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エヴァンゲリオン パラレルステージ

EPISODE:08 / Fifth Children

第8話


者、

 登場






駅の少年


 第三新東京駅。

 今、ちょうどモノレールが到着したところだ。
 乗客は、少ない。
 3両編成の車両に乗っているのは、30人もいないに違いない。

 当然、降りる人などまれである。
 だが。

 プシュー…

 ドアが開く。

 真ん中の車両から、1人の少年が出てきた。
 彼は、大きなバッグを持って改札口に向かう。
 鼻歌を口ずさむこともわすれない。

 この時代では、改札も自動改札が主流であり、駅はほとんど無人と言っても過言ではない。

 切符を通す。
 ゲートが開く。

…手順は、やはり昔から変わらないようだが。

 駅前に降り立つと、彼はきょろきょろと辺りを見回した。
 やがて電話を探し当てる。

 彼は、どこかへ電話をかけ始めた。



 今はちょうど昼下がり。
 しかも日曜日だ。

 日曜の昼下がりと言えば、都会ではたいてい人がごった返すものだが…。
 しかし、この第三新東京市は道行く人も少ない。
 要塞都市たるこの市の特徴でもあった。

 駅前だと言うのに、その道は車さえあまり通らない。
 一年中うるさく鳴き続ける蝉の声がやたら耳につく。

 「…さて、待ち合わせはしたし、ちょっと休もうかな…」

 先程の彼、電話をかけ終わると近くの喫茶店へ入った。
 誰か通行人でもいたならきっと視線を釘付けにしたことだろう。

 銀髪に、白い肌。
 唯一インパクトの強い、赤い瞳。
 それに中世的な顔立ち。
 どこかしら、「天使」を思わせるような容姿だった。
 ついでに「第9」を鼻歌で歌っている。

…と、ここまで言えばもう誰だかは分かるだろう。
 「渚 カヲル」だ。

 彼は、エヴァのパイロットとなるべく、第三新東京市に呼ばれたのだった。



 「…やはり、紅茶はダージリンに限るね。」
 のんびりと紅茶など飲んでいる。
…まあ、それほど急ぎではないのだから、まあいいとしよう。

   フンフンフンフンフンフンフンフン
        フンフンフンフンフーンフフーン…

 思わず、いつもの「第9」が出る。
 今日も、第三新東京市は快晴。
 冷房の効いた室内はいいが、外に出るとおそらく30度はあるだろう。

 「暑い日の外出はあまり好意に値しないね。」

 かといって雨の日がいいかというとそうではない。
 強いて言えば、一番外出向きなのは、ほどよい曇りの時だ。
 ただし、雨雲の時を除く。

 「少しぐらい雨が降らないかな。」

 ほのかに願いつつも、迎えを待っていた。



 ところで、その日の朝。
 舞台は変わって葛城家。

 「え?」
 起きて朝食の準備をしていたシンジは、素っ頓狂な声を上げた。

 原因は、ミサトの話だった。

 「だから、フィフス・チルドレンが今日来るのよ。それで、迎えに行ってくれない、って言ってるのよ。」

 朝起きてくるなり、ミサトは「午後駅まで迎えに行ってくれないか」と聞いたのだ。

 「それは分かりますけど…なんで僕なんです?」
 「護衛の手間が省けるからね。…なにしろ本人があんまり護衛付けないでほしい、って言ってるし。」
 「はあ…」
 「でも、護衛は誰かつけなきゃいけない訳よ。だから、やっぱり同い年ぐらいのシンちゃんがいいかなぁ、ってことになったの。それに、もうこれは上の方で決まっちゃってるのよ。だから…お願いっ!」
 手を合わせたお願いポーズで、ミサトは言った。
 これをされると、シンジはどうも断れないようだ。

 「…まあいいですけどね。で、名前は?」
 「えーと…確か、『渚カヲル』だったと思うわ。」
 「渚カヲル君ですね。」
 「そう。あなたより一つ上の、男の子。待ち合わせは、第三新東京駅で午後2時になってるから。」
 「はい、わかりました。」
 「じゃあ、よろしくね。」
 「…あ、ミサトさん。どこに連れていけばいいんですか?」
 「んー…NERV本部までお願いね。」
 「はい。」



 カラン、コロン…

 今日2度目のドアの開く音。

 「今日は客が多いな…」
 マスターは、本気でそう思ったという。

 「いらっしゃいませ…」
 カウンターから声がした。
 マスターはグラスを磨いている。

 戸口には、中学生ぐらいの少年が立っていた。
 少し気の弱そうな感じがする。
 彼は、入ってくると店内をきょろきょろと見回した。

 「おや、来たみたいだね。」
 カヲルは、カップの底に少しだけ残っている紅茶を飲み干すと、今入ってきた少年の方に向かった。

 「350円です。」
 「・・・」
 「…ちょうどお預かりします。」

 「…君はNERVから来たのかい?」
 シンジの方に向き直って、カヲルは聞いた。

 「うん…。あの、君が…渚君?」
 「そうだよ。君の名前は?」
 「シンジ…碇シンジだよ、渚君。」
 「カヲル、でいいよ。シンジ君。」

 「ありがとうございました。」
 マスターの声を背に、2人は店を出る。

 カラン、コロン…



 「これから、どこに行くんだい?」
 「あ、本部に連れて来いって言われてるから…」
 「本部か…どんなところなのかな。とにかく、行こうか。」
 「そうだね。」

 シンジはとりあえず歩き出した。
 カヲルがそれに続く。

 カヲルは、いつものように第9をやっている。

   フンフンフンフンフンフンフンフン
        フンフンフンフンフーンフフーン…

 「…歌はいいねぇ。」
 「え?」
 「歌は心を潤してくれる。文化の極みだね。」
 「・・・」
 「そう感じないかい? シンジ君?」
 「そ、そうだね…」
 突然の意味不明な言動に戸惑うシンジだった。
 まあ、無理もないところではあろう。

