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26からのストーリー

第二話:侵入者(前編)

「レイはうちで暮らす」

冬月を連れ帰宅した碇ゲンドウは、留守番をしていた二人に茶を啜りながらこう伝えた。
突然の事で発言の内容が理解できないシンジとアスカ。

...レイワウチデクラス...れいわうちでくらす...レイはうちで暮らす?...

「!!」
「どういう事ですか!!おじさま」
いち早く自己回復を済ませたアスカが当然より詳しい説明を求めた。シンジは未だに事態を把握していない。
「レイは明日うちに来て今後、我々と共にここで生活をする。そういう事だが」
アスカの聞きたい事とは、明らかに違う答えをぬけぬけと返答する辺りがゲンドウらしい。
「そんな事は理解してるわ!!!。何故、此処に、彼女が、一緒に、住まなければならないのか、それを聞いてるんです!!」
「ふっ、常に真実は闇の中....」
最後まで言い終える事なくゲンドウは後頭部を何者かに殴られ、そのまま沈黙してしまった。
「全く、ふざけていい事と悪い事があります!。ごめんなさいね二人とも。私が説明するから」
まだくわんくわん言っている巨大な中華鍋を片手にぶら下げながらユイは説明を始めた。
「彼女、綾波レイちゃんは私たちの友達のお子さんなんだけど、このあいだ御両親が亡くなられて私たちが預かる事になったの。ほら、一人で年頃の女の子を暮らさせる訳にも行かないでしょ」
彼女に言う事は理に叶っていた。出来過ぎなくらいに...
「でもいきなりそんな...」
事態を飲み込んだシンジが一応口を挟んだ。
「本当に御免なさいね、二人とも。引き取る事をお父さんがいきなり決めてしまったから...」
テーブルに覆い被さって沈黙しているゲンドウをアスカとシンジは“やっぱりこいつか”と言うような視線で眺めた。
やがてアスカの表情は“寂しさ”という色を纏い始めている。
心が落ち着いてくるほどに、事態を飲み込むほどに、その色は、濃く深くなってく。そして少しうつむいた後、アスカは顔を上げた。
その顔は笑っていた。
「わかりました!。おばさま達がそう決めたのなら。だったらすぐに部屋を準備しなきゃ!。私部屋掃除してきます」
そう言うとアスカはさっさと二階へ上がっていってしまった。
シンジは冷めかけたお茶をずずっと啜っている。両親が既に決めた。アスカは納得した。だったら自分はこれ以上何も言う事はない、と諦めてしまっていたのだった。
14歳の少年にしてはかなり早い諦め方であろう。
「アスカちゃん...」
「シンジ、ここで何をしている。彼女を手伝え。出なければ風呂場でも掃除してこい」
いきなり再起動した父ゲンドウは、シンジを睨み付けながらそう伝えた。
「...分ったよ...手伝ってくる」
シンジも二階へ上がり一階には大人だけが残された。
「いいのか...碇。もう少し事情を教えてやれば...」
「構わん。教えても同じだ。彼らはこれから知っていけばいい。今はそれでいい....」
「その結果、いずれ私たちはあの三人に怨まれるわね。きっと...」
沈痛な面持ちでユイは二階への階段を見つめていた。


ワタシハヒトリボッチ ワタシハヒトリボッチ ワタシハヒトリボッチ ワタシハヒトリボッチ

アスカはレイを受け入れるべき部屋を掃除していた。レイの一件に彼女は反対すべき理由を持ち合わせていない。

私はこのうちの居候であって家族じゃない。
だからあの人たちが決めた家の中のことに反対は出来ない。
今の私には他に行く場所はない。
だから反対してはいけない。
この家に居られなくなるから。

それが彼女が出した結論だった。
この家に居たいから彼女はいつもいい子でいた。勉強も、運動も、一生懸命がんばった。
あの夫婦に認めてもらいたいから。
シンジに頼りにされたいから、どんなことも逃げずに立ち向かった。
それは自分がこの家に居る為の、大切な資格。そう思っている。

