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 ビーッ!

 警報がけたたましく鳴り始める。

 「どうしたの!?」
 「わかりません。高エネルギー反応ですが…ジャミングのため、確認できません!」
 「MAGIは、波長パターン青を提示しています。」

 シンクロテストを開始した直後に、それは起こった。

 「ミサトさん!」
 後方から声がかかる。
 ミサトは一瞬驚いたが、その声の方向に振り返った。
 シンジが、実験室の入り口に佇んでいた。
 おそらく急いでここまで来たのだろう、どこか慌てた口調だ。
 しかしミサトは、それだけではなく、シンジの表情に何か嫌な予感を感じた。

 「…始まります!」
 「人類補完計画が…!?」
 予感が的中したことを知って、ミサトは呟く。
 その言葉に、リツコが眉を上げた。

 「波長パターン青、確認できました!」
 「まさか、使徒なの!?」

 「…違います」
 シンジが静かに答えた。
 その割に迫力がある。

 「量産型エヴァンゲリオンです。」
 「何ですって!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



エヴァンゲリオン パラレルステージ

EPISODE:11 / ANGELOPHANY

第11話


 
 逅





 

 

碧空に舞う、天使達。

歌う調べは再生か。

白き翼の、天使達。

携えるのは終焉か。

 

やがて彼らは地に降りる。

汚れの多き、この場所へ。

「地上に生きる人間よ。

黙示の時が、今来たる」

 

そして全ては回りだす。

最後の時を目指しつつ

時の流れにたゆたえる

全てのものを、道連れに。

 

澄んだ青空渡り行く

静かに響く、告げる声。

神の言葉を、人々に。

その審判を、人々に。

 

「降臨」
(Tossy-2 Original)

 

 



ゼーレ、襲来

 

 「…間違いありません。あれは、S機関搭載型の、量産エヴァです。」
 シンジが、はっきりと言う。
 この判断に関しては、信じるほかにない。
 エヴァやその他の根底部分に関して現在最も詳しいと思われるのは、他でもない、シンジなのだから。

 「世界各地で建造されていた、エヴァシリーズ…? もう、完成していたの!?」
 ミサトが、驚愕の声を上げる。

 『光学カメライメージを出します』
 オペレータの声。
 そして、メインモニターに上空の景色が映った。

 澄み渡った青空に舞う、7つの巨大な影。
 これは、形から察するに、エヴァを運ぶ為の全翼機だ。
 それから、ちょうど何かが解き放たれた所だった。
 円を描くように、それらは回っていた。

 次の瞬間、アングルが変わる。
 第三新東京市市街、ビルに設置されたカメラらしい。

 全翼機が、上昇していく。
 見る見るうちに、見えなくなった。
 後に残されたのは、白い7体の…

 「…鳥…いや、天使…?」
 発令所で、誰ともなく呟く声。
 白い翼で滑空し、弧を描いているその姿は、遠目にはそう見えた。

 しかし、「それ」は。
 グイ、と顔を持ち上げる。
 最大望遠に切り替わったカメラが、それを捉えていた。

 ニタリ、歯をむき出して厭らしく笑う、量産機。
 天使の姿をした悪魔、そんな印象が濃い。
 その顔には、眼らしきものは見つけられなかった。




 「総員、第一種戦闘配置!」
 ミサトが叫ぶ。
 すぐさま警報が本部内全域に発せられ、人々があわただしく居場所へと動き回る。

 「シンクロテストは一時中断。パイロットを、速やかに各機にエントリーさせて!」
 リツコも、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 『まさか使徒なの!?』
 回線が開く。
 アスカだった。

 「違うよ。…量産機…7号機から13号機までの、量産型エヴァだ。」
 右の拳を握りしめながら、シンジが答える。
 その表情は険しい。

 『なんですってぇ!? 今回は、それが目標なの?』
 「そうよ。だから、急いで!」
 ミサトの剣幕が飛ぶ。

 『言われなくても分かってるわ!』
 プチン!

 回線が切れ、テストプラグのハッチが一斉に開いた。
 中から、4人のパイロットが慌てて出てくる。

 「…お待たせ!」
 しばらく待っていると、モニター室に全員駆け込んでくる。
 息をとりあえず整え、シンジに向かって言った。

 「行きましょう」
 「うん!」
 力強く答え、再び全員が…モニター室に残っていた人間も…走り出す。
 それぞれの戦地に赴くため。
 パイロット達は、ケイジへ。
 他の人間は、発令所へ。




 (とうとう、始まろうとしている…)
 ミサトも、シンジも同じ事を考えながら走っていた。

 ゼーレの進めている人類補完計画。
 それは、人類の肉体を全てもとの姿…LCLに還元し、その中で互いに欠けた部分を補おうというモノだった。
 できそこないの群体生命である、人間…『リリン』。それを、完全なる単体生命として人工進化させようと言う計画であった。

 そして、眼目はもう一つ。
 ゼーレが自ら、「神」になること。

 人間の傲慢な部分、それを如実に顕したものと言える。
 誰しも権力を手に入れるとそうなるものであるが…それも自分では気づかない。

 ゼーレは、長年をかけて解読した死海文書は絶対と考えている。
 その上、イレギュラーさえも自らの前には起こり得ないとすら考えている。

 しかしあまりにその結果を追い求めるが故、最も重要なことを忘れてしまっている。
 「何事も、理論上だけでは上手く行くはずがない」、ということ。
 「人類補完計画」にしても、それは例外ではないはずだ。

 「じゃあシンジ君、みんなのことお願いね。」
 分かれ道。ミサトは、一言だけ口にした。
 その、たった一言の言葉に込められた感情はあまりに多い。

 「…がんばって。」
 「はい。」
 それぞれ違う方向に走り去って行く2人。

 おそらく、補完計画は実行されたとしても失敗するだろう。
 そうシンジは考えていた。
 ヒトは、生物の形を整えるに十分な量以上のATフィールドを発生させることができないのだから。
 たとえLCLまで還元するのが上手くいったとしても、起爆剤であるリリスとアダムがあったとしても、その中でヒトが自らを形作ることができなければ、そのままである。

 しかし、それでもゼーレは強行しようとする。
 自分達の持つものを、だんだんと失いながら。
 それでも、あがくのだ。

 一旦発動してしまったら、大変なことになる。
 それだけは何としても止めなければならなかった。




 ミサトとリツコが発令所に着いた時、既にゲンドウと冬月がいつもの場所に鎮座していた。
 スクリーンを見ると、パイロットのエントリー作業が進んでいるようである。

 「状況は!?」
 オペレータに怒鳴るミサト。

 「全機、パイロットがエントリー終了しました。」
 「零号機、弐号機起動」
 「五、六号機も起動しました。」
 シンクログラフが表示される。

 零号機、弐号機は相変わらずのハイレベルだ。
 しかし…五号機と六号機はいきなりの実戦。
 多少、シンクロ率が揺らいでいるようだ。大丈夫だろうか。

 「了解。…すぐに射出。零号機と弐号機を優先に、急いで!」
 「はい!」
 ミサトは、ちらりと視線をゲンドウの方に送る。
 ゲンドウは、いつもの姿勢のままだった。

 『ミサトさん、僕も準備ができました。射出、お願いします。』
 「FROM EVA-01」と書かれた通信モニターがポップアップする。
 相変わらず、表示は「SOUND ONLY」のまま。
 それまでと比べて短期間とはいえ、顔の見えない通信に慣れてしまったことが、やけに寂しく感じられる。
 ふと…ずっとこのまま、顔を二度と見ることができなくなってしまいそうな…そんな予感が胸に去来した。

 「シンジ君、五号機と六号機は、初めての実戦だから…援護、頼むわね。」
 『分かりました。…僕も、これ以上ヒトが傷つくのは見たくありませんから』
 「ありがとう…ホント、いつも済まないわね」
 『いえ、これが僕の役目…運命なんですから…』




 『3番カタパルト、初号機固定完了。射出準備OKです』
 『1番、零号機射出準備完了』
 『2番、同じく弐号機準備完了』
 「アスカ、レイ!」

 『いつでもいけるわよ!』
 『問題ありません』
 すぐにウィンドウが開き、元気のいい声が返ってくる。

 『進路、オールグリーン』
 『カタパルトシステム、電圧異常なし。』
 『システム、起動しました』

 「発進準備、完了です。葛城さん」
 日向が振り返って報告した。
 ミサトは険しい表情を崩さない。
 緊張した面もちのまま、しばらく口を噤んでいた。

 「了解。」
 そして、一息。
 呼吸を整えるように。

 「…射出!」
 ミサトの号令が飛び…3機のエヴァがまず射出された。
 続いて、五号機と六号機の準備が整い、順次射出されて街に姿を現す。

 (…みんな、死なないで…)
 ミサトは、祈ることしかできない自分が、恨めしかった。




 『アスカ、それに綾波。』
 地上にでると、突然通信が入った。
 接続先は、「EVA-01」…。

 『カヲル君とトウジはこれが初めての実戦なんだ。だから僕は今回、バックアップ中心になる。…だから、僕の分も頑張って…。』
 「ええ。分かったわ。」
 レイは、答える。
 これがきっと、最終決戦になるはず。そう思って。