 しかし、この2人、かなり絵になりそうな気がする。
 通行人こそいないが、いれば10人中7人…場合によっては13人ぐらいは振り返るのではないだろうか?
 何しろ、かなりの「美少年」コンビと来たものだ。
 本人達がそれを自覚しているかどうかは定かでない…いや、おそらくしていないのだろう…。

 「…カヲル君はどうして護衛を付けてもらわなかったの? 危ないよ。」
 「その話もされたんだけど。…僕は結構これで人見知りの激しい方なんでね。」
 「・・・」
 「それに、いざというときはシンジ君が守ってくれるんじゃないのかい?」
 「え? ま、まあそれはそうだけど…」
 「シンジ君みたいに話しやすい人だといいんだけれどね、なかなか知らない人とは話がしにくいんだよ。」
 「そうなんだ…。」

 そんなこんなのうちに、本部へ通じる通路の入り口まで来た。
 シンジはカードをスリットに通す。

 ピッ!

 短い電子音と共に、扉が開いた。
 シンジはカヲルを従えてその中に入る。
 2人がはいってしまうと、扉はすぐに閉まった。



 広い部屋。

 窓は外からの眩しい光で、まるで白く発光しているようだ。
 明るい光に照らされて室内のものは足下に長い影を伸ばしている。
 影のおちる床には、複雑な幾何学模様…専門的に言えば「セフィロトの木」…が描かれていた。

 中にいるのは、いつもの通りゲンドウと冬月の2人だけ。
 ゲンドウはひじを机につき、手を顔の前でくんで座っている。
 一方、冬月は電話を取っていた。

 「…そうか。わかった。」

 ガチャ…

 受話器を置く。
 冬月は、おもむろにゲンドウに告げた。

 「碇。5番目の彼が到着したそうだ。今、葛城君のところに向かっている。」
 広い室内に、声がこだまする。

 「わかった。」
 いつもの姿勢を崩さずに、ゲンドウは言った。
 冬月も、その横で立ち尽くしている。

 これが、「いつもの指定席」だった。



 「まず、どこへ行くんだい?」
 にこやかな表情を微塵も崩さずに、カヲルは言った。
 会ってからずっとにこにこしてるな…シンジはそう思ったという。

 「えっと…まずミサトさんのところに…」
 「ふうん。」

…と、そこまで言ってあることに気づく。

 (ミサトさん、本部の「どこ」に連れて来てって言わなかったよな…)
 思わぬミス。
 場所の確認ができていない…ということは、結局どこに行けばいいのか分からない。

 おそらく発令所だとは思うのだが…。

 (でも、僕が初めて来たときはすぐケイジに連れて行かれたしな…)

 「…ジ君? シンジ君?」
 ふと気づくと、カヲルが顔を覗き込んでいた。
 至近距離で顔をつきあわせる格好になっている。

 なぜか、シンジは顔が赤くなるのを感じた。

 「どうしたんだい?」
 「いや…あ、あの、カヲル君を連れていく場所を、き、聞いてなかったんだ…」
 「ああ、それなら気にしないでいいよ。かたっぱしから探していけばいいんだ。」
 「で、でも、それじゃ時間が…」
 「こういう時は仕方ないさ。…それに、僕は君ともっと話がしたいな。」

 そういってシンジの目の前でにっこり微笑むカヲル。
 ますますシンジは赤くなる。

 (なんで僕は赤くなってんだろ。…わかんないけど、とにかく…逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ…)

 「…でもそれじゃ、カヲル君に悪いよ。ミサトさんに聞けば、分かると思うんだ。今ミサトさんがどこにいるか調べるから…」
 「そう…ありがとう」
 ちょっと寂しそうな顔をして、カヲルは再びもとの位置へ。

 (うーん…珍しいからいろいろ見て回りたいんだけれどね)

 (MAGIなら分かるよな、ミサトさんの場所)

 赤くなる顔をなんとか押さえて、シンジは静かに目を閉じた。
 MAGIにアクセスして、ミサトのいる位置を検索する。

 「・・・」

 さすが、NERVの全てを管理しているMAGIだけあって、検索結果はすぐに帰ってきた。
 シンジは目を開ける。

 後ろを振り向くと、にこにこした表情のカヲルがいる。

 「カヲル君。ミサトさんのいる場所、わかったから。」
 「早いね。…でも、どうして分かったんだい?」
 「いや…それは、その…多分そのうち分かるよ。」
 「?」

 慌てて答えをはぐらかすシンジ。
 カヲルはちょっと怪訝な表情をしたが、何も言わなかった。

 それを見ると、シンジはまた歩き出した。

 行き先は、第三実験室。




第三実験室にて


   フンフンフンフンフンフンフンフン
        フンフンフンフンフーンフフーン…

 到着するまで、カヲルはやはり鼻歌を歌い続けていた。
 シンジは、邪魔するのは悪いかな? と思いつつも聞いてみた。

 「カヲル君。」
 「フンフン…ん? なんだい、シンジ君?」
 「カヲル君は、歌が好きなんだね。」
 「ああ。…シンジ君は?」
 「僕も、歌は好きだよ。…どうして歌が好きなの?」
 「どうして、か…。どうしてだろうね。僕にも分からないよ。」
 「そうなんだ…」

   フンフンフンフンフンフンフンフン
        フンフンフンフンフーンフフーン…

 シンジは、カヲルの歌う鼻歌を聞きながら、歩いていた。
 通路はトンネルのようになっているので、よく響く。
 どんな歌でも響くと上手く聞こえるとは言うが…そうでなくても、カヲルの歌は絶品モノなのだろう。

…そうこうしている内に、第三実験室が見えてきた。
 カードキーつきのドアの目の前に、2人は立ち止まった。
 シンジが鞄から再びカードキーを取り出す。

 「U.N. NERV Technical Laboratory No.3
 「Locked
 ロックシステムのディスプレイにはそう表示されている。

 ピッ!

