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26からのストーリー






羽音と呼ぶには余りにも派手な音が静寂を満たした灰色の中に響きわたった。
黒い影は地上に張り付いた人々を圧倒するかのように悠然と北から南に向かって行く。

空を見上げるだけでなく駆け巡るために作られた鉄の船は、遠慮という言葉を忘れてどんよりと曇った空を縦横無尽に切り裂いた。

「各機所定位置に到着後、予定時刻になったら展開し別命あるまで待機」

地上を走る一台のジープは上空を舞う十機近い戦闘ヘリに指示を出す。
正確にはそのジープに乗っている一人の男が命令を出していた。

「全く朝っぱらから仕事とはついていないな。これだから公務員て奴は・・・・」
「何言ってるんですか。普通は朝から仕事です」

時折道路のつなぎ目に体を揺らされながら不満のこびり付いた顔を隠そうともしない。

朝は遅く起きて夜は遅くまで遊ぶ、それが信条の彼にとって朝十時の出動というのは憤懣やるかたない。
本来ならベットの上で美女に囲まれている・・・夢を見ているはずだ。

そんな彼を出迎えたのは淡い色のネグリジェを着た黄金色の髪の美女ではなく、角刈りで深緑の戦闘服を着込んだ厳つい顔の自衛官だった。

「現実は何時もままならないなぁ・・・・こんな日は昼まで寝て望みの相手が現れるのを待つ・・・・って訳にも・・・」
「いかないです。さっさと地上部隊の確認して下さい、報告がまだですから」

ハンドルを握る副官は無慈悲だ。
香山一佐が世の儚さを噛み締めていても気にすることなく仕事を押しつけた。

ジープにくくり付けてある無線機を取り外すと大きく息を吸う。

「おら!!とっとと国道閉鎖しろ!ネズミは許すが猫の子一匹通したら晩飯抜きだ!!」




第十九話:隠した戦い





朝起きたときはこんなに暗くなかったと思う。
だが一時間目が終了した途端、今にもこぼれてきそうな程の雲が空を満たしている。
その為昨日より、一昨日より薄暗い教室は何とも言いようのない落ち着きを与えてした。

何となくけだるい雰囲気が辺りを覆い尽くしていた。

今まで透き通ったような秋空が暫く広がっていた分、今日の曇り空がやけに重く感じる。

いつもなら消えることのない騒々しさも今日は何故かざわめき程度で、中には小説など読んでいる生徒もいる。

「文学の秋」などという戯言にしたがったわけでもないがそう言う気分らしい。

「・・・・こういう日はろくでもないことが起きるんだ・・・」
「はぁ?あんた何時から占い師になったのよ。勘の悪いあんたが何を基準に予想する訳ぇ?」

シンジは親指を立て後ろ側に向け、同居人の気を向けた。

「え???・・・・・鈴原が本読んでる・・・・イヤよ・・・・大地震でも来るんじゃない?」

真剣に何か「分厚い本」を読んでいるクラスメイトにアスカは驚きの声を上げた。
何しろシンジとトウジは幼稚園から今のこの時間に至るまで、ずっと同じクラスだった。
そしてアスカはシンジと幼稚園から今日のこの時までずっと同じクラスだ。

間接的ではあるが幼なじみには違いない。
で、そのアスカですら彼が休み時間に本を読むなど一度たりとも見たことはないのだ。

小学校の時は給食の予定表、中学に入ってからは漫画本が彼の愛読書の筈であって、まかり間違っても文字だけの本など教科書以外目に触れることのない筈だ。

「本当・・・・何かきっと起こるわよ・・・・・」

興味、驚愕、恐怖、不信等々いろんな感情の入り交じった失礼な瞳をトウジに向けていたが、その当人はそんなことを気にすることもなく黙々と読書に耽っている。
「ちょ・・・・ちょっとシンジ、邪魔しない方がいいわよ。噛みつかれるかも」
「まさか。でも何読んでるか興味あるし」