 この戦いは、おそらく大変なものになるだろう。
 主戦力であるシンジを失うことはやはり大きい。
 そういう思いは確かにあったのだが…それ以上に、シンジを心配させたくなかった。
 ここでもしカヲルやトウジが傷ついてしまったら、きっとシンジまでもが傷ついてしまう。
 だから、精いっぱいの声で、そう答えた。

 (そう…頑張らなければいけない。碇君のために…)

 そして、レイは上空に舞っている量産エヴァを睨んだ。
 零号機も、応えるようにその頭をもたげる。

 補完計画の目的も、自分のレゾンデートルも知っている。
 そのために、全ての命令に従わねばならない、本来ならばそうであったはずだ。
 だが、いつのころからか、その仕組まれた運命に従うことは、もはや今のレイにはできなくなっていた。

 何故。
 それより大切なものを、見つけてしまったから…。
 「碇シンジ」という名の…




 「・・・」
 「・・・」
 トウジとカヲルは、案の定緊張してしまっていた。

 一応、シミュレータなどで訓練はしていたのだが、やはり実際に…しかもいきなりの実戦となると、勝手が違って困ってしまう。
 トウジの方は、以前一度…いや、二度か…乗ったプラグなので多少マシだが、カヲルの方はそうも行かない。

 「こんなので、いきなり戦えと言われたってねぇ…」
 カヲルは呟く。
 しかし、いくら慣れたところで不安は、ぬぐい去れないものだろう。
 ましてや、初めてなら。
 だが顔だけは恨めしいことに、少しぎこちないながらも、にこにことしながら困っていた。顔のつくりがそうなってしまっているようだ。
 同じように、精神も楽になってくれると有り難いのだが、そうも行くはずがない。

 『カヲル君に、トウジ。聞こえる?』
 「FROM EVA-01」というウィンドウが目の前に現れる。
 シンジの声が聞こえてきて、多少は落ちついた。

 「うん…」
 『今回は、2人とも初めてだから、あんまり無理はしないで。危なくなったら、すぐに退却して良いから。』
 「でも…多勢に無勢じゃないのかい?」
 『大丈夫。僕達を信じて。』
 包み込むような声で、シンジは言った。
 カヲルは、そんなシンジが羨ましかった。

 アスカから聞くところによると、以前はおどおどして全く自信のないような性格だったという事だが…どこから、そんな自信が湧いてくるのだろう。
 初号機と一体になったせいもあるかも知れないが…それだけとは思えない。
 その秘訣を、カヲルは知りたかった。
 少し目を細め、言葉を紡ぐ。

 「…分かったよ。」
 『…ありがとう。』
 そして、通信は切れ、緊張の糸が一気に高まった。
 既に、初めてだからと言う理由は通用しないところまで来ている。

 こうなったら、やれるだけやるまで。
 そう決めて、奥歯を噛みしめた。




 「量産機に動きは?」
 発令所で、ミサトが問う。

 「今の所ありません。」
 『ジャミング、ほぼ消滅しました。』
 電磁波機器がようやっと動き出す。
 多少は、サポートになるだろうか…そう思う。

 量産機は、相変わらず空中に舞っている。
 円を描きながら。
 両者とも、それ以上の動きはない。
 そのまま時間が経過した。

 互いにさぐり合っているようにも思えたが…あるいは、何かを…合図を、待っているような…?
 その時、いきなりレーダーに反応が現れた。

 ビーッ!

 「何!?」
 「ID識別によると…爆撃機です。…国連空軍の…」
 「こんな時に…何しに来たって言うの?」
 「おそらく、茶々入れでしょうね…」
 歯がみするミサト。
 メインモニターには、最大望遠でその姿が映し出されている。
 光学・デジタル処理されたその映像には、はっきり「UN」の2文字を見ることができた。

 静かに、機体の腹が開く。
 そして…何かが空中に放り出された。
 かなりの初速で放たれた「何か」は、一瞬でカメラの視界から消えてしまう。

 「物体の捕捉、急ぎなさい!」
 リツコが慌てて命じる。
 幸いにも、物体はある程度大きく、レーダーで反応を取ることができた。
 映像がモニターに出る。

 「これは…」
 全員が目を丸くし、言葉を無くす。
 それは…大きな、N爆雷だった。

 「…まったく、とんだ贈り物だ…」
 冬月は一人、画面を見据えながら呟いた。




 どことも知れぬ、漆黒の闇。

 「これでよい。全ては始まった。」
 「01」のモノリスが現れる。

 「我らの、人類補完計画。」
 「ついに、実現の時が来たのだ。」
 「そして我らゼーレが『神』となる時でもある」
 続いて、一つずつ、モノリスが現れては言葉を発する。
 反響がしばらくして返ってきた。
 相当広い場所のようだ。

 「既に、エヴァシリーズにダイブさせた我々の遺伝子は、融合を果たしている」
 「碇。君は良き理解者であり、仲間だった。」
 「有能な男だったな。殺すには忍びない」

 「しかし、ヒトの運命は既に決まっているのだ。死海文書によってな」
 「そう。死海文書こそ、全て。」
 「我々の道導たるもの」

 「不浄なる世界を再生すること、それが我々の使命なのだ。」
 「それはただの通過儀礼でしかない。」
 「死は再生への喜びでもある。」

 「そして」
 「まずは」
 声を合わせる。

 「ジオフロントを、本来の姿にすることから。」




 「N爆雷…!?」
 「そんな…まさかあれで街を破壊して、ここに侵入するつもり!?」
 発令所で、あちこちで人が騒ぎだす。
 これだけ大きなやつを喰らえば、地上の街や、そこに今立っているエヴァなど全て跡形もなく吹き飛んでしまう。
 その後ここに何が起こるのか、想像に難くなかった。

 呆然として手すりにつかまるもの。
 ただへたりこんで震えるもの。
 様々な光景が見られる。

 MAGIのシミュレーションでは、本部第三層まで壊滅的打撃を受けると出た。
 当然、メインシャフトもむき出しになってしまう。
 こんな場所にいたら、確実に命はない。
 しかし、だからといって逃れることもできないのだ。
 地上に立っている、5体の巨人に運命を託す、それしか道はない。

 「冬月」
 ゲンドウが席を立つ。

 「後を頼む」
 「リリスの所だな?」
 「ああ。ゼーレにあれを渡すわけにはいかんからな。」
 「分かった。」
 そしてドアを出ていく時、ゲンドウは背中を向けたまま、言葉を紡いだ。

 「ひとまず、お元気で。冬月先生」
 そう呼ばれるのは何年ぶりか。
 多少の感慨に耽りながら、冬月は言葉を返す。

 「うむ。君も、な。」




 「何…あれ…?」
 アスカは、上空から落ちてくる『何か』を見ながら呟いた。

 『…まずい!』
 シンジの焦るような声。
 これを聞いたのは、久しぶりのような気がする。

 「えっ?」
 見ると、初号機は既に爆雷に向けてジャンプしていた。

 『N爆雷だ。早く処理しないと…あれが落ちたら、ジオフロント全体が…!』
 「な、何ですってぇ!?」
 『そうなったら…電源も当然断線、そこを狙われたら…』
 「おしまいって訳?」
 『…そうなるね』

 「なら、早くATフィールドで包み込めば…」
 『…それでも良いんだけど…。でも、今エネルギーを使い切っちゃったら、あの量産機を処理できないし…。』
 「う…じゃあ、どうすればいいのよ!?」
 『とりあえず、虚数空間に放り込んでみる!』

 (それでエネルギーを封印できなかったら、その時は…)
 その時は、次元歪みが空間崩壊を招きかねない。危険性も重々承知だ。
 しかし、これ以外に考えつくところでは打つ手がない。
 そうこう考えあぐねているうちに落ちられても困る。

 通信の後、初号機は躊躇わずに両手を向かい合わせた。
 ATフィールドを最大レベルで展開し、空間を歪めていく。
 その両手の間に、小さなワームホールが誕生した。

 (…やるしかないんだ!)




 落ちてくるN2爆雷。
 MAGIのシミュレーション結果も伝わってくる。

 もし落ちたら、ジオフロント壊滅。
 セントラルドグマからターミナルドグマにつながるメインシャフトまで露出してしまうことだろう。
 そして、その奥には何が待っているか…。

 (…そういう魂胆か!)
 シンジは、内心舌打ちしながら、爆雷に向けてジャンプする。
 両手の間に、ディラックの海と呼ばれる虚数空間を生み出し、すれ違いざまそれを爆雷に投げつけようという作戦だ。

 が、それを見ていた量産機が、その行動の意図に気づいたのか、ようやく行動を起こした。
 持っていた武器で、初号機めがけて突っ込んでくる。
 回避運動を取り、なんとかかするだけで済んだが…。
 しかしそのせいで、わずかに初号機の体制が崩れる。
…そして初号機は、爆雷ともろに接触してしまった。

 『うわっ!?』

 爆弾というモノは、たいてい信管の発火によって爆発するものだ。
 つまり、振動をくわえると爆発する…とも言える。
 そしてこのN2爆雷にしても、その方式が取られていた。

 『しまった!』
 思ったときは、既に後の祭りだった。

 カッ!!

