TOP 】 / 【 めぞん 】 / [ディオネア]の部屋







その巨人は全身を血に染めた。

その巨人は両手を血で濡らした。

無機質な灰色の大地を彼らの臓物で彩り、哀れなる魂を握りつぶした。

そして誰の存在も許さず。

全ては自らのために血の道を開く。

・・・・・僕は此処にいるんだ!!・・・・・





本当は15万人記念企画

結婚に至る・・・・




「ブァーーーーーーーカシンジ!!さっさとそこ片づけなさいよ!!」

諏訪湖畔のちょっとした住宅街の一角に一際明るい声が響いた。
ちょうど今の季節の太陽のように燦然と輝く明るい声。
ただ大きい声でもあったので電線に止まっていた雀達に小さな羽をパタパタと羽ばたかせ、慌てて飛び立たせた。

迷惑な話である。

雀以上に迷惑顔の青年がウンザリしたような顔を向ける。
その視界には優雅な曲線のシルエットが浮かび上がっている。
やたらと長い足のラインは腰の辺りで急カーブを描き、その上でもう一回急カーブを描く。

そんな身体には秀麗では済まされないような顔が付いていた。
人間に生じえる限界に近い美しさの顔。
1000人中999人は女神と見間違うだろう。
そこに埋め込まれているサファイア二つはブルーの光で目の前の男を睨み付けていた。

「アスカ・・・此処に居るんだからそんなに大声出さなくても聞こえるよ・・・」

シンジと呼ばれた彼は長身だがその顔は今ひとつパッとしない。
1000人中999人は平凡な顔と評価を下すような顔立ちだ。
不細工ではないが美男子という訳でもない。

街中に紛れ込んでしまえば埋もれてしまうような顔。

・・・・でもあたしには判るんだから!!・・・・

1000中1人の女性はシンジの顔を『シンジの顔』だと思う。
例えどんなに平凡だろうが、埋まってしまおうが。

1000人中一人の男性はアスカの顔を『アスカの顔』だと思う。
どんなに秀麗だろうが、女神に見えようが。

「昔っからとろいと思ってたけどホントに変わんないわね。日が暮れちゃうわよ、全く!!」
「そう、そう思うなら手伝ったら?この辺の荷物は全部アスカのだよ・・・・」
笑みを浮かべるシンジが梱包された段ボールを開けるとアスカの洋服が顔を出した。

それの持ち主は長い髪を後ろで束ね、ぴったりとしたジーンズに白のシャツを腕まくり。頭にはタオルを巻き付けやる気は十分だ。

しかしやる気と効率は別問題。

窓や扉、フローリングの床に付いている小さな汚れをいちいち拭き取っては時間を費やしている。
アスカの新しい家。
大切な新しい家。

この家に彼女が住むのは一ヶ月後だ。
アスカの睨み付けている青年と共に。

その為に引っ越しをしているのだがその準備が進まないことおびただしい。
シンジの僅かな荷物とアスカの大量な荷物の搬入にやたらと手間取るのだ。
それもこれもアスカが事細かくシンジに指示を出すのだが
「その棚はこっち、それはそっち。・・・・やっぱりあっち。でもここも良いな」
この調子に加えさっきのように新しい家を磨き込むものだからとんでもなく手間が掛かる。

「とにかくさ、棚だけでも置いちゃった方がいいと思うけど」
「なによ、その場所が決まらないんでしょ!後で動かす方が大変なんだから!」
「その時は僕が動かすよ。っと、これは此処でいいね。テーブルはそっちに置くよ」

シンジはこれ以上掛かると今日中に終わらないことを悟ったのだろう、次々と棚やテーブルを配置していく。
憮然としたままシンジを見ていたが突っ立ってても仕方ないのでアスカも手伝い始める。

住宅街の一戸建て。
クリーム色の外壁に茶色のスウェート張りの屋根。
こじんまりとした庭には芝生が張られ、全体の様子はいかにも洋風である。

この家はアスカが選んだ。
何十件回ったか知れない。勿論シンジも一緒に市中引き回しよろしく連れ歩かれている。
シンジは家など見ていなかったが、アスカに言わせれば「二人で選んだのよ」と言うことだからそれはそれでいい。

「ふう、これで後は荷物しまっちゃえばいいや。少し休もう」
暖かい陽気に玉のような汗をかきながらシンジはベランダに腰を下ろした。
「だらしないわね。・・・・・コーラでいい?」
すぐ近くの自動販売機から買ってきたコーラをシンジの首筋にビトッと押しつける。
「わ!!・・・あ、サンキュー」
そう言いながらプルトップを引き起こす。

ブッシュウウウウウウウウ!!!