シンジも失礼だが彼に目で合図を送ったケンスケも同じぐらい失礼らしい。
この点だけ見れば鈴原トウジも友人には恵まれていない。

「よ、あいつ何読んでると思う?」
「さあ・・・・」

二人とも想像がつかないでいた。

さてトウジの読書の熱心さは本気のようでケンスケとシンジがすぐ側に近寄っても気付く風でもない。
シンジはそっと腰をかがめ表紙を覗き込んだ。

「・・・・・か・・・ていのいが・・・く100?」
「何やっとるんや?」
「あ、いや、何読んでるのかなと思って・・・・・・・・・・・・・珍しいし」

余計な一言に少々眉が動くがそれでも本を閉じようとはしない。

「家庭の医学ぅぅ?・・・・・・・・そんなモン見なくてももっといい物あるから・・・・」
「アホ!そんなんちゃうわ!!ちょいと調べモンや」

憮然とした表情をケンスケに向けたが不機嫌というのとは違うようだ。
そんな様子にケンスケもシンジも少々戸惑った。
真面目に何かを調べているらしい。

滅多に見られない、そう、テスト前でもお目にかかれない姿だ。
とは言うものの、この辺りに関しては二人とも自分のことは当然棚の最上段に放り上げている。

「妹がな、ちょっと具合悪うての・・・・今日学校休ませとるさかい」

それで『家庭の医学100の治療法』なる本を引っぱり出してきたらしい。

「医者は行かないの?」
「午前中はお父がおるで連れて行っとるわ。せやけど午後から仕事やさかい今日わいは早退きや」

少々ばつの悪そうな顔がシンジ達に浮かんだ。
トウジが妹の面倒をよく見るのは良く知っており、あまりからかっていい話題でもなかった。

母親が既にこの世には居ないので兄であるトウジも知らぬ顔は出来ないしするつもりもない。

「まあ、風邪やろうけど腹痛いっちゅうとったしなあ。昨日から熱あったらしいけど・・・あかん、やっぱ男やと細かいこと気い付かんわ」
「風邪だったらすぐ直るさ。でも今日はゲーセン回れないな」

この前今熱中しているゲームでシンジがトップの成績を収めたので、その挽回戦を行うつもりだった。

「悪いなぁ、そう言うこっちゃでまた今度な」
「早く良くなるといいな、妹さん」
ケンスケはつまらない思いを顔に出さず、些か社交辞令的ではあるが気遣いを見せる。
今日の午後はどうやら3バカが2バカになるらしい。

「風邪流行ってるのかなぁ、ミサト先生も今日休みらしいね。さっき日直がそんなこと言ってたし」
「ふーん、ますます学校にいる意味がなくなっちゃうな。さぼっちゃうか?」

ケンスケの軽口は他の二人に苦笑で迎えられた。





「・・・・ここ、教えて・・・・」
「適量って言うのは・・・・大体20gぐらいかなぁ」

綾波レイという14歳の少女が手にしている本は『午後のお菓子』と言うらしく、この間から穴が開くほど読んでいる物だ。
ただ買った本が余りよい物ではなく『適量、適温』や『普通、多め、・・・程』など上級者向けの言葉が多用されているので見当が付かなかった。

アスカに聞いても彼女もクッキーなど作ったことはないので満足な回答は得られない。
ユイに聞けば良かったのだろうが忙しそうなのと何となく聞く気にならなかった。

「ここで薄力粉をふるいにかけて・・・うん、目の細かいので」

今朝からお菓子教室を開く羽目となっている洞木ヒカリは、それでも真剣な友人のために出来るだけ判りやすく本の解説をしている。

レイは彼女の言うことを一つ一つその本に書き込んでいく。

「・・・・何で作ったの?」
「?」

不意に投げかけられた問いはヒカリに困惑の色を浮かばせる。

「何でって・・・・趣味みたいな物だし作ってて楽しいし・・・綾波さんは何で作ろうと思ったの?」
「・・・・・・・・」

上手く答えが浮かばない。
自分にも何か出来る、そう思ったのかもしれない。

「何か急にこんな事言いだしたんだモン。ヒカリの真似したいだけじゃない?」

考え込むレイの影から淡い栗色の髪を持つ少女がぬっと顔を出した。
器用そうな白い指をレイの頭に乗せるとその髪を持ち上げプラチナブルーを舞い踊らせる。

「この間ヒカリのクッキー食べてからだモンね。今日その材料買いに行くんだって」

今度は髪を手でまとめレイのつむじの部分で「ちょんまげ」のようにしてみせた。

「アスカ、それじゃあ似合わないわよ」
「いいじゃん、ねえ、レイ」

何が良いのかよく判らないがどうも暇らしく、レイの髪の毛を様々にまとめて奇妙なヘアスタイルにしてみせる。
そのつどヒカリは可笑しそうに笑い声を上げた。

空が暗澹とした天気でもどこかに楽しみはあるし、それを見いだすことの出来る年代だ。

とうとう3カ所をちょんまげにされてしまったレイを眺めながらヒカリは少し前のことを思い出していた。
何も喋らず、絶対に誰かを近づけることのない少女、初めてあった綾波レイという名の同級生。
だが今ではこうしていることに何の違和感もない。

きっとレイは何処か変わったのだろう。
未だに自分達だけにしか見せない姿だがそれでも変わったと思う。

「綾波さん、今度また作ったら上げるね」
「うん・・・・頂戴」

喜んで貰えるなら作る甲斐もあるというものだ。

暫し時も忘れ10分という短い休み時間を彼女らはお菓子談義で過ごしていた。
この教室の中のごく普通な光景。

何時からかレイは何の違和感もなくその中に溶け込んでいる。

二時間目の授業が始まるまでは。





「おいトウジ!何処行くつもりだよ!」
「家に帰るんや!」
「親父さんがいるんだろ!?任せておけば・・・」

ケンスケとシンジの説得を片手で遮る。

「電話したけど繋がらないんや!そこ退きいや!急いでるさかい」
「あーーーーー!!!判った、俺も付き合う。そっちからじゃ見つかるからこっち廻ろうぜ」

3回目の校内放送は所定の場所への避難を呼びかけた。
これで第三新東京市立第一中学校の生徒は5回目の避難命令となる。
流石に慌てる生徒も騒ぐ生徒もいない、馴れたものだ。

