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エヴァンゲリオン パラレルステージ

EPISODE:07
A partner of yesterday,
an enemy of today.

第7話


 
 





休日終了後


…の、とある日。

 NERV司令執務室。

 薄暗い室内に、明るい窓…。
 外から、集光ビルを通じて送られる太陽の光が差し込んでくる。
 そのおかげで、シンジの立っているところからは、父親の顔は逆光で見えなかった。

 「…分かっているな。」
 ゲンドウの影が、口を開く。
 言葉が、あちこちにこだました。

 「はい。」
 以前から考えれば違和感を感じるほど落ちついて、シンジが答える。
 まるでその質問は予期していたかのように…。

 「くれぐれも、ゼーレには注意しろ。まだ動いているらしいからな。それから、レイとセカンドの事も頼むぞ。」
 「分かってます。」

 シンジがこうやって話をできるようになったのも、あの時以来だ。
 ある意味、初号機のおかげ(?)である。

 「以上だ。」
 「…失礼します。」
 シンジはそう言うが早いかきびすを返し、出口に向かっていった。

 バタン…

 司令執務室の重い扉が音を響かせて閉まる。
 その後ろ姿を、ゲンドウと冬月は微動だにせず見送っていた。

 (変わったな、シンジ君…)
 実の父親であるゲンドウに代わって、その感情を表現する冬月だった。
 思わず、微笑がこぼれる。
 ゲンドウはいつもの姿勢のまま。
 2人は無言で、その部屋の中にいた。



 「あら、シンジ君。」
 司令執務室の方から歩いてきたシンジは、途中でマヤに出会った。
 マヤは意外そうな顔をしている。
 まあ、それもそうだろう。
 シンジがゲンドウを苦手としている…というより嫌っている?…のは、はっきり分かっていたから。

 「ちょっと、父さんに呼ばれたので…」
 「ああ、さっき呼ばれたのって司令のところだったの。」
 「はい。」
 「そう…じゃ、実験準備できてるから、いつものところへ行って。」
 「分かりました。」

 軽くおじぎをして、シンジは歩いていった。
 マヤも歩き出す。

 今日はこれから、久しぶりの非番だ。
 心なしか、足どりも軽い。
 表情も、それを反映して明るくなっていた。
 ここ数日の大騒ぎとその後処理に追われて徹夜続きだったため、目の下に隈ができてはいたものの、一仕事を終えたという満足感がそれを忘れさせてくれた。



 ところ変わって実験室。

 アスカとレイは既に実験を終えて上がっている。
 今テスト中なのは、ゲンドウに呼ばれて遅れたシンジだけだ。
 その結果に、コントロールルーム内の全員が注目していた。

 シンジは、最近調子がいい。
 とりあえずゼーレは建て直しに多少の時間を食うはず。
 そのため少しは安全な生活が送れるか、ということで肩の荷が一つ降りた感じだ。むろん、油断は禁物だが。

…つまり、シンジの調子がいいというのは、精神面の話なわけである。
 こう言うと身体は不健康なように聞こえるが、身体も至って健康だ。
 シンジの場合、病気も怪我もたいていはひどくならずに治ってしまうし、そうでなくともパイロットの健康管理に於いてはNERVの医療スタッフが総力をあげているので、心配は無用である。

 さて、話を元に戻そう。

 「話には聞いていましたけど、本当にすごいですね。…280…290…300%を突破しました。」
 「ハーモニクス、全て正常です。誤差、ありません」
 実験に立ち会うのが初めての新入りオペレータ達は、皆一様に簡単の声を上げる。
 だが、その中でも冷静さを保っているのがリツコだった。

 「…ふむ。この調子なら、エヴァに取り込まれるのではなくて、エヴァを取り込んで完全にコントロールすることも可能だわ。」
 数値では殆ど毎日こんなものとにらめっこしているリツコにしてみれば、別に普通以外の何者でもない。
 驚くことよりも仕事をやってほしいわ、と思うリツコであった。

 「何言ってんのよ。これ以上エヴァを増やす気? 完全にコントロールするだけなら初号機がそこにいるんだし、十分でしょ。」
 ミサトが言う。

 「あら、ご挨拶ね。これは非常時に使うデータを取っているだけよ。」
 「…ま、いいわ。…でも、本当に『完全な』コントロールなんてできるの?」
 「試してみる?」
 「結構よ。…どうせ、数値データだけなんでしょうが。そんなの見たって、私には何とも言えないわ。」
 「まあ、それもそうね。」

 モニターに映るシンジは、目を開いたままだ。
 シンクロ率300%ともなれば、相当な負担がかかる筈なのだが、シンジは顔色一つ変えず、平然としている。

 「…データ記録は?」
 「終了しました。」
 「では、第277次シンクロテストを終了します。」

 「シンジ君、上がって良いわよ」
 ミサトが、マイクに向かって陽気に言った。

 『はい。』
 シンジも少し微笑む。
 それと同時に、神経接続が一瞬にして解除される。
 そして、シミュレーションプラグのハッチが開いた。

 しばらくして、シンジは帰ってきた。

 「リツコさん、出口もう少し下につかないですか?」
 「…考えておくわ。」



 時間は経ち…その日の夜。
 葛城家。

 「かんぱーい!」
 とりあえず、仕事の一段落を記念して小パーティーが開かれていた。

 「じゃあ、料理持ってきますね。」
 「あ、ビールも用意しといてねん。」
 「わかりました」
 多少苦笑しながら、シンジは台所の方に消えた。

 居間では、ミサトが早速一杯やっている。

 くはああぁぁっ! くうぅっ! やっぱ、コレよねぇ!!
 おきまりのセリフが出たところで、メンバーを紹介するとしよう。

 とりあえず、ミサトとリツコ、そして加持。これが大人メンバー。
 シンジとアスカとレイ、そしておまけで呼ばれたトウジとケンスケとヒカリも(こちらはトウジの退院祝いを兼ねる)一応いることをつけ加えておこう。