 ものすごい光。
 一瞬にして、周囲が眩い白に染まる。
 何かを思う間もなく、辺り全てが光の中に飲み込まれる…

 『…っ!!』




 『シンジ!?』
 『碇君!?』
 一方、地上に残った4機のエヴァの方は、何が起こったのか分からないまま、空の光を見上げていた。
 ただ分かったのは、初号機…シンジがその中に飲み込まれてしまったこと。
 幸いまだ高度があったので、ATフィールドで何とか爆風などは防いでいたが…それよりシンジのことが気にかかる。

 爆発と同時に通信は切れてしまった。
 高熱により周辺の空気がプラズマ化し、電波を反射・吸収してしまうせいだ。
 しばらくすれば、そして初号機が無事なら通信は回復するだろうが…それまでの空白の時間が、よけいに不安を煽ってしまう。
 果たして、防げたかどうか。
 街を一つ消してしまうほどの破壊力に、耐えきれるかどうか。

…やがて、空も晴れてくる。
 そこには、未だくるくると円を描き続ける量産機がいた。
 そして、半透明なオレンジ色の球体に包まれた初号機がいた。
 こちらもまた、とっさにATフィールドを張ったらしく、ちょっと見た限りでは大丈夫なようだ。

 (無事だったみたいね…)
 ふぅ…。
 思わず溜息を漏らす。

 『…みんな、大丈夫だった?』

 爆発の影響による電磁波障害は、どうやら消えたらしい。
 通信が回復し、シンジの声が聞こえてくる。
 自分が一番大丈夫でなさそうなのだが、それでも敢えて他人を心配するところがシンジらしいと言えばシンジらしい。

 「なんとかね…」
 アスカは答えた。

 初号機が、地面にふわりと降り立つ。
 足どりもしっかりとしており、怪我はないようだ。
 それを見て、ようやく安堵が広がる。
 しかし、それどころでも無くなっていく。

 そのことが、始まりの合図となった。
 舞い降りるエヴァシリーズ。
 背部に、大きな翼が折り畳まれ収納される。
 そして一斉に、口元を厭らしく歪めた。
 さながら、獲物を見つけたハイエナの如く。

 



DECISIVE BATTLE

 

 「いくよ!」
 『OK!』
 シンジのかけ声とともに、5体のエヴァが量産機に向かって突進する。

 『なぁ、一つ聞いてええか?』
 トウジの声。

 「なに?」
 『コイツらに乗ってるパイロットは…どうするんや?』
 「…パイロットは居ないよ。全部ダミープラグのはずだから。」
 『そか。なら心おきなくやっていいんやな。』
 「そういうこと。」
 『まあ、頑張ってみるわ。いざとなったら、援護頼むで。』
 「了解。」
 そう答えたシンジだが、ダミープラグの秘密も全て知っているため、心の重いのは変わらなかった。

 ダミープラグ、それはクローン技術を用いてパイロットを複製し、それに手を加えて操り人形としたもの。
 そしてそれは、やはり『ヒト』が乗っていることを意味する。

 確かにパイロットは居ない。
 彼らは操られるだけの、ただの道具。
 しかし、「生きている」のだ。
 中身が「命ある者」であることに、変わりはない。

 既に、NERVではダミープラグの開発などは全てストップしている。もうその必要が無くなったからだ。
 だが、ゼーレではまだ続いているようだ。
 到底叶うはずのない夢を実現するために、全ての人間を、全ての生き物を、そしてこの地球という星までも巻き込んで。
 彼らをつぶさなければ、この戦いは終わらない。




 先制を切ったのは、NERV側…アスカの弐号機だった。

 「でいやああぁぁぁぁっ!!」
 一気に距離を詰め、狙った一体がこちらに向かってきたところで相手を飛び越える。
 後ろに回った弐号機は、すぐにきびすを返し、反応できていない一体に組み付いた。

 後方から、首を羽交い締めにする。
 量産機は抵抗するも、この体制では勝てなかった。
 もがけばもがくほど、弐号機の締め付けは強くなっていく。

 ギギ…ギ…

 量産機の首の組織が嫌な音を立てた。
 喘ぐように開いた口からは、舌がべろんと飛び出している。
 両手で弐号機の手を掴み、振りほどこうとするが、それも無駄なあがき。

 次の瞬間、アスカは弐号機の腕にぐっと力を込めさせた。
 バキッと大きな音がして、抵抗する腕がだらりと垂れ下がる。
 同時に血反吐を吐く量産機。
 首が、がくがくと揺れている。

 EVAのメイン制御システムは、多くの脊椎動物と同じく、頭部にある。
 そして、そこから”脊髄”を介し全身をコントロールするわけだ。
 首の骨を折られると言うことは、そのシステムを破壊されることに等しい。

 こときれた量産機の全身から力が抜けていった。
 それを確認すると、誇らしげにアスカは言い放った。

1匹目
 「Erst!」

 手を離す。
 既に活動を止めた量産機は、地面に崩れ落ちる。

 「ママ、ありがとう…」
 小さく呟き、自分を暖かく包んでくれている母親…エヴァンゲリオン弐号機に心を向けた。
 ふと、返事が返ってきたかのような感覚に捕らわれ…そしてそれは余韻を残して消えていく。

 量産機の胸を踏みつけながら、弐号機はまた新たな敵を探しに向かった。
 後に残った量産機は、ぴくりとも動かない…。




 『こちら弐号機。1匹目、撃破したわ!』
 通信回線が開き、アスカの声が聞こえる。
 発令所にその報告が入ったとき、今まで静まり返っていたそこは一時のにぎわいを見せた。
 量産機は、あまり戦闘経験が豊富ではない…そのことが分かっただけでも収穫だ。

 「弐号機の破損、ありません。」
 「戦闘データの解析は?」
 「一応、終了しています。…殆ど無抵抗ですね、量産機は。実戦経験はこちらの方が明らかに上です。」
 「量産機の機体ポテンシャル、予想はつく?」
 「…まだ未知数ですね。何しろ、S機関搭載型ですから…」

 「じゃぁ、シンジ君とは?」
 「それだけは、はっきりしてますよ。…比べるだけ馬鹿らしいですし。」
 「でも、シンジ君は今回主にバックアップ…やっぱり、伍・六号機は出さない方が良かったか…」
 「いえ、そうとも言い切れません。…確かに伍号機と六号機はまだシンクロ率も低いですし実戦経験も殆ど皆無ですが、ポテンシャル面から言えば両機は弐号機よりも上に位置しています。ですから…互いに素人同士、倒せないことはないかも知れません。協力し合えば、それも補えると思いますが?」

 「そう…でも、うかつに見くびるべからず、といったところね。」
 「はい。…それと、エネルギー反応によると、確かにS機関らしき反応が検出されていますが…まだ本格的な動作はしていないようです。それでもアンビリカルケーブル無しで稼働するだけのエネルギーは出ているようですが。」
 「つまり、シンジ君の言った通り、活動限界はなし…長引かせると辛いわね。」
 「そうですね…」
 ミサトは、マイクを取った。

 「全機、聞こえる? 量産機は、S機関というエネルギー永久供給器官を内蔵しているため、理論上は活動限界がないのよ。だから、なるべく早く、確実に倒すことを目指して!」
 『わかりました!』
 元気な返事が返ってくる。
 それを聞いて、ミサトはようやく表情を少しやわらげた。




 同じ頃。

 「・・・」
 レイも、量産機と対峙していた。
 じりじりと動きながら、相手の出方を探っているようだ。

 やがて、互いにこのまま見合っていても埒があかないと見たレイが、プログナイフを取り出して、一気に仕掛けていく。
 一旦邪魔になるアンビリカルケーブルを切り放す。
 肩に電池も背負っているので、10分ぐらいは持つはずだ。

 ガキン!

 量産機は、手持ちのブレードでその一撃を跳ね上げ、振り上げたブレードを零号機の脳天から振り下ろそうとした。
 しかし流石に実戦経験では零号機の方が勝っている。
 それを見抜いたレイはすかさずその線から零号機の機体をわずかにずらした。
 そして、足を払う。

 ドゴン!

 派手な音がして、振り下ろされたブレードが地面に突き刺さる。
 そこには、数メートルほどの溝がぱっくりとできてしまっていた。
 地面に、量産機が勢い余って倒れ込む。

 零号機は、起きあがろうとする量産機の上にのしかかった。
 頭を押さえつけ、もがいている所の首根っこめがけて、思いきりプログナイフを突き刺した。

 ザシュ!

 厭らしく歪んでいた口から、舌がべろんと飛び出した。
 夥しい量の、真っ赤な鮮血が飛び散る。
 レイはただ無表情に、血を流し続ける量産機を押さえ込んでいた。

 最後のあがきとばかりに、量産機が手を伸ばす。
 そこをすかさず捕まえて、関節とは反対の方向に折り曲げた。

 ボキン!