だが事情が個人個人違うようにトウジの今日抱えている事情は当人にとってせっぱ詰まっているらしい。

人の流れをかき分け三人とその後を必死に追いかけるもう一人は出口に向かった。

「ちょっと鈴原!何処行くつもりなの?」

故にその事情を知らない者には避難命令に逆らっているとしか映らない。
ましてや普段からお調子者にしか見えないトウジでは学級委員長であるヒカリとして注意しなければならない。

「悪いなイインチョ、ちょっと用事があるで。避難所にはすぐ行くさかい待っとってやぁ」
「何勝手なこと言ってるのよ!!・・・・ちょ、ちょっと待ちなさい!」

人の流れに逆らい消えかかる影を追いかけた。
だが足の速さが違う。
あっと言う間に階段を駆け下りるとその姿はどこかに消えている。

「鈴原!!・・・・・・・バカ!!」
「ヒカリ、何やってるのよ。早く行かないと・・・・・ねえ、シンジの奴知らない?」

アスカの心配そうな顔が印象的だ。

「もしかして綾波さんもいないんじゃない?・・・・碇君の後ついて行っちゃったのかな?」

アスカが小さく頷く。
レイもいないのだ。
そしてどうやらトウジもケンスケも姿を消したらしい。

「あのバカ共!戻ってきたらただじゃ済まさないんだから!!」

心配、主に共に暮らしている二人に向けたそれを腹立たしさに変え思いっきり床を蹴り飛ばした。

おおよそ想像がつく。
ケンスケとトウジは外の騒ぎを見物するために抜け出したのだろう、以前そんなことを口にしていた。
主体性のないシンジはそれに引きずられて、それに輪をかけて主体性のないレイは側にいた彼の後を付いていったのかもしれない。

何れにせよこの緊急時に何をやっているのか!

かつてアスカはすぐ間近にあの化け物を見たことがある。
ビルを発泡スチロールのように切り裂き、圧倒的な破壊力を持ったあの化け物。

そんな物が彷徨いているというのに何で外にでなければならないのかアスカには理解できなかった。

「アスカ、とにかく避難所に行こう。今から追いかけても探せないし」
「・・・・・・そうね、行こう。確かシンジの奴携帯電話持ってるはずだから後でかけてみる」

そしてシンジが出たら怒鳴ってやるつもりだ。

すぐ側にいるはずのレイと一緒に。





「碇君・・・こっちよ」

金属製の手すりを掴みながら一段、そして三段、階段の1/3程の高さからから勢い良く飛び降りる少女をシンジは必死に追いかけていた。

薄暗く深い階段をまるで踊るように駆け下りるレイは何処か不思議な印象を与える。

その様子は非常召集にむしろ喜び勇んでるようにすら映った。

「こんな所に非常通路があるなんて知らなかったよ」
「他にもあるわ・・・・普段使わないから判りづらいけど」

普段訓練その他でNERV本部に向かうのにはバスを利用するのが常だが使徒襲来の非常時には各所にある特別通路から向かう。

何しろ避難命令が出た途端、バスも電車も完全にストップし地上には人っ子一人いなくなるのだ。
出歩いている者は警官か自衛官により避難所に押し込められる。

そんな地上の下にある通路の説明はシンジも当然受けていたが全く覚えていない。
学校から姿を消して7分、途中トウジ達から声も掛けずにはぐれ、特別通路へのボックスへと駆け込んだ。

「このエレベーターで・・・・・」
「はあ・・・・はぁ・・・足早いね・・・・」

ようやく本部に降りるための高速エレベータの入り口に到着した。
パスカードを差し込み身分照合を受けると分厚い扉は二人を地下に導くために開く。

「ボタン・・・・本部にしか行かないんだね」

デパートのようにいくつもの階に止まるわけではないらしい。
奇妙な浮遊感が小さな部屋の中の二人に降りかかる。

「今度はどんな使徒なんだろう」
「判らないわ・・・・でも倒さないといけない・・・」

つい数分前までは普通の中学生でいられた。

「使徒って・・・何でここに来るんだろ?」

人類の存続を賭けた戦い、大切なモノを守るための戦い、命がけの戦い。
だが自分が何と戦うのかが全く判らない。

使徒、巨大生命体、化け物・・・・漠然とした呼び名だけが飛び交う一方でそれが何なのかシンジは全く知らなかった。

「いろんな事知らずに戦ってるんだな・・・」

敵が来たから戦う、そうしなければ守るべきモノが守れない。
だから戦う、それは判る。
エヴァに乗らなければならないその立場だからこそ全てを聞いておきたい。

何故自分がエヴァに乗れるのか、自分でなければ駄目なのか。
使徒は何なのか、何故ここに来るのか。

何も知らないままで納得するにはまだシンジは子供過ぎた。

「碇君・・・・辛いの?」
「違うよ、だって戦ってるのは僕たちなのに何も教えて貰えないんだよ?おかしいよ」
「・・・・・知らないと戦えないの?」
「そう言う訳じゃないけど・・・・・」

