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今朝の空のように青く澄んだ瞳に、いまだ目を覚まさないで居る少年を既に五分ほど映していた。
叩き起こすつもりだったのだが、彼の顔を見た途端にそのまま立ち尽くしている。

・・・ゴメンね・・・もう起こせないから・・・・・・・

巨大すぎる終焉の象徴がアスカの前に現れた時、そう覚悟を決めた。
それが彼女の身に振り下ろされれば、華奢な体はこの世の存在することすら許さなかったろう。

だが、半身を死の沼に沈めた彼女は何者かにそこから引き上げられ、決めた覚悟は無用な物となっていた。
アスカにはだれが助けてくれたのか分からない。だが一つだけ思い出す事が出来る。

あの時、何もかも消え去った彼女の中に思い浮かんだのはシンジの顔。
彼だけが空っぽになったアスカの中にいつもの照れくさそうな笑みを浮かべていた。

・・・・どうしてだろ・・・・・

分からない。ただその事を思い出すと瞼が熱くなってくる。
悲しいのではない。
寂しいのでもない。
長い時間の漠然とした想いに輪郭が出来始めているのかも知れない・・・・。

アスカは潤んだ目を軽く拭うと大きく息を吸った。

「バカシンジ!!朝よ朝!!おっきろーーーーーー!!」

26からのストーリー

第八話:彼女達の理由




「殴って起こす事無いだろ・・・・乱暴なんだよな・・・」
「なによ、シンジが起きるの待ってたら日が暮れちゃうじゃない!」

二人はいつもの通学路で共に歩いていた。普段なら三人だが、レイは日直と言う事で先に学校に行っている。
彼女が来る前は普段が二人だった。

シンジにしてみれば六日ぶりの登校である。

三回目の使徒迎撃戦で満身創痍となったシンジは、重傷ではないが疲労は極限に達していたらしく水、木曜日と丸々二日間眠り続けた。目を覚ました金曜日は、リツコに呼び出されNERV本部で丸一日検査を受け、土日は寝たり起きたりとはっきりしない日を過ごしたのだ。
お陰でシンジの体は殆ど回復し、こうして登校中にアスカの荒っぽい起こし方に不平を呟く事も出来た。
だが、アスカとしては今日シンジが起きてからと言うものの憤懣やるかたないと言った様子である。

シンジが怪我をした、その事実は翌日になってアスカにのし掛かってきたのだ。
彼に怪我を負わせた犯人に体を焼き尽くすような怒りを感じた。自らの手で八つ裂きにしてやるとさえ思いもしたのだが、あの“化け物”は既に退治されている。
思いっきり振り上げた拳のおろし場所が無くなってしまっていたのだ。

「大体シンジはぼうっと生きてるからそう言う目に遭うのよ!!」
と言う訳でやり場のない怒りはシンジに向けられてしまった。
「そんな事・・・無いと思うけど・・・」
朝から機嫌の悪いアスカにすっかり及び腰である。
「そんな事あるわよ!だから怪我するんじゃない!!心配させるなんて生意気よ!!」
シンジが目を覚ましてから殆ど部屋から出てこなかったので文句を言う機会がなかった。
お陰で言いたい事はアスカの心の倉庫に山積みになって出荷されるのを待っていたのだ。

「大怪我しなかったから良かったようなものの一歩間違えば死んでたのよ!!わかってるの!?それなのに何で危機感もない顔してのほほんとしてるのよ!少しくらいそのぼやけた顔引き締めたら!?そうでなくったってトロイのに!!普段から気を引き締めてしっかり生活してればあんな大怪我しなくて済んだんじゃない!!忘れ物はするわ、洗濯物は散らかしっぱなしだわ、部屋は掃除しないわ、あーーーホントにバッカみたい!!!!!」

恐らく彼女は自分でも何を怒っているのか分かっていないだろう。
アスカにとっての日常は今日の朝から始まった。
シンジの怪我も治り、一緒に登校する事によって“いつもの朝”が六日ぶりに帰ってきたのだ。
それまでの間、心配し続けたアスカにしてみれば、いくら言っても足りないくらいである。
そして同時にホッとしてもいた。
文句を言う相手が元気になった事は、アスカにとってとても嬉しかったのだ。

アスカは嬉しくてもシンジは嬉しくない。そもそもシンジも好きで怪我した訳ではない。
彼女の盾になっての負傷である。
だがその事はアスカは知らない、知らされていない。
シンジもその事を彼女に告げるつもりはなかったし告げる事も出来なかった。
それ故、真実を知らないアスカがどんなに無体なことを言ってもそれに耐えねばならない。

「・・・・そんなこと・・・言ったって・・・しょうがないじゃないか」
まさか登校途中にこんなに文句を言われるとは、思いも寄らなかったろう。
それにしてもまあ、良くこんなに言う事があるもんだとつい感心してしまう。
「何よ、何か文句あんの!?」
「な、無いよ・・・うん、全然ない・・」
「そう、なら行くわよ!」
こういう時には何も言わない方が良いことは長年の経験から知っている。

・・・それにしても・・・何か久しぶりって感じ・・・

シンジの顔をチラッと見ながらそう思う。
知らず知らずの内に彼の横に並んでしまった。相変わらず眠たそうな横顔だ。

・・・子供っぽい顔・・・昔と同じね、たぶん・・・

六日ぶりに見た同じ歳の少年をそう評したアスカ。だが雰囲気は以前とは少し違った。
確かに一日ごとに成長する年頃の少年だから雰囲気も徐々に変わっていくのだろう。
ただシンジの場合、それだけではないようにアスカには感じられていた。