「アスカ...入るよ」
シンジがおずおずと声をかけた。一緒に暮らしてここまで落ち込んでいるアスカを見たのは初めてであった。
「...なによ...」
「その...何か手伝おうかと思って...」
「...いいわよ...別に...何も無いから...」
これ以上何も言えなくなったシンジ、何も言う事の無いアスカ。二人を静寂が包み込んだ。
あのアスカが殆ど反対もしなかった...それはシンジに何か不安なものを投げかけてくる。
「あの...アスカ...もしかしたら反対なんじゃ...その...綾波さんが来る事」
「そんな事無いわよ。だから掃除してるんじゃない」
「そうかな...アスカ、言いたい事があったら言っておいた方がいいよ」
「何を言えって言うのよ!!私に何が言えるっていうのよ!!」
目に涙を浮かべシンジに食って掛かった。レイが同居する事ではない。
その事で自分は他人だと自分で再確認してしまった事がとても悲しかった。

今まで平凡な日々の中で忘れかけたが、自分には両親が居ると思い込んでいた事、本当の家族だと思い込んでいた事、しかしそれは違うと確認してしまった事がとても辛い。

「誰にも迷惑かけたくないの!!この家の人に迷惑かけたくないの!!」
「そんな、だって家族じゃないか。おかしいよそんなの。遠慮する事無いじゃないか」
「あんたには分んないわよ!!あんたの両親でしょ!!あたしの親はあたしを放っていなくなったの!!あの優しい人たちはあんたの家族なの。私の家族じゃ...ないん..だ..から..」

溢れる涙をぬぐう事も出来ず、下を向いたまま涙を流した。今まで感じていた不安、ここに居られなくなるという不安、今まで抱え込んできたものがシンジの前で溢れ出してきた。

分らなかった...アスカがこんな思いしてた事...こんなに辛かった事...アスカの両親の事...ずっと一緒に居たのに!!ずっと一緒に暮らしてたのに!!何にも知らなかった!!

シンジの右手は固く握られていた。やがてゆっくりと手を開くとアスカをそっと引き寄せた。
「だけど...アスカは...僕の家族だから...ずっと僕の家族だから」
シンジは言葉を捜しながら口にしていた。
「....」
「アスカにずっと居てほしい...僕一人じゃ...いやだから...アスカに居てほしい」

アスカの中で何かが弾けた。そして何かは彼女の泣き声となって湧き出した。もはや止まらなくなった涙はシンジの胸に染み込んでいく。すべての涙を受け止められるほどシンジの胸は、まだ厚くない。
だが、しがみついて赤子のように泣きじゃくる彼女を今は、かろうじて支える事が出来た。
せめてアスカが泣き止むまで、支えるだけでも...

今迄、気が付かなかった分、少しでも...。


「おはようございます!!おじさま、おばさま」
いつものようにツバメも恥じらうような身の軽さで食堂に下りてきたアスカの、飛び切り元気のいい挨拶が碇夫妻に届いた。
「おはよう。シンジはまだ寝てるの?」
「...おふぁよう....ふぁあああああああああ」
ナマケモノですら嘲笑うほどのもったりとした様子でシンジが姿を現した。いささか目が腫れぼったいのは寝不足の為だ。
「あれ?冬月のおじさんは?」
「夕べのうちに帰った。アスカ君、彼からのお土産を預かっているぞ。後で開けてみなさい」
色とりどりのラッピングを施された様々な土産の品がソファの上に山積みされている。
冬月という人物は“ケチ”という単語とは無縁らしい。
「うわあ!いいんですかこんなに...後でお礼の手紙書かなきゃ!!」
アスカがにこにこしながら土産の品々を眺めていた。彼女は人のプレゼントは遠慮無く受け取る主義だ。
「僕のは?」
「これだ。そうか、嬉しいか」
ゲンドウが彼に渡したのは“努力”と記されたキーホルダー一つ....
はあ、とため息を吐くシンジ。こんな事は父親が絡んでいれば良くある話だ。シンジも馴れたものである。
「いいよな、アスカはさ、いっつもアスカばっかり」
そう思わないでもないシンジだがそれを口にする事はない。夕べ彼女が言ったように羨ましいと思っているのはアスカなのだ。
「二人とも今日レイちゃんと一緒に帰ってきてね。こっちも準備しておくから。」

そう、今日は綾波レイが同居を始める日だ。軽い緊張感が二人に流れる。
実際のところ彼女の事は殆ど知らない。昨日彼女は早退したし、第一、同居の事を聞いたのは夕べの話。考えてみれば非常識な話だ。二人の視線は元凶ともいえる人物に向けられた。が、新聞紙によって本人には届かなかった。
...納得した訳じゃないんだけど仕方ないわね...