同じ立場であっても不満は共有できないのかもしれない。
静かなレイの物足りない言葉は熱し始めたシンジをそっと冷やすようでもあった。









「また来たな・・・・・これで5回目だ」
「ああ、来たら潰す、いつものことだ」

NERV本部発令所の他より一段高い場所にいる二人は何の表情もなく巨大なメインスクリーンを眺めている。
普段は静かな発令所も今はNERV職員達が忙しそうに動き回り館内放送とアラームの音が響きわたるなかなか賑やかな様相を示していた。

そんな中にあってこの二人はまるで使徒の襲来が何事でも無いような落ち着きでもある。

「彼らは何も言わず良くやっているな・・・・あるいは何も言えないのか・・・」

手元のサブモニターには学生服を脱ぎプラグスーツをまとった息子とその同級生が巨大な力を持つ「躰」を身に宿そうとしていた。

「何も知ろうとしない者には目先の事実だけで十分だ。それ以上知る必要はない」
「知ろうとしたときどうするつもりだ?教えるのかね?」

NERV副司令冬月コウゾウの問いかけは意地の悪いものかもしれない。
その為か答えはゲンドウの口からは出てこなかった。

ひたすらモニターの中の様子を他人事のように見つめるだけだ。

「ユイ君はなんと言ってるのかね?・・・・彼女は全てが終わるまで何も語らないつもりでいるのか?」

それは質問なのか確認なのか、恐らく冬月にも判らなかったろう。
ただ知るべきでない、聞くべきでないことだったのかもしれない、ふと冬月の顔が陰った。

「彼女は・・・・・何も口にする必要はない・・・・」

それは呟くような、自らに言い聞かせるような言い様だった。

「そうか・・・・・ならいい」






「マヤ、エヴァは起動させて。陸自のヘリ部隊は現状維持、兵装ビルは目標に標準合わせて」

使徒迎撃戦の作戦本部長、葛城ミサト三佐はそれぞれに指示を下すと彼女を中心として全てが動き出す。
慌てることもなく程良く張りつめた緊張感が手慣れた職員達を弛ませない。

それぞれ体勢の整った部署からの報告が次々と作戦本部長の耳の中に飛び込んできた。
そして高みの見物を決め込んでいる二人を除いて、唯一ミサト自ら確認をとるべき相手に連絡を入れる。

「シンジ君、レイ、二人とも準備はいいわね」

手にしたマイクから伝わった言葉にモニターの中のシンジとレイは静かに頷いた。
エヴァは無事起動し拘束具が外れるのをもどかしそうに待っている。

「じゃ、あの卵野郎をスクランブルエッグにしちゃうわよ!」

ミサトが二人に出撃指示を出す・・・・つもりだったがひょんな事でそれは中断されてしまった。
不意に彼女のポケットから軽やかなベルの音が鳴り響く。

「誰よ・・・・アレ?あたしじゃなくて・・・・・シンちゃん!電話よ」

制服を着替える際に彼女に預けたシンジ個人の携帯電話だ。
この電話に掛けてくる相手はごく数人しかいない。
友人であるトウジとケンスケ、母親と父親、すぐ隣にいるレイ、そして・・・・。

「・・・・出る?まだ時間はあるわよ」

エントリープラグの中の補助モニターに遠慮がちのミサトの顔が映し出された。
携帯電話の液晶画面に『ASUKA』と表示されている。

出なくとも良い、そのときにはダミーを挟み『回線が混雑している』と流せばいいだけだ。
そしてシンジには電話に出づらい事情もあるのだ。

「ミサトさん・・・・回線回して・・・・アスカからでしょ?」
「ええ・・・・今繋ぐわ、通信をプライベートに切り替えるから・・・・」
まるで悪さをして叱られるのを待っている子供のようなシンジだったが、覚悟を決めたのか通話ボタンのスイッチを入れた。

その途端、爆竹が弾けたような勢いで彼の名前が狭いエントリープラグの中を殴打した。

『バカシンジ!!あんた一体何処にいるのよ!!』
「ゴメン・・・・今避難所・・・・トウジの妹が風邪引いて家で寝ていてそれで・・・・」

この説明で理解できれば天才だ、端で聞いていたミサトはそう思った。
当然アスカは理解を示すことなく再び強い調子の質問が飛ぶ。

『鈴原なんかどうでも良いでしょ!!あんたとレイが何処にいるのか聞いてるの!!』

もしTV電話だったらさぞかし怒った顔が見られたことだろう。
そんな物が携帯電話に組み込まれていないことにシンジは深く感謝をした。

「だから、トウジに付き合って・・・・あ、でも今避難所にいるよ、綾波も一緒だよ」
『ホントーでしょうね・・・・本当に避難所にいるのね?・・・・ホンットにバーーーーーーーーッカ!!』

