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未来のために


第七話 人として

Writing by HIDE





静寂。

怪しく輝いていた初号機の紅い瞳は、以前の色に戻っている。

その背に神々しく輝いていた翼の存在は感じられない。

血に染まった右手。

神をも貫く槍を握る左手。

シンジは何が起こったのか理解できていなかった。

ただ、目の前で繰り広げられた、あの時と同じ光景に、時を遡ったかのような錯覚を覚えていた。

憎むべき対象は、消滅した。

まだシンジは理解していない。

もうしばらくすれば、虚脱感に苛まれる。

ついで、喪失感。

さらに、罪悪感。

矢継ぎ早に襲い来る三つの感覚に生きる気力を奪われる。

だが、その前にゲンドウの一言がシンジに正気を取り戻させた。



「よくやった。シンジ。」



常ならぬゲンドウの言葉にシンジが我に返る。

シンジの知る限り、二度目の、彼に対する賞賛の言葉。

あわてて周囲を見回す。

初号機の足下にレイを伴い、携帯用の通信機を手にしたゲンドウの姿が目に入る。

「父さん・・・。それに、綾波?」

「シンジ、すぐに初号機から降りろ。お前の役目は終わった。」

こちらを見上げるゲンドウと、俯きながら佇むレイ。

嫌な予感がした。

カヲルの言葉が頭をよぎる。

『僕も、彼女もアダムより生まれしものさ。』

『アダムに還ることによってリリンの原罪は浄化され、この地は新たなるエデンとなるんだ。』

シンジは唾を飲むと、意を決して父に問う。

「父さん・・・。綾波を、どうするの?」

ゲンドウは答えない。

「答えてよ!父さん!」

真実を知りたい。

父が今まで何をしてきたのか。

これから、何をしようとしているのか。

だが、父の答えはシンジの望むものではなかった。

「お前が知る必要はない。黙って初号機から降りろ。」

シンジに新たな憎しみの対象が生まれた。

憎悪の視線を父に向ける。

「・・・いつも、そうだ。僕たちには何も知らせないで、ただ、従わせようとする。僕は父さんの駒じゃないんだ!」

「駒としての生き方を選んだのは、シンジ、お前だ。」

シンジには返す言葉がなかった。

事実だった。

しかし、過去形。

彼はもう、逃げない。

「教えてよ!父さん!父さんが今まで何をしてきたのか、これから何をしようとしているのか!」

ゲンドウはしばらく考え込んだが、一度眼鏡を押し上げ、おもむろに話し始めた。

「教えてやろう。お前にも関係があることだ。」

そして、ゲンドウが放った次の言葉は、シンジの理解の範疇を越えていた。

「ユイを、蘇らせる。」

「母さんを?」

「そうだ、シンジ。お前も気づいているだろうが、アダムにはユイの魂が融合している。レイがアダムに還ることによって生まれる新たなる存在の一部として、ユイは蘇る。」

「新たなる、存在・・・?」

「そうだ。我々人類が言うところの、神だ。」

「神?・・・綾波は、どうなるの?」

「レイはユイに還り、神の一部として生き続ける。」

その言葉がシンジに新たなる衝撃をもたらす。

「・・・消えて、しまうんだね?」

「人類の未来のためだ。」

「嫌だ!そんなの嫌だ!もうこれ以上、僕から奪わないでよ!」

運命は、アスカだけでは足りず、レイさえもシンジから奪おうとしていた。

必死でシンジは拒絶する

だが、ゲンドウはシンジには構わず、レイに視線を向ける。

「レイ。」

「はい。」

「行け。ユイに干渉してプラグを強制射出させろ。」

「・・・はい。」

レイの身体が浮き上がる。

その背には、不可視でありながらも、確かな存在感を持った翼があらわれていた。

「やめてよ、父さん!綾波!」

通信機からシンジの声が漏れる。

しかし、その声はレイには届かない。

レイは初号機のコアの前で静止すると、死人のような白い腕を伸ばす。

「嫌だ!やめろぉ!」

レイの手がコアに触れる。

先に味わったものと同じ感覚がシンジを快楽の世界へと誘う。

しかし、シンジは拒絶をやめようとしない。

受け入れられるはずがなかった。

「綾波!綾波はそれでいいの?!そんなはずないだろ?!綾波だって・・・」

だが、やはりシンジの叫びはレイには届かない。

ゆっくりと、少しずつ、レイの身体が初号機に取り込まれていく。

レイの身体から、微かに青白い燐光が発せられる。

彼女は今までに感じたことのない、性の快楽に身を任せていた。

僅かに頬が上気し、その可憐な唇から、恍惚の吐息が漏れる。

「・・・んっ、はぁ・・・」

波のように押し寄せる快感に耐えきれず、目を閉じる。



(嫌だ!こんなの嫌だ!もう何も失いたくない!)