ここにいられなければ独りで暮らすしかない。しかしそれは余りにも寂しすぎる。夕べ自分の事に気が付いたアスカは、それがレイにも当てはまる気がしたのだった...。

昨晩シンジの前で泣いた事は、彼女にとって痛恨事だ。今までシンジに頼るなどという事は一度もなかったはずだ。昨日の出来事は出来れば忘れたい事だろう。にもかかわらず心がこんなに軽く感じるのはなぜか、彼女はその理由を出せずにいる。

「いってきます!!」
いつもと同じ一日が始まった。始まると思っていた。


教室には既にレイが座っていた。何か本を読んでいるようだ。プラチナブルーの髪に赤い瞳、透けるような白い肌。いずれも人目を引くであろうが、彼女にだれも話し掛けた様子が無いのは、やはりその近寄りがたい雰囲気だろう。
「おはよ、綾波。今日の事聞いてるよね。」
「...ええ、聞いてるわ...」
シンジの挨拶を兼ねた確認は、ごく短い言葉で返された。
「そ、そう。よかった。父さんの事だからまだ言ってないかと思った。僕らも昨日聞いたばっかでびっくりしてて...あ!」
「一寸、退きなさいよ。あたし惣流・アスカ・ラングレー。あんたと一緒に住むの。仲良くやりましょ。」
シンジを無理矢理押しのけて、いささか高飛車な挨拶をするが、レイの反応はない。
「おばさまから聞いてると思うけど今日家に来るんでしょ。だからあたし達と一緒に帰って。」
いささか気を悪くしたアスカが再びレイに話し掛けた。
「...ええ、命令だから...そうするわ」
め、命令?...
聞きなれない台詞を聞かされた二人は呆気に取られてしまい、それ以上話し掛けられなかった。

...変わってるわね..この娘...でもご両親を亡くしたんだし、しょうがないか...

アスカは湧いてきた疑問にそう答えを出すと納得したように肯いている。一方シンジはなんとなく腑に落ちないとは思いながらも、それ以上の会話は諦めた。聞きたい事は山ほどあるのだが、今聞くのも気が引けたし、何か話してくれるとは思えない。

...これから一緒に住むんだから後で聞けばいいや。そのうち話してくれるよ、たぶん...

窓から入ってくる朝日がレイを映し出し、わずかに滑り込んだ風が髪を揺らした。
彼女だけが別の空間にいる感じがする。それは逆に言えば誰も彼女を受け入れないともとれた。他人を拒み、他人に拒まれ...そんな印象がレイを見つめるほどにシンジにはした。
それは一抹の不安となって胸の奥で蠢く。

...なんてったって...アスカがいるもんなあ...


今日は平日であり、当然、世の社会人も働いている。多種多様な仕事がある中で、中には暇である方が好ましい職業もある。たとえば消防署や警察などがそうだ。そして彼らが暇であれば世の中、平和という事になる。そんな職種の枠に入っている彼らは今、忙しさと緊張のど真ん中であった。