心配した分アスカの怒りはなかなか収まりそうもない。
ただ『避難所』と言う単語は彼女の心配を消し去るのには効果があったようでスピーカーから出てくる声に落ち着きが戻っている。

『おばさまの所にも電話しなきゃだから切るけど其処にレイも一緒よね?・・・そう、だったらいいわ、文句は後で言うから』

ポキポキッと指の骨を鳴らす音が回線を通じてシンジに不吉な予感を存分に運んでくれた。
当然のことながらレイも一緒に叱られなければいけない。

『とにかく大丈夫ね?もう・・・・少しはしっかりしてよ』

大丈夫。
そう答えるには努力が必要だった。

避難所にいない、いることの出来ない自分が答えるべきモノではないのかもしれない。
だから意味合いを変えた。

「・・・・大丈夫だよ・・・・この騒ぎもすぐ収まるし。うん、絶対大丈夫だから・・・・じゃあ・・・・切るね」

時間にしてほんの数分、非日常に割り込んだいつもの声。

・・・・大丈夫、大丈夫じゃなきゃ駄目だ・・・・

自分の両肩に掛かる重み、それは様々な理由を吹き飛ばし今やら無ければいけない目の前の事実を認識させた。

そして心を戦うことだけに縛り付ける。

「綾波・・・・早く終わらせて早く帰ろう。アスカもうカンカンだし・・・・」

帰る場所、帰るべき場所がある限り理屈抜きにやらなければいけないことがある。

口を閉じるとリアクションレバーを握りしめ、モニターの中のミサトに目で合図を送った。

「零号機B装備、初号機A2装備確認、各装備電圧正常。各機射出台に搭乗しました」
「目標攻撃予定地点まで後5分。国道、市道、環状線封鎖確認、主要施設並びに民間人は全て収容」
「使徒ATフィールド展開、目標、第三新東京市に向け北進中」

全ての報告を聞き終えたミサトはメインスクリーンに目を向け、今日戦うべき相手を見つめた。

兵装ビルより一回りは大きい乳白色の巨体。
まるでスクリーン越しに見つめられているようでもあった。

模様すらない表面なのにあざ笑っているようにすら見える。

無力な人間を、何かに縋ることでしか生きられない人間を哀れむかのように。

「バカにしてくれるじゃない・・・・・エヴァ零号機、初号機、出撃!!」










「アスカ・・・・落ち着きなよ」
「判ってる・・・・・・・・でも」

携帯電話を見つめソワソワと立ったり座ったりして落ち着きがない。
他のクラスメイトはアスカにもいなくなった面々にもさして関心がないようでそれぞれに固まって談笑に花を咲かせている。

勿論生徒達だけでなく近所の住民も大勢その避難所に駆け込んでいるがその中にアスカの家族の姿はない。

「避難所にいるんでしょ?なら大丈夫よ」
「ヒカリ・・・・ヒカリはもう連絡できたの?」
「うん、みんな避難所にいるって。お母さんもお父さんも県外だし」

アスカが家族の安全を確認したのを見計らってヒカリは答えた。
気丈に見えても意外なほどの脆さが蒼い瞳の友人には見え隠れする。

既に連絡のあったユイとゲンドウ、これで全員の無事は確認されたわけで後は心配などしなくとも良い。
彼女だけでない、避難所にいる大半の人々が携帯電話か備え付けの公衆電話で連絡を取り合っている。

第三新東京市市民50万人を収容可能な避難所は各地区に埋設されているが全員が利用するわけではない。
市外に隣接した区域に居住している者はそのまま市外に避難するし、仕事等で市を離れている者もいるので実際に定員いっぱいになることはないようだ。

ここを主に利用するのは市中心部に居住、仕事場を持つ市民となる。

そんな第三新東京市の携帯電話の普及率はほぼ100%で、それも一連の騒ぎが始まってから急激に伸びたのだ。
また電波の届かないところが無いように公共の建造物、デパートなどの企業建造物に関しても配慮され、電話回線も市内、市外数カ所に非常時専用の局が設置され不通となることは滅多にない。

それらの様子は『最も災害に強い都市』という称号を周囲から賜っているが、特に市民が喜んだという話はないらしい。

「でも鈴原達って何で外に出たの?碇君なんか言ってなかった?」
「べっつにい・・・・・あ、鈴原の妹さんがどうとか、風邪だったかな?」

舌足らずなシンジの説明を憶測しながら鈴原はともかくシンジ、ケンスケは退屈な避難所を抜け出すためにそれについていった、アスカはそう断定した。
どのみち大層な行動理由などシンジにはないだろう、そう彼女は思って疑わない。

「風邪引いてるんだ・・・・そう・・・・ふーーん」
ヒカリは暫し考え込んでいたが何か思いついたのだろう、ふと笑顔を浮かべた。
そんな様子の脇でアスカの顔に翳りを帯びる。
「シンジの奴・・・・・何か変だったのよ、追いつめられてる感じで・・・・・」