「ブァーーーーーカ!!ホント単純なんだから!」
ケラケラと笑い転げるアスカ。
無言のままアスカの頭に巻いたタオルを取ると顔を拭きながら彼女を愛おしそうに眺める。

10年。

血まみれになってから10年。

誰も誉めず、誰も感謝しないあの戦いから10年

・・・・・・・


「僕は・・・・生きてちゃいけないんだ・・・・」
「好きだって言ってくれた・・・・カオル君を・・・殺したんだ・・・」
「ミサトさんが命令したから殺したんだ!!ミサトさんが悪いんだ!!」
シンジの手にした銃はミサトの心臓に向けられた。

「いいわよ・・・それで気が済むなら。あたしにはそれしかしてあげられないもの」
湖畔のミサトは目を閉じた。

シンジは引き金を引いた。
弾がでた。
ミサトの身体にめり込んだ。
暖かい血がシンジに吹き付けられた。

その筈だった。
だが全て幻。

気が付いたときには彼女に抱きしめられ泣いていた。

シンジは友人を殺したことを正当化した。
彼を生み出した者達を復讐の生け贄にすることによって。
ミサトは止めなかった。
そして自らもそれに自身を投じた。
指揮官という役目を全うすることによって。

生け贄は戦自。

初号機はシンジに数百人分の血を与えた。

生け贄は国連軍。

進む道を阻む彼らは誰一人生き残らなかった。

生け贄はゼーレ。

一人一人をその手に握り、彼の友人にしたように握りつぶした。

生け贄は父親。

躊躇わなかった。

赤い瞳の少女は尋ねる。

・・・・それで良かったの?・・・・

・・・・それしかなかったんだ・・・・

・・・・生き残りたかったの?・・・・

・・・・その為に殺したんだ・・・・

・・・・そう・・・良かったわね・・・・

・・・・さよなら・・・・

・・・・さよなら・・・・

そうしてシンジは自分を見つけた。
血の中にたたずむ自分を見つけた。
赤く染まった自分を見つめた。

・・・・・僕は此処に居るんだ!!・・・・

例え血に染まっても、父親を踏みつけても。

それは自分が自分であるための最後の手段だった。

・・・・・・・・・・


「シンジ、あんたお昼どうする?どっか食べに行くんでしょ?」
「え?ああ・・・・そうだね。でもこの辺良く知らないけど・・・・」
「まどろっこしいわね、外に出れば何か見つかるわよ。人が住んでるんだから」

シンジの腕を掴みグッと引き上げる。
汗ばむアスカの顔にニコッとした笑みが浮かぶ。
一ヶ月後に夫となる男の腕は昔掴んだときとは違って太く力強い。

抱きしめられれば安心を与えてくれる腕。
目覚めたときに笑いながら差し出してくれた腕。
その腕に自分の腕を回し食事へと向かった。


それ程大きな街ではないが商店街がありそこには何軒かの食堂がある。
以前居た・・・・或いはあった第三新東京市とは比べるべくもないが、それなりの人出と賑やかさ。

「いい所かもね」
「まあまあよ。まっ、ほかに住める所無いしね。何処だっていいわ」

・・・・シンジがいればね・・・・

そんな一言は心の中だけに止める。
つけ上がるといけない。

一方シンジは何を食べるか決めかねているようで辺りをキョロキョロと見回す。
暑いくらいの陽気なのでラーメンというわけでもない。
かといって今のところ気の利いた店は見つからない。
「いいわよ、散歩がてらゆっくり探しましょ。結構街並みも綺麗だし気に入ったわ」

アスカの言うように街は洋風を意識した雰囲気を醸しだしている。
新興住宅地に合わせて作られた新しい街。
元からの住人は恐らく居ないだろう。

・・・・あたし達にはその方がいいわ・・・・

アスカに過去は要らない。
エヴァに乗ったことも、使徒と戦ったことも、加持が死んだことも、綾波に助けられたことも。

忘れることは出来ない、だが思い出す必要もない。
新しい生活はそうさせてくれるはずだ。

「バッカシンジ」
昔から変わらない呼び方が昔とは変わったシンジに向けられる。
顔を向けた彼に笑いかけながら口を開く。
「今日ミサト来るんでしょ?ビール買っておく?」
「そうだね・・・・帰りに酒屋寄っていこう」

歩いている途中に数軒酒屋を見つけていた。

アスカの身長は今はもうミサトより高い。173cmほどだ。
そしてシンジはそれより7cmほど高い。
この二人が街を歩くとかなり目立つ。
特にアスカはその辺のモデルなど足元にも及ばない容姿なものだから相当人目を引く。
今日だって何人が振り返ったことか。

「大体生意気なのよ、あたしより身長が伸びるなんて。あんたなんか120cmくらいでジューブンだわ」
低くなるわけではないがシンジの頭を押さえ込む。
下らないことではあるが彼に身長で抜かれたとき一晩落ち込んだのをつい思い出した。
確か16歳になったときのことだろう。
「えっらそーに背伸ばしてさ。顔にあった身長にしなさいよね」

そんなシンジにも視線を感じることがある。
だがそれは女性のものではなく同性らしい。そしてその視線は酷く鋭利なものだった。

何だ!あの釣り合わない男は!!