(この感じ・・・。碇君?どうしてそんなに拒むの?こんなに気持ちのいいことなのに。)

レイはシンジの存在を感じ、その方向に意識を飛ばした。

だが、シンジの元へとたどり着く前に別の何かがレイの意識に干渉してきた。

それに、問いかける。





あなた、だれ?

私は、あなた。綾波レイ。

二人目の私?

いいえ、あなたはあなた。二人目も三人目もないわ。

でも、知らないもの。

知らないのではないわ。怖いから目をそらしているだけ。

私は何も怖れてなんかいないわ。私はこのために創られたんだもの。

いいえ、あなたは怖いの。一人になることが。だから、自分から目をそらして最初から一人だったと思いこもうとしている。

目をそらしてなんかいないわ。本当に知らないの。わからないの。

怖いのよ。消えてしまうことが。あなたは綾波レイとして生きてきたんだもの。それを失うのが怖いの。

違うわ。

なら、なぜ涙が流れるの?

・・・わからない。

何も失いたくないから、最初から何もなかったと思おうとしている。

・・・どうしてそれがわかるの?

碇君は知ってるもの。あなたが綾波レイであることを。碇君だけは綾波レイを見てくれたから。だから、私が手伝ってあげる。

あなたは、だれなの?

私?私は綾波レイ。碇シンジの中の、綾波レイ。





レイの中に何かが入ってくる。

今までを凌駕する圧倒的なまでの快感に気が遠くなる。

「はあっ・・・、あああっ・・・んっ!」

絶頂に達し、意識を失う寸前、レイの中ですべてが蘇った。





あなたは死なないわ。私が守るもの。

笑えばいいと思うよ。

お母さん、って感じがした。

まだ碇君が!

そう、よかったわね。

あっ、ありがと・・・。

そうかもしれない。

これは私の心?碇君と一つになりたいと思う、私の心?

これは、涙・・・?私、泣いてるの?





(そうなのね。私は、綾波レイ。ありがとう、碇君。)

「綾波っ!」

「レイっ!」

シンジとゲンドウが同時に叫ぶ。

レイの身体は浮力を失い、大地に沈む。

シンジは初号機で受け止めようとするが、もう彼の意志では初号機は動かなかった。

レイが地面に叩きつけられる。

初号機が前屈みの姿勢であったため、レイのいた位置はさほど高くはなかった。

打撲は避けられないだろうが、命に別状があるとは思えない。

しかし、動かないレイを見て、シンジの頭に最悪の事態がよぎる。

(動いてくれ!)