「・・・どうしたの?なんか付いてる?」
「別に・・・・何でもないわよ・・・」
「そう・・・遅くなるよ、行こう」
歩みを早めたシンジをアスカが制した。

「まだ・・・時間はあるわよ・・・ゆっくり行きましょ・・・」


相田ケンスケの“あ”、綾波レイの“あ”。
アイウエオ順の男女二人一組で日直の当番が回ってくる。今週はケンスケ達が当番だった。
教室で朝早くから女の子と二人で一緒にというのは、本来年頃の男の子にとって楽しい筈である。まして相手が可愛ければ尚更だ。
だが相田ケンスケはあまり楽しくなかった。

こうして朝早くから来ているのだが教室に入ってからまだ一緒にいる相手と会話を一度もしていない。何回か話しかけてみたのだが無視されていると言うより気が付いていないのかとさえ思える。
ケンスケは別にレイに好意を持っている訳ではないが、口すらきいて貰えない、おまけに表情すら変えないのでは面白くない。

「シンジの奴今日から来るんだろ?」
レイは何も答えず頷いただけだった。
「怪我はもう治ったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「怪我は酷かったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何を聞いてもこの調子だったのでケンスケはこれ以上の質問を諦めた。
今時珍しいほどに無表情で無感情だ。同じ歳とは思えない。

大体の作業が済み、後数分でいつもの登校時間になる。レイは、自分の席に着くと本を引っぱり出し読み始めていた。

・・・確かに絵になるよな・・・だけど、それだけだ・・・・

レイのその姿は透明感のある繊細な水彩画のようだ。そうとしか思えなかった。
彼女には現実感が感じられないのだ。
レイの周囲だけが額縁の中に入り込み時が止まっているようにケンスケには見える。
感動も感情も生命感もない、無機質なそして透明な水彩画。
美しい少女が描かれているだけの・・・・。

会話のないケンスケ一人しかいないような教室。実際には二人居るところがやりきれない。

・・・誰か・・・早く来ないかな・・・・

ケンスケの願いが届いた訳でもないが一際大きな声の挨拶がケンスケの耳に否応なしに聞こえた。
「おっはようさん!何やケンスケ来とったんかいな。せや、日直やったな」
「よう、おはよう。シンジの奴今日は来るんだろ?」
よくアスカに“熱血バカ”と言われているトウジが、この時ばかりはケンスケには有り難かった。
「そや、惣流がそないな事言うとったで」

二人とも見舞いに行こうとは思ったのだがアスカに「シンジは眠ってるから来なくていい」と言われ諦めたのだ。
「そうだね・・・あ、こないだのビデオ持ってきたんだけど。シンジに見せてやろうと思ってね」
ケンスケの手には一枚のDVD−Rが虹色に光っている。
「それ親父さんに渡したンちゃうんか?」
「渡したよ、これはコピーさ」

ようやくできる会話をケンスケが楽しんでいる間に、他のクラスメート達も次々と教室に現れ始めいつもの賑やかさが舞い戻ってくる。
あちこちで「昨日は何してた?」とか「昨日は楽しかったね」など休日の過ごし方の話題に花が咲く。
いつもよりやや遅い時間になってアスカとシンジの姿が現れた。
「よう、久しぶり。もういいのか?」
「あ、おはよ。もう大丈夫だよ」
「ほな良かったな。無事で何よりや、うん」
挨拶は簡単に済ます。五日も会わなければ喋ることはいくらでもある年頃だ。

「・・・・碇君、おはよう・・・」

シンジが自分の席に着くとレイが声をかけてきた。
「あ、おはよ。日直だったんだ。・・・・そうだ。お弁当預かってるから後で渡すよ」
早出した彼女の分の弁当をユイから預かっていたのを思い出したのだ。
「そう、分かった、ありがと。・・・・体はもう大丈夫なの?」
「うん、もう痛みはないしね。ほらっ」
右腕を回しながらレイに大丈夫である事を告げた。
「よかった・・・・・・・」
彼女もまた家でシンジとは殆ど口をきいていなかったのだ。無理矢理起こす訳にも行かなかったのだろう。

シンジのとなりの席に腰を下ろしたアスカにほんの僅かに目を向けるとレイは何か呟いた。
「・・・今日は・・・・遅いのね・・・」
「そう?かわんないわよ、いつもと一緒でしょ」
だが時計はいつもより十分ほど過ぎている。
レイが珍しく追求するような口調でアスカに再び問いかけた。
「遅いと思う・・・」
「いいじゃない、遅刻しなかったんだから。細かいわね・・・あ、ヒカリ、おはよう」
それは遅かったのを否定はしていない。だが認めてもいない。
親友の姿を見つけだすとさっさと席を離れた。

絵が動き出した。
レイの様子をケンスケはそう感じた。
シンジが来た途端にそこに表情が生まれ、感情が溢れ、何より生きていることを感じ取れる。
さっきまでとは大違いだ。
絵の中から抜け出した少女。その顔には不器用ながらも表情が生まれていた。

・・・まあ、どうでもいいけどな・・・・

「ケンスケ、シンジにあれ見せるンやなかったんか?」
「ん、シンジ、昼休みに屋上に来いよ。面白いもん見せてやるよ」
「スクープやでスクープ!これにはな、わいらが命を懸けたあっつううい思いが入っとンのや!」
トウジは腕を組みながら思い起こすように語っている。ケンスケも頷いていた。
「何撮ったの?どうせまた軍艦か戦闘機だろ・・・大げさだよ」
「チッチッチッ、そないな物やない。まあ後のお楽しみやな」
結局何が映っているのかは昼休みまで教えて貰えなかった。