 乾いた音がして、両腕は折れた。
 肘から、体液が吹き出す。
 そして、がくりと反応が無くなった。

 「…こちら、零号機。2匹目、処理終わりました。」




 カヲルとトウジは、さすがに苦戦していた。
 こちらの方は、2体の量産機を、2機+シンジで処理すべく動いていた。

 「カヲル君! そっちの方を押さえて!」
 『う、うん!』
 指示を飛ばすシンジ。流石に手慣れている。

 量産機は、一機だけならなんともしようがあるが、2体同時となると、羽交い締めにしたところでもう一体に狙われてしまい、なかなか倒すことができない。
 そんなこんなで、あてどない鬼ごっこが続いているようなモノなのだ。

 (槍を使えば…)
 シンジは、ふとそう考えた。
 しかし、それは今回禁じ手となっている。
 ゼーレ…すなわち量産機は、槍をも狙っているはずなのだ。
 みすみす餌をぶら下げてやる気はない。

 『くっ…この!…うわっ!?』
 その声にすかさず振り返ると、カヲルの六号機が逆に羽交い締めにされている。
 足をばたばたさせてもがく六号機。
 量産機の手が、エントリープラグの射出口へと伸びていく…。

 「カヲル君!…このっ!」
 初号機がATフィールドを展開し、刃のようにして飛ばす。
 空間断層の刃は、六号機と量産機の間を正確に通り抜け、量産機の手首を切り落とすことに成功した。

 衝撃に、慌てて六号機を放す量産機。
 そして、そのままもう一体の量産機と対峙している伍号機の後ろに忍び寄った。

 「トウジ、後ろ!」
 『わかっとる!』
 トウジは伍号機にふりむきざまに回し蹴りをさせた。
 後ろから近づいていた量産機の腹にあたり、量産機は吹っ飛んでいく。

 ドゴン!

 大きな音を立てて、量産機はビルにぶつかった。
 瓦礫ががらがらと崩れていく。

 (これで、しばらくは時間が稼げる…)

 『渚、早う! 今がチャンスや!』
 『ああ!』
 残った量産機を伍号機と六号機がしっかりと捕まえる。

 『この野郎ぉっ!』
 伍号機が、左腕を引きちぎった。
 頭の上まで全身を振り上げて、そして頭から地面にたたきつける。
 その胸に、六号機が拳を振り下ろす。

 バキャッ!

 装甲を突き破り、その一撃は量産機の胸に埋まっていた赤黒い球体まで達していた。
 荷重に耐えられなくなり、それが破裂する。

 同時にびくんと身体を震わせて、量産機は動かなくなった。




 「もう一匹…」
 シンジは、捕まえた量産機を伍号機と六号機に任せ、自分はビルにぶつかった衝撃で動けなくなっているもう一体の方へとゆっくり歩を進めていく。

 右手を頭上高く振り上げる。
 その指先で、わずかに空間が歪む。

 後ろでは、伍号機と六号機が一体を処理し終えて立ち上がったところだった。
 トウジとカヲルは、モニターを通して、初号機の力の片鱗を見ていた。

 右手のあたりに、陽炎のように、光が屈折してゆらめく。
…そして、目にも留まらぬ速さで腕を振り下ろす。

 その瞬間、量産機が逃げ出した。
 一瞬前まで量産機が寄り掛かっていたビルは、一瞬甲高い悲鳴を上げたかと思うと、見る間にスライスとなった。
 恐ろしく滑らかな切り口を、音も立てずに滑り落ちる。

 その粉煙の向こうに、量産機が姿をくらまそうとした。

 「くそっ…!」
 すかさずジャンプする。
 空中で1回転して、初号機は量産機の真上に着地した。

 いきなりの、しかも最悪の天からの贈り物に、慌てて攻撃を加えようとする量産機。
 近距離過ぎるため、持っているブレードはあまり使いモノにならない。
 仕方なく、素手でなんとか抜けだそうとした。

 しかし、初号機の強靭なATフィールドに阻まれて、それらはすべて届かない。

 「…さよなら」
 そして、別れの言葉をシンジの口が紡ぎ出す。
 ATフィールドが、量産機を切り刻んだ。
 死の痙攣が、量産機を包み込んだ。
 その破片からは、血液のような液体が流れ出す。

 「お見事…」
 「すごい…」
 伍号機と六号機は、ただ呆然とその様を…あれほど苦戦したはずの量産機があっけなく倒される所を、見ていた。
 思わず漏れた言葉は、ただそれだけ。

 しかし量産機の真っ赤な体液が川を作り流れるのを、シンジは…初号機は、悲しげに見つめていた。

 「これで、4匹目…」




 そのあいだに、零号機はもう一体を追っていた。
 レーダーの反応を見ながら、最も近くの量産機の通り道を推測し、待ち伏せをする。
 パワーセーブモードにして、できるだけレーダーに映らないよう、微弱なATフィールドを発生させておく。
 一旦アンビリカルケーブルをつないでフルに充電しておき、今そっとコンセントを外し地面に置いたところだ。

 予想通り、足音が近づいてきた。

 「・・・」
 プログナイフをしっかりと持ち直す。
 頭の中で、接触までの時間を冷静にカウントダウンし続ける。

 (あと、3秒…)
 ちらりと電源を確認し、十分動き回れる範囲にあることを把握する。

 (2秒…)
 腰を落とし、いつでも飛び出せるように準備をする。

 (1秒…)
 そして。

 (0!)
 量産機が、待ち伏せしていた角に姿を現した。
 パワーセーブを同時に解除、すかさず零号機は飛びかかった。

 ズドン!
 身体を押さえ込もうとするが、なかなか学習しているのか、簡単には行かない。
 手と手を互いにつかみ合い、相手を何とかして倒そうと力を込める。
 だが、力は拮抗していて両者ともわずかに動いたのみだった。




 その頃、発令所では。
 戦闘データの解析に大わらわとなっていた。

 「で、どう?」
 ミサトが、データの解析にいそしんでいるリツコに声をかけた。

 「…メインコントロールに一度全データを集約、そこでパターンを学習させ、それにあったコマンドを出す、そういうシステムになっているようね。見る限りでは」
 リツコは、手を動かしながら質問に答える。
 それでもキータッチのスピードが全く変わらないのは流石と言うべきか。

 「ということは、そこをつぶせば…」
 「量産機は命令を失う。倒しやすくはなるわね、おそらく。けれど…」
 言い渋るリツコ。
 眉根を寄せる。

 「なによ?」
 「…信号が切れると同時に『何か』を起こすようプログラムされている可能性も無いわけではないわ。こちらの動きもおそらくは予測済みのはずだから。」
 「あ…」
 「それに、EVA7体のデータ解析と同時コントロール…そんなことができるのは、多分MAGIクラスのコンピュータしかないわね。」

 「MAGI対MAGI…勝ち目は?」
 「何とも言えないわ。本部のオリジナルだけがこちら側で、あとの全てのMAGIがあちらさんについているとしたら、ほぼ0と言っても良いわ。1対5、無茶な戦いは避けた方がベターね、今のうちは。」
 「うかつに手は出せない、か…。」
 ミサトは唇をかんで、モニターに映る量産機の反応を睨んだ。
 残り2体。なんとか、行けるか…。

 「結局、あの子達に頼らざるを得ないのね、私たち…それも、最後まで…」
 こうやって傍観している以外打つ手がないことに歯がゆさを感じ、ミサトは自嘲するような口調で呟いた。




 「やはり、予想以上に時間を食うな」
 「問題はないだろう。もともとあっさりいくことを予想していたわけではあるまい」
 「それにしても、だ」
 「やはり、NERVの目はつぶしておくべきか…」
 モノリスの会合が行われている。

 「碇の方も何か動きを見せているようだ。…奴め、ターミナルドグマで何をやっているのやら?」
 「ふん、最後のあがきだろう。」
 「いや、油断はならんぞ。補完計画のためにも、邪魔な要素は排除すべきだ」

 「そうだな」
 「01」のモノリスが、相槌をうった。
 しばし考えるような間を置いて、言葉を続ける。

 「もはや碇の好きなようにはさせておけん。…しかし、リリスはNERVにある…」
 「補完計画の続行には…」
 「NERV本部を占拠せねばならんな」
 「少なくとも、今はMAGIを、だな。」
 「そのデータも頂いて置かねばなるまい。」

 「それならば問題ない。こちらの方で既に作業にとりかかっている。」




 ピピッ!

 マヤの視界の隅で、警報が鳴った。
 現在、戦闘とEVAの制御関連のタスクを最優先にしているため、その警報はシステムオペレータであるマヤの端末にのみ現れた。
 普段なら、全タスクよりも優先して行われるであろう警報であったが、如何せん時が悪すぎた。
 マヤはすばやくそれに応答する。

 「先輩! MAGIにハッキングです!」
 「ゼーレか…意外と早かったわね。」
 そう言いながらも、リツコは目の前のキーボードを再び恐ろしい勢いで叩き始めた。

 「防壁自動展開…なんとか、汚染は防いでいますが…時間の問題です」
 「ゲートウェイは?」
 「ノーマルのゲートウェイは既にクローズしましたが…直通回線と衛星回線はつながったままです。」
 「警報、お願い」
 「了解。」

 メインモニターに一瞬ノイズが走り、「警報」の文字が表示される。
 すぐさま発令所全体に警報が響きわたった。
 場内はいきなりの警報に何事かと騒然となった。

 「どうしたのかね」
 頭上から、冬月の声が響いてくる。

 「MAGIに対するハッキングです。現在、防疫作業中です。」
 「相手は?」
 「MAGIタイプが5機と見られています」
 「状況がまずくなったら、『666』を使用してもかまわん。何としても、MAGIを渡すことは避けろ。」
 「了解しました。」




 『全機、聞こえる?』
 「何よ!?」
 リツコの声だ。
 アスカは、怒ったような口調でそれに答えた。

 「…ったくもう、ちょこまかと…」
 さすがに量産機も学習しているらしく、あちこち逃げ回られてアスカもイライラしていたところであった。

 『現在、MAGIに対するハッキングが行われているわ。…それを食い止めるためにちょっとプロセスを占有するので、こっちからのサポートがしばらくはあまり出来なくなるかも知れないから』
 「何言ってんのよ! 大体、もともと、サポートなんてあってないようなもんだったじゃない!」

 『とにかく、状況判断はそちらに全て任せるから。』
 その声からすぐに、通信回線は切断されてしまった。

 「状況判断ってねえ…」
 辺りを見回す。
 いつのまにか、量産機を見失ってしまっていた。
 レーダーで探すが、反応は見つからない。

 「…Scheiße!!」
 舌打ちをしたその時だった。
 センサーが、いきなり大音響で警告を発した。

 ビーッ!!