シンジにはそれが手に取るように分かる。
苦笑するしかない。
自分だって時々そう思うのだ。
アスカの笑顔を見たときなど特に。

「ほらシンジ、あそこの洋食屋さんに寄ろう。えっとランチは・・・コロッケランチと・・・」


「またA定食?代わり映えしないわね」
「うっさいわね・・・そう言うあんただってまたざるそば?」

どっちにしても代わり映えのしない昼食を二人は口にした。
「全く職務怠慢ね。せめて食堂のメニューの改善くらいやったらどうなの?」
「ビール定食とかブランデーセットとか?」

バカ。そう明確に顔に刻み込みながらソバを啜る。
「今日第二に行くんでしょ。そろそろ支度したら?葛城司令」
「そうねえ。途中で拾うもんもあるし・・・食べたら出るわ」

一体何年ぶりだろう。
シンジがアスカを連れNERVから立ち去ったのは18の時だ。

「もう・・・いいでしょうミサトさん・・・僕らの役目は終わったんだから・・・・」

その言葉が今でもさっき聞いたように頭に染みついている。

全てが落ち着くまで4年掛かった。
NERVの掌握ならびに運営資金の確保、日本政府のNERVによる再構築、ゼーレの組織の残党狩り、ゲンドウ指揮下の諜報部の解体。
今は隠遁生活している冬月の協力を得ても四年掛かった。

何人騙したろうか。
何人殺したろうか。

罪悪感はない。
シンジの望んだジェノサイドに付き合ったのも、その後の謀略に走ったのもシンジに対する罪悪感から。

・・・・ミサトさんが悪いんだ!!・・・・


「ミサト?何ボケッとしてるのよ。人の話聞いてるかしら?それとももう呆けたの?」
ミサトは思考の海から引っぱり出されると不機嫌な顔になる。
「MAGIの点検作業今日からはいるわ。後で承認ちょうだい。それと・・・・これ渡して置いて」
リツコは一枚のカードと書類数枚を手渡した。
「キャッシューカードそれと・・・素材研究所?」
「うちの絡んでる民間企業よ、シンジ君の就職先。取締役はあたしだけどこの際贅沢は言わせないでね」

あたしだったら絶対ゴメンね、そんな言葉は口にしない。
どのみちNERV以外の組織に属することは彼には出来ない。
落ち着いたとは言え初号機のパイロット『サードチルドレン』だった男だ。

だからミサトは謀略に走り、喜んで両手を血で染めた。

自分が赤く染めた彼らに少しでも居場所を作るために。

「さってと・・・じゃあちょっち行って来るわ。後はよろしくね副司令殿」
「行ってらっしゃい、よろしく言って置いて・・・いいわ、言わなくても」

二人共何となく笑う。
口にして何か言うには抱えたものが多すぎる。

「あ、そうだ、お土産買ってきてあげるわ。何にする?」
「いいわよ。高くつきそうだから」
ミサトは意地悪そうな顔でリツコに言い返した。

「お母さんには買わないわよ。今度小学五年生でしょ、あの子。適当に見繕ってくるわ」


「上等ね。いい店見つけちゃった」
至って上機嫌な様子でアスカはシンジにまとわりつく。
昼食を取った店がよほど気に入ったのだろう。
確かに味も良く値段も安い。店の主人も感じが良い。しかも雰囲気は落ち着いてとても居やすい。

すぐ常連になれるだろう。
アスカはそのつもりだろうし彼女がそうなら自分だってそうなるに決まってる。

不機嫌きわまりない様子でシンジはそんなアスカを眺める。
小脇にビール1ダース、右手にワイン数本、肩にはブランデー3本。
今日の客が来れば無くなると思われる。
「アスカ・・・・何かもってよ・・・重いんだ」
「やーよ、疲れちゃうもん。シンジはあたしの為に持ってくれるんでしょう?」

勿論その内何か持つつもりだが、まだ大丈夫。
それまではもう少し甘えるつもりだ。
「まったく・・・・我が儘なんだから・・・・」

煉瓦を敷き詰めた歩道を西に向かって歩く。
街路樹が心地よい影を作る。
並ぶ家はいずれも洋風で外国にでも来たのかと思う程だ。
時折吹くすぐ脇の諏訪湖を渡る風が汗で濡れた肌に涼しい。
その風はアスカの栗色の長い髪の毛をそっと揺らす。

14歳の頃も同じようにシンジの前を歩いていた。
そしてシンジが追い抜いてしまったときアスカは歩くのをやめた。


シンジが血のシャワーを浴びて歓喜の声を挙げているときもアスカは歩かなかった。

弐号機と呼ばれる胎内でひたすら眠った。

そして再び母親に会い、彼女はその足で歩くことを決めた。

目を覚ましたときシンジが手を伸ばしてくれたから。

笑って迎えてくれたから。

あたしを・・・・・


「シンジ・・・・持ってあげるから・・・右手空けて」
ワインを彼女に手渡すと要求通り右手が空いた。
そこへ空白を埋めるようにアスカの白い腕が滑り込む。

「軽くなったでしょ。ほら、家までもうすぐだからガンバって!」


「ほら、早く乗りなさいよ。遅くなるとこの道混むのよ」
「スミマセン、あっ、こら!全くもう・・・言うこと聞かないんだから」
「大変ねえ・・・あたしの相棒も毎日大騒ぎしてるわよ」
「ホントに手間ばっかり掛けるんだら・・・・」

ようやくその車は走り出すと高速道路に入り爆音を立てた。

新居の二階に上がると窓から諏訪湖が一望できる。
それがアスカの購入を決定した最大の理由だ。
実際買い物も近くで済ませられるしバス停も近い、更に一軒一軒の距離が適当に離れているので静かな環境が維持できる。
これほどの条件を良く見つけたと思う。