目標は現在、第三新東京市に向けて進行中!!」
「機種、ならびに国籍不明!」
「此方からの通信に反応有りません。どうしますか?」
目の前の巨大なモニターに映し出された地図の上の“目標”は、沖合いから一直線の軌跡を描いていた。そして本来詳しいデータが記されるはずなのだが何れも“NO DATE”を其処に映し出しただけだった。船か飛行機かそれすらも識別できていない。
「衛星画像はどうだ」
「だめです。ジャミングがひどくて...」
オペレーターが調整をするがやはり何も映し出されない。
「入間から上がったのだろう。後どれくらいで接触するんだ?」
苛立ちながらも高級士官用の制服を着込んだ男の問いかけに、再びオペレーターが答える。
「今、目標発見したようです。此方トレボー、ウイザード1、現状を報告せよ」
「..此方、ウィザード1、目標発.見、しか..し...何なんだ!!..こ..わ...」
「ウィザード1、どうした!」
「..何な..んだ...。目標の識別不能。見た事ないぞ..と、とにかく映像を送る..」
送り出された映像はその場の自衛隊員の目と言葉を奪った。
青い海に浮かぶ黒い巨体。見様によっては人の形に見えなくも無いが、それにしても異様な光景だ。
「どうするんだ!」
「これが...」
「攻撃許可を出せ、入間全機上げさせろ!厚木も横浜も富士もだ!!」
いささかヒステリックに叫びながらも指示を下した高級士官は、後ろにいる初老の男を睨んだ。
「我々だけで十分だ。ゆっくり見ていけ」
「無駄だと思うがね...陸自は後退させた方がいいぞ。死人が増える」
「見ていろといったんだ!余計な口を挟むな!」
プライドを傷つけられたのか凄まじい形相で睨んだが、睨まれた方は一向に気にした様子もなくモニターを見つめた。
...痛い目を見なければ分らん...か。それにしても15年ぶりだな...
「全域に第一種避難命令を出せ!!水際で叩く!!」
右往左往する戦自司令官達の様子を見ていた彼は、ため息を一つつくと中央総合司令室と書かれた部屋から出てきた。
彼には仕事があった。取り合えず第三新東京市に帰る事。それと電話をする事。
「...碇か...私だ...間違い無いな...ああ、使徒だ」


「...はい...今行きます...」
レイが携帯電話のスイッチを切ると鞄を置いたまま、教室から不意に姿を消した。席が隣のシンジはそれに気が付いたが差して気にも止めなかった。
一方アスカはシンジの首元を掴むと強引に教室の外に連れ去り、人気の無い階段で彼に当たり散らしている。
「なによ!あれ!!こっちが仲良くしようって言ってんのにさ!!散々こっちに喋らせといて自分は何も喋らないなんて!!あたし達無視されたのよ!!無視!!気を使ってんのに!!」
一時間め終了後にアスカは積極的に話し掛けたがレイの反応は

「..そう..」
「......」
「..」

アスカの怒り様は先ほどのとうりでシンジとしては不安的中といったところであった。もっとも当たったところで嬉しくも無い。その度に八つ当たりされるのは彼なのだ。
「まあまあ、しょうがないよ..まだ馴れてないんだしさ...」
「バカシンジ!!あの娘かばう気?だいたい....」
もはや何を言ってもやぶ蛇である事を悟ったシンジは、ひたすら聞き役に回った。

...綾波とアスカじゃ、気が合う訳無いよ...水と油みたいなもんだし...

レイをさほど知ってる訳ではないが、アスカと馬が合わない事くらい想像が付く。其の間に挟まれたシンジとしてはこんな事が毎日続くかと思うと心が重くなりつい溜め息も出ようというものだ。
三時間め開始の予鈴が鳴り響く。二人は慌てて教室に戻ろうとしたが足を止めざる負えなかった。
「...せん。もう一度放送します。ただいま第三新東京市に第一種避難命令が出されました。生徒は速やかに教室に戻り担任の先生の指示に従いなさい。これは訓練ではありません!!」

