきなりヘッドロックをかます。

「いやだ、痛いじゃない」

「ったく……人の気もしらないでぇ……」

「あははは、ゴメンナサイ」

このあたりで、二人とも動きをとめる。

「……飲みに行きましょうか……」

「……ええ……」



所変わって、ミサトのマンションの前。

時間変わって、ちょうどアスカが出て行く瞬間。

「今日は来なくていいよ」と言われたものの、アスカの事が気になって、ヒカリはアスカの元をたずね

るところだった。

そして、中に入ろうとしたときに、ちょうど出てきたアスカに気がつく。

「アスカ!?」

とヒカリは声を掛けた、がアスカにはとどかなかった様子で、アスカは顔を手で抑えて全速力で駆けて

いく。

(アスカ……泣いてる!?)

慌てて後を追おうとしたヒカリに、声がかかった。

「委員長?」

ヒカリは驚いて声のした方を向く。

すると、そこにはシンジの姿。

「碇君……いつのまに退院したの?」

シンジ退院の事実は、ミサトによって隠されていたため、ヒカリも知らなかった。

しかし、シンジはその質問に答えることなく、

「ねぇ、アスカ来なかった?」

「え、来たけど……、アスカに何したのよ!」

アスカが泣いてる原因をシンジだと見当付けたヒカリは、シンジにくってかかる。

「何って、別に何もしてないよ!アスカが、急に泣き出して、出てっちゃったもんだから……」

「だったら……」

と、ふとそのあたりで、ヒカリはシンジの歯に赤いものが挟まってるのに気づき、

「碇君、歯になにか……」

「え?」

言いながら、シンジは歯に挟まっているニンジンを取る。

「さっきの煎り鶏のニンジンだな」

と、つぶやいたシンジの言葉をヒカリが聞きとがめる。

「煎り鶏?」

「うん、アスカが昨日作ったって言ってたやつ」

言われてヒカリは昨日の煎り鶏と、その前後の出来事を思い出す。

シンジは続ける。

「それ食べてたら、アスカの様子がおかしかったから、『大丈夫?』って声掛けたら、急に怒り出して、

泣き出して、そして、ご覧の通りってわけ」

「……大丈夫の他に何か言って上げたの?」

「別に何も」

はぁ

ヒカリは思わずため息を吐く。シンジがあまりにも失礼だったから。

(アスカ……可哀相に……、親友として、私がきっとなんとかしてあげるからね)

そう思って、ヒカリはいきなりシンジを睨み付けて、

「碇君、今日アスカと碇君の間でどんなことがあったのか、全部話してくれないかな。」


「……だから僕、アスカの事が心配になって……ほら、気絶もしたし、病み上がりなんだしさ……具合

が悪かったらいけない、と思って『大丈夫』って声掛けて、そこから先はさっき言った通りだよ」

話から、ヒカリはシンジがどれだけアスカの事を気にかけていたが伝わってはきた、が、同時に、シン

ジはアスカの気持ちの事まで考えが回ってない事にも気づいた。

そして、ヒカリは、

「料理するときに一番の調味料は愛情だって良く言うでしょ。あれってどういう意味だと思う?」

ヒカリの唐突な質問に、シンジは訳がわからずに、

「さぁ……心がこもっていれば、何でも美味しいってことじゃないの?」

と、答えると、ヒカリはかぶりを振って、

「愛情を込めて料理するって言うのは、相手に美味しいと思って欲しくて料理することでしょう?美味

しいと思って欲しいから、美味しいものを作れるよう努力する。言ってみれば、愛情のぶんだけ相手の

為に努力して、努力して、そしてその努力した分だけ、愛情の分だけ美味しくなる。そういう事じゃな

いかな」

シンジは黙って聞いている。ヒカリは続けた。

「アスカがこの一週間、どれだけ頑張ってたか、碇君知ってる?」

「え?」

「あのアスカがね、私に『お願いヒカリ!料理教えて』って頭下げて頼みに来たのよ。一週間、毎日料

理して、包丁もとても上手に使えるようになったし。昨日作った煎り鶏を、葛城さんが、碇君もきっと

喜ぶよって言ったときに、アスカ、とても嬉しそうな顔してたんだよ」

「そう……だったの?」

と、頼りなさそうに訊ねるシンジに、ヒカリは思いっきりうなずく。

「知らなかった……。というか、全然気がつかなかった……」

そうつぶやいて、シンジはうつむいてしまう。

ヒカリはシンジの顔を下から覗き込んで、

「まぁ確かにね、素直じゃないアスカもいけないんだと思うよ。けど、碇君はずっとアスカの側にいた

んでしょ?アスカの気持ちのことも考えてあげなよ」

「うん……そうだね、アスカに、謝らないと……、お礼も言わないと……、そして……」

そうつぶやくと、シンジは突然外へと歩き出した。

ヒカリはシンジの意外な行動に、しばらくあっけに取られていたが、次第に立ち直って、追いかけよう

としたが、ある人の声が聞こえてきたので、出て行くのを止めた。

「ただいま……、シンジ……」

「アスカ……」


続く


ご意見・感想・誤字情報などは mayuki@mail2.dddd.ne.jp まで。

 yukiさんの『まごころ』PartC、公開です。
 

 アスカに対するリツコさん。

 シンジにはヒカリちゃん。
 

 思いは深いのですが
 ハッキリとそれを表すことに臆病になっている二人・・。
 

 まわりに良い一言を言ってくれる人がいるのは、
 実にあたたかいものですね(^^)
 

 ぐるっと回って、
 また顔を合わせた二人。

 今度は上手く行くかな?(^^)

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 yukiさんに感想を送りましょうね!


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