そう念じつつ、エントリープラグの強制射出ボタンに手をかける。

パイロットの安全措置が万全なのか、あるいは、初号機の意志か。

この機能は生きていた。

プラグがイクジットされる。

「綾波!」

シンジはプラグから顔を出すと、もう一度叫んで、半ば飛び降りるようにして、地面に降り立った。

そして、倒れて動かないレイの元へと駆け寄る。

レイを抱きかかえる。

暖かい。

呼吸も正常だ。

この程度の落下なら当然のことだが、取り乱したシンジには理論的に考えている余裕はなかった。

「綾波・・・。よかった・・・。」

ゲンドウがゆっくりと歩み寄り、冷酷に言い放つ。

「どうした、レイ。もう一度だ。」

シンジは、父になにか言ってやろうとしたが、レイが薄目を開けたので、そちらに注意を向けた。

「大丈夫!綾波!」

「碇君・・・。」

シンジの抱かれている事に気づき、レイの瞳一杯に涙が沸き上がる。

「どうしたの?!綾波?!どこか痛いの?!」

いささか的を外した問いだが、シンジは必死だった。

「違うの、碇君。全部、思い出したの。」

「思い出したって?」

「嬉しいときに笑うことも、悲しいときに涙が出ることも、碇君が教えてくれたこと、全部。」

レイの頬を伝い、大粒の涙が流れ落ちる。

力一杯、シンジにしがみついた。

「どうしたと言うんだ!レイっ!」

レイの様子を見て驚愕に目を見開くゲンドウ。

「・・・司令。私は、嫌です。私は綾波レイだもの。神でも、碇ユイでもありません。綾波レイを見てくれる人がいるのなら、私は私でいたい・・・。」

「馬鹿を言うな!お前はこのために創られたのだ!逆らうことは許さん!」

シンジが肩を震わせながら、冷めた口調で口を開く。

「いい加減にしてよ。父さん。」

レイをそっと地面に寝かせて、立ち上がる。

「何が神だよ!そんなものに頼らなきゃ僕たちは生きていけないの?!アダムだかなんだか知らないけど、そんなもの使って蘇らせたって、それは母さんじゃない!」

そして、レイを後ろ手にかばうと、鋭い声で言い放つ。

「綾波は渡さない。もう、だれも奪わせたりはしない!」

「シンジ。お前は何もわかっていないのだ。」

「そんなものわからなくたっていい!ただ、僕はもう、だれも失いたくないだけなんだ!」

ゲンドウがまだ何か言おうとするが、背後からの声にとどめられる。



「もう、やめんか?碇」



ゲンドウが振り返った先に、リツコを伴った冬月が歩み寄るのが見えた。

「冬月先生!ご無事でしたか!」

「ああ。しかし、派手にやったものだな。」

周囲を見渡して冬月が答える。

初号機の血で真っ赤に染まった大地。

少し遠くには、破壊されたゼーレの量産機に混じって弐号機が横たわっていた。

一つため息をついて、冬月が続ける。

「まるで、地獄だな。」

「先に仕掛けてきたのはゼーレの狂信者どもです。」

「それは貴様が裏切ったからではないのか?」

「先生はゼーレの計画通りに事を進めろとおっしゃるのですか?」

「そうは言っておらん。しかし、既に神の手による滅亡の危機は去った。これ以上罪を重ねることもあるまい。」

ゲンドウが嘲りを込めた口調で聞き返す。

「私のやっていることが罪だと?」

「ああ、人は神など創ってはならん。シンジ君の言うとおり、第三者に頼らねば生きて行けんのならば、人類自体に価値はない。」

「しかし、それでは今まで私のやってきたことは・・・。」

「夢だったのだよ。悪い夢だ。アダムを用いてユイ君を蘇らせたところで、それは我々の知っている彼女ではない。それに、神など存在せずとも人は生きていける。少なくとも15年前まではそうだった。人は自らの手で未来を創っていたのだよ。たとえそれが破滅に至る道であっても、我々は後悔しないだろう。それが自ら選んだ道なのだからな。神に押しつけられた未来など我々には不要なのだ。」