さすがは『MAGI』。

シンジは第三芦ノ湖の地下で真面目に仕事をしている・・・・筈のリツコに感謝した。

「シンジ!、食器はどの箱!?もうすぐミサト来ちゃうわよ!!」
二階に上がってきたアスカはさっきまでの機嫌の良さは放り出し、怒った様子でシンジに尋ねる。
さっきまで何個段ボールを開封したことか。
これ以上続けると段ボールを蹴飛ばしかねないので、そうする前にシンジに助けを求めた。

「・・・・来てみな・・・綺麗だよ」
ベランダで手招きをする。
彼女は吸い寄せられるようにシンジの脇に来て湖を眺めた。

夕日が透明な赤色に染めている。

「眩しいわよ・・・でも・・・静かね」

さっきまでの苛立ちは湖面の光ですっかり溶け去ってしまっていた。

クッと身をかがめるとシンジの両手の中に潜り込む。
「ヘヘヘへ・・・・手離したら殺すわよ・・・このままでいいんだから」
今度はさっきより落ち着いた心で諏訪湖を眺めることが出来た。

聞こえない音も、見えない光も此処なら全て判るような気がする。

シンジの心音が伝わる腕の中。

この音が聞こえる限り生きていくことが出来る。
寂しさと悲しさにも絶えられる。

シンジは昔を思い出させるが、その昔からも守ってくれる。

彼の両手がアスカの身体に巻き付いた。

抵抗はしない。受け容れるだけ。
全ての力をシンジに預け寄りかかる。

「アスカ・・・・僕は此処で生きていけると思う」
「バーカ、今頃気が付いたの?やっぱりバカシンジね。あたしなんかずっと前に気が付いてたもん」

・・・・シンジが手を差し伸べてから気がついてたもん、・・・・

シンジは栗色の長い髪に顔を埋め彼女の体温を感じ取る。
ほのかに甘い匂いが心地いい。

夕日はそんな二人を赤く染めた。

「相変わらずとろいやっちゃ・・・そこで押し倒さんかい!! 」
「あれもシンジ君の生き方よ・・とは言ってもちょっちまどろっこしいわね」
「あのぉ・・・いつまで見てるの?」
「今いい所なのよ・・・・それ行け!!」

シンジが視線に気が付き目を向けると垣根に三つのばつの悪そうな顔が微笑んでいた。


「ゴメン!!別に覗くつもりじゃなかったんだけど・・・・入りづらくってさ」
「せや・・・・何となく入れンかったんや・・・・判るやろ?あないなもん見せられたら・・・」

シンジはあきれ果てたような顔で訪問者を迎えていたが、この家のもう一人は怒った為かそうではないのか顔を真っ赤にして奥の部屋に閉じこもってしまった。
「その、まあ、とにかく・・・上がってよ。まだ全然片づいてないけど」
シンジの言うようにまだ開いてもいない段ボールがあちこちにあったがそれでも座って話すスペースは十分に確保できる。
「やーだ、また片づけてないの。ニヒヒヒ、何してたのかなあ」

旧第三新東京市から高速道路を飛ばし、寄り道してウロウロ道に迷ったあげく太陽が暮れかかった頃、葛城ミサトはその姿を現した。
名目上は『引っ越しの手伝い』だが、現NERV司令は当初からそんな事するつもりはない。

トランクに積み込んだ酒のつまみがそれを物語っている。

もっとも積み込んだ荷物はそれだけではない。
「久しぶりやなシンジ。何年ぶりかのう・・・・七年前に一回会っただけやな」
シンジの思い出の一つ、鈴原トウジも一緒に運んできていた。
「そうだね・・・・元気だった?」
「おう、ぼちぼちやっとるわ」

最初見たとき話すことは幾らでもあると思った。
だが何を話したらいいのかまとまらない。

「せやけどいい家やな。後一ヶ月で旦那様か・・・・そんで惣流・・・ちゃうな、『奥様』はまだ怒っおんのか?」
奥の閉じられた扉に顔を向ける。
「怒ると長いんだ・・・・後が大変だよ」
苦笑するしかない。
シンジの言葉に昨日今日の事ではない重みが感じられる。
「アスカ、悪かったってば。ほら出てきなさいよ。お土産だってあるんだから」
「うるさい!!!!!開けたらみんなはっ倒すわよ!!!この覗き魔!!!」

トウジとミサトは彼の言葉を噛み締めた。
恐らく真っ赤になって毛布でも被っているだろう彼女の姿が浮かぶ。
「ほらお土産よお土産!」
ミサトは今日アスカに持ってきたお土産を扉越しに紹介した。

「アスカ・・・・ねえアスカ。元気にしてた?」

効果はてきめんだった。
扉に耳を付けていたミサトとトウジはいきなり勢い良く開かれた扉に悶絶したが、そんなのに構うことなく声の主に飛びつく。

「ヒカリ!?ヒカリ!!元気だった!?ねえ元気だった!?」
その青い瞳に涙を浮かべヒカリと呼んだ女性に抱きついた。
「うん、元気だった!逢いたくて探したのに・・・こんな所にいるなんて・・・本当に・・・心配したのに」
彼女の声は次第に掠れ涙声になっていく。
二人の嗚咽が重なり、互いに抱きしめる腕に力がこもる。