 プシュッ…

 シンジがカードをスリットに通すと、短い電子音がなった後エア音とともにドアが開いた。

 「ミサトさーん」
 中に呼びかけるシンジ。

 「あら、シンジ君。早かったわね。」
 リツコが出てきた。

 「リツコさん、ミサトさんはどこですか?」
 「ミサト? 中にいるわよ。ところで…その子かしら?」
 「あ、はい。」
 「渚カヲル君、ね。」
 「そうです。あなたは?」
 「赤城リツコよ。技術部に所属しているわ。よろしくね。」
 「こちらこそ。」

…本当に「人見知りが激しい」のだろうか? シンジは疑問を抱いたが、とりあえず中に入ることにした。

 「ミサトさーん。」
 「おじゃまします。」
 2人が中にはいると、リツコがドアの脇のスイッチを操作する。
 すると、扉は閉まった。



 「あの、ミサトさん。」

 実験データのレポートを読んでいたミサトは、後ろからかけられた声を聞いた。
 振り返る。

 「ん? ああ、シンジ君。ごくろうさま。」
 「はい…で、彼がカヲル君です。」
 「あ、よろしく。葛城ミサトよ。」
 「よろしく。」

 極めてにこやかに握手をかわす2人。

 「ところで…今何やってるんですか?」
 「見れば分かるでしょ。シンクロテストよ、シンクロテスト。」
 「えっ!? じゃ、じゃあ早く着替えないといけないじゃないですか!」
 「着替えは必要ないわ。」
 後ろから声をかけるリツコ。

 「シンジ君は今回テストは休みよ。…まあ、別にテストしなくてもシンクロ率は悪くならないしね、あなたの場合。」
 「はあ…」

 リツコは、読んでいる書類から目を離さずに、後を続けた。

 「…それに、今日はちょっとやってもらうことがあるから。」

 「え?」
 思わぬ言葉に、目をぱちくりさせるシンジだった。



 第三実験室、Bブロック。

 『…で、なんで僕なんですか?』
 ちょっと不満そうなシンジの声が、スピーカーを通してコントロールルームに響いている。

 「しょうがないのよ。弐号機に乗せるとアスカがいやがるし、零号機はすぐ暴走して危険だし。だから、残った選択として一番安全な初号機を選んだワケ。」
 ミサトが言う。

 『はあ…。』
 「それに、模擬体では本当のシンクロ率は計測できないのよ。分かるでしょう?」
 しゃべり方が違うので分かると思うが、これはリツコだ。

 『まあ、それは…』
 「だから、協力してねー、ってことなのよ。もう実験準備終わっちゃってるし。」
 『…分かりました。』

 やっぱり不満げな声が聞こえた後、スピーカーは沈黙した。
 と、そこにカヲルがやってくる。

 「着ましたけれど…もうちょっとサイズ小さくなりませんか?」
 黒いプラグスーツを着たカヲル…だったが、フィットスイッチを押していないらしくまだぶかぶかのままだった。

 「ああ、そう言うときには右手首のスイッチを挟むように押すのよ。そうすればちょうど良くなるわ。」

 言葉通りにするカヲル。

 シュッ…

 小さな排気音と共に、スーツが身体にフィットする。

 「あ、ちょうどいいですね。」

 「シンジ君、準備いい?」
 『はい。』

 ミサトがガラスから実験室を覗き込む。
 カヲルもその隣を覗き込んだ。

 『ここに立ってればいいんですか?』
 「ええ。」
 『分かりました。』

 言うが早いか、シンジは光に包まれる。
 思わず目を閉じるミサトとカヲル。
 光はすぐに消え、視界が戻ってきた。

 『…準備いいですよ。』

 リツコは冷静、ミサトも同じ。
 ただ、カヲルだけが呆気にとられていた。

 「??? シンジ君は?」

 まあ、無理もないだろう。
 目の前にはシンジの姿はなく、代わりに紫色の巨大な人影が立っていたのだから。
 これを初めてですんなりと受け入れられる方が不思議だ。

 「さあ、こっちに来て。」
 リツコが手招きしている。
 いきなり現れた初号機をちらちらと振り返りながら、カヲルはリツコの後を追った。



 「アレは一体何なんですか?」
 「…人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器、『人造人間エヴァンゲリオン』。…その初号機よ。」
 「ということは、シンジ君は…?」
 「まあ、詳しくは本人から聞いてちょうだい。とりあえずあなたとエヴァが、どのくらい相性がいいのか、それを調べさせてもらうわ。」

 カヲルをエントリープラグに乗せるリツコ。
 ハッチのロックを確認すると、リツコはキーボードを叩き始める。

 「エントリープラグ、挿入。」
 合成音声がそう告げて、カヲルの乗ったエントリープラグが、初号機=シンジの首筋に入っていく。

 (ん…なんか気持ち悪い…)
 シンジは、心の中で少し顔をしかめた。

 「LCL、注入」
 続いて合成音声が喋る。
 モニターには、既にカヲルの顔が映し出されていた。

 カヲルの足下から、黄色い液体が満たされていく。

 『!』
 「落ちついて。肺に吸い込めば、息ができるようになるわ。」
 しばらく息を止めて我慢していたカヲルだが、やがて耐えられなくなったらしく、空気を吐き出した。

 (まるで、シンジ君の時みたいね)
 そう思うと、リツコの表情が自然に少し柔らかくなる。



 『…どう、調子は?』
 「少し、気持ち悪いです…」
 『そう。ではこれから起動を始めるわよ。精神を集中して。』
 「はい…」

 カヲルは、うつむいて目を閉じた。

 その周りを、七色の光が彩り、走り去っていく。
 そして景色は実験室の壁へと落ちつき…、起動は成功した。

 (…なんか変な感じだな)
 シンジは、どこかむずがゆいような感覚を覚えていた。

 その頃、コントロールルームでは。

 「どう?」
 「一応成功よ。」
 「…で、シンクロ率は?」
 「36%。」
 「あら、意外とすごいわね。」
 ミサトは、コーヒーを飲みながら喋っている。
 内容の割にはあまり感動していないようだ。