電話の向こう側にいるシンジの顔が浮かぶようだ。
いつもの彼の声ではない、せっぱ詰まったような何処か諦めたような感情が塗されていたような気がしたのだ。

「だって避難所なんでしょ?それだったらアレよ・・・・」
「アレって何?」
友人の顔に意地悪そうな笑みが浮かんだ。
「ほら、アスカが怒るからきっと怖がってるのよ。ホントはそのまま避難所に隠れていたいんじゃない?」

さっきの電話していた彼女の様子を思い出したのだろう。
たわいない憎まれ口がその翳りを消し去る。

「何それ!?あたし別にシンジもレイも苛めてないモン!」
「でも二人とも怖がって出てこないわよ、絶対」
「そんなことないモン!」

床に敷き詰められている新素材の絨毯の上を転げ回りながら黄色い声と笑い声が二人の間で飛び交った。
やっていることは近くの小学校から避難してきた低学年の子供と大差がなかったかもしれない。

「あ、ちょっとゴメン。誰か呼んでるから」
クラスメイトの数人のグループが手招きして彼女の名を呼んでいた。
「・・・・ふーん、じゃああたしちょっとジュース買ってくる。・・・ヒカリはレモンスカッシュでいいよね」

少々不機嫌になったアスカが立ち去っていくのを見送るとヒカリは早速呼ばれたグループの所へ足を向けた。






全体的に決まりがあるわけではないので普段から仲の良い者同志が集まるらしく、非常事態の避難中と言うよりいつもの休み時間の様でもあった。
男子生徒などはむしろ喜んでるようでもあって、携帯パソコンを持ち込んだ者同士がそれを繋いでゲームに興じていたりする。

過去市街地に被害が及んだのは一度軽微な被害があっただけなので何処か楽天的なのだろう。

ヒカリを呼んだ彼女らは五、六人のグループで普段一緒に話したりしている。
特に仲がいいというわけではない。
そんな彼女らはヒカリが来たのを見計らうと口を開いた。

「ねぇヒカリってさぁ、惣流と良く付き合えるね、あたしあの子苦手」
「あたしもー、何か惣流って鼻に付くのよねえ」

以前からヒカリが何となく耳にしていた内容だった。

「そんなこと言わなくてもいいじゃない。アスカって別に誰かの悪口言わないし」

バカシンジ、バカレイ、三バカトリオ等は悪口には入らない。

「そうだけどさぁ、あの子なんか感じ悪くって、キーキーしちゃって」
「それに碇君と何時もベッタリじゃん、教室でやめてよねぇって感じ」

要するに何となく気に入らないのだ。
一度そう思いこめば彼女の言葉も仕草も着ている物も全て気に入らない。

「よしなよ・・・・そんなの・・・」
「でさぁ、ヒカリって良く友達やってられるよねえ。あの子我が儘じゃない?」
「そんなこと無いってば!」

些か強くなった語気に鼻白んだ様子になった。

彼女らの言うことも少しヒカリには判る。
確かにアスカにはそんな部分があるのかもしれない。
普段彼女から誰かに話しかけることは殆どないし、それ故勉強、スポーツと全て完璧に近い彼女がやっかみの対象になるのだろう。

ヒカリ自身あでやかな容姿の彼女に少し嫉妬に近い物を感じたこともある。

「でもわざわざそんなこと言わなくてもいいじゃない。別にアスカが喧嘩売ってるわけじゃないんだし」
「そうだけどぅ・・・・やっぱりなんかあの子ってやな感じするよねえ」
「そう思うんなら放っておけば?嫌いな子と無理に話すことないし」

それだけ口にして後はその場を離れた。
このままいればアスカが気にするだろうしこれ以上この話題に関わりたくもない。
別段彼女らと仲が悪いわけでもないから非難もしなかったが同意もしなかった。

「あ、アスカこっち。レモンスカッシュあった?」

両手に缶ジュースを持ち、駆け寄ってくる友人をさっきまでとは違う顔で迎えた。










「綾波!!下がれ!!下がれってば!!」

響きわたる爆発音と黒煙に囲まれながらシンジは珍しく怒声を上げていた。
目の前では激戦と言うよりは無茶すぎる戦闘が繰り広げられているのだ。

「レイ下がりなさい!!何考えてんのよ!!下がれったら下がれええええ!!」

通信機から聞こえているはずの指示など無視しているようで零号機は無謀な突進を使徒に向けて繰り返す。
その中にいるレイからは何の答えも返ってこなかった。

「ミサトさん!何とかしてよ!!これじゃあ突入できないよ」

先頭に立つシンジ、バックアップのレイ、その連携があったのだが今日は彼女のお陰で全く勝手が違った。

射出口から姿を出した途端、一直線に向かい戦闘と言うより『大暴れ』と言った様相を呈している。

当初の作戦ではシンジの突入を援護するはずだったのだ。
それが全く逆を演じていた。
零号機の単騎突入というむちゃくちゃな戦闘状態は、シンジにしろ発令所にいるミサトにしろ作戦その物を跡形もなく粉砕されてしまった。