 「ははは…。相変わらずだな、葛城は。」
 「んあによ、あんたも飲みなさい! ほれほれ!」
 「ミサト、無理に勧めない方がいいわよ。ビール腹の人とは結婚したくないんじゃないかしら?」
 リツコの強烈なツッコミに、ミサトは思わず吹き出した。

 な、なな、何言うのよ!?
 「あら、ミサト。顔が真っ赤よ。」
 「よ、酔ったのよ!」
…云々。

 「…ビール、飲もうかしらね」
 それを見ていたアスカが良からぬ方向へ思考を発展させかけた時。

 そこへシンジがやってきて。

 「はい、料理ですよ。…あー、もうやってるんですか?」
 「ははは…どうも、すまないね。片づけは手伝うから。」
 「あ、いえ。良いんですよ、加持さん。」
 「それにしても、元気良いな。…いつも、この調子なんだろ?」
 「ええ…」
 「頑張ろうな…」
 「お互いに、ですね…」

 しみじみとしたところで、シンジが声を再び張り上げる。

 「ミサトさん、ビールの栓開けますよ。」
 その言葉を聞いた瞬間、ぴたっと静かになる場。

 「…何本いるんですか?」
 「うーん…とりあえず5本ぐらいはいるわね。」
 「ジュースは?」
 「そうだな、3本位かな?」
 こちらは、ケンスケが答える。

 「OK。」
 シンジは台所に再び入っていった。
 右手を開いたり閉じたりしながら。

 程なく、シンジは首の上の部分からすっぱりと鋭利な刃物で寸断されたような瓶を数本抱えて戻ってきた。
…いや、「鋭利な刃物」というより、まるでレーザーか何かで切ったように正確でなめらかな切り口だった。

 「あーら、よく切れてるわねぇ」
 「手を切らないように注意して下さいね。」
 言いながら、ビール瓶をミサトの脇に置く。

 「じゃ、こっちもね。」
 ジュース瓶をケンスケとトウジの間に置くと、シンジは自分の席についた。

 「じゃあ、食べましょうか。」
 「はーい!」
 全員の声がハモって…

 パーティーは本格的に幕を開けた。




宴のあと


 時間の過ぎ去る速さは、その時起こっている事の楽しさに級数比例する…とはよく言ったもので、あっと言う間に時間は経つ。

 ポーン…

 時計が一つ打ち、時刻を告げた。
 一瞬、場が静まり返る。

 ヒカリが時計を見て、言った。

 「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らなくちゃ。」
 慌ててトウジとケンスケを揺り起こす。

 「鈴原、鈴原。起きなさい。そろそろ帰るわよ! 相田も!」
 「ん、ん〜…なんやイインチョ、もう朝かいな」
 「ほら、もう遅いから帰るわよ!」
 「遅い!…ああ、そやったな。…何や頭が痛いわ…」
 「ビールなんか飲むからよ! 飲んじゃいけないって言ったのに!」
 「大声ださんといてんか…吐きそうや…」

 「あいら(相田)! あんらも起きららい!」
 ヒカリを手伝うように、アスカがケンスケに手を掛けた。

…と。
 がばっとケンスケは起きあがる。

 「…ひょっと(ちょっと)! びっふりするにゃにゃいにょよ(びっくりするじゃないのよ)!」
 一瞬唖然としてから怒るアスカだが…、やっぱり一線を超えて飲んでしまったらしく口調がはっきりとしない。
 アスカは気づかなかったが、ケンスケの目は座っている。

 「ドキューン! バリバリバリバリバリバリ! だだだだだだだだ! ぎゅぅをを〜ぉぅん!…」
 ケンスケは、突然意味不明なSEを発しながら、走り去っていった。

 そう。
 お約束通り、彼らは皆ビールを飲んでいた。
 結局のところ、消費されたビールは10本。
 ちなみに、3本用意したジュースは2本だけ。

 後には…

 「な…なによあれ…」
 唖然として、酔いの覚めかけているアスカと、

 「おえ…うっぷ」
 「鈴原! しっかりして! (チャンスよッ! ヒカリ!)」
 くっつくヒカリ&トウジ、

 「ぐごー」
 寝るミサト、

 「それで、その時な…」
 「あら、そんなことあったの? ふふ…やっぱり変わらないわね」
 「はは…、そうかい?」
 ちびりちびりとまだやっている加持&リツコ、

 「ごめんね、綾波。手伝わせちゃって…」
 「いいのよ…(ポッ)」
 てきぱきと片付けるシンジ&レイ

…が取り残された。



 さて、第三新東京市の彼らが宴会を繰り広げていた頃。
 某所で、再びゼーレの会談が行われていた。

 「…碇は、どういうつもりなのだ」
 「我々を裏切る気か。」
 「…それは最初から負っていた危険性だろう。碇という男を仲間に引き入れたときからの。」
 「そう。それは想定してシナリオを組まねばならん。」

 「それはそうだが、槍も初号機もリリスでさえも碇の元にある。これでは計画がストップするぞ。」
 「分かっている。」
 「我々には、時間がない。」

 「そう」
 「約束の日のために。」
 「約束の日のために。」

 「…事は、全て死海文書通りに進んでいる。シナリオからずれた出来事は、いずれも修正の範囲内にある。問題はない。」
 「予言通りだとするならば…か」

 「しかし、戦力はどうする。我々の部隊は3分の2を失い、今のところ戦力は事実上無いに等しいのだぞ。」
 「…いざとなったら、国連か戦略自衛隊の力を借りる。」
 「止むをえん、か…」