 「メルキオール、オートプロテクト作動しました」
 「押されてるわね…さすがに分が悪いか…」

 「先輩、外部I/Oのバッファがオーバーフローしているようです。」
 「リライアブルプロトコルの通信デバイス落として、接続カットを試みて。それで少しは負荷が軽減されるはずよ」
 「了解。」
 「それから…センサー関連のゲートウェイの方、『666』用にリプログラムかけておいて」

 眼鏡に、モニターからの光が妖しく反射している。
 リツコはキーボードを叩きながら、呟いた。

 「現在のシステム状況は?」
 「Dセクション、Bセクション、第二ネットワーク方面は全て占拠されました。MAGIへのアクセスコードをファイルから走査中のようです。このままでは…」
 「まずいわね…」
 「辛うじて、E3、C6他25ブロックがまだ生きています。」

 ガタッ…
 音を立てて、リツコは椅子から立ち上がった。
 MAGIの本体の方へつかつかと歩み寄る。

 「MAGIシステムと戦術作戦システム以外の端末全てをシャットダウン。…成果は期待できないけれどやらないよりはマシだわ。それから、センサー類は全て分離してスタンドアローンで再起動。急いでちょうだい。私は、直接プロテクト作業にかかるわ。」
 「え…あれを使うんですか?」
 「…仕方がないわ。」
 一息置いて、リツコは言った。
 上の方、冬月に聞こえるように。

 「副司令、『666』の発動許可を要求します。」
 「…分かった」




 (いやに手応えがなさ過ぎる…)
 シンジは、ふとそう考えていた。

 ゼーレがあれだけ執着していた人類補完計画である。
 このNERV本部を占拠することは、そのために必要な手段のはずなのだが…それにしては量産機があっけなく倒れてしまった。
 これは何かあるのではないか? そう疑いたくもなってしまう。

 心のどこかが警鐘を鳴らしているのもまた事実であり…何とも言えない、「悪い予感」が心に巣くっている。
 一体これから何が起こるのか、それが気がかりだった。

 (ともかく、先に全て倒してしまった方がいいかな…)

 センサーで量産機の位置を確認し、そちらに向かっていく。
 残り2匹。
 現在1機が弐号機と接触したようだ。

 「トウジ、カヲル君。」
 『何だい?』
 「もう少しだよ。頑張って。」
 『…ああ。ありがとう。シンジ君もね』
 「うん」




 「プログラム・ナンバー 666」
 ラベルの付いたディスクを、リツコは持っていた携帯端末に挿入した。

 ここはMAGI本体の内部。
 端末は、人間の脳そっくりの(事実、それそのものであるが…)プロセッサに直結している。
 このメインプロセッサの生命維持のために張り巡らされたパイプは、あるものは暖かくまたあるものは冷たく肌に感じられた。
 液体窒素のパイプが周囲にあるため、息を吐く度に白い水蒸気が眼鏡を曇らせる。
 それも気にせず、リツコはキーボードを叩き続けた。

 やがてドライブから、ディスクを読み出す音がひっきりなしに聞こえてくる。
 画面上には、棒グラフで作業の進行度が表示されている。
 MAGI本体のメインプロセッサとMbps単位の速度で直結しているはずのこの端末にも、現在の作業はなかなか捗らなかった。
 プログラムがそれほど巨大なのだ。

 「666」…俗称、「Bダナン型防壁」。
 MAGIシステムのための、ほぼ万能のプロテクトである。
 起動すれば、外部との接続を一切断ち切り、物理的にクローズな状態へとMAGIは移行する。
 最も安全だが、逆にMAGIが最も役に立たなくなってしまう防壁であった。

 増して現在は、作戦行動の実行中。
 何とか、生き残っている端末での遂行ができるかどうかは不安だった。
 しかし、MAGIを失うことが本部の破棄と同義である以上、MAGIを奪われることは何としても避けなければならない。

 ピッ!

 やがて、ディスクの読み込みが終わった旨の報告が為される。
 端末の画面は、コマンド待ちのプロンプトを表示していた。
 リツコは、ふっと息を吐いてから、キーボードを叩いた。

 

EXECUTE THE PROGRAM "666".


 



終焉はすぐそこに

 

 ふっ…と、一瞬ライトが暗くなったような気がした。

 「む…始まったか」
 ゲンドウは、ターミナルドグマ内部を進んでいる。
 上からやってくる振動を感じ、その足を速めた。

 「・・・」
 しばらく行くと、やがて大きな扉にぶち当たる。
 カードキーを懐から取り出し、脇のロックシステムに通すと、ロックは解除されて扉は大儀そうに開いていく。

 ゴ…ゴゴゴ…

 その向こうから姿を現したのは、オレンジ色の海に突き立つ血の色の十字架。
 そして、それに磔にされた、真っ白な巨人。
 顔には7つ目の仮面を付け、ただただ静かに貼り付けられ鎮座在している。

 「リリス…」
 その胸には2つの傷跡が見て取れる。
 かつて、そこにロンギヌスの槍が刺さっていたのだろう…。
 下半身は、いつの間にか足が出来上がっており、今にも歩き出しそうな感じだった。

 だが、別に何か特別な動きをする風でもない。
 それもそのはず、現在の「リリス」は、ドライバーの居ない車のようなモノなのだ。
 しかもエンジンもかかっていない車だ。
 エンジンのかかっていない車が暴走したなどという話は、聞いたことがない。
 だから、安心して近づいていくことができた。





- SYSTEM MESSAGE from root (R.Akagi) on 03:CASPER -
  Physical System Protection
  Program Code 666: Executing


 メインモニターとコンソールに現れた文字。
 同時に、MAGIに対する外部(この場合の「外部」というのは、NERV本部から見ての「外部」を指す)からのアクセスが全て不通となる。
 汚染ブロックが消えて行き、表示がオールグリーンになったところで、MAGIを表すワイヤフレームの図形の周りに、不釣り合いな曲線による防壁の画像が表示された。
 発令所にいた人間が全員、ほうっ…と溜息をつく。

 「これで、MAGIオリジナルへの外部ネットワークからのアクセスはできなくなった…。ゼーレ、どう出てくる…?」
 冬月が、険しい表情のままディスプレイを見つめる。
 その隅には、デジタル時計が表示されていた。

 『戦術作戦システム、メインネットワークより切断。衛星を含む全外部センサーは、バックアップのメインケーブルを迂回して接続。F5ブロックのバッファを経由』
 MAGIの合成音声が、スピーカを通して響いた。
 一瞬、戦術作戦システムのモニター画面が消えて、また表示される。
 少しカメラアングルとデータ数値が変わってはいたが、とりあえずほぼ元通りにはなったようだ。

 『これよりMAGIシステムにおけるプロセスの内、プライオリティB以下のタスクは全て強制終了されます。同時に、A・B・Cネットワークの稼働も停止します。停止時刻まで、あと30秒。…繰り返します。これより…』
 マヤの覗き込むディスプレイの中で、ネットワークへの接続を示す表示が一つまた一つと消えて行く。
 同時に、多数のセキュリティデバイスが起動し、活動を始めた。
 これらはそれぞれ、MAGIクラスのコンピュータでも崩すのに数年はかかる程の強固なものである。それが十数個、とどめとばかりに名を連ねている。

 『ネットワーク、停止』
 声と共に、ほとんどのプログラムが停止し、ネットワークの回線が切断された。
 残っているのは、最優先タスク…戦術作戦システム、EVA運用システム、館内維持システムと防疫システムの4つ…だけ。通常の数%程度の数だ。
 それでも、目に見えて計算速度は遅くなっている。
 この強固な防壁は、それ自体かなりプロセッサ資源を消費するのである。

 (せめて、このうち一つでも別のコンピュータに移行できれば…)
 マヤは、なんとか動いている状態の外の映像を見ながら、そう思った。
 しかし、作戦システムも館内維持も、NERV本部の感覚器を全て握っているMAGIでなければできないことが多すぎる。

 かといって、EVAの運用システムを外せばパイロットへの負荷が増えてしまうし、別コンピュータに移行したとしても、その要求する処理速度が出るかどうかが問題だ。
 何しろ、今は5体のEVAを同時に制御・モニターしているのだ。それだけで、MAGIレベルの処理速度が(最低で)要求されてしまう。
 神経接続コントロールと過負荷の軽減、LCL濃度調節にプラグシステムの管理、またEVAへの電力供給やフィードバックゲインのコントロールまで、MAGIが一手に引き受けている。
 それは、普通のコンピュータで実行したら、さながら算盤もしくは紙と鉛筆による筆算で5元5次連立複素無理偏微分方程式を数値的に解こうとする人間のようなものだ。しかもその問題が10問あるところに、「全てを5分でやれ」と言われているのに等しい。
 EVAにも生体コンピュータは一応搭載されているが、それに全て任せるわけにもいかないのが事実である。リアルタイム処理するには、演算能力が少々足りないのだ。
 この辺が、「技術の限界」というところだった。




 ビーッ!