アスカの身長はヒカリよりゆうに高く、彼女に覆い被さるようだ。

「アスカ背伸びたね・・・・昔は同じくらいだったのに・・・・」
「うん・・・あれから七年よ・・・ゴメンね連絡できなくて・・・」

ヒカリは涙を拭きながら首を振った。
アスカとシンジに想像の付かない様な事情があるのは判っている。
少なくともそのお陰で人は生きて生活を出来るのだ。

「でも元気そうで良かった。ホントに心配してたんだ。」
「あたしも会いたかったの。でもどうしようもなくって・・・・ん?」

アスカの足下を何かが走り去った。
とても小さな何かは声を挙げヒカリの足にしがみつく。
「ママー」

「え???」
シンジとアスカは目を丸くしてヒカリの足下を見つめた。
「ほら香、挨拶しなさい。・・・・もう、すぐ隠れるんだから」
香と呼ばれた子供は母親の足の影に顔を半分隠し、目の前の背の高い大人達を不審そうに見つめる。
「ヒカリ・・・・いつお母さんになったの?」
「ちょっと早くて・・・22歳の時。アスカに逢って貰いたくて連れて来ちゃった」
彼女は腰をかがめ目線を香に合わせ笑みを浮かべた。
「こんにちわ香。始めまして」
照れているのか挨拶は返さず再び母親の影に顔を引っ込めてしまう。
「人見知りするのよ。甘えん坊なんだよね」

我が子の頭を撫でながら抱き上げ、立ち尽くすシンジの前に歩み寄る。
「碇君にも挨拶して・・・もう、笑われちゃうわよ。アスカ、この子の名前に一文字貰ったわ」
「あ・・・・そうか・・・そうだよね。こんにちわ香ちゃん」

さっきまで泣きそうな顔をしていたシンジだったがヒカリの言葉にようやく笑みを取り戻す。
思い出すには辛すぎる名前が友人の子供に付けられていた。
勿論皮肉でも何でもないがシンジとミサトだけが知っている辛い事実。

「あたしの名前で良かったの?」
「うん、明日香の名前が欲しかったの。だからこの子もきっと良い子になると思うわ」
真っ赤になってうつむくアスカを尻目に復活したトウジとミサトが口を挟んだ。
「いいのぉ?とんでもないお転婆になるわよー」
「ほんまや。気の強い我が儘娘になるでー。そう言やカーチャンもゴッツウ気の強い・・・・」

シンジはアスカの一睨みで口を閉じるトウジに何となく昔を思い出す。

「さ、飲もう。シンちゃんビール冷えてるんでしょう。へへへ冷蔵庫電気入ってるの知ってるわよう」


昼間の暑さは夜の帳と共に引き下がり、湖面を走る風が涼しさを彼らの元に運んでくる。
静かな住宅地には明かりが灯り、その光の中で幾つもの団らんが生まれていた。

諏訪湖にその姿を映す月は嬉しそうにその内の一つを眺めているのかも知れない。

「でっさーリツコの奴が言うのよ。『ミサトもうそろそろ落ち着いたら?』ってえっらそうにさー」
「ケンスケの奴外国行ってて連絡つかんのや。せやけど前に合ったとき結婚式までには戻るっちゅうとったで」
「主人は今日は出張だから。うん、そうさせて貰うわ。運転手さんも飲んじゃってるし」

以前はジュースだったが今はみんな缶ビールで乾杯をする。
アルコールがまわるに連れみんな饒舌になっていく。
有りすぎて出来なかった思い出話も今では次々と口に上ってくる。

十年前の思い出話。

七年前に合ったときには何も口に出来なかった。

「姿を消すんだ・・・僕ら・・・だから・・・」
「何でや!シンジ達が悪いこと何もあらへんがな!!」

「ヒカリ・・・・バイバイ・・・」
「アスカ、また絶対会えるよ。あたし達友達じゃない!絶対会えるからそれまで・・・頑張って・・・」

ほんの数分の会話。
それ以上は時間がなかった。
状況が許さなかった。

彼らに迷惑を掛けないために。

今は幾らでも話が出来る。
今は時間も心もそれを許してくれた。

「ヒカリの旦那様ってどんな人?ねえ優しい?それともかっこいい?」
「普通の会社員よ。最近忙しいみたいだけど・・・ちょっと待って香が寝ちゃったから」

隣にいる青年に恋心を抱いていたのは遠い昔の話。
二人共疎開で離ればなれになり、共に新しい土地で新しい出会いと寂しい別れを繰り返していた。
それは二人がそれなりに普通の生活を送れた事の証しかも知れない。
何も縛られることのない生活。
ヒカリが普通の会社員と家庭を持ち、子を産み生活できていることがアスカには嬉しい。
自分の今までの生活がそうではなかった分余計に嬉しい。