 ちなみに、実験室では初号機がむずむずしている。
 (なんか、くすぐったくて気持ち悪い…)

 「ところで…彼のエヴァは?」
 「建造中の6号機になる予定。」
 「ふーん…じゃあ、5号機は?」
 「フォース・チルドレン用。」
 「鈴原君、ね。」
 「まあ、そういうことよ。」

 コンソールに向き直るリツコ。

 「…では、実験終了。」
 リツコがマイクに向かって話す。

 「シンジ君、優しく切ってあげるのよ。」
 『はい…』
 ミサトが言うと、ちょっと苦笑混じりのシンジの声が返ってきた。



 『では、実験終了』
 リツコの声がプラグ内に響き、カヲルは一息ついた。

 「ふう。」

 再び光の洪水が訪れ、そして去っていった。
 後に残ったのは、薄暗い金属の内壁。

 ちょっと前の方へ引っ張られる。
 プラグが射出されたのだった。
 そのまま昇っていく感覚を味わいながら、カヲルはシンジのことを考えていた。

 (碇シンジ君、か。…繊細な子だね。好意に値するよ…)

 しかし。

 (でも、遠い存在なんだね…。うう、これぞ種族を超えた禁断の恋?)

 「禁じられた遊び…フフ、こちらも好意に値するね。」

…なんだか想像が危ない方面にイっちゃってるようだ。
 とりあえず、ほっとこう。

 プシュー…

 ハッチが開いた。
 覗き込むミサトが見たのは、口元を歪めてあやしげに笑う、目のイっちゃったカヲルだった。

 「せ、精神汚染?」
 そう、ミサトは呟いたという。



 「ふう。」
 こちらも、溜息をつく。
 シンジは既に元に戻っていた。

 「…やっぱり、人を乗せるのって慣れないとダメなんだろうな…」

 だが、どうもあの異物感は好きになれそうにない。
 自分の中をかき回される感じで。

 「…でも、慣れなきゃダメなのかな。」

 とりあえず、ちゃんとした心配だ。
 が、シンジにはその心配はいらないような気がする。
 なぜって、人がエヴァに乗るのは人の意志によってコントロールするためであり、わざわざ既に意志のある初号機に乗る必要もあるまい。

 「結局どうなったのか、よくわかんなかったけど…大丈夫だったかな、カヲル君。」
 特に放送も入っていないようだし、大丈夫だと思いつつも心配するところがシンジらしいと言えばシンジらしい。

 シンジは、実験室出口に向かって駆け出した。



 「あ、シンジ君。」
 搭乗口へやってきたシンジを、カヲルがめざとくも見つけた。

 「カヲル君。大丈夫だった?」
 「ああ。心配いらないよ。」
 そう言うと、いつもにこにこしている表情を、さらににっこりとして笑ってみせる。
 またシンジは「なぜか」顔中赤くなってしまった。まあ、瞳は元々だが。

 「つ、次は何をすればいいんですか?」
 シンジが、照れ隠しに聞く。

 「そうね、今日は特に実験はなし。あなた達は帰っていいわ。」
 「はい。…ところで、アスカと綾波は?」
 「もう実験は終わったわよ。」
 「さっき着替えに行ったから、今頃はシャワーね。」

 「そうですか。…あの、ミサトさん。今日の夕食は?」
 「あ、用意お願いね。なんでもいいわ、私は。」
 「はい。」

 「シンジ君、行こう。」
 カヲルが声をかけた。

 「あ、う、うん。」
 返事をするが早いか、カヲルはシンジを先に行かせて自分は後を歩き始めた。



 「…シャワー、浴びる?」
 「ああ。場所、教えてもらえるかい?」
 「いいよ。」
 「ところで、シンジ君もシャワーを浴びないかい?」
 「え?」
 「そこら中歩き回っただろう? 外は暑かったし。」
 「う、うん…」
 「だから、一緒にシャワーを浴びるといいよ。」
 「…そうだね。」




風呂での会話


 カポーン…

 よくある音がする。
 NERV大浴場には、2人しか客はいない。
 シンジとカヲルだけ。

 独占、といった感じだが、別にはしゃぐ風でもなく2人はただ身体を洗っていた。

 浴場の壁は液晶パネルになっていて、ときどき図柄が入れ替わる。
 おきまりの富士山と、NERVのマークが交代で表示されていた。

 「ふー…」
 身体を洗って、まずカヲルが湯船に入ってくる。

 「・・・」
 そして、シンジがすぐあとに続いた。
 なんとなく頬を赤く染めながら恥ずかしそうなシンジに対して、カヲルは非常に行動が大胆だ。
…というか、無頓着というか。

 「風呂はいいねぇ。身体と共に心も温まるよ。全世界共通の文化の極みだね。」
 で、おきまりのセリフが出たわけである。



 「・・・」
 「・・・」
 シンジもカヲルも、無言で湯船に浸かっている。
 湯の温度はさほど高くなく、すぐにはのぼせそうにない。

 「…シンジ君。」
 ある時、カヲルが口を開いた。

 「なに?」
 「君が、あの『エヴァ』って紫色の巨人なのかい?」
 「…うん。リツコさん、僕のことは何て?」
 「『本人から聞きなさい』って言われたよ。僕は、君のことをもっと知りたいな。君とは仲良くなれそうだ。」
 「秘密…だよ。」
 「ああ。わかっているよ。」