 いつものように「01」を残して、他のモノリス達は虚空にかき消える。
 「01」は、昔を回想していた。

 碇…いや、その頃はまだ六分儀だったか…ゲンドウという人物と初めてあったときの事を…。



 「どうも、Mr.ローレンツ。六分儀ゲンドウと言います。碇ユイさんの紹介でまいりました。お会いできて光栄です。」
 そう言うと、六分儀と名乗った男は握手を求めた。

 「まあ、座りたまえ。」
 ローレンツは、彼に椅子を勧める。

 「君は、我々の組織に参加する意志があるとの事だが?」
 「はい。」
 「…命を懸けても、忠誠を誓えるか?」
 「お望みとあらば。」
 その時彼の目に宿った不敵な光を、ローレンツは忘れることがなかった。

 はっきり言って、「ひねくれ者」。初めて見たときにはそんな印象を受けた。
 そして、明らかに分かったのは、この男が「野望」を持っているということ。
 不適に微笑む彼の前で、ローレンツは一つの課題を出した。

 「…今、ここからある国の責任者に電話を掛ける。もちろん、国の名前は秘密だ。…本当にやる気があるのなら、彼のアポイントを、本人から取ってみろ。」
 「わかりました。」
 再びニヤリと微笑むと、ゲンドウはローレンツの元に向かった。

 この組織の中では、口が上手くなくてはやっていけない。
 なにしろ、願いの成就のための膨大な予算を国連で認めさせるためには、武装部隊を使ったりしての裏工作はあるものの、最終的には「舌戦」しかないからだ。
 自身政治家でもあるキール・ローレンツは、そういう政治家の性質をイヤと言うほど知っていた。

 自分の電話帳から、なるべく大きく…しかし有名でない国の元首を捜す。
 ローレンツの電話帳には、世界中の主な政治家達の番号がぎっしりと詰まっている。
 かなりの大国の首相ともあらば見ず知らずの男に会うことさえも、ましてや電話をつなぐなどということはよほどでない限りあり得ない。

 やがて、目的にぴったりの相手を捜し当てたローレンツは、おもむろに受話器を取るとゲンドウに手渡した。
 そして、番号をダイヤルする。

 トゥルルルル… トゥルルルル…

 数回、コール音が鳴る。そして、オペレータが電話に出た。
 ニヤリ、とゲンドウは再び口元を歪めて話し出す。

…そして数分後。
 ゲンドウは、その国の最高責任者本人からアポイントをとるという作業をいとも簡単にやってのけた。

 (…こいつは、本物だ…)
 ローレンツは、彼に感服した。
 想像を絶する口の巧さである。

 と同時に、野望をもつその男の危険性も認識する。
 組織の中でも危険だが、放っておいてもむしろ危険かも知れない…。
 ならば…

 ローレンツに、選択の余地はなかった。

 「…わかった。君のゼーレ入団を許可しよう」
 「ありがとうございます。では。」
 ゲンドウは、おじぎをして出ていった。
 ローレンツは、再び元の椅子に座り込んだ。

 1人残ったローレンツは、大きな息を吐いた。



 「ミサトさん、ミサトさん。」
 シンジが揺り起こす。

 「ん〜…うふふ…。」
 「起きて下さい。風邪引きますよ。」
 「えへへ…もう一杯…」
 にやにやしながら眠っているミサトに呆れながらも、シンジは揺さぶり続ける。
 会場はシンジとレイによってもうきれいに片づいており、その中央に横たわっているのがまさしくミサトだった。

 シンジは困っていた。
 このままだと、移動してあったテーブルが置けないのだ。

 「ミサトさん、起きて下さいよ。テーブルがもって来れません。」

 「ミサトはしょうがないわね…。加持君、手伝ってあげたら?」
 「はは…またか。」
 いつものにやけた顔で頭を掻いた加持は、シンジの横に座る。

 「おい、葛城。起きろ。」
 「んー…んふふふふふ…」
 「ミサトさん。」
 「えへ、えへ、えへへ」
 だが、やはりと言った感じか、ミサトは奇妙な笑い声を上げるだけだった。
 おまけに寝相も悪い。

 「…どうします?」
 「…運んでしまおう。」
 顔を見合わせたシンジと加持は軽く頷くと、まず通路の扉を開ける。
 起きないのだったら運んでしまおう、ベターな方法である。

 「じゃあ、俺は足のほう持つから、シンジ君は肩のほう頼む。」
 言うが早いか、加持はミサトの足下にしゃがんで…

 「あ、ちょっと加持さん!」
 このあと起こるであろう事の予測がついたシンジが止めるが、遅かった。



 加持がミサトの足を持とうと触った瞬間!

 「んあにするのよっ! 痴漢!」
 「げふっ…」
 加持の顔面に、思いきり蹴りが入る。

 「加持さん、大丈夫ですか?」
 シンジが慌てて駆け寄った。

 「…いや、あまり大丈夫じゃないな。」
 鼻をつまみながら、しかしいつもの表情のまま加持は言った。

 「済みません。」
 「君が謝る事じゃないさ。…最近、葛城はこんな調子だったのかい?」
 「はい。何度も蹴られかけましたから。」
 「そうか…。」
 「まるで馬ね。」
 リツコの激しいツッコミ、再び。

 「リッちゃんもきついなあ。ははは…」
 「そうですね…」
 「…しかし、困ったな。運べないぞ。」
 「ああ、それなら大丈夫です。いい方法がありますから。」
 言いながら、立ち上がってミサトの脇に歩いて行くシンジ。