 センサーが警告を発した。
 「ENEMY」の表示が点滅している。

 「どこ!?」
 とっさに見つけられず、立ち止まる弐号機。
 その機体に、影が差した。

 「…真上!?」
 しまったと思う間もなく、弐号機は地面に組み敷かれる。
 とっさの判断で、アスカは肩パーツからニードルを発射させ、そして横に転がった。
 当たったか当たっていないか、気にしている余裕はなかった。

 すぐに体制を立て直そうとする弐号機。
 しかし、その首に後ろから手が掛かった。
 量産機の白い手が、ブレードを使って弐号機の首を切り落としてしまおうとする。
 されてなるものかと、弐号機も全力でその手を押さえ込んでいる。

 「く…」
 だんだん腕がしびれてくる。
 首を抜こうにも、座った体制では頭を下げるのが難しい。

 (アタシとしたことが…)
 自責の念を抱くアスカ。

 『アスカ!』

 だが、量産機の力がふいにゆるんだ。
 それを見逃さず、両手を振り払って立ち上がる弐号機。
 量産機の向こうにいたのは、初号機だった。

 『怪我はない!?』
 「…ええ、無事よ…」
 『よかった…』
 安堵するようなシンジの声が、モニターから聞こえてくる。
 しかし、その声に被って、別の警告音が鳴り響いた。




 レーダーウィンドウが開き、第三新東京市街のエネルギー反応が映し出された。

 「え…?」
 青い三角が5つ、赤い三角が2つ表示されていた。
 しかし、一つ一つ、赤い三角が増えて行く。
 赤い三角…それは、「敵」を示すものである。
 そして、敵と言えば、今まで倒してきた量産機に他ならない。

 「何…量産機? まさか…倒したはずなのに…?」
 アスカが呟く。

 バサッ!

 ふと、後ろで羽音がした。
 振り向くと、さっきの量産機が空に向かって飛び立ったところだった。
 はっと上を見上げる。
 そこには、量産機が7機、空を舞っていた。

 (残りは2体だったはずなのに…まさか、復活したの!?)
 ぞっとして、背筋が一瞬寒くなった。
 そこに、慌てたような通信が入る。

 『みんな、早くATフィールドを…! 来る!』
 半ば無意識のうちに、5機のEVAがATフィールドを空に向かって解き放つ。
 次の瞬間、その表面を雷光が走り抜けた。




 ノートパソコンを外部回線に接続してデータチェックなどを行っていたマヤは、おかしなエネルギー反応に気づいた。
 倒した量産機の「死骸」があるところに、高エネルギー反応が感知された。
 町を道連れに自爆するのかと一瞬焦ったが、どうやらそうではないらしい。

 「ひぃっ!?」
 しばらくモニターに映し出される映像を見ていたマヤは、思わず声を上げた。
 血で地面を赤く染めて倒れていたはずの量産機が、全機一斉に動き出したのだ。
 体液を首やあちこちからしたたらせたまま。
 傷口からは肉が盛り上がり、そこを埋めて行く。
 そして背から翼を広げては、大空へと飛び立っていった。

 「量産機より高エネルギー反応!…S機関です!」
 「ついに本領発揮か…まずはお手並み拝見ね…」

 「S機関が作動し始めたか…」
 上空で、菱形が二つくっついたような隊列を綺麗につくる量産機の映像を見ながら、冬月は呟いた。

 「…これからが、正念場だ…頼むぞ…」
 その言葉は、誰に向けられたものであったのだろう。
 しかし、誰の耳にも届くことはないまま…。

 更なる警告音が辺りに響く。
 量産機のATフィールドが計測機器の限界を振り切っていた。
 しかも、その位相は解析の結果、全てが同調している。
 7つのATフィールドは互いに共鳴しあい、数倍から数十倍に増幅されたエネルギーが放出された。

 刹那、地面が大きく揺れる。
 思わず目をつむったマヤは、ノートパソコンを抱いたまま椅子から床に転げ落ちた。
 LANのケーブルがぴんとのび、コネクタから外れる。
 ノートパソコンが発する警告音も、振動の起こす音にかき消された。

 揺れがおさまりゆっくり目を開けると、誰一人立っている者はなかった。

 「!!」
 慌てて状況確認を急ぐマヤ。
 抜けたケーブルを再び差し込む。
 端末は自動でセンサー回線に接続し、映像が帰ってきた。

 衝撃で吹っ飛ばされたEVA、一人必死でATフィールドを支える初号機。
 だが初号機の強靭なフィールドにも、だんだんと綻びが目立つようになっていく。
 あちこちから漏れた、中和しきれなかったエネルギーが、地面に穴を穿つ。
 初号機の周りに、ほぼ円の形にクレーターができ、薄くなった地盤はその全ての質量をきしみながら支えている。

 ピピッ!

 地中に設置された圧力センサーから、信号が入ってきた。
 耐圧限界が近づいている。これ以上圧力がかかれば、地面が耐えきれずに落下する。
 しかし、量産機の攻撃はまだ続いていた。

 「地表部、耐圧限界!」
 悲鳴のような報告が上がる。
 と同時に、ジオフロントの天井が、荷重に耐えきれなくなり一部落下。
 ちょうど初号機の真下だった。
 次の瞬間には、そこを中心として膨大なエネルギーが地面を削り、ジオフロントをむき出しにしていく。

 ふたたびやってきた振動に、マヤは椅子にしがみついて耐えた。




 『きゃあぁぁぁっ!』
 通信がつながったままの弐号機から、アスカの悲鳴が聞こえてくる。
 シンジは、視界の隅で吹き飛ぶアスカの姿を捉えていた。

 (アスカ!)
 今すぐ助けに行きたかったが、そうも言っていられない。
 腕にびりびりとした振動が伝わってくる。
 それを気力でもちこたえ、シンジは街を守っていた。

 (綾波!)
 零号機のATフィールドが耐えきれなくなって、はじき飛ばされたのが分かった。
 伍号機・六号機に至っては、ATフィールドの使い方がまだ良く分からないせいもあって、ほぼ攻撃開始と同時に吹っ飛んでしまった。

 『綾波、綾波!』
 回線を開いて呼びかけるが、返事がない。

 『…くっ!』
 なかなかエネルギーの奔流は過ぎ去らず、初号機のATフィールドにも亀裂が何カ所か見受けられるようになってきた。
 そこから漏れたエネルギーが、初号機の周囲の地表に穴を開ける。
 あっと思う間もなく、弱くなった地盤は崩れ落ち、初号機もその中へ飲み込まれた。
 その時にあいた穴を中心として、爆発が広がるように、ATフィールド越しの真っ赤な空が広がって行く。
 他のEVAがジオフロントの中へと落下してくるのが見えた。

 地面に激突する寸前、シンジは最後の力を振り絞り、ATフィールドを強化した。
 同時に自分を包み込むATフィールドも生成し、身を守る。

 『ぐあ…っ!』
 しかし、だからといって衝撃が全て緩和されるわけではない。
 衝突の瞬間、息が詰まるような衝撃を受け、シンジの意識は一瞬遠のいた…。




 ジオフロント地表部で、土煙がもうもうと上がった。
 その向こうに消えた天井都市、そして5機のEVA。
 量産機は再びゆっくりと滑空し、舞い降りて来ようとする。

 第三新東京市中心部は、半径500mに渡って巨大な穴になってしまっていた。
 その瓦礫は全てジオフロントに落下したが、幸いにもNERV本部は無事のようだ。
 土煙が風に乗っておさまって行くと同時に、瓦礫が数カ所で盛り上がる。
 盛り上がったところからは手が何かを求めるように這い出してきた。
 続いて、瓦礫の山をがらりと崩し、上半身を引き抜くEVA。

 『…う…』

 山の中心部に近いところからは、初号機。
 そこから数十メートルのところから、零号機と弐号機。
 そしてほとんど瓦礫群の端の方まではじき飛ばされていたらしい、伍号機と六号機。
 4機とも(初号機を除くため)アンビリカルケーブルが断線してしまっている。
 また、予想以上に落下のダメージは大きく、ところどころ感覚がはっきりしない部分もある。
 このままでは量産機に対して勝ち目がないのは明らかだった。

 いち早くそれに気づいたレイは、通信回線を開いて呼びかけた。

 「葛城三佐、零号機です。…応答願います」
 『…レイ? 一体、何があったの?』
 『それなんですけど…どうも、ATフィールドの共鳴増幅による攻撃を受けたみたいです。』
 初号機からの通信が割り込んできた。

 「…アンビリカルケーブルが切断されています。電源供給をお願いします」
 『ちょっと待って…』
 いつもならすぐに帰ってくるはずの答えも、今はなかなか帰ってこない。
 いらいらしながら待つ時間が過ぎた。