「鈴原!!何処行くの!!放送聞いたんでしょ!!大人しくしてよ!!」
「そんな、トイレやトイレ」
嘘である。ケンスケと二人で食料の買い出しに行こうとしてたのだ。避難が始まればおいそれと買いには行けないから今のうちにと思ったのだが...。
「とにかくミサト先生が来るまで待ってて!あたし職員室に行ってくるから」
「ほうか...ご苦労やな...」
買い出しをヒカリに阻止されたトウジは、がっくりしながら席に戻っていった。
「オ、シンジ達も戻ってきたか。シンジ一寸来いよ」
ケンスケの手招きに応じてシンジは二人の元へやってきた。
「レイの話だろ...な、シンジ何か知ってるんだろ、俺に教えてくれよ、な、礼は弾むからさ」
「...何にも知らないよ...本当だって」
シンジの嘘などケンスケはすぐに分る。
“こいつは何か知っている。でなければ嘘など付かない。”
ケンスケが頭でそう答えを出すと再びシンジに迫った。
「なあ、シンジ俺達友達だろ。な、なに知ってるんだ、言ってみろよ、ほら、喋っちゃえよ、楽になるぞう、さあ、はいちまえよ、田舎のご両親も喜ぶぞ、さ、罪を認めるんだ」
「何の事か良く分らないよ..それより避難て何から避難するんだろ?」
意識してシンジは話をそらし始めた。トウジもシンジへの助け船として其の話題を持ち出してやった。
「そういやそうやな。まだ何の避難か聞いとらんもんなあ。ケンスケお前何か知っとるか?」
彼も諦めた訳ではないが、確かに気になる事ではあった。
「第一種避難て言えばあれだろ、問答無用の避難区域への強制移動、避難しないやつは即逮捕、
いわゆる厳戒態勢、あるいは外出禁止命令。戦争でも始まるのかな全く...」

ケンスケはミリタリーコレクターだが戦争が好きな訳ではない。アイテムに興味があるだけだ。今の生活を戦争なんてモノに壊されるのはまっぴらごめんである。
父親がマスコミ業界の人なので彼も戦争について色々見て知っていた。少なくとも体半分焼け焦げにされ死体として写真に写りたくはない。

「みんな!話を聞いて」
ヒカリと共に教室に入ってきたミサトは生徒を避難させるべく真剣な面持ちで説明を始めた。彼女の真剣な顔というのは滅多に見れるものではない。それだけに事の深刻さを生徒達に実感させた。
「いい、これからみんな落ち着いて避難を始めて。訓練どうりA−37シェルターに行ってね。誘導は佐々木先生に頼んであるから。」
「先生はどうするんですか?」
ヒカリは手っきりミサトが誘導するものだと思っていた。
「ごめん。ちょっちやることあるから...。そうそうシンジ君、ちょっと手伝ってくれる、悪いけど。他の人は早く支度して!!」
そう急かすといささか心配そうなアスカを含むクラスの全員を佐々木先生に預け、
「よろしくお願いします。私はシンジ君と後で合流しますから」
そう言い残し彼女は皆を教室から送り出した。
彼らを見送ると携帯電話を取り出し、より真剣な表情になる。
「...はい。サードチルドレンの身柄を確保、これより本部へ向かいます」


「どういう事ですか?」
シンジの疑問はもっともだった。避難命令が出てるさなかに彼らはルノーに乗り込むと街中を疾走しているのだ。おまけに行き先は分らない、手伝えと言ったって何をするのか分らない、そもそもが出かける理由すら分らないのだ。ただ其の表情から少なくともふざけている訳ではない事くらいはシンジにも分った。
「ミサト先生...何処行くんですか?」
「...ジオフロント...」

ジオフロント...約15年ほど前に起きたセカンドインパクトにより出来たといわれる巨大な地下空洞がある。その巨大さたるや第三新東京市全域に広がっていた。第三新東京市の開発計画の際に其の地下空洞をどうするか、という話になり様々な計画が持ち上がった。無論裏では合法違法様々な取り引きが有ったらしく、きな臭い噂があちこちで囁かれていた。
結局、すったもんだの挙げ句に研究都市にしようと言ったところで話がついたらしい。
それがジオフロントであった。

「何でそんな所に...」
「お父さんから何も聞いてないの...そう、ならもうすぐ会えるから詳しい事はお父さんから聞いて」
「父さん?なんで?」
シンジの疑問は膨らむばかりだ。が、その時彼らの前方で激しい爆発音が起きた。そして...遥か先に現れたそれは、数多くの爆炎を纏いながらも悠然と立っていた。
「!!!!」
「チイ、もう来たの!!戦自は足止めも出来ないの!!」
シンジの疑問は吹き飛んだ。それ何処ではないのだ