 シンジが足を止めた、その時。
 ミサトがふっと宙に浮き上がる。
 そのままシンジが歩いていくと、その動きの通りにミサトも動いていく。

 「・・・」
 唖然とするリツコ&加持。

 シンジは一旦廊下に消え…、そして戻ってきた。

 「…いつもこうしてます。」
 苦笑しながら言うシンジ。

 「何だ。シンジ君も人が悪いな。最初からそうすれば良かったのに。」
 「あ、す、済みません…」

 「…ときどきこのマンション付近にATフィールドの反応が出ると思ったら…シンジ君だったのね?」
 リツコが、なぜかほっとした顔で言う。

 「はい。…やっぱり、ばれてました?」
 「ええ、しっかりね…。発令所は大騒ぎしてるわよ、今頃。」



 リツコの言葉通り、発令所は大騒ぎしていた。

 警報が鳴り響き、そろそろ眠くなってきた夜勤の職員の目は一気に覚める。

 「ATフィールド反応!」
 「何だと!?」

 「場所は?」
 「第三新東京市内D4ブロックです!」
 「コンフォート17マンション付近!?」
 「詳しい場所は、現在捜査中。」

 「まさか、使徒か? パターンは!?」
 「現在解析中…あ、反応消えました!」

 「もう、これで1ヶ月のうちに18度目だぞ! 一体何なんだ!?」
 「どういうことなんですか、先輩〜…って、先輩がいない〜…」

 彼らの後ろに、司令席がせり上がってくる。
 ゲンドウはいつものポーズ。
 冬月は、頭を抱えていた。

 「…全く。」
 「警報を止めろ。誤報だ!」

 「は、はい!」

 ちなみに、この事件…謎のATフィールド…に関しては、数日の内に情報操作が行われて解決した。
 また、リツコがMAGIの検出プログラムを修正しておいたので、シンジがATフィールドを使うたび(ミサトが酔っぱらうたび、と言ってもいい)警報が出ることは無くなったという。

…閑話休題。




出会い・1999


 「…委員会には報告したのか?」
 「いえ。まだです。」
 「そうか、ならば良い。」

 ゲンドウは、それだけ会話を済ませると、司令席ごと退場。
 頭を抱えたままの冬月だったが、ゲンドウの言葉に、昔を回想した。

 「委員会」、か…



 1999年、京都。
 とある飲み屋で。

 「冬月君、君は優秀だが…人付き合いを軽く見ているところがあるな。」
 「恐れ入ります…」

 形而上生物学助教授・冬月と、同じ大学で生物工学の教授をしている男。
 2人は、学生と共に飲みに出かけたのだが、やはり賑やかなところは苦手らしく、カウンターに移動して2人だけで飲んでいた。

 テレビでは、よくあるバラエティ番組をやっている。
 至って平和な時間だった。
 次の年・20世紀最後の西暦2000年に、何が起こるかまだ知らず…。

 「…ところで、生物工学でおもしろいレポートを書いてきた学生がいるんだが…碇というんだがね。」
 「はあ。」
 「君のことを話したら、是非会いたいと言っていたよ。…そのうち、おじゃますると思うから、よろしく頼むよ。」
 「わかりました。碇、ですね。」
 「ああ。碇ユイ、だ。」



 京都大学。
 形而上生物学第1研究室。

 「冬月」の名がかかった研究室のなかで、冬月はとある学生と面会していた。
 彼女の名は、「碇ユイ」。
 この間の教授の話に出た生徒だ。

 これから運命の大きな波に飲まれることも知らず、冬月はにこやかに話を始める。

 「…碇、ユイ君…だね?」
 「はい。」
 「このレポート、読ませてもらったよ。…2、3疑問が残るが、なかなかおもしろい着眼点だ。久しぶりに刺激のあるレポートだった。」
 「ありがとうございます。」

 そこまで言って、改めて彼女の容姿を見る。

 黒い瞳、黒い紙。
 文字どおりの、典型的な日本人顔。
 ピンク色のポロシャツの上から白衣を着ている。
 研究者らしい格好だ。

 「…ところで、君はこれからどうするつもりかね?」

 碇ユイ、当時22歳。
 大学4年。

 「このまま大学院に進むこともできるし、研究室にはいることもできる。…紹介状が必要だったら、いつでも書くよ。」
 「…あら、もう一つ選択肢はあるんじゃありません?」
 「?」
 言っていることが理解できない冬月。
 ユイは、後を続ける。

 「家庭に入ろうかとも考えているんです。…もちろん、いい人がいれば、の話ですけれど。」
 「・・・」



 それから数週間後。

 冬月は、いつものように自室で本を読んでいた。
 そこへかかってきた奇妙な電話。

 ジリリリ… ガチャ。

 「はい。」
 『もしもし、冬月コウゾウさんですか?』
 「そうですが。」
 『私、京都府警察署の岡田と言います。…ところで、いきなりで済みませんが、六分儀ゲンドウという名前をお聞きになったことは?』
 「六分儀?…ああ、あります。悪い噂の絶えない男らしいですな。それが何か?」
 『…実は、その男が傷害で逮捕されましてね。それで、身元引受人にあなたを指名したのですよ。』
 「私を…ですか!?」
 『はい。…本人は面識も無いと言っているのですが、なにぶん強情でして。』
 「はあ…」
 『どうします? 断りますか?』
 「…あ、いえ。伺います。…いつ伺えば?」
 『よろしいのですか…?』
 「はい。」
 『では、3日後の午後3時頃に。』
 「わかりました。」

 ガチャ…。

 受話器を置いた冬月は、読みかけの本のことも忘れて思案し始めた。

 (六分儀ゲンドウ…話にしか聞いたことはないが…相当な男だとか言う…)
 眉を顰める。

 (だが、面識もない筈の私をなぜ? 彼の目的は一体何なのだ?)