「碇君来れるようになって良かったね」
「バカシンジなんか殺したって死なないわよ。きっとボケッとしてて気が付かないわよ」
アスカの憎まれ口をヒカリは楽しそうに聞いている。この間までアスカはすっかり大人しくなってしまい顔色も悪かったが、今日は以前と同じように明るい。
「でもあんなに心配してたじゃない」
「な、何かあったらおばさまが大変だと思ったから・・・・それだけよ!」
「ふーん、それで慌てて帰ってたんだ」
五時間目が終わると真っ先に帰り支度を始め、教室を飛び出していった友人をヒカリは見ていた。
「そう言う訳じゃないけど・・・・いいじゃない、そんな事」
ヒカリもこれ以上の追求をしようとはしなかった。取りあえずアスカが元気そうなのでそれで良かったのだ。
「そうだね。あ、先生来たわよ、じゃ、また後でね」
アスカは慌てて席に戻るとミサトは教室に入ってきた。

「おっはよー諸君。今週もガンバロー」


「あら、おはよう。いつこっちに帰ってたの?」
マンション『トランカータ』のロビーで不意に声をかけてきた男は、彼女が良く知っている人物だった。そのラフな格好も、後ろで束ねた髪も、その不敵な顔も見覚えがあった。
「このあいださ、それより随分ゆっくりだな」
ジャケットを羽織っただけのラフな格好の彼はどうもてもサラリーマンに見えない。
加持リョウジという名の、声をかけたリツコの同僚である。
「いいのよ、学校には連絡してあるから」
「そうか、職場まで送るよ」
道路には加持が乗ってきたレンタカーが止まっていた。ごく一般的な国産車に二人が乗り込むと走り出していく。

「この間はご苦労様。お陰で助かったわ」
「いえいえ、大した仕事もないんでね・・・・彼女は司令の家にいるんだろ?」
「ええ、ついでにファーストもそこにいるわよ」
「そうか・・・すべては手元に・・・か」
加持はくわえた煙草に火を付けるとそう呟いた。だがその表情は普段通りだ。

「ミサトに会ったんでしょ?・・・・何か言われなかった?」
「ああ、あんた誰ってな。ケーキも奢らされたよ」
苦笑いしながらリツコを見る。
「前より化粧が濃くなったな・・・・・まあ、お互い様か・・・」
「そうよ、貴方だって歳取るんでしょ。人のこと言えないわよ」
以前に会った時と見た目はあまり変わらないと加持は思うが挨拶代わりだ。ただ雰囲気は最後に見た時よりずっと大人びている。

通勤ラッシュの波が既に過ぎたためか外の景色に人通りは少ない。
リツコはそんな景色を眺めながら五年ほど前のことを思い出していた。
今ハンドルを握っている男は五年前に彼女達の前から姿を消し、そして突然再び現れたのだ。
責めたい気分もある。殴ってやりたいとさえ思う。
そして未だにそう思う自分に驚いてしまった。

「あの車・・・・修理するの止そうと思ったのよ。いっそあのまま放っておこうと思ったの」
「・・・・何で直したんだ?」
「さあ、自分でも分からないわね・・・でも・・・ミサトは泣きながら頼みに来たわ」
加持もまた五年前を思い浮かべていたのかも知れない。まだ自分達は若いと思えた、まだ人を憎むことの出来た頃の話だ。
「・・・・わたしは・・・泣きながら直したわ・・・・」
ハンドルを握っている男の顔にいつもの不敵さはない。
そして口にする言葉もなかった。


中学生はどんなに疲れていてもエンジンさえ掛かればいくらでも動くことが出来る。
それはシンジとて例外ではない。
五日間の休日を過ごした為、さすがに休みぼけで怠そうにしていた彼も三時間目終了後の休み時間にはすっかり調子を取り戻した。
「覚悟や!!シンジ!!」
「この!」
丸めたノートでチャンバラをしている二人をアスカは呆れ顔で見ている。

・・・あれだけ心配させた癖に・・・

そう思うと無性に腹が立つ。今までの心配は何だったのかとさえ思えてきた。
大体彼女はこのところついていない。
化け物に襲われるわ、出来た洋服はパアになるわ、足は挫くわ、おまけにバカシンジが心配で寝不足になるわ・・・

「バカみたいね、男って。ホントに子供っぽいんだから」
ヒカリも呆れたように見やった。
「バカよバカ・・・・だから・・・このあたしが成敗してあげるわ!!!」
そう、みんなシンジが悪い。心配させたシンジが悪い。そうでも思わないとこの腹立たしさの行き場がないのだ。
彼女は同じように自分のノートを丸めると目標を定めた。
「このおおお!バカシンジ!!!」

パコンッ!!

「な、何だよ!後ろから卑怯だぞ!!」
「うるさい!!このお調子者が!!あんたみたいな悪人は、この場で退治するのよ!!」

パコン!!パコン!!パコン!!

「イタッ!ちょ、ちょっと待ってよ、アス、アスカったらイタッイタッ」
「待たないわよ!この!この!この!こうしてやる!!」

パコン!!パコン!!パコン!!