「一体どうなってるのよ!リツコ!!レイ一体どうなっちゃったの?」
「そんな事知らないわ。彼女を押さえられないのは指揮官のあなたの責任よ、何とかしなさい」

無慈悲無情だが筋の通った反論はミサトを無口に変えた。
彼女に聞いたところで確かにどうなるわけでもない。

「レイ!後退して一回体勢立て直すわよ!・・・・・何考えてんのよ!!」

マイクに向かって叫ぶが状況は変わらなかった。
そして零号機は中高く舞い上がり地面へと叩き付けられていた。
使徒は土煙を立ち上げ横たわる零号機を無視して湾岸開発区を無造作に直進していく。

それは最初見たときは楕円形で色も形も『卵』その物だった。
手足が生えているわけでも突起物が表面に出ているわけでもない、地上から僅か宙に浮かぶ巨大な卵。

香山一等陸佐率いる陸自の特別編成部隊の攻撃でもその形状は変わらなかったが、レイの操る零号機の突撃で様相は一変した。
『卵』の殻の部分が螺旋状に剥かれていく。
丁寧にリンゴを剥いたようでもあった。
それが帯状に伸びていくと、それは鞭のように揺らいでいる。

上半分は幾本ものそれが海中の海草のごとく揺らぎ、大地を蹴り突進してくる零号機に向かって襲いかかろうとしていた。

近接戦闘に向かない零号機、出力が安定しない不安を抱えているのはレイも良く知っていることなのだがそんなことは念頭にないように突撃し、その触手に捕まれ引き倒される。

その度に苦しげな声がシンジの耳に届くが援護射撃しようにも彼女が邪魔で撃てないでいた。
彼自身が突入しようにもレイが場所を占拠してしまっている。

・・・・綾波、何考えてるんだよ!・・・・

苛立ちと焦りがシンジを支配し何回も怒声を上げさせた。

彼女の行く手を阻むのは何も触手だけではない、零号機の能力では中和しきれないATフィールドもそうだった。

恐らくこの世に存在する最強の盾。
それを破れるのは初号機のみだ。

彼女の抱えているポジトロンライフルが閃光を放つが大半はその力場を貫通出来ず弾かれている。

希に使徒本体に届いた攻撃も決定打にはならず敵の攻撃が止むことはなかった。

「綾波一旦下がってよ!零号機じゃ無理だ!」
「駄目・・・・あたしがやらなきゃ駄目なの・・・・」

シンジに理解し得ない答えと共に単眼の巨人がその巨体を引き起こした。
一見した限りでは機体その物にダメージは感じられない。

「・・・・・無茶だよ、初号機で一回攻撃するからそれから・・・・」
「碇君・・・・もう少し待って、すぐ終わるから・・・・・」

いつもとは違う返答。

鈍い音と共に大地を蹴った零号機がポジトロンライフルを連射しながら一直線に突撃していく。

宝石を放り投げたような軌跡を描きながら伸びる光の帯。
無数に開花した大輪の光の華、どぎついまでの艶やかさが発令所のスクリーンを埋め尽くす。

「駄目です。ATフィールド中和しきれてませんから効果がありませんよ・・・不味いっすね」

青葉シゲル二尉の報告を手元のモニターに目を落としたまま聞いた赤木リツコ博士は、顔を上げると殆ど感情を含まない声で訪ね返した。

「中和率はどのくらい?7割前後かしら?」
「はい、相違率0.27・・・・しかし凄いっすね、これでもライフル弾き返しちまうんですから」
「携帯用ではそんな程度ね。兵装ビルにでも大口径の奴くくりつければ良かったかしら」

その会話をミサトは聞かないことにした。
今の自分の機嫌が最悪なのは自覚しているらしく、耳栓でもしていないと鉛筆の転がる音にすら怒鳴り散らしそうだった。

それでも自分の仕事を放り出すわけにはいかない。

「陸自は一旦下げて、戦線を市の南端まで移動します。シンジ君、あの様子だとそうは保たないからいつでも飛び込める準備して」
『保たないって・・・・』
「零号機が活動不能になるまで現状のままやらせるわ」

冷酷ともいえるその指示は無線機の向こう側から抗議の声を呼び込んだ。

『駄目だ!そんなの綾波が危ないじゃないか!!』

シンジから抗議の声が飛ぶがそれは彼女の苛立ちに拍車を掛けただけだった。
通信機越しにボールペンのへし折れる音が聞こえる。

「遊びじゃないのよ!!作戦無視してるんだからしょうがないでしょうが!!」

我慢しきれない思いが弾け飛ぶ。
それでも予想しうる事態に対応するための手は打たなければならない。

そして事態は彼女の予想通りに動いていった。





「綾波!!」

無謀な攻撃を繰り返していた零号機は今その動きを強制的に止められた。
頸もとに絡みつく触手は胸の悪くなるような音を立て宙につるし上げられている。
レイはポジトロンライフルをはじき飛ばされ攻撃する手段を失っていた。