 『…聞こえる?』
 「はい」
 『13番に生きている電源があったわ。そこからとってちょうだい。』
 「了解しました」
 『弐号機も、いいわね? 伍号機、六号機は一旦本部に戻って。チェックを行うわ』
 『はい』
 ユニゾンで声が聞こえてくる。
 アスカ達も無事のようだ。
 零号機は、瓦礫のでこぼこした地面を、急いで指定されたポイントに向かう。




 ゴゴ…ゴ…

 振動がLCLの海に波を起こし、飛沫を上げさせる。
 わずかに、上の方からぱらぱらと何かが降ってきた。

 ここは、ターミナルドグマ。
 地下2000メートル地点、しかも固い地盤に守られているので、地表で起こっている「地震」も、ここではごくごく微弱なものとしてしか伝わってこない。
 軽く上を見上げ、ゲンドウは再び作業に戻った。

 カバーと埃を被ったままの機材がいくつも並んでいる部屋、そこにゲンドウはいた。
 無機質な空気にすえたような匂いがほのかに漂う。
 ガラス越しに見えるは「リリス」。

 ぼうっと一つだけ、コンピュータが起動していた。
 ここのコンピュータは、上の方のメインネットワークとは接続していないので、ハッキングされる心配はない。

 カタ…

 キー音が、静寂の部屋に響きわたる。
 最後のキーをめざし、ゆっくりとひとつずつ。

 パシン

 軽い音と共に、エンターキーがたたかれた。
 同時にリリスを淡い光が包み込む。
 ATフィールドの一種だった。

 「…コントロールはできるようだな…」
 ゲンドウがやっていたこと、それはリリスにATフィールドを展開させ、量産機との接触を絶つことだ。
 しかし、通常のATフィールドであれば、簡単に侵食されてしまうことは容易に想像がつく。
 だが、目の前にいるのは『リリス』だ。ATフィールドはもちろん、リリスは逆の働きをする『アンチATフィールド』をも創り出すことができる。
 ATフィールドが生命を形作るものであるのに対し、アンチATフィールドは生命の形を溶かすもの。一歩間違えば、地球上の全生命が消えてしまうだろうが…それでもその方法に頼る以外にはなかった。
 「神の領域」ATフィールドに対抗できるものは、同じATフィールドの類しか存在しないのだ。

 「・・・」
 モニターの青白い光が、空間位相のグラフを立体的に描いている。

 今の所は出力に問題はない。
 量産機などの邪魔もまだ来ないようだ。
 来れば空間の揺らぎですぐに分かる。

 リリスのコントロールにはEVAの技術がそのまま応用できた。
 何故かと言えば、EVAはアダムのコピーであり、リリスはそのアダムと対を為す(この場合「正反対の」ではなく、「似た存在」として、であるが…)存在だからだ。

 しかし、ダミープラグを使っている訳ではない。
 人工的に神経パルスを創り出し、それによってコントロールしているのだ。




 バシュ…

 湯気を上げながら、エントリープラグのハッチが開く。
 中からは、カヲルとトウジが這い出してきた。

 「疲れた…」
 「…ホンマ、ようやっとったわ、シンジ達は…」
 プラグを降りたところで、ひとまずの安堵で腰が砕けてしまう。
 いきなり緊張の連続だったのだ。無理もない。

 「せやけど、シンジ達だけであいつらの相手はきついやろな…。ワイらもまた出撃せなあかんようになるやろか…ゆっくりはしとられへんな…」
 「いや、僕達が行ったところで足手まといなだけだよ…残念ながらね。自分達の立場をもう少し理解すべきだよ」
 悲しそうな表情を浮かべ、カヲルは言った。

 「ま…それもそやな…。」
 「だけど、初めてであんな相手…ホントについてないな。こういう状況は嫌悪にすら値するね。」

 自分がもしもっと訓練を積んだパイロットだったなら。
 そうであるなら、今すぐにも再びシンジ達の所へと行って手伝いたい。
 しかし彼らは、まだ新米である。行ったところで逆に足を引っ張る結果になってしまうのは想像に難くない。
 人類の命運云々ということへの焦燥から、使命感だけは燃え盛る炎の如く自己主張をしていた。だが、それをただ待っているしかないもどかしさ…。
 頑張るシンジ達を見ているだけ、まるで自分達がぬくぬくと高みの見物をしているように考えてしまい…やけに情けなく感じられる。
 シンジ達(アスカ除く)に話しでもすれば「そんなことないんだよ」と言ってくれるのだろうが…それでもかえって申し訳ない気持ちになってしまうに違いない。

 「できることがない、っちゅうのも…辛いもんやな」
 「鈴原君、渚君。こっちへ来てちょうだい。」
 呼ぶ声がする。
 ミサトが、手招きしていた。

 重い腰を上げ、2人はその方へと向かっていった。




 巨体に似合わずさして衝撃も無く地面に降り立つ量産機。
 口元をゆがめ、ブレードを構えた。
 7機の量産機が、3機のEVAを取り囲むように構えて、じりじりと少しずつ距離を詰めてくる。

 (…どうする?)
 アスカは、自問した。

 永遠に動き続けることができる相手に対し、こちらの活動時間は限られている。とすれば完璧に勝ち目がない。
 かといって、シンジ一人に任せるわけにも行かない。数の差がありすぎる。
 アンビリカルケーブルを切り離さないように戦わねばならないが、そうなると動ける範囲が制限されてしまい、思う存分戦えない。
 まさに、「ないないづくし」である。

 武器もプログナイフ以外は用意されていないため、どちらにせよ近接戦闘を行う他にない。
 飛び道具の準備には時間がかかるし、また命中率も近接戦闘より悪くなってしまう。だから、むしろそちらの方が好都合と言えば言えるのだが。
…ただし、それは量産機があのATフィールドの共鳴による攻撃を使ってこなければ、の話である。
 この状況であれを使われたりしたら、NERV本部の方も壊滅してしまう。自分達も生きてはいられないだろう。
 何とか封じる手だてはないものか…。
 自らの知識を総動員して考えるアスカ。
 しかし、ATフィールドの事にせよEVAのことにせよ、アスカにとってはまだ知らないことが多すぎた。

 量産機が、包囲の輪をせばめてくる。
 こうなったら、とにかくやるだけやるのみ。
 量産機の歩みに合わせ、全機プログナイフを構えなおした。




 「できるだけ数を減らしてみるから…アスカと綾波は、ぎりぎりまで引きつけてから攻撃。…ケーブルは、最優先でお互いに守り合って。」
 『分かったわ』
 『了解』

 「じゃ…行くよ!」
 量産機が半径100m程にその陣形を縮めたとき、初号機は跳んだ。
 思わず見失う量産機の後ろに着地し、その内の一体に狙いを定め、向かっていく。

 (負けるわけには…いかないんだ!)
 自分達の敗北は、それ即ち人類の滅亡を意味する。
 重い運命を眼前にさらされても、逃げてはいけないのだ。
 それに…絶対に逃げないと、決めたのだから。
 あの、「今の自分」の始まりの日に…。

 すれ違いざまに、量産機の喉笛をかっ切る。
 しかし、それはすぐにぶくぶくと肉が盛り上がって復活する。
 ニヤリといやらしい笑いを浮かべ、量産機は初号機に対峙した。

 (やっぱりS機関か…)
 シンジは、内心舌打ちした。
 今の状態の量産機を完全に破壊するには…槍を使うのが一番簡単ではある。
 その他にもいくつか方法はあるだろうが、どれも周りに多大なる被害を及ぼしてしまうに違いない。
 だが槍は、最後の最後まで取っておかねばならない。焦って奥の手を早々と敵にさらすのは愚かというものだ。

 量産機がこちらに向かって手を伸ばす。
 その手のひらに光粒子が集中し、放たれる。
 とっさのことではあったが、シンジはそれに反応してATフィールドを展開した。

 キィンッ!

 オレンジの壁面にぶつかって、それは霧散する…しかし、わずかにATフィールドを破って漏れだした粒子があった。
 どうやら、今の攻撃は、ATフィールドでプラズマか何かを閉じこめたものらしい。
 フィールドの強さは、初号機の方が僅かに勝っているようだ。

 続いて、量産機は持っていたブレードのようなモノで斬りかかってくる。
 ATフィールドでそれをはじいた所に、もう一体の量産機が応援に駆けつけた。

 「…くっ!」
 この量産機を2体も同時に相手にするのは少々厄介だ。
 シンジは、右手を横なぎに振り払った。
 片方の量産機のATフィールドと身体が、同時に切り裂かれた。

 ドウッと倒れ込む量産機。
 どうせすぐに回復してしまうだろうが…倒すことは最初から考えていなかった。
 今は少しでも時間が欲しかった。




 翼を収納した量産機が、ぐるりと円形を取って初号機達に近づいていく。
 一体どこから撮影しているものやら、その空間にははっきりとその様が、映し出されていた。

 『ふむ…まずまずの性能だな』
 『これで邪魔なNERVのEVAともおさらば、だ…』
 モノリスが一つまた一つと浮かび上がる。

 7機の量産機がある半径の所まで近づいた時点で、初号機が跳躍する。
 後の2機は、電源を気にしているのだろう、量産機をぎりぎりまで引きつけてから攻撃を始めるようだ。

 しかし、量産機のS機関が起動している現在となっては、今までのように簡単に倒すわけにも行かない。
 初号機と量産機の内の一体が組み合う。

 『…とどめを刺すのだ。我らが下僕達よ。』
 『もう一度「アレ」を喰らえば、NERV本部とて持つまい。』

 『…やれ。』
 冷酷な声がその空間に響きわたる。
 そして、カメラの映像は途絶えた。




 「来たわね…」
 アドレナリンが分泌されるのを感じる。
 ごくりとつばを飲み込み、アスカは不敵な笑みを浮かべて言った。

 「行くわよ、レイ…」
 『ええ…』

 (先手、必勝!)