 結局、わからないまま時間は過ぎ。
 気づくと、夕日が沈み掛けていた。
 あわてて冬月は研究室の電気をつけた。

 (…まあいい。3日後には、分かるだろう…)



 あっと言う間の3日後。

 指定された時間に、冬月は現れた。

 「…ここも相変わらずだな。」
 久しぶりに来る警察。と言っても別に、以前犯罪を起こしたわけでもない。

 まだ彼はいないようだ。
 今は夏も終わりの頃。
 暑さもなんとか過ぎ去り、過ごしやすい日々に入っていた。

…と、入り口が開く。
 片手を吊った男が出てきた。
 どうやら、彼が「六分儀ゲンドウ」らしい。

 「六分儀君、かね?」
 「はい。」
 「…意外と安っぽい男だな。ケンカとは。」
 「一方的に絡まれましてね。…人に好かれるのは苦手ですが、疎まれるのには慣れてます。」
 「知っているよ。」

 冬月は、そう言うと彼に背を向けて歩き出した。
 ゲンドウもそれにならう。

 (イヤな男だ…)
 冬月の第一印象は、それだった。
 そう思いながら、話を続ける。

 「ところで、君はなぜ私を身元引受人にしたんだ? 面識はないはずだが。」
 「ある人物から先生の噂を聞きましてね。」
 「そうか…」

 その「ある人物」の名前を知ったとき、冬月は愕然としたものだった。



 1999年も残すところ2ヶ月あまりとなった10月末。
 冬月は、ユイと共にハイキングに出かけていた。
 生態系の観察の一貫として。

 そこで、あの「六分儀ゲンドウ」の名を聞いたのだった。

 「君が…!?」
 明らかに戸惑った声で、冬月は返答を返した。

 「はい。六分儀さんとお付き合いさせていただいています。」
 「…君があのような男と並んで歩くとはな。」
 「あら、あの人は可愛い人なんですよ。…みんな、知らないだけです。」
 「おもしろい男だ、というのは認めるよ。だが、好きにはなれんね。」
 「先生。あの人を紹介したこと…、ご迷惑でした?」
 「…いや。過ぎたことだ。」

 もう、会うこともあるまい…。
 そう思っていた。
 そのときは。



 そして、2000年。
 20世紀最後の年がやってきた。

 20世紀も終わりに近づいている中で、危険な計画が進んでいた。
 それを進めているのが「ゼーレ」という組織だ、という噂だった。

 南極。
 9月11日。

 『…碇君。』
 「はい。」
 『準備は、できたか。』
 「ええ。あとはS2機関に少し細工をするだけです。あさってにS2実験の予定ですので、発動はその時になります。」
 『そうか。…ならば、君は明日の便で直ちに帰還したまえ。手配しておく。』
 「了解しました。」

 チン…。

 仮設テント内にある電話。
 ゲンドウは、「ゼーレ」のトップ、キール・ローレンツと話をしていた。
 受話器を置くと、例の不敵な笑みを浮かべる。

 誰も見ている気配はなかった。

 「碇君、碇君。どこかね?」
 突然、呼ぶ声が聞こえた。

 「ここです。」
 ゲンドウが返事をすると、通路から見慣れた顔が現れた。
 葛城博士だ。

 「…おお、ここだったか。ちょっと手伝ってくれるか。」
 「はい。」

 ゲンドウは葛城の後ろをついていった。
 既に冷静な表情に戻っている。



 9月12日。
 南極。

 ゲンドウは、急いで荷物をまとめていた。
 責任者の葛城には、帰還許可を取ってある。
 泣いても笑っても、明日は審判の日。
 今日の内に日本に帰っていなければならない。

 「ふ…」
 あらかた書類を整理し終えたゲンドウの耳に、外の嵐の音が聞こえてくる。
 天候は最悪。
 だが、ゲンドウは行くつもりだ。
 それが使命だから。

 それから、荷物を持って、別れの挨拶に行った。
 これが永遠の別れになる…そう知っていたのはゲンドウだけだった。
 皆がゲンドウにねぎらいの言葉を掛け、送る。

 「来たぞ、碇君。」

 そして、船が迎えに来る。

 「すみません。では、お先に失礼します。」
 自身の挨拶もそこそこに、ゲンドウは船に乗り込んだ…。



 翌日。

 予想通り、南極で大爆発があったことが世界的に報じられた。

 「…ごくろうだったな。」
 「全ての資料はここに。」
 ゲンドウは、ローレンツと会っていた。
 書類鞄を差し出す。
 その中には、はちきれそうなほどたくさんの書類が入っていた。

 「確かに。」
 ローレンツはそれを受け取ると、すぐに帰った。

 「セカンドインパクト」…南極の大爆発は、そう名付けられることになる。
 それが「大質量隕石の落下」と発表され、世間はそれを信じ込んだ。
 全て、「ゼーレ」のシナリオ通りに。

…だが、1人、これに疑問を持った男がいた。

 「・・・」
 冬月だった。
 発行された号外をにらめながら、冬月は南極へといく決心をする。
 何があったのか、知りたい。そう思った。

 この時から、運命の歯車は勢い良く回り始めたのだった…。



 2001年。

 大都市水没の被害は、じわじわと頭をもたげてきていた。
 経済恐慌が起こり、あちこちで争いが絶えない。

 そんな中結ばれたバレンタイン休戦条約によって戦争に一応のめどは着いたものの、人々の心はやはりすさんでいた。
 あちこちで犯罪が横行し、殺人なども後を絶たない。

 「…ひどい世の中になったものだ。」
 当時まだ45歳だった、かの老教師は語る。

 その頃、とある病院で新たな命が誕生していた。

 「あなた、名前は考えてくれた?」
 「ああ。男だったらシンジ。女だったらレイだ。」
 「…男の子よ、あなた。…じゃあ、シンジね。」
 「碇シンジか…」
 2001年6月6日、碇シンジ誕生。

 「名前、決めました?」
 「ああ。決めたよ。『惣流アスカラングレー』だ。」
 「アスカ…」
 「君の国の名前だろう? たしか、漢字では『明日』に『香』と書いたはずだが。」
 「ええ、そうね。…未来に向かっていく、か…いい名前ね。」
 「ありがとう。」
 同年12月4日、惣流アスカラングレー、出生。



 2002年。

 やっと調査の許可が下りた。
 冬月は、調査団を結成して南極へと向かう。

 今まで許可が下りなかったのは、当然ゼーレが圧力をかけていたこともある。
 が、インパクト直後の報告では大気中の放射能が通常量の数千万倍あったと言われ、それによるところも大きかった。