藻掻く零号機の腕が触手を引きちぎろうと伸びるが、幾本も生えた帯状の触手が絡みつき逆に腕を左右に引っぱり出した。

「シンジ君、突入して!今なら零号機の動きが止まってるから使徒から引き剥がして!」
「わかってる!!」

今まで殆ど動かなかった初号機は待ちかねていたかのように全身をバネにして大地を蹴る。
肩からアクティブソードを引き抜く。
実戦で使うのは初めてだがそれなりに訓練は積んでいるし、今のシンジの目的には最も適していた。

両手でその長大な剣を振り上げ最短の距離を最速で突進した。

「来ては・・・・駄目・・・・あたしが・・・」

無線機から聞こえるレイの掠れた声がその速度を一層速める。

・・・・だから無理だっていったんだ!くそ!!・・・・

深紫の鎧を纏った巨人を迎撃すべく無数の触手が襲いかかる。
だが弾けた感情は避ける、かわす、を忘却させ、攻撃一色に染め上げた。

「こっのおおおおおおお!!」

白い触手めがけ振り上げた大型のプログナイフを渾身の力で振り下ろす。

空間が歪み硝子の砕けるような音響と共に何かが避けた。
目に見えるわけではない、だが飛び散る光の欠片が何かが消滅したのを知らせた。

「目標ATフィールド消滅!」
「ヘリに攻撃させて!!」

切断された触手が四方八方に飛び散る、その影から禍々しい羽音と共に戦闘ヘリが姿を現す。
ツインローターのそれは一定の距離を保ちながら零号機が影になる位置に移動した。

「攻撃開始!アレには当てるな、弁償させられるぞ!!」

指示を受けた攻撃ヘリから無数のミサイルが白煙を上げ飛び散る。
さながら宙を這いずり舞う毒蛇ようでもあった。

裏も表もない卵形の使徒、背後などと言うものは存在しないだろう。
だが最低限味方である零号機に当たらない位置からの攻撃でなければならない。
さらには攻撃がある程度有効になる状態、あの謎の壁が無くなる状態でなければならなかった。

まさしく指示のあった今がその状態だった。

爆裂音と爆炎が空気を激しく振るわし、その破壊力を誇示する。
止むことのない殺戮兵器の咆吼。

白い躰を無数に輝く紅蓮の赤で染め上げた。

その輝きを全身に浴びておぞましささえ感じさせる初号機が右足を大きく踏み込んだ。
今の目的は使徒の殲滅ではない。
零号機の救出だ、レイの救出だった。
攻撃一色に埋まったシンジの頭の中でそれだけは刻み込まれたように消えないでいた。

・・・・もう少し我慢して!・・・・

目の前に吊された零号機、その頸に絡みつく触手だけを見据えると鈍く光るアクティブソードをひらめかせる。

閃光が使徒と零号機の間を切り裂いた。

大型のナイフが通り過ぎると零号機を吊るし上げていた触手切断され、機体は力無く地面に落下する。
既に接続が切れていたのだろう。

皮肉な話だが味方が危機に陥ったことによってようやく効果的な攻撃が出来たのだ。
もしレイが無事ならそのまま続行しただろう。
だがシンジは攻撃を加える間も惜しみ大地に寝そべった零号機を抱え、再び大地を蹴り飛ばした。
エントリープラグの中にいるレイの様子が分からないがこの有様ではそれなりのダメージを負っている筈だ。

初号機は足下に転がっているポジトロンライフルを拾い上げると使徒に向かって乱射した。

「来るなぁぁ!!」

零号機を脇に抱え、片手での乱射ではどれほど当たるかわからない。
だが少しでも撤退の役に立てばいい。
巨体を抱えたままではそう早くはこの場から立ち去れないのだ。

時折襲いかかる触手をライフルで払いながら口の中で呟いた。

「・・・もう少し・・・・もう少しだから・・・綾波・・・」

この腕の中にいるはずの少女に向かって言葉が漏れる。
彼女が勝手に動いた結果だ、そう言い切れるほど冷酷になれない。

レイに対する苛立ちと心配の入り交じった言い様のない感覚がシンジを包む。

初号機の後退に合わせ、自衛隊の戦闘ヘリは流れ弾に当たらないよう初号機の背後に回り込んでいた。

「下がるらしいな、援護してやれ!恩に着せられるからな・・・・きっと何か奢ってくれるぞ!!」

香山一佐の指示はみみっち言い種だがそう間違った物でもなかったので、彼の部下達は大人しくしたがった。
ツインローターの機体を使徒と初号機の間に滑り込ませると猛然と火を噴く。

発令所のスクリーンに映し出されたその様子は一応ミサトを安心させた。

「ふう・・・・さて、次の手考えなきゃ・・・全くレイの奴!医療班、準備できてるわね?回収次第やってくれる」








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