アスカは布団の準備を二階の部屋にしてあることを告げ、ヒカリ親子をそこに泊めることにした。
我が子を抱えた母親を階段に注意しながら案内する。

「なあシンジ、惣流の奴女っぽくなったのう・・・お前が羨ましいわ」
「そんな事無いよ、相変わらず煩いし・・・トウジは誰か相手いるのか?」
『煩い』は明らかに照れ隠し、でなければ惚気にしか聞こえない。
「わいか?おらへんわそんな面倒いもん。わいも今忙しいよってそれ何処じゃないわ」

相手がいないのも忙しいのも嘘ではない。
だが心当たりがないわけでもない。ついこのあいだその相手と一緒に食事をしている。
そんなことは口にしない。シンジをからかえなくなってしまう。
心はあくまで独身貴族だ。

「幸せになんなさいよ。あたしみたいないい女振ってるんだから」
好意的な笑みを浮かべビールを一本空けるとシンジの背中を叩く。
幸せになって欲しい。
それが彼女も救われるたった一つの方法だった。

「幸せそうね。お母さんしてるって感じ」
網戸を閉め窓を開けると据え付けられてるエアコンは必要ないほど涼しい。
柔らかい毛布をそっと掛けると香はスヤスヤと寝息を立て何の不安もない寝顔を見せる。
「そうでもないよ、毎日戦争なんだから」
子育てを二年ほど続けているヒカリの感想だ。
「ねえ、ほかの部屋も見ていい?」
「うん、でもまだ何もないよ。バカシンジの奴がサボるから」

案内された部屋は8畳ほどの部屋で今後はアスカとシンジの寝室になる予定だ。
フローリングの床には何も置かれていないので生活感は何もない。
「この部屋から諏訪湖よく見えるね・・・・今日は月も綺麗だし」
「それが気に入って買ったの。シンジの奴ろくに見ないでいいんじゃないとか言ってさ」

二人は時折吹き込む風に心地よさそうに当たりながら時の流れを感じていた。
少女から女へ、そして友人は母親へ。
あれから十年という時間の中で自分は何か変わったのだろうか。

「アスカ、幸せになってね。それだけの権利は絶対あるもん。誰も文句なんか言えないわよ」
ヒカリの優しい瞳がアスカを包む。
さっきまで自分の子供に向けた瞳。

「あたしね・・・シンジが怖いの。・・・・うん、離れる事なんて出来ないけど・・・」

静かに口を開く。
身体に入ったアルコールが口にさせたのかも知れない。
ヒカリは目を向けたまま彼女の話を聞く。
「十年前・・・・あたし心閉じたの・・・ううん、狂ったの。エヴァに乗れなくなってシンジに負けて・・・悔しくて・・・自分で自分を狂わせたの」

心の奥からぽろぽろとこぼれる記憶。
告白はヒカリの心を締め付けていく。
彼女の中にも少しだけ当時のことで思い当たることがあった。
「あたしの事なんて誰も必要ないと思ったのに・・・・バカシンジの奴・・・・目覚ましたら・・・・手伸ばして・・・・一緒に行こうって・・・」

記憶と共に涙が溢れる。

「なのにあたし・・・・シンジに何もしてやれないの。あいつは何でもしてくれるのに!だから・・・シンジが怖いの・・・・また必要ないって思われるの・・・嫌なの!」

何故彼女にこんな事が言えるのだろう、だが口は次々と思いを吐き出していく。

「あの時あたしみんな無くしたの!でももう何も失いたくないの!毎日・・・怖くて・・・・」

気が付くとヒカリに抱きしめられ赤子のように号泣していた。
「アスカ・・・碇君もうそんなに弱くないよきっと・・・・アスカ一人くらい簡単に抱き留められるわよ」

10年前とは変わったシンジ。
童顔で、どことなく頼りなさそうな顔は相変わらずだが、何処か変わった。
強くなった、或いは「碇シンジ」になった。
ヒカリはそう思う。
今の彼は少なくとも自分で居られる。

「碇君のこと判ってあげられるのはアスカだけよ、同じ時間を過ごしたあなただけよ」
「ヒカリ・・・・あたし・・・」
「碇君に必要なのはアスカよ、絶対に。・・・あたしね、母親になってあの子に必要なのはあたしだって思えるようになったの」

壁の向こうで寝ている香を思い浮かべた。

「アスカにも判るよきっと。碇君に必要なのは自分だって」

ヒカリの眼差しは優しい。
だから心の何かが外れ、ため込んだ不安が流れたのだ。

流してしまえ!全て涙と一緒に!