 「これがかつての氷の大陸とは…。見る影もない。」
 彼が南極の変わり果てた姿を見たとき発したのは、その言葉。

 南極は、完全な死の世界だった。
 赤く変色した海。その中には、ところどころに白い塩の柱が立っている。
 空の色も赤く、まるで血のようだ。

 「冬月先生。」
 彼の後ろで呼ぶ声がした。
 一度聞いたら忘れられない声。

 ゲンドウだった。



 「…君か。良く生きていたな。確か、葛城調査隊に参加していたと聞いたが。」
 「はい。運良く前日に引き上げていたのでね。災難は免れました。」
 「そうか…」
 ゲンドウは、冬月の隣りに来て一緒にかつての氷の大陸に視線を走らせた。
 冬月は、表情を険しくして再び真っ赤な海へと視線を戻す。

 「六分儀君、君は…」
 突如、冬月が話し出す。
 それをゲンドウは手で遮った。

 「失礼。今は名前を変えていまして。」
 ハガキを差し出すゲンドウ。
 訝しむ冬月。

 「ハガキ? 名詞でなくてかね?」
 何も言わず、ハガキを差し出す。
 その文面を見たとき、冬月は更なる衝撃を受けた。

 「碇? 碇ゲンドウ?」
 ハガキには、「結婚しました」の文字と共に「碇ゲンドウ ユイ」の名前が。
 そして、ユイの手書きらしき文字。
 「お久しぶりです。お元気ですか?」

 「…ということは、彼女は来ないのかね?」
 「ええ。ユイも来たがっていましたが…。今は子供がいるのでね。」
 「そうか。」

 そして、冬月の心配をよそに、調査は何事もなく終わった。



 2003年。

 箱根の、これからは「第三新東京市」と呼ばれるであろう場所に、冬月は訪ねてきていた。
 冬月は、道の向こうに見える、目的の建物を見やった。
 相当大きな研究所。
 周りは森で囲まれている。

 「国連 人工進化研究所」…さっき入った門には、確かそう書かれていた。

 道の周りの自然を見ながら、冬月は歩いていく。
 途中、誰ともすれ違わなかったが、別段おかしいとも思わなかった。

 「U.N. ARTIFICIAL EVOLUTION LABORATORIES」
 建物の入り口には、英語のプレートがかかっている。訳は、そのまんまである。

 「・・・」
 無言で中にはいると、後は床に描かれている矢印をたどっていった。
 構内でも、これまた誰とも会わなかった。
 さすがに、疑問が湧いてくる。

 (これだけの建物なのに、なぜ人がいないんだ?)

 まあ、いい。
 これから彼が行くところに、その答えがあるだろうから。
 冬月は、足を速めた。



 「所長室」
 そう書かれた部屋の前で、冬月は立ち止まった。
 インターホンを鳴らす。

 「冬月だが。」

 程なくして、あの声が聞こえた。

 『おはいり下さい。』

 冬月の前で、扉が音を立てて開く。
 この部屋の主は、机に両肘をついて顔の前で手を組み合わせて座っていた。
 逆光ではっきりとは見えないが、表情は少し笑っているようだ。

 冬月は、小脇に抱えた鞄を手に持ち直して、つかつかと机に歩み寄った。
 その顔は、研究所所長に比べてかなり険しいものがある。

 「君は、セカンドインパクトの前日に日本に引き上げたと言ったね。」
 「ええ。幸運ですよ。」
 …全ての資料を一緒に引き上げたのも幸運か!?
 厳しい声でそう言うと、冬月は鞄の中身をおもむろに机の上に放り投げた。
 英語で書かれた何かの調査結果だった。
 「何か」とは…そう、セカンドインパクトである。

 ゲンドウは、いたって冷静に話す。
 まるで感情が存在しないような口調だ。

 「こんなものがまだ残っていたとは。驚きです。」
 「セカンドインパクト。実際に起こした人間は全員死んだが、命令した人間はまだ残っている。」
 「で、どうするつもりです?」
 「セカンドインパクトの裏に潜む君たちゼーレと死海文書を公表させてもらう。…あれを起こした人間を、許すつもりはない。」

 そこまで言われても、ゲンドウはいつもの表情を崩さない。
 微動だにせず、座っていた。

 「お好きに。」

 そして、突然立ち上がる。

 「…ただ、その前にお見せしたいものがあります。」



 冬月とゲンドウは、地下へと下るケーブルカーに乗っていた。

 「相当、もぐるな。」
 「ご心配ですか?」
 「多少ね。」

 金属の壁が無機的なトンネルを抜けると、薄暗い空間だった。
 しかも、かなり広い。

 「これは…!」
 冬月は、驚きの声を上げた。

 「我々ではない、『誰か』が残した空間ですよ。…ただ、その81%は埋まっていますがね。」
 「元は綺麗な球状空間か。」
 「そして…」

 今まで反対側の壁にいたゲンドウが、冬月の側に歩み寄ってくる。
 そしてゲンドウは、その空間の中央に位置する場所を指さした。

 「あれが、人類がもてる全てをつぎ込んでいる場所です。」
 「・・・」

 ケーブルカーは、その場所に向かって着実に進んでいった。



 冬月とゲンドウ、そして冬月の知人でもある科学者・赤城ナオコは、薄暗い通路を歩いていた。
 明らかに工事中と分かる場所をいくつも通り、冬月達はある場所へとたどり着いた。
 そこは、まだ完成しておらず全体的に薄暗いその施設の中でも、群を抜いて光が届かない場所にある。
 それだけ、秘密が多いのだろう。

 だが、目はなれているし、多少の照明はあるのでなんとか辺りは見える。

 そこには、巨大な手があった。

And the LORD God caused a deep sleep to fall upon Adam, and he slept:

 そこには、巨大な頭があった。

and he took one of his ribs, and closed up the flesh instead thereof:

 頭からは何本もコード類が伸び、その中央にはまるで脊髄のような人工の骨組みが存在している。
 頭部は、黄色っぽい装甲のようなもので覆われ、赤い5つの目のようなものが印象的だった。

 これは!?
 思わず声を上げる冬月。
 だが、視線はその巨大な頭部に釘付けになっている。

 「まさか、あの巨人を!?」

 「あの巨人のことを、我々ゲヒルンでは『アダム』と呼んでいます。しかし、これは違います。アダムより人の作りしもの、『エヴァ』です。」

And the rib, which the LORD God had taken from man, made he a woman,

 「・・・」
 「我々のアダム再生計画、通称E計画のひな形たる、エヴァ零号機だよ。」

and brought her unto the man.