 カヲルは、シンジの方に寄ってきた。
 そして、声を小さくする。

 「君は、人造人間なんだって?」
 「え…と、今の身体はそうだけど…昔はちゃんとした人間だった…と思う。」
 「じゃあ、どうしてこんなことに?」
 「使徒…僕達の敵なんだけど…それと戦ってるときに初号機が動かなくなって…。それで、しばらくしたらまた動き出したんだ。でも僕は気を失っちゃったみたいで、気がついたらこうなってた。」
 「ふーん…いろいろあったんだね。」
 「うん…」

 (僕はどうして今日初めてあったばかりのカヲル君にこんな事を話してるんだろう。でも…なんかカヲル君って親しみやすいんだよな…)



 「初めの頃は、なんか変な感じだったんだ。身体がホントに自分のモノじゃない感じがして。だけど、慣れてきたらよくなったよ。」

 「へえ。…ありがとう、教えてくれて。ところで、さっき言ってたね。『夕食は何がいいですか』って。」
 「うん。」
 「ということは、君が夕食をつくるのかい?」
 「うん、そうだよ。」
 「それは是非食べてみたいな。…今日、行ってもいいかい?」

 ふと、シンジは手に何かの感触を覚えた。
 見ると、カヲルがシンジの手に手を重ねている。
 なぜかまた赤くなるシンジ。

 「う、うん。いい…よ。」
 「はは、ありがとう。…どうしたの、シンジ君。真っ赤だよ。」

 ちょっとからかう。

 「う…いや、これはその…」

 おろおろするシンジ。
 余計に顔が赤くなる。

 「ふふ…。繊細だね、君は。特に、君の心は。」
 「え?」
 「好意に値するよ。」
 唐突に、カヲルは立ち上がって言う。

 「コウイ?」
 シンジは、その意味を理解できない。

 …好きってことさ。
 そういって、カヲルはまたにっこりと微笑みかけた。



 そして、シャワーの時間も終わり、帰ることになった。
 途中、待っていたアスカ&レイと合流し、そのまま4人で固まって本部を後にした。

 「へえ、アンタがフィフス・チルドレンなの。」
 「そう。渚カヲル。よろしくね。」
 「アタシは惣流アスカラングレー。アスカ、でいいわ。」
 「…君は?」
 「綾波レイ。」
 「よろしくね、レイさん。」
 「・・・」

 ジオフロントから町中へ出る。
 さすが夕方、第三新東京市にも帰宅ラッシュというモノは存在する。
…まあ、歩道はがらがらだが。

 「…で、シンジ。今日の夕食は?」
 「うーん…久しぶりにピラフなんてどう?」
 「そうね。アタシ、エビピラフね!」
 「はいはい。」

 「エビピラフ…ピラフはいいねぇ。」
 また始まった。カヲルのお約束。

 「?」
 アスカは何を言い出すのかと怪訝な表情。

 「・・・」
 レイは全く気にも留めていない様子…だが、こっそりシンジにくっついてきていたりする。

 (まただ…)
 別段シンジはおかしな顔をしない。
 今日の行動を見ていればだいたいどんな人間かということはつかめる。
 良く言えば行動が明瞭、悪く言えば単純、といったところである。
 まあ、ここまでわかりやすい人間もいないかも知れない。

 「ピラフは米の味を引き出すね。料理界における味の革命だよ。」
…だんだん意味不明になっているような?



 「カヲル君は、ピラフでいいの?」
 「ああ、かまわないさ。君の作ってくれるモノだったらね。」
 「な、何を言うんだよ。」

 またもや赤くなるシンジ。
 一体コレで何度目だろう。
 そのうち顔から出血するのではないかと思うほどだ。

 「碇君、今日も…いい?」
 「え? いいよ。」

 レイがシンジに聞く。
 たったこれだけだが、彼らの間では意味が通じている。

 「え? アンタも来るの?」

 ちなみに、レイの質問は言葉を補完して言えば、「今日も碇君のところに食べに行きたいんだけれど、いいかしら」である。

 「いいじゃないか、別に。」
 「…まあね。」
 そう言いながらも不満げなご様子。

 (シンジを取られてたまるもんですか!)