ヒカリに抱きしめられ再び泣いた。


「何や、子供寝付かんかったんか?」
「うん、夜泣きしちゃってさ。ねーアスカ」
「何よ!ずるいわよ・・・・・ん?あの二人は?」

トウジは一人でビールを飲んでおり無数に散らばったビールの空き缶とつまみの袋がかつての葛城家を思い出させる。

「ビール足らんちゅうて買いに行きおった」
「あのバーサン荷物持ちにしたわね!」

アスカの想像は的確で一月後の夫は2ダースのビールを酒屋で借りた代車で運んでいた。「相変わらずですね・・・飲み過ぎじゃないですか?」
「いいの!シンちゃんと飲めるなんて思わなかったんだから・・・・全くいつの間にか大きくなっちゃって」

懐かしげに顔を見つめる。
39歳になったミサトは身長を追い越されたのが随分昔のように思えてならない。

・・・・この子が結婚する歳になったんだもんね・・・・

二人の間にあった無数の影は今は見えない。
見えないような気がするだけかも知れない。

「僕は・・・あの時のこと後悔してませんよ」

大人びた顔がミサトに向けられる。
思い出話にはあまりにも重すぎる記憶。


ターミナルドグマの光景。

全ての源泉の光景。

白い巨人に白い少女。
そして父親。

初号機はシンジの意を受け白い巨人を消滅させた。

「・・・・それでいいの?・・・・」
綾波レイと呼ばれていた少女は尋ねる。

「・・・・それしかなかったんだ・・・・」
白い巨人の首を握りつぶしそう答える。

辺りに飛び散る肉片。

「・・・・生き残りたかったの?・・・・」
赤い目に悲しみをたたえ再び問いかける。
最後の問いかけ。

「・・・・その為に殺したんだ・・・・」
最後の答え。

父親は最後の時を悟る。

「シンジ・・・・殺せ、全てがそれで終わる・・・・お前がお前であるために・・・・」

・・・・さよなら・・・・


シンジは台車ごと道の脇で通り過ぎる車を避けた。
ダミーノイズを残し走り去っていくスポーツカーのテールランプが消え去っていく。

その二つの赤い光を悲しげに見送る。

「シンジ君・・・あたしのこと恨んでる?恨まないでなんて言うつもり無いの。ただ・・・少しでも人生楽しんで欲しいの」

あの時心を無くしたシンジが再びそれを取り戻したとき宿したのは狂気。
ミサトはそれを止めなかった。
彼に復讐という道しるべを示し、敵という道を与えた。

今まで彼らを弄んだ大人達をその生け贄にして彼を正気へと誘う。

全ては大人達の傲慢。
そんなつまらない物のためにこれ以上苦しまないで欲しかった。
彼のやった行為は全て正当な権利だとミサトは思う。

「ミサトさん・・・僕は自分を選んだ。カオル君を殺して・・・沢山人を殺して・・・父さんと綾波を殺して・・・」

「シンジ君!」

「でも、僕は生き残ろうと思って生き残ったんだ!」

命令でも、願いでもない。
母から生まれてくるとき選んだ道をもう一度選んだだけ。

「僕は生きていきます、アスカと一緒に。生き残った人間だから・・・最後まで彼女と一緒に」

微笑みは月明かりが照らす。
シンジに何の躊躇いもない。
全ての記憶は身体に閉じこめ、今までの悲しみは心にしまい込む。

今を歩くために。

「シンジ君・・・・ちょっち先に行ってて・・・すぐ追いつくから・・・」

うつむいたままミサトは涙声でシンジを先に歩ませた。
ガラガラと台車の音が小さくなり、やがて聞こえなくなると湖を睨み付ける。

「碇ゲンドウ!!あんたの息子は立派に生きてるわよ!!あんたの力なんか無くったって立派に生きてるわよ!!」
「碇ユイ!!あんたの息子は一人立ちしたわよ!!立派にもう一人支えて生きてるわよ!!」

今はいない二人に向かって叫ぶ。

「何が補完よ!!自分の息子に何もしてやれないでえらそうに人類なんか語るんじゃないわよ!!」

自分はシンジを背負い込みすぎたと思う。
だが彼は今、自らの足で歩けることをミサトに示した。
全てを背負って、それでも力強く歩いて見せた。

その手でアスカの手を掴み、自分の意志で・・・・・・

涙を拭きミサトは走り出す。
先に行かせたシンジに追いつくために。

「たっだいまー。もうシンちゃんたら甘えちゃってさー」

シンジの腕にしっかりと腕を回したミサトはアスカを挑発するようにからかった。

「あっそ。シンジ、大変だったわねー年増のお・も・り」
皮肉丸見えの口調でのアスカの反撃。
腕を組まれたシンジは何も口にせずエヘラと笑ってるだけだ。
どっちを味方してもろくでもない目に遭わされるのは火を見るより明らかだった。

「お、ビール来おった。ほれ、シンジ来いや。そのままやったらろくでもない目に遭うで」
トウジのもっともな意見に従いリビングに腰を下ろす。
「アスカもミサトさんも立ってないで飲みましょ。つまみも簡単だけどさっき作ったし」

ヒカリの手元にハムとキュウリとチーズで作られた酒のつまみが二人を呼んでいる。

「ミサト、あんた二日酔いにならない程度でやめなさいよ。運転手なんだから」
「へいへい。あと三ケースくらいは大丈夫よーん・・・・睨むんじゃないわよ」
リビングで新しく来たビールを開け、今日、何回目かの乾杯。