「・・・私はユイを失ってから今まで、このときのためだけに生きてきました。既に引き返すことはできません」

「聞き分けのない奴だな、まあ、ある程度予想はしていたが・・・。」

そう言いつつ、冬月は懐から小型の銃を取り出し、銃口をゲンドウに向ける。

「子供たちにこれ以上辛い思いをさせたくはないのでな。彼らには人類の未来を託さなければならん。悪く思わないでくれ。」



『オォォォォ』



初号機が再び、吼えた。

それにはもう、だれも乗っていないにも関わらずだ。

「ユイ?」

なにが起こっているのか把握できないゲンドウが初号機を見上げる。

初号機の咆吼を耳にして、レイの身体が震え出す。

「碇君。」

「どうしたの?綾波。」

「あの子、泣いてる。」

「わかるの?!」

レイはこくりと小さくうなずくと、目に涙を一杯にためて初号機を見上げる。

「あなたも、寂しいのね。私と同じ。」

『オォォォォ』

もう一度、吼える。

「悲しい声・・・。」

レイがシンジの胸に顔を埋める。

シンジはレイを優しく、包むようにして抱きしめる。

初号機は左手で掴んでいたロンギヌスの槍を両手で堅く握り直すと、自らのコアに向けた。

「ユイ!止めろ!」

「母さん?!」

初号機の赤い瞳から、一粒の涙が落ちる。

それが大地に吸い込まれ、消えた。

次の瞬間、初号機はロンギヌスの槍に貫かれ、絶命していた。



「馬鹿な・・・。私が今までやってきたことは一体・・・。ユイ・・・。」

ゲンドウの口から漏れた呟きには、絶望の響きがあった。

「ユイ君の意志だよ。彼女は人類の未来を我々に託したのだ。」

ゲンドウはふらりと立ち上がり、どこへともなく歩き出そうとした。

その背に冬月が声をかける。

「これからどうするのだ?碇。」

ゲンドウは振り返り、消え入りそうな声で答える。

「私は生きる目的を失いました。」

「そうか、ならば・・・」

冬月は不敵に唇を歪め、ゲンドウの方に右手を差し出す。



「俺と一緒に、新たな人類の未来を創らないか?」



ゲンドウの目が見開かれる。

冬月は、してやったり、といった表情。

ゲンドウは魅入られたように冬月の右手を見つめる。

ふらふらと、歩み寄る。

両手の手袋を外す。

そして、冬月の手を両手でしっかりと握った。

その肩は、震えていた。



「赤木君。」

リツコは、冬月に伴われてここまで来たものの、ゲンドウを前にして、何もできなかった。

突然、ゲンドウに声をかけられ、あわてて以前のように返事をしてしまう。

「はっ、はい。なんでしょうか?司令。」

「・・・君も共に来てはくれんか?君の能力は、まだ必要だ。」

リツコは自分がここに来た理由を思い出し、ゲンドウを睨み付けながら、吐き捨てるように言った。

「ユイさんを失ったからですか?勝手なんですね。」

「・・・無理にとは言わん。」

ゲンドウはシンジとレイの方に向き直り、抱き合う二人の元へと歩み寄る。

シンジは父を睨み付けている。

だが、ゲンドウは、シンジが知る限り、初めての微笑みを浮かべていた。

「強くなったな、シンジ。これからまた忙しくなる。おそらく、もう会えん。レイを、頼む。」

「父さん・・・。」

「司令・・・。」

ゲンドウはきびすを返し、冬月の元へと向かう。

シンジは、父の背を見て、何か言わなくてはならないような気がして、あわてて口を開いた。

「父さん!僕はもう逃げないから!だから・・・」

ゲンドウは振り返らずに片手を上げて、シンジの言葉を遮る。

ふとリツコと目が合った。

すれ違いざまに、一言。

「すまん。」

リツコは両手を堅く握りしめる。

俯いた顔からは止めどなく涙が流れ落ちる。

ゲンドウは二度と振り返らない。

「行きましょう。冬月先生。」

「ああ。すべてはこれからだ。忙しくなるぞ。」

「承知しております。」

冬月が歩き出す。

従うようにしてゲンドウが続く。

リツコは、泣きながら立ちつくしていた。

レイの手を引いて、シンジが近づいて来たのにも気づかない。

「リツコさん。」

耳には入るが、応えない。

応えられない。

「・・・父さんの、側にいてあげてくれませんか?」

リツコが顔を上げると、すがるような目をしたシンジがいた。

「あの、そうしないと、父さんが一人になっちゃうから・・・」

あわてて振り返る。

二人の背は、まだ見える。

「シンジ君・・・。レイのこと、お願いね。」

涙も拭わずに、走り出そうとした。

だが、思い出したように振り返り、シンジにもう一度声をかける。

「それと、アスカの所へ行ってあげて。もしかしたら・・・」

それだけ言って、ゲンドウの後を追った。



「ごめん!綾波!ちょっと待ってて!」

言い終わる前にシンジは駆け出していた。

弐号機の元へ。

「あっ!」

シンジを追って、レイの右手が空を彷徨う。

だが、それはすぐに引かれ、左手を添えて胸の前に留められた。






To be contined





最終話へ
Ver.-1.00
ご意見・ご感想はhide@hakodate.club.ne.jpまで!

<あとがき>

よっしゃ!ようやくラスト前!

とは言ったものの、自分で読んでて気に入りません。全然校正もしてないし。調子が悪いときはこんなもんです。

取り敢えず、これも暫定バージョン。

ホントに更新するのか?

まずは終わらせましょう。

あっ、次が最終話ですが、エピローグがあります。

一緒に創れるかなぁ。




 HIDEさんの『未来のために』第七話、公開です。
 

 ゲンドウの企みは、レイに生まれた心によって霧散。

 新たなる道を目指すネルフno.1・no.2・no.3・・・・
 先生に戻った冬月
 女として、のリツコさん。

 新たなる生き方は彼らに何を?
 

 と、いうのも大事ですが、
 やっぱり
 「アスカもしかして」
 ですね(^^;

 希望の光が〜〜〜ウルウル (;;)
 そうですよね、死んでないですよね?!

 これでやっぱりダメでしたじゃ、私は立ち直れない(^^;
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 HIDEさんにメールを!
 「アスカComebackの言葉と共に!」


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