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魔導王シンジ


第九話 さらわれた少女 




リーザス新王ランスよる、前代未聞の演説は瞬く間に国内に広がった。広がるスピードもさることながら、その話の尾ひれの付き具合も凄まじいほどで、辺境の都市では、

「今度王になったランスとかいう男は、魔人も避けて通るほど恐ろしい男で魔王の時期後継者と目された程だという。」
「好色かつ残忍、ひとたび目に留まった女が居れば、その女の家族、恋人は皆殺し。女はむりやり城にさらわれハーレムに放り込まれ、飽きたら兵士達に与えられ慰み者にされるという話だ。」
「すでに、周りにはランス王の手の者が我々を監視すべく潜入しているそうだ。悪口の一つも言えば、たちどころに密告され牢屋にたたき込まれてしまうぞ。」
「ああ・・・・、この国の未来は・・・・・。」

などという話がまことしやかに囁かれた。それによって悲嘆にくれ嘆き悲しむ者。みんなで自由都市地帯へ逃げ出そうかと相談する家族。命に代えても君を守ると誓い合う恋人達。そんなこんなでリーザスはさながら悲劇の大合唱であった。

しかし、その騒ぎの発生源であるはずのリーザス城は喜劇的に平和で、のんきにも予定通りパーティーが行われていた。
パーティーはリーザスの大広間を利用して行われた。テーブルにはネルフの料理人ヒカリが作ったであろう数々の料理。見るからに高そうなワイン。広間を流れる緩やかな音楽。そこかしこに居る着飾った貴族達。
一般人には物語の中でしかお目にかかれない場所にいながら、シンジ達は隅の方のテーブルで井戸端会議のようなことをしていた。内容は、例のランスの演説についてである。

シンジとアルから一部始終を聞かされたアスカとマナは最初は半信半疑で、次いで激怒した。

「何考えてるのよ、あの王様は!国民のこと奴隷とでも思ってんじゃないの?」
「そやけど、あれがどこの国も共通した貴族、王族の本音ってやつやないのか?」

アルが横から口を出す。相変わらずにこにこと、開いているのかいないのかわからない目をしている。シンジ達はアルのこれ以外の表情を見たことがない。アスカが今の言葉に引っかかるところがあったらしく反論する。

「なによ、私たちはそんな風に考えたことは一度だってないわよ。」
「まあ、君らは「いい子」やからな。」

アルは「いい子」のところを妙に強調した言い方をする。そしてそれに対する反論がかえってくる前にひょいとテーブルの上のワインを取ると、

「そんじゃ、俺は接待してこなあかんからこの辺で・・・・。」

と言い残してそそくさとそこを去り、おそらくはリーザスの貴族の方に、愛想笑いを浮かべながら向かっていく。

「行っちゃった・・・。」
「なんかいかにも商人って感じの人だったわね・・・。」
「単に胡散臭いだけよ。」

そんなことを話しながら、シンジ達は料理を口に運ぶ。料理は当然、ヒカリが作ったもので、肉、野菜、デザートに至るまで、全て店で出している物と同じ物を出している。それと、リーザスの特産のワインが振る舞われている。シンジ達は未成年であるためワインは口に出来ず、そのぶん食べ物の方がお腹の方に収まる。やがて、目の前のテーブルの料理が無くなりかけてきた(ちなみに食べた量はシンジ:アスカ:マナ=1:3:10)頃。

「アスカ、そろそろ新しい王様に挨拶してこない?」

マナが唐突にそう言い出す。それに対するアスカの回答は簡潔だった。

「いや!」
「いやってアスカ・・。それじゃここまで来た意味がないじゃない。挨拶ぐらいしてこないと・・・。」
「あんたが代わりに行ってきてよ。」
「え・・そんな、酷い・・・。あの好色魔王の前に私を身代わりに差し出すなんて・・・。この傾国の美貌をもつ私に襲いかかってきちゃったりなんかしちゃったりしたらどうする気?」
「あんた自分が何言ってるかわかってんでしょうね。」
「だーかーらー、アスカが行くべきよ。たのもしいナイトも付いてることだし。」