・・・・・参ったわね。見上げちゃうくらい背が伸びてるんだもの・・・・・

ミサトが腕を組んだときの感想。
歳月と共に視線は上に向かい、今日はシンジを見上げていた。

・・・・・歳とる訳だわ・・・・・


結局、朝の3時まで続いた宴会の出席者は、リビングに雑魚寝という醜態をお日様にお昼まで眺めさせていた。

「朝御飯・・・昼飯かいな・・・・腹減ったでー」
「ふあ・・・・シンちゃん・・・お風呂貸して・・・」

ミサトはシンジが良く知っている調子で風呂場へと向かった。

台所で朝昼兼の食事をヒカリとアスカが作っている、と言うよりアスカは手伝っている。
彼女達は小さな目覚ましに朝から叩き起こされていた。

「ほら香、ハム食べる?・・・・・ペロッて食べちゃうわね」
すっかりアスカになついた香は、さっきから彼女の足下を行ったり来たりしている。
「すぐおっきくなるわね。ほらこのくらい大きくなんなさいよ」

自分の背丈程まで抱き上げると嬉しそうに香は笑った。

「アスカ、その子リビングに連れてってくれる?炒め物するから」

台所で大きいのと小さいのに遊ばれては邪魔で仕方ない・・・そう思ったかどうかは定かでない。
フライパンに刻んだ野菜と肉を放り込み準備は万端。
アスカの笑い声がリビングから聞こえてくるのを確認するとジャーーーッと言う音を響かせた。

「ほらこのお兄ちゃんはまだ惰眠を貪ってるのよ。ほら・・・蹴っちゃえ」

抱きかかえた香の足がシンジの頭にぶつかる。
勿論アスカの仕業だが、何が面白いのかケラケラ笑うと足をばたつかせポクポクと頭を蹴飛ばし始めた。

「ン・・・ン・・・・・おはよう・・・・」

ようやく目をうっすらと開けたシンジは不思議な気分になった。

アスカが子供を抱え自分の目を覚ます・・・・・・。

・・・・・タイムスリップかな、未来に・・・・・


「ンじゃあ一ヶ月後、結婚式の日にまた会いましょ」
「ほなシンジ、今度連絡するわ。わいのTEL此処に書いてあるよって渡しとくわ」
「アスカ、電話ちょうだい。絶対また来るから。ほら香も・・・」

大人達の笑顔に混ざって車の窓から小さな手が元気に振られる。

「気を付けてねミサト、ゆっくり運転しなさいよ。ヒカリも香も元気でね、すぐ電話するから」
「ミサトさん、また今度。トウジも後で電話するよ」

二人の顔に幾分の寂しさが浮かぶ。
だがみんな遠く離れているわけではない。
会いたければ何時でも会える。

もう、隠す必要はないのだ。

「じゃあ結婚式で会いましょ。ヘヘヘッアスカが泣く所撮ってみんなに見せびらかすんだから」

ニヤッと笑うミサトに二人は苦笑するしかない。

「バイバイ、また今度ね」
「バイバイ、また今度!」

低いエキゾーストノートを響かせながら思い出達は帰っていった。
これからは友人となって会えるだろう。

「帰っちゃったわね・・・・・」
「うん、でもまた来るよ。こっちから行ってもいいしね」

シンジの言葉がゆっくりとアスカにしみこんで行く。
もう寂しくはない。

シンジの腰に手を回し、彼の背中に顔を埋めそっと呟いた。
「幸せになるの・・・・あたし達」
「その為に一緒に暮らすんだ・・・・これからずっと・・・・」

アスカの細い指をそっと握りしめる。
柔らかく温かい手。
これからずっと繋いでいく手。

互いが在るだけの二人だがそれだけで十分だ。
シンジはアスカを求めアスカはシンジを求める、互いが自分の半身。

「ねえシンジ・・・・」

彼は返事を出来なかった。

アスカのくちびるがシンジの言葉を塞ぐ。

シンジの両手はアスカの身体を抱きしめる。

言葉はもう要らなかった。

終わり


1997-08/01 公開
ご意見ご感想はこちら!!

ディオネアです。

『結婚に価値は』

如何だったでしょうか。
補足としてはTV版24話でシンジが『ダブリス』を倒したところから分岐しています。
その後、彼は補完計画に関わった大元達を次々と殲滅します。

その中には碇ゲンドウも綾波レイも、リリスもいます。

もちろん本部制圧を目指した戦自は一番にやられ、その結果NERV本部は安泰、弐号機は目覚めず、ミサトが教えたゼーレになぐり込み・・・・・・・

まあそんなとこです。映画版は気にしないでね、まだ見てないから絡めようがないんです。
そんなこんなで十年後二人の結婚式一ヶ月前のお話でした。

さて、いつも通りご意見ご感想お待ちしています。結婚話は初めて書きましたのでちょっと反応が気になりますし(^^;;;

何はともあれお読みいただき有り難う御座いました。


 ディオネアさんの『結婚に至る・・・・』、公開です。
 

 毎回カウント記念を書いてくれるディオネアさんには足を向けて寝られません。
 ディオネアさんて何処に住んでんだろ・・・・  ・・・・もう、カビが生えたギャグでした(^^;

 

 
 オリジナル展開後の、
 アスカとシンジ、と、回りの人々。

 血塗られた手。
 深いわだかまり。
 消えぬ記憶。

 「忘れることは出来ない、だが思い出す必要もない。」

 それで良いでしょう。
 進んで下さい。

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 ディオネアさんにメールを送りましょう!
 読んだあとの感動を言葉にして・・・


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