 「エヴァ…神のプロトタイプか。」

 そして、ゲンドウはニヤリと笑うと、ゆっくりと冬月に呼びかけた。

 「冬月…。オレと一緒に、人類の新たな歴史を創らないか…?」

(from Genesis 3:21 - 3:22)     



 そこまで回想して、冬月は一旦現実へと戻った。

 「ふ…いろいろあったものだ。」
 少し自嘲気味の笑い。
 目を閉じる。

 「どうした?」
 傍らのゲンドウが聞く。

 「…いや、少し昔を思い出していた。」
 「過去か…未練がましいな。」
 「たまには良いだろう?」
 「人は思い出を忘れることで生きていける。…過去は忘れなければ、生きてなどいけんよ。」
 「ふ…そうだったな。だが、忘れてはならないものもある、そうだろう?」
 「ああ。…ユイはそれを教えてくれた。」

 「ユイ君、か…」




悲しき別れ

 そして、運命の2004年。

 記念すべき、エヴァの有人による初の起動実験の日。
 パイロットは…碇ユイ。

 実験室では、作業員達があわただしく動いている。
 そんな中、ぽつんと佇む1人の男の子。
 歳は、3歳ぐらいだろう。

 「なぜここに子供がいる?」
 「碇所長の息子さんです。」
 ナオコが即座に答える。

 その男の子は、黄色いシャツを着ていた。
 あちこちをめずらしそうに眺め回っている。

 「碇。ここは保育園ではないのだぞ。第一、今日は大事な日じゃないか。」
 冬月がゲンドウに詰め寄る。
 と、通信が入った。

 『ごめんなさい、先生。私が連れてきたんです。…この子には、明るい未来を見せてあげたいんです…。』
 ユイだった。

 エントリープラグは、既に挿入されている。
 後は、実験開始合図を待つだけだった。



 「実験、開始。」
 ゲンドウが口を開いた。
 いつになく真剣な表情。

 「了解。…電源、接続。」
 「起動プロセス、スタートします。」
 あわただしく動いていた人達はその足を止め、起動が成功することを祈った。
 コンピュータの作動音がひびく異様に静かな空間で、彼らは目の前の光景に見入っていた。

 果たして、これは未来を与える存在となるのか?
 それとも、ただの無駄なモノとなってしまうのか?

 「シナプス挿入します。」
 「リストのチェックをスタートしました。…350…800…1200…2600までクリア。」
 「パイロットとの双方向回線、開きます。」

 その時だった。

 パイロットに精神波流入!
 急にモニター画面に警告が出る。

 「神経パルスが逆流しています。パイロット、心拍、呼吸ともに不安定!」
 「起動を中止しろ!」
 「だめです! 制御不能!」
 「プラグ内部温度上昇中…40度を超えました」
 「心音微弱です!」

 「脳波シンクロ率は!?」
 「計測不能! 脳波分離ができません!」

 そして。

 「パイロット、反応が無くなりました…」
 最後の一言が、制御室に響きわたる。
 同時に、エヴァは活動を止めた。

 碇ユイは、消えた。



 「サルベージ計画、ですか?」
 「そうだ。…おそらく、ユイは肉体が細胞にまで分解してプラグ内に存在しているはずだ。」
 「・・・」
 「そこから、肉体を再構成することはできるか?」
 「…やってみますが…」
 「うむ。」

 その言葉でスタートしたサルベージ計画。
 ちょうど2ヶ月後に、準備は整った。

 「サルベージ、スタートします。」
 「了解。自我境界パルス、送信します。」
 「第1信号、送信…受信を確認しました。」
 「つづいて第2信号…」

 サルベージは、順調に進んでいった。
 そして、終了が近づいてくる。

 「自我境界パルス、発信終了まで1分です。」

 ピーッ!

 警告音。

 「どうした!?」
 「パルスの拒絶が起こっています!」
 「35番のパルス、受信されず!」
 「41番もです! 広がっています!」

 「全波形、全波長を全方位で照射して!」
 「はい!」

 だが、状況は好転しなかった。

 「だめです! 受信されていません!」
 「…失敗か…電源を落として!」
 ナオコは、唇をかむ。

 「プラグの内圧、上昇します!」

 みしみしと音を立てるプラグの壁。
 ハッチが開きそうになる。

 「早く電源を!」
 「だめです! 間に合いません!」

 バン!