 そして、葛城家に到着する。

 コンフォート17マンションは、今日も暗い。
 1軒だけしか入っていないのだから、当たり前である。

 シンジがドアを開けた。

 プシュッ…

 「ただいまー」
 まずはアスカ。
 どうやらミサトはまだのようだ。
 中に入って電気をつける。

 「おじゃまします…」
 次はレイ。

 「おじゃまするよ。」
 そして、カヲル。

 「ただいまー…」
 最後に、シンジが入ってドアを閉めた。



 葛城家、ダイニング。

 シンジを除く3人とペンペンを加えた1羽は、既にテーブルについている。
 ちょうど今、シンジが最後の仕上げに入ったところらしい。

 「ん〜…、いい匂いだわ。」
 キッチンからは、バターの香ばしい匂いが漂ってくる。
 ついでに、美味しそうな音も響いてくるので、彼らのお腹も自己主張を始めた。

 ぐ〜〜…

 「ねえ、シンジ。まだぁ!?」
 「もう少しだよ。あと5分ぐらい待って。」

 手は休めず、シンジは答えた。
 後ろ姿からでは何をやっているのかよくは見えないが、相当慣れた手つきである。

 「・・・」
 それを見ていたカヲルが、怪しく目を光らせたが、それはまた別の話。



 「はい、できました。」
 きっかり5分でシンジはメイン・ディッシュを仕上げた。

 5枚の皿に盛って、とりあえず出す。
 運びながら、シンジは聞いた。

 「飲み物は、ジュースでいいかな?」

 「ええ。」
 「問題ないわ。」
 「構わないよ。」
 「クエ」
 返答はすぐ帰ってくる。

 再びシンジはキッチンに消え、帰ってきた。
 手には冷蔵庫からジュースを2本、そしてコップを持っていた。

 配り終えると、シンジはエプロンを外して席に着く。
 「じゃあ、食べよう。」

 「いっただっきまーす!」
 「クエエ!」



 シンジのピラフは好評で、あっと言う間に用意した分は無くなってしまう。
 が、間の悪いことにちょうどその時…。

 ピンポーン…

 チャイムが鳴った。

 「あ、きっとミサトさんだ。」
 「たっだいまー」
 やけに楽しそうなミサトの声が玄関から聞こえた。

 「さーて、まずはビールビール、と。」
 ミサトはいきなり荷物もおかずに冷蔵庫からエビチュを取り出す。
 そして、一気にあおる。

 「ぷっっはああぁぁぁっ! くうぅっ! やっぱ仕事の後のビールってえのは、最高よねえっ!」

…と、それとは関係ないように、シンジとカヲルの間で会話が始まる。

 「ミサトさんって、いつもああなんだ。ごめん、見苦しいところ。」
 「君が謝る事じゃないさ。それより、彼女が保護者?」
 「うん。そうだけど…本当は僕の方が家事ほとんどやってるし。」
 「ははは…それじゃどっちが保護者か分からないね。」
 「まったく。」
 「彼女も料理とか、するのかい?」
 「…一応、するけど…絶対に食べない方がいいよ。」
 「どうして?」
 「今まで食べて、当たったことのない料理が無いんだ。」
 「当たる?」
 「…食後に、ちょっと。」
 「ああ。…そうか。それはすごいね。君もすごいよ。そんな人のために、いつも大変だろう?」
 「うん…ありがとう。」
 「シンジ君…」
 「カヲル君…」

 なんかいい雰囲気の2人に対し、アスカとレイは嫉妬の表情を向けていた。

 (んあによこの男っ! シンジといい雰囲気になっちゃってさ!…でも、ということはもしかして、これが本当の…『やをい』ってやつ?)

 (碇君を…ずるい)

 と、その時。

 あーっ! 私のご飯はー!?
 と叫ぶ声がした。
…が、誰も聞いていなかった。



 というわけで、いろいろあったが食後。

 レイは最後までカヲルを睨みながら帰っていった。
 アスカとシンジとカヲルは居間に寝転がってテレビ。
 ミサトはいつも通り「食後の軽い飲酒」をやっている。
 ちなみに、ミサトには「食前の軽い飲酒」、「食事中の飲酒」、「食後の軽い飲酒」があり、各2本ずつビールを飲んでいたりする。

 もう諦めたのか、シンジはこれについては何も言わない。

 『…ほしたらな、そいつが言うんや。ワシの金を返せーっ、ってな。』
 『はははは…』

 テレビでは、お笑い番組をやっている。
 ここ最近、テレビでこういったバラエティものがやたら増えている気がする。

 まあ、セカンドインパクトの時には、テレビはほとんど「24時間ニュース」と言ってもいいようなものだったのだから、それだけ街が、国が復興しているという事だ。

 「…つまんない。」
 アスカは突然テレビを消した。

 「それでね…」
 「…そうなのかい?」
 シンジとカヲルは楽しい談笑中。

 結局、カヲルはまだ住むところが決まっていないというので、今日は泊まっていくことになったのだ。

 今、ちょうど10時を回ったところ。
 夜は、未だ長い。



 だが、そうは言っても、明日は学校だ。
 ましてカヲルは転校初日。
 寝坊するわけにも行かない。

 ということで、3人はそれからすぐに寝ることにした。
 カヲルは、シンジの部屋で、ということになった。

 「いいのかい?」
 「別に、構わないよ。」

 「・・・」
 (むー!)



 シンジの部屋。

 ベッドにカヲルが、シンジは床に寝ている。
…が、やはり目がさえているようだ。
 明かりは消したのに、何故か眠れない。

 「…やはり僕が下で寝るよ。無理を言って泊めてもらっているんだからね。」
 「いいよ、これで。僕は別にどこでもいいから。」
 「そう…。ありがとう。」

 しばらく、沈黙が訪れる。

 『きゃははは…』
 小さな笑い声が、居間の方から聞こえる。
 どうやら、ミサトがテレビを見始めたらしい。

 「…寝ようか。」
 「そうだね。」

 言ってはみるが、やはり眠れない。

 「ひつじが1匹、ひつじが2匹…」
 カヲルは古典的にひつじを数える方法を採ったようだ。

 「・・・」
 (どうして、カヲル君といると落ちつくんだろう。…やっぱり、話を聞いてくれたからかな…)
 シンジは、思考の泥濘にどっぷり浸かることで眠気を得ようとしていた。



 同時刻、隣りの部屋。
 イコール、アスカの部屋。

 アスカは、まだ起きていた。
 電気を消し息をひそめ、壁に耳を当てている。

 『ひつじが26匹、ひつじが27匹…』
 聞こえるのはカヲルの声だけ。
 シンジの声は聞こえてこない。

 (シンジ…その男は危険よ。アンタを狙ってるかも知れないわ。…上手く逃げてくれるといいけど…)

 結局シンジが心配なアスカであった。

 (あの男の目…シンジを狙ってたわね。…ひょっとしたら、今頃あんなことや、こんなことまで…!)
 そう思うと、やたら拳に力がこもる。

 (絶対に安全を確認するまでは寝ない。いえ、寝られないわ!)

 ちなみに、次の日アスカが案の定寝坊して学校に3人とも遅刻したというのは、事実である。




転校生


 キーン コーン カーン コーーン…

 ちょうどチャイムが鳴ったときに、3人はまだ校庭を走っていた。
 それを窓から見ていたケンスケが一言。

 「お、やっと来たぞ。惣流と…誰だ? 転校生かな?」
 カメラでさりげなく取ることも忘れない。

 「センセが遅刻か…珍しいな。」
 「そうだよな。」

 「ホント、珍しいわね。」
 いつの間にかトウジの後ろに来ていたヒカリが日誌を持ちながら言う。

 「な、なんやイインチョー。驚かさんといてんか。」
 「ご、ごめんなさい…」
 なぜか結構いい雰囲気になる2人。

 「あーあ。平和だねえ…」
 ただ1人蚊帳の外にいるケンスケは、ぼーっとしながらそう呟いた。



 「ふぅ…」
 やっとの思いで玄関に到着する。
 相当走ったはずだが、息はあまり上がっていない。
 まあ、アスカは運動が得意だからいいとして、シンジはS機関の疲労物質分解に頼っている。
 カヲルは…謎だから、ということにしておこう。(実は考えてない…ぐはっ)

 「さて、もう一走りだ。」
 いち早く靴をはきかえたシンジが、アスカの手紙処理を手伝ってから駆け出す。
 アスカ、カヲルもそれにならった。

 「…ん? こら、今頃来たのか!