そう言ってマナはシンジを横目でみる。当のシンジはキョトンとしている。そして、マナの視線の意味することを知り、真っ赤になってうつむく。ここで「アスカは僕が守るから。」と言えるようなら二人の仲はもう少し進展しているのだが・・・。

「そうね・・。ナイトにしてはちょっと頼りないような気がするけどね。シンジ付いてきてよ。」

アスカがシンジの方に手招きする。シンジは少し嬉しそうに微笑むとアスカの横に並んで歩き出した。
マナはそれをちょっと嬉しそうに、ちょっと羨ましげに見送っていた。一方、天井裏ではすっかり存在を忘れ去られている忍者ケンスケが涙をこらえて見送っていた。

アスカがランスの方に行くと、先客がいたらしく、すでに何人かの人間が王の周りに集まっていた。どうやらリーザスの貴族達らしい。会話の内容が途切れ途切れに、ランスの声だけいやにハッキリと、アスカ達の耳に入ってくる。

「・・・・ですから、リーザスにはリーザスの伝統というものが・・・・。 」
「ふん、知るかそんなもん。俺様はリーザスの生まれじゃないからな。」
「・・・・しかし、我々の先祖代々守られてきた権利と財産が・・・。」
「・・・それではまるで平民とかわらない・・・・・。」
「お前ら演説の時、俺様の美声に聞き惚れて内容が頭に入らなかったらしいな。いいか、この国の人間は全て俺様のために生きるんだ!貴族だろうと何だろうとな!ええいお前らのむさい顔は見飽きた。散れ!」

ランスが周りの人間に向かって一喝する。周りの貴族は怯えた顔つきで、蜘蛛の子を散らすように離れていく。
アスカ達はそれを横目で見ながら、ランスの前まで進んでいく。ランスはアスカ達に気づかず、未だぶつぶつと文句を言っていたが、やがてアスカ達の方に気づく。

「お初、お目にかかりますリーザス王。私はネルフ王国より来ました王女、惣流・アスカ・ラングレーと申します。この度はご結婚、並び王の御戴冠のお祝いにあがりました。」

いつもの高飛車なしゃべり方ではなく、凛とした澄んだ声での丁寧なしゃべり方。シンジは後ろで、ネルフ国王女としてのアスカを別人のように見ていた。対するランスはなんだか胡散臭げにアスカを見やる。

「王女ー?なんで、俺様に会いに来るのに国王じゃなくて王女が来るんだ!?」

不快感を全開にして怒鳴るランスにそばにいた、侍女らしき人が耳打ちする。緑色のロングヘアの美しい聡明そうな女性だ。アスカはその侍女に見覚えがあった。確か侍女頭のマリスという人物だ。かなり有能な人物で、以前から幼いリア王女を支えて摂政のような事をやっていたらしい。おそらくランスに対してもそのような立場になるだろう。
耳打ちした内容はおそらくリーザスとネルフの関係のことだろう。ランスが妙に得心の行った顔つきになる。

「ふむふむなるほど・・・。10年前、リーザスと戦争してけちょんけちょんに負けた上に、苦し紛れに街ごと吹き飛ばすような狂った魔法を使ってきた、卑怯かつ情けない国か。そりゃ確かにリーザスにはみっともなくて顔をだせんな。」
「な・・・・!」

シンジががしっとアスカの肩をつかむ。アスカが暴走しかけたからである。いくら外面を取り繕っても中身はアスカである。ランスの嘲るような(実際はランスは思ったことを素直に口に出しただけだがそれがよけいに感に触る。)言い方に加え、それを受け周りから漏れだす笑い声に、アスカは殆ど切れかけていた。

「まっ、俺様もむさいおっさんが来るより、可愛い女の子が来た方が嬉しいが・・・。」

ランスは心底残念だ、というように首を振ってため息を吐く。

「まだガキじゃねえか。」

この一言に、ついにアスカがぶちきれる。

「ぬわんですってーー!この私のどこがガキなのよ。私はもう十四よ!」
「十四歳じゃなぁ・・・・。」
「じゃあ、いくつならガキじゃないわけ?」
「十五歳以上。」
「たいして変わんないじゃない!」
「いやいや、この一年の差はなかなかにでかいのだ。」
「うーーー・・・・・。」