 「ぬあああぁぁぁぁっっ!」
 アスカは、雄叫びを上げて量産機に斬りかかっていく。

 ガキン!

 量産機は持っているブレードでその攻撃を防ぐ。
 プログナイフの高振動刃が、甲高い音を辺りに響かせた。

 防がれたのを知ると、アスカはすぐさまナイフを一旦離して、今度はすかさず別の所に斬りかかった。
 ブレードが重くすぐに反応できない量産機は、慌てて避けようとする。

 「遅いっ!」
 量産機は、あっさりと右腕を切り落とされた。
 ブレードと共に、地に転がる。

 痛みに呻く量産機の背後から、零号機が音もなく忍び寄り、もう片方の手を切り落とした。
 脊椎の、エントリープラグの挿入部にプログナイフを差し込む。
 声にならない悲鳴が、量産機の口から放たれた。

 そのまま、刃を下の方に向かって力を込めて振り下ろす。
 パキン、と硬い音がした。
 コアが砕けた音だった。

 背を切り開かれた量産機は、そのまま地面に倒れ込んだ。

 その時だった。
 再びあの嫌な感じを感じたのは。




 (・・・!)
 思わず一体の相手に夢中になってしまったシンジだが、量産機の異常な反応はすぐに感知した。
 残り4体の量産機が、再びあの攻撃を行おうとしている…ATフィールドの位相が全て一致していることから、それは容易く分かった。

 頭で考えるよりも早く、身体が動いていた。

 ロンギヌスの槍をどこからともなく取り出し、自分が向かっていた量産機の身体を切りつける。
 傷となった部分は、修復せずにどんどんと崩れていく。
 初号機が量産機の胸…コアに槍を突き刺すと、量産機は溶けるように崩れていく。
 これこそが、ロンギヌスの槍の力だった。

 「綾波! アスカ!」

 零号機と弐号機の元に駆け戻る初号機。
 槍を地に突き立てると、それを中心に半球状の光の幕が3体を覆った。
 幸い、量産機の注意はこちらだけに向いているようだ。
 槍を仲介しているとはいえ、このフィールドを創り出しているのはやはりシンジだ。
 四方八方からかかってくる圧力に耐えながら、反撃の隙を窺っている。

 ぐっ、と圧力が強くなった。
 さっき一時的に戦闘不能にしておいた量産機がまた復活したようだ。
 ダミーシステムは互いに連絡を取り合っているようだ。でなければ、こんな攻撃などできるはずがない。
…では、一体、どうやって連絡をしているというのだろう?




 「…すまなかったわね。いきなりの実戦で…」
 「いえ…こちらこそお役に立てへんで…」

 発令所。
 リツコとマヤが相変わらずハッキング対抗策を行っている。
 このままでは埒があかないと見たのか、積極的に攻めに出ることにしたようだ。
 何と言ってもリツコはMAGIシステムの開発者の娘であり、そしてMAGIのハードウェア・ソフトウェア両方に最も近い人物である。
 セキュリティホールの一つや二つ、研究過程で見つけていた。

 外の監視は、マコトとシゲルが引き続き行っている。
 今は、2人の端末経由でメインモニターに外の状況が映し出されている。

 「…またアレを使われたら厄介ね…」
 ミサトは誰とも無く呟いた。
 その顔にはいつもの陽気なところは微塵もなく、ただ険しさのみが込められている。
 それでも、カヲルとトウジは暫しその横顔に見入ってしまった。

 画面では、零号機が量産機の背骨をプログナイフで切り裂き、沈黙させていた。
 ちょうど、そんな頃のことである。

 カメラの映像がぶれる。
 と、ふいに砂嵐になってしまった。
 唯一確認できたのは、映像が途切れる直前、零号機達の方向に向かって初号機が駆け出したという事だけ。
 何が起こったのか、一瞬分からなかったが…最悪の事態が再び訪れようとしていることを、センサーは律儀に物語っていた。

 「か、葛城三佐!」
 「どうしたの!?」
 「…また、フィールドの共鳴攻撃です! このままでは、零号機と弐号機が!」
 ATフィールドの反応はだんだんと強くなっていく。
 計測限界を突破し、センサーも壊れてしまった。

 「…ここもただじゃ済まないわ! みんな、早く退避して!」
 ミサトが叫ぶ。
 しかし、その声で出ていこうとする者は、下の階にいるD級勤務者ぐらいのものだ。
 残りの人間は、全員その場を動こうとすらしない。

 「あなた達も、早く逃げなさい! でないと死ぬわよ!」
 トウジとカヲルに呼びかける。

 「構いませんよ。…どうせ、この戦いに敗れたら、人類は滅ぶんでしょう? それだったら、最後まで見て、それから死ぬ方が本望です。それに…」
 「それに?」
 「シンジ君達は、きっと…帰ってきてくれますよ。そんな感じがするんです。」
 砂嵐のモニターを凝視しながら、カヲルはふと優しい目になって言った。

 「…わかったわ。それなら、みんなで一緒にいましょう。」
 ミサトが言う。

 (…いつでも来なさい!)
 そうは言ったものの、しかし内心では、激しい恐怖と戦っていた。
 これから自分達は死に行く運命なのだ、悔しいが、それは認めねばならなかった。

 しかし…。




 「え…?」

 シンジは、空間に、ふと違和感を感じた。
 そちらの方に意識を向けると、確かに、量産機のATフィールドとは異なった、何らかのエネルギー場が展開されている。
 それは、(エヴァのサイズにしてみれば)極小さいもので…そう、ちょうど、背の高い人間がすっぽり入るぐらいだろうか。
 全センサーを動員してみると、ディラックの海のように、別の次元とつながっている空間らしい。

 (誰がこんなものを…?)
 そう考えたが、答えは分からない。
 自分達以外で、こんな事ができる者…。
 皆目、見当がつかなかった。

 だが、その答えは案外あっさり姿を現した。
 そのエネルギー場を通って、一つの人影が出てきたのだ。
 銀髪の男性。ちょっと見でも、かなりハンサムに見える。

 外見からすると、20代前半の青年だろうか。
 普通の人間に見えた。背中の翼を除けば。
 軽く目を閉じ、『彼』はその場に浮かんでいた。

 量産機もその存在に気づいたようだ。
 ATフィールドを解除し、持っているブレードで斬りつける。
 その瞬間、『彼』は目を見開いた。

 『彼』の瞳は、紅く輝いていた。

 「あれは…っ!」
 瞬間、脳裏を何かが駆けめぐった気がした。
 シンジは、思わず声に出して叫んでいた。

 

 

 

 

 


第12話Aパート につづく

ver.-1.00 1997-07/10公開
ご意見・感想・誤字情報などは Tossy-2@eva.nerv.to まで。


 次回予告

 量産機と戦っているシンジ達の元に突然出現した『彼』。
 『彼』は一体何者なのか?
 人類に、まだ希望は残されているのか?

 次回、「未来の選択を」 お楽しみに!

 

 あとがき

…はい、というわけで「エヴァンゲリオン パラレルステージ」も開始後一年を過ぎ、ようやく第二部に入ることができました。
 待って頂いてたた方、遅れちゃってすみませんでした。

 えーと、「E.P.S.」の今後の予定についてですが。
 一応全20話程度を予定してはいるんですが…伸びる可能性は無きにしもあらず(爆)です。
 今回は久しぶりにアクションを書いたんですが、いかがでしょう?
 ちょっと書き方を忘れてしまってたような…すぐ戻りましたけど。
 ちなみに、今回は「E.P.S.」本編の中で一番でかくなってしまいました。
 この後も、多分第一部と同じ、シリアス部とほのぼの部(あったっけ?)が混ざったような感じになっていくと思います(恐らくそうします)。

 ところで、冒頭の「詩」、一応オリジナルなんですが…全行七五調で作ってます。言葉遊びって、難しいですけど、楽しいですね。
 言葉遊びと言えば、最近は英単語をアナグラムして名前を作るのに凝ってます。


 さて、感想など、あったら是非聞かせて下さいね :-) 。お待ちしています。

 今後とも、どうぞよろしくお願いします。
 では、次回をお楽しみに!






 Tossy-2さんの『エヴァンゲリオン パラレルステージ』第11話、公開です。




 シンジは何を叫んだの?

 シンジが見た物は?


 凶悪な引きだな〜

 気を持たせて、もう     (^^;




 何が出るかは次回のお楽しみ♪

 それと、

 他の小説と違って(今のところ)戦えていない変わるがどうなるかも、
 ちょっと注目ってますです。



 ああ・・みんな、死なないでね・・・




 さあ、訪問者の皆さん。
 どんどん長くなるTossy-2さんに感想メールを送りましょう!




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