 「あっ!」
 「うっ!」
 「・・・」

…が、結局3人は先生に見つかり、お説教を食らってしまった。
 努力は報われず。
 ご愁傷様。



 ホームルームも終わりの頃、シンジとアスカは教室に入っていった。
 担任教師は、幸いにもいなかった。

 「…あれ? 先生は?」
 「なんか転校生だとか言って出ていったぜ、さっき。」
 ケンスケがカメラの整備をしながら答えた。

 「転校生?」
 「…ところで、碇。お前、今日惣流ともう1人、男と登校してきたよな。」
 「うん。」
 「あれ、転校生じゃないのか?」
 「え? でも、カヲル君は3年生のはずだよ…?」
 「…ということは、転校生が2人? 急だな。」

 「もう、使徒は残り1体だけのはずだし、だんだん平和になってきたってことじゃないのかな。」
 荷物を整理しながら、シンジは何気無く呟いた。

 な、何っ!? それは本当なのか!?
 ケンスケがいきなり慌てる。

 「え?…う、うん。本当だけど…多分…」
 「そんなぁ…せっかくもっと戦闘をバンバンとりまくって売ろうと思ってたのに…。返せー! 俺の夢を返してくれー!
 「お、おちついて…」
 シンジの言葉がめずらしく絶大な効果を発揮した。
 ケンスケは、後1回しか戦闘がないということがよほどショックだったようだ。
…さすが軍事マニア。



 「で、でもほら。まだそう決まったワケじゃないから。うわさで聞いただけだし…」
 「…そうなのか?」
 「そう、きっとそうだよ。もしかしたらまた使徒が増えるかも知れないし。」
 実はあんまり増えて欲しくはないシンジだが、ケンスケを治めるにはそういうしかあるまい。

 「そうか…そうだよな。ははは! 俺は何を心配してたんだ! ふっ、やはり俺の時代は来ると言うことか。」
 ケンスケも、すぐに回復した。
 はっきり言って、相当単純である。
 この辺が「三馬鹿トリオ」の一人たる所以なのだろうが…?

 「…せやけど、使徒が来んようになったら、ワシらどうなるんや? エヴァはどうするんやろ。」
 ぼそっとトウジが呟く。

 「解体されるんじゃないのか?」
 復活したケンスケが何気無く言った。
 本当に、何気無く。
 本人にはおそらく何の悪気もないのだろう。

 だが、今度はシンジがショックを受ける番だった。

 「解体…いやなこと言わないでよ。」
 バラバラの自分を想像してしまう。
 思わず、背筋がぞくっとした。

 「ん? どうして?」
 ケンスケが不思議そうに聞く。

 「まあまあ。ケンスケ、センセにも深ーい事情があるんやろ。」
 「どんな事情だよ。深いって言うと、日本海溝くらいのか?」
 「そや。」
 ははははは。



…てな事を言っていると、教室の扉が唐突に開いた。
 一瞬にして騒がしかった教室は静かになる。

 「・・・」
 無言で担任の老教師が入ってくる。

 教師は、教壇に立つといつもの調子でゆっくり言った。

 「えー、みなさん。遅れて済みませんが、転校生が来ましたので、紹介します。…入ってきて下さい」
 外に向かって呼びかける。

   …ンフンフンフンフーンフフーン…

 と、その時。
 シンジには、聞いたことのある鼻歌が聞こえた。
 同時に、カヲルが戸口に姿を現す。

 その容姿に、女子が黄色い声を上げ、男子は「けっ」となる。

 だが、シンジとアスカは呆気にとられたまま。
 なぜなら、カヲルから聞いた話では誕生日は奇しくも2000年9月13日。セカンドインパクトと同日であるそうだ。
 それなら、現在15歳であり、3年ではないのか? と思ったからだ。

 教室の間違いかとも思った。

 が、その予想に反してカヲルは軽やかに歩を進め、教壇に昇る。
 今まで教師が立っていたところに立つと、黒板に名前を書いた。

 「渚 カヲル」。

 そして振り返り、ニコッと笑う。

 「渚カヲルです。…歌はいいねぇ。歌は心を潤してくれる。全世界に広まった文化の極みだね。…ということで、よろしく。」
 意味不明な言動に、今度は男子生徒全員が…いや、シンジは除く…呆気にとられる番だった。

 「な、何をゆうとんのや。」
 「…俺に聞くなよ。」

 ちなみに、女子は?
 女子は、呆気にとられると言うよりもむしろなぜか「かっこいい」と思っている。
 歓声もまだ治まらない。

 「えー、渚君の席は…鈴原君の後ろにします。」
 既に存在を忘れ去られている老教師が、言う。
 やはり、誰も聞いていないが、本人は気づいていない。

 「…では、みなさん。授業頑張って下さい。渚君とも仲良くしてあげてくださいね。これで朝会は終わりです。」

 教師が宣言した。
 唯一まともだったヒカリが号令をかける。

 起立! 礼! 着席!