なおも何か言いかけるアスカを、シンジと騒ぎを聞いて駆けつけたマナが無理矢理引っ張っていく。なにせ、周りが何事かと注目してしまっているのだ。

「ちょ、ちょっと放しなさいよ、シンジ、マナ。くっそー、覚えてなさいよーー!」

正義の味方の前に逃走する悪党みたいなセリフを吐きながら、アスカがマナに引きずられていく。

「それじゃ私は、アスカを別室で閉じこめ・・・・もとい、落ち着かせてくるから、シンジ君は適当に楽しんでて。」

そう言うと、マナはアスカをひょいと掲げて、おそらく「力」の精霊ベゼルアイの力を借りているのだろうが、パーティー会場を離れていった。遠ざかって小さくなっていく、アスカの怒号を聞きながら、シンジはどうしたものかと辺りを見渡した。
周りは大勢人が居てまだ賑わっているが、その中の知り合いといえばアルくらいのものだ。が、彼はまだ貴族相手に酒などをついで回っている。かといって見知らぬ人に積極的に話しかけれるほど、シンジは人当たりが良くない。加えて、リーザスの人間はネルフの人間に好意的な印象を決して抱いていない。シンジをネルフの「残酷な天使」と知る者にはなおさらだ。
話しかける相手もなく壁に寄りかかってボーっとしてると、今まで「リーザスの結婚式のパーティー」という題名の絵本の登場人物の様に感じられもした自分が、再び絵本からはじきだされてしまった感じを受ける。
なんとなく、周りの空気が息苦しくなった感じがして、シンジは側の扉から中庭の方に出ていった。






外に出てみると、パーティーの喧噪はピタリと聞こえなくなり夜の世界独特の寂しい沈黙が辺りを漂っていた。中庭には何か奇妙な形をした石像やら、いろんな種類の花などが咲き誇っていたが月の光では、それらの魅力をシンジに伝えるには弱すぎた。
シンジは空を見上げる。初めて見るネルフ以外の国の夜空。当然それはネルフで見るものと大差は無かった。そう、それはネルフで見ていたときと同様な感情をシンジに湧き起こさせる。

・・・・・・孤独・・・・・・

地上にあるどんな物より広大な、どんな闇よりも深い、空間。そしてそれに浮かぶ、無数の星・・・。それらは圧倒的な存在感と威圧感でシンジを包む。それらを見ていると、自分がどれだけ小さいかを思い知る。自分がその空間の中にひとりぼっちにされてしまったような感覚・・・。

シンジは頭を振ってそんな考えをを追い払う。大分時間が経ったような気がしてシンジは中に戻ろうとした・・・その時。

「何が言いたいんだ、エクス。」

声が聞こえてきて、思わず立ち止まる。見ると、木陰に隠れるようにして、二人の男が立っている。服装からして両方ともリーザスの、しかもかなり位の高い人間らしい。二人とも二十代半ばといったところか・・・・。先ほどの声の持ち主だと思われる男は、長身のがっしりした男で一目でで戦士だとわかる。金色の髪に童顔の顔がその体にアンバランスにのっかっている。
対するエクスと呼ばれた男は聡明そうな顔に眼鏡をかけた男で、目の前の男を将軍とすると、こちらは軍師といった感じである。

「言葉通りの意味ですよ、リック。あなたはランス王をリーザスの王としてふさわしいとお思いですか?」
「当然だ。剣の腕といい、決断力といい、王としてふさわしいと思っている。」
「・・・それは良き王の条件ではあり得ませんよ。」
「もちろん、それだけではない。ランス王には他の人間にはない何かがある。それこそが先の戦争でもヘルマンからの解放をならしめた。」
「リーザス解放戦争ですか。リック、あなたはそのときランス王と共に戦っていらした・・・。つまりランス王を昔から知っている・・・。」

そう呟くと、エクスと呼ばれた男はこちらに向かって歩いてくる。一瞬、気づかれたとシンジは思ったが単に間をとっただけであるらしい。再び話し始める。

「あなたは僕にはわからない何かをランス王から感じ取ったのかも知れませんね。・・・・ですが。」

エクスは相変わらず物静かな口調のままだが、その中身に何か熱がこもったように感じられる。

「先ほどの民への演説を見る限ぎり、僕はランス王を認めるわけにはいきません。あれでは民はとてもついていけない。あの男がいればこの国は無茶苦茶になる・・・・。違いますか?」
「・・・自分はキングを信じている。そしてそうすることが、この国のためであることも・・・。」

エクスはそれを聞いて深いため息を吐くと、これ以上は話しても無駄かと思ったか、その場を去ろうとする。その背中に、リックが重々しげに声をかける。

「エクス・・・・。君は何を考えている?」

エクスは振り返らず、背を向けたまま恐ろしいほど怜悧な声で答える。

「僕の考えていることはただ一つ。この国の未来だけです。」

それだけを言うと、エクスは闇の中へと姿を消していった。
リックはその方向をいつまでも見ていたが、やがてポツンと声を漏らす。

「そこにいる人・・・・。いい加減出てきたらどうです?」

その言葉は、間違いなくシンジのことを言っていた。リックがこちらの方を向いたことは一度もなかったのに・・・。シンジはそのことへの驚きと立ち聞きしてしまった後ろめたさに背中を押され、リックの前へと歩み寄る。

「あの・・・すいませんでした。話聞いてしまって・・・・。」
「いや・・・。そのことを咎めようとしたわけじゃない・・・。君は・・・ネルフ国の碇シンジ君・・・だったな。」
「え・・・・はい。」
「僕の名はリック・アディスン。リーザスの「赤軍」の将軍だ。」

シンジはその名を聞いて、反射的にある単語が浮かぶ・・・。「赤い死神」・・・。たしかリーザスの最強の騎士の名前であったはずだ。しかし、今、目の前に立っている青年はとても「死神」のイメージとはかけ離れている、虫一匹殺すことが出来ない風に思える。
そこまで考えてシンジはふとおかしくなった。「残酷な天使」である自分も似たような風に他人に見られてるじゃないか。この人は自分に似ているのかも知れない。シンジは初対面のこの男に対してそんな感想を抱いた。

「君は、今の話を聞いてどう思った?」

その質問にシンジは戸惑う。何故自分の様な子供に、しかも他国の人間にそんなことを尋ねるのか・・・。質問の意図は全くわからなかったが、シンジは思ったことを正直に答えることにした。

「・・・・僕はランス王の人柄については詳しくなし、お二人の内どちらが正しいかなんてわかりません・・・・。ただ・・・、お二人ともこの国を真剣に思っていらっしゃることはわかりました。」

リックは黙ってシンジの言葉を聞いていた。やがて長い沈黙を破って返ってきた「応え」は「答え」ではなかった。

「・・・・君は何のために戦っている?」

その問いもまた意図しているものは明白ではなかった。シンジは頭に中にその答えとなる言葉が何十も浮かんだが、そのうち一つを、シンジの中で輝くその一つを大事そうに取り出す。

「・・・守るためです。」

ことさら主語を明白にしなかったのは意識してのことではなかった。リックの方はその答えを予期していたかのように、さらに質問を重ねた。

「では・・・、戦う相手と守るものが同じであった場合、その時は何のために戦えばいい?」

次の質問は意図があるいは明白であったかも知れない。しかし、シンジは答えることはできなかった。夜風が2、3度シンジの前髪を撫でていく。静寂を破ったのはリックの方だった。

「・・すまない。今の言葉は忘れてくれ・・・・。」

そう言うと、リックはきびすを返し会場の方に戻っていった。そして、その姿が闇にとけ込んでいくのをシンジはただ見送っていた。






といったシリアスな展開がなされている頃、会場から少し離れた別室では・・・・。

「あーーー、もう。よけいなことしないでよね。」

アスカがようやく解放されていた。しかし、頭に上った血は全く下がっていないようで(別にマナがアスカの頭を下にして運んでいたからではない)、ぶつくさ文句を言っている。マナはそれに適当に相づちを打っていた。

「マナも聞いてて頭にこなかった?あの男の態度。」
「ん・・・、まあ確かにね。いつも偉そうにしてるし。」
「ほんとに。」
「もともと傲慢なのが、地位のおかげでさらに輪をかけたようになってるし。」
「そうそう。」
「乱暴者で人使いあらくてすぐ怒るし・・・・、」
「ん・・・・?」
「ホントにあれでネルフの王女なのかしら!ああ、ネルフの未来は・・・。」
「・・・・私のことかーーーー!!」

ガスッ!

アスカの跳び蹴りが炸裂し吹っ飛ばされるマナ。が、マナはたいして効いた素振りも見せず起きあがりながら答える。

「冗談はともかくとして、もうパーティー会場に行く気も起こらないし、ヒカリの所に遊びに行かない?」

そう尋ねるマナの目は「余った料理とかもらえるかもしれないし・・・。」と語っていたような気がしたが、さすがに「一人で行って来れば」と言う気にもなれないので、アスカは承知することにした。






厨房では、ヒカリが一人で料理を作っていた。料理はあらかた出し尽くして、他の料理人は帰ったのだが、いきなりランスがやってきて夜食を作ってくれるように言ってきたのだ。そのため、ヒカリは残ってランスの夜食を作っているわけだが、別に嫌ではなかった。今日の料理についてわざわざうまかったと感想を言いに来たのはランスただ一人だった。これはその返礼みたいな物だった。
なにしろ貴族の中には、「何だ、あの料理は!下賤な者が食するような物を我々の前に出すとは、なんと無礼な!」と一口も食べてもみないで文句を言いに来る者も居たのだから。
いよいよ最後の仕上げにはいろうかというとき、バタンと乱暴な音がして人が入ってきた。パーティの出席者であろう、酒瓶をかかえよたよたと千鳥足で歩み寄ってくる。

「ひっく・・。おーい、姉ちゃん、ここにつまみは無いのか、つまみは?」

酒臭い息と共に、下品な言葉が吐き出される。ヒカリは露骨に顔をしかめると、「無いです」ときっぱり答えた。が、酔っぱらいはよたよたと前へ来ると、たったいま出来上がったばかりの料理の皿をめざとく見つけ、手をかける。

「なんだ・・・ここにあるじゃねえか・・・。へへ・・・これをよこせよ・・・・。」
「それは、ランス王への夜食用に作った料理です。いい加減に出てってください。」

ランス王、という言葉に酔っぱらいは渋々手を引っ込める。

「何だよ、きつい姉ちゃんだな・・・・。わかったよ、出てきますよ。」

床にペッと唾を吐いて酔っぱらいは下がっていく。ヒカリはフライパンを投げつけたくなる衝動をぐっと堪えて、料理の皿を手に取る。そして、ふと違和感を覚える。

「ちょっと待って!」

ヒカリは酔っぱらいを呼び止める。酔っぱらいの足がピタリと止まる。

「な、なんだよ。行け、って言ったり、行くなって言ったりよぉ・・・・。」
「あんたこの料理に何かした・・・?」
「な、何かって?」
「へんな匂いがするのよ。」

それは確かに異臭だった。普通の人間、いや料理人なら気づきもしないだろうが、確かに異臭がヒカリの鍛えられた鼻腔に察知されたのだ。それが何の匂いかヒカリにはわからなかったが・・・。

「はは・・・・、俺の酒臭い息がかかっちまったかな・・・・。」

酔っぱらい・・・いや、男は相変わらず後ろを向いたままだった。表情は読みとれない。それが不意に恐ろしくなり、ヒカリは中身のわからない壺に手を入れるように、不可解な闇を探ろうと、恐る恐る尋ねる。

「あなた・・・・、この料理に何を入れたの・・・・・。」

その言葉が終わる寸前、男がヒョウのように、振り向きヒカリに飛びかかる。ヒカリは悲鳴を上げる間もなく、男に口を押さえ込まれる。ヒカリは男の目を真っ正面から見た。当然、酔っぱらいの目でも、ましてや、普通の男の目でもない。虚ろな・・・、なんの感情も表さない目。虚ろな目をした男は、まるでそこから言葉を発しているように、虚ろな言葉を紡ぎ出す。

「いいか・・・。お前は何も見なかった、気づかなかった。お前は何事もなかった様にランス王にこの料理を運ぶんだ・・・・。いいな・・・・!」

ヒカリはがたがたと震え出す。男の言葉には決して逆らうことの出来ない何かがあった。この料理の皿を、ランスに運ぶことによって何が生じるかヒカリにはわからない。だが、一つだけ明白なこと。それはこの男の問いに頷き、その通りのことをしなければ殺されるということだ。

ヒカリが、自らの脳の命令ではなく恐怖という圧倒的で逆らえないものに押されて、頷きかけたとき・・・・、厨房のドアが勢いよく開かれ、場違いな明るい声が響きわたる。言わずと知れたマナとアスカである。

「やっほー、ヒカリ遊びに来たわよ・・・・・って、あれ?」

男も、入ってきたアスカ達もあまりの展開に凍りつく。しばし、沈黙が支配する。それを最初に破ったのはマナだった。

「あなたヒカリに何してるの!スノーレーザー!」

男の顔面めがけてマナが呪文を放つ。しかし、男は常人では考えられないスピードで横に飛ぶ・・・・ヒカリを抱えて。

ドオォォォォォォ・・・・ンンン・・・・・

爆風でそこにあった調理用具やら何やらが無茶苦茶になる。男は爆風に身を隠すようにして窓の方へと走っていく。

「逃がすか!」

とっさに掌を男の方に向けて呪文を唱えようとしたアスカだが、ヒカリが巻き添えになるかも知れないことが頭に浮かぶ。アスカがためらっている隙に男は、窓から身を躍らせ外へと走っていく。ヒカリを抱えてるのにそれはとても常人に追いつけるスピードではなかった。

「いったい何が・・・・・どうして・・・・?」

アスカとマナがみるみる遠ざかり点になっていく男とヒカリを見ながら呆然として呟く。後には荒れた厨房とおいしそうに湯気を立てる料理だけが残っていた。

第九話 終わり


第十話 前編に続く

ver.-1.001997-11/19公開

ご意見・感想・誤字情報などは persona@po2.nsknet.or.jpまでお送り下さい!


あとがき

「今月の目標は「週間ペースを保つこと!」。うん、これで決まりですね。」
「質の足りない部分は量でカバーですか?」
「うむ、最近メゾンでは質も量も凄い人たちがたくさん居ますからね。せめて量だけでもと思いまして。」
「でも、YOUさんがここで発言したことがまともに守られたためしが無いんですけど。」
「ははは。今度は大丈夫。なにを隠そうすでに一ヶ月分の小説を書き貯めしてありますからね。一週間ごとにこれを投稿すればこの目標はいともたやすく達せられる。まさにパーペキですね。」
「・・・・「目標」の意義も定義も完全に無視してますよ。」


 YOUさんの『魔導王シンジ』第九話、公開です。
 

 副題を見たときにイヤな展開が頭に浮かんだのですが、
 ”さらわれた”のがアスカちゃんではなくてヒカリちゃんで・・・良かった良かった(^^)

 って、

 よかないわい!(^^;
 

 突然というか、
 当然というか、始まった反ランス行動。

 

 
 シリアスな風が、
 危険な風が吹き始めました。

 ネルフの面々を巻き込んで・・

 

 良いニュースは
 ”アスカちゃんはランスの首尾範囲外”
 ということだけだ〜

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 週間連載が約束されたYOUさんに感想メールを送りましょう!


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