 大きな音と共に、ハッチが吹き飛んだ。
 そして、中から赤い液体が流れ出す。

 「ユイぃーっ!」
 これ以上無いと言うぐらいに目を見開いて、ゲンドウは叫んだ。



 (結局、ユイ君は帰ってこなかった…)

 それから一週間の失踪を経て、ゲンドウは仕事に復帰した。

 「冬月。今日から新たな計画を推奨する。…委員会には、既に提出済だ。」
 「まさか、あれを…」
 「そう。誰もが為し得なかった神への道。人類補完計画だ。」

 このころは、未だゲンドウとゼーレは一丸となっていた。
 だが、人類補完計画を進める内、ゲンドウとゼーレの対立は日に日に激しさを増していった…。



 そして、2010年。

 「調査組織ゲヒルンを本日を持って解体、明日より特務機関ネルフとして活動を再開する。なお、役職名の変更は以下の通りである…」
 云々。

 赤城ナオコ博士が、完成したばかりのスーパーコンピュータ・MAGIに身投げした翌日、こんな告知が出された。

 最後の署名は、

 「調査組織ゲヒルン 所長 碇ゲンドウ」

 そして、

 「人類補完委員会  会長 キール・ローレンツ」

 となっていた。

 組織自体は変わっていないので、今まで通りの活動が続いた。
 これによって、組織はより一層強い力を持ち、計画を実行しやすくなったのである。



 2015年。
 使徒の襲来。

 「…やります。僕が乗ります。」

 サキエル。

 「逃げちゃダメだ」

 シャムシェル。

 「あなたは死なないわ。私が守るもの。」

 ラミエル。

 「開け! 開け! 開け!」

 ガギエル。

 「2人の完璧なユニゾンを目指すため、これから同居してもらいます。」

 イスラフェル。

 「そうだ! さっきのやつ!」

 サンダルフォン。

 「Gehen!」

 マトリエル。

 「ATフィールド、全開!」

 サハクィエル。

 「大丈夫。0やマイナスじゃないのよ。」

 イロウル。

 「もう…疲れた…」

 レリエル。

 「やめろおおおぉぉぉぉぉっっ!!」

 バルディエル。

 「今動かなきゃ、今やらなきゃ、みんな死んじゃうんだ! もう、そんなのいやなんだよ! だから、動いてよ!」

 ゼルエル。

 「いやああぁぁぁぁっ! 私の心を覗かないでえぇっ!」

 アラエル。

 「精いっぱい、生きていこうよ。みんなと、一緒に。」

 アルミサエル。

 死海文書に残る使徒は、あと一つ。
 約束の日は、近い。



 ゲンドウの目的…それは、碇ユイの復活。今の人類の存続。
 ゼーレの目的…それは、人類の人工進化。世界の浄化。自らを神とすべく。

 あきらかに相反する目的。
 ゲンドウは、人類の存続を。
 ゼーレは、人類の滅亡を願った。

 「ユイを取り戻す」…それだけのために生きてきたとも言える時間。
 だが、それはあの日崩れさった。
 初号機に宿る魂が、「碇ユイ」から「碇シンジ」に変わったときに。

 今は、もうユイはいない。

 ならば、ゼーレに従うか…というと、そうではない。
 それも、ユイの願いであった。

 だから、今までもゼーレに従う振りをしながら裏切ってきた。何度も。
 もうゼーレは気づいているだろうが、ゲンドウは自分の使命を、そしてユイの言葉を実行し続けてきた。
 これからも、それは続くだろう。

 「もうすぐだよ、ユイ。」
 昔だったら初号機のケイジに行って言う言葉だが、今は星空に向かってゲンドウはつぶやいた。
 ジオフロントの天井に、星は見えない。
 その向こうの夜空を望んで、再びゲンドウは呟いた。

 「もうすぐ、君の願いが叶う。…ユイ。」



 地上では。

 月が綺麗だった。
 今日は、どうやら満月のようだ。

 シンジは、ふと思い立ってベランダに出てみた。
 他の住人は寝ている。

 「きれいだな…」
 思い出したのは、ヤシマ作戦の時。
 満月をバックに立つレイは、神秘的に見えた。
 月というと、やはり綾波…そのイメージが強い。

 吸い込まれそうな月明かりの中、シンジは街を見回してみた。

 第三新「東京」市とはいえ、戦場である。
 この広い中、住んでいる人は、ほんのわずか…NERV職員数千人位…しかいない。
 地上の明かりは、真夜中でもついているが、幸いこの郊外のマンションまでは届かなかった。

 「母さん…」
 ふと、思い出す面影。

 『頑張って、生きていってね。』
 最後の言葉。

 「母さん…僕は、頑張ってるよ…これからも、頑張っていくよ…」
 月に向かって、語りかける。
 明るい月が、シンジの赤い瞳を照らしていた。



第8話 につづく

ver.-1.00 1997-08/27公開
ご意見・感想・誤字情報などは yoshino@mail2.alpha-net.or.jp まで。


 次回予告

 フィフス・チルドレンがNERVに届く。
 彼がもたらすモノは、一体何なのか。

 次回、「シ者、登場」 この次も、サービスサービスぅ!


 あとがき

 はい、やっと第7話公開です。
 結構疲れましたぁ(^^;…っていうか、参考文献が多いので。
 今回から、1話まとめて公開することにしました。
 大家さんの負担も減りますし、あとがきのネタが尽きずに済みますから。

 参考までに…参考文献リスト。
  ・ 「THE END OF EVANGELION」パンフレット
  ・ フィルムブック 1・2・8
  ・ 「EVANGELION ORIGINAL I」
  ・ 日本聖書刊行会 「聖書」新改訳
  ・ OXFORD 「Holy Bible」

 どっひぇー。(^^;

 さて、第8話では、お待ちかね、「カヲル」の登場です。
 カヲルのキャラクタと作品のオリジナリティを大切に書いていこうと思ってます。

 メールアドレス、変更してあります。
 今までのところでも構いませんが、アドレス帳などに書き込んでいる方は、できましたらこちらに差し替えをお願いします。


 Tossy-2さんの『エヴァンゲリオン パラレルステージ』第7話、公開です。
 

 パラレル世界の歴史。

 TV世界と微妙に事象と意味合いが異なっていたりして面白いですね(^^)

 一応ビデオに撮っていながら、
 今まで見返したことのない【ネルフ誕生】を引っぱり出してこようかな。
 ビデオも、ここ以降、暗いから・・・・嫌い (;;)

 Tossy-2さんの世界ではこれからどうのような展開を見せるのでしょうね。

 願わくば、幸せを・・・・
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 気を使って下さったTossy-2さんに感想のメールを!


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