「目標上陸!!現在Fエリア先2Kmで空挺部隊と交戦中!!」
ジオフロントの一角に忙しく働いている人々がいた。彼もそんな中の一人だろう。
「どうする...零号機はまだ起動までかかるぞ。」
「ああ...E,F,Gエリアの戦闘隊形への移行率はどれくらいだ」
「はい、現在75%完了しています。なお第2、第3空挺部隊ならびに陸戦隊の配置は完了しました」
ショートカットのオペレーターが速やかに報告を済ませた。その時新たな報告が彼の耳に届く。
「葛城三佐到着しました。サードチルドレンも一緒ッス」
報告を受けた際に一瞬顔色が変わったがすぐさま立ち上がると、何事もなかったようにこう伝えた。
「二人をケイジに直接よこせ」

シンジは何も聞かされないまま見た事のない建物に連れ込まれていた。キョロキョロと辺りを見回すがここを特定できるものは何も無い。ただその辺の研究施設とは、桁違いの金が掛っている事は良く分かる。
一体幾つエスカレーターを乗り継いだろうか、やがて目的の場所に到着したらしく、ミサトは口を開いた。
「着いたわよ。シンジ君...ここ何処か分る?」
分る訳が無い。無言でそう答える。
「ここはNERV本部。人類の生き残りをかけた戦いの最前線...」
「?」
「よく来たなシンジ」
聞き覚えのある声が彼の耳に届く。慌てて振り替えると其処には見覚えのある顔があった。少なくとも今朝見た顔である。
「と、父さん!!何でこんな所に居るの?それに用って何?」
「シンジ、お前にやってもらう事がある...」
ゲンドウの顔には見た事の無い表情が浮かんでいる。何処となく苦痛を感じているように見えるのは気のせいか。
「どういう事だよ!!ミサト先生も訳言ってくれないし...何か説明してよ!!訳わかんないよ...こんなの...」
シンジの悲痛な質問はゲンドウがライトのスイッチを入れた事で答えられた。
「!!」
巨大な顔が其処に合った。紫色の...巨大な顔...無論その下には巨大な体がある。全体を見る事は出来ない、しかし、その恐ろしく、おぞましく、凶凶しい雰囲気はいやと言うほど伝わってきた。
「ロ、ロボット...何...これ」
「ロボットじゃないわ」
不意にシンジの後ろから声が掛った。やはり聞き覚えがある。
「赤木...先生?どうして...」
「私たちの事はいいわ。説明してる暇はないの。ここに来る途中あれを見たでしょう、私たちは使徒と呼んでいるの。で、その使徒をこの人型最終決戦兵器で倒す。其の為に貴方が司令に呼ばれたの。シンジ君にこれに乗って欲しいから、エヴァンゲリオンにね...」
シンジは父親に目を向けた。今の言葉を否定して欲しかったからだ。しかしゲンドウは否定をしないどころかさらに続けた。
「シンジ、使徒を倒さねば誰も助からん。我々にはこの方法しかない」

理解できない。理解したくなかった。目の前にあるロボットも、さっき見た使徒という奴も、この建物も、赤木先生の説明も、ミサト先生がここに連れてきた事も、父さんがここにいる事も...自分がここにいる事も...戦えといわれた事も...。

「シンジ君...詳しい説明は後で私がちゃんとする。今は私たちに手を貸して...お願い」
ミサトはシンジの肩に手を置いた。シンジが震えている。無理もない、いきなりこれでは...。
「...やだよ...こんなの...知らないよ!!関係ないよ!!避難させてよ!ねえ、早く逃げようよ!」
いきなり側のモニターから報告があった。
「零号機起動完了。出せます!」
「分った、レイ、行け」
「...はい...」
「...レイ?...綾波...彼女も...」
ゲンドウは自らの息子に最後の言葉をかけた。これ以上は構っていられない。
「エヴァは誰にも乗れる訳ではない...だがお前には乗れる可能性がある。そして使徒はエヴァでなければ倒せない。だからお前を呼んだ。
乗るなら早く乗れ、時間が惜しい。でなければ逃げろ。逃げ場が在るならな」