 老教師は、出席簿を持って出ていった。



 教師が出ていくと、カヲルは荷物を持って席に着いた。
…が、すぐにシンジのところへやってくる。

 「改めておはよう、シンジ君。」
 「おはよう。…ねえ、カヲル君はどうしてこのクラスに来たの?」
 「うーん…どうしてって…」
 ちょっと困ったような表情のカヲル。

 「だって、カヲル君15歳じゃなかった?」
 「…ああ、そのこと。いや、実は僕、セカンドインパクト後の混乱ので入学手続きが受けられなくてね。一年遅れちゃったんだよ。」
 「そうなんだ…。」
 心配する表情のシンジ。

 「心配することはないよ。気持ちは嬉しいけどね。」
 そんなシンジの心境を察したのか、カヲルが明るく言う。

 「…やっぱりシンジの知り合いだったのか。」
 「どうも、そうみたいやな。」
 彼らの後ろでは、ケンスケとトウジが小声で話していた。



 あっと言う間に退屈な授業は過ぎ去る。
 そして、お待ちかねの昼休み。

 ここぞとばかりに女子はカヲルに殺到するが…、全く気にも留めない風でシンジの隣りに行ってしまった。
 肩すかしを食らった女子達は別に怒るでもなく、かえって想像をふくらませるのであった。

 「おう、渚。ワレも一緒か。」
 昼食を買って戻ってきたトウジとケンスケが、2人の姿を見つける。

 「えーと、君たちは…?」
 まだ名前はよく覚えていないようだ。
 まあ、自己紹介はしていないから別におかしくもなんともないのだが。

 「自己紹介が未だだったね。…俺は、相田ケンスケ。ケンスケ、でいいよ。」
 「ワシは鈴原トウジや。ワシもトウジ、でええで。」
 「よろしく。ケンスケ君、トウジ君。」
 「よろしくな。」
 「よろしゅう。」
 そして握手を交わし…。
 ケンスケとトウジがシンジの前の席を借りて座った。

 「…さて、メシメシ。」
 買ってきたパンをシンジの机の一角に広げる。
 トウジは早速その内の一つにかぶりついていた。

 「やっは、がっほうはほのはめひはるひょうなもんあなあ(やっぱ、学校はこのためにあるようなもんやなあ)」
 「トウジ、ちゃんと飲み込んでからしゃべれよ。」
 「…ああ、済まん済まん。」



 男子同士では、けっこう誰とも共通の話題が一つくらいはあるものである。
 彼らも例外ではなく…、話が弾んでいた。

 「…せやけど、何で今頃転校して来たんや?」
 「やっぱりNERV関係か?」
 「あ、分かる?」
 「どうりで。」
 「ということは、ワレもエヴァに乗るんかいな?」
 「ああ…そういうことらしいよ。」

 「いいなあ…。俺も乗ってみたいよ…」
 心底羨ましそうなケンスケの表情。

 「じゃあ、シンジ君に頼んで乗せてもらえば?」
 そっけなく答えるカヲル。
 シンジの方を見やる。

 シンジは、凍りついていた。

 「シンジに?」
 きょとんとしてシンジを見るケンスケ。
 シンジは、相当もろに「ヤバイ」の表情をしている。

 「シンジに頼んだって、エヴァに乗れるようになるワケじゃないぞ。」
 「あれ、知らないのかい? シンジ君はね…ガボ」
 慌ててカヲルの口を押さえるシンジ。

 「や、止めてよカヲル君。」
 「なんだ、話してないのかい?」
 「だめだよ。約束じゃないか。」
 「…あ、ごめん。」

 「何や、お前らデキとるんかいな?」
 トウジがからかう。

 「ち、ちちち、違うよっ!」
 真っ赤になってシンジが否定するが、いかんせん説得力が弱い。

 「ふふ…照れちゃって。」
 その上、カヲルまでこんな事を言い出す始末。

 な…カヲル君! 君が何を言ってるのか分からないよ!

 「ひどいな…。昨日の夜だって一緒に寝た仲じゃないか。」
 更に誤解を招く一言をカヲルが放った。

 効果はてきめん。
 ケンスケとトウジは例の「イヤーンな感じ」ポーズを一瞬にしてとった。
 場に、ブリザードが吹き荒れる。

 「う、裏切りもん…」
 「碇にそんな趣味があったなんて…」

 ちょっ…ふ、2人ともっ! 何を誤解してるんだよっ!?
 「誤解も六階も無いわいっ!」
 「惣流と綾波の2大美女だけでは飽きたらず、今度は男にまで…」
 違うってばー!

…結局、シンジが彼らの誤解を解くまでたっぷり日が暮れるまでかかったそうな。



第9話 につづく

ver.-1.00 1997-08/30公開
ご意見・感想・誤字情報などは yoshino@mail2.alpha-net.or.jp まで。


 次回予告

 しばらく姿を見せなかった使徒が、再来した。
 第17使徒は、やすやすとターミナルドグマに侵入する。
 追撃するシンジ。
 そして、人々が見たものは?

 次回、「タブリス」 この次も、サービスサービス!


 あとがき

 ふいー、なんかまたギャグ調になってしまった…。
 まあ、次回からまたシリアスに戻すつもりなんで、それはいいとして。
 今回も疲れました。
 なんせ1話分を2日で仕上げたんで…。今までに無いスピードです。
 この分なら、もう1話ぐらい夏休み中に公開できるか!?

 で、やっぱりカヲルって、このパターン以外無いような気がします。
 「こんなのはカヲルじゃなーい!」等ありましたら、Tossy-2まで。



 Tossy-2さんの『エヴァンゲリオン パラレルステージ』第8話、公開です。
 

 紅い瞳に銀の髪。
 締まった肢体に中世的な顔立ち。

 第9を口ずさみながら優雅に登場。

 でも・・・・

 いきなり
 「歌は良いねぇ」
 なんて言われたら引くわな(^^;
 

 ギャグノリで現れた5th。
 使徒との戦いではどんな顔を見せてくれるのでしょうか。
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 ハイペース執筆のTossy-2さんに貴方の感想をメールしましょう!


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