「あーあ、シンジ取られてしもうた・・・相変わらずおっかないのう」
トウジはさっさと引っ込むとシンジをあっさりと見捨てた。自分まで巻き沿いにされてはたまったモノではない。
もう一人の友人のケンスケはビデオを回し続けシンジのやられる様を楽しそうに映している。
格好の撮影チャンスだ。

「アスカ元気になったね」
「せやなあ、この間までゲッソリしとったもんな。まあ、よっぽどこたえとったみたいやな」
目の前で元気良く暴れ回っている彼女を見て二人は同じ感想を持った。
トウジが心配するほど落ち込んでいたアスカの回復ぶりは、いっそ痛快なほどだ。

そんな様子をレイは深紅の瞳で見つめている。

・・・・嬉しそうね、あの娘・・・・

栗色の髪の長い女の子が楽しげにはしゃいでいるのが映る。
「シンジの応援はしないのか?」
ケンスケはビデオを片手にレイに話しかけて見た。
予想はしていたが、やはり二人の方を向いたまま何も答えようとはしない。
「いいけどさ、でもシンジの側に居てやった方がいいかと思ってね。喜ぶよ、あいつ」
「・・・・・・・・・・・・・」

シンジが楽しそうにアスカとふざけている。
アスカはシンジを知っている、昔から一緒にいるから彼女しか知らない事を持っている。
だからシンジの回復をより喜べるし、一緒に楽しめるのだろう。
しかしレイにそれはない。だから見ている事しか出来なかった。

・・・あたしには何があるの?・・・・

自問自答してみる。今までなら答は簡単だった。
『あたしには何もない』
そう思ったからアスカを羨ましく思い、自らを周囲から一歩遠ざけた。
何もないことを自覚するのが辛いのだ。ここに来るまではそんな事は思いもしなかったが、シンジやアスカと共に暮らす内にいつかそう感じるようになっていた。

だが今は違う答えが『綾波レイ』から返ってくる。

・・・あたし知ってる。怪我の本当の理由・・・

誰も知らない、そしてアスカも知らない“本当の理由”

・・・あたしだけ、本当の理由知っているのは、一緒に戦えるあたしだけ・・・・

だから悲しくない。

・・・碇君はあたしが居ることを喜んでくれた、必要としてくれた・・・

思い出すと今は沢山の『自分だけのモノ』が手の中にあった。

・・・今まで何もなかった。でも今は自分だけのモノがある。だから羨ましくない・・・

「・・・・そうね、碇君喜ぶと思う・・・・・」
『綾波レイ』の価値が彼女にほんの少し分かったような気がする。
レイはノートを丸め二人に向かって行く。そして・・・
「あたしも・・・嬉しいから・・・一緒に手伝う・・・」
「・・・うん、ありがと・・。うん、アスカに反撃!!」
圧倒的に不利だったシンジは味方を得た。
「あーーー!!レイ!あんたシンジの味方すんの!?卑怯よ卑怯!!鈴原!!あんたも手伝いなさいよ!!」
「しゃーないな、ほな行って来るわ」
トウジは仕方なさそうにアスカの陣営に加わる。
「シンジ、女に助けられるとはほんま情けないやっちゃ!このわいが男ちゅうもん見せたる!!」

「綾波さんて・・・ふざけるように見えなかったけど・・・」
ヒカリの意見はもっともである。彼女が笑ったり遊んだりしたのを誰も見たことがない。
いつも一人で居る姿しか知らないのだ。こんな光景は始めてみた。
ノート片手にチャンバラする姿など・・・・・。
ケンスケはカメラを覗きながら答えた。
「見えなかっただけさ。一緒だよ、俺達とさ」


「姿が見えないと思ったら重役出勤とはねえ」
「これでも色々用事があるのよ」
理科室の横にある理科準備室は、今やリツコ専用の部屋と化していて誰も立ち入ろうとはしない。
それをいいことにミサトは時折訪れては、コーヒーなどを入れさせさぼっている。
そして昼休みの今も此処にいた。

「用事ねえ・・・何企んでるんだか・・・」
「失礼ね、今日レイの定期検査でしょ。その準備よ」
リツコは憮然とした顔を見せ、ミサトの想像を訂正させた。
「あ、加持君に会ったわ。朝、家に来たの」
「ふうん、暇な奴ねえ。で、何か言ってた?」
「別に。此処まで送って貰ったけど何にも言ってなかったわよ」
ミサトのカップに入れ立てのコーヒーを注いで次に自分のカップにもコーヒーを入れる。
お邪魔しているのはミサトなのだから彼女が入れればいいのだが、以前に入れて貰って非道い目に遭わされたことがあったので絶対にコーヒーサーバーに触れさせないのだ。

「・・・彼も変わってないわね。五年前のまんまよ」
カップを置きながら呟いた。コーヒーのほろ苦さのような感情が胸の中に朝から残っている。
立ち上る湯気の向こう側にミサトがこちらを向いていた。
「子供のまま。あいつが変われる訳無いじゃない。全くあたしがいつまでも覚えてると思ってるんだから」
不満ではない。実際忘れてはいなかった。だから会ったときに腹が立ったのだ。
だが、憎んでいる訳ではない、恨んでいる訳ではない。
「わたし達もあの時のままだったら・・・・・許せなかったかも・・・知れないわね」
「でも元通りになるほど物分かり良くないわよ・・・・・・」
「そうか・・・そうね、たぶん・・・」

再びリツコはコーヒーを口にした。

・・・ミサトの言う通りか。我が儘の一つくらい言えるかも知れないわね・・・まだ・・・

「リツコ・・・・ねえ・・・・加持君変わってなくってホッとした?」
「さあ、ミサトは?」
「・・・・・・たぶん、ホッとしてると思う・・・かな?・・・物分かり悪いから、あたし」

すべてを口に出来るほど彼女達は子供ではなく、すべてを躊躇い無く許せるほど大人でもなかった。
そして揺れ動く自分を認めるほど二人とも素直でもなかった。

リツコは空になったカップを流しに持っていくとふと立ち止まって考え込んでいる。
「思い出した・・・・・・・と・・・これだわ、はい、請求書」
「何よ?・・・・・・修理費請求書!?何であたしん所くんのよ?」
「貴方の車でしょ?」
「って・・・・公務中でしょ。NERVに請求しなさいよ!」
「物分かり悪いわねえ、加持君が“私用”で乗ってたのよ。今週中に一回目の分払ってちょうだい」

ミサトは穴が空くほど請求書を見つめている。出来れば穴が空いてそのまま消えてしまえとさえ思っていた。無論消えることなく彼女の手で衝撃的な数字を見せつけている。

「あ、加持君がよろしくって言ってたわよ。ま、わたしもそれ、よろしくね」


校舎の屋上から見る空には僅かな雲が残っている以外は、梅雨時という事を忘れさせるほど青い。
だがデジタルカメラのモニターはシンジの胸の中に雷雲を立ちこめさせた。
「どうや、迫力あるやろ。この間の奴や・・・・」
シンジの目には彼の良く知っている光景が映し出されている。
「どうしたの?・・・・これ・・・・」
「避難命令出た時にさ、俺達デパートの屋上に居たんだ。そしたらいきなりあんなのが現れてね」
ケンスケは自慢げに説明をしているが、シンジの耳に入っていない。
カメラを握る手が汗ばんできた。
「初めて見たよ・・・その青い奴。国連の新兵器かな・・・」
「バケモンもごっついがそのロボットみたいなんもえろうゴツイやろ」
トウジとケンスケの疑問への回答をシンジは持っていた。
無地のDVD−Rに記録された映像の出演者はシンジなのだ。

やがて二人の言う『ごつく青いロボット』は『バケモン』を掴んだまま画面から消え、後には中規模のクレーターと粉砕されたビルだけが映し出され、やがて上映は終わった。
ようやく何かから解放されたようにシンジは大きな息を吐き出す。
幸いにそこにシンジ自身の姿はなかったのだ。

「何で・・・何で避難しなかったんだよ!」
彼の険しい表情をトウジとケンスケは初めて見た。普段は中性的な雰囲気の大人しい少年だ。
「な、何言ってるんだよ!こんな映像は滅多に撮れないんだぜ。な、凄いだろ、まだ何処の放送局だってTVに出してないんだ」
「せや、わいら命がけで撮ったンや。のうケンスケ、目指せピリッツァ賞や!!」
ケンスケに何か吹き込まれたのだろう。トウジの知りそうもない台詞を口にした。

「危ないよ・・・そんなの・・・」
シンジのもっともな忠告は、彼らに受け入れられる筈もない。
14歳の彼らにこの撮影の成功は得意満面な表情を作らせる。そこには生命の危機への恐怖など微塵もない。勢いだけが溢れだしていた。
「怖がっとちゃ何もできへん。せやろ、シンジ」
「大丈夫だよ、俺だってそんな無茶はしないさ。これだって望遠で撮ったんだし」
ケンスケの言葉が何の役にも立たない事は、使徒の圧倒的な力を目の当たりにしているシンジが良く知っている。
「でもそんなの撮らない方がいいと思うよ・・・」
恐らく聞き入れては貰えないのを承知で口にする。

万が一あの戦いに巻き込めば生身の人間などガラス細工より簡単に消滅するだろう。
アスカがそうなりかけたように。
友人をそんな目の合わせたくないのは勿論だが、シンジの姿を映されるのも困るのだ。
数十bに及ぶ巨人の戦いは隠しようもないが、それを操る人間は分厚い鋼鉄のカーテンの向こう側の存在だ。
いまやシンジもその内側の人間だ。
その事を友人達にどう思われるかが怖かった。
もっとも中学生の撮ったビデオなどいくらでも隠蔽出来るだろうが。

「だけど、あのロボットは凄かったなあ。俺も乗ってみたいよ、一度でいいから」
ケンスケは幾度も見た映像を眺めながら憧れるように呟いた。
「だってそうだろ!パイロットになってみたいと思わないか?あんな凄いの操縦できるんだぜ。羨ましいよ・・・」
シンジは一度も乗りたいとは思わなかった。
みんなに乗れと言われたから乗っただけだ。
エヴァが必要だったから乗っただけだ。
自ら進んで乗った訳ではない。でもケンスケは“羨ましい”と呟いている。

・・・しょうがないよ・・・知らないんだから、何も・・・・

「どないしたんやシンジ、黙り込んでしもうて。安心せい、バケモンが来おってもこのロボットが倒してしまうわ。メッチャ強そうやしなあ」

はあ・・・

シンジから溜息しかでない。

「誰乗ってるのかなあ・・・やっぱ自衛隊か国連軍かな・・・・・!!」
ケンスケの頭の中に以前聞いたことのある固有名詞が浮かんできた。
「もしかしてさ・・・ネルフって言う所か?確かあそこって特別組織の・・・」
「知らないよそんなの・・・どっちみち僕らに縁はないし・・・関係ないよ」
「せやなあ、いくら頼んでも見せてもらえんやろうしなあ。ま、シンジの言う通りやな」
トウジの言葉でこの話題は終わった。
ケンスケはまだ思う所があるらしいが拘泥してもしょうがない。実際真実を知る手段はないのだ。

トウジがごそごそと新しいDVD−Rをセットしカメラをシンジに渡した。
「そうや・・・・・これこれ、なあ、シンジこっちも見てみい。ごっついでー」
「もういいよ・・・・なんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
確かにある意味さっきのより“ごっつい”映像だった。
「ななな・・・・・・」
「それ、この間の騒ぎの日に買いに行ったんだ・・・内緒の店だけどな。凄いだろ」
「シンジにもコピーしたるさかい大事にせいや。・・・・・あの二人に見つからなンようにな」
シンジは顔が真っ赤だ。しかしカメラから目が離れようとはしなかった。
「遠慮する事無いぜ。友達じゃないか。ははははははははは」

ケンスケは自分一人で見るのは少し気が引けた。一応非合法品である。買いに行くにしても勇気がいる。だからトウジも引き込んだ。そして学校を休んでまだこれを見ていないシンジも仲間に巻き込んだのだ。
怒られるときは一蓮托生、呉越同舟、一人だけ良い子は“三バカトリオ”では許されない。
そしてこういったモノに興味を持つのはみんな一緒と言う連帯感が必要だった。
自分だけとは思いたくはないのだ、特にこういった事は。
色々大変な年頃である。


五時間目の授業までまだ間があるがシンジは早めに理科の実験室に向かった。
衝撃的な映像を二本も見たので少し一人になりたかったのだ。
特に最初に見た映像はシンジにとって深刻である。今後の事を考えればより深刻になっていく。

「あらシンちゃん、なにブラブラしてんの?」
「ミサトさ・・先生・・・」
「ちょっちこない?お茶入れるわよ」
ミサトは理科準備室にシンジを呼び込むとリツコの入れたコーヒーを紙コップに注いだ。
この部屋の主は職員室に行って今は留守だ。
「ほい、熱いから気を付けてね」
「・・・どうも・・・」
普通、教師にお茶を入れて貰う事などそうはない。だがこの二人は学校だけの繋がりではないのだ。
「元気ないじゃん、何か悩みでもあんの。お金以外だったら相談乗るわよ」
深刻そうな表情を見て取った彼女はあえて軽口を叩いたが一部に事実も含まれている。

シンジは新たに悩みを抱える事となった。
ケンスケの撮影したビデオの事をミサトに告げるべきかどうか。
彼らには当然のように二本のビデオについて『男の約束だぞ!』と堅く口止めされている。
避難命令がでている最中に外をうろついていたなど法律に引っかかるのだ。

「・・・・何でもないですよ、・・・・休んでたからまだ怠くて・・・」
「ふうん・・・・・ま、何かあったら言ってね。お金以外なら何とかするから」
「は、はあ・・・」

結局シンジは黙っている事にした。彼を信じて見せてくれたのに今ミサトに告げてしまうのは裏切りのように思えたのだ。

・・・何か隠してるわねえ・・・

ミサトはあっさり見破った、と言うより目をそらし俯き気味に『何でもない』と言ったって誰も信じないだろう。
だが追求はしない。恐らくしたところで本当のことなど喋りはすまい、むしろせっかく築いた信頼を失いかねないのだ。

「どう、最近みんなと仲良くやってる?」
「はい・・・・・・・ミサトさん・・・」
「?」
「エヴァに乗るって凄いんですか?」

ようやく顔を上げたシンジは真剣な表情でミサトに問いかけた。
ついさっきケンスケが言っていたのが気になったのだ。
あのロボットのパイロットは凄いと。

「随分突然ねえ、・・・・自信なくなったの?」
「そう言う訳じゃ・・・ただ・・・」
「ただ・・・凄いと思われたくなった?」

ミサトの指摘はほぼ図星をついている。ケンスケの言葉に急に意識しだしてしまったのだ。
今まで人に誇れる物がなかったシンジはいつも周りを羨ましいと思っていた。
ケンスケは色々なことを良く知っている。
トウジはスポーツ万能だしシンジより力がある。
ヒカリは勉強では足元に及ばない。
一番近くにいるアスカには何一つ敵わない。
今まで意識してはいなかった、そしてしたくもなかった。
それぞれ一長一短あるにしても何か自分が酷く劣っているように思う。
劣等感と呼べるほど大げさな物でなかったが。

もしケンスケの言ったように凄いならそれを確かめたかった。
「シンちゃん・・・・あなた何の為にあれに乗ってるの?」
「みんなを守るためと思ってたけど・・本当は・・・良く分かんないんです・・・」
「良く分からない内に乗ってた?」
「・・・・・・」

ミサトは思わず苦笑した。無理もない。確かにシンジは周りの状況から強制されてエヴァに乗ったのだ。本人は何も望んでいなかったのに。
無理矢理戦場に引きずり出したミサトはシンジを何一つ責めるつもりはない。
そんな資格はないと思っている。

「ねえ、あたし思うんだけどさ・・・エヴァってシンちゃんとレイしか動かせないのよね」
彼女はシンジに諭すように話しかけ始めた。出来るだけ優しく。
「そのお陰であたし達は生きてるんだけど。・・・・あたしって人の命救った事無いのよ。そんな事態に遭ったことも無いんだけどさ、仮に遭ったって出来ないと思うわ。でもシンジ君はエヴァに乗れて守りたい人を守れるでしょ、この前みたいに」

ミサトに見つめられシンジはほんの少し赤くなった。

「でさ、人にはそれぞれ出来る事があると思うの。あたしが指揮官したりリツコが博士だったり惣流さんが勉強出来たりとかね。そう言うの凄いと思う?」
「うん・・・・凄いと思う、だって僕には・・・・」
「じゃあシンちゃんも凄いわよ。他の人に出来ない事が出来るんだから」
「でもやりたくてやってる訳じゃ・・・」
「やれる事が凄いのよ、あたし達だって誰もやりたくてやってる訳じゃないわ。でもね、誰かが認めてくれるならそれは凄いのよ、きっと。少なくともあたしとリツコはシンちゃんを認めてるわよ」

ニカッと笑うミサトに釣られシンジも微笑む。

「まあ、あたし達は自慢する訳には、ちょっちいかないけどね。シンちゃんも自信持ちなさい。その資格あるわよ」

ようやく自分に誇れる物が出来たような気がする。
誰にも負けない自分だけに出来ること。
シンジの表情が明るくなっていく。
「ほらシンジ君、もうすぐ授業始まるわよ。それとね・・・・・勉強がんばんなさいよ。もうすぐ中間テストだかんね。赤点とんじゃないわよーーーー」

シンジの『誇れる物』も中間テストには無力なようだった。

チャイムが鳴ると掃除当番になっていない生徒達が次々と校門からでてきた。
ある者は真っ直ぐ家に、ある者はゲームセンターへと向かって喋りながら歩いていく。
帰宅する者は教師の中にもいる。

「んじゃあリツコ、レイよろしくねー。あたし今日は行かないから」
「まったく・・・・明日でも顔出しなさい。報告書渡すから」
「請求書以外なら読んであげるわよ。じゃーねー」

リツコもやれやれといった様子で婦人用自転車にまたがるとNERV本部に向かって漕ぎ出した。教師以外のもう一つの仕事が彼女を待っていた。
ミサトはルノーが修理中なので代車のレンタカーに乗り込むと学校の駐車場を後にする。

「シンジ君も異常なし・・・・あっちも手配済み・・・帰って部屋の掃除、洗濯物もたまってるし、晩御飯の支度もして・・・その前に台所片づけなきゃ・・・」
帰宅後の予定を立てるが恐らく大半は実行されないだろう。
ダッシュボードから携帯電話を取り出すともう一つの勤め先に電話した。
「さて・・・・・あ、日向君?悪いんだけどさちょっち調べて欲しいんだけど・・・」

「少し休まない?」
「なんで?」
「いいから!!」
恐らくやだと言ってもシンジは公園のベンチで休むことになっただろう。アスカには逆らえない。
「昔良くここ来たわね・・・・ちょっとジュースでも買ってきてよ」
なんでとは聞かない。大人しく受け取ったお金で買いに行った。

確かにアスカの言うように小さいとき彼女とここで遊んだ覚えがある。確かあの頃からアスカに命令されていたような気がする。
あの頃はお砂場セットを取りに行かされたような・・・・。

「はい、これでいい?」
「うん、ありがと」
缶コーヒーがアスカの手に冷たい感触を伝える。

黄緑色だった木々の若芽が今はもう深緑になり掛かってベンチに座る二人を見守っている。
中規模な大きさの公園だが数多くの木が生え、いずれも小さいときのシンジとアスカを見ていた。
「シンジ、レイどこ行ったか知ってる?」
「うん?本屋行くって言ってたけど・・・・」
定期検診だから早く帰れると言っていたのを思い出した。
「シンジさ、最近レイと仲いいじゃない・・・・なんかあったの?さっきだって・・・」
「別に何にも無いよ・・・ほら、綾波ってあんまり人と話しないから・・・だからそう見えるだけだよ」
何もない訳ではない。エヴァに乗って一緒に戦える唯一の“戦友”だ。
だが僅かに目をそらしたシンジは正直に答えられなかった。いつもその事が罪悪感となってシンジの胸に痛みを残していく。
「ふうん、・・・・・まあそうかもね。最初会ったときすっごい暗い娘だと思ったけど最近少し明るくなったと思わない?」
「さあ・・・・どうなんだろ・・・」
シンジの答えは想像がついていたのだろう、アスカは飲み終わった缶をゴミ箱に放り投げた。
カランという音と共にゴミ箱の中に転がっていく。

「昔さ、シンジあそこの池に落ちて泣いてたよね。びしょ濡れでさあ」
「そんな事在ったかなあ?」
「それにほら、あそこの木に登って降りれなくなって、あたしが梯子持ってきてあげた事もあるわよね」

唐突に昔話を始めたアスカにシンジは戸惑った。
もう記憶を総ざらいしなければ思い出せないほど昔のことだ。
「この辺もあんまり変わらないわね。一時は遷都って騒いだのに・・・・まあその方がいいけど」
確かに街並みはあまり変わっていない。人口が集中することもなく寂れて行くわけでもなく、多少の変化はあったが以前の街並みを思い出すのに妨げになるほどではない。
「そうだね、変わらないなあ。あ、綾波の事なんだけ・・・・」
「シンジも変わらないね。昔のまんま・・・子供みたい」
「何だよそれ・・・そんな事無いよ」
アスカがシンジの言葉を遮ったのに気づきもせず、もう子供じゃないことを主張した。

「子供よ・・・変わってないもの。何処も・・・昔と一緒よ」
彼女の胸に仲良く遊んだ小さい頃が蘇る。だから昔と一緒なのだ。

「そろそろ帰ろ・・・・」
「あたし知ってるわよ。シンジの事知ってるわよ」
シンジの鼓動が高まる。
目の前にアスカの整った秀麗な顔が近づいてくる。
「ア、アスカ・・・・何だよ・・・・」
「あたし知ってるの・・・シンジの事」
ベンチに座ったままシンジは身動きがとれなくなってしまった。

「シンジの事みんな知ってるの。昔泣いた事や、あそこで転んだ事とか、あたししかしらない事いっぱい在るんだから!おばさまだって知らない事いっぱい知ってるんだから」

青い湖のような瞳がシンジをじっと見つめている。
「あたし昔からシンジと一緒に居るんだもん!だからあたしだけがみんな知ってるのよ」
「アスカ・・・・そうかも・・・知れないね」
シンジは目をそらしながら呟く。
彼女の目を見れない、視線を合わせるのが辛かった。
「僕もアスカのことみんな知っているよ」そう口にすることが出来ない。ためらいがそれを遮るのだ。
だから代わりの言葉を口にする。
「うん。だってずっと一緒だったから・・・アスカがみんな知ってるのかもね」
「そうよ!だからあたしに逆らったらいけないんだからね!」
アスカの顔にはち切れんばかりの笑みが浮かぶ。
シンジには眩しすぎる笑顔だった。

「帰ろう・・・一緒に帰ろう・・・・」


「碇・・・そろそろ検査が終わるぞ」
「ああ、今から下に降りる。・・・大丈夫だ・・・問題はない」

ターミナルドグマと呼ばれる地下奥深くにネームプレートの無い一室がある。
その部屋には幾重にも囲われたチェックポイントを通らねばならず、その部屋に入れるのは僅か四人に過ぎない。
その内の三人は今この部屋にいた。

「MAGIの調整システムから切り離してもう二ヶ月になりますが・・・・今日まで問題点は見つかりませんでした」
「・・・・・・・・」
「各数値は切り離し当初より高いレベルで安定しています。恐らくこのまま継続しても問題はないと思われます」

薄暗い部屋でモニターの明かりに二人の男女の顔が浮かび上がる。

「・・・・・そうか」
「はい、理由は分かりませんが・・・既に安定期に入り完成されたものと・・・・」
「赤木博士・・・彼女に繋いでくれ・・・・」

リツコがコンソロールパネルの操作をすると目の前に透明な円筒形のカプセルがゆっくりと下に降りてきた。
そこには無数のコードが繋がれ、その中に純白の検査服を着た少女が居る。
この部屋の中にいる三人目だ。

「レイ・・・検査は終わりだ。上がっていい」
「・・・・・はい」
「ご苦労様。また来月検査するから」

やがてカプセルが開きレイが出てきたが、ゆったりとした純白のそれを纏った姿は天使とさえ思わせる。錯覚ではなく・・・。

「問題はなかった、今まで通りで構わん。・・・・食事はどうする?ここで済ませていくか?」
「・・・いえ・・・帰ります。・・・・・碇君が待ってますから」
「ふっ・・・そうか」

彼女はリツコと共にここから出ていき、後にはゲンドウ一人が残っていた。

彼は少し歩き出すと壁に埋め込まれた扉に手をかける。
さび付いた音をたてながらゆっくりと開き、長い間使われていないのか淀んだ空気を吐き出した。
薄暗いその小さな部屋にはもはや使われることのない機材と共に小さな洋服が二着ほど置いてある。
彼は辺りを見回しそこに小さなカプセルを見いだすとその表情が曇った。
「ここから・・・始まったか・・・・」

彼にとっては禁忌の部屋。
いつでも無くしてしまえたがそうはしなかった。

・・・いずれ使う時も来る・・・・必要とする者が此処に来たときに・・・・

再び扉を閉め彼はこの場を立ち去った・・・・・・・・

続く


お次の番だよ

ver.-1.00 1997-05/29公開

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いいわけえ

お久しぶりです。ディオネアです(^^;
あーーうーーーなんて言っていいか・・・・遅くなりました・・・・
前回も遅かったけど今回も遅かった・・・・なんのこっちゃ・・・
良くあるネタ切れって奴ですね、へへへへへ。その割に書き始めたら長くなり、そんで話が繋がらなくて悩んで止まるの繰り返しでした(;;)

まあそれはともかく
如何でしたか第八話は。若干、実体験も織り交ぜて書いています(何処かすぐに分かるって)
今回はレイとアスカが主人公でした。おまけにほぼラブストーリー。読んでいただくといかにそれが苦手か分かると思います。(笑)

加持さんは登場が派手だったけど今回はリツコさんの運転手だったっすねえ(^^;
彼に活躍の場はあるのか!?オペレーター三人組を作者は覚えているか!?
緊迫の次回、どうしましょ(笑)

何はともあれこうして皆様の前にお出しすることが出来ました。
「何やってんだよ!!」とのお言葉に応えるべく日々キーボードを叩いています。
もし何かございましたら遠慮なく仰って下さい。皆様のメールが心のオアシスです(^^)

では、今回もお読みいただき有り難うございました。
また次回もお目に掛かりたいです。

ディオネア



 ディオネアさんの『26からのストーリー』第八話、公開です。

 前回までの激闘、
 今回の日常、メリハリですね(^^)

 素直な言葉がなかなか出てこないアスカ、
 次第に自分を出せるようになっていくレイ、

 そしてぼんやりと自分の価値を感じるシンジ、

 一つ一つの気持ち・・・・

 ちょっと気になるのが、加持とリツコミサト二人の女性の関わりです。
 ミサトだけでなくリツコにも加持に対するこだわりが見えました・・・
 この3人の間に何があったんでしょうね。

 訪問者の皆さん、感想や質問などをディオネアさんに送って下さいね。
 ちょっとした一言が良いネタ元になることがあるんです・・・「私は」ですが(^^;


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