モニターの中は既に戦いの場となっていた。そして黄色い巨体の“エヴァ”が戦っている。そしてその中にはレイが乗っているのだ。シンジは食い入るように見つめていた。
「彼女も“適格者”なのよ。エヴァに操る力を持ったね。だから戦うの、彼女にはそれが出来るから...」
「...僕にもそれが在るっていうの...無理だよそんなの...やった事無いもの...」
「彼女も実戦は始めてよ...。ごめんね本当に...でもこれだけは言っておくね。私たちは頼るしかないの...あなた達にね...でないとみんな死んじゃうから...」

モニターの中の戦闘は圧倒的な形になってきた。其の様子はシンジの心を凍らせた。
使徒の黒い腕に捕まれた零号機は地面に叩き付けられ、その手から伸びた光の槍を背中に突き立てた。さらに頭を掴むと今度は近くのビルに向けて叩き付けた。
圧倒的な力、それに翻弄される零号機。そしてその零号機に乗り込んでいるのはレイ。
「まずいわ。まだあの機体じゃ無理だわ。出力が安定してない!!ミサト、彼女耐えられないわよ!!」
「...日向君、回収班を準備させて。レイを回収するわ!」
その指示は、モニターから彼女に絶望的な答えを返してきた。
「無理です!!使徒が近すぎます!!あの様子じゃ近づけませんよ!!それに今こっちから援護も出来ない状態なんです...」
ミサトは一瞬にして青ざめた。要するにどうしようもない、手が出せない、見殺しにするしか...。
零号機内部の様子がモニターに写った。それは苦しみにかを歪め苦痛に耐える少女を映し出していた。
「レイ!しっかりして!今何とかするから!!」
しかし、どうする。ミサトの頭の中には一つに方法しかなかったが...
「僕、乗ります...彼女、助けなきゃ....ミサト先生、エヴァに乗せてください...使い方...教えてください」
手も足も震え、其の声は体中の勇気を絞り出してやっと口に出来た言葉だった。
「シンジ君...」
「僕が...囮になって...其の間にレイを...一人で戦ってるのに僕だけ逃げるの...やっぱり...だから、だから綾波を助けて!ミサト先生!綾波をたすけて!!」
それはミサトの考えた方法でもあったが口には出せなかった。だがそれをシンジは口にした。
安全な場所にいる自分、死にかけている同級生、其の様子に気が付いたとき何かを実感した。

...死、死ぬ事、もう逢えない事、父さんはみんな死ぬって言ってた。みんなに逢えなくなるって言う事だ。いやだ、いやだ、いやだ....

レイの様子を見たときシンジには“死”という今まで非現実的な言葉が急に実感できた。
目の前の“死”。
だがそれは今なら回避できるかもしれない。
もしかしたらレイを死なせずにすむかもしれない。
もう一度会えるかもしれない。
僕が逃げなければ....。
決心した。
「ミサト先生。囮になります。だから綾波をお願いします。僕は大丈夫です!!」

それは現実化しつつある“死”への宣戦布告だった。

続いてしまう


ver.-1.00 1997-03/22

ご意見・感想・誤字情報などは dionaea@ps.ksky.ne.jpまで、送って下さい!


 [同居人が増えることに反対できない] そのことによって自分は本当の 家族ではない、という孤独を強く感じるアスカ。
 そんなアスカの様子にどうしようもない不安を感じるシンジ。

 二人の心の動きが伝わってきます! こういうの好きなんですよぉ!

また、

 [ツバメも恥じらうような身の軽さ]
 [ナマケモノですら嘲笑うほどのもったりとした様子]

     などの比喩表現、その様子が目に浮かびますね!

 第1話でもこのような唸らせる喩えがありましたが、ディオネアさんは 比喩表現が巧みですね! 見習いたいです。


 そして後半、使徒襲来、エヴァ登場。
 一気にSF入ってきましたね。どうなるんだろう? ドキドキです!


 皆さんもディオネアさんに応援